同盟領バーミリオン星域、惑星パラスより約10光秒(300万km)離れた宙域にて。
モニターに映る惑星パラスは、かつて水と緑豊かな惑星だったと気付かないほど変貌を見せている。海は奇妙な緑色に発光し、陸地の森は醜悪な赤黒い肉腫の林に、人がかつて築き上げた都市は冒涜的な種族の餌場と化した。今や惑星全体が悪意を育むゆりかごになり、解き放たれた人造の悪魔の楽園となる。
艦隊旗艦アングルボダ級宇宙母艦【ターキッシュ・デライト】の艦橋は独特の緊張感に満たされている。この場に居る軍人達は全員、実戦を経験している。今さら戦を前にして浮足立つ事は無いのだが、今回ばかりは状況が違う。
それでも彼等は最上位の命令者であるフェリクスが戦えと言えば粛々と戦う。
「各人の戦闘準備は?」
「全て完了しています」
艦隊司令官グリルパルツァー少将からの報告に、総指揮官のフェリクスは一言「よろしい」と承諾した。後は号令一つで100隻の艦艇と100機のR戦闘機パイロットは死地に赴く。彼は指揮シートに備え付けたマイクを手に、全ての艦艇およびR戦闘機に向けて全方位通信回線を開いた。
「これより第一次BRミッションを開始する。最終作戦目標は敵中枢の撃破である。総員の努力と奮闘に期待する」
総指揮官の命令を皮切りに全ての艦艇が動き出す。目指すは堕ちた戦神の星。
悪魔の巣に向けて前進する艦艇が8光秒、6光秒と近づくにつれて、惑星の色彩が歪んだ。まるで惑星全体が警戒色を発している。
同時に艦橋の索敵管制官より、バイド汚染反応の急激な上昇の報告が上がった。重力振動レーダーにも夥しい数の反応が生じる。
汚染惑星の軌道上に大小数千の敵生体が出現する。多くは同盟の兵器を乗っ取った汚染体。小型はスパルタニアン他、用途不明の機械群はおそらく民生品の部品を寄せ集めて兵器化したと思われる。大型汚染体は軍民問わない船舶が多い。
敵集団との相対距離が3光秒まで近づいたところで艦隊の一部から砲撃が始まる。最大級の火力を持つヨトゥンヘイム級とヘイムダル級戦艦の艦首波動砲による砲撃により、敵性体が消し飛んでいく。それでも汚染体は構わず距離を詰める。バイドやそれを模した人工生命体にとって死の恐怖は存在しないが排除すべき敵は認識している。
他の巡航艦も順次射程距離から砲撃し、汚染艦艇もまた返礼とばかりに砲撃を行う。殺到するビームは護衛に就いた【R-9B2】隊のバリア波動砲の障壁で防ぎ、ミサイルを模した小型汚染体は対空砲と駆逐艦のミサイルで迎撃。
それでも完全には汚染体を撃ち落とすには至らない。残りが艦隊に殺到するも、それらはR-9B2とは別のR戦闘機が要撃する。
汎用機のR-9Aより小型、機体の半分近くを占めるキャノピーに、機体上部に黒鉄の砲身を背負った紫色の機体。速度と旋回性能に優れて、広範囲に破壊を及ぼす圧縮炸裂波動砲を備えた【R-11A】。本来は重力下の都市部のような入り組んだ地形での運用に優れるが宇宙でも、自陣に侵入した敵を快速をもって機動迎撃する駆逐戦車のような運用により、彼等R-11A隊は速やかに汚染体を駆逐した。
その間にも敵汚染艦隊は相対距離を詰め、砲撃は苛烈になりつつある。元より100隻足らずと数千の戦力差では正面からの殴り合いに付き合わされたら勝ち目が無い。よって戦術により戦況を覆す。
敵艦隊の右側面の空間が歪み、緑色のフォースを従えた10機の新たなR戦闘機が浅度異層次元より通常次元に帰還。同時に波動砲の一斉砲撃により、青白い閃光の奔流が拡散して艦隊の一部を削り取った。
奇襲を担ったのは【R-9K】隊。カーテローゼの愛機たるR-9Cを量産化した機体である。C型から若干性能を落とす代わりに低コスト化と操作の簡略化を達成し、初期型のR-9Aに代わる主力機を目指した機体だ。
