帝国歴487年は年明けから慌ただしい。昨年9月のティアマト星域での戦から数ヵ月後、帝国軍は次の戦のために出征中だった。
帝国は自由惑星同盟を名乗る叛乱軍との戦いに常に勝利してきた。政治的に意義の薄い戦いもままあったが、負けて帰って来るよりはマシだろう。帝国の領域への出入り口であるイゼルローン回廊中央に鎮座する難攻不落の要塞も健在。帝国民は千年かかっても同盟はイゼルローン要塞を陥落させるのは無理と絶対の自信をもっている。ゆえに同盟は今度こそ勝利を求めて幾度となく戦いを挑み、帝国もまた勝てる戦いを繰り返していた。
軍人達が半ば日常と化した終わらぬ闘争に身を捧げているのと同様に、貴族も永遠に変わらぬ栄華の日々を思い描いて一日を生き続けている。
門閥貴族フェリクス・フォン・フレーゲルも一貴族として、兄ヴィクトル・フォン・フレーゲル男爵と共に、年末年始はパーティー三昧の日々を送っていた。
貴族のパーティーは他家の外交と利益調整、婚姻の準備等、多様な顔を持つ仕事である。表向きは遊んでいるように見えて、実際は言葉一つが命取りになる戦場に近い。軍人は艦砲、ブラスターの一発を外せば命を落とし、貴族は失言一つが家を潰す。現皇帝フリードリヒ4世を公然と侮辱して没落した末に、暗殺未遂を行い全てを失ったクロプシュトック侯爵家が分かりやすい例だった。
フェリクスは自身を落第貴族と思っている。兄のような数多くの貴族と付き合い、陰謀を巡らして言葉一つで他者を陥れて利を得るような器用な真似は出来なかった。それでも叔父の教育によって最低限失言をしない程度には鍛えられた。
今こうして年始のパーティー地獄をどうにか終わらせて、帝都オーディンの男爵邸宅のサロンにて、兄とコーヒーを飲んで休息している。
現在の兄はそれなりに機嫌が良い。幾つかの陰謀が実を結び、他家が潰れる様を酒を飲みながら観覧する立場にいるからだ。しかもそれが帝国でも大物のカストロプ公爵家なのだから、達成感もより大きい。
「聞いたかフェリクス。カストロプ家のマクシミリアンは財務省の調査官を有角犬をけしかけて追い払ったそうだ」
「素直に父親の不正蓄財を吐き出して、健全に領地経営に励めばいいのに。……兄上が何か疑心を煽る事でも吹き込みました?」
「くくく、お前は聡い奴だ。父親に比べて扱いやすい馬鹿息子で助かったよ」
馬鹿扱いはフェリクスの事ではなく、マクシミリアンの事だ。
財務尚書として長年権を振るい不正蓄財に励んでいた、オイゲン・フォン・カストロプ公爵が宇宙船事故により死去したのが昨年の春。急な訃報だったが後任のゲルラッハ子爵は国務尚書リヒテンラーデ侯の後押しもあって、財務省を上手く纏めて混乱は無かった。問題は先代財務尚書のカストロプが帝国の財政にまで影響を与えるほど、権力を私用して私腹を肥やした事にある。とはいえ悪事を働いた当人は既に亡くなっており、国務尚書はなるべく穏便に本来帝国が得るはずだった税を回収したかった。よってカストロプ家嫡男のマクシミリアンに、家の罪には問わないから大人しく金を返納しろと迫った。餌として公爵位の円滑な家督相続も条件に加えた。
ところがマクシミリアンは何を思ったか拒否して、財務官僚も手荒に追い返した。
時勢の読めない馬鹿息子と思われたマクシミリアンは政治力より軍才に長けていた。当人は勝利の経験に酔い痴れ、あろうことか近隣の貴族領を暴力で接収し始めている。まるで帝国から独立して、新たな王朝を築くような振る舞いだった。
カストロプ公爵家の寄子貴族のキュンメル男爵などは、成人まで公爵家が領地管理をしているのに、いつの間にか自分の土地まで奪われている。抗議をしようにも相手は武装して自領に引き籠って出てこないので無駄だった。同じ親族のマリーンドルフ伯爵も何とか穏便に事を治めようと奔走しているが手応えは無い。
リヒテンラーデ侯爵もカストロプの貯めた莫大な財が国庫に納まれば、予算繰りに頭を痛めずに済む。そのためなら公爵家の一つぐらい潰しても構わないとさえ思っている。ほぼ自業自得とはいえ、カストロプを助けようとする者は帝国に皆無だった。
「親族が反逆者になってしまい、ハインリッヒが嘆いていましたよ」
「キュンメル男爵の事か。いずれ力になるから余計な事をしないように宥めておけ」
慈悲のある発言のようでいて、フェリクスは打算に満ちた兄の思惑を知っている。
