銀河腐れ伝説   作:ウヅキ

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第29話 交わらない妥協点

 

 

 帝国歴485年11月某日、自由惑星同盟領にて。

 

「結局のところ、何で同盟と帝国は100年以上もダラダラ殺し合ってるんだろうな」

 

 唐突に呟いた台詞に、艦長席に座って戦況を見守っていたグリルパルツァー少佐はちらりと横の中年男を一瞥する。ただの独り言にしては声が大きい。さりとて自分に話しかけているような素振りは見せない。

 其処はガルム級巡航艦1番艦【フィデウア】のブリッジ。フェリクス・フォン・フレーゲル博士が建造した最新鋭の軍艦を任された新進気鋭の若手士官は、同乗した横の男を信用はしても毛筋も信頼しない。

 アーサー・リンチ元同盟軍少将。民間人を見捨てて命惜しさに逃亡した唾棄すべき男。少なくともグリルパルツァーは軍人として心底リンチを軽蔑している。それでも敬愛する主より使えと言われれば、使いこなして任務を遂行するのが帝国軍人である。

 艦内で唯一軍服を纏わず、仕立ての良い平服を着ている。軍服とは自らが属する国や組織への忠誠と責任を具現化した、謂わば魂と教え込まれている。それを自ら捨て去り、今もこうしてかつての同胞を手に掛ける片棒を担ぐ卑劣漢に、冷ややかな視線を向けてしまう。

 

「俺がガキの頃から親父に、帝国は悪い国だ。同盟が負けたら女は凌辱されて、男は殺される。子供は奴隷にされて一生貴族の犬扱いだ。だから帝国を滅ぼさないといけない。そう口を酸っぱくして教え込まれたぜ」

 

 出鱈目だ、そんな事は無い。反論する言葉はブリッジから出なかった。兵士たちはリンチの言葉が一部は正しいのを知っている。

 グリルパルツァーのような正規の軍人は規律によって、そうした略奪暴行は恥と見做しても、貴族の私兵軍は指揮者の貴族の気質によっては羽目を外す兵が多い。領民の反乱ともなれば、見せしめも兼ねて殊更に残虐行為が横行する。

 

「政治家は絶対君主制に対する正義の戦争だって、崇高で美麗な大義を並べて好戦機運を煽る」

 

 間違いではないが、リンチの語調にはどこか含むところがある。彼は着飾った主戦論者の言葉で戦わされる軍人の一人だった。

 銀河帝国は地球人類唯一の国家であり、自由惑星同盟を国家として認めていない。あくまで逃亡奴隷の末裔がゴールデンバウム王朝の皇帝の所有物たる星域を不当に占拠して、叛乱軍を形成しているに過ぎない。実情はどうあれ、公的にはそうなっている。

 自由惑星同盟も自己の生存と安全のため、帝国を打倒するまで戦いを止めるつもりが無い。

 両者は最初から歩み寄る余地が無いのだ。

 顕著な例がイゼルローン要塞攻防戦だろう。帝国と同盟の領域を結ぶ、か細いトンネルを巡って過去に5回。今も6回目の攻防が繰り広げられて、両軍数百万人が屍を晒している。

 

「俺も含めて周りは、そんなお題目より給料の方が重要だったがな」

 

 業腹だがグリルパルツァー他、ブリッジの帝国軍人は腹の中で彼の言葉に同意する。

 帝国では生まれた階級が人生の大半を決定する。貴族と平民には階級という隔絶した距離と壁が存在する。その距離を縮めるには軍隊に入って階級を上げるのが手っ取り早い。良い暮らしがしたければ、敵を殺して偉くなるしかないのだ。大義名分など誰も気にしない。

 眼前のモニターには、R戦闘機に囲まれて満身創痍の同盟巡航艦が必死に抵抗している姿がある。

 僚艦を救うために、別の巡航艦が無数のミサイルを放つも、割って入った別のR戦闘機がオレンジ色に発光するハニカム体を形成。発光体の壁がミサイルを全て防ぎ切った。『R-9B』長距離航行用の大型プロペラントタンクおよび大型ミサイルを機体下部に搭載した爆撃型のR戦闘機。高圧縮エネルギー障壁発生機構【バリア波動砲】を駆使する支援機である。

