銀河腐れ伝説   作:ウヅキ

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第43話 悪夢の胎動

 

 

 9月の半ばになり、フェリクスとキルヒアイスが帝都オーディンに凱旋した。帝国民は同盟軍を打ち破ったもう一つの艦隊が帝都に降り立つ姿に惜しみない歓声を贈る。

 先に帰還した提督達と艦隊副司令長官のラインハルトが彼等を軍港で直接出迎える。キルヒアイスは大柄の肩に手を当てられて笑みを贈られた。言葉を交わさずとも、半身には挙動一つで十分謝意は伝わった。

 フェリクスは右手を差し出され、自らも手を出して握手を交わす。

 

「卿の助力で被害は最小限に抑えられた。帝国軍宇宙艦隊副司令長官として、また友として感謝する」

 

「お気遣いなく。私も一帝国臣民として戦ったまでです」

 

 謙虚な態度に、参列した提督や高級士官らは、門閥貴族も彼ほど謙虚で有能ならどれほど良かったか、内心で毒を吐く。

 ラインハルトはその場で二人の昇進を告げた。フェリクスは大佐から中将に、キルヒアイスは中将から大将に昇進した。彼等以外の主だった将官は一足先に昇進を受けている。一人フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルトのみは、アムリッツァ星域での戦いでヤン・ウェンリーに良いようにやられてしまい、大きな損害を出してしまったので昇進は見送られた。それでも譴責に留めてラインハルトから、次の機会に挽回せよと厳しい激励を受けて、失意より立ち上がっている。

 実は二人の昇進についてラインハルトは、軍務尚書のエーレンベルク元帥に食って掛かっていた。たった21隻の小艦隊で実に7万隻超の敵を屠っている司令官にしては、一階級昇進はあまりにも評価が低いのではないか。フェリクスの方は門閥貴族を加味して妥当な評価でも、キルヒアイスは二階級上げて一気に上級大将でも納得のいく戦果を挙げている。

 生意気な孺子(こぞう)の直談判は齢80に届く門閥貴族の軍務尚書には響かない。むしろフェリクスとの共同戦果なら妥当な評価である。人事評価に個人的な感情を含めてはならないと、いかにも正論に聞こえる拒絶で突き返した。

 軍務尚書は他の提督と同様に、一階級昇進させているのだから十分と判断していた。ただでさえ平民出身の若い将官が増えて、貴族士官から再三の突き上げを食らっている状態で20歳の平民上級大将など冗談ではない。まだ対抗馬にフェリクスを上級大将にしたほうが門閥貴族の溜飲も下がる。いい加減気遣いを覚えろと金髪の坊やを一喝したいぐらいだった。

 これ以上は何を言っても無駄と悟ったラインハルトは大人しく引き下がる。内心、絶対に座り心地の良い椅子から引き摺り下ろして、惨めな老後をプレゼントしてやると誓った。

 頑迷な老人への不満はさておき、ラインハルトは友人達を伴い街に繰り出した。

 地上車(ランド・カー)で連れて来られたのは下町の一軒の小さなレストランだった。年季の入った看板には【ボンメルン】と書かれている。

 フェリクスは名前でどんな店か気付いた。中は昼のピークを過ぎて客がまばらに席に居る、どこにでもある平民向けのレストランの光景だった。

 三人は空いている席に就き、中年のウェイトレスからメニューを渡される。

 

「お二人さんは随分久しぶりだねえ。生きていて良かったわ。あらやだ、あたしったら元帥様にこんな口利いちゃ怒られちゃうかしら」

 

「元帥でも民間人に手荒な真似はしませんよ。美味しいフリカッセ(鶏肉の煮込み料理)を出してくれるなら許しましょう」

 

「はいはい。フリカッセならコースメニューでいいかしら。お二人さんも同じものを?」

 

 三人は頷いて、飲み物に白ワインを頼むと、ウェイトレスは厨房に引っ込んだ。この店は以前ラインハルト達が話していた「宇宙で2番目に美味なフリカッセを作る店」だ。味は期待していい。

 先にワインと前菜の人参のサラダが来た。先にワインで乾杯する。

 

「勝利の後の酒はいつも美味い。出来れば軍の老人共や国務尚書の憤る顔を肴に飲みたかったがな」

 

 ラインハルトは上機嫌に二杯目のワインを手酌でグラスに注ぐ。軍務尚書やリヒテンラーデ侯爵は戦でイゼルローン要塞を破壊した事が余程ショックだったらしい。それどころか要塞を一度奪取しておいて、敵の攻撃で崩壊するならともかく、自分から破壊して瓦礫を質量弾にするなど、あまりに無駄な使い方に憤った。先帝オトフリート5世がリューデリッツ伯爵に命じて建造して以来、長年にわたって帝国を護り続けた功労者の要塞を、いともたやすく切り捨てた若造共の見る目の無さを嘆いたとも。