初めにマクシミリアンに、リヒテンラーデ侯爵が父親の罪状を理由に難癖をつけて領地を幾らか没収する腹積もりと囁く。元々父譲りの強欲さと疑心を膨らませた彼は不正蓄財の供出を拒んで反逆する。やむを得ず正規軍が討伐する。軍が勝てればそのまま公爵のライバルが一人減る。負ければいずれ頼りにならない正規軍に代わり、ブラウンシュヴァイク公爵家から兵を出して、そのままカストロプ領を接収する。おまけに周辺の寄子貴族の庇護者になれば、宮廷内での発言力がより強まる。どう転んでもブラウンシュヴァイクは得をする算段だった。
「マリーンドルフには何も言うな。こちらで処理する」
同じカストロプの親族でもマリーンドルフ伯爵家には差をつける。これはフェリクスとキュンメル男爵の友好関係を考慮してというより、ラインハルトとマリーンドルフ伯爵の娘ヒルデガルドが懇意にしている事が気に入らないのだ。
昨年末、ラインハルトは正式にローエングラム伯爵家を継いで伯爵になった。多くの貴族は姉のおかげで成り上がっただけの若造と見下している。加えてフレーゲル男爵は警戒もしており、彼がそれなりに力のある家と結びついて地位を強化するのを邪魔する陰謀を巡らしている。実はカストロプを焚き付けたのも、マリーンドルフを陥れる思惑を多少含んでいる。
我が兄ながら悪党と思う。とはいえ非難出来るほど自らも身綺麗な生き方はしていないので、フェリクスは兄に何も言わない。代わりに家が兵を出す時はハインリッヒを先頭に立たせるぐらいは認めさせる。
開発した兵器もヘイムダル級戦艦を実戦投入した。私設軍もいい加減同盟領での闇討ちには飽きているから、そろそろR戦闘機を公式に投入してもいい頃合いだ。
昨年のティアマト星域での戦いで相当の戦果を挙げた【ポレンタ】に魅せられて、正規軍から結構な数の士官が待遇の良さもあって移籍を希望している。まだ25歳のグリルパルツァーが大佐に昇進しているのも良い宣伝になった。艦隊勤務経験がある士官は貴重なので、20代前半の尉官でも歓迎した。いくら優れた兵器とて扱う者が素人ばかりでは宝の持ち腐れ。人材の充足は喜ばしい。
「あわよくば
フレーゲル男爵はさも美味そうにコーヒーを啜る。ラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将は現在2万隻の艦隊を率いて、イゼルローン回廊を越えて同盟側に進軍中である。ただし今回は策略により、ミッターマイヤーとロイエンタール両中将は留守番を言い渡されて、代わりに扱いにくい将官を5人率いての出征だった。難しい戦いが予想される。同時にこの戦を勝ち抜けばラインハルトは元帥杖に手が届く。そうなれば帝国軍の半数を指揮下に置き、自らの裁量で軍人を動かせる人事権が手に入る。正念場という所だろう。
戦場ではフェリクスに出来る事は何もない。それに今は新型兵器の製造に掛かり切りのため、友人たちの力にはなれない。後はラインハルトが自らの力で栄光を掴み取るしかないのだ。
兄は成り上がりの死を望み、弟は無事の帰還を望む。一人の青年には両極端の願いを持っていても、兄弟仲はそれなりに良好という不思議な二人だった。
「ところでフェリクスよ、お前は今年20歳になる。そろそろ結婚は考えないのか」
「それは5歳年上の兄上の方が先でしょう。私は後で構いません。叔父上は何も言わないのですか?」
フレーゲルは弟の疑問をはぐらかす。弟から見て兄は女嫌いではない。十代から屋敷のメイドを引っ張り込んで愛人にしているし、何人かの娼婦と定期的に関係を持っている噂を執事から聞いている。隠し子がいるかは不明だが、少なくとも男色の好みは持っていない。20の半ばならそろそろ所帯を持って子供を作っても良い頃合いだが、婚約者すらいないのが不思議だった。
「私はおいおい決めるとするさ。エリザベートが女帝になれば、私が公爵家を継ぐかもしれん。叔父上はそれも考慮して私達の結婚に慎重なのだろう」
「そうなったら今度は誰がエリザベートの婿になるかで揉めますね」
今年16歳になる従姉妹が置かれた立場は複雑だ。公爵家令嬢という帝国でも五指に入る高い身分の女性ゆえに、身分が釣り合う男性が限られている。さらに女帝ともなれば最低でも侯爵家の当主でもないと話にならない。
同じ皇族の従兄弟のエルウィンなら血統で釣り合うが年が離れすぎている。せめて2~3歳差なら何とかなるが妻の方が10歳上ともなると、かなり無茶な婚姻になる。だからいっそエリザベートの婿を餌に、叔父は多くの貴族を味方に引き入れる駆け引きをしているのだろう。結婚生活が前途多難になるのが分かり切っている従姉妹が不憫で仕方がない。リッテンハイム侯爵家のサビーネも似たようなものだ。
