帝国歴486年の帝国は例年通り騒がしい。騒がしい理由は今年二度目の大規模な出征が世間を賑わせているからだ。今回は3月に起きたクロプシュトック領征伐のような小規模な軍勢ではなく、総勢3万6000隻の大艦隊がイゼルローン要塞へ集結する。
当然相手をする自由惑星同盟を称する叛乱軍も、相応の戦力を集めて開戦に踏み切るだろう。そうしてまた宇宙には命の華が散っていく。
科学者にして医者であるフェリクス・フォン・フレーゲルには、極めて不毛な行為にしか見えない。意思疎通が全く出来ない異質な生命体相手の生存競争なら、戦いもやむなしと半ば諦観染みた納得もしよう。そうでなく、互いに言葉を交わし交渉によって妥協点を見つけられる人類種同士なら、適当な理由を考えて休戦なり不可侵条約でも結ぶ事を選択しても良い気はする。
皇帝すらどうにもならないのに、一個人がそんな和平を考えたところで誰も聞く耳を持たないのは、既に戦争を始めた150年前から分かり切っているわけだ。
そんなわけで彼は無駄な戦と思いつつ、今日も今日とて研究と、医者として宮廷に出仕する日々を送っていた。
日常に変化が起きたのは8月に入ってから。叔父のブラウンシュヴァイク公爵に呼ばれて邸宅を訪れた。数ヵ月前に起きた暗殺未遂の爆発の痕跡は完全に消されている。
サロンに通されて叔父と短い形式的な挨拶の後、本題に入る。
「軍がイゼルローン要塞に集結しているのは知っているな。おぬしの兄もそこに居る」
勿論知っている。つい先日、その兄から直に聞かされた。兄ヴィクトル・フォン・フレーゲル男爵は帝国軍中将として、数名の取り巻きと共に参戦している。碌に戦闘経験も無い中将に率いられる将兵が哀れと思いつつ、なるべく兄にも死んでほしくなかった。
帝国は爵位を持つ門閥貴族なら軍務経験が無くても自動的に昇進するシステムがあり、兄も殆ど仕事をしなくても20代半ばで将官になった。公爵の叔父も軍人として最高位に近い上級大将である。大抵は名誉職に近く、実際に前線に出る貴族は稀であるが、今回のように前線まで出張ると現場の軍人はやりにくくて仕方がない。
なのにわざわざ兄が前線まで足を運ぶのは、一足早く要塞に居るラインハルト達を誅殺するためだった。クロプシュトック事件からブラウンシュヴァイク公爵一門の一部が反ラインハルトを掲げて騒がしい。一門の青年士官を射殺したミッターマイヤー少将を取り込んだので共に憎悪の対象になったが、元から寵姫の姉のおかげで出世して、今まさに伯爵位を賜る金髪の
敵である惑星同盟と正面から戦いながら、同じ陣営の将を後ろからつけ狙う。我が兄ながら悪徳貴族の鑑である。
「おぬしもイゼルローン要塞へ向かえ。儂の名代として陣中見舞いだ」
「承知しました。それ以外には?」
「無い。おぬしに暗躍は期待しておらん。そのまま軍に顔を売っておくだけでよい」
額面通りの仕事に安堵する。やはり自分は貴族の謀には向いていないし、他者から強要もされない立ち位置の方が気が楽だ。
どうせなら最近完成したばかりの宇宙戦艦を使うか。戦場に近い場所でデータ収集もしておきたい。それに万が一戦に巻き込まれても、最も強固な防御力の戦艦なら安全だろう。
イゼルローン要塞まではオーディンから半月近くかかる。帰りも含めて一ヵ月となると、ベーネミュンデ侯爵夫人の実子のフレイアの診察は休止せざるを得ない。既に2歳を超えて病気に全くならない健康体ゆえ、夫人には多少不安でも納得してもらうしかない。
兄や取り巻き以外にも、総司令官のミュッケンベルガー元帥は伯爵家の次男と記憶している。彼等への労いの品となると、それなりの良品が必要だった。
「では叔父上の酒蔵から幾らかワインも供出してください。将兵らの慰労品は私が用意いたします」
「え、う、うーむ、分かった持っていくが良い」
あからさまに渋ったのを無視して言質を取った。名目上は叔父からの労いの品だから、これぐらいは自腹を切ってもらいたい。
こちらは男爵領の工場で生産した医療品と、兵士用の安い酒や菓子類を大量に配ればいい。輸送艦を護衛する演習も兼ねれば効率的だ。
