カストロプ公爵家の現当主マクシミリアンは典型的な門閥貴族の青年である。生まれた時から労働など一度もしたことが無く、さりとてスポーツ等をして汗を流さないため肥満体だった。
カストロプ領は帝都オーディンに普及する古式ゲルマン文化と異なり、古代ギリシャ式文化を色濃く取り入れたため男子は髪を短く刈り、長い布を体に直接巻き付けるシンプルな装いをしている。マクシミリアンも家のしきたりに従い、脂肪の詰まった肥満体に一枚の高級布を巻き付けたまま、戦艦の艦橋にて指揮を執っている。
現在カストロプ軍は近隣のマリーンドルフ領を制圧中だった。大半の惑星は抵抗なく支配を受け入れはしたものの、伯爵家の邸宅のある本星だけは今も頑迷に抵抗して粘る。とはいえ元々数が1万隻対高々100隻では話にならない。遊び半分に的撃ちをしているような緊張感の無い戦だった。
楽しさよりも段々と飽きが来ていたマクシミリアンは、後は家臣に任せて一足先にマリーンドルフの財産を没収してしまおうと思った矢先、オペレーターが動揺して報告をした。
「公爵様!新手の艦影を捉えました。数は1000程度です」
「1000?どこに向かっている?」
近隣の貴族で1000隻も軍艦を持っている家は無い。かと言って正規軍の艦隊なら前のように最低3000は用意するはず。マクシミリアンは判断が付きかねたが、集団がカストロプ本星に向かっている報告を受けて一笑する。間抜け共がのこのこやられに来た。1000程度なら放っておいても良いがちょっとした見世物のつもりでマリーンドルフ星攻略を中止。全艦に本拠地星への後退命令を出した。
カストロプ艦隊が攻撃を止めて反転したのをヘイムダル級2番艦【メロマカロナ】の艦橋で確認した、ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフは安堵の息を吐いた。まずはこれ以上領民が殺される心配は無くなった。
続いて正規軍1000隻の小艦隊はカストロプ本星の前で停止。艦隊司令官キルヒアイス少将が通信兵にカストロプ艦隊に向けて、全方位の通信回線を開くように命じた。そして前もって伝えた命令通り、艦内で兵士たちが慌ただしく動き出す。
「私は帝国軍少将キルヒアイス。カストロプ公爵家に降伏勧告を言い渡す。すぐさま武装解除して、監禁しているマリーンドルフ伯爵解放を要求する。そして私と共に帝都オーディンに赴き罪を償いなさい」
「私がマクシミリアン・フォン・カストロプ公爵だ。いや、今はマクシミリアン王とでも名乗ろうか。王に向かって無礼千万な輩め。おや、そこにいるのは伯爵の娘ではないか。相も変わらず男のような身なりで軍人のごっこ遊びかね」
あからさまな嘲笑にヒルデガルドの頬に朱が差す。それでも彼女は努めて冷静に父の安否を問う。
マクシミリアンはさも興味が無さそうに、まだ死んでいないとだけ答えた。そして伯爵の事などどうでもいいとばかりに、目の前の本拠地星に降りないか尋ねる。
「不要に近づけば軌道上に配置した『処女神の首飾り』が攻撃するのは分かっています」
「ふふふ、さすがに逃げ帰った敗残兵から聞いているか。その通り、本星は4基の攻撃衛星が護りについている。フェザーン商人は強欲だが良い物を持っている」
一番の強欲は貴様だろう、口には出さずともキルヒアイスとヒルデガルドは思った。
処女神の首飾りとは、無数のレーザーとビーム砲、水爆ミサイルに超電磁砲、その他の兵器を搭載した360度全方位に対して攻撃可能な軍事衛星。直径2kmの銀色の無慈悲な殺人兵器である。自由惑星同盟の首都星ハイネセンも、同様の攻撃衛星を12基配置して防衛を担っていた。
攻撃衛星の性能は折り紙付き。既に二度敗退した帝国討伐軍も、この衛星によって少なからず損失を与えられている。キルヒアイス率いる三度目の討伐艦隊が迂闊に惑星の地表に降りて制圧しないのも、衛星と戦う事を避けての事だった。
勝ち誇るマクシミリアンはキルヒアイスに向けて慈悲ある選択を迫った。このまま戦わず降伏する、無理にでも惑星に降りる賭けをして衛星に撃ち堕とされる、正面から1万隻の大戦力に挑んで華々しく散る。
「さあどうする?私は気がそれほど長くない。このまま選べないのなら―――」
「取り敢えず選択肢の一つが減りましたよ」
キルヒアイスは通信中に唐突に惑星カストロプの方を指差せば、衛星軌道上の四ヵ所から同時に閃光と爆発が起きた。
混乱するマクシミリアンに、艦内の私兵たちが信じられない報告をする。4基ある『処女神の首飾り』全てが破壊されて通信が途絶えた。