「もしかしたらお前がリッテンハイム家に婿入りするかもしれんな。両家の友好の証とでも理由を付けて」
「そうなったら自動的にサビーネさんと夫婦になるんですが」
「サビーネ嬢は嫌いか?向こうはお前の事を気に入っているぞ」
「何年も見知った相手ですし、嫌いではないですよ。ただ、そんな事態になりますかね」
兄は冗談だと笑った。兄が語る未来は両家の今の力関係では、余程切羽詰まった理由が無ければ実現すまい。フェリクスも別段サビーネと結婚したいなどと思った事は無い。当人が聞いたら憤慨しそうな考えをしていた。
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新年の祝いも収束した2月。帝都オーディンより遥か遠いアスターテ星域では、ラインハルト・フォン・ローエングラムが歴史に残る勝利を成した。
一方でフェリクス・フォン・フレーゲルも歴史に名が残るような新機軸の兵器の実験を行っていた。
実家のフレーゲル男爵家が所有する星域を中心に5光年を立ち入り禁止区域に設定。保有する軍艦の大半を哨戒に回して、関係者以外は全てシャットアウトする念の入り様。許可なく当該宙域に立ち入る船には、一度の警告でも聞かなかったら即撃墜しろと厳命してある。過去にリッテンハイム侯爵家を出迎えた時より遥かに厳重な警備体制には、軍人をはじめ許可を出した兄の男爵が訝しんでも、フェリクスは絶対に必要だからと押し通した。
実験場は星系内の惑星から3光年は離れた何も無い宙域。中心には直径500m程の小天体の岩石を設置。そこから効果範囲を測定するために、一定間隔の上下左右にセンサーを取り付けた廃艦や人工物を置く。
最も外側にはヘイムダル級戦艦【ポレンタ】がデータ収集のために待機している。昨年のティアマト星域での戦の後、一度資源衛星の工廠入りして改修を受けて、兄に引き渡すついでに今回の実験を計画した。
戦艦の艦橋で哨戒する艦から定時連絡を受け取り、フェリクスは異常が無いのにひとまず安堵する。大事な実験の前に余計な邪魔など御免蒙る。
同席しているのは兄のヴィクトルと、領地を奪われて落ち込んでいるところを気分転換のために連れてきたハインリッヒ。後は全員軍人と技術者だった。
「時間です。起爆コードの入力と送信を」
フェリクスの命令に従い、担当の軍人はコンソールに必要な数字を打ち込む。機械音声が命令を確認した後、大型モニターにカウントダウンの表示が現れる。刻一刻と刻まれる終焉への数字。
多くの軍人は主人から新兵器の効果を知らされており、ある種の不安を抱えて職務にあたっている。十分に効果範囲から離れた場所に居ても、新技術には不測の事態が常に付き纏う。百に一つは巻き添えを受けないか気が気でない。
『次元消去兵器』それがフェリクスが、否―――別次元の地球人類種が生み出した悪夢の元凶。作動した瞬間に広域空間のあらゆる物質を異層次元へと強制転送する戦略兵器。
かつて26世紀の地球人はとある外宇宙生命体を殲滅するために、惑星級の星系内生態系破壊兵器を生み出し、その兵器が暴走したため次元消去兵器を用いて異層次元へと放逐した。
しかし兵器はまだ生きていた。異次元の中で進化を遂げて、気の遠くなるような放浪の果てに時間を乗り越えて還ってきた。それが最悪の兵器、人類が生み出した覚めない悪夢『バイド』。フェリクスが作った次元兵装フォースのオリジナルである。
『次元消去兵器』も『バイド』も元は人類が生み出した兵器。それが次元を超えて再び世界に産み落とされる。
カウントが0になった瞬間、『悪魔の子』はプログラム通りに内部炸裂を遂行し、創造主の命令通り全てを飲み込んだ。
人間の目には当該宙域には何も変化は無い。いつも通り静寂の宇宙が広がるのみ。代わりに戦艦の各種センサーが異常値を捉えて警告音を鳴らす。
次元振動レーダー、重力レーダーが局所的空間異常を波形で示す。続いて中心部の小天体から半径1万kmに設置した全てのセンサーからの信号が途絶えた事を観測員が報告。空間ウィンドウは球体で消失範囲を表示した。
「フェリクス、実験は成功とみていいのか?」
「凡そ成功と言ったところです。予定効果範囲は5000kmを設定していましたが思った以上に範囲が広かった。もう少し調整が必要です」