今日中にグリルパルツァー中佐と、最近昇進したフェルナー大佐に連絡を入れて、オーディンに艦を寄らせる必要がある。
叛徒と戦う可能性も考慮するなら、念のため同盟軍の癖や情報を知っているアーサー・リンチも呼んだ方がいい。カーテローゼはまだ訓練生だから留守番させる。
フェリクスはふと、ある人物の事を思い出した。戦艦が完成したらぜひ乗せてほしい。世辞ではなく本心から願っていたのを思い出して、後学のために連れていく事を思いつく。
それから叔父と今後の打ち合わせをして、行軍の準備のために退席した。
後日、甥が酒蔵を半分空にしてしまったのを知った公爵は、自分が許可したのと個人的に飲んだわけではなかったので、怒るに怒れず肩を落とした。
□□□□□□□□□□
8月下旬。フェリクスは宇宙を航行する新型戦艦、ヘイムダル級宇宙戦艦の艦橋中央に臨時で設えた椅子に座って、機敏に職務を全うする軍人をよそに眼前の虚空を眺めている。端的に言うと彼の仕事はここに無いから暇だった。
仕事が無いのは必ずしも悪い事ではない。総責任者は最終報告を聞くか、どうしようもなく大きな問題が起きた時に対応に追われるのが仕事。それ以外は後ろで突っ立ているか、暇そうに座っている方が現場で働く者にとって精神的に楽といえる。
実務は隣の艦長席でディスプレイと睨めっこしているグリルパルツァーに全て任せればいい。却って指示などしたら彼の職権を侵してしまうし、指揮系統が二つになって混乱する。そうしたデメリットは軍幼年学校で学んでいる。よって目的地のイゼルローン要塞まで、あと2時間はボケっと座っている必要がある。
実際は既にイゼルローン回廊は戦場の一歩手前なので、そこまで呑気に構えていられない。回廊の同盟側には、無数の偵察用スパルタニアンが徘徊して、帝国軍の情勢を探っている。見つかると戦闘にはならなくても、そこそこ面倒な事態になる。特に今回は軍艦以外に荷物を満載した鈍重な輸送船も連れて来ている。防衛を最優先にするなら、警戒はし過ぎても臆病には当たらない。訓練も兼ねていると思えば、現場の兵は緊張感が抜けなかった。
準戦闘態勢のままきっかり2時間回廊を航行すると、艦橋からでも巨大な銀色の球体が視認出来る。30年以上回廊中央に鎮座して、これまで六度同盟軍の大規模侵攻を跳ね除けた実績を持つ、帝国が誇る難攻不落のイゼルローン要塞である。直径60km、質量60兆tの巨大な人工天体。内部に各種生産工場を備えて、自給自足も可能にする軍事都市とも言える。
現在は戦時体制から通信妨害により、通常の通信は遮断されているため肉眼で視認可能な距離まで近づいてから、光学的手段を用いて連絡を取っている。
「うわーこれがイゼルローン要塞なんですね!」
要塞の威容に一人が子供のように目を輝かせて歓喜の声を上げる。否、子供のような、ではなく実際に子供である。声の主は今年15歳になる少年。ハインリッヒ・フォン・キュンメル男爵だった。彼は艦橋のガラス越しに、虚空に浮かぶ要塞と周囲を哨戒する軍艦の大きさを比べては、その都度はしゃいでいる。
15歳にしては少々落ち着きが足りないようにも見えるが悪気は無く、貴族にしては謙虚で人懐っこい人柄から、仕事の邪魔をしなければ艦橋の軍人たちも笑って済ませていた。
軍人達は元気の良いハインリッヒが生まれてからずっとベッド暮らしの元重病人とは想像出来ないだろう。それもフェリクスの遺伝子治療のおかげで完治して、活動的な少年として勉学に励めるようになった。それゆえ恩人のフェリクスを尊敬して、時々遊びに来たり相互にパーティーに呼ぶ仲だった。
快活なハインリッヒの横で通信兵が要塞からの伝文を読み上げる。物資搬入港の入港許可が下り、グリルパルツァー艦長は先に5隻の輸送船を行かせた。次にフレースヴェルグ級駆逐艦が5隻、ガルム級巡航艦が3隻、最後に旗艦ヘイムダル級戦艦1番艦【ポレンタ】が入港する。
通常は貴族の船舶なら優先的に軍港に回されるが、現在は集結した軍艦で港がいっぱいなのと、ヘイムダル級が大き過ぎて通常のドックでは収容が無理だった。何しろ船体の全長が標準戦艦の約3倍の2000mもある。ミュッケンベルガー元帥の保有艦、帝国軍宇宙艦隊総旗艦【ヴィルヘルミナ】と比べても倍近い巨躯を誇る。帝国軍で2000m級の船となると、従軍病院船ぐらいしか他に類を見ない。
