9月13日の14時00分、ティアマト星域にて。
暗黒の宇宙は天地開闢以来、人類を拒み続けている。地球生命の生存に必須の酸素が無い、致死量の宇宙放射線、絶対零度の極寒世界。挙げればキリが無い過酷な環境は絶えず生命の進出を拒絶し続けている。
人類が宇宙へ飛び出してから1000年が経とうとも、生身の人類が宇宙で生存した例は無い。僅かに科学の鎧を纏い、生存可能な環境を整えて辛うじて生かされているに過ぎない。ゆえに小賢しい鎧を剥ぎ取ってしまえば人類に生き残る術は無い。
今もなお愚かにも二つの陣営が敵味方に分かれて、互いの衣を引き剥がし相手を殺害しようと命を賭けている。他者の命を奪うために己の命を危険に曝す。誠に度し難い思考である。
虚空に生まれる一つの光のたびに、数十の命が消えていく。一日も続けば消えゆく命は10万を超えるだろう。消えていく命に見合うものが果たして得られるのか、この場に居る誰もが答えを知らない。
帝国軍艦隊フレーゲル中将の座艦、ヘイムダル級戦艦【ポレンタ】は戦火の最中にあり、戦闘指揮を執る艦橋は一秒たりとも気が抜けない。
「いけー!どんどん敵に撃ち込め―!この戦で帝国にフレーゲルの名を知らしめよ!
一人だけ興奮して喚き立てる兄を弟のフェリクスは冷ややかに一瞥だけして、ウィンドウに流れる数値を冷徹に読み続ける。動力炉の炉心温度、砲門の消耗度合い、防護フィールドの展開率、ミサイル命中率。大規模会戦で得られる戦闘データは貴重ゆえに、可能な限り記録を取っておきたい。
船体上部のビーム砲が敵巡航艦を撃ち抜き爆散。大型水爆ミサイルは一瞬で敵との距離を詰め、着弾と共に波動粒子をともなう暴風が敵駆逐艦数隻を吹っ飛ばす。反対に相手からも中性子ビームの嵐が艦を襲う。しかし標準戦艦の3倍を誇る巨艦の高出力防護フィールドが全て弾き近づけさせない。
「ふはははっ!無駄よ無駄!我が艦がそのような撫風で傷つくわけがなかろう」
フレーゲル男爵は哄笑するも、艦橋の軍人たちは誰もが(あんたの艦じゃねえよ)と内心突っ込んでいる。
それでも彼等はプロの軍人だった。自らの職務を全うして、僚艦に索敵情報をリンクさせて照準補正を行う。精確な敵位置情報を受け取ったガルム級巡航艦は艦首波動砲を、フレースヴェルグ級駆逐艦は大型ミサイルを放ち、それぞれ敵艦を沈めた。妨害電波やセンサー撹乱技術が氾濫して、命中精度が著しく落ちる会戦において驚異的な命中精度である。これほど精確な砲撃が可能な理由は、ヘイムダル級戦艦に搭載した既存の撹乱技術に影響されない、新世代の重力振動レーダーと空間振動レーダーのおかげである。情報処理能力に優れた戦艦からのデータリンクにより、レーダーを持たない僚艦も恩恵に与り、優れた命中率を発揮している。
常軌を逸した巨獣を同盟軍は脅威と感じ、火線を集中的にぶつける。艦橋付近に無数のミサイルが着弾する寸前に小砲塔のレーザーが迎撃して、爆発が艦橋を揺らすが無傷だった。隣にいるミュッケンベルガー元帥の総旗艦ヴィルヘルミナにも、ミサイルとビームが殺到して船体を揺らす。
「ぐぬぬ!ちょこざいな!応戦しろ!艦首の砲で薙ぎ払え!」
艦長のグリルパルツァー中佐は、度々職権を侵して勝手に命令するフレーゲルに数十発は拳を叩き込みたい衝動を必死で抑えて、火器管制官に言われた通りやれと視線だけで許可した。
艦内の二つの動力炉が臨界寸前まで出力を上げてエネルギーを生み出し、それらの大半が波動粒子の収束と圧縮に費やされる。膨大な青白い粒子が収束し、一部は収まり切らずに艦首砲口から漏れ出て青白い光を放つ。破滅的な光はやがて限界を迎えて、前方へと指向性を持った破壊のエネルギーを放出した。
放たれた青光は敵陣をあっけなく突き抜けて、軸線上にいた数十隻の軍艦は跡形も無く消失した。
兄は圧倒的な破壊の力に酔い痴れて、まさに絶頂の最中にある。これほどの一方的な光景を見せられれば、元々残虐性のある人が愉悦を堪えるのは無理だろう。
