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今回は本作で最も筆が乗った話です。
宇宙歴797年、あるいは帝国歴488年の初頭。天の川銀河の地球人類は毎年訪れる年の代わり目に、今回も立ち会えた事に安堵した。
昨年は帝国、同盟ともに激震の奔る年であった。自由惑星同盟は難攻不落のイゼルローン要塞を陥落させ、長年の悲願を遂に果たした。その勢いに乗り3000万人もの将兵を、帝国への大規模遠征に動員した。結果は見るも無残な敗退により、約半数の1500万人を失う大敗を喫するどころか、せっかく手に入れたイゼルローン要塞を破壊される致命的失態も重ねてしまった。現在の同盟は帝国に攻め入るどころか防衛にも手一杯。空白地帯になったイゼルローン回廊にヤン・ウェンリー率いる第13艦隊を常駐させて守護者とした。
艦隊だけでなく長期間の滞在にも耐えられるように、前線基地も急ピッチで建造が進んでいる。予算と納期の絡みから、かつてのイゼルローン要塞と比較するのも烏滸がましい小規模な天体だった。直径は約10km、最低限の生活を維持するための水や食料栽培プラント、軍艦を整備するためのドック、病院のような必要不可欠な施設だけを用意したに過ぎない。最悪いつでも放棄出来るような、使い捨ての出城であって、恒久的な要塞は必要とされなかった。同盟も薄々分かっているのだ。帝国が回廊を通らずに直接帝国と同盟領を繋ぐ手段を手にしていると。いずれ回廊すら不要になる新たな時代が到来するだろう。ただ、それはまだ少し先の話だろうと軍や政府上層部は楽観的に構えていた。
何しろ帝国は同盟以上の大地震に見舞われている。皇帝フリードリヒ4世の急逝により帝国全土に雷鳴が轟き、驚天動地の大政変に見舞われた。
次の皇帝はまだ6歳の幼児。しかも宰相の独断により皇帝に就いたという。素人でも今後、帝国は宰相と大貴族たちが引き起こす騒乱により、二分三分する勢力に分かれて相争う未来が予想された。
内乱ともなれば、帝国は外に構っている余裕など無くなる。同盟は戦力を回復させる貴重な時間を稼げる。
加えて帝国から互いに抱えている捕虜の交換を同盟に打診してきた。これは明らかに帝国が中から揺れている証拠だった。同盟政府も捕虜交換には乗り気だった。捕虜はすぐに兵士に復帰出来る。兵士が帰ってこればその家族は政府首脳部に感謝して、その分の票田が増える。帝国の捕虜を食わせる経費が削減出来た。良い事尽くめだったため、同盟は提案を受け入れて200万人の捕虜を互いに解放する手続きを進めていた。
新年から目まぐるしく変わる世情でも、さして外界に興味を示さず黙々と働く人々もある場所には居るものだ。
自由惑星同盟首都星ハイネセンより離れ、イゼルローン回廊とも距離のあるバーミリオン星域。その中にあるパラスという1000万人規模の可住惑星に、軍管轄の研究所がある。首都から離れた緑豊かな自然環境にそぐわない無機質な人工物が合理的に並ぶと、アンバランスさに眉を顰める者は多い。
作った側からすれば、適度に辺鄙な場所の方が何かあっても被害は抑えられるので、人が寄り付かない自然豊かな方が都合が良かった。つまるところ危険な代物を扱う隔離施設なのだ。そのような場所で働く者は必然的に軍の技術士官か、民間の技術者が軍に雇われる軍属しか居ない。軍属の技術者となると往々にして外の情勢に興味を示さず、黙々と屋内で研究を続ける出不精な連中ばかりになる。外部の人間からは新年すら延々と研究に没頭して呆れられるが彼等は仕事に満足しており、こと数ヵ月前に持ち込まれた未知の兵器の解析にご執心だった。
今日も今日とて所内の隔離区画では、解析班の職員達が緑色の球状兵器『フォース』の傍でパソコンと睨めっこしている。
碌に洗濯もしていない汚い白衣を纏った職員は例外なく髪の毛はボサボサ、無精髭をほったらかし。目の下には隈が出来て、明らかに不健康代表のようなナリをしていても、目だけは血走ってギラついているのが酷く気味が悪かった。どこに出しても恥ずかしい模範的な研究員の姿だった。
