前話の感想は未帰還のR戦闘機への言及ばかりだったので、この場で纏めて返答します。
戦場に出す以上はフェリクスも同盟の鹵獲や残骸の回収は承知の上です。今話にて彼の心境もある程度はっきりするのでお楽しみに。
第9艦隊司令部を奇襲したのはキルヒアイス率いる特別艦隊だった。艦隊は浅異層次元航行法により、密かに第9艦隊旗艦パラミデュースに接近。通常次元に帰還と同時に艦隊は一斉砲撃を行い、旗艦を含む敵艦数十隻を撃沈した。奇襲成功の余韻に浸る間も無く、彼は司令官として次の命令を下す。
「全艦に命令、最大速度で現宙域を離脱。イゼルローン回廊方面に向かえ!進路上の敵艦以外は全て無視せよ」
各艦はキルヒアイス提督の命令通り、メインスラスターを全開。エネルギー中和磁場を最大展開して、第9艦隊の陣の中を逆走して突っ切った。
突然湧いて出た敵艦に旗艦を沈められた同盟の兵は、統制を欠いて効果的な対応が出来なかった。正確にはたった21隻の敵艦より、正面に突っ込んでくる2万5000隻の鏃の方が余程脅威だったため、そちらを優先して放置された。
無事に死地を脱したキルヒアイスは戦闘が激しくなるアムリッツァ星域をモニターで名残惜しそうに見る。星図に表示した敵の後続艦隊の位置から計算して、戦場への到着はおよそ半日程度はかかると思われる。それだけあれば後続の敵が合流する前に大勢は決する。出来れば主君と共に戦いたかったが自分にはまだ別の仕事が残っている。帝国軍中将として私心を挟むわけにはいかなかった。
十分に戦場から距離を取った艦隊は戦闘機動から巡航速度に落としながら進路を修正。回廊方面から若干外れて航行不能領域を目指す。
アムリッツァ星域での開戦から8時間後、後続艦隊の到着を待たずに先鋒艦隊は半壊。残存艦3万隻が敗走したため、ロボス元帥は激怒しながらも、一時態勢を整えるため敗残兵を回収の後、イゼルローン要塞への後退を決定。帝国軍は追撃艦隊を向かわせたものの、回廊には入らず封鎖に留めた。
回廊に逆戻りをした同盟遠征軍は失意の行軍といった有様だった。首都星ハイネセンを出征した時は20万隻の軍艦と3000万人の将兵を満載していたのに、今は13万隻余と2000万人に数を減らしている。30%を超える損害を出した以上、全面撤退も視野に入れなければならないが現在はあくまで後退命令である。とはいえ兵の士気は底についており休息と共に、艦の修理も必要。再侵攻の予定はまだ立っていない。
先鋒艦隊の中で比較的損害の少なかった第13艦隊の司令官ヤンは、疲労に任せて艦橋のテーブルに全身を投げ出している。このような姿を見た兵士は、しかし彼への信頼を失う事は無い。彼の巧みな戦術のおかげで損失二割程度に抑えられた。撤退戦が上手くいったのもヤン司令官の采配による所が大きい。
副官のグリーンヒル中尉は上官を労うために、たっぷりブランデーを垂らした紅茶を用意した。
酒臭い紅茶の匂いで起きたヤンは副官の女性に礼を言って、紅茶に口を付ける。勿論お茶の味を褒めて、ご機嫌取りを欠かさない。
「今回は上手く撤退しましたが、閣下はこれからも遠征は続くと思いますか?」
「まだ何も成果が無いから、元帥は続けるだろうね。参謀長が反対しても無駄かな」
中尉は父であり、上官になるグリーヒル参謀長が元帥に邪険にされる様がありありと浮かんだ。実際、まだ同盟軍は10万隻以上の軍艦を保有している。イゼルローン要塞も多少損壊しているが拠点として使える。態勢を整えて再度帝国領に侵攻する余力はあった。遥か彼方のハイネセンの最高評議会も撤退を容認しないだろう。もし負けて帰って来たとあっては同盟市民から強烈な突き上げを食らい、遠征を主導した主戦派委員長は全員地位を追われる。残るのは反対派のホワン・ルイ、ジョアン・レベロ、それとトリューニヒトぐらいか。前の二人はともかく、あの厚顔無恥な政治屋が首班となって同盟を主導していくのは出来れば見たくない。となると遠征を成功させなければならないのだが、軍がこの調子では難しい。
「ローエングラム伯を倒さなければ、何度挑んでも遠征軍は壊滅するよ」
