今回も頂いた感想が多いため、この場でお礼を申し上げます。
大体の感想は同盟に回収されたフォースについてですが、直ちに影響はございませんのでご安心ください。
皇帝フリードリヒ4世の死期は原作と変わりません。ナノマシンがあっても帝国は文化的に最新医療はどうしても忌避される点と、皇帝自身が長生きを求めなかったと解釈しています。あの世でお気に入りの若者達が忌まわしい帝国を叩き壊してくれる事を、友人のグリンメルスハウゼン老と一緒に楽しく眺めている事でしょう。あとイゼルローン要塞崩壊はケチだった親父の遺産を派手にぶっ壊した事にご満悦です。
帝国歴487年10月中旬。帝都オーディンは秋の最中にある。外套を羽織るにはまだ早くとも、長袖が必要になる程度に肌寒い風が吹く時期だった。草葉の先端も徐々に枯れが目立ち始め、旬のリンゴが市場に出回る。帝国民は採れたてのリンゴを焼き菓子のアプフェルシュトゥルーデルに使う。またはリンゴとキャベツのサラダ、ジャガイモと一緒にリンゴを煮るヒンメル、そのまま焼いて蜂蜜を掛ける素朴な焼きリンゴなどを家族や親しい人と楽しむのが平民達のささやかな喜びだった。
そんな何でもない日常も、突然の皇帝フリードリヒ4世崩御の報により、一瞬に崩れ去った。銀河中に悲しみを表す弔旗が掲げられて、人々は一人の老人の死に哀悼の意を示した。
彼の治世は必ずしも良き統治ではなかった。しかし悪くも無かった。それでも民は暮らしやすく、晩年には悪名高い劣悪遺伝子排除法を完全撤廃する、歴史に残る英断を行った事を帝国臣民は忘れていない。政治に無関心と思われた放蕩者と笑われる皇帝ながら、それでも民から惜しまれる君主だった。フリードリヒ4世はそのような男と言えよう。
ただの平民は皇帝への弔意を示すだけで済むが貴族は、こと帝国の中枢に近い大貴族ほど嘆く時間は許されず、すぐにでも動かねばならなかった。安穏と構えていては政敵に先を越されて、数代に渡って冷や飯食いになる。下手をすれば一族郎党罪科を着せられて皆殺しにされかねない。少しでも政治的工作を行い優位性を確保して、生き残る権利と次の時代の栄誉を勝ち取る事が求められた。
フェリクス・フォン・フレーゲルも皇帝崩御の知らせを自宅で受け、すぐさまブラウンシュヴァイク公爵一門として公爵邸を訪れた。サロンには家族の叔父一家と既に実兄が待っていた。
「来るべき時が来たとでも言うべきか。いや、予想よりかなり早かったな」
開口第一に叔父は覇気の無い声で嘆くように呟く。皇帝は公爵にとって義理の父にあたる。個人として義父の死を悼むのは当然だった。従姉妹のエリザベートも、急な祖父の訃報に泣き腫らした跡がある。不思議と皇女のアマーリエだけは無表情、あるいは押し殺した微かな怒りをフェリクスは叔母から嗅ぎ取った。
「叔父上、陛下は間違いなくお隠れになられたのですか?」
「間違いないぞフレーゲル。宮中に放った複数の間諜からの情報だ。フェリクスも宮廷医から連絡があっただろう」
「今日の未明にベーネミュンデ侯爵夫人の館で、心臓発作を起こしてそのまま眠るように逝かれたそうです。長年の不摂生が祟ったと同僚の医師が腹を立てていました」
真っ当な医師から見れば、再三の忠告を無視して酒に溺れる老人など、いくら皇帝だろうが許せないだろう。とはいえ患者が亡くなった以上は医者に出来る事は死亡診断書を発行して、正式な死因を公表するしかない。
「陛下が身罷られたのは嘆かわしい。しかし我々の嘆き悲しむ時間は少ない。陛下は次の皇帝をお決めになられなかった。遺言書も無い。つまりは、後継者争いを始めねばならぬ」
予想はしていたがなるべくなら外れてほしかった事実を突き付けられる。フェリクスもなぜ叔母が怒りを抱えているのか理解に至る。
