同盟政府最高評議会の領域航行許可の下りたキルヒアイス艦隊は予定通り、朝8時にバーミリオン星域に向けて出立した。ヤン率いる第13艦隊も監視の名目で半数の6000隻を連れて共に向かう。
イゼルローン回廊の駐留艦隊が半減するのは用心が足りないように見えるが、来月に捕虜交換式を控える中で帝国が武力侵攻はしないと判断した。それ以前に内乱寸前の帝国には同盟に構っている余裕が無い。
回廊からバーミリオン星域まではワープを駆使して急いでも5日は掛かる。その間に同行する帝国同盟の両者は、少しでも情報交換と意思疎通を密にして歩調を合わせる必要があった。
当然フェリクスが提供した『人工生命体』の資料では、情報が足りないと同盟側から不満が噴出した。実際、内容は『不用意に触れるな。中身が溢れたら波動砲で消し飛ばすか、フォースをぶつけろ』ぐらいしか基本情報が無い。汚染が確認された時点で艦の作業員等の滅菌処理による殲滅まで許可されているのには、同盟の主だった士官は例外無く言葉を失った。
加えて、同盟には対抗手段らしき波動砲とフォースが存在しない。これではまともな作戦行動など叶わないと判断した同盟幕僚はヤン大将に、帝国との意見交換会を開くように頼んだ。可能なら兵器の貸与ないし技術供与を交渉で引き出す色気があった。
フェリクスもどうせ提供した資料では同盟も満足しないと分かっていたから、相手の要請に応じた。会議の場は座艦のアングルボダ級宇宙母艦【ターキッシュ・デライト】だった。
同盟第13艦隊から主だった将官と幕僚らが連絡艇に乗って会議場となる帝国の宇宙母艦へと向かう。彼等は異形の艦艇に近づくにつれて、得体の知れない艦への拒絶心を抱く。
全長4000mの円柱型の艦体。他の軍艦と異なり、純粋に艦載機の運用に特化する肥大化した宇宙母艦。同盟最大の軍用艦の輸送艦ですら全長2500mなので、如何にこのアングルボダ級宇宙母艦が規格外の巨艦か分かる。艦内には艦載機が最大200機搭載可能と聞く。
「さしずめ凶悪な雀蜂を多数抱える蜂の巣。もしくは悪魔の館だな」
小艦隊の提督の一人が鋼色の円柱を差して、そのように表現した。彼は帝国領遠征終盤のイゼルローン回廊での戦闘で、R戦闘機に乗艦を大破させられたが生き残った。その時の死の恐怖がR戦闘機を悪魔と認識させた。
悪魔の住処に招かれたヤン提督を筆頭とする同盟軍人達は、艦内を走る無人列車に乗せられて艦内の大会議室に通された。
部屋には既に帝国艦隊の関係者が揃っている。デスクの中央には悪魔の首魁フェリクス・フォン・フレーゲル中将、その両隣をキルヒアイス大将とグリルパルツァー中将が固める。その他にも艦隊幕僚が幾人か居た。
二十数名の高級軍人達は挨拶もそこそこ、席に就いて対峙する。両陣営には友好的な雰囲気が存在しない。互いに先日まで殺し合っていた仲に加えて、現在は同盟から見ればバーミリオン星域を地獄に変えた諸悪の根源、帝国から見れば不用意な行動で余計な仕事を増やした間抜け共。両者の隔意は埋まる事が無い。
会議は最高責任者のフェリクスの言葉から始まった。ただし、初手から彼は同盟側の神経を逆撫でする発言を放った。
「最初に定義しておきますが、同盟軍の方々は戦力と見做していません。生態系の汚染源と思われる惑星パラスには、我々の部隊が突入します。皆さんは道案内と監視役に徹してもらいます」
言外に作戦の邪魔になるから脇にすっこんでいろ。中将とはいえ20歳を過ぎた若造に、冷酷に突き放された同盟軍将官の幾人かは怒気を纏う。
「それは我々に『人工生命体』とやらを撃破する手段が無いからですか。例えば核兵器やビームでは有効打に成り得ないと?」
「そうですヤン・ウェンリー大将。同盟側だけでなく、帝国艦隊にも『人工生命体』、面倒なので『BR』と呼称しますが、アレは通常兵器では滅する事は叶いません。同種の材料を用いたフォースか、波動粒子を用いた波動兵器で単一粒子レベルにまで分解して、初めて生命活動を停止させられます」
同盟の軍人に動揺が広がる。元よりまともな生命体とは思っていなかったが、人類が生み出した最上位の兵器である核兵器や中性子ビームが決定打に成り得ない生命体が存在するとは予想だにしていない。おまけに粒子レベルでも生存活動を可能にする生命体など聞いた事も無い。