「閣下ならそのローエングラム伯を倒せると私は信じています」
副官の信頼が重い。誤魔化すように紅茶を飲み、あんな傑物が率いる軍に勝つのは余程の優位か奇策が必要になる。それ以前にこの戦いで使われた神出鬼没の新兵器、新型ワープか、超高性能な隠蔽機能を有した兵器の正体を知って対策を立てなければ話にならない。後方艦隊は回廊通過まで30回以上襲われて貴重な戦力を失っている。今この瞬間にも、帝国の新兵器がうろついていると思うと生きた心地がしない。
まるで地球時代に使われた海上船を狩るために生まれた潜水艦を相手にしているようなものだ。相手が手を出せない水中からそっと忍び寄って、人知れず船を沈めていく。
もし自分だったら超攻撃的思想から生まれた兵器をどう効果的に使うか。ブランデーと折衷の紅茶を飲み干した後、嫌な予想が脳によぎる。
「通信兵、イゼルローン要塞に通信を繋げてくれ。内容は何でもいい。とにかく無事を確認したい」
通信兵は言われた通り要塞に連絡を入れて、繋がらない事に首を傾げる。旗艦は指揮のために通信能力を強化しているから、妨害が飛び交う戦場でもなければ大抵通信は繋がるはず。他の艦隊の旗艦に頼んで通信してもらうと、やはり他の通信兵も要塞と連絡が取れない事に気付いた。
ヤンは溜息を吐く。帝国が回廊に入らず封鎖したのは自分達を追い払った事に満足したからじゃない。要塞を奪って逃げ場の無い回廊で第二戦を仕掛ける気だったのだ。虎から逃げられたと思ったら、前には狼が待ち構えている。
すぐさま総司令部に要塞が帝国に奪い返された可能性を報告。生き残った提督達も通信で臨時会議に参加した。
全会一致で要塞の奪還が決定されたが懸念事項はある。
兵の数は十分に足りるが狭い回廊では全軍の展開は難しく、効果的な運用は望めない。
今は後ろに敵は居ないがあまり時間をかけると追撃部隊に挟み撃ちに遭う可能性がある。
負け戦で兵の士気が落ちている。
不幸中の幸いは中央指令部が破壊されて、手動制御の要塞砲トゥールハンマーでは脅し程度にしか使えない事だ。攻め手と守りが双方万全な状態ではないなら、正攻法でも十分奪還は可能。大多数の参謀と提督は結論付けた。例の新兵器を有する隠密艦隊が不安材料でも、逃げ場が無い以上は無視してでも攻めるしかなかった。
同盟遠征軍は要塞前面に全軍の約3割の4万隻を展開する。これ以上艦隊を展開すると狭い回廊内で身動きが取りにくい。残りは予備部隊として後方に待機している。前衛は比較的余裕がある第3、第5、第7艦隊が務める。
三個艦隊はゆっくりと要塞に向けて前進する。既に帝国には同盟艦隊の進軍は知られているのに、迎撃の艦隊はおろかいつもの要塞砲の歓迎も無い。いくら通信をしても応答も無く、不気味な沈黙が続いている。既に要塞内には誰も居ないのではないか、司令官達は一層警戒心を強めて生唾を飲み込む。
要塞砲
両者の距離が3光秒(90万km)に迫った瞬間、変化は唐突に現れる。これまでの沈黙を破り、要塞表面にエネルギー集束を確認。即座に白い光の柱が第3艦隊の先端を通過。500を超える艦が一瞬で粒子に代わり、各艦隊は即座に上下に散開した。同盟は過去にも要塞を攻略するために様々な戦術を試している。中でも要塞砲を回避するための機敏な艦隊機動が編み出されて、軍人達は過去の教訓を基にした訓練と同様の動きを見せた。
要塞指令室を破壊されて、手動制御の砲撃ではまともに当たらないと、同盟軍の参謀達は予測していたが、敵は予測を容易く裏切った。その上、今回は過去の要塞主砲より幾分発射が早く、二度三度の砲撃により少なくない数の艦が塵となるか、爆発によって失われる。
ロボス元帥は歯軋りして、前衛の艦隊に臆することなく、要塞にミサイルやレーザーを叩き込めと檄を飛ばした。
前衛艦隊が命がけの城攻めを行っている間、後詰めの艦隊は過去のデータと比較して、今の要塞砲の差異を見つけた。過去の砲撃に比べてエネルギー充填率を下げて、威力と有効射程距離を落とす代わりに発射の間隔が短くなっていた。一撃必殺の砲を捨てて、少しでも敵を撃ち堕とす連射しやすい調整が加えられていると結論付けた。