切り札の一つが掌から零れ落ちた事でカストロプ艦隊に動揺が広がる。さらにレーダーが小惑星帯から出てきた新たな艦影2000隻を捉え、混乱に拍車をかける。
「おおお、落ち着け!まだ敵は合わせて3000隻だぞ!我々の方が3倍は多いんだ!敵は数が少ないから小細工を弄するしかない!」
「我々が3000隻しか居ないと本当にお思いか。既に貴方は新型のステルス艦5000隻に囲まれている」
そんなはずはないとマクシミリアンは否定したが、新たな報が今度は惑星カストロプより入る。彼の邸宅にいる執事が絶望した顔で主人に助けを求めていた。
「公爵様!敵はビームやレーザーを屋敷の庭に撃ち込みました!次は財宝を納めた宝物庫に当てると脅しています!お願いです、何卒助けてください」
ふざけるな、貴様も我が下僕なら命を捨ててでも公爵家の財産を護り切れ。
矢継ぎ早に届く凶報に、もはや艦隊は何をしていいか分からず動けない。
「そろそろ負けを認めて降伏しなさい。でなければ本当に艦隊を殲滅するまで続けましょうか」
キルヒアイスの慈悲に満ちた声に、既に多くの私兵が戦意を失い心は降伏に傾いていた。しかし当主のマクシミリアンだけが戦意旺盛のままだった。それを正確に読み取り、哀れな道化にとどめを刺す最後の札を切った。
「ではキュンメル男爵。仕上げをお願いします」
「了解しましたキルヒアイス少将」
聞いた事のある名に一時的に平静を取り戻したマクシミリアンだったが次の瞬間、艦橋のスクリーンを挟んで目の前に突然現れた物体に腰を抜かす。それは緑色に怪しく光る球状の何かを従えた小型艦載機のようだった。帝国が採用する艦載兵器ワルキューレより二回りは小さな兵器は頼りなさと共に、緑に発光して回転する正体不明の球体が恐怖を植え付ける。
「私はハインリッヒ・フォン・キュンメル男爵だ。親族としてカストロプ公爵家に最終勧告をする。今すぐ武装解除して反逆者マクシミリアンは投降せよ。さもなくば、この艦を破壊し尽くして死体だけでも帝都オーディンに持ち帰る。これは脅しではない、このR戦闘機は先程『処女神の首飾り』を破壊した兵器と同型だ」
まだ少女のような甲高い声と白銀髪の美貌を伴った男爵の怒りに満ちた双眸に、ある種の神々しさを感じ取った艦は次々に降伏を申し出る。
マクシミリアンは当主の命に背いて続々と降伏する私兵に怒りを爆発させる。まして公爵家の庇護が無ければまともに生きられなかった寄子の男爵風情に指図されるのは屈辱の極み。ハインリッヒに向かってあらん限りの罵声をぶつける。
「死にぞこないの
「豚が吠えるな。人の真似をして服を着るな。出来損ないは父親以下の貴様だマクシミリアン。さあ、返答を聞こう」
ハインリッヒは既にマクシミリアンを見ていない。彼が見ているのは、後ろに立ちブラスターを構える私兵だった。
私兵達は少年男爵の威厳と、公爵の浅ましさと落ち目を秤にかけ、さらに正体不明の戦闘機から青白い光が漏れ出している光景に心が折れた。
結果を言えば返答はブラスターの光線だった。それも、かつての主人を撃ち抜き主従関係の終焉を示す十を超える光である。
第三次カストロプ討伐軍は死者一人を出して決着した。死者は首謀者のカストロプ公爵ただ一人。死因は後ろからの銃殺だったが自裁と記録された。
戦が終わり降伏したカストロプ軍は武装解除を受け入れた。帝国軍は軍艦を宇宙空間に一纏めにして監視を続ける。何しろ勝った帝国軍の方が少ないから、気を抜いて捕虜が暴動を起こしたら堪らない。
ハインリッヒは本拠地星に降りて、残ったカストロプの一族に敗戦を触れ回り、ヒルデガルドも囚われの父と再会を果たして涙を流した。
滞りなく事後処理を進めるキルヒアイスは短い休息の時間に士官用食堂で遅めの昼食を摂っている。向かいには幕僚のベルゲングリューン大佐が同じメニューの食事を。
「まさかたった一人の死者で戦が終わるとは。このような戦いは歴史に残りましょう」
「キュンメル男爵から、可能な限り犠牲者は出さないでほしいと頼まれましたから」
「しかし、5000隻のステルス艦の包囲ですか。信じるものですね」
ベルゲングリューンは生真面目な態度を崩して快活に笑い、キルヒアイスも苦笑する。
カストロプ軍との戦いで小惑星帯から出てきた2000隻は本物だったが、5000隻での包囲は出鱈目だ。それでも直前に『処女神の首飾り』を全部破壊したおかげで真実味を帯びたハッタリになる。