しかし水を差すように機関室長からの連絡で、動力炉に負担がかかったから暫く冷却に時間が欲しいと要望があった。元々テストを兼ねた実戦投入だったため、この手の問題は想定している。フェリクスは視線と頷きでグリルパルツァーに従うよう促す。
「機関室長の言うとおりに。冷却が終わるまでは自衛以外に砲は使わず防御に専念せよ」
フェリクスとグリルパルツァーの無言の了承は済んだが、予想通りフレーゲル男爵は食って掛かる。それでも開発者の弟から理路整然と説き伏せられて渋々納得した。それに戦はまだ始まったばかり。今後も活躍する場は幾らでもあると言われたら、一旦休憩も必要と思い直した。
本来戦に参加する予定が無かったフェリクスがなぜ参戦しているのか。その理由は幾日か遡らねば判然としない。
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9月某日のイゼルローン要塞は活気にあふれている。3万隻を超える駐留艦隊の将兵数百万人の高い士気が要塞全体を包み込む。
発端は先日行われた惑星レグニツァでの遭遇戦。ラインハルト・フォン・ミューゼル大将率いる12000隻の艦隊が交戦。敵の同盟軍1個艦隊を半壊させて帰還した。
美麗な若き提督が完璧な勝利を帝国軍にもたらした。この事実は兵達の戦意を大いに盛り上げた。兵は誰しも優秀な将を求めている。優れた指揮官の下で戦えば、必ず勝って生きて帰れる。兵士にそう信じ込ませられる将がいつの時代も求められた。
栄光によって兵らは若き英雄に心服するも、いつの世も優れた者は妬まれる。特に保守的な上位階級は腹立たしく感じている。その急先鋒がフレーゲル男爵と数名の取り巻き貴族だった。彼等は一様にラインハルトの功績を些細な戦果と嘯き、矮小化させようと占拠した酒場で声高に語る。
フェリクスはそんな兄に、叔父の酒蔵から持ち出した良酒を10本ばかり渡して宥めておいた。正論など語ったところで意味が無く、身内から恨まれるのは御免蒙る。ただ、このままにしておくのは士気の上がった軍全体にとってマイナスとも感じている。
何とかしたいと思いつつも有効な策も思いつかない。暇になった彼はラインハルトの乗艦ブリュンヒルトを調査して時間を潰す。自らが手掛けた艦ではないが、帝国の最新技術の塊には強い興味を持つ。惑星レグニツァでの実戦データも欲しかったので、持ち主に許可を貰って連れて来た技術者と共に整備中の艦のデータ収集に精を出していた。
先の戦闘で艦首付近に被弾した記録から、技術者はその箇所を測定器を使いデータを拾う。外見上は無傷でも内部を損傷している可能性もある。フェリクスも技術者と同じ作業服を着て作業をしているため、知らない人間には門閥貴族とは思われない。
しばらく作業に没頭していると、急に港が騒がしくなった。警備兵が周囲に集まって場が慌ただしい。正確にはブリュンヒルトの隣に係留したヴィルヘルミナを警護し始めた。
様子を窺っていると護衛兵に囲まれた偉丈夫が現れた。ただ歩いているだけで並の兵は姿勢を正し、緊張をはらむ。陰で貴族から皇帝よりも威厳があると囁かれるミュッケンベルガー元帥のご登場である。
彼は特別何か用があるようには見えず、ただ自らが所有する旗艦を見上げて物思いに耽っている。聞いた話では元帥の艦名は母の名という。父が早くに戦死して、残った母に教育を受けた元帥は敬愛する母の名を艦に与えて、決して沈めぬように誓いを立てたと言われている。人によってはいつまでも母を忘れられない老人を嘲笑するが、フェリクスは道具の名前に興味は無いので気にも留めなかった。
感傷に浸ったミュッケンベルガー元帥は艦を整備する整備兵に、近々出陣を伝えて万全に備えるように厳命する。
フェリクスは気付かないふりをするか迷った末に、元帥に敬礼して挨拶だけはしておいた。彼は門閥貴族が整備兵に混じって作業をしていた事に大層驚いたが動揺を隠して返礼する。
「フレーゲル殿は普段から艦の整備もするのかね」
「データ収集だけですよ。新型艦といえども実戦では予期せぬ事態も起きる。予想外の実働データは今後に活かすため貴重ですから」
