銀河腐れ伝説   作:ウヅキ

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第5話 血の邂逅

 

 

 フェザーンは銀河帝国の中でも複雑な立ち位置にある惑星なのは、自宅の書庫にあったデータと幼年学校の歴史と地理学でフェリクスも知っている。

 帝国と自由惑星同盟とで二分した銀河を繋ぎ、行き交う二つの道がある。一つはイゼルローン要塞の置かれたイゼルローン回廊。もう一つが恒星フェザーンの周囲を回る四つの惑星のあるフェザーン回廊である。

 通常帝国と同盟の領域は、無数の恒星やブラックホールの重力異常、隕石密集帯により形成された亜空間跳躍(ワープ)の不可能な障壁によって、自由な大規模軍事行動は制限される。

 例外がイゼルローンとフェザーンという名のか細いトンネルのような二つの回廊だ。帝国はイゼルローンを軍事拠点、フェザーンは商業惑星という立場で帝国が管理して、常に主導権を握り続けている。

 名目上は帝国の領土だったが自治権が与えられており、貴族ではなく商人の中から選出される自治領主が事実上の国家元首として政治を担っている。

 フェザーンはこの特殊な立地条件を利用して両陣営との商取引、裏取引、亡命、諜報活動の場に利用して莫大な利益を得ていた。帝国だけでなく同盟も弁務官という事実上の外交官を派遣して、様々な交渉と裏取引を行う中立地帯かつ銀河一のホットスポットと言っていい。

 そんな商人の星ゆえに帝国領でありながら階級制度が成り立たず、フェザーン自治領の民には『自主・自立』の気風が吹いている。

 

 外から来る者がまず驚くのは惑星の衛星軌道上に建造された軌道エレベーターの存在だろう。これは帝国首都のオーディンや同盟首都のハイネセンにも無い設備である。技術的に作れても諸事情により置かれていない設備がフェザーンにはある。実用面のメリットもあるが、フェザーンの独自性を来訪者に分かりやすく見せる意味も含まれていると思われる。

 オーディンから訪れたフェリクスも宇宙船から軌道エレベーターの湾港に降りて、そこからさらにエレベーターを使って地上部へと降りる。使用人は初めてのフェザーンにやや浮足立つ。中でも最も興奮しているのが護衛を命じられたアントン・フェルナー大尉だ。感性が若いのだろうとフェリクスは推測する。

 軌道上から眼下に広がる惑星フェザーンは砂漠と荒野の広がる荒涼とした大地だった。本来フェザーンは大気成分こそ人類に適した組成だが植物が生息しておらず、人類が発見した後、植物を持ち込んだ経緯がある。水も少なく人々は各地に点在する水源を拠点に都市を築いて生活していた。

 地上部に降りた一行は砂漠特有の渇いた空気に出迎えを受ける。

 それから首都で最も大きな高級ホテルに部屋を取った。フェルナーは部屋の防犯設備や避難経路を点検して万が一に備える。

 点検が終わればフェリクスはフェルナーを伴い、首都内にある弁務官事務所に赴き、同盟との交渉の一切を取り仕切る、高等弁務官ヨッフェン・フォン・レムシャイド伯爵と面会した。

 フェリクスは叔父から預かった410年ものの白ワインをレムシャイド伯爵に進呈すると、彼は大仰に喜びを露にして歓待した。そのまま昼食を伴にして、公爵の名代として下にも置かないもてなしを受けた。

 実はブラウンシュヴァイク公爵はレムシャイド伯爵と特別親しい間柄ではないし、特に用事があるわけではない。それでも甥を挨拶に向かわせて、顔と名を覚えてもらい貴族の付き合いを経験させた。人脈はあって無駄になる事はなく、一つの財産になる。暇さえあれば書斎で本ばかり読んでいる出不精の甥への、さりげない親心というものだ。

 

 

 おつかいを終えた翌日、フェリクスは街に繰り出した。目的は書店である。フェルナーを伴いフェザーン首都で最も大きな書店を訪れた。店員は身なりから貴族の子供とその護衛と思って丁重に扱う。

 

「叛…いえ同盟の技術書籍をこの棚全部ください。こっちの棚も……ああ面倒ですから、同盟の機械系や生物関連の電子書籍は全部買います」

 