港の作業員は巨体と共に、帝国軍の意匠からかけ離れた戦艦に圧倒される。重火器をそのまま巨大化させたような優美さの欠片も無い、ひたすらに効率と機能性だけを突き詰めたような外観。艦橋前方に複数の大型旋回砲塔を備え、艦首には巨大な砲口を有する。船体上部には十のミサイルサイロが二列あり、そこだけでも巡航艦がそっくり納まるほど大きい。側面に回り込めば装甲に埋め込んだ無数のビーム発射口と、翼状に突き出たフレームに設えた無数の小型砲塔が見る者を威嚇している。極めて重武装の船体から読み取れる設計思想は『唯々敵を殺す』。それに尽きる。
とある整備兵はミュッケンベルガー元帥の【ヴィルヘルミナ】を初めて見た時、艦の重厚さと堅牢な姿に頼もしさと共に威圧感を覚えたものだ。帝国の威信そのものと言って良い。肩を並べて戦う僚艦は、旗艦と共に戦える事を誇りに思う。
対してヘイムダル級【ポレンタ】は対峙する者への純粋な殺意に溢れている。決して味方を鼓舞する事は無く、むしろ悪寒と恐怖心を植え付ける、極めて排他的で攻撃的な思想が読み取れた。
要塞の兵士の主観はともかく、接舷した艦からフェリクスとハインリッヒは護衛を伴い下船する。残りは留守番だ。
既に数名の士官が敬礼で迎えてくれた。要塞内は基本的に徒歩での移動となり、フェリクスは内心時間の無駄と思いながら、案内役について行く。
案内された指令室には総司令官のミュッケンベルガー元帥をはじめ、要塞司令のシュットックハウゼン大将、要塞駐留艦隊司令官ゼークト大将、さらにフェリクスの兄フレーゲル男爵が二人を出迎える。
フェリクスは貴族式の挨拶の後、ブラウンシュヴァイク公爵の名代として今度の戦への陣中見舞いとして届けられた、数多くの物資が記された名簿をミュッケンベルガー元帥に差し出した。彼は威厳ある声で公爵への感謝を述べ、続いて要塞司令のシュットックハウゼン大将に物資搬入の許可を与えた。
一連の流れにハインリッヒは、グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー元帥の堂々たる威厳に感嘆の吐息を漏らす。30年を超える軍歴、伯爵家出身、質実剛健を絵に描いた佇まい。どれもが少年貴族の心を揺さぶる要素だった。
これで叔父からのおつかいはおしまい。後は帰るだけだったがそんな事は無かった。
「一つ元帥閣下にお願いがありまして」
「……何かな」
ミュッケンベルガー元帥の立派なもみあげが微動する。門閥貴族の若造が面倒臭い要求をするのを内心辟易した。
「後学のために、しばし戦を観戦させて頂きたい。無論戦列に加えろなどと無謀な事は申しませぬ。あくまで後方にて戦場の空気を吸う程度で構いません」
「戦場ゆえに、いつ流れ弾が飛んで来るやもしれぬ。命を落とす危険を分かった上での希望かね」
常人なら怯え竦む眼光を前にしても、フェリクスは動じず頷いた。ミュッケンベルガーは戦場でこれ以上門閥貴族を抱え込みたくなかったが、予想よりは控え目な要求だったので、危険な戦と警告した上で残った以上は当人の責任と理解させた。ちらりと傍に侍る兄の男爵を見ると、拒否する態度は見せなかった。身内を証人にして責任は回避した。ならば意地を張って拒否する理由は無い。
要塞の駐留許可を得たフェリクスは退室した後、すれ違った要塞兵を捕まえた。
「ミューゼル大将はどちらに?」
要塞の居候二人は兵士に案内してもらい、ミューゼル艦隊に割り当てられた士官室に入る。帝国軍の栄えある大将が使うには手狭な部屋でも、コンピューターと高度なシミュレーターさえあれば、精力的な青年士官にとっては十分満ち足りる。
部屋には四人の高級士官がシミュレーターを前に、知略を駆使して演習に励んでいた。急な来客に、最初にキルヒアイスが演習を中断して出迎えてくれた。ミッターマイヤーとロイエンタールは敬礼を、ラインハルトは顔を向けた後にキリが付くまで待っていろと伝えた。
