クロプシュトック討伐軍が首都オーディンを発って幾日が経った。爆破被害のあったブラウンシュヴァイク公爵邸は既に瓦礫も撤去されて、補修工事が始まっている。
工事中は公爵の妻子は邸宅を離れて、親族のフレーゲル男爵家に身を寄せていた。当主が戦で不在だったため弟のフェリクスが留守を預かり、叔母と従姉妹との生活を送っていた。
討伐軍とクロプシュトック領地軍の戦いは、最初の砲火が放たれてから既に五日が経過していた。軍勢の規模なら既に討伐を終えて帰路についても良い頃合いだった。それでも未だに戦いが終わっていないのは、つまるところ討伐軍が下手を打ち続けているのだろう。
毎日、屋敷に軍の司令官を務める叔父から連絡を受けているが、フェリクスには大体戦の愚痴、妻子には元気な様子を伝えるだけ。兄の男爵の方も慣れない戦場にストレスを溜めていた。
夕食は叔母アマーリエと従姉妹のエリザベートと一緒に摂る。海老の香草炒めを口にしながらエリザベートはフェリクスに尋ねる。
「どうしてお父様は上手くいっていないのかしら。数はお父様の方が多いのでしょ」
「軍隊はそれぞれが言う事を聞かずに勝手に動いたら、数が多くても意味が無いんです。今回は碌に戦いの経験の無い貴族がそれぞれ好き勝手に戦っている。ましてクロプシュトックは負けたら全員死刑ですから、死に物狂いで戦う。死を恐れずに戦う相手は怖いですよ」
「えー、じゃあお父様大丈夫かしら」
「叔父上は一番後ろに座っているから死ぬ事はありませんよ。ただ遅々として進まない戦に、ストレスで倒れるかもしれませんが」
今も前線で右往左往する貴族の間抜けに怒鳴り散らしているに違いない。せめて爵位と階級が最上位の叔父に粛々と従って戦うなら、最低限戦力として計算に入るのだが。
気位ばかり高くて命令を聞かない逃げ腰の素人など、おおよそ軍人として最悪の部類だ。そんな連中を抱えながら戦わねばならない正規軍の士官たちには同情を禁じ得ない。
事実、今度の戦に顧問として参戦した正規軍の将官らは、まともに戦う気の無い貴族に匙を投げていた。仮に正規軍だけで討伐軍を編成していたら、たとえ半数の艦隊でも一日で戦は終わっていた。素人と専門家はそれほどに意識と技能に差があった。
「貴方が同行していたら、少しはあの人の負担も減ったかしら」
「無理でしょう。私は所詮爵位も無い一学者、実戦経験皆無の予備役士官です」
愚痴を聞くだけなら通信でオーディンに居ても出来る、と冗談交じりの返事に二人は少し笑う。
内心ラインハルト達は今回留守番で良かったと思う。昨日も夜中に戦況を通信で聞いてきたら、詳細を聞いても二人は驚きもしない。完全に予想通りの推移だったらしい。
キルヒアイスはまだ弁えているが、ラインハルトは絶対に貴族と衝突して、最悪抗命罪とか敵前逃亡を理由に貴族を処刑しかねない。そこまでやったら司令官の叔父も黙ってはいない。クロプシュトックの目の前で、貴族対正規軍に分かれて戦争をするかもしれない。
とはいえ戦自体はやる前から勝敗は分かっている。援軍も無い状態ではクロプシュトック領軍はいずれ磨り潰される。戦死者とかかる日数が加減する程度の差だろう。フェリクスに出来る事は心配する従姉妹を宥める事と、遠方の叔父と兄の愚痴を聞く事ぐらいだった。後は日常と何も変わらない。
夕食を終えて自室で端末を開いて幾つもの企画書を流し読む。これらは研究所の技術者達が送ってきた試作兵器の企画書だ。知識欲に貪欲な彼等は日常の業務をこなす傍らで、こうして試作品を無数に作っては失敗を繰り返して、幾つかは実用性がありそうならそのまま研究を続ける許可を出した。大雑把に見ても明らかに失敗しそうなアイデアは上司権限で差し止めた。時間も設備も無限ではないのだから、篩落としは必要な処置だ。
他にも居住区の拡張許可、新型宇宙戦艦の建造状況の報告書、捕らえたスパイの尋問記録と被験体への用途変更許可など、目を通す資料は山のようにある。
