銀河腐れ伝説   作:ウヅキ

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第31話 報復の応酬

 

 

 オーディンに激震が走った3月21日が終わり、22日になった。惨状の舞台となったブラウンシュヴァイク公爵邸は未だ瓦礫が残り、血肉の跡がそこかしこに張り付いていた。当主の公爵にしてみれば、家の面子に盛大に塗られた泥痕など一刻も早く取り除きたい。それが出来ないのは犠牲者の家族が現場を一目でも見たいと訪ねてくるため、彼等の心情を汲み取って暫く放置を迫られたからだ。なまじ自らの家で起きた不祥事ゆえに冷たくあしらっては沽券に関わる。

 公爵自身は瓦礫が幾らか当たって軽傷だったが、幸い妻子は無傷。甥が一人瀕死の重傷を負ったが最新の治療器具を使って死の淵から生還した。それだけが今回の騒動での安堵する情報だった。

 犯人のクロプシュトック侯爵は既にオーディンを出立して、自らの領地に悠々と帰還している。

 あの老いぼれは30年前に自らの舌禍で居場所を失い、恥も無く頭を下げて皇帝陛下の赦しを得る仲介を願い出た。仕方なく娘の誕生日の祝賀に機会を用意してやったというのに、祝いの場で死者を出す凶行に及んだ。道連れ覚悟で自爆するならいざ知らず、今ものうのうと生きているなど絶対に許さぬ。何が何でも捕らえて生きたまま100を超える肉片に切り刻んでやると、オットー・フォン・ブラウンシュバイクは大神オーディンに誓った。

 すぐさま宮廷に、爵位をはく奪したクロプシュトックの討伐を伝えて、皇帝陛下にも上奏した。同様に被害に遭った貴族に声を掛け、討伐軍の編成も始めている。クロプシュトックは大逆罪ゆえに、一部正規軍も合流しての出征は気に入らないがこの際仕方がない。

 ブラウンシュヴァイクの名に汚物を塗りつけた事、必ず地獄で後悔させてやる。

 

 

 叔父ブラウンシュヴァイク公爵が怒りに精神を支配されている時、死神の鎌に半ばまで心臓を切り裂かれても死ななかった甥のフェリクスは、至って冷淡な心境にあった。自身が死にかけたのに怒りを感じていないのは、既に一度死んだ身ゆえに死への恐怖に耐性が付いたのだろうと分析している。それに兄と叔父が怒り狂っているのを見て、自分も狂うと諫める者が居なくなるのを危惧した。

 現在22日の午後7時。昨夜の爆発事件からほぼ一日経った事になる。彼は自宅兼研究所で静養していた。心臓こそ修復したものの、他に異常が無いか自宅の設備で検査はしておきたかった。幸い簡単に治癒可能な怪我ばかりだったので、一日はゆっくりするつもりだった。

 ―――だったが来客はあるものだ。夕方にラインハルトとキルヒアイスが様子を見に来た。どうやら本当に生きているのか心配になって確かめに来たらしい。実際に心臓を貫かれていたのを間近で見ていれば、幽霊か何かと思って確認したくなるのは仕方あるまい。

 

「卿の常識は俺達の非常識という事か。あるいは余程死神に嫌われているのか」

 

「死神も私の魂は業が深すぎて、面倒を見るのは嫌だと思いますよ。今回はナノマシンを備えておいて助かりました」

 

「あの治療器具は軍で使っていたものと違いますね。臓器を瞬時に再生した話は軍で聞いた事無いですよ」

 

「特注品ですから。あのクラスは高すぎて量産しても軍が採用しません」

 

 キルヒアイスの疑問に、普及型ナノマシンの大体1000倍以上の値段と答えが返ってきた。二人はそれでは無理だと納得した。いつの時代も軍は予算と戦っている。兵士に際限なく金を掛けるには、予算という巨大な壁は敵の要塞よりも遥かに分厚く強固である。

 いっそ安く上げたければ、兵士の身体を脳以外全て機械に替えてしまえば、初期投資は掛かってもかなり死ににくくなる。医療品も不要になる。

 フェリクスの提案に二人は口端をひくつかせた。この男なら冗談ではなく平気でやる確信があった。

 