そこに一人の比較的身なりの整った同じく白衣姿の中年男性が入って来た。
「よう、フォースの作業は進んでいるか」
「結構良い感じですよ課長」
「上が痺れを切らして催促の嵐だ。そろそろ目に見える結果を出してくれよ」
「分かってますって。ただ、プロテクトが馬鹿みたいに固くて数が多いんだからしょうがないでしょ。上はすぐに何でも分かると思ってるんですかね」
解析班の主任が上司の技術課長に弁明する。課長も新年休暇返上で作業をしている現場の実情を知っているから、緩く宥めて落ち着かせる。どこの組織も中間管理職というのは上と下の板挟みで辛い立場だった。
パラスの軍研究所に帝国の新兵器が運び込まれてから既に三ヵ月。同盟は帝国に随分押されているため、上層部は早急な新兵器の解析が状況を打開すると信じている。技術者達への催促が激しいのは期待と焦りの裏返しだった。事実、先にある程度解析が終わったR戦闘機の超性能には目を見張るものがあった。R戦闘機はまだ既存の兵器と似た思想から作られており、原形を留めていない残骸からでも装置や機構もある程度憶測が立てられて、技術的フィードバックもしやすい部類だ。
代わりにフォースの方は当初は用途すら判明せず、何もかもが手探りの状態から始めなければならなかった。前線の戦闘記録と機体側の装置を解析した結果、ある種のレーザー兵器兼防御兵装というのは分かっていても、エネルギーを生み出す機構や光学的増幅の原理がさっぱり理解出来なかった。
ひとまず制御機構らしき四本の機械のロッドを一本外して解析する所から始めて、技術者全員がまず絶句した。コントロールロッドという名称の機械は、人間の脳神経が使われている事が判明して、帝国の技術者のイカれっぷりが知れ渡った。
所々に開発者らしきフレーゲルという人物の署名が入っていた事から、諜報部が情報を仕入れて貴族なのも事も分かっている。帝国では非常に有名な人物で、数多くの発明を世に送り出した天才技術者兼医師らしい。まだ20歳過ぎらしいが10歳程度でナノマシンを開発して、博士号も4つ持つ数百年に一人の天才。主任は一度お目にかかってみたいと思った。
ともかくそんな倫理観を放り捨てた天才が手掛けた兵器の解析がスタートした。制御ロッドを一本取り外したフォースに、親機のR戦闘機が使用している操作端末と似た原理のレーザー通信型の非接触コードを―――接触したあらゆる物質が消失する性質から―――取り付けて中身の解析を開始した。
中身がすぐに判明すると思われた技術者達の期待は脆くも打ち砕かれる事になる。防御プログラムのプロテクトがあまりに強固なのと、数が膨大だった点だ。これまでに解析班が解除したプロテクトは百に届く。そのどれもが高難度に組み上げた障壁として立ちはだかり、まるで手作業で山脈に穴を掘ってトンネルを開通させるような絶望感を強いられた。かといって投げ出す事は技術者のプライドに関わる。彼等は不眠不休で一つ一つ丁寧にプロテクトを解除していき、ようやく山を穿つ手応えが出始めていた。
「しかしこうまで執拗に中身を守ろうとするのは何ででしょう。こいつらは兵器なんだから戦場で壊れて当然の代物なのに」
「さあな。同じ技術者でも貴族の考える事なんて分からんよ。ご丁寧にこんな注意書きまでびっしり記載して」
技術課長はウィンドウに表示したコントロールロッドにびっしりと書かれた文章を、呆れながら流し見する。
本兵器に不用意に触れてはいけません。死亡ないし怪我を負っても製造者は責任をとりません。
分解および改造を自分で行わないでください。重大な事故が発生しても責任を取りません。
非公式、非合法の手段で入手した場合に起きた事故は一切の責任を負いません。
本兵器はフレーゲル技術研究所の職員の下、正規の取り扱い法を厳格に指導しています。正規の手順以外の作業により事故が発生した場合、責任を負いません。
本兵器を用途外の使用法で用いた場合に発生した損害、事故の責任は負いません。
本兵器を拾得した場合、決して触れずにただちに帝国のフレーゲル男爵領か技術研究所に連絡を入れてください。同盟の方はフェザーンのレムシャイド高等弁務官にご連絡してください。通報後速やかに回収に向かい、通報者には多額の謝礼をお約束します。