誰が好き好んで妹一家と、甥とで血で血を洗う後継者争いをするというのか。しかも争いの火中に自分の娘を進んで放り込むほど、アマーリエは権力欲に溺れていない。このまま不自由なく生きて老い、娘の花嫁姿を見届け、孫が抱ければそれで良かった。それを父は放棄して、最後まで何も決めずに逝ってしまった。怒るなと言われても無理だろう。
そして次期皇帝候補に残ったのは皇孫エリザベートとサビーネ、それとエルウィンの三人。二人の孫娘にはそれぞれ父親が後ろ盾に付く。唯一の男孫のエルウィンには、精々養育者のベーネミュンデ侯爵夫人が後見役になるが彼女の実家はただの子爵家。どうしても大貴族出身の従姉妹には見劣りする。
オットー・フォン・ブラウンシュヴァイク公爵も一族の手前、毅然とした態度で挑まねば、一門や寄子貴族は自分を盟主として認めない。娘のエリザベートを至尊の椅子に押し上げる態度は見せねばならない。
エルウィンに関しては現時点で皇帝の可能性は低いが、養育者の侯爵夫人がフェリクスの謀略で潜在的な味方になっている。彼が万が一皇帝になっても、最低限の影響力は確保出来ると判断した。となると公爵一門が相対するのは、やはりリッテンハイム侯爵家だ。
自陣営の結束の強化は勿論の事、リッテンハイム閥を弱体化させるために、少しでも侯爵閥の家の引き抜きをしておきたい。宮中の官吏は基本中立でも、ある程度好意的に接してもらうために工作がいる。中立を決め込んでいる弱小貴族も、寄り集まれば力になる。少しでいいから飴を与えて取り込む。
「宮中の官吏は儂が担当しよう。フレーゲルはリッテンハイムに手を伸ばせ。フェリクスはベーネミュンデ侯爵夫人に、余計な事をしないように釘を差せ。それと治療を施した者の家に挨拶に行け。アマーリエはエリザベートと共に付き合いのある夫人をそれとなく味方に引き込んでおくように」
皇帝フリードリヒ4世は後継者を公言せず、遺言書も残さなかった。よって帝国は誰を皇帝にするかそう簡単には答えは出ず、昼夜を問わず揉めると予想される。たかが数日で決着が付くわけが無いので、粘り強く自陣営を強化して可能な限り優位を作っておきたい。
この後も各貴族にどれだけの利権という名の餌を与えて飼い慣らすか、非常に細かい取扱いの打ち合わせは続いた。
飴が鉱山の経営権や農業生産物の大口売買契約などで片が付くなら楽な方だ。後継者問題の仲裁、恒星系の相続問題、公的役職への口利き。それぞれの家が抱える問題を一つ一つ適切に対処する事で味方を増やす。驚くぐらい泥臭い交渉が貴族には求められる。公爵だからと言って、無理矢理相手を従わせては禍根が残る。可能な限り相手にも利を用意してやるのが一流の貴族だろう。
あるいは若い貴族ならエリザベートの婿の座をちらつかせて懐柔を図る事も平気でやってのけた。あくまで明言はせず、仮にしても婚約までに留めた。女帝の配偶者という夢を見させてやるだけで数十人の貴族が味方になるなら安い取引でしかない。
フレーゲル男爵は持ち前の交友関係の広さと相手の弱みを嗅ぎ分ける嗅覚で、交渉を優位に進める術に長けている。
フェリクスは医師として非凡な実力をもって多くの貴族患者を癒し、キュンメル男爵のように相手に何も要求せずとも向こうから進んで協力してくれる人徳がある。
公爵夫婦にとって、二人の甥は自慢の息子だった。
大方の貴族の対応は決まった。あとは公爵でも容易ならざる相手が残っている。
「リヒテンラーデ国務尚書はどう動くと思いますか?」
「あの爺はもう70半ばだ。エリザベートが帝位になった暁には後継者を尚書に据えると確約して、いい加減隠居してもらう」
叔父は簡単に言うがあの政治の妖怪が素直に言う事を聞くか。フレーゲル男爵は何か形振り構わない手を打ってきそうな不安がする。
フレーゲル男爵の予感は数日後に正しかったことが証明された。
