人類が宇宙に飛び出し、生存領域へと加えてから既に1000年を超えた。重力制御の技術によって無重力状態の肉体への悪影響も解消され、生まれてから死ぬまで天体へと降りる事なく、天寿を全うする事さえ人類は可能になった。
それでも人が天体から完全に離れて生きる事は難しかった。幾つもの惑星を改造して大気を調整、水を作り出し、土から作物を育て、鉱物資源も採掘した。
なんのことはない。幾ら技術的に宇宙で生きられると言っても、人が生きるには様々な物資が必要になる。その物資を手に入れるには生まれ育った地球に似た環境こそ最もコストが低く抑えられる。重力制御もエネルギーが無ければ恒久的に維持し続ける事は無理だ。何もせずとも重力のある天体に住む方が遥かに低コストだった。
よって完全な無重力より、小さくとも天体の付近に居住区を設けるのは自明の理である。
フェリクス・フォン・フレーゲルが保有する資源衛星も、そんな理由から資源採掘区域と居住区は衛星表面に設けられている。代わりに何かと事故の危険が付き纏う技術研究所と船舶工廠は表面から10km離した軌道上にある。
そして現在、衛星の反対側の軌道にもう一つ新しい研究施設がある。こちらは技術研究所以上に厳重な警備を敷かれた隔離区の中で研究員は働いている。衛星で働く一般人は何をしているのか全く知らされていないが、許可の無い者が無理に隔離区に入ろうとした場合、最高管理者のフェリクスから殺害も許可されている。それだけでも人々はとてつもなく重要なモノを研究しているのを察している。
公的には、ただ一つ施設の名称のみが掲げられていた。
【フレーゲル生体工学研究所】と。
帝国歴484年11月。
厳重な警備の敷かれた生体工学研究所の最奥。限られた人員だけが出入りを許される最高度のセキュリティー区画。重厚な防護服に身を包んだフェリクスは笑みを称えて巨大な生体ポッドを眺めている。
溶液に満たされたポッドの中には緑色に発光する直系2m程の球体が浮いている。まるで母親の子宮で微睡む胎児を見守るような、慈母のような瞳のフェリクスと同様の防護服を纏う、やや興奮気味の研究所の所長イェンス・ケルシャー。
隣の大型モニターには様々なグラフと無数の数値が表示されて、常に観測を続けている。
「エネルギー生命体の生長は順調です。これならフレーゲル博士のご希望通り、今月中には艦艇の動力炉への搭載テストを行えます」
「結構。制御装置は既に出来上がっていましたね」
制御装置とは人体細胞から脳神経を培養加工したシナプスツリーと呼ぶ生体部品を機械部品に組み込んだ制御装置の事だ。人造生命体と生体パーツは相性が良く、多くの生体部品をこの研究所内で生産している。
「はい、試験段階では設計図通りの性能を発揮しています。それにしてもこんな小さな生命体が巡航艦の動力炉を遥かに上回るエネルギーを生成するとは、博士の下では毎日が驚きの連続です」
ケルシャー所長がモニターに映った、虫のような奇怪な生物を興奮しながら撫でまわす。その仕草にフェリクスは一歩距離を取った。
ポッドの中の緑色の球体の中に囚われた虫、それがフェリクスが長年待ちわびた人造超束積高エネルギー生命体である。
ごく僅かな物質を餌にするだけで、核融合炉をも超えるエネルギーを生み出し、逆にエネルギーさえあればいかなる物質をも生成、増殖を行う。有機物、無機物を問わない。早い話、人の食べ残しや排泄物から戦艦の装甲とて生み出せる。
あらゆる物質を食らい、代謝として数千倍のエネルギーや物質を生成する。これを『完璧な生命体』と言わずして何と評すれば良いか。
自己増殖能力を備えた粒子によって構成されながら、同時に波動としての性質をも併せ持つ。あらゆる物質に伝播と干渉する能力を持ち、生態系を侵し、機械を操り、時に精神をも貪る絶対的な生命。