 書店で働いていた店員は目を丸くして、後ろに控えていたフェルナーに視線を向ける。

 

「支払いは帝国マルクでいいか?それと同盟の共和制度や思想関係の混じった書籍は除外してくれ」

 

「は、はい。かしこまりました!」

 

 値段を全く気にせず百冊単位で買い込む客に店内は騒然としたが当人達は全く気にしない。

 オーディンではほぼ手に入らない書籍の山に、フェリクスは喜色を隠そうともしない。わざわざオーディンからフェザーンまで長旅をしてきた甲斐が少しはあった。

 帝国には帝国の書籍しかない。同盟で流通している書籍はほぼ全て所有や閲覧が禁止されている。曰く、帝国の質実剛健、惰弱を許さぬ壮健な精神を侵す汚物である。特に共和主義や民主政治について書かれた書物を所有していた場合、貴族であろうが『思想・道徳の矯正』という名目で、悪名高い内務省社会秩序維持局が乗り込んで来るに違いない。逮捕の後は凄惨極まる尋問と拷問の末に自白を強要されて『病死』という名の陰惨な結末が待っている。

 幸い技術書程度なら『叛乱軍の技術を研究する』という名目で所持しても罪には問われないので、目的を聞いたブラウンシュヴァイク公爵は甥をフェザーンに行かせた。無論、フェルナーを護衛兼お目付け役に据えた上で。

 順調に目的の半分(・・)を済ませたフェリクスは次の目的の土産の選別に入る。ここはフェルナーに意見を求めて、幾つかの店をめぐって叔父夫婦や兄への土産を相当量を買い込み、カフェで一息つく。

 

「オーディンに比べて活気と喧騒に溢れて疲れます」

 

「歴史の重みを重んじる帝都とは違いますからね。私も初めて来ましたが時間の流れが帝国と違うように思います」

 

 フェルナーはブラックコーヒーを飲み、忙しく街を行き交う人々を注意深く観察する。休憩しているようでその実、この軍人は群衆に護衛対象を害する者が居ないか注意深く見定めている。代わりに護衛対象は失ったカロリーを補給するために、コーヒーに5~6個角砂糖を放り込んで甘ったるくして啜り、これまた甘いチーズケーキを頬張る。

 フェルナーは卓を囲む少年が嫌いではない。貴族によくいる甘やかされて我儘に育ったクソガキとは対極の、思慮深く穏やかな気質は少し落ち着きすぎて元気が足りないようにも思えるが好ましさのほうが強い。少なくとも平民から見て、典型的な嫌な貴族らしい貴族のフレーゲル男爵に比べたら弟の方が万倍は良い。

 公爵家は現在男児がおらず一人娘だけ。このまま奥方に第二子が生まれなければ、公爵は婿養子を迎えねばならない。となると近しい血筋の健康な男が望まれる。可能性が高いのは今挙げたフレーゲル男爵。もう一人は公爵の妹がシャイド男爵家に嫁ぎ産んだ男児。そしてケーキのお代わりを頼んでいるフェリクス。どうせなら公爵の跡継ぎには、この学者志望の少年が選ばれたらよいのにと思う。彼の下なら自分は喜んで働ける。

 

「さて、休息の後は如何なさいますか我が主?」

 

「次も書籍探しです。ただし今度は埃を被った古書を探します」

 

 フェリクスは最新の技術を手に入れたがその程度で満足はしない。むしろ今の世の科学技術の停滞には怒りすら感じている。

 人類が宇宙に飛び出してから既に1500年が経過している。西暦に換算すれば今は36世紀。そこまで時が経過していても、この世界の地球人類は未だ他の銀河に進出していない。無駄な戦争で多大な人的、物資的、時間を浪費しすぎている。これまでに使い込んだリソースを科学の発展に投じていれば、今頃は幾つかの他銀河に活動圏を広げていたかもしれない。

 もっとも、この時空の地球人類と前世の人類は明確に分岐した並行次元宇宙の人類なので、文句を言うのは栓無き事。そして自分たちもバイドという特大のしっぺ返しを清算するために、一世紀も生存競争を続けていたのだから文句を言えた義理ではない。