 三人に言わせればあんな石塊など不用と思っていたから、効率的に壊しただけだ。文句を言われる筋合いは無い。むしろあそこで要塞を使えないようにしたおかげで同盟の橋頭堡として使われず、また再建した場合の費用を相手に押し付けられて万々歳だ。

 そもそも回廊に要塞を作る必要性も、フェリクスが開発した回廊を使わず自由に銀河を行き来する異層次元航法によって、今後は無に帰す。おそらく帝国上層部より同盟の方が今回の戦で不可侵領域を飛び越える新型艦の存在に早く気付くだろう。それによって今後の戦略は天地がひっくり返るほどの大転換を要求される。

 前菜を食べ切った頃にスープが来た。葉野菜のスープはあっさりとして、それでいて鶏の旨味が出ている。臭みも無く丁寧な下処理が窺える。この店は評判通り、良いシェフが居るようだ。

 

「今後はフェザーンの価値も無くなります。商人が大量に首を括るでしょう」

 

「ふん、今まで人の命で金を稼ぐ阿漕な商売をしていたんだ。似合いの末路だよ」

 

 ラインハルトは辛辣だったがキルヒアイスも同意見だったので頷くのみ。

 これまでフェザーンが商人の惑星として栄華を享受していたのは、帝国と同盟を繋ぐ二つある回廊の内、片方を握って両方を顧客にしていたからだ。その要衝が今後無価値となり、地の利を失えばこれまでのような商売は出来なくなる。一部目端の利く者や、どちらかの陣営に強い基盤を持っていればそこで細々とでも商売を続けられるだろうが、大半の商人は没落して路頭に迷うだろう。土地の旨味で金を稼ぐものは土地が価値を失えば諸共滅びゆくのが道理である。

 ちなみにフェリクスは戦の前に兄や叔父に、フェザーン企業の株や証券を売り払っておくよう助言しておいた。それどころか必ず暴落するから今のうちに株を空売りするなり、投げ売りされる価値のありそうな利権を買い漁る準備も忘れない。

 

 キルヒアイスが2本目のワインを頼む。二人ともペースがいつもより早い。余程勝利の美酒が口に合うのだろう。

 ワインのついでにメインディッシュのフリカッセが来た。よく煮込んだ鶏肉は柔らかく、パサつかず、一緒に煮込んだ根野菜の味が染みて非常に美味だった。

 

「確かに宇宙で2番目に美味しいフリカッセと二人が褒めるのも納得します」

 

「あら、2番目なのね。じゃあ1番は家庭の味かしら」

 

 店のウェイトレスは気を悪くせず、含み笑いをして他の客の食器を片付ける。料理店のプライドはあれど、一番口に合うのは育った家庭の味と認める度量はある。

 よく味わって2番目に美味しいフリカッセを付け合わせのパンと共に平らげた。

 デザートが来るまで腹に休息を入れる。

 帝国軍も暫く休息に入るとのこと。同盟は10万隻と1500万人の将兵を失った。損失を埋めるには相当な時間がかかると思われる。

 加えて回廊ありきの戦略からの大転換の模索には、相当な労力と時間を必要とする。よって1年は同盟との戦は無いとラインハルトは考えている。

 

「しばらくは宮廷との戦いが主になるだろう。オーベルシュタインを過労死しない程度に扱き使ってやる」

 

 あの辛気臭い参謀が兄相手にどれだけ務まるか、結構興味がある。

 戦が無いのであれば、自分は研究に時間を割ける。これまでの実戦データの解析や、艦船の改修、現行R戦闘機の上位機と量産型の設計等、やれることはまだまだ多い。とはいえ明日から実家の祝賀パーティーに引っ張りだこになるから、研究は暫くお預けだろう。こういう時は貴族に生まれた煩わしさがある。

 

「食事は貴族と平民の味もそう変わらないんですがね」

 

「貴方のように点滴でも平気な変人が料理を語りますか」

 

 キルヒアイスのナイフのように鋭いツッコミに、ラインハルトは酔いもあって大笑いした。それでもデザートのガトーショコラは美味だったと言っておく。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 祝杯の潤いが途切れない帝国に比して、同盟は到底祝杯とは呼べない有様であった。

 帝国遠征軍3000万人が半数の1500万人になって首都星ハイネセンに帰還した時、同盟市民からは祝杯ではなく批判、不満、怒りのカクテルが振る舞われた。生きて帰って来たことを喜ばれず、負けた事を責められ、今回戦死した兵の遺族から憎しみすら投げつけられた。

 感情的な非難以外にも、戦死者の一時見舞金だけでなく、遺族年金、戦力補充の臨時予算、1500万人の人口が減る事への経済へのダメージに、政府の財政担当は頭を掻きむしって泣きたくなった。