「熱心な事だ。兄も……いや何でもない」
戦場に来たのに陰謀ばかり巡らせて碌に軍人としての職務を果たさず、酒を飲んでばかりいるフレーゲル中将とは違う。腹に抱えた不満をつい言いたくなってしまったが、兵の目もあるので胸にしまい直す。
代わりに私室で酒の相手に誘われた。恰好が恰好なので一度着替えてから同席する旨を伝えて、その場は部下に任せてフェリクスは割り当てられた私室に戻った。
貴族の礼服に着替え直して、要塞内のミュッケンベルガーの私室を訪れる。既に空のグラスが二つとワインの瓶、あとはツマミのチーズとクラッカーが用意されていた。
まずはフェリクスから招待の礼を述べ、初老の元帥も言葉少なめに返礼してお互いに席に就いた。ミュッケンベルガーはグラスにワインを注ぎ、一つをテーブルを挟んで座るフェリクスの前に置く。乾杯の言葉の後、老人は芳醇な匂いの赤ワインを半分飲み、若者は二口程度減らした。
最初にフェリクスは今回の戦の推移について元帥に尋ねる。ミュッケンベルガーは数的優位は帝国にあるが地の利は同盟にあるため、難しい戦になるが最終的にはこちらが勝つと、ある意味当たり障りのない回答をした。元々二人は最初の挨拶の後はまともに顔を合わせていないのと、親子以上の年齢差もあって、互いに探り合いながら酒を飲んでいる。
おそらく酒に誘ったミュッケンベルガーの方が何かしら話があると思うが内容が判然としない。まさか兄の苦情を弟に言うために場を設けたとは思えない。あるいは叔父へ何か伝言でもあるのか、疑問を抱きながらチーズを頬張る。以降も社交辞令の抜けない会話の応酬が続き、ミュッケンベルガーが二杯目のワインを飲み干した後、彼はラインハルトの話題を舌に乗せる。
フェリクスは幼年学校からの友人と答えると、友人の目から見た印象を聞かれる。
「端的に言えば戦いに愛された英雄の類です」
「そのような者はこれまで儂も数多く見てきた。しかし多くは歴史に名を遺す事無く消えていった。奴もその一人と思わんか?」
太く重厚な声と鋭い瞳がフェリクスを威圧する。確かに30年を超える軍歴の中でミュッケンベルガーは、様々な軍人を見てきた事だろう。帝国の戦友、敵の同盟、その両方の数えきれない軍人を。中には同じ帝国人でも唾棄すべき下劣な者、反対に敵であれ敬意を抱くような同盟軍人も数多く見ている。そして最後まで前線に残り、階位を登り切ったのが眼前の総司令官。
まさに帝国軍の威信と栄光そのものと言える軍人相手に、軽々しく20歳前の若造を英雄と呼ぶのは余程の身贔屓としか思われない。
「閣下のお言葉通り、これまでの歴史にはミューゼル大将に比する才ある軍人は数多く居て、人知れず歴史の影に消えて行った。ですがそんな英雄候補と彼が違う点が一つあります」
「面白い。聞かせてもらおう」
「運です。天賦の才能と強運の両軸がラインハルト・フォン・ミューゼルをこれまで生かしてきた」
ミュッケンベルガーは運、強運と、まるで年代物のワインを楽しむように、ゆっくりと口の中で転がして嚥下する。彼にもラインハルトの強運には思い当たる節が幾つかある。485年ヴァンフリート星域での戦いではほぼ唯一戦果を挙げた。六度目のイゼルローン要塞攻防の折、自ら囮役を全うして敵軍をトールハンマーに誘い込み、その上で生き残った。翌年486年のティアマト星域でもまずまずの武功を立て、先日の戦―――。
昇進が早いのは寵姫の姉への周囲の含みこそあれ、敵がそのような事情を考慮して手加減してくれまい。功を立てる戦に恵まれ、命を落とす危機を脱する。
幸運の星の下に生まれてきた才ある青年。友人の見立てもそう間違いとは言えまい。しかし、それだけで判ずるには早計ではないか。ミュッケンベルガーは自らも生意気な小才人が真に歴史を動かす英傑か一つ試してみたくなった。気分が高揚して三杯目のワインをグラスに注いで瓶を空にする。そこで相手がまだ一杯目の半分程度しか酒を飲んでいない事に気付く。
「卿は酒は苦手か?」