「それはさておき、お二人は討伐軍には参加するので?」

 

「今回は卿の叔父と兄に譲ったよ。どうせ俺では貴族共が言う事を聞かない。余計な心労を溜めたくない」

 

 実際は既に指揮官を皇帝に願い出たが先を越されていたし、命令に従わない貴族ばかりと指摘を受けて引き下がった。宮中でフレーゲル男爵に会った時も、家の名誉と友人の命、それに弟を殺されかかった怒りを見せつけられては、手柄だ何だと拘るのも馬鹿馬鹿しくなった。

 姉にも少しは他人に手柄を得る機会を与えてやれと叱られたのは無関係だ。無関係である。

 

「たまには骨休めも良いですよ。尤も私は明日から被害者への謝罪と見舞いが待っていますが」

 

「卿に非は無いのにか」

 

「無くても家の中で起きたのなら、それは家の警備の不手際。誰かが頭を下げねば犠牲者の身内は納得しませんよ。一応仇は分かっているから形だけで十分ですが」

 

 叔父と兄は出征の準備に忙しく、叔母と従妹に謝罪行脚をさせるわけにはいかない。特にエリザベートはせっかくの誕生日を台無しにされて酷く落ち込んでいる。暫く休ませてやりたいから適任は己しかいない。

 リッテンハイム侯爵家にも、勝手に令嬢を治療に扱き使った事への謝罪もある。普段の言動は侯爵令嬢らしからぬが、あれでサビーネも皇帝の孫娘なので、その点を持ち出されると自分が咎めを受ける。相手が難癖をつけて事を荒立てる前にこちらから謝意を示して、なるべく問題を小さくしたい。

 

「それで瀕死の重傷だった貴方がする羽目になると?」

 

「当主が自ら頭を下げるには公爵の地位は高すぎる。それに怪我一つ無い者より自分より重傷者が足を運んで気遣えば、向こうだって無茶は言えません」

 

 二人は貴族など威張り腐って他人などどうでもいいと思っている輩ばかりと思っていたが、今回色々と生の感情を見せられて、少しだけ考えを改めた。彼等だって大事な家族を傷つけられば怒る人間なのだと。同時にその人が他者を平気で踏み躙っているからこそ、悪行を重ねる身勝手な輩が余計に嫌いになった。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 クロプシュトックの被害者が報復の準備を進めている同時刻、惑星オーディンより遥か彼方の帝国辺境。荒野の惑星フェザーンにて、超光速通信を使った報告を聞く異形の男がいる。フェザーンの自治領主アドリアン・ルビンスキー。褐色肌の禿頭に筋肉質の体つきは、為政者よりも兵士の方が似合っている。

 

「―――では皇帝暗殺は失敗したというわけか」

 

「クロプシュトックも思った以上に使えない老人でした。せめてブラウンシュヴァイク公爵ぐらいは仕留められると思ったのですが」

 

 オーディンに居るフェザーン商人は嘆息する。まるで自分に責任は無いと言いたげな男を、ルビンスキーは冷ややかに一瞥する。使えないのはお前もだろう。そう瞳は語っている。

 今回の爆発事件は、皇帝フリードリヒ4世を憎むクロプシュトックを焚き付けたフェザーンの謀略である。宮廷から追放され、跡取りを失い絶望に打ちひしがれる老貴族にさりげなく近づいた。サイオキシン麻薬を使って憎悪を増幅させて、提供した爆弾による暗殺を示唆。

 首尾良くいけば皇帝と大貴族数名があの世行き。帝国は大混乱に陥り、停滞を余儀なくされる。こうして同盟は度重なる敗北からの兵力充填の貴重な時間を得られる。クロプシュトックは帝国に傾き過ぎた天秤の皿を軽くして同盟と拮抗させる捨て駒にすぎない。

 

「討伐軍はいつ頃オーディンを出立する?」

 

「1週間もあれば肥え太った貴族でも準備は整うでしょう」

 

 ルビンスキーは情報を整理する。報復に気炎を上げる討伐軍は士気は旺盛でも雑多な貴族の寄り合い。対してクロプシュトック軍は故郷を守るために必死に抵抗する。前もってこちらが軍艦を売って、元宇宙海賊を傭兵として斡旋しておいた。最終的にクロプシュトックは戦禍に焼き払われるが少しぐらいは粘るだろう。