なお貴族でもラインハルトの事は話題に出なかった。所詮姉のお零れで成り上がった軍人の俄か貴族。向こうから頭を下げに来れば仲間に入れてやってもいい。公爵にとってはその程度の存在だった。むしろフレーゲル男爵の方は意図的に口に乗せるのを避けていたのだろう。フェリクスも聞かれなかったから、敢えて自分から言い出さなかった。仮に聞かれたところで友人がどう動くか読めず、答えられないからむしろ良かったというべきか。
皇帝崩御より三日後。知らせは唐突に帝国中に知れ渡った。次の皇帝がエルウィンに決まったのだ。他家に嫁いだ皇女の娘を女帝に据えるよりは、ルードヴィヒ皇太子の忘れ形見で男児のエルウィンの方が皇帝に相応しい。過去の判例を並べた尤もらしい建前上の理由だった。
寝耳に水の発表に貴族の誰もが驚愕した。慣例なら後継者が決まっていない帝位は各尚書や大貴族を交えて議論に議論を重ねて、長期戦の交渉の末に決まるもの。それが国務尚書リヒテンラーデ侯爵が一存で決めてしまった。
国務尚書は帝国の公文書となる詔勅を発行する権利と、命令書に押す玉璽を生前のフリードリヒ4世から預かっていた。それを使って強引に後継者争いを治めた形になる。
あまりの強硬手段に大半の門閥貴族が怒り狂った。リヒテンラーデ侯爵が帝国の騒乱を憂う清廉潔白な貴族なら理解もしよう。そのような老人でない事は多くの貴族が知っている。
ブラウンシュヴァイク公爵、リッテンハイム侯爵の娘達が帝位に就けば、自ずと彼女達の父親の権力は強くなる。娘の代わりに実権を振るう摂政ともなれば、リヒテンラーデは地位を追われる。そうなる前に第三の孫エルウィンを早々に皇帝にしてしまった。全ては自己の保身のため、後ろから幼帝を操るつもりなのは明白。あまりにも見苦しく醜い老人の行為に、門閥貴族の不満は爆発寸前だった。
それでも暴力による排除を躊躇ったのは、隣に立つ男を警戒して慎重にならざるを得なかった。
アイスブルーの瞳を持つ美貌の青年ラインハルト・フォン・ローエングラム伯爵。宇宙艦隊10万隻を操る常勝の元帥。純粋な武力なら最強の軍人が番犬として政治の妖怪に飼われている。政と武、この組み合わせが強力な抑止力になって、貴族達の軽挙妄動を控えさせた。
リヒテンラーデ侯爵にとってローエングラム伯爵と手を組むのは賭けに近い。明らかに野心に溢れる狂犬を御し切れるか確信が持てなくとも、強大な門閥貴族に対抗するには毒と分かっても飲み干す覚悟があった。
自前の武力を持たず、宮廷の権力を持ったリヒテンラーデ。政治的権力は無いが平民階級の支持と圧倒的武力を持つローエングラム。両者は互いに足りない部分を提供する極めて打算的な取引相手として上手く噛み合い、幼帝エルウィンを要として第三勢力に躍り出た。
ここまでなら門閥貴族もギリギリ理性を保って、新皇帝の政治体制にどう食い込んで、中から切り崩す策謀を巡らせたわけだ。
ところが両者は早速幼帝の権威を私用して、リヒテンラーデは公爵になり宰相の地位を、ローエングラムは侯爵に爵位を上げ、宇宙艦隊司令長官に就任した。
幼帝エルウィンの即位式には、宰相のリヒテンラーデ公爵と武官最高位のラインハルトが輝かしい栄誉と共に新たな皇帝に侍る姿があった。ブラウンシュヴァイク公爵とリッテンハイム侯爵は、蚊帳の外から殺意を込めた視線を送る以外に何も出来なかった。
弱冠5歳の新皇帝は自らに深々と頭を下げる数百の貴族の大人を退屈そうに眺めている。時折隣に傅く母代わりのシュザンナの手を握ったり、玉座の上で欠伸をしていた。大人の都合による儀式など子供には価値の無い退屈な時間でしかない。それでも母が傍に居るから彼は耐えられた、妹のフレイアに弱い所を見せたくない強がりもある。
前皇帝の寵姫シュザンナ・フォン・ベーネミュンデは皇帝崩御の後、新皇帝をエルウィンに決めたリヒテンラーデに怒鳴り込み、陛下の残してくれた大切な子を政治の道具にする妖怪を公然と罵倒して詰った。彼は無礼な寵姫に怒りを覚えたが努めて冷静に、崩御した皇帝の寵姫は下賜された館を返却して