「飲めるには飲めますが、思考が鈍るのであまり好きではありません」
好きでもない酒に付き合わせてしまった事を悪く思ったミュッケンベルガーは、部屋の隅のキャビネットから箱を取り出して、貰い物だから好きに食べろとフェリクスに渡す。中身はチョコレートの詰め合わせだった。礼を言って二つ口に放り込む。
「兄弟だから男爵と顔立ちは似ていても、嗜好はあまり似ないな。儂も兄弟が何人かいたが酒は同じような好みだったが」
「そこは個人差がありますから何とも。叔父は飲める方ですよ。……ここだけの話ですが兄は軍人としてお役に立てていますか」
ミュッケンベルガーは沈黙した。フェリクスは薄々分かっていたから落胆はしていないが、だからといって身内として放置も出来ない。ただでさえクロプシュトック討伐の時に一門がやらかしている。これ以上の正規軍での醜態はブラウンシュヴァイク公爵一門全体の悪評になる。それでも門閥貴族の男爵であり、中将の地位の者を如何に元帥とて解任は出来ない。若輩だが指揮官としては優秀なミューゼルはまだ戦力に数えられるが、それ以上に扱いにくい厄介者と見切りをつけて放っておくしか無いのがフレーゲル男爵である。
一応弁護するならフレーゲルは軍人に顔を売ったり縁を結んで人脈を構築する思惑があった。士官に気前よく酒を飲ませてあわよくば利で誑し込んで派閥に引き込む。決して自分が酒を飲みたいから酒場で飲んだくれているわけではない。ただし戦時の最前線でやるべき事ではないのを理解していない。彼はどこまで行っても宮廷を棲み処として、陰謀の糸を張り巡らす門閥貴族だった。
ここで頭の痛い元帥は、眉間に皴を寄せてチョコレートを頬張る青年に提案をする。
「卿が乗っていた戦艦は戦えるか?」
「試作艦ゆえ訓練中ですが最低限砲を撃つだけなら可能です」
「十分だ。フレーゲル中将を暫定的に副司令官に任ずる。座艦は卿の戦艦だ。儂が倒れた時は指揮を執らせる」
急な人事にチョコレートを吐き出しそうになるのを必死で抑えて、どういう腹積もりか考えた。
単純に使えない奴を左遷する押し付け先に弟の艦を選んだ。そこはすぐに気づいた。ではなぜ副司令官に任じるか考えて、後の「倒れた時は指揮を執らせる」の言葉で察した。つまり総司令官が健在なうちは、兄は実権の無い置物でしかない。意地でも戦死ないし負傷せず指揮を執り続ける気だ。
フェリクスにとって身内の不始末だから手を貸すのはいい。【ポレンタ】の参戦も予定していなかったが大規模会戦のデータを取る機会を得られるのは願ったり。元帥の命令を断る理由は無い。
お互い納得のいく取り決めを済ませて、酒とチョコレートも空になったので酒盛りはお開きになった。
翌日、フレーゲル中将は唐突に弟の艦に異動命令を受けて腹を立てたが、副司令官の話を聞いて手のひらを返して了承した。ただし正式な書面を発行しない内々の打診だった。つまり何の権限も無い名ばかりの副司令官でしかない。ミュッケンベルガーも意外と悪辣と言いたいが、面倒を起こした中将へのちょっとした嫌がらせぐらい見逃してやるのが情けという事だろう。
それにフレーゲルは弟が建造した巨大戦艦にいたく気を良くした。総旗艦の【ヴィルヘルミナ】、ラインハルトの【ブリュンヒルト】に比して倍近い威容は、誰が見ても総旗艦と思う。見栄を重視する門閥貴族には覿面だった。
そして9月11日。帝国軍はティアマト星域にて布陣する同盟軍と相対する。
作戦会議でラインハルトは帝国軍の左翼艦隊司令官に任ぜられた。人事に何人かの貴族幕僚が騒いだが、ミュッケンベルガーの威圧的な眼光が彼等を黙らせる。
睨み合い互いの出方を探り合い、じりじりと陣を前進させる事、二日間。ついに帝国軍の左翼ミューゼル艦隊は動き出し、敵同盟軍に向けて孤軍突出を敢行した。
これはラインハルトの独断専行ではない。総司令官の正式な命令だった。彼は命令を受けた時、極めて憤慨したが抗命する事無く、艦隊に前進を命じた。