 既にフェザーン商人は関与の証拠も抹消して逃走済。策略は失敗してもうちが疑われる事は無い。

 

「よし、お前はこのままオーディンに残って情報収集に務めろ」

 

「承知しました自治領主殿。それともう一つ興味深い情報を仕入れました」

 

「…なんだ?」

 

「ブラウンシュヴァイク公爵の甥は心臓が潰れても蘇生させられる医療具を作ったそうです。うちも仕入れては如何でしょう」

 

 通信を切った後、側に控えていた補佐官のニコラス・ボルテックに、先程の男を処分するように命じようとして、待ったをかけた。

 使えないだけでなく、事情を知り過ぎた者は闇に葬るしかないが、面白い情報を得たので一旦命を預けた。

 

「確かフェリクス・フォン・フレーゲルと言ったな。あのナノマシンの開発者は」

 

「はい。我々の研究者も機械を手に入れて研究は続けていますが、劣化品しか作れないと報告を受けています」

 

 フェザーンは過去に正規軍に卸したナノマシンを補給士官に金を握らせて手に入れた。それを同盟側に横流したり、解析してコピー品を作って一儲けしようとしたが結果は振るわなかった。

 報告書には基幹となる技術に差があり過ぎて、外見だけ似せたところで性能はオリジナルの三割にも満たなかった。今後も研究を続ければもう少しマシな物を作れるらしいが、その間に本家はずっと先を歩いていくと思われる。

 兵器分野にもかなり力を入れている報告もある。貴族の学者一人が停滞した科学技術を数百年は進めているようなものだ。同盟に生まれていれば、随分バランス取りに役立っただろう。だからこそ、このまま帝国に利をもたらし続けるのは些か困る。

 今後の状況によっては、表舞台から消えてもらった方がフェザーンには得かもしれない。

 ルビンスキーは一杯が並の商人の1ヶ月分の稼ぎはする高価なウイスキーを飲み干して補佐官に命じる。

 

「フレーゲルを暫く監視しろ、出来れば身辺から情報も得たい。まだ何か隠している気がする」

 

「承知しました。金を貸している貴族をそれとなく近づけて、探らせてみます」

 

 ボルテックは与えられた仕事の仕込みのために退出した。

 一人執務室に残るルビンスキーは、二杯目のウイスキーをグラスに注ぎ、強い酒を水のように一気に呷る。

 帝国には若く力強い芽が育ち始めている。対して同盟は未だ劣勢を覆す兆しが見えない。帝国から放逐された地球教は同盟に根深く張り付き、徐々に影響力を強めている。いずれは政治の中枢にまで絡み付いて、宿主を操り始める。今のところ順調のように見えた。

 しかし腐り始めた樹木に茸が寄生したところで、木の倒壊を早める行為にすぎないのではないか。老いた者同士が絡まり共倒れ。そんな末路を想像するのは己が老いを否定する歳だからか。

 ルビンスキーもまだ30代の人生折り返しの年齢。十分若手の部類になるが、子供のような世代の台頭は時代が変化する予兆のように感じてしまう。

 

「ふん、子供か」

 

 過去に捨て去った古傷が微かに疼く。思い返すのは20年も前の若かりし頃の己。今のような力と金の無い、どこにでもいる貧しい青年。それでも情熱と幸福は確かにあった。

 同時に自らの意思で捨て去った。後悔は無くとも、罪悪感が時々体中を這い回る。絶世の美女を抱き、美酒を飲んでも決して忘れる事は無い。

 噂に聞くフレーゲルとやらも、罪悪感までは機械で消せまい。そんな虚勢にも似た心情を誤魔化すようにルビンスキーは三杯目の酒を注いだ。

 

 有り得ない仮定だが、もしもフェリクスがルビンスキーの強がりを知ったら、あっさり答えただろう。

 

「感情抑制ぐらい簡単に処置出来ますよ。辛ければ記憶ごと消去しますか」

 

 元クサレカイハツチームのイカレ科学者をなめてはいけない。

 

 

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