多くの感想ありがとうございます。今回も頂いた感想が多いため、この場でお礼を申し上げます。
では読者のみなさま、ゆっくりバイド化していってね!
新年を祝う各貴族のパーティー外交も1月中旬にもなれば少しは落ち着きを見せる。ただし例年ならと但し書きが付く。
今年は新皇帝の戴冠に伴い、政治的パワーバランスが著しく乱れた。新たな皇帝に侍る宰相リヒテンラーデ公爵と、武門の頂点ローエングラム侯爵に宮廷から締め出された多くの貴族は盛んにパーティーを開いて、情報交換と謀略の協定を組むなど、暗躍を一層活発化させた。
幼帝を意のままに操り、我が世の春を謳歌するリヒテンラーデ=ローエングラム陣営に不満を持つ門閥貴族の二大巨頭の片割れ、ブラウンシュヴァイク公爵も毎日のように煌びやかなパーティーを開いて積極的に味方を作り、また一門の結束を内外に示す意味もあった。
連日のパーティーはさしもの公爵も疲労が溜まっていても、リヒテンラーデ公爵への怒りが肉体を凌駕し、様々な政略を考えては着実に味方を増やしている。
公爵にとってリヒテンラーデは不俱戴天の仇になった。当初は娘を女帝に押し上げる欲は、一門へ見せるだけのフリだった。よしんばエリザベートが戴冠レースに負けても、それなりのポストを用意してくれるなら身内への言い訳も立った。
しかしあの権力に執着した妖怪は自分やリッテンハイムに一切配慮せずに中央政界から締め出した。これでは公爵一門を抑えられない。強制的に武力を用いた決起に追い込んでくれた妖怪爺への殺意は既に限界を超えていた。
今も来月に向けた名画オークションの準備を進め、数千の貴族を招待する腹積もりだった。売り上げの一部は貧困に喘ぐ平民用の救貧院や病院の運営費などに充てられる。社会的弱者への施しも貴族の立派な仕事だ。無論それは隠れ蓑であり、単なるオークションにはならない。ライバルのリッテンハイム侯爵すら抱き込んだ、反リヒテンラーデ=ローエングラムを掲げる一大貴族連合の決起集会を開くつもりだ。
そこで帝国を憂う良識ある貴族は密かに署名して、強固な盟約による軍事連合を組織する。これらの発案は公爵の甥フレーゲルから出た。
その日も帝都オーディンの公爵邸のサロンで、ブラウンシュヴァイク公爵は二人の甥と今後の打ち合わせに勤しんでいる。貴族に送った招待状は軽く6000通を超える。返信の手紙の確認だけでも気が遠くなる作業になった。それは家臣が行うが名簿の確認は家の者がしなければならない。
「オークションに来る貴族はどれぐらいになる?」
「ざっと見て七割が参加を受諾しています。思ったより日和見が多いですね」
ブラウンシュヴァイク公爵は鼻を鳴らした。帝国貴族の聖なる責務を放棄して、自らの安寧だけを気に掛けるとは嘆かわしい。
叔父はそう言うが本気でリヒテンラーデ公爵とラインハルトを取り除こうと考える貴族は三割も居まい。たとえ幼帝を操る両貴族を排除した所で、多くの貴族は直接的な恩恵には与れない。大抵は周囲に流されて何となく参加するか、寄り親の大貴族に逆らえずに強制参加に近い貴族ばかりだろう。あるいは一人だけ参加しないと後で付き合いを断られて孤立する。死んだクロプシュトック侯爵のようにはなりたくないから、仕方なく参加する貴族も多い。
反対に一部は積極的にリヒテンラーデ=ローエングラム陣営に走る貴族もいる。貴族の数は圧倒的にブラウンシュヴァイク=リッテンハイム陣営が多くなるが、リヒテンラーデ公爵が国璽を握り宮廷を取り仕切っているのが思ったより効いている。加えて常勝の将ラインハルトの抱える宇宙艦隊の存在もある。勝敗が拮抗すると見て、貴族が少なく取り分が多くなる幼帝を抱える陣営に走る貴族も意外と居る。マリーンドルフ伯爵もその一人だった。というより伯爵は早くからラインハルトと懇意にしていた為、最初からオークションに呼んでいない。彼に選択肢は無く、娘のヒルデガルドにも説得されて、公然と協調路線を歩んでいる。
伯爵の甥にあたるキュンメル男爵などは、血筋で言えば伯爵らと同調してラインハルト陣営に居てもおかしく無いが、彼はフェリクスの医療に命を救われた恩義があり、早々にブラウンシュヴァイク公爵閥、というよりフェリクス個人に付き従っている。他にもそれなりの人数の貴族が治療を受けた恩義に報いるために、明確に立場を表明している。
着々と帝国は二つに分かれて、近いうちに武力をもって両者はぶつかるだろう。貴族連合も各家の私設軍を供出して連合軍を組織する。そのためには雑多な軍を統率する優秀な将が必要になる。
当初ブラウンシュヴァイク公爵はリッテンハイム侯爵と共に、元宇宙艦隊司令長官のミュッケンベルガー退役元帥にその役を任せようとした。しかし彼は既に引退した身として、申し出を丁重に断った。