ミュッケンベルガーの心中には、ラインハルトへの敵意は無い。むしろある種の期待と興奮が渦巻いている。幾多の英雄志願者のように無惨に屍を晒すか、あるいは絶体絶命の状況下で本物の英雄の資質を示すのか。あの美貌の青年は果たしてどちらか。
「さあ、若き英雄よ。老いた儂にその器を見せつけて、見事踏み台にして高く羽ばたいて魅せよ。出来なければ疾く死ね」
長く戦場を駆けた古強者の瞳は、悠々と敵軍の眼前を進む白亜の貴婦人だけを見据えていた。
結局前進を続けて鼻先を掠めるミューゼル艦隊に、同盟軍は射程圏内に入っても一発の砲も撃たなかった。同盟軍首脳部は敵艦隊の前進が極めて不自然な行動だったため、見え透いた罠への誘いとして無視した。軍事的判断としては妥当ゆえに理解出来る。また、ある艦隊勤務の参謀は不謹慎ながら、敵前を不敵に行進する白銀の女王に歴史的英雄の存在を感じて、感嘆の吐息を漏らした。
そしてミューゼル艦隊は呆けた同盟軍左翼に側面から襲い掛かり、宇宙に人命の華を散らす。この攻撃を切っ掛けに両軍は全面戦闘へ移行。泥臭い殴り合いが始まった。
ここで今話の冒頭へと状況は戻る。
ヘイムダル級戦艦はこの後も度々敵艦を沈める活躍を見せたが、やはり単艦では大勢に微々たる影響しか与えられなかった。R戦闘機を投入すれば結果は変わったかもしれないが意味の無い仮定である。今回戦闘は無いと思って、作業用のPOWアーマー以外は資源衛星に置いてきてしまった。尤もフェリクスはまだRの重要性、特に主兵装のフォースを秘匿したかったので、たとえ機体があっても戦への使用は見送っただろう。
戦は日を跨ぎ、さらに三日間継続した。その間兵士達は一時間の睡眠で八時間分の睡眠効果が得られるタンクベッドを交代で使って、短時間で疲労を抜き、カロリー優先の戦闘糧食で済ませた。
指揮官の多くも戦闘中は通常の睡眠を取るよりタンクベッドを利用する。総司令官のミュッケンベルガーも特に今回はタンクベッドを多用した。下手に指揮に間を開けると、副司令に任じたフレーゲル中将が余計な事をしかねない。よって内密にフェリクスに連絡を取り、フレーゲルが寝ている間に効率的に休息を取っていた。
それでも両軍の疲労と艦の損失は限界に達しつつあり、四日目の夕刻には同盟軍は撤退を開始した。それを追撃して打撃を与える帝国軍は居ない。多くの兵が疲労で十全の動きが出来ず、敵を追い払った事を勝利として満足するしかなかった。
ミュッケンベルガー元帥も度重なる指揮の精神的負担から、極度の疲労で意識が朦朧としており、いつ倒れてもおかしくない状態にある。それでも総司令官の責務として、全軍にイゼルローン要塞への帰還命令を出すまで指令室の椅子に居続けた。
イゼルローン要塞に帰還した帝国艦隊は、損傷激しい艦を優先して港に入れて修理を始める。兵の多くも帝都オーディンへの出立まで短い休息を与えられた。
今回の戦で最も功績のある軍人はやはりラインハルトだった。ミュッケンベルガー元帥から直々の称賛と共に、上級大将への昇進の内示を受け取った。彼はやけに殊勝な態度の上官を気味悪がったが罵倒や嘲笑よりは余程良いと思い直して素直に受け取った。
ただし、近々退役する旨を伝えられた時は言葉に詰まった。現在の帝国軍に元帥は四人いるが、それぞれ後方の要職に就いている。兼務は過去に事例があっても、現場職には適さない老齢ばかり。ミュッケンベルガーが退役して、現場の最高位の指揮官が不在だった場合、次席指揮官のラインハルトが実質的な総司令官として扱われる可能性が高い。
「嬉しくないか?」
困惑するラインハルトに、質実剛健を絵に描いたような元帥は僅かに口元を緩めて問う。
ラインハルトは嬉しいには嬉しいと、釈然としないまま答え、逆に元帥閣下の方が嬉しそうに見えると率直な感想を述べた。
「儂の代わりに帝国を担う若き俊英が目の前にいる。後継者を見つけて肩の荷が下りた安堵と喜びなのだろう」
もう少し若ければ張り合っただろうが、そのような歳ではない、とも。既に他を委縮させる眼光と重圧は無く、ただただ穏やかな顔をした老人の笑みがあった。