「ふざけている。なんだそれは」
同盟の将官の一人が呻く。会議場の面々の大部分は彼の心境に同意する。
「事実としてご理解頂きたい。では『BR』とはどのような特性を持つ生命体か概要の説明に移ります」
空間ウィンドウに投影した資料と共に、フェリクスは説明を始める。
人工生命体
同盟側が遭遇した軍事兵器やライフラインの暴走は、BRによる干渉と汚染である。およそ兵器と呼べない街の公共設備すら、理解不能な殺戮機械へと変貌させる。
生態系の汚染も同様であり、原形を留めない生命体の変異もまたBRの普遍的性質である。
「なぜそのような性質を持つ生命体なのです?」
「生命の根幹は繁殖する事だからです。バイ…BRにとって有機物・無機物に隔たりは無く、全て餌であり、材料であり、子宮であり、殻であり、兵であり、戦力になる。この性質を利用した超高効率な増幅装置、あるいは防御兵装として調整したのが貴方達が回収した―――」
空間ウィンドウに四本の制御ロッドが付いた緑色の球状兵器が映し出される。次元兵装フォースである。まさかあの正体不明の兵器が生命体とは、この場に居る同盟軍人は誰一人として想像だにしなかった。帝国軍人が事前にフェリクスから情報を提供された時と同様の反応でもある。
「―――フレーゲル中将に伺います。このBRとやらに汚染された生命はどうすれば元に戻るのでしょうか」
同盟の佐官の一人が挙手と共に質問する。軍人として敵への対処は重要だが、同じぐらい被害を受けている同国人への救援は優先される。
しかし第一の専門家の回答はあまりにも慈悲が無かった。
「ありません。汚染が確認された場合、速やかな対処が求められます。一切の躊躇無く処理してください。倫理とか人道など微塵も考えずに」
「で、ですが治療などすれば回復する可能性は―――」
「無いです。アレはそんな甘い生命ではない。たとえ元が同僚であれ幼い子供であれ、汚染されれば『元が』何かなど考える必要すらない。徹底した滅菌処理による『殲滅』こそが唯一の対抗手段。無駄な思考は次なる汚染体の増殖に繋がり、被害の拡大の助けにしかならない」
あまりにも感情の無い対処法には、さすがに同盟側から敵意が滲む。元はと言えば作ったのは貴様だろう。多くの同盟人の瞳が悪夢の創造者を射抜く。
現時点で惑星パラスに残った住民は諦めろ。それどころか避難民の中には知らずに汚染されている者が居るから、一部の部隊を派遣して処理すると提案した事で、会議場の空気は一気に殺気立つ。前もってブラスター等の火器を預けていなければ、血の気の多い同盟軍の将がその場で手に触れていたかもしれない。
フェリクスに言わせれば、滅菌処理はむしろ汚染された人間への最期の慈悲である。生命の尊厳を踏み躙られて、狂気に侵されて異形と化した犠牲者へのせめてもの手向け。悪夢に囚われた魂を解放する唯一の手段がこの世からの抹消なのだ。
それだけではない。多方面で自己増殖したバイド汚染体群は、放置すれば爆発的に勢力を拡大する。汚染勢力を放置すればバイド汚染体が際限なく増殖する。そうなっては将来的には、この銀河を飛び越えて宇宙全体がバイドに満たされる。それだけは如何なる犠牲を払ってでも阻止せねばならない。
幸い現段階では常軌を逸した現象は確認されていない。生態系の変異だけで空間汚染も無い。ごくごく初期段階の増殖に留まっている。これがオリジナルのバイドならとっくに次元干渉が行われて、広域空間汚染による異層次元形成に伴い、複数の天体が隔離空間に取り込まれている。異層次元空間は日に日に肥大化して、数日以内にバイド中枢そのものが複製を生み出しただろう。
意図的に増殖性能と攻撃性を弱めた
殺気立つ同盟軍人の中で感情に流されなかった数少ない面子の一人、ヤン大将は汚染の効果範囲への詳細を尋ねる。
「直接接触による汚染はどうしようもないですが、宇宙空間における粒子の伝播程度なら、フォースが全て吸収します。よって我々と行動を共にしている方々の広域汚染の心配は無いと言っておきます。ただし、R戦闘機や一部の艦艇に施してある対汚染処理が無ければ、戦闘は極力避けてください」
「それで最初に道案内と監視役に徹しろと言ったんですね」