 普段は威勢の良い事を叫ぶ主戦派も、今回ばかりは戦の成果を声高には叫べなかった。1500万人の戦死者ないし未帰還者に加えて、イゼルローン要塞の崩壊により、回廊の支配権は空白になった。何の成果も得られなかった遠征などせず、要塞を堅守して数年間は力を蓄える持久戦の方が余程同盟に恩恵を齎したと、各メディアはこぞって政府と軍部を批判する記事を書き、またはTV番組を垂れ流した。

 同盟市民の支持と信任を失った最高評議会の主戦派委員長らは、もはや弾劾による解職は避けられぬと悟り、自発的に辞表を提出した。残ったのは遠征反対派のホアン・ルイ、ジョアン・レベロ、ヨブ・トリューニヒトの三名。その中のトリューニヒト国防委員長が一時的に評議会の議長を務める。

 軍部も最高位のシトレ元帥、遠征軍を敗退させたロボス元帥の両名は責任を取って退役した。参謀長のグリーンヒル大将も左遷されて後方の事務職に追いやられ、勝手に政治家に接近して遠征計画を主導したアンドリュー・フォーク准将は言動と能力を疑問視され、首都ハイネセンから遠く離れた寂れた基地への異動を命じられた。彼は最後まで自分の責任を否定、現場の無能を主張し続けて余計に周囲の反感を買った。

 多くの人材が失われた事を嘆く声は多い。艦隊を率いた司令官も幾人かは戦死した。第12艦隊のボロディン、第9艦隊のアル・サレム、第3艦隊のルフェーブル。八名居た遠征軍の司令官から出た三名の戦死が人材不足の同盟軍に重く圧し掛かる。

 それでも助かった命もある。イゼルローン要塞で軍務に従事していた軍属や民間人の多くは、要塞を奪われた時に捕虜にされる事無く、前もって強制的に退去させられたおかげで犠牲にならずに済んだ。治療を受けていた負傷兵も同様に命を拾った。その中には第8艦隊の司令官アップルトン中将もいる。彼のような生き残れた者が多少なりとも居たのがせめてもの救いのある話だろう。

 負け戦ではあったが勇戦した将には昇進をもって応える必要があった。敗戦の事実を覆い隠すため、英雄を作り出す虚構がまたしても用いられた。

 そこで選ばれたのが第13艦隊司令官ヤン・ウェンリー、第5艦隊司令官ビュコックなどだ。彼等は軍の半数が戦死した中で、とりわけ死傷率を抑えて敵にも少なくない被害を与えた。全体から見れば『骨を折られて肉を切った』程度の戦果でも、大々的に喧伝する事で軍や市民の士気高揚を謀らねばならぬほどに同盟の受けた被害は大きい。

 艦隊の再建、イゼルローン回廊の死守、軍内のサイオキシン麻薬問題、帝国軍の新たな侵攻への備え。兎にも角にも軍部の成すべき事は山のようにあった。この内、一つだけ懸念事項が減った事を近いうちに同盟軍人は知る事になる。

 

 このように何も得る事の無い徒労に終わったと思われた帝国遠征にも、たった一つだけ得るものがあったのを、同盟市民や政府関係者の多くはまだ知らされていない。

 遠征軍の将兵達の中でまことしやかに流れる噂。

 『帝国は回廊を使わず不可侵領域を超える手段を生み出した』。現在の常識を覆す未確定の情報は、しかし多くの被害を受けた軍人が肌で感じ、提督の多くが憶測を否定しなかった。その証拠らしき帝国軍の新兵器を、第13艦隊が残骸でも手に入れた事が噂を補強していた。

 回収した敵の新型戦闘機の残骸と、その兵装らしき四本の機械部品が取り付けられた緑色の球状兵器。残念ながらパイロットは死亡しており、限られた調査の中で得た情報から帝国はR戦闘機と呼称しているのが分かった程度だった。もしくは球状兵器に触れた場合、機械だけでなく人員の体が消失した事で、既存の兵器とかけ離れた未知の兵器に大きなヒントがある。艦隊勤務の技術者達はそう直感で感じ取った。

 得られた情報は直ちにヤン提督に伝えられて、彼は回収した兵器は専門の研究機関か軍の技術部に丸投げすべきと判断して、これ以上の調査を中止した。

 ハイネセンに帰還後、敵新型兵器はただちに同盟軍技術部へ預けられ、バーミリオン星域パラス星にて解析を受ける事になった。

 たった一つの小さな兵器が後に、自由惑星同盟270年の歴史における最悪の災厄を引き起こすとは、この時の同盟人は誰一人として気付く事は無かった。

 

 同盟軍の大規模遠征が失敗してから約1ヵ月後の帝国歴487年10月。銀河帝国中枢新 無 憂 宮(ノイエ・サンスーシー)を震撼させる事態がついに起きた。

 

 

 銀河帝国第36代皇帝フリードリヒ4世が急逝した。

 後継の新皇帝は決まっていなかった。

 

 

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