後は帝都の憲兵隊からの意見書という名の苦情文にも、詫び状を作成して返信する必要があった。ここ数日、留守にした自宅に物取りが頻繁にやって来て、死体になって処理が面倒とか。持っていた身分証から前科のある軽犯罪者が殆ど。どうせ貴族が適当に雇った捨て駒だろうがちょっと気になる。
貴族で思い出したが先日死にかかった時に使ったナノマシンの問い合わせが山のように来ていたのを思い出す。緊急時とはいえ衆人の前で心臓を即時再生したのは随分と刺激が強かったらしい。常に暗殺に怯える貴族にとって、瀕死の重傷から生還する手段は喉から手が出るほど欲しい。一平民なら絶句するような価格の治療具でさえ、貴族の当主ともなれば子供の菓子感覚で買えてしまう。単純に製造工程の関係で極少数生産と説明しても、死の恐怖に囚われた特権階級に道理は通じない。大抵は爵位を持ち出して無理を通そうとするから、仕方なくこちらも公爵の叔父や皇族を最優先にする旨を伝えて黙らせた。
問い合わせる貴族の中には金欠で有名な落ちぶれ貴族も何人か居た。彼等のあまりの必死さを屋敷の家人がどうにか宥めて丁重にお引き取り願ったと聞いた。下手をしたら転売目的か借金返済を理由に誰かに詰められてナノマシンを手に入れようとしている可能性もある。人間余裕が無くなると手段を選ばなくなる。貴族といえど着飾った服の下は獣と変わらない。
面倒臭い問題に頭を痛めながら、砂糖を固めたような飴を何個も口に放り込んでお茶で流し込む。おかげで少し気が楽になった。
給仕に控えていたカーテローゼがお茶のお代わりを注ぐ最中、ふと端末のディスプレイに目を留めた。
「新規の志願兵の名簿ですが、何か気になる点が?」
「……もしも私が軍人になると言ったら、フェリクス様は許可して頂けますか?」
急な提案に、なぜ軍人に志願するのか問う。
「先日フェリクス様は瀕死の重傷を負いました。もし私が強くなって盾になれたら、今度は傷つかずに済むかもしれません」
少女の瞳は確固たる決意と、拒否されるかもしれない不安感が混在していた。
カーテローゼにとってフェリクスは全てだ。幼き頃に命を救われた時から、己の存在は主人のためにある。死ねと言われれば死のう。誰かを殺せと言われたら殺す。命じられたら貧相なこの身でも喜んで伽をしよう。
教育係の老メイドや執事から主に尽くす様に徹底的に教育を受けた少女は、もはや己を一個の道具と見做している。ある種の崇拝か狂信に近いが決して強制されたわけではない。自ら望んでなったに過ぎない。
フェリクスはそうした13歳の少女の覚悟を半分も理解していない。しかし、そろそろ自分の道を歩かせても良い年頃とも思っている。女でも軍人を目指すならそれも良い。帝国は女性に軍人の門戸を開いていないから、幼年学校や士官学校には入れないが私的に学ぶのは個人の自由。貴族の私設軍なら当主の意向でどうとでもなる。
「良いでしょう。では今度、資源衛星に行った時に適性検査を受けなさい」
カーテローゼはお願いを認めてくれた主に深々と頭を下げた。
フェリクスの方はメイドの少女が軍人になれるか半信半疑だった。頭脳面は良好、身体能力もそれなりに良い。おそらくは遺伝上の父親になるワルター・フォン・シェーンコップの血の優秀性を受け継いでいる。彼の情報は念のため年に一度は他の同盟軍人と共に収集している。
シェーンコップは自由惑星同盟に亡命した帝国人やその血縁者からなる部隊【
そんな男が父親なら、娘も優秀な資質を持っている可能性はそれなりにある。ただし、精神面が戦いに向いているかは未知数である。
思い通りに行かなくても、それもまた人生。実験のように、適性が無かった事実が判明するのは無駄ではない。あるいは後々気が変わって別の道に逸れても、それは本人の意思だ。主人として失敗しても寛容な目で見てやればいい。
