脳内に響く警告音に慌てる事無く反応する。
電脳部位から直接愛機に命令が下され、スラスターが青い火を噴いて機体を真上に上昇。コンマ1秒後には元居た場所を数条のレーザーが通り過ぎる。
醜悪な蔦と腐った花に囲まれた悪意の密林では視覚は役に立たない。脳内に直接投影したレーダーが何よりも頼りになる。その情報から背後と右側面に敵を確認。前面のフォースを機体背部に接続してレーザーを発射。
放たれたナノマシン制御式レーザーは敵性体を高速追尾するも着弾無し。それでいい、牽制して数秒時間を稼げれば右の敵を処理出来る。
フォースを前に戻して機首を右に向け、動体レーダーを頼りに異常な生態系に変貌した密林を突っ切り、敵スパルタニアンを確認。
「サーチレーザーからショットガンレーザーに変更」
音声命令に従いフォースがレーザー弾体を変更。制御ナノマシンが追尾機能から炸裂型に切り替わる。コントロールスティックに乗せた指を折り曲げて発射の指令を伝える。間を置かずに一瞬で十近いエネルギー弾体がフォースから放たれ、敵と共に周囲の冒涜的な樹木が爆散する。
敵を撃破した喜びは無い。すぐさまその場から退避して、飛翔するミサイルを躱す。まだ敵は殲滅していない。
ミサイルの爆炎を壁に利用して敵にフォースを射出。相手が気を取られている隙に側面に回り込む。
スラスター推力は愛機R-9Cを瞬時に極音速まで加速させ、BRの汚染により巨大化した醜悪な群虫や、意志を持つ樹木に支配された迷路の如き奇怪な密林をすり抜ける。
迷路を抜けた先にフォースに纏わり付かれたスパルタニアンを視認。背後に回り込みレールガンの照準を付けた矢先、敵機がこちらに気付いて逃走する。
無駄な足掻きと切り捨て、フォースのエネルギー弾体とレールガンの挟み撃ちで仕留めようとするが、鈍重なスパルタニアンに似合わない運動性を見せてひらりひらりと躱す。
射撃では捉え切れないと判断して、波動砲に切り換える。フォースで牽制しつつ数秒間のチャージにより青白い波動粒子が収束。機体前方から無数の波動弾頭が放たれる。
直撃せずとも広範囲に拡散した波動粒子の奔流に晒されれば少なからず損傷を負う。そこに追撃を加えれば撃墜出来る。
広範囲に炸裂した波動粒子の閃光で一時的に視界が遮られる。各センサーを思考制御で切り換えて索敵を継続。
「―――!!くっ!」
突如バイド係数センサーが電脳内に警告を発し、反射的にZ慣性制御システムを最大稼働。後退して新手に備える。
バイド係数は高数値を検出している。汚染等級はA判定、大物だ。大地が揺れて弾け飛び、肉腫の柱の如き樹木が薙ぎ倒される。土煙と共に現れたのは、生理的嫌悪感を呼び起こす醜悪な芋虫。駆逐艦に匹敵する巨体の体中には、青く発光するレンズのような球面を無数に持ち、そこからレーザーを手当たり次第に放つ。
あの巨体ではレールガン程度はかすり傷にしかならない。まずは側面にフォースをぶつけて損傷を与え、続いて後部に回り込んで1ループチャージの通常波動砲を断続的に加える。
芋虫は痛みからか、あるいは自らを喰らう敵に怒り、狂ったようにレーザーを乱射。さらに口から無数の卵を吐き出し、中からは小型の芋虫が孵化してこちらに向かって来た。
小型を避けながらレールガンで対処しつつ、大型のレーザーを回避しながら至近距離から波動砲を叩き込む。さらにフォースが食い込んだ側面に回り込み、機体と接続。すぐさま火器管制をショットガンレーザーに切り換えて、敵の胎内からエネルギー弾体を炸裂させた。
弾け飛ぶ血肉とBR粒子の緑色の不快な粘液が愛機にペイントしたスミレの花を汚すが、構わず撃ち込み続けて大型芋虫は痙攣を繰り返し、遂には沈黙した。
A級汚染体を仕留めた安堵感に一瞬気が抜けた。そのせいで機体の警告に微かに対応が遅れる。
見失ったもう一機のスパルタニアンに背後を取られて、レーザーで撃ち抜かれた。
ヘルメットのバイザー全体に撃墜の表示が出る。
「あぁん!もうっ!」
悪態と反応するようにコックピットのキャノピーがせり上がり、年配の整備兵が顔を覗かせる。
「これで模擬戦は終わりだ、カーテローゼ中尉。デブリーフィング(戦果報告)に行きな」
「……はぁ、了解」
最後に撃墜されたカーテローゼは意気消沈してヘルメットを脱ぎ、ノロノロとシートから立ち上がって、愛機から出る。
今までの戦闘はシミュレーターでの模擬戦である。よって損傷はありもせず、カーテローゼも戦死を免れた。