 お返しとばかりに機体に匹敵する長大な核ミサイルを叩き込む。巡航艦に着弾したミサイルは強大なエネルギーの炸裂と共に敵艦を大破させた。

 仲間がやられて恐慌状態に陥った残存艦は狂ったように火器をばら撒いて必死の抵抗を続ける。

 

「2番艦【カタプラーナ】が艦首波動砲を発射。敵巡航艦に命中、轟沈!敵は残り駆逐艦2隻です」

 

 管制官からの戦況報告に、リンチはかつての同僚の死にゆく様に何を思っているのか。彼の半分程度しか生きていないグリルパルツァーには読み取る術は無い。

 戦闘は既に佳境に入っている。敵は主力の巡航艦を失い、あとは駆逐艦を2隻を残すのみ。対してこちらは巡航艦2隻、駆逐艦4隻に加えて、R戦闘機30機が全て健在。もはや戦いの態を成さず、掃討戦に移行していた。

 敵部隊が完全に沈黙したのはそれから2分後だった。指揮官のグリルパルツァーに戦果と損害報告が寄せられるが、どれも損失は軽微に留まっている。

 主戦場となるイゼルローン回廊に精鋭を送り、辺境の航路維持を任された二線級部隊とはいえ、同数を損害無しで殲滅する。兵器か人員に圧倒的な能力差が無ければ成し得ない稀有な戦果だった。

 

「おっかないねえ。まるで戦にならねえな。あの若様は同盟を攻め滅ぼせる道具を作っちまった」

 

 軽薄で不誠実、それでいて奇妙に澄み渡った、心から恐れ敬うような声色。アーサー・リンチはフェリクス・フォン・フレーゲルに心服して裏切らない。それを分かっているから、軍人たちは彼を軽蔑して疎ましく思っても受け入れていた。

 グリルパルツァーは意識を切り替えて総員に命令を通達する。これから最も陰鬱で忌々しい行為に移らねばならない。

 各艦、全R戦闘機から無数のレーザーと波動砲が未だ爆発を繰り返す敵艦の残骸を焼き払う。その徹底振りにブリッジで目を背ける者も出た。

 まだ生き残った者、死体、コンピューター、電子機器。情報が残りそうなそれら全てを破壊し尽くして、ありとあらゆる痕跡を消し去らなければならない。ぐずぐずしていると増援が駆け付ける。勝てるだろうが無駄に情報を与えるのを主が好まない。

 迅速に後始末を終えて、今度は作業機のPOWアーマーが複数の岩石を放出。R戦闘機は艦内に格納。

 

「偽装したバイド計測機と中継器の設置完了。―――正常に稼働しています」

 

「この練度なら増援の到着はあと5分ってところだ。ぐずぐずしなさんな」

 

「分かっている!よし、1分以内に宙域から離脱する。全艦、通常の亜空間ワープシステムを起動。移動予定地は戦闘前のミーティング通りだ」

 

 リンチの助言を忌々しく思いながら、グリルパルツァーは指揮官の仕事を全うする。

 つまるところフェリクス・フォン・フレーゲルの私設軍も同盟軍人も、全員が同じ穴の狢である。貴族や上官から戦えと言われれば戦い、殺せと命じられたら殺す。故国を裏切り蔑まれるアーサー・リンチ、夢に賛同して付いて来たグリルパルツァー、報酬と待遇に惹かれて軍に入った艦の乗員、R戦闘機のパイロット。みな等しく人殺しである。

 それどころか全てを命じたフェリクスとて例外ではない。彼もまた戦場ではない所で手を汚し続けている。誰からも頼まれる事無く、自らの意思で

一切の倫理を無視、生命の尊厳を踏み躙り、常人には想像もつかない凄惨な実験・研究を繰り返している。

 誰もが薄汚れたろくでなし。奇妙な連帯感で繋がった集団。認めたくないがフェリクスの私設軍はそういうものだった。

 

 1分後、全艦がワープの設定を済ませて突入シークエンスに入る。ブリッジから見える景色が歪み、6隻の帝国軍艦はその場から消え失せた。

 

 リンチの読みより早く、2分後に到着した同盟艦艇は既に戦闘が終了している事に憤慨する。今月に入り、既に二度目の襲撃だった。それから微かな望みから救助作業を始めるも、生存者はただの一人も見つからなかった。

 度重なる徹底的な殲滅行為に、同盟軍指揮官は帝国軍への憎悪を滾らせる。粒子にまで分解された同僚の中には、指揮官の同期生も居た。そいつにはポーカーで負け越したままだった。勝敗をイーブンにする前に勝ち逃げされた。帝国にはその落とし前を付けさせてやる。