 並行次元宇宙―――パラレルワールド、マルチバースとも呼ばれる異なる歴史を辿る宇宙の存在は馴染みがある。

 『エデン・パラドックス』と呼ばれる案件。一般には出回る事もなく、軍内部でも佐官以上しか情報開示の許可を得られない機密。平行次元地球において完成した人工天体『エデン』が暴走。暴走天体の鎮圧に投入された兵器こそ、第一次バイドミッションに投入されたR-9A大隊の内の二機が偶然並行宇宙に迷い込み、現地人類により改良を受けて本来の用途『対バイド兵器』から外れた戦闘兵器『R-9Leo』。そしてR-9Leoは複製の地球を破壊した。戦いの後、並行次元の人類は偶然ながら手助けをした見知らぬ隣人への感謝を込めて、様々な技術や情報を積んだR-9Leoを本来の持ち主へと送り返した。Leoのデータから並行次元の存在が立証され、地球人類は新たな可能性に大いに期待した。

 思うにこちらの世の西暦2039年に起きた『13日間戦争』という全面核戦争がそれぞれの並行宇宙の分岐点ではないか。

 この世界もそんな並行次元の一つ。事実、銀河帝国の母体となった銀河連邦、さらにそれ以前にあったとされる地球統一政府の時代の文献をどれだけ浚っても、バイドはおろか異層次元探査艇『フォアランナ』の記述も無い。超光速航行(ワープ)技術の確立に至っては200年以上も遅れていた。

 これだけの比較事例を突きつけられたら、今の次元宇宙とかつての宇宙はごく早い段階で分岐した異なる宇宙と結論付ける他無かった。それでも見るべき技術はそれなりにあり、科学者としての好奇心を多少なりとも刺激してくれるので悪い人生とは思っていない。

 

「古い時代に廃れてしまった技術論文が意外と残っているかもしれません」

 

「それで古書ですか。では裏路地にあるような商売っ気の無い偏屈な老人が店主をしているような店を巡りますか」

 

 できれば遺伝子操作関連の書籍に巡り会えればと思っている。銀河帝国では遺伝子操作技術は停滞どころか衰退期に差し掛かっている。一応有角犬という明らかに遺伝子操作を受けて生み出された生物や、数多くの遺伝子疾患を駆逐した事から、過去には遺伝子操作も盛んに研究されていたのは分かっている。しかし、劣悪遺伝子排除法の発布を境にぷっつりと研究がストップしていた。当然、書籍は帝国には殆ど無い。

 研究がストップした公的な理由は、ルドルフ大帝が劣悪遺伝子を駆逐し尽くして絶滅させたから。よって絶滅以降、先天的な障害者は帝国に居ない(・・・)のだから、研究する必要性が無い、と。

 不思議なのは帝国を否定する同盟側も遺伝子操作技術は発達しておらず、帝国より少し上程度の技術しか持っていないらしい。あくまで帝国の人間の言葉なので真相は異なるかもしれないが、どちらの陣営も四肢や臓器が欠損した場合や、先天性の不倶を抱えていたら、機械的な義肢や人工臓器を使っている。クローン技術を使えば失われた己の肉体を容易く取り戻せるというのに、わざわざ機械で代用していた。単純にコストの問題で機械を使っているわけではあるまい。

 何とも奇妙な価値観と倫理観を持った、フェリクスにとって1300年後の人類である。おかげで下手をしたら一から研究を始めなければならない苦労を背負わされるのは困ったものだ。

 

 現行人類への不満をコーヒーの底に溜まった砂糖と共に飲み込んだフェリクスはカフェを出て、フェルナーが調べてくれた裏路地の骨董屋を訪れる。

 都合三軒の潰れかけた骨董屋や古書店を巡ったが何の成果も無い。

 

「あれば儲けもの程度に思っていましたが掘り出し物はありませんね」

 

「噂では帝国学芸省の保管庫には死蔵された未公開資料が山ほど積まれていると聞きました。フェリクス様が学芸尚書になられれば、好きなだけ閲覧出来ますよ」

 

「代わりに政治闘争に巻き込まれるので御免被ります」

 