予測情報は直ちに前衛に伝えられて、艦隊司令官は戦術を修正して損失覚悟で要塞に飽和攻撃を仕掛ける。主砲以外にもレーザーの弾幕が同盟艦を襲うが予想より雑然として損害は少ない。
数万のミサイルが流体金属層を貫いて、核爆発が要塞各所を吹き飛ばす。それでも直径60kmの要塞にとっては少々のダメージでしかなく、要塞砲
出血を厭わぬ近距離からの艦隊と要塞の殴り合いは、同盟が艦隊を二度前後交代させて3時間に及び、ついに要塞側が先に音を上げて各所に爆発を起こして沈黙した。その後、要塞から超大型戦艦を含む20隻前後の小艦隊がイゼルローン回廊の同盟方面に脱出するのを確認した。
同盟軍兵士からは歓声が上がり、士官や参謀からは予想以上の損害に厳しい感情が顔に出る。
逃走する敵艦を追撃して捕虜にする意見も出た。何かしら有益な情報を持っている点と、新型艦を研究するために、艦隊から3000隻を選定して、追撃に向かわせた。
3000隻が追撃に、残る遠征軍の一部が要塞内部への制圧に向かった時、第3艦隊のルフェーブル提督は部下から要塞内部が異常な熱量を放っていると報告を受けた。彼は戦闘での要塞砲による動力炉の稼働負荷程度に思っていたが、それが彼の命を失う原因になるとは最期まで気付く事は無かった。
急激な熱量増大を知らせる警告が要塞付近の艦艇に発せられた瞬間、極小の太陽が顕現。イゼルローン要塞は中から破裂して、周辺の艦を巻き込み、自らを構成した資材や外殻の残骸を極音速を超えた無数の弾丸として解き放った。
60兆tもの巨大な質量を持つ要塞の外殻が粉砕され、1000t規模の無数の砲弾となって同盟軍の艦艇を襲う。回避もままならず大質量体に圧し潰された艦、船体を貫かれて真っ二つになる艦、要塞の爆発に巻き込まれて弾き飛ばされた艦と激突して共に爆発四散する艦もあった。
何もかも役に立たない残骸に変えてしまった衝突を、通常次元と異なる異層次元からキルヒアイスとフェリクスが観測する。
全てはキルヒアイスが立てた計画通りの結末になった。
ラインハルト達が同盟遠征軍とアムリッツァ星域で戦っている間に、キルヒアイス艦隊がイゼルローン要塞を奪取。留守番部隊やライフラインを維持していた同盟の軍属や民間人を、情報を送れないように通信設備を破壊した輸送艦や負傷兵を抱えた病院船に乗せて同盟側に叩き出す。
破壊した基地中央指令室の代わりに、ヨトゥンヘイム級戦艦とヘイムダル級戦艦2隻のコンピューターを
中央指令室が使えない時にはモニター管制室を第二の指令室にして一応の指揮は執れる。ただしその場合、人員の迅速な脱出が困難になると予想されて、選択から外された。
一時復活した要塞主砲を使い敵艦隊と応戦。それなりに損害を出したら脱出ついでに、要塞の核融合動力炉を暴走させて爆発に敵を巻き込む。
そして自分達は悠々と浅度異層次元に退避して、無傷で要塞崩壊をやり過ごした。
「随分と酷い事を考えますね」
「あの要塞は同盟の手に残しておくと厄介ですから。いっそ破壊してしまった方がすっきりします」
並の指揮官なら要塞を拠点に戦略を立てるものだが、こうも思い切って破壊してしまうとは。ラインハルトも要塞があるせいで、帝国は危機感が足りなくなると辛辣な思考をしているから、キルヒアイスも友人に染まったのだろうか。実際はフェリクスも同じぐらいキルヒアイスの思考に影響を与えている事に当人は気付いていない。
壊れた要塞は一旦脇に置き、コンピューターを使って敵戦力の総数を割り出す。
戦闘前は13万隻あった敵戦力も要塞戦と爆発に巻き込まれて、戦闘可能な艦は10万隻にまで落ち込んでいた。遠征軍が半壊して頼みの要塞も崩壊したとあれば、当分は帝国に攻め入る余裕は無くなる。帝国は戦略目標を十分に達成したと言って良い。
「あとは帝国領に帰るだけですね」
「では帰るとしましょう。敵艦隊の中を通って」