状況設定は重力下での汚染生態系で遭遇した同盟戦闘艇複数との交戦。当然、汚染敵勢力と同盟両方を一度に相手取る可能性を考慮して立ち回らなければならない。たとえ汚染体を仕留めても、同盟の敵機を全滅させるまでは気を抜いてはいけなかった。今回の敗因は技量ではなく、己の甘さに起因する。あまりにも情けなく、自己嫌悪に陥ってしまった。
現在帝国と同盟の連合艦隊はバーミリオン星域を目指して航行中。生態系汚染を受けた惑星パラス攻略作戦は三日後を予定していた。
攻略戦の中核となるフェリクス中将麾下のR戦闘機部隊はそれまでの間、同盟軍のスパルタニアンパイロットとの模擬戦に明け暮れていた。
カーテローゼも幾度となく実戦を想定した模擬戦を繰り返して技量を上げている。尤も今のように撃墜される事もあり、そのたびに苛立ちを露にした。未だ14歳の少女の荒々しい精神は感情を覆い隠す術を知らなかった。
アングルボダ級宇宙母艦【ターキッシュ・デライト】の会議室には、既に数十名のパイロットが屯っている。帝国・同盟共に一癖も二癖もあるパイロットばかりだ。
カーテローゼは彼等に臆する事無く、さりとて不機嫌さを隠さず混じり、空いた席に座る。
部屋中央の空間ディスプレイには各模擬戦の詳細な映像が流れ、それぞれのミスや機動の癖の分析が進められる。
R戦闘機とスパルタニアンは性能に隔絶した差があったが、今回の交流模擬戦では両者の性能はシミュレーター上で、ほぼ互角に設定されている。よってパイロットの純粋な技量が戦力の大きな要素を担っている。
カーテローゼは未だ新兵の域を出ないものの、優れた力量を示して若過ぎるどころか幼さから来る侮りを覆して見せた。
「よう嬢ちゃん、相変わらず不機嫌な面してるな」
「ポプラン少佐はいつも能天気な顔ですね」
カーテローゼを子ども扱いする少ない例外が隣の席にドカっと座る。ついでに隣に座った士官はテーブルに板状チョコレートを無造作に置いた。彼女は仏頂面に加えて眉間に皴が寄る。それでもチョコレートは突っ返す事はせずに、包みを破って無言で齧る。
オリビエ・ポプラン少佐。第13艦隊所属の空戦隊長を任される凄腕パイロット。同時に先のイゼルローン回廊の戦では、カーテローゼに苦渋を飲ませた因縁の相手。
当初カーテローゼは僚機を撃墜して、圧倒的に優位だった自分が攻め切れなかった『ハートのエース』に、敵意とちょっとした敬意を持っていた。そして今回運良く(?)同盟艦隊に件のエースが居る事を知って、興味本位から探して挨拶した。
「俺のファンかい。でも幼過ぎるなあ、あと五年経ったらベッドで一勝負しようね」
初対面の少女にこれだった。黙っていれば陽気な雰囲気の好青年なのに、口を開けば軽薄で品の無いトークが溢れ出る。カーテローゼの淡い憧れはあっさりと砕け散り、好感度は反転して地に埋もれる。
こんな輩を撃墜出来なかった過去を振り切るため、率先して模擬戦を挑み現在は10戦して2勝8敗と、見事に負け越している。それが余計に苛立ちを助長していた。
「大物を倒しても気を抜いたらダメだぜ。戦場じゃ思わぬ方向から撃たれるなんて日常茶飯事だ。喜ぶのは戦が終わるまで待とうね」
「少佐こそ僚機を撃墜されたら指揮官失格では?」
「戦は誰かが必ず死ぬものさ。部下を一人でも死なせたら指揮官失格なら、この世に隊長なんて一人も居ないぜ」
ポプランにとって自分の半分も生きていない少女の皮肉など、そよ風のように清々しい。
毎度こんな調子で嫌味をするりと躱されてしまう。口では勝てないのは分かっているから、早々に無駄話を切り上げて模擬戦の分析に入る。
機体の位置取り、攻撃のタイミング、回避パターン、敵位置の予測等。軽薄な輩でも同盟トップクラスのパイロットから得られる知識と教訓は、新兵同然のカーテローゼにとって財宝に等しい価値がある。
「汚染体が地面から出てくるのを予測していたんですか」
「もしくは空から降って来ると思っていたよ。最初大人しい時は大抵後から驚かせる趣向が待っている。来るのが分かっていれば対処はらくちん」
カーテローゼは唸るしかない。機体操作は訓練で身に付いても、状況の先読みは経験を積んでこそ培われる。したり顔で歴戦のパイロットだからと自慢するポプランは忌々しかったが否定は出来なかった。決してチョコレートで買収されたわけではない。
「あの汚染体はよく分からんがシミュレーターを設定した人間の思考を読めばいいんだよ。対人戦は相手の考えを読む『駆け引き』が大事。嬢ちゃんはもっと人生経験を積みなよ」
まだ14歳の少女にはなかなか難しい事を言っているのはポプランも分かる。特に隣の娘は色々と込み入った身の上なのが察せられる。この作戦が終われば再び敵対する間柄なのも知っている。それでもこのしかめっ面でチョコをボリボリ咀嚼する子供を放っておく事が何となく出来なかった。