侯爵夫人は言われなくとも出ていくと言いかけたのを止めて、エルウィンの守役は続けさせろと反対に命じた。その際、侯爵の地位と皇帝より化粧代として下賜された複数の星系の荘園を全て国に返却するとまで言ってのけた。
ここまで言われてもリヒテンラーデは感情的にならず、持ち前の政治力を発揮して冷静に頭の中で算段を付けた。幼帝の精神安定剤代わりに政治力の無い女一人ぐらいなら傍に置いても影響は無い。星系数個分の取引なら釣り合いも取れる。他の寵姫への良い踏み絵に使えると結論付けた。
こうしてベーネミュンデ侯爵夫人改め養育係のシュザンナは宮廷に残る事を許された。フェリクスがそれとなく釘を差しても全く意味が無かった。
他の寵姫十名程は従来の慣例通り、近日中に宮廷の西苑から退去する予定だ。皇帝からは十分過ぎるほどの財産を与えられており、路頭に迷う事は無い。大抵は実家に帰って気ままに暮らすなり、再婚相手を見つける。皇帝のお手付きとあらば美貌も相まって伴侶は幾らでも見つかる。
グリューネワルト伯爵夫人アンネローゼもまた長年過ごした館を引き払い、弟の用意した館に移った。意図しない形だったが10年かかってようやく姉が帰って来てくれた事に、ラインハルトとキルヒアイスは大いに喜んだ。このまま幸せな日々がずっと続けばよい。二人の青年は心より願ったが、現実は決して穏やかな時を許してくれないのを知っている。
いずれ門閥貴族は武力を手に、幼帝を操り権勢を恣にする自分達を排除する。ラインハルトとリヒテンラーデは、むしろ貴族が暴発してくれる事に期待していた。その時は皇帝の勅を握る自分達が武力で反乱軍を叩き潰して排除すればいい。それまではこの同盟関係は十全に機能するだろう。
では従わない貴族を倒したその後は?―――使い終わった道具は破棄される。それだけの事だった。
ラインハルトは戦になれば己が勝つ事を疑っていない。しかしたった一つだけ懸念事項が常に頭の隅にある。
古い友人、フェリクス・フォン・フレーゲルの動向だけが気がかりだった。戦いとは戦略レベルの条件を完全に満たし、しかる後に戦術レベルで相手に勝つ。真っ向勝負なら百度戦っても全て己が勝つ確信がある。
しかし友が生み出した常識外の兵器群と相対した場合は話は別。異層次元航行法なる極めて自由度と隠密性の高い機能を持つ艦を使われると、初手で勝負が決まる可能性すらある。キルヒアイスの【バルバロッサ】も同様の手段を取れるが、開発者であるフェリクスが何らかの対抗手段を用意しているに決まっている。知らないルールを一方的に押し付ける相手と無策で戦うのはあまりにも軽率だ。
可能なら今からでも友を味方に引き込みたい。門閥貴族だからと言って全てが敵になるわけではない。事実、一人娘のヒルデガルドと懇意にしているマリーンドルフ伯爵は内密にこちらに付く確約をしてある。姉と交友のあるヴェストパーレ男爵夫人やシャウハウゼン子爵も、戦力に数えられずとも味方になってくれた。
フェリクスには共に戦ってくれとは言わない。せめて中立に立ってくれればと淡い期待をしても、友は倫理観が欠如していても家族愛が強い。爵位や公的権力に靡く事も無いから、損得勘定の取引に応じる事は万に一つも無い。
大きな権力を得るためにリヒテンラーデと組んだ選択自体は間違っていない。今更リッテンハイムやブラウンシュヴァイクに頭を下げた所で、使い走りか汚れ仕事でもさせられて処分されるのが目に見えている。そんな連中の風下に立つのは己の矜持が許さない。元帥府に集った諸将等もそんな姿を見たら失望して去って行く。
取れる選択肢の中でリスクはあれど一番旨味があったのは確かだ。しかし、どうあっても友と戦う選択しか残っていない事実に直面して、ラインハルトは生まれて初めて己の選択に迷いが生まれた。