その後、カーテローゼは資源衛星で適性検査を受けて、パイロット適性が高かったため、パイロット候補生として日々訓練を受けるようになる。
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5月3日の朝、フェリクスは目を覚ました。顔を洗い、身支度を整えてキッチンに立つ。メイドのカーテローゼが居なくなり、朝食はいつもお茶とパンか、点滴で済ませる。電気ポットに水を入れて、湯になるまで待っていると、来客を示すランプが点灯する。門に繋がるインターホンには、見知った金髪の美丈夫と友人の赤毛が映った。
「おはようございます。随分早いですね。……ともかく中にどうぞ」
面食らったが構わず門を開けて歓迎した。二人は早朝押しかけた詫びをして、家主に言われるままに家に招かれた。
ラインハルト達は家に入り、リビングで待たせた。
「この時間なら朝食はまだでしょう?食べながら話を聞きましょう」
客人のためにパンとチーズ、適当に切ったハムとこれまた適当に手で千切った
お茶も淹れてテーブルに並べると、レタスを見たラインハルトは微妙に嫌そうな顔をしたが無視した。
三人はまず一口パンやお茶を口にする。それから改まってラインハルトが口火を切った。
「卿に頼みがあって今日は来た」
ラインハルトの第一声でフェリクスは訪問の理由を大体察した。金髪の友人が関心を持つのは基本的に二つしかない。姉と戦である。時期的に考えてシスコンウォーモンガーは戦の方だろう。
「その様子では結構な厄介事ですね。―――先日のクロプシュトック領の件が関係していますか?」
「概ねその通りだ。卿の叔父は討伐の戦で何か問題を話していないか」
問題なら毎日のように通信で聞かされたから、心当たりは幾らでもある。正規軍なら三日もあれば終わるような戦に1ヶ月もダラダラと掛かった。大逆罪を成したウィルヘルム・クロプシュトックは捕縛される前に自ら毒を呷って自害した。配下の貴族がまともに働かないどころか、勝手に略奪を始めた。領民に略奪暴行を行った公爵一門の貴族士官を咎めた平民の上官が、貴族を軍規を理由に射殺した。しかもその平民が謝罪するどころか、面と向かって最高司令官の自分を罵倒した。大雑把に言えばこんなところだ。
フェリクスの話を聞いて、ならば話は早いとラインハルトは頼みごとを打ち明けた。
「―――つまりうちの親族を処刑したミッターマイヤー少将の居場所を叔父から聞き出せと?」
件の平民少将は戦が終わった後に、船の営倉に放り込まれてオーディンには帰還したが行方が分からない。ミッターマイヤーの戦友のロイエンタール少将が軍務省に問い合わせても埒が明かない。頼ったのが現在軍で頭角を現しているラインハルトだった。
ラインハルトもロイエンタール少将から懇願されて、公爵からの暗殺と処刑回避に動いている。見返りは、今後元帥に昇進した暁には忠誠を誓い命がけで戦う事。命の借りは命で返せ、分かりやすい取引である。そこで一番心当たりがあるブラウンシュヴァイク公爵の身内の自分を頼ってきた。
助命嘆願を叔父にしろ、と言わないのは友人に頼りすぎるのを善しとしない自尊心だろうか。あるいは罪なき者を罪とする貴族への反感か。どちらでも良いが、フェリクスにとっては大して関係の無い話である。
「私はミッターマイヤーとロイエンタール両少将には面識も無いので関知しない話ですが、友人の貴方が頼んだ以上は力を貸しましょう。いずれ返してもらいますが」
「この前俺は卿の命を救ったぞ」
「そちらはベーネミュンデ侯爵夫人の一件で相殺しています。ゆえに私の方が貸し一つです」
キルヒアイスはやり込められて憮然とするラインハルトを見て苦笑する。自分にとっても付き合いの長い友人は、常に我が主君と対等の友人であろうとする。その上で何かと気を遣い手助けもしてくれる。マリーンドルフの令嬢と共に、今後も敵ばかりの自分達には誠に得難い相手だと思う。