「人生……」
「酒はまだ早いし…取り敢えず恋でもしてみることさ。身近に興味のある男はいるかい?」
少女はポプランの言葉を戯言と切り捨てず、思ったより真面目に熟考してみた。男性と聞かれて真っ先に思い浮かべるのは主フェリクスだったが、主君を恋愛対象にするなど畏れ多い。
次に出てきたのは長く世話になった執事のティー。しかし彼は50歳を超えている孫もいる身の上。自分が知らない父親のような男性なのだろう。同じ男爵家で育った使用人や軍人の縁者は何人か居ても、特に興味があったわけではない。
軍人の教育を受けた時はそれなりに仲間意識の芽生える年の近い少年は居た。ただし兵士の力量にこそ関心はあっても、恋とかを考えた事が無かった。
そもそも恋とは何なのだろう。男女が生殖活動に勤しむ行為の前段階、あるいは異性への求愛活動と一般には言われている。
では生殖行動を前提に考えて、子を作りたい異性に抱く感情が恋なのだろう。
「少佐が手当たり次第に女性パイロットに求愛するのは相手を妊娠させたいからですか」
「そいつは間違ってない回答でも、過程をすっ飛ばして結論を急ぎ過ぎなのは減点だぞ」
ポプランは情緒の幼い少女にどうやって恋を体験させるか悩む。あと10年後ならベッドの中でレッスンすれば済むが子供相手にそんな真似はしたくない。かといって下手に放置をしたら変な野郎に使い捨てられる未来が目に見えている。それは出来れば避けたい。
口で言っても理解は難しい。なら実際に興味を抱くような男を傍に置くのが一番分かりやすいだろう。
なるべく年が近くて性格の良い奴。ついでにお嬢に食らい付けそうな能力が高い方が望ましい。
―――脳内の名簿にヒットする坊や発見。我が提督の世話係も任せられる出来の良い坊やが一人居た。実戦経験が無くても筋が良いから、案外パイロットとしても喰らい付けるかもしれない。そうでなくても、あの性格の良さなら友達ぐらいにはなれるだろう。
翌日、ポプランは一人の軍属の少年をカーテローゼに引き合わせた。
「こいつはユリアン君といってな、筋が良いから今日一日は嬢ちゃんが鍛えてやってくれ」
「模擬戦なら誰でもいいでしょう、なんで私が?」
「この嬢ちゃんは中尉だから、舐めた態度を取ったらいかんよユリアン兵長」
「えっとユリアン・ミンツ兵長です。今日はよろしくお願いします中尉」
「嬢ちゃんは中尉でいずれ部下を持つ身だから、今日はその予行演習。てなわけで、遠慮無しに鍛えてやってね」
『じゃあ、俺は愛の伝道に旅立つから~』。ポプランは何もかもぶん投げて逃げた。
残された年少組は顔を見合わせて一緒に溜息を吐く。そして階級上位者の言われた通り、少年少女はシミュレーターを使った模擬戦を始めた。
二人は模擬戦を繰り返し、ユリアンは年下の少女の力量に尊敬すらおぼえ、カーテローゼも殆ど初心者ながら思ったよりは動けるユリアンの才能の豊かさに内心驚いた。特に距離を取った射撃戦に移行すると、ともすれば不覚を取るほどの実力は認めざるを得ない。
休憩や食事も、その日は二人共に一緒に居て、簡単な身の上話などをする程度の仲になった。
「―――ふーん、貴方も親が居ないのね」
「代わりにヤン提督には何かと良くしてもらっているから、むしろ幸運なぐらいだよ。中尉も御両親を?」
「父親は生まれた時から居ないわ。母は地球教徒に殺されて、フェリクス様が引き取って男爵家で養育してくださったの」
ユリアンは狂気のマッドサイエンティスト中将に、意外な人徳を見つける。そして最近同盟でどんどん広がりを見せる地球教にマイナス評価が加わった。
「中尉が軍人なのも、そのフレーゲル中将の恩返しのために?」
「そうね。あの方は私が戦う事にちょっと渋ったけど、私の意思を尊重して頂ける。兵長もヤン提督への恩返しに軍へ?」
「恩返しというより、提督の役に立ちたかったからかな。でも、あの人も僕が軍人になるのは嫌がったけど。今の僕は年が足りないから見習いの軍属なんだ」
「私も似たようなものね。帝国は基本的に女性を兵士にしないから、中尉の身分はここでしか機能しない軍属みたいなものよ」
カーテローゼはどうも他人のような気がしないユリアンに興味を持った。だからお守りを押し付けた
その日以降も二人は時間があれば、ちょくちょく顔を合わせては一緒に過ごす事が多かった。周囲は温かい目で幼いコンビを見守り、仕掛け人のポプランは後方師匠面をして、相棒のイワン・コーネフや悪友シェーンコップに気味悪がられた。