そんな超生命体を前にして科学者が興奮しないわけがない。
一方で生みの親たるフェリクスは内心辟易する。こんなモノは西暦36世紀相当の未来ならとっくに作っておいてほしかった。
フェリクスが生成した人造バイドの元になった兵器は既に26世紀の人類が作り出していた。そこから異層次元へと放逐されて気の遠くなるような年月を経て、バイドとなって22世紀の地球へと舞い戻った。
そこからバイドを捕獲して人類が同質の生命体を作り出すまで50年かからなかった。それがどうだ。今世の36世紀地球人類は未だに己の遺伝子疾患さえ克服していない。全くもって怠惰と言わざるを得ない。
今も制御機構に改良の余地が多く、安全性を重視して低純度の生命体の生成に留めている。現段階では艦艇のエネルギー炉心か、大規模施設の原子変換生成プラントに使用するのが精一杯。R戦闘機の主兵装の『フォース』と『ビット』に使うには小型高性能化が課題だった。
過去(未来)の見知らぬ人間に文句を言っても始まらない。無ければ己が作るだけ。幸い、噂を聞きつけた優秀な科学者がどんどん集まっている。彼らに大体の指針と論文を投げつけておけば、時間はかかるがそれなりの形にしてくれる。後は年単位で改良を重ね続ければ、いずれは最終目標に到達する。今はもどかしくても我慢である。
「ともかく焦らず作業してください。取扱いを誤って暴走して、研究所ごと波動砲で焼き払うのは少々惜しいですから」
フェリクスの発言は脅しでも何でもない。エネルギー生命体が暴走して外部に漏れ出すぐらいなら、この研究所を人員ごと波動粒子で完全に滅菌消毒したほうが遥かに後始末は楽だ。一応ここで作っている生命体はオリジナルの『バイド』よりは、攻撃性と増殖性を低く抑えてあるとはいえ、それでも汚染の危険が常に付き纏う。汚染体が暴走すれば研究所だけでなく、眼下の資源衛星、惑星、星系へと汚染は進行して手が付けられなくなる。R戦闘機も艦艇も未だ完成には至らぬ段階でそうなってしまえば、銀河そのものが悪夢の巣と化す。あらゆる犠牲を払ってでも、決して悪魔を解き放ってはならない。
「お任せください!こんなやりがいのある職場を破壊など決して致しません」
爛々と腐った目を輝かせたケルシャー所長の熱意に、他人から見たかつての己を重ねて何とも言えない気分になった。それでも失敗はおそらく無いと判断して、別の研究班が作業する区画へ移動した。
他の区画ではシナプスツリーの加工、生命体の制御のためのコントロールロッドの製造、現行より進んだ機械義肢の設計、脳波を用いた機械制御機器『サイバーコネクト』の開発、パイロットの身体的強化と脳の電子的強化の可能性とリスクの模索。世間一般において凡そまともではない非倫理的、非道徳的、人道と生命の尊厳を徹底的に踏み躙って凌辱する禁忌の研究が行われている。
強化ガラス一枚隔てた研究室の生体ポッドには、男女問わず十名程度が全裸で放り込まれて無数のコードに繋がれている。あれは全てフレースヴェルグ級駆逐艦の実戦テストで交戦した、同盟軍艦に乗っていた軍人達だ。人間を対象にした研究なら、実験に用いる被験体は当然人間でなければ意味が無い。
最近は帝国の地球教徒もめっきり少なくなって被験体に使えないからその代わりだ。帝国にとって同盟人は反逆者であり、如何様にも扱って構わない風潮がある。大抵は農奴か、面倒なら矯正施設に死ぬまで放り込まれる。未来が無いという点は実験に使い潰されるのと大した違いは無い。
さらに奥の部屋には、既に人の形を失った被験体も幾人か保管されている。脳以外を全てサイバネティクスに換装した機械人形。大量のナノマシンを注入されて肉体がナメクジのように崩壊した者。精神エネルギーを物理エネルギーに変換する際に脳が破損した生ける屍。バイド汚染により肉腫と化した元人間。挙げればキリが無い凄惨な実験の成果。