 確かに尚書(大臣)になれば比類なき権限を得られるだろう。同時に皇帝の住まう新 無 憂 宮(ノイエ・サンスーシー)という名の陰謀渦巻く魔窟に叩き込まれる。とてもではないが自分は貴族の悪意の巣窟を泳ぎ切れそうにない。

 げんなりする貴族に軽口を叩く平民軍人。二人の精神の垣根は随分と低くなった。

 それと書籍の成果こそ無かったが動物を象った古びた陶器の置物を幾つか購入した。叔母と従姉妹のエリザベートの土産にはちょうど良い。叔父や兄にはビールでも買えば土産は十分だろう。

 やるべき事はやった、あとは近日中に帰るだけ。しかしそんな予定はたやすく崩れるもの。

 最初に異変に気付いたのは軍人のフェルナーだった。彼は一瞬の緊張から素早く腰のブラスターを抜いて、フェリクスを自分の背と路地の壁に挟むように隠す。

 フェリクスもようやく危険に気づいて身構える。辺りには血の匂いが漂い、理解の及ばない奇声が時折聞こえる。

 

「私から離れないように付いて来てください」

 

 フェルナーはブラスターを構えて血の匂いの強い方角に歩き、フェリクスも続いた。

 裏路地の角を曲がった先の猟奇的な光景に二人は息を呑む。赤と白の斑柄の長衣を着た男が女に覆いかぶさっていた。それだけなら強姦魔が女を襲っていると思ったが、実際は男が血塗れの女の乳房を食い千切って咀嚼している。

 

「貴様っ!今すぐそこから離れて腹這いになれ!!」

 

 男は応じず血濡れのナイフを突き出し、口から肉片を零しながら奇声を上げて、今度はフェルナーに襲い掛かる。しかし彼は冷静にブラスターを食人鬼の右足に定めて引き金を引く。間髪入れずに次は左足。二条の光線は狙い違わず男の両膝を貫通した。食人鬼は倒れ込み、両足をばたつかせながらも、なお這いずってフェルナーに近づく。不気味に思いつつ、さらに両腕を撃ち、凶器と自由を奪ってからこめかみを力いっぱい蹴りつけて意識を刈り取った。

 

「なんだこいつは」

 

 気味の悪さに悪態を吐きつつ、被害に遭った女性を見て、フェルナーはすぐに諦観を抱いた。年の頃は25歳程度。美しい顔立ちは、しかし血の気と生気を失い真っ白。腹部からとめどなく血が流れて路地のアスファルトを赤に染めていた。

 フェリクスは何も言わずにハンカチを傷口に当てて止血を試みるが、小さな布程度では吹き出す血を止める事は敵わない。やむを得ず装飾の多い服を脱いで、肌着を止血に使った。

 

「……うぅ、カ、カリン」

 

「喋ってはいけません。すぐに医者を呼びますから頑張って!フェルナー」

 

「はっ!」

 

 言われた通りフェルナーは周囲を警戒しつつ救急車を呼ぶ。

 

「どなたか存じませんが……娘を」

 

 女が力なく指差す路地のゴミ箱の影に、小さな人影が僅かに見えた。フェリクスはゴミ箱の後ろに隠れている3~4歳の栗色の髪の幼女を見つける。幼女は事態を把握しておらず、ただじっとしていた。

 

「貴女がカリン?」

 

 幼女は黙って頷く。カリンの手を引いて、臥した母の元に連れていく。

 

「かあさん」

 

「いい、カリン。お母さんはもう貴女と一緒に居られないの……ごめんね」

 

 母親は血で濡れた手で、娘の頬を撫でる。その手は弱弱しく、娘もそれが何を意味するのか気付いて力いっぱい泣き出す。

 

「見知らぬお方……私はローザライン・エリザベート・フォン・クロイツェル。この子はカーテローゼ。父親はワルター・フォン・シェーンコップ。どうか…はぁはぁ、この子をお願い」

 

 ローザラインはフェリクスの手を掴んで、力の籠った瞳を叩きつける。それが何を意味するのか分からないほどフェリクスは愚鈍でもなければ非情でもない。

 死にゆく者が生者に残す遺言だった。

 

 

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