 せめて手掛かりにと、溶けた装甲や残骸を回収して軍の研究所に持ち込んだ。

 こうした小さな積み重ねを続けて、第六次イゼルローン要塞攻防戦が同盟軍の半壊による撤退で終わった頃。技術者達は無数の残骸からレーザー以外に未知の粒子の痕跡を見つけたものの、その正体の詳細な解析に至らなかった。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 帝国歴485年もあと1日となった12月末。帝国はどこも新年を迎える準備に忙しい。

 貴族も例外は無く、年末年始には祝賀会や一族のパーティーが予定表を埋め尽くしている。

 特に今年は出征が二度もあって、そのどちらも帝国の勝利宣言がなされていた為、殊更派手に祝いの席を設ける必要があった。

 3月に戦端を開いたヴァンフリート星域会戦は実質痛み分けでも、先日イゼルローン要塞に攻め込んだ自由惑星同盟軍を散々に痛めつけて追い返したのは紛れもなく勝利と言ってよい。

 同盟側の死者は80万人、帝国軍は33万人余り。要塞も一部損傷はしても変わらず持ちこたえた。こうして六度目のイゼルローン要塞攻防戦はまたも帝国の勝利で終わる。

 帝国臣民の多くは無邪気に勝利を喜ぶ。しかし戦死した兵33万人の家族はそうもいかない。父を、夫を、恋人を、兄弟を、息子を、あるいは友を失った。愛する者を失い、嘆き悲しみ打ちひしがれる。

 一体いつまでこのような悲劇が終わるのか。それは神のみぞ知る問いかけだろう。

 

 年末のとある貴族の邸宅。サロンの煌びやかなシャンデリアの下、三人の男がテーブルを囲う。全員が血縁関係にあり、親族の会合といったところか。

 最も地位の高いブラウンシュヴァイク公爵、甥のフレーゲル男爵とその弟のフェリクス。三人は深夜まで続いた夜会を終えて、僅かな家族の時間を共に過ごしていた。

 

「今年も無事に終わって何よりだ。平穏無事に当家があったのもおぬし達の働きによるものだ。これからも頼むぞ」

 

「このフレーゲルにお任せください叔父上」

 

「至らぬ点ばかりですが、微力を尽くします」

 

 公爵は気質は異なるが出来た甥二人に満足している。まあ弟のフェリクスは色々と危なっかしい所がまだまだあるから、自分達がある程度助けてやる必要がある。

 三人はしばしコーヒーを飲み、夜会でしこたま飲まされた酒を抜く。機を見計らい最初に話を切り出したのはフレーゲル男爵だ。

 

「叔父上、あの話を弟にも」

 

「そうだな。フェリクスよ、グリューネワルト伯爵夫人の弟が伯爵家を継ぐ話は聞いているか?」

 

 叔父の探るような視線と兄の雰囲気がやや剣呑な点から、フェリクスは宮中の噂程度と控え目な表現をする。

 ラインハルトが過去に断絶した名門ローエングラム伯爵家を継ぎ、門閥貴族の仲間入りをする噂は既に宮廷内に広まっている。フェリクス自身が皇帝の口から直接聞いているので、既に友人が爵位を賜るのは確定していた。

 寵姫の弟が軍部で頭角を現すのは笑って見過ごしても、大半の貴族は貧乏貴族の倅が自分達の頭上を飛び越えて、伯爵になるのが大層気に入らない。兄もそんな不満を持つ貴族の一人だった。

 

「陛下にも困ったものだ。幾らお気に入りの寵姫の弟といえど、名誉ある閥族の家門を気軽に下げ渡すとは」

 

 フレーゲル男爵は心底忌々しそうに吐き捨てる。一応弟と親交のある相手なので、少しは表現を抑えた発言をしているつもりだったが、身内の集まり故に感情は隠しきれていなかった。

 ブラウンシュヴァイクも口には出さなかったが、明らかに不快感を示していた。

 

「帝国騎士風情の孺子(こぞう)が帝国の藩屏たる我等貴族と並ぶなど、身の毛のよだつ不敬だ。そうは思わんかフェリクス」

 

「兄上のお怒りはご理解しています。ですが既に陛下がお決めになった事。それに異を唱えればお咎めを受けましょう」

 