このまま異層次元に潜航したまま不可侵領域を通って帰るのが安全なのは疑い様が無い。にも拘らずわざわざ敵のど真ん中を通ると言い出す。正気とは思えないキルヒアイスの提案を、しかしフェリクスは微塵も疑わずに受け入れた。
フェリクスは先にR戦闘機部隊を出撃させる。
R部隊が配置に付き、艦隊は異層次元潜航から通常次元に帰還。同時にスラスターを全力稼働して敵の真っただ中に突っ込んで行く。
同盟軍は損傷した僚艦の救助や瓦礫の撤去作業をしていた所に、突然敵艦隊が突っ込んで大混乱に陥る。
キルヒアイス艦隊は鋒矢の陣を形成、敵艦隊の中で艦砲射撃を行いながら突き進む。最初は混乱した敵も幾らかは平静を取り戻して迎撃をするが、先陣に立つ旗艦【バルバロッサ】の強固な防御フィールドに全て防がれて徒労に終わる。
それでも時間が経てば徐々に統制が整い、艦隊は組織的な迎撃を受ける。そこは僅かに上下左右に艦首をずらして、進路を変えて回避する。艦同士の間合いは近いようで遠い。数十kmも離れていれば、音速を遥かに超えて機動する軍艦には早々当たる事は無い。
キルヒアイス艦隊は迷わず突き進む。敵陣の中間付近の第13艦隊は見事な陣を敷いて待ち構えていた。
一斉砲撃を受ければさしものヨトゥンヘイム級戦艦も無傷では済まない。しかしキルヒアイス達は臆する事はない。
フェリクス達にとっては遥か前方。ヤンにとっては後方で、突然青白い光の奔流が無数に生まれて、同盟艦が次々爆発した。同盟遠征軍の本陣をR戦闘機50機が襲ったのだ。同時にヤン艦隊にも、通常次元に戻ったもう一つのR戦闘機大隊が天頂方面から奇襲攻撃を仕掛けて混乱させる。
ヤンはR戦闘機の出現に備えて艦隊のスパルタニアン部隊をあらかじめ発艦させていた。即座に迎撃を行い、艦載機同士のドッグファイトが始まった。
全長40mのスパルタニアンは、フォースを装備しても20m程度のR戦闘機の運動性能に翻弄されて、レーザーとレールガンに次々撃墜されていく。それでも撃墜王を称する凄腕パイロットのコーネフ大尉は僚機のポプラン大尉と組んで、駆逐艦の弾幕の檻に閉じ込めて1機のR戦闘機を撃墜した。やっと一矢報いた喜びの束の間、同僚を倒したスパルタニアンを脅威と判断したカーテローゼ少尉の駆るR-9Cが排除に当たる。
ウラン弾とレーザーの応酬。圧倒的な運動性を有するR-9Cに、コーネフ大尉達は4機のチームワークで対抗して、常に2機が牽制の機銃斉射でカーテローゼの動きを制限する。一発当たれば容易く敵を仕留められるのに、圧倒的な性能をもってしても纏わり付く小蠅共を排除出来ない現状に、経験の浅い少女は苛立ちが募る。
R戦闘機の突入で陣形に穴が開いた13艦隊の中をキルヒアイスの艦隊は突き進む。途中、ヒューベリオンとバルバロッサがすれ違う。敵同士の旗艦が戦闘中に至近距離で邂逅を果たす稀有な状況に、ヤンは不思議とかつて戦場を我が物顔で横切った白銀の貴婦人と同じ感覚を覚えた。
カーテローゼ達R戦闘機部隊は、本隊が無事に敵陣を突破したのを確認して、すぐさま浅度異層次元潜航を開始。即座に離脱した。
見事に敵に逃げられたスパルタニアンのエース達は大いに悔しがった。そしてもう一度あの小さな強敵との戦いを望んだ。奇しくもカーテローゼも撃墜しそこなった敵スパルタニアンを強く意識していた。次はハートのAのマークが描かれた敵を如何に倒すか、彼女は暫くそれだけを考えて過ごす事になる。
キルヒアイス艦隊は最後の関門となる同盟軍本陣を容易く通過した。先んじて50機近いR戦闘機大隊が派手に暴れ回っていたため、殆ど抵抗も無く通り過ぎた。
艦隊は同盟軍から離れ、安全圏まで到達したのを確信して戦闘機動を解除。巡航速度へと減速してからキルヒアイスは戦闘終了の号令を出す。そこかしこで口笛と歓声が上がった。そのまま祝宴でも開きたい気分になるが、まだR戦闘機隊が帰還していない。せめて彼等が帰投して、イゼルローン回廊を脱しなければワインは許可されない。
暫くするとR戦闘機達が続々と帰還する。半数近くが何かしら機体に傷を負っており、激戦の様子を物語る。一部は大破判定を受けて廃棄に迫られた。98機が出撃して10機が大破により廃棄、撃墜ないし未帰還が3機。