規模が広がり過ぎると、使った当事者まで巻き添えになる。兵器は常に設計通りに稼働しなければ安全とは言えない。
多少制御に問題はあれど、異層次元への転送自体は問題無く起きている。細部まで理想を求める専門家はともかく、素人のハインリッヒには目の前で起きた事実は衝撃的だった。
「たった一発で1万kmの範囲の物質が全て消失したという事ですね。フレーゲル博士の兵器があれば同盟を簡単に殲滅して、戦争が終わるんじゃないですか」
「ところがそう上手くいかないものです」
次元消去兵器は絶大な効果を発揮する兵器だが、同時に致命的なリスクもある。乱用すれば重大な空間汚染を引き起こし、極大規模の空間崩壊を引き起こす。例えるなら紙を力任せに数万回握り潰したり引っ張れば、いずれ紙に穴が開いて、しかも穴は際限なく広がり最後には紙が破れる。行き着く先は敵だけでなく、自分達の住む通常次元も破壊してしまう諸刃の剣である。
「数発なら影響は少なくても、万を超えて使用すれば必ずこの銀河全体が滅ぶ。そういう兵器なんですよ」
リスクを聞かされた二人は血の気が引いて絶句した。核兵器ですら放射能汚染などを考慮して、地上での使用は控えられる暗黙の了解の中で、この次元消去兵器は桁が違うデメリットを自らにも強要する。おいそれと使えない兵器を作ってどうするつもりだったのか。
一応、次元兵器は解析のために無理にこじ開けようとすれば、安全装置に取り付けた水爆が起爆するように設計してある。空間汚染が広がるぐらいなら放射能汚染の方が遥かに安全だろう。
フェリクスが知る限り、今世と異なる歴史を辿った26世紀の地球人類は、次元消去兵器の大規模使用の末に重大な空間崩壊を引き起こして滅んだ。バイドの元になった暴走した生態系破壊兵器の放逐が最後の引き金だったのだ。次元兵器を生み出し、バイドを生み出し、最後は自らの手により終焉を迎える。そのような愚は犯したくはない。
「そ、その兵器への対処法は当然考えてあるんだろうな。さっきの実験に我々も巻き込まれていたら危険だったのだろう」
「そこはご心配なく。この艦のように異層次元航行システムを搭載した兵器なら、巻き込まれても通常次元への帰還は容易です」
元々この次元消去兵器と異層次元航行システムは同じ理論から生まれた技術。フェリクスが建造した艦艇なら全て、最悪次元隔壁を突き破る波動砲か次元兵装『フォース』を装備したR戦闘機でも帰還は可能である。つまるところ次元消去兵器は、異層次元航行能力を備える存在に対しては無力どころか、自分達の首しか絞めない自爆兵器に近い。
ではなぜフェリクスがこんな兵器を今世でも世に解き放ったか。答えはバイドに準ずる人工生命体に汚染された惑星ないし星系を処分するための、ゴミ処理装置が必要だったからだ。
バイドそのものに効果が薄いのは、バイド自身が26世紀から22世紀地球に帰還した事からも周知の事実。それでも汚染された生態系を通常兵器で滅菌消毒するのはあまりにも手間がかかる。そこで中枢を破壊してバイド粒子が活動を停止した場合のみに限り、次元消去兵器を用いて一切合切を異層次元へ投棄するのが22世紀地球の軍での基本運用法だった。それに倣うためにバイドと並ぶ悪魔の兵器を世に産み落とした。
あまり当たってほしくない予測だが、将来的に必ずバイドを模した人工生命体は外部に流出する。元々兵器として使用する以上、戦場で敵に鹵獲される危険は常にある。他にもスパイないし内通者が外部に持ち出して、取り扱いを誤って汚染を広げた場合の対処法を構築する必要があった。
外部流出への対応の一環として、フォースのコントロールロッドには過剰なまでの警告文と共に、もし不用意に解体などして重大な事故が起こっても一切責任は取らない、偶然拾った者は連絡すれば多額の謝礼を用意する等、記載してある。後始末はするが他人の失敗の責任まで取りたくない。
兄フレーゲル男爵は弟が思った以上に危険な学者と思い始めている。昔から貴族らしくない残念な、しかし学問に優れた自慢の弟として可愛がっていた。それが今では自らの住む銀河すら破壊する破滅的兵器を平気で生み出す破綻者の顔を見せ始めている。いっそ人知れず始末してしまった方が世は平和に続いていく。
そこまで考えて、少しだけ躊躇いを持った。少なくとも弟は無秩序に兵器を世にばら撒く気は微塵も無い。常に最低限の備えは考えて行動している。甘いと分かっても血を分けた兄として慎重な弟を信用してやりたかった。
思った以上に身内には甘い。こういう所は似た兄弟である。