それらは全て記録保管され、今後の実験のために無駄無く活用される。研究を非道、外道と蔑む者は大勢いるだろう。しかしこの戦乱渦巻く世情において、本当に自分達の行為を咎められる者が一体どれだけいるのだろうか。
「戦争で大勢殺すぐらいなら、こういう手段で活用すればいいのに。資源の無駄遣いは困るよ」
思わず心の声が出てしまった。周囲には誰もおらず、空しく響くのみ。
今世の連中は人間もまた資源という事が頭からすっぽり抜け落ちている。だから機械を使わず人力を使うのが貴族の優雅な趣味、などという非効率的で間抜けな発想に行き着くのだ。ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムも余計な事をしてくれた。
いずれ誰かが始祖の打ち立てた古臭い常識や伝統を叩き壊すだろう。そう、あの苛烈な金髪の青年と赤毛の友人が。それまで自分は待っていればいい。
生体工学研究所の各開発状況を把握した後もフェリクスは休まらない。今度は反対側の生産工場と技術研究所での会議が待っていた。
最後は資源衛星に降りて、密閉ドーム型の居住区で作業員とその家族に声をかけ、日ごろの労働を労い、酒や菓子を振る舞った。給金は高めに設定しても、定期的に物を振る舞ってご機嫌取りをしないと、出入りする商人に金を掴まされて情報漏洩しかねない。貴族といっても結局は好き勝手に生きられない不便な階級だった。
翌日はさらに準備に追われて忙しい。その日は要人の来訪が予定されていた。
朝から軍の駆逐艦とPOWアーマーが周辺星域を哨戒して、軌道上の湾港は絶えず兵士が危険物が無いかセンサー片手に歩き回っている。指揮を執るアントン・フェルナー中佐は通信機の前で矢継ぎ早に報告と指示に追われている。何かしら不手際があった場合、最高管理者のフェリクスよりも先に実務者の自分が責を負う。せっかく中佐まで上がったのにこんな所で降格処分は御免被る。責任者を罷免などされたら出入りする商人からのちょっとした付け届けも貰えなくなる。美味しい立場を守るために、フェルナーは奔走する。
ちなみにフェリクスは研究所で技術者と実験中だ。下手に指揮系統が二つあると現場が混乱するから実務者に丸投げした。
現場の尊い犠牲もあって予定時間までに客人を受け入れる準備は整った。
ほどなく宇宙港の重力空間レーダーが機影を捉えた。二つの集団がやや距離を置いて等速で資源衛星に近づく。それぞれ100隻の軍艦が一隻の艦を守護するように囲う有り様は、まさしく王を守る近衛隊である。
王の如く振る舞う船は共に1100mを超える巨艦と呼ぶに相応しい。さらにその両側面には一対の艦を配置してある。盾艦と呼ばれる門閥貴族が有する独特の艦種だ。その名の通り、中央の当主を護る事に特化した防御艦のため、誘爆を避けて一切の火器を装備しない。いざという時は独立して主を逃がしながら攻撃に耐えて散る。貴族と平民の命の価値をまざまざと見せつけるための艦だった。
一つはオットー・フォン・ブラウンシュヴァイク公爵の所有する戦艦『ベルリン』。
もう一方はウィルヘルム・フォン・リッテンハイム侯爵の所有する戦艦『オストマルク』である。
銀河帝国の両巨頭が並んで軍艦に乗って小さな衛星に訪れる。近年に例の無い事態だった。
先に宇宙港に入ったのはリッテンハイム侯爵の一団の半分だった。残る半分の艦は外で警備を行う。
港はかなり余裕があり、一団が入ってもまだ一割も埋まっていない。それぞれの艦からまずは警備の兵士が降り、続いて使用人、最後に主であるリッテンハイム侯爵一家が艦を降りた。