暫く四人の演習を見学して、一区切りついたところで待機していた従卒に全員分のコーヒーを頼んで休息を入れる。ハインリッヒはミッターマイヤーとロイエンタールには初対面だったから自己紹介をする。一応パーティーでラインハルト達は軽く会っているから顔は覚えていた。
「卿の顔をここで見るとは思わなかった」
「叔父の使いで陣中見舞いを。ついでに新型戦艦の習熟訓練と、戦場のデータ収集のためにしばらく居座るつもりです」
旧知の仲の二人は、友人が医者の傍ら軍艦建造もしている事を思い出した。話だけは聞いていたが実物は見た事が無かったから、試しに見に行く気になった。
「以前酒の席で大将になったら私の船を進呈すると言ったのに、間に合わなかったのは悔しいですよ」
あと3年は先の事だと思っていたと苦笑いを浮かべる。ラインハルトは自慢げに笑うが、そもそも彼の昇進速度が常軌を逸している。皇族でもない帝国騎士階級が士官学校を出ずに4年で少尉から大将にまで上り詰めるなど、誰が予想できるというのか。寵姫の姉の影響も加味して、精々大佐ぐらいだろうと思っていた。
別段船を乗り換えるのは禁止されていないが、ラインハルトは下賜されたばかりの純白の戦艦【ブリュンヒルト】を気に入っている。友人には悪いがそのまま使うつもりだった。
フェリクスも科学総監部に居る同期から新型艦の話は聞いている。新技術を盛り込んだ野心的な作品には、色々と興味がある。それに皇帝フリードリヒ4世からの贈り物を押し退けてまで自分の艦を使わせるのは躊躇われた。
「仕方がないからキルヒアイスには何年かして大将に登ったら、より高性能な戦艦か宇宙母艦を用意しておきます」
「ははは、私はまだ中佐だから何時になるか分かりませんよ」
謙遜するキルヒアイスも十代で中佐は相当高い階級だが、この部屋の面々は平然と受け入れている。戦には事欠かないので才能と武運さえあれば階段を登るには苦労しない。いずれ彼等はラインハルトのように自らの艦を持つ大将になるだろう。
ただし将来の栄光も、今の策略渦巻く濁った海を泳ぎ切れればの話だ。警戒すべきは眼前の敵と、同じ旗を掲げた味方のフリをした敵。そのどちらの刃も防ぎ切らねば、ラインハルト達に明日は無い。
目下警戒すべきはフレーゲル男爵。彼が何か仕掛けてくるのは確実。話の流れで視線がフェリクスに集中する。
「兄は自ら手を汚すより、他者を動かして企みを完遂する人です。それに出来れば自然と戦場で貴方を亡き者にすれば疑われない。十中八九同盟軍に始末させるよう戦略に組み込んできます」
「悪辣な奴め!ミュッケンベルガーも俺を疎ましく思っているから、戦略に妥当性があれば採用するだろうな」
それこそ敵の眼前に放り込んで磨り潰すまで使い、別動隊が敵軍に痛打を与えれば戦自体は帝国の勝ち。危機的状況でも後退したら、敵前逃亡と難癖をつけて処断しにかかる。指揮権が総司令官のミュッケンベルガーにある以上は、ラインハルトがどれだけ理想的な戦術を説いたところで採用される可能性は低い。
せめて自由に指揮する機会さえあれば悩まずに済む。ラインハルトのぼやきに、フェリクスは一つ考えが浮かぶ。さらに戦の彼我の戦力およびラインハルト麾下の艦隊数を問うと、キルヒアイスが帝国軍3万6千隻、うちミューゼル艦隊は1万2千隻。敵軍は偵察情報では3万5千隻と答えた。
フェリクスは一拍子置き、友人に問う。信用ならない味方を疑いながら同数で窮屈に戦うか、自由に采配を振るうが3倍の敵に袋叩きにされるリスクを抱えるか、二択を選べと。
提案に軍人四人は朧気ながら狙いが見えてきた。分からないのは年少のハインリッヒだけだった。フェリクスは彼のために概要を語る。
現在同盟軍はイゼルローン回廊の出口付近の星域にいる。そこでミューゼル艦隊1万2千が威力偵察を行う。場合によっては交戦も認められるように総司令官に許可を得ておく。あとはその場の状況で偵察に留めるなり、交戦するなりお好きにする。最悪敵総軍とかち合う事態になるが、そこは友人の器量と運で切り抜けてもらう。
「それって行き当たりばったりというんじゃ」