同盟遠征軍との一連の戦いで100機の内、15機のR戦闘機が失われた。うち推定撃墜は4機。
未帰還機が出たのがフェリクスにとって多少気掛かりだった。大規模な実戦だから損失は出るのが当たり前でも、状況的に敵に鹵獲される可能性がある。パイロットのバイタルサインは消失を確認しているから、尋問等による情報漏洩は気にしなくていい。機体には一定以上の損傷とパイロットの死亡が確認された場合、証拠隠滅のために波動粒子コンダクターや異層次元航法システムは優先的に自壊する処置は施してある。それと定期的にコード入力しなければ即座に核融合炉が自爆する。残骸から幾らか解析されて、こちらの技術を模倣される可能性はあるが、即座に戦力化はされないだろう。
むしろ同盟の手に渡った技術が独自進化して、独創的なR戦闘機が生まれる事もある。ちょうど並行世界に渡ったR-9Aが現地改修を受けてR-9Leoに生まれ変わったように。設計思想の異なる同質の兵器と戦う事で、さらなる進化の余地が生まれるなら歓迎しよう。
(問題はフォースの方か。4機分のうち、1機は戦闘で破壊されたのを確認。2機は回収が間に合った。残る1機が所在不明。同盟が回収した場合はさて、どうなるか)
R戦闘機以上にフォースの扱いは難しい。無理に中身を取り出そうとすれば、人工生命体が猛威どころか地獄を顕現させる。星系一つぐらいは犠牲になるのを覚悟した方が良いだろう。
同盟が賢明な選択をしてくれるならそれが最良。よしんば下手を打っても、それはそれで。この次元で対バイドの戦訓を得るための状況を同盟から提供してくれると思えば、全くの無駄にはならない。いずれこの次元にもバイドが到来する可能性、他銀河に既にバイドが巣食っている事もある。知識だけでは補えない、経験から生まれた血のインクで綴ったマニュアルの作成は必須だ。
とはいえバイドとの戦いとなると、犠牲無しでは済まない。民間人にも夥しい犠牲が出るだろう。同盟側の犠牲者は同盟の責任だからどうでもいいが、帝国人に億単位の犠牲が出るのは気が引ける。
それに今回の戦でパイロット4名に戦死判定を下した。艦隊にも少数だが死者が出た。敵艦隊の真っただ中を何度も突っ切ったのだから、ある意味当然の被害だろう。フェリクスが軍を私設して数年、今回初めて戦死者が出た。いざ数字で部下の死を突き付けられると、少しは気が沈む。
「戦には戦死は付き物さ。むしろこれだけ正面から派手にやりあって、これだけしか死ななかったのは奇跡みたいなものだぜ。だから気を落としなさんな若様」
アーサー・リンチが励ましの言葉を贈り、フェリクスも少し気分が和らいだ。こういう時に歴戦の将が居ると場の雰囲気が保てる。
実は励ますリンチも思ったより精神的に疲弊しているが、それを若い連中に悟らせない。かつての同僚と敵対する道を自ら選んだとはいえ、この数年闇討ち染みた哨戒部隊狩りに同行して、今回のように一度に大量に同盟軍人を死に追いやった罪悪感が確実に身を蝕んでいる。ましてかつて全てを失ったエル・ファシル星で、部下だったヤン・ウェンリーの姿を艦越しに見ている。ヤン本人への遺恨は無くとも過去の過ちを突き付けられて、羞恥心がまるで古傷がジクジクと痛むようにいつまでも消えない。
悪行を極めんとするのに、今更恥じる心が鎌首をもたげて這い回る。己は何とも身勝手で情けない。リンチから自嘲の笑みが微かに漏れる。
彼は自嘲を誤魔化すように、フェリクスに部下達に勝ち戦の酒を配るよう進言する。まだ帰還前だから早い気もしたが激戦の後の褒賞ぐらいは大目に見るのも指揮官の仕事と思い直して、艦隊司令のキルヒアイスに許可を取り、未成年と下戸にはジュースとチョコレート、他は一杯だけ祝い酒を配った。
誰もが帝国の勝利を疑わなかった。
腐れ外道科学者の内面は大体こんなもの。
人類同士の技術競争を割と容認しつつ犠牲(資源の無駄遣い)はなるべく少ない方がいい。ただし戦訓とかマニュアルと引き換えなら十分元は取れるぐらいの感覚。
こいつを善良な貴族と思っている奴の目は節穴です。