キルヒアイスの軍略はこうだ。まず3000隻の軍艦の内、2000隻を小惑星帯に隠して、本隊はカストロプ星に堂々と近づく。マリーンドルフ星からカストロプ艦隊を引き剥がし、ヘイムダル級戦艦からR戦闘機30機を発進。異層次元航法を用いて半数は『処女神の首飾り』の至近距離まで気づかれず接近。残る半数は本星のカストロプ邸宅に降下した。
準備を済ませてキルヒアイスがマクシミリアンに通信を入れて、相手が誇る軍事衛星を通常次元に戻ったR戦闘機が破壊。混乱した所で小惑星帯に潜ませた別動隊を見せつけて、さらに既に艦隊は囲まれていると欺瞞情報を与えて兵の戦意を挫く。ついでに本拠地は既に抑えられて逃げ場も無い事を強調。とどめにキュンメル男爵のR-9Aを眼前に見せて降伏勧告。カストロプ自身はまだ戦うつもりでも配下は違う。命惜しさに主君を捕えるなり自裁を強要する。何もかもキルヒアイスの立てた軍略通りに事は進んだ。
家柄を鼻にかけて好き勝手生きていた貴族のボンクラは、劣勢に立たされると酷く脆いのは幼年学校で散々見て来た。事実、マクシミリアンも己の拠り所を次々無効化されて、まともな判断力を奪われていた。自らの実体験に加えて、ヒルデガルドのような親族からマクシミリアンの人となりを聞いていたため、勝算はかなりあった。
たとえば彼の側近に経験豊富な老齢の軍人がいれば、狼狽えずに主君を立ち直らせたかもしれない。しかし前情報からそのような者は居なかった。とどのつまり今回の討伐はなるべくしてなった結末である。
それでもベルゲングリューンはキルヒアイスを称賛したい。直接的な武力は極力使わず、相手の心を徹底的にへし折る手腕はローエングラム元帥とは別方向の天性の才能を思わせる。
「友人が良い道具を貸してくれましたからね。ハードウェアに頼り過ぎるのは好みませんが、余計な犠牲者を出さないためなら仕方ありません」
「フレーゲル博士が手掛けたR戦闘機ですか。このヘイムダル級戦艦も非常識な艦ですが、それに輪をかけて正気とは思えない兵器ですね」
ベルゲングリューンは光学やレーダーにも探知されない極めて高い隠密性、戦艦級の火力、宇宙から惑星上でも運用可能な全環境対応力を備えた小型戦闘機に、既存の常識を打ち砕かれて唸る他無い。
対してキルヒアイスは彼を偽った事を申し訳なく感じた。フェリクスの頼みでR戦闘機の性能に一部虚偽を加えて運用している事を彼は知らない。
友人は異層次元航行システムと名付けた新型ワープ装置の秘匿を望んでいる。いずれ世に出すつもりらしいが、まだその時ではないと。キルヒアイスもあまりに危険な技術と認識しているため同意して、極めて高い隠密性と偽りの情報で騙して討伐軍への秘匿に協力していた。故にあまり声に出したくない話題だったため、食事を再開して話を打ち切った。
「ともかく、後は徐々に軍艦から人を降ろして、公爵家の財産や帳簿の接収が終わればオーディンに帰還出来ます。もう一息頑張りましょう」
「はっ!お任せください」
短い休息は終わり、軍人たちは戦の後始末に奔走した。
5月10日にオーディンを出立した討伐軍が帰還したのは同月の25日。しかしこの日数は片道に6日の計12日、戦の事後処理に2日を要した。つまり実質的な戦闘日数は1日でしかない。あまりの鮮やかな手腕に、ローエングラム元帥のオマケでしかないと思われていたキルヒアイスに懐疑的だった者達は驚愕したという。
策謀を巡らせたフレーゲル男爵はカストロプが討伐された事で介入する機会を失って舌打ちした。ただ、弟がキュンメル男爵を支援した事実を理由に、カストロプの係累貴族にブラウンシュヴァイク公爵家の支援を持ち掛けて、言葉巧みに一定の影響力を確保する。当初の目論見通り公爵家を一つ潰し、残った中小貴族の一部を取り込んだ。果樹園そのものは手に入らずとも、最低限の果実を得た事で一先ず満足した。
ただし同時期に起きた帝国を激しく揺るがす一大事によって、カストロプ動乱はやや小さな話題となって忘れ去られた。
5月14日、同盟軍の半個艦隊がイゼルローン要塞を奪取。この凶報は普段政治に関心を見せない皇帝フリードリヒ4世すら、リヒテンラーデ国務尚書に詳細を問うほどだった事実から、軍関係者の驚愕は筆舌に尽くしがたいのは容易く想像出来た。
同盟の第13艦隊を指揮したのはヤン・ウェンリー少将。またの名を魔術師ヤン、無駄飯食らいのヤンと称される冴えない男だった。
ヘイムダル級戦艦2番艦の名前【メロマカロナ】はギリシャの蜂蜜味のクッキーです。古代ギリシャ被れのカストロプを討ったのが同じギリシャのお菓子。非常に皮肉な結末です。