話は纏まり、フェリクスはどこかに通信をして、終わったら急いで食事を平らげた。二人もそれに続いたがラインハルトだけはレタスに文句を言いながら完食した。
念のために医療道具を持って、
「ここからは私一人が行きます。二人はロイエンタール少将に連絡して待っていてください」
「なぜ俺達は駄目だ?」
「貴方は貴族から疎まれているんですよ。話が拗れるから私が叔父と話を付けてきます」
「信じていいのか」
「あの人は両親のいない私にとって父親です。腹を割って話すには他人は邪魔です」
有無を言わさぬ拒絶と、友人の思わぬ家族関係に押し黙り、言われた通り二人はその場で待つことにした。
一人歩いて公爵邸に来たフェリクスを使用人は驚きつつ迎えた。そのまま部屋で外出用の身支度を整えている叔父に挨拶をする。
朝早く来訪した甥を不審に思いつつも温かく迎えた。同じテーブルに就き、先に話を持ち出したのはフェリクス。
「公爵といえど気苦労が絶えぬご様子。幾つもの蔦に纏わり付かれた叔父上の心労は、私のような若造には察するに余りあります」
「高位の貴族に産まれた宿命よ。おぬしも友に泣きつかれたか?」
さすがは父親代わり。息子の腹の内などお見通しらしい。
ブラウンシュヴァイク公爵も処刑された士官はパーティーで数度会った程度の薄い血族なので、死んでも惜しいとも思っていない。しかし一族には面子があり、あまつさえ平民が面前で罪をあげつらって、総司令官たる自分の監督責任を問うのは許せなかった。可能なら殺してやりたかったが軍部との亀裂を避けるために、牢に入れて放置した。無罪放免では従軍した貴族から突き上げを食らうし、面子が立たない。
「おぬしは儂を非道無慈悲と罵るか?あるいは賛同するか」
「思うにミッターマイヤー少将は軍法において間違いではないが、貴族への配慮が足りな過ぎたかと。せめて殺す前に総司令官の叔父上の前に引き立てて裁可を仰ぐ。ルドルフ大帝の制定した軍法に則った賞罰を加えれば、ここまで話は拗れなかった」
「そうだな。儂が自ら恥ずべき罪を糾弾すれば、下衆な行為に走った貴族共も震え上がり大人しくなっただろう。そうはならなかった以上は栓無き事よ」
ブラウンシュヴァイクは騒ぐだけの馬鹿の要求と、軍との関係、公爵家の面子との、せめぎ合いに疲れた力の無い笑いを見せた。
こんな笑いを見せられたら、フェリクスはこの人が馬鹿貴族の手綱を握れなかったのが悪いなどと言えない。元を辿れば討伐軍を率いたのも面子に泥を塗られた事以上に、自分が死にかかった事への報復が大きい。
一番悪いのは爆弾を使ったクロプシュトック、二番目は馬鹿をやらかした一族の士官および略奪暴行を加えた貴族、三番目が監督責任を果たせなかった叔父上。優先順位で言えば叔父上は後になる。それでも軍人として働いたミッターマイヤー少将には咎は無い。
「ミッターマイヤー少将は既に痛い目を見ています。そろそろ軍に身柄を返しては如何でしょうか?」
「うーむ、分かった。だがなるべく早い方が良いぞ。お前の兄が怒り心頭で、少将を軍刑務所から連れ出したからな」
フェリクスは天を仰いだ。どうしてこう話をややこしくするんだ。と思ったが自分も兄に色々面倒事を持ち込んだ事があるから、人の事はとやかく言えなかった。
気を取り直してどこに行ったか尋ねる。実際に行った事は無いが公爵家が所有するオーディン郊外の城の場所は教えてもらえた。
叔父に礼を言って、急いで待たせてある
そこには友人二人と、もう一人軍服の伊達男が待っていた。男の両の瞳の色が違うのに気付いたがわざわざ気に留めるほどの価値は無かった。
「待たせました。場所は分かったから、走りながら状況を話します」
「さすがだな。よし二人も乗れ」
運転席にフェリクスが、助手席にラインハルト。残りの二人が後部座席に乗り込んだ。
軍服の伊達男、ロイエンタールは門閥貴族が自分で運転するのを