すげなくミュッケンベルガーに断られた両者が次に目を付けたのがメルカッツ大将だった。純粋な用兵家としての実力はミュッケンベルガーに匹敵する評判の老将を総指揮官に据えて、成り上がりの
メルカッツ大将の他にも、リッテンハイム閥のオフレッサー上級大将が早期から反ローエングラムを表明して、彼の部下の装甲擲弾兵も多くが連合に参加する。
実はその前にフェリクスが総司令官に着任してはどうかと叔父から勧められた。階級も中将と艦隊を率いるには十分であり、実戦経験もある。叔父の後押しと何故かリッテンハイム侯爵も乗り気になり、一度は決まりかけた。
しかし当人が断った。
「総司令官は時に身内すら切り捨てる冷徹さが求められ、命じられる側も納得するだけの覚悟が求められます。例えば私が兄に戦って死んで来いと命じるには覚悟が足りません。兄もそんな命令は聞けないでしょう。それにローエングラム元帥との友好関係は多くの貴族が知っています。きっと彼等は私を信じ切れない」
この主張は周囲も頷くしかなかった。ちなみにリッテンハイム侯爵が乗り気だったのは、総司令官にしかるべき地位と両家の友好の証として娘のサビーネの婚約者に取り立てる考えがあったからだ。内情はフェリクスを優遇してブラウンシュヴァイク一門に亀裂を入れて、自分の陣営に引き込む謀略の一つである。貴族の好意を額面通り受け取ってはいけない。それでも娘の婚約者の件は謀を抜きに割と本気だったらしいが。
そんなわけで貴族連合総司令官フェリクス・フォン・フレーゲルは立ち消えたが、いざ戦場に立てば艦隊司令官として1個艦隊を率いる事になる。内心友人達と戦うのは避けたかったが避けられぬとなれば全力で殺すしか己が生き残る道は無い。よって資源衛星の工廠では急ピッチで軍艦建造とR戦闘機の生産を進めて、少しでも戦力の拡充に努めた。
ただ一度戦いを避けるために、フェリクスは過去にリヒテンラーデ公爵を暗殺でもしたらどうか叔父に進言した事があった。
「その手段はあの妖怪にお似合いでも粗忽だ。戦は一時的に避けられても、今度はリッテンハイムが糾弾して儂を卑怯者と罵って引き摺り下ろすに違いない。清濁併せ持つのが為政者でも、率先して名誉を汚すのは三流のする事よ。公爵ともなれば時に堂々と戦わねばならん。窮屈と分かってはいるのだがな」
叔父なりの貴族の名誉を前面に出されては、フェリクスも納得せざるを得ない。
同じことを具申した公爵家所属のシュトライト准将は、怒声をもって追い払われた。息子同然の甥は柔らかく諭しても、家臣にはそこまで優しくは無い。彼なりの忠義のつもりだったが高位貴族の矜持までは察せず、却って煙たがられる残念な結果になった。
どうあっても帝国は内乱を避けられそうにない。戦と栄達に興味が無いフェリクスにとっては気が重い毎日だった。
オークションの打ち合わせも一通り終えて、休息に酒や茶を飲んでいると、屋敷の侍従が小走りにサロンに入って来た。彼はフェリクスにフェルナー准将からの急報を伝えに来た。
部屋の隅のTV通信で何かを話したフェリクスは幾つかの指示をフェルナーにして、厳しい顔で席に戻り、空のワインの瓶を握って力いっぱい壁に投げつけて怒気を露にした。瓶は無惨に砕け散って破片が床に散乱する。
「クソがっ!時期が悪すぎる!」
怒りで当たり散らしたフェリクスを初めて見た公爵達は、声を掛け辛く成り行きを見守る。
彼は大きく息を吐き、激情を一旦落ち着けてメイドに砕けたガラスの掃除を頼んだ。
そそくさと片づけを始めるメイド達をよそに、フェリクスは叔父と兄に申し訳なさそうに深々と頭を下げる。
「申し訳ありません、私は此度の戦に加わる事が出来なくなりました。不肖な身をお許しください」
翌日、ラインハルトはフェリクスからの突然の訪問を受けた。帝国に騒乱が起きる直前、門閥貴族の重要人物の面会はローエングラム元帥府に、様々な憶測と緊張感を生み出した。
一部の将官はローエングラム伯爵の暗殺を企てていると推測して武装兵の配置を進言するも、それはミッターマイヤーとロイエンタール等が否定した。
「あの先生は暗殺などと卑劣な真似はしないさ。大方仲を取り持って武力衝突を避けるよう説得しに来たんだろう」
「あるいはローエングラム伯の懐柔か。奸臣リヒテンラーデ公爵を共に討って、帝国の実権を分け合う取引でも持ちかけるか」
ともかく念には念を入れて所持品の検査は行い、安全を確認してフェリクスは執務室に通された。
急な来訪にもかかわらずラインハルトは快く歓迎した。当然のようにキルヒアイスも同席して、従卒の少年兵がコーヒーを用意する。