「後の事は卿に任せよう。ただ、宮廷は戦のように自由にはならんぞ。ゆめゆめ油断はするな」
「はっ。元帥閣下のご忠告、胸にしかと刻みましょう」
様々な感情を胸にしまい、新たな帝国軍の象徴は見事な敬礼を以って、老兵に心からの敬意を初めて示した。
軍の象徴が人知れず世代交代を済ませた傍ら、初陣を済ませたヘイムダル級戦艦【ポレンタ】は一部の将兵から殊勲艦として一目置かれていた。戦場を白鳥の如く華麗に舞うブリュンヒルトほど目立たなかったが、長大な射程と圧倒的な火力で敵艦を次々屠った純粋な暴力の化身は、轡を並べて戦った兵には恐怖以上に頼もしさを抱かせる。後で判明したが概算で300隻は沈めている事が分かり、一会戦での単艦の戦果としては驚異的の一言に尽きた。データリンクを駆使した僚艦の戦果も合わせれば500隻を超える。兵の中には「同盟の兵士はお粥に煮殺された」と冗談を飛ばす者も居た。
この大戦果に暫定的に指揮官になっていたフレーゲル男爵は大層気を良くして、ラインハルト誅殺失敗の怒りを幾らか沈静化させた。
さらに男爵は本来の所有者兼開発者の弟に【ポレンタ】を譲渡してほしいと頼んだ。
「兄上は余程気に入ったんですね」
「うむ、あれこそ私のような帝国の藩屏たる門閥貴族に相応しい艦よ」
桁違いの攻撃力と耐久性で相手を一方的に蹂躙する兵器と精神的相性が良いのだろう。普段兄に世話になっているのと、どうせ後で新型艦も設計するから現物は必要無いので、フェリクスは快く譲渡した。今回の実働データに比べれば全く惜しくない。
ただし譲渡は一度資源衛星の工廠に戻って調査と改修を済ませた後と認めさせた。その間に万が一の事故に備えて、人工生命体の動力炉を通常の核融合型に換装する必要があった。
戦地からオーディンに帰還した帝国軍は、一応の戦略的勝利を評価されて主だった士官は昇進する。最も功績のあったミューゼル大将は上級大将に、フレーゲル中将も政治的配慮から大将へと昇進した。ラインハルトに言わせれば、弟の陰から喚いていただけで何もしないどころか邪魔ばかりしていた阿呆が昇進など噴飯ものの人事だった。ただ、その弟のフェリクスも予備役准尉から一気に大佐まで昇進したのは満足している。キルヒアイスも階級で友人と並んだ事は素直に祝福している。昇進した当人は飾り物の階級など興味を持っていなかったが。
功績を挙げた若き軍人達をよそに、自ら軍を去る者もいる。宇宙艦隊司令長官グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー元帥は帰還後、元帥杖を返還して引退する意思を示した。
軍において役職上の上官の軍務尚書エーレンベルクと統帥本部総長シュタインホフは驚愕して、さらに国務尚書リヒテンラーデ侯爵も加わって引き留めにかかったが、ミュッケンベルガーの意思は固かった。せめて戦の後の事後処理が終わるまでは留任してほしいと説得されて、数ヵ月は引き継ぎのために退役を伸ばす事を落とし処とした。
慌てふためき無用な説得を試みる同僚を思い出したミュッケンベルガーは車中で肩をすくめた。
「地位に拘泥せず相応しき者に道を譲れた儂は幸運であった。くたばりぞこないの爺共にはそれが分からんのだろう」
老兵は死なず、ただ静かに去る。それがどれほど難しいか、他のくたばりぞこないの老人達はいずれ知る事になる。
ラインハルト・フォン・ミューゼルをして『堂々たるもの』と言わしめた老将は、去り際もまた威風堂々たる姿であった。
前話でヘイムダル級戦艦の艦名がお粥だったのが大きな反響になっていますが、実は初代R-TYPEに巡洋艦クロックムッシュ(イギリスのホットサンド)という軍艦が登場します。R-TYPE世界で料理名を艦名にするのは慣例か不明ですが一応前例に倣いました。
ついでに29話に登場したガルム級1番艦フィデウアはパスタのパエリア(スペイン)、2番艦カタプラーナは魚介と野菜の煮込み(ポルトガル)です。今後も軍艦が出てくる時はフェリクスのネーミングセンスが光ります。
それでは今後ともよろしくお願いいたします。