一家を出迎えるのは資源衛星の実質的な主フェリクス。恭しく頭を下げ、歓待の意を示す。
「ようこそリッテンハイム侯爵家の皆様。このような粗末な場所にご来訪頂き恐悦至極に存じます」
「いやいや、無理を言って出迎えてくれた事、まことに感謝しているよフェリクス君」
家長のウィルヘルムが代表して礼を言う。それに妻のクリスティーネ、娘のサビーネと続く。
客人を応接室に送り、続いて叔父側の一団が入港した。こちらも同様に夫妻と娘、それと兄のフレーゲル男爵が来ている。久しぶりに家族が揃った。
二つの最高位貴族の家族が殺風景な(貴族の邸宅に比べて)応接室に揃うのは異様な光景だった。
「申し訳ありません。何分ここはただの工場でして、貴人をお迎えするための誂えをまともに用意していないもので」
主の謝意を両当主は鷹揚に受け入れる。二人の妻と娘もさして気にしていない。唯一兄だけは仕方ないと思いつつ、今度もう少し上等な調度品を用意してやろうと秘かに考えている。
事の発端は兄のフレーゲル男爵がフェリクスが作った兵器に興味を持ち、ちょっとした演習を持ち掛けたのが始まりだった。そこから叔父が甥に与えた資源衛星がどうなっているか直接見たくなった。どうせならと妻と娘も一緒にと家族全員が遊びに来ることになる。ここまでは分かりやすい話だ。
さらに話が大きくなったのが、娘のエリザベートが従姉妹のサビーネに今度フェリクスの所に遊びに行く話をして、自分も行きたいと言い出した。娘の為ならと母のクリスティーネが姉のアマーリエにそれとなく頼んで家長の夫も渋々認めた。
結果、帝国の二大貴族が仲良く艦隊を出して、小さな資源衛星にやって来たというわけだ。頭のネジが抜けたフェリクスでなかったら、今頃ストレスで倒れている。ちなみに対応に追われたフェルナーはまだ余裕があるが、警備責任者のグリルパルツァーは胃薬を通常の数倍服用して頑張って耐えていた。
ともかく生産工場兼研究所を訪れた二つの一家は内部を見学する事になった。医療用ナノマシンとパワードスーツの生産ライン、巨大な艦艇工廠、R戦闘機とPOWアーマーの整備現場。女性には退屈な見世物かと思われたが意外にも好評な部分はあった。特にサビーネはパワードスーツを着てみたいと言い出したり、POWの愛嬌のある丸っこい一つ目と短い脚が気に入っていた。それにナノマシンが遺伝子治療にも役立つ説明を聞いた侯爵一家は明らかに関心を見せていた。
見学が終われば本来の目的の軍事演習が始まる。港の管制室の大型モニターには、公爵家の戦闘艇ワルキューレとフェリクスの作ったR戦闘機がそれぞれ10機確認出来る。
今回の演習は艦載機同士の対戦になる。この時代の戦は基本的に艦隊戦で勝敗が決まるため、艦載機は補助的な戦力になる。無論、複数運用すれば巡航艦クラスなら撃破する事もあるので、無視しえない要素には違いないが全体の戦力としてはおまけに近い。
それでも今回艦載機の対戦にしたのは、単にフェリクス側の軍艦がまだ駆逐艦しか完成していないから時期尚早として断った。R戦闘機はその代わりだ。
「ねえフェリクス、あのパウって丸い子は使わないの?」
「あれは練習機兼補給機なので、今回はお休みです」
「えー」
サビーネの顔に露骨に不満が露になる。さすがに補給機と戦闘艇の対戦は無茶である。
令嬢の不満は脇に置き、一応軍事的知識のある男性陣はワルキューレに比べてかなり小型のR戦闘機に、まともな戦いになるのか疑問視する。
彼らの疑問もいざ演習が始まれば、すぐさま氷解する。
「なんだあの動きは。ワルキューレが良いように遊ばれている」
「おお、小さい方の後ろを取ったはずがワルキューレが逆に回り込まれてしまったぞ」
ブラウンシュヴァイクとリッテンハイムが共にR戦闘機の非常識な動きに目を見張った。