「それでも後ろと横を気にせず戦えるだけ気が楽ですよ。俊英のラインハルトならそこまで惨事になるとは思いませんし」
さらにこの計略の肝はラインハルト自身が提案するのではなく、兄に提案させる事だ。策略自体は止められない。ならば戦術的に制御可能な状況を作って、せめて自由に戦える権利はもぎ取っておく。常識的に考えれば三倍の敵が徘徊する星域に放り込まれれば、戦死はなくても何の成果も得られず負けて帰ってくる公算大。自分の策によってラインハルトの評価がガタ落ちすれば、フレーゲル男爵や一門の溜飲は下がる。そうした自尊心を刺激してやれば誘導は可能だと思う。
「悪い策ではない。フレーゲル博士はなかなかに策士ですな」
一番最初にロイエンタールが呟いた。ただの人の良い学者と思いきや、意外と政治的駆け引きも出来る貴族と評価を上方修正した。
「単に兄の気質を知っているだけです。私が友人にしてやれる事はここまで、あとは貴方達自身の力量で切り抜けてください」
「俺を試すか。良いだろう、戦が終わったら勝利の酒をまた用意してもらうぞ」
本当は感謝の言葉を述べたかったが配下がいる手前、強がりと敬礼で誤魔化した。司令官に続き、他の三人も意を汲んで敬礼をもって感謝を示した。
ラインハルトは本心ではフェリクスに感謝している。本来敵対関係にあるブラウンシュヴァイク家一門でも友好を続けている。家族との板挟みになっても、ギリギリまで自分に力を貸してくれる。いずれ折を見てこれまでの借りを纏めて返したいが、己にはまだそれだけの権限が無いのが悔やまれる。
兄への進言は夜にでも行うため、しばらく時間はある。よってフェリクスの戦艦を冷やかしに見学する事になった。
物資搬入港を見渡せるオペレーター室にて、係留したヘイムダル級戦艦を見下ろす四名は一様に衝撃を受ける。非常識な鋼色の巨体もさることながら、運用思想が突き抜け過ぎている。殺意を具現化した砲口を向けられる相手が気の毒になる。
「―――優雅さが足りんな。やはり俺はブリュンヒルトの方が良い」
人を殺すための兵器に優雅も無いだろうと思ったが、艦隊司令の座艦ともなると将兵の士気を上げるために、ある程度見栄えを気にするからラインハルトの主張も全く的外れではない。実際彼のブリュンヒルトは白銀色の流線型をして、見る者に白鳥の如き優雅な印象を与える。意外とそうした好意的な見た目は重要だった。
「艦名はついていますか」
「ポレンタです」
聞きなれない響きに首を捻り、キルヒアイスが由来も聞く。
「お粥です」
「え?あの、今なんと」
「だからお粥です。料理の粥。帝国語ではなく古い地球時代の料理名ですが。艦が完成した日の朝食が粥だったので」
四人全員が心の中で(なんでだよ)と気持ちが一つになった。あれだけ凶悪な外観と武装を施した超級戦艦の名がお粥とは。敵対する者は今後【お粥】に殺されると思うと同情を禁じ得ない。友人たちは前々から分かっていたが、こいつは感性が絶対にズレていると改めて認識した。特にラインハルトは、ミュッケンベルガー元帥が自分の母親の名前を旗艦に付けたのを内心馬鹿にしていたが、粥よりはまだマシに思った。
そうは言ってもフェリクスにとっては、所詮数ある一隻の艦にしか過ぎない。どうせ後にもっと高性能な艦が控えている。あまり趣向を凝らすのも疲れるから、身近なものから名付けた方が早くて楽に思う。
何とも言えない気分になった四人は気分直しに酒を飲みに行き、残ったフェリクスは物資の引き渡し状況の確認のために一旦【お粥】艦に戻った。
翌日、イゼルローン要塞の会議室にて。ミュッケンベルガー元帥は回廊出口の威力偵察に向かうよう、ミューゼル艦隊に命令を下す。偵察隊から惑星レグニツァに一部敵が布陣している情報もあり、独自裁量の交戦権も得ている。
フレーゲル男爵のニヤけ面が若干気に障ったが後で吠え面に変わると思うと、むしろ愉悦の方が勝って嘲笑を押し殺すのに苦労した。
9月に入り、白銀の貴婦人を思わせるブリュンヒルトが、イゼルローン要塞の流体金属層を突き破って出陣する。彼女にとってこれが初陣となる。
向かうは3万を超える敵が待ち構えるガス状惑星レグニツァ。