フェリクスはコーヒーに角砂糖を10個ほど入れて甘ったるくして飲み、友人二人は相変わらずの味覚に苦笑した。
「今日はどうした。俺への降伏勧告にでも来たか」
「貴方なりの冗談ですか。残念ながら全くの別件ですよ。同盟領に行くのでキルヒアイスを艦隊ごと貸してください」
数秒、沈黙が執務室を支配した。言うべき事は数多くある。普通なら門前払いをするような発言でも、友人が決して無益な行為をしないのは知っている。おそらく謀でもない。余程窮した状態にあるのは顔を見れば凡そ察せられた。
一先ず理由を聞く事から始めた。
「同盟領のバーミリオン星域の惑星で極めて重大な生物災害が広がっています。放置した場合、宇宙空間を飛び越えて汚染が超広域に拡大するでしょう」
「なぜそれを卿が知っていて、自ら動く理由は後で聞こう。キルヒアイスと武力が必要な理由は?」
「艦隊は同盟が作戦行動を妨害しないように抑止力として必要。キルヒアイスは捕虜交換の総責任者になっているでしょう。そんな人物を交渉役に出せば、多少なりとも同盟も冷静に対応する。これが理由です」
多少は納得のいく理由に二人は思考を巡らせる。生物災害というのは疫病の類と解釈して、それが宇宙空間すら超えて伝播するのは素人でも脅威なのは分かった。フェリクスは補足のために汚染された場合、100%助からない事と3年も放っておけば同盟全域を全滅させて、さらに1年あれば帝国も同じ目に遭うと無情な結末を口にする。それと持ち込んだ汚染のサンプルデータを映像で見せて、放っておく危険性を突き付ける。
ラインハルトもさすがに驚愕を隠せない。正常なラットが急速に醜悪な肉塊へと変貌していく経過を見せつけられて、人間も同様の姿に変えられると想像して、生理的嫌悪感と恐怖心で微かに震えた。同時に、友人が動くとなれば適切な対処法を持っている、確信と安心感があった。
「それでなぜフェリクスがイゼルローン回廊の向こうの出来事を私達より早く把握して、そんなサンプルデータを持っているんです?」
「私が作った『人工生命体』だからですよ。貴方の座艦【バルバロッサ】の動力炉に使われています。それを同盟が非正規に入手して取り扱いを誤ったのでしょう。知っているのは何年も前からこっそり同盟領にセンサーと通信機器をばら撒いて、いつでも察知出来るように備えていたからです」
二人はフェリクスの用意の周到さと、こんな危険極まりない物を作った狂気を複雑な目で見る。特にキルヒアイスは自分の艦にこんな訳の分からない物が使われているのに恐怖する。
放置しては同盟と帝国関係無しに無差別に汚染は拡大する。対処は必須と理解もする。ただし、貴族連合との戦が近い時期に、軍の要の副将が不在になるデメリットは極めて重い。
ラインハルトは時期の悪さから内心断りたかったが、一つ利益を見出して条件付きでフェリクスの頼みを了承した。
「卿は事が済んでも、我々と貴族共の戦に決着が付くまで関わるな。今から貴族軍に卿が作った兵器の供給も禁ずる。この条件を飲むならキルヒアイスと艦隊を貸し出そう」
フェリクスは考え込む。一つ目の条件は最初から想定していた。仮に早期に同盟領の滅菌作戦が完了しても、戻って来れば拘束を受けるのは叔父や兄にも前もって話してある。
問題は二つ目の条件だ。現在技術研究所の工廠で建造している既存のヘイムダル級戦艦や新型艦を一門に供給する予定だった。それが出来なくなると戦闘力に乏しい貴族連合は一気に戦力的に厳しくなる。既に実家の男爵私設軍に配備した軍艦は条件から除外されるが、大半の艦は量産化と操作の簡略化のために一部の機能をオミットして、異層次元航行法は使えない。例外は兄に譲ったヘイムダル級1隻のみ。そうなると通常戦力と大差無い。
ヘイムダル級は既存艦を大きく凌駕する超戦艦でも、扱うのが素人の兄では戦況に大きな影響を与えられない。下手をせずとも負ける可能性が非常に高くなる。自ら選んだ戦いの道でも家族が死ぬのは辛い。
選択は二つ。ラインハルトの条件を飲んで、戦力を借りて同盟のバイド汚染を早期に片づける。叔父達は高確率で敗北して死亡。
もう一つは断って、自前の戦力だけで同盟領に行き、同盟軍と戦いながらバイドを駆逐する。出来なくはないが相当面倒になり、最悪被害の桁が一つ二つ増える。代わりに兵器供給を受けた叔父達が勝つ可能性が高くなる。
同盟の人間がどれだけ死のうが関心は無いが、紛い物とはいえバイドを放置するのはあり得ない。グズグズして異層次元に逃げられたら殲滅は極めて難しい。
迷う理由は無かった。フェリクスはラインハルトの取引を受け入れて、キルヒアイスと共に同盟に向かう。
出発はフェリクスが呼び寄せた艦艇とR戦闘機がイゼルローン回廊手前のアムリッツァ星域で合流出来るように五日後とした。