「そうです。現状の我々にあるBRへの効果的な艦艇は100隻と、200機のR戦闘機のみ」
たった100隻と200機の艦載機が頼みの綱。同盟側の軍人はあからさまに落胆の色が見えた。
無理もない。現在の戦の常識は、数を揃える事が大原則。いかに高性能な軍艦でも、たった100隻の戦力で一惑星全てを飲み込んだ敵と戦わねばならない。同じ人類ならヤン・ウェンリーのように奇策を用いて翻弄も出来るが、今回の相手は未知の生命体ゆえに智謀にも期待は出来そうもない。
反対に帝国軍は、正確にはフェリクスに近しいキルヒアイスやグリルパルツァーは平然としている。彼等はBRの精確な情報を得ているため、今作戦においては、必ずしも大戦力は必要としない事を知っている。
『R戦闘機を主軸にした少数精鋭の突入部隊による敵中枢の迅速な撃破』
これこそが無限に増殖するBRに対する最も被害の少ない戦略である。連れて来た艦艇の主な役割は、旗艦の護衛と作戦終了後の汚染生態系の殲滅にある。
BRはオリジナル同様に、中枢を破壊すれば増殖活動は停止する。その後、変異した生態系を片っ端から滅菌処理していくか、次元消去兵器を用いて異次元の彼方に投棄する。よって最優先は汚染の大元を殲滅することである。
フェリクスから対BRドクトリンを聞かされた同盟側は困惑を隠せない。確かにR戦闘機の非常識な性能は身をもって体感したが、自分達が運用する艦載機のスパルタニアンの半分の大きさの戦闘機数十機に全てを託すなど。たとえ下手な戦力を投入すれば、敵に取り込まれてそっくり尖兵にされかねないリスクを考慮しても、容易に納得出来なかった。
とはいえ同盟軍には―――フェリクスの開示した情報が正しければ―――効果的な対抗手段が存在しない。極めて不本意ながら帝国軍に全てを委ねるしかなく、その事実を認めるのが不快だった。
軍人の心情はさておき、最高階級のヤンは帝国の言い分を受け入れた。彼にとっては次こそが会議の本番だった。
「出来れば最低限の自衛のために、我々にも帝国の最新鋭兵器を提供して頂きたいものですね」
「それがいずれ我々に牙を突き立てない保証があれば、提供するのも破嵩ではないのですが」
それはそうだ。自分達を殺せる兵器を善意で提供してもらえるなどと、虫の良い話があるわけがない。今の情報開示ですら、同盟領を航行する案内役への気遣いでやっているようなものだ。
それでもヤンなりに部下達の身の安全を少しでも確保したかったので、慣れなくても可能な限り交渉を粘った。
フェリクスは思索する。敵陣営に残骸を回収される程度なら構わないが、自発的に兵器を渡すメリットは薄く、突っぱねたところで何ら不都合は無い。同時にそれで素直に引き下がるとも思えず、下手な諜報活動などされてはいい迷惑だ。いっそ簡単なお土産でも渡して大人しくしてもらった方がリスクは減らせる。
「―――どうしてもと言うなら、波動粒子を充填した核ミサイルを都合しましょう。無論対価を頂きますが」
「何分手持ちが乏しいので、出来ればお手柔らかに」
「作戦開始まで艦隊の腕利きのスパルタニアンのパイロットを、我々のパイロットのシミュレーターの相手に派遣してもらいたい」
今度はヤンが思案に耽る。向こうが譲渡を認める程度の重要性の低い兵器と、パイロットの派遣が釣り合うラインの判定という情報は得られた。それにフレーゲル中将が実利を重視する気質と分かったのは大きい。欲を言えばR戦闘機とやらの実機を一機ぐらい欲しかったが贅沢は言うまい。
両者はすり合わせの結果、核ミサイル千発の供給と百名のスパルタニアンパイロットの派遣で互いに納得した。
フェリクスにとってミサイル程度なら必要経費と割り切れる。波動粒子自体は大学の在学中に論文を提出して公開済みである。そこから粒子の収集ぐらいなら、R戦闘機の残骸を手に入れた同盟もすぐに辿り着く。波動砲と違い、粒子の制御を必要としないミサイルの実機ぐらいなら、向こうも作るのはそれほど難しくない。どうせ既存化する技術なら、手早く交渉材料に使ってしまえ。
互いの妥協点が見つかり、その日のうちに帝国からミサイルを、同盟は必要な人員を派遣した。相容れない二つの陣営は束の間の協力体制を辛うじて維持している。