その他諸々。
兵器に記載する文章ではない、まるで家電製品の説明書の警告文か免責条項である。しかもご丁寧に帝国公用語と同盟の言語、両方を記載してあった。同じ帝国ならともかく同盟がこんな条項を守るわけが無いのに、無駄な事をすると最初は失笑が起きたものだ。
その後三ヵ月も顔を突き合わせてプロテクト解除を続けると、失笑は強い興味へと変換された。一体何を恐れてここまで偏執的に中身を見せたくないのか。好奇心は強くなる一方だ。
隔離区画の職員達はそのままプロテクト解除に悪戦苦闘。短い休憩と食事を流し込んで、黙々と作業を続ける。
そして深夜まで作業が続き、一人の職員から歓声が上がる。三ヵ月掛かってやっと全てのプロテクトの解除をやり切った。
解析班は口笛と拍手で覆われる。主任は早速技術課長に連絡を入れて、寝ている所を叩き起こされた課長は怒りを抑えて彼等をまず労った。
「さーて、これからが本番だぞ。お固い緑のドレスの美人さんはどんな素顔をしているんでしょうね」
主任の言っている事はまるっきり変態で気持ち悪かったが、解析班全員が疲労と興奮でハイテンションになっていて誰も突っ込みを入れない。
これまでプロテクトというヴェールに隠されたフォースの内部構造がウィンドウに映し出された。
収束したエネルギーの中心部、そこに何かが蠢いている。研究者は首を傾げて何度か目を擦ったり、眼鏡を拭いて自分の目を調整する。
「なんだこれ生き物か?」
「おいおい冗談だろ。映像を拡大補正してみよう」
高度な兵器の中枢は何らかの生物だった。人間を材料にしたコントロールロッド以上の衝撃と興奮を抑えきれない。
歓喜を滲ませて甲殻生物のような物体に解析用透過レーザーを照射した瞬間、隔離区画内に警報が鳴り響き、保安部から動揺した声で緊急メッセージが流れる。
「基地中枢のシステムが内部からハッキングを受けている!―――侵入地点を特定した!これは隔離区画の解析室だ!最寄りの者は全てのコンピューターをシャットダウンせよ!繰り返す―――」
「ここかよ!?」
やられた!フォースを作った奴は不正規手段で全てのプロテクトが破られるのすら想定して、最後の手段を残してあった。最も無防備な内部からシステムにダメージを与える気だ。
解析班は急いで手当たり次第にパソコンを停止させるか、強引に電源コードを引き抜いて、これ以上の侵食を防ごうと努力した。
彼等の行動は全くの無駄だった。コンピューターのウィンドウは意味不明な【BYDO】なる単語で埋め尽くされ、フォースは緑色の光を強くしながら膨張を始めている。
異常事態は留まる事を知らない。咄嗟にフォースを緊急用の隔壁で閉じ込めたものの、空しい努力のように嘲笑い、緑色の光が解析室を満たしていく。
何もかも異常な現象が世界を埋め尽くす中、解析班の主任は長年の経験から直感的に全てを悟った。これは敵への対策なんかじゃない。中に閉じ込めてあったモノの本能だ。異常なまでのプロテクトは、外からの攻撃から守っていたのではなく『中身を外に出さないため』の檻でしかなかった。
あのフォースは機械でも生き物でもない。人類の理解が及ばない『悪魔』そのものだ。
フレーゲルとかいう狂った馬鹿野郎が『悪魔』を機械の中に押し込んで、無理矢理兵器として使っているに過ぎない。
ふざけている。こいつを便利な兵器として運用するなんて正気とは思えない。冗談じゃない何もかも狂ってしまう。こいつを解き放ってしまえば世界が終わる。
ここで主任の精神は途切れた。彼をはじめ、研究所に居た者全てがこれ以降ずっと悪夢を見る。決して覚めない【バイド】という名の悪夢に囚われ続ける。
宇宙歴797年、あるいは帝国歴488年1月。同盟領内バーミリオン星域の惑星パラスは1000万の住民と共に永遠に悪夢の檻に閉じ込められた。
悪魔の住処と化した戦神の星が解き放たれる時は果たして来るのだろうか。
この話を書くために【銀河腐れ伝説】を構想したと言っても過言ではありません。
バイドっていいね。