 努めて冷静に理をもって兄の勘気を解きほぐした。少し冷静さを取り戻したフレーゲルは、何やら良からぬ笑みを浮かべる。こういう時の兄は大体謀をしているのを経験的に知っていた。

 

「その通りだ。だから叔父上が次の戦を軍部と国務尚書に焚きつけておいた。あの金髪の孺子(こぞう)も出征に捻じ込んである」

 

 フェリクスも年明けの皇帝フリードリヒ4世の戴冠30周年を飾る目的の出征の話は聞いていた。年末にイゼルローン要塞の防衛戦が終わったばかりなのに、すぐに侵攻作戦が立ち上がったのは疑問だったが、まさか身内の謀とは思わなかった。

 しかも今回は人事に口出しして、官僚気質の凡才を参謀に付ける嫌がらせをしたそうだ。首尾良くいけばラインハルトは同盟軍の手で討死。よしんば生き残っても、鼻っ柱をへし折られて暫く大人しくしている。それがフレーゲルの筋書だった。

 対してフェリクスはその程度で上手くいくとは思っていない。自分の友人は常人の枠に留まらない才覚と強運の持ち主だ。これまで幾度となく死地から脱し、実力だけで抜け出せぬ窮地も、持ち前の運で切り抜けてしまうだろう。兄は謀略は得意でも軍事には疎い。よくよく思い出せば幼年学校や士官学校でも碌に学ばず、人脈作りに励んでいた。それで名誉職といえ帝国軍少将にまで昇進するのだから、門閥貴族の特権は凄まじい。

 下手をしたらラインハルトに手柄を運ぶような形になって、今以上にお冠になるかもしれない。

 

「どうしたフェリクス。友人が罠に嵌るのは嫌か?」

 

「そこで死んだらそれまでの男だったと納得します。せめて墓に花でも添えますよ」

 

「おぬしは昔から優しい性格だったな。しかし儂の見立てでは、あの恐れを知らぬ孺子(こぞう)は伯爵に飽き足らず、いずれ侯爵、あるいは儂と同じ公爵の地位まで欲するやもしれぬ。それは捨て置けぬ」

 

 毅然とした態度で甥に釘を刺す。フェリクスは友人の性格では碌に腹芸も出来ないから、野心を見透かされるのは時間の問題と思っていた。だからこれからは独力で何とかしてもらおうと思った。ある意味信頼していると言えなくもない。

 

「いっそ―――」

 

「なんだ?」

 

「いっそうちの一門の適当な家の令嬢と婚姻させて、取り込んで飼い慣らすのも手ではあります」

 

 フェリクスの提案にフレーゲルは露骨に嫌そうな顔をするが公爵は甥の意見を否定せず、やや肯定的にどれぐらいの家格で釣れるか真剣に算段を弾く。

 

「子爵程度の家なら引き込んでも惜しくは無いか」

 

「番犬への餌ならそれでも過分でしょう」

 

 伯爵が内定しているとはいえ元は帝国騎士の子なら、子爵家との婚姻すら大判振る舞い。門閥貴族の血脈の価値はそれほど尊いのを彼等は疑っていない。

 ただしフェリクスはその程度ではラインハルトは己を安く売ったりはしないと見做している。それこそ公爵令嬢のエリザベートなら話に乗ってくるかもしれないが、そこまで口にしたら流石に兄も叔父も烈火の如く怒り狂う。あくまでエリザベートとの婚約を匂わせる程度に留めて、明言を避けて操る等、高位の貴族相手ならやりようもあるのだが。

 一応一族として妥協案は提示しても、叔父たちの扱いを見ると実現はほぼ無理だろう。ラインハルトは皇帝を引き摺り下ろして自分が椅子に座りたい。叔父たちはなるべく安い餌で飼い慣らしたい。どっちも目標線の高低が違い過ぎて交渉にもならない。

 最悪行くところまで行きつくのが目に見えている。その時自分はどこの立ち位置にいるのか。神ではないフェリクスに未来は見通せなかった。

 

 

 余談になるが翌年486年2月に開戦の火蓋を切った3度目のティアマト星域での会戦にて、最も功績があった将はラインハルト・フォン・ミューゼル中将その人だった。戦の功績をもって、彼は帝国軍大将という栄光の階段を駆け上がっていく。

 フレーゲル男爵の策謀は見事なまでに不発となり、彼は唇を震わせる事となる。

 

 

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