ワルキューレは可動域の高い大型スラスターを二機備えて優れた運動性を持った機体だが、R戦闘機はそれを遥かに上回る運動性をもって相手を手玉に取っている。
二機のワルキューレが一機のR戦闘機を挟み込んで仕留めようとしても、唐突に真横に移動して躱してしまう。パイロットは艦載機の常識を超えた理不尽な動きに呆けたところを、逆にレールガンで防護フィールドを撃ち抜かれて、撃墜判定を受けてあらん限りの罵倒をコックピット内に吐き散らした。演習なので実弾は使わず、全てコンピューターが機体ダメージに応じて動きを制限するおかげで、彼は今でも悪態を吐けた。
「どうしてフェリクス
「全力で逃げる猫は素早くて、人では容易に捕まえられません。そして本気になった猫は時として人の指ぐらいなら簡単に食い千切ります。ですからエリザベートも小さいからといって犬猫を怒らせてはいけませんよ」
従兄の分かりやすい例えにエリザベートは身震いした。フェリクスの言は言い得て妙である。猫は人間より遥かに柔軟な体躯を持ち、その上で小さく軽い。R戦闘機も既存の重力制御機構より高性能のZ式慣性制御機構を積んだ小型機。加えてコックピットを対Gゲル剤で満たして、人体にかかるGを軽減している。おかげでパイロットはトロピカルジュースにならずに済んでいる。扱うパイロットが同程度の力量なら、運動性能の差で捕まえるのは至難の業だった。
事実、演習は時が経つごとに一方的な展開へと傾いている。ワルキューレは良いように翻弄されて撃墜を減らし、多数の小型機に纏わり付かれて加速度的に戦況が悪くなる。それは血塗れの老いた巨牛が若いライオンの群れに取り囲まれている光景に似ていた。
当然結果はR戦闘機の圧勝に終わる。ワルキューレ10機が全滅に対してR戦闘機は1機中破したのみ。それも流れ弾が偶発的に当たっただけ。
「まあまあ良いデータが取れました。ところで叔父上は私に花を持たせようと、現場に何か指示しました?」
「逆だ。おぬしが変に増長しないように全力で叩き潰せと言ったのだがな」
ブラウンシュヴァイクは肩をすくめる。甥を医療と工学の天才とは認めていても、兵器開発はあくまで遊びの範疇と思い、一度凹ませる必要も考えていた。それがこの演習で誤りと分からされたのは自分の方だった。甥が今後どれほど優れた学者として歴史に名を遺すか楽しみでもあり、貴族としては随分道を外れてしまった事に寂しさも感じる。
対してリッテンハイム侯爵はリップサービスか判断しづらいが、勝ったR戦闘機を褒める。
「あの新型は私の軍にも融通してくれるかな」
「申し訳ありません。あの機体はまだ武装が未完成品ゆえ、量産するのは今しばらく時が掛かります」
「そうか、それは惜しいことだ。もし完成したら私設軍に採用したいから、いつでも連絡してくれ」
リッテンハイムの言葉にライバルのブラウンシュヴァイクはムっとした。どうせ甥を引き込むための下手な謀だろうと見做している。
さらに事態をややこしくしたのが娘のサビーネだった。
「じゃああのパウなら良いの?私が乗るからフェリクスちょうだ~い」
彼女はフェリクスに腕を絡ませておねだりを始める。正直言って11歳の少女が平たい胸を当てても嬉しくもなんともない。むしろ侯爵家令嬢にあるまじき振る舞いに、母のクリスティーネが激怒しそうなのを姉のアマーリエが笑いながら抑えている。
収集が付かなくなりかけた管制室だったが、演習の後片付けから話は有耶無耶になった。
翌日、フェリクスはR戦闘機に比べて機密性は薄いため、POWアーマーぐらいなら支障は無いと判断して、土産としてオストマルクに『サビーネ専用』とマーキングして二機積んでおいた。
以降、リッテンハイム侯爵領の上空では一つ目の怪物の目撃情報が度々寄せられて、ある種の怪談話として定着する事になる。