オリジナルに比べて性能が落ちたと言っても、R-9Cは元より超高性能機なので多少性能が落ちようがR-9Aより数段性能は上。それに操作性の向上のおかげでパイロットの強化処置を必要とせず、汎用性に富んだ次期主力に相応しい機体に仕上がっている。
10機のR-9K隊は汚染艦隊の側面を突き崩し、一部の正面戦力を引き付ける。今度は反対側からも同様のR-9Kが挟み込む形で敵戦力を削る。数の劣勢を補う理想的な半包囲状態を作り出した。
艦隊の主砲、駆逐艦とR-9B2から放たれる大型水爆ミサイル、各R戦闘機の波動砲の乱舞により、既に汚染艦隊は3割を消失した。人間同士の戦争ならそろそろ撤退も視野に入る劣勢でも、敵のBRにはそのような選択は存在しない。
「惑星パラスのバイド汚染係数がさらに増大!敵汚染体の増援を確認」
最初の汚染艦隊の数倍の規模の汚染体が苗床と化した惑星から追加される。無尽蔵とも言える戦力補充による物量戦で対応するのは想定済とはいえ、艦橋の軍人達は緊張の度合いが増し、厳しい視線が敵に突き刺さる。
バイドを模した人工生命体に人間のような精神は備わっていない。それでも敵への警戒と、ある種の戦略的優先順位は存在する。惑星の狂った生態系の最奥に潜むバイド中枢は、確実にこの艦隊を排除すべき敵性体と認識している。
帝国軍人は職務を果たすべく、各々が最善を尽くして目の前の敵を撃滅し続ける。
第一波を全滅させ、さらに第二派の汚染体を何とか凌ぎ、戦闘開始から一時間は経過した頃。索敵管制官が敵第三波の兆候を捉える。繰り返される戦闘は確実に兵士の余裕と体力を削り続けるのに対し、敵はそのような疲労とは無縁。最初から我慢比べの勝敗など分かり切っている。
「そろそろ頃合いか。突入隊に通信、惑星地表に降下して敵中枢へ侵攻せよ」
フェリクスの命令は通信士官を通じて、艦隊が布陣する宙域の、惑星を挟んだ反対側の宙域の異層次元に潜んでいた小規模艦隊に届く。通常次元へと姿を現し、R戦闘機隊を展開。陣形を整えて惑星パラスに突入を始める。
敵も迎撃に汚染体を差し向けるが戦略的優先順位を本艦隊に振り向けていた為、明らかに戦力が少ない。
手薄な迎撃部隊を5隻のガルム級巡航艦の主砲と、機体下部に小型レドームと長大な砲身を吊り下げた白いR戦闘機、長距離射撃を主眼に置いた【R-9D】10機による波動砲の一斉砲撃が敵を蹴散らした。
突破口を開いた突入隊は三本の槍を形成。三個小隊がそれぞれ異なるルートから敵中枢破壊を目指す。
それぞれの隊の先陣に立つのは重装甲ながらコンパクトな群青色の機体。機体下部には射出口らしい無数の穴が並んだ箱型のユニットを備える。
殺到する残存汚染体に向けて箱型ユニットを向けた矢先、機体下部より青色の波動粒子と異なる、黄金色の粒子の閃光が濁流となって敵を粉砕した。収束した波動粒子を撃ち出す波動砲と異なる、光子を小弾体に形成して一度に数十万発撃ち出す光子バルカンを装備した突撃型R戦闘機【R-9DV】の黄金色のシャワーがあらゆる汚染体を粉砕し、一体たりとも後続機に近づけさせない。
青い機体の後ろにはレドームを備えた哨戒機【R-9E2】と突き抜ける最強【R-9C】。さらに最後尾には細部を赤く塗装した漆黒の機体が続く。これら四種のR戦闘機は全てフォースと、さらに小さな球状兵装の【ビット】を2基両脇に配置してある。ビットは主に防御兵装として用いられる。
巡航艦のデータリンクにより、4機種計12機の突入隊が損失無く侵攻を確認したフェリクスは、ひとまず作戦が予定通り進行している事に安堵する。
「突入隊は無事に惑星に降下したが我々はこのまま戦闘を続行して、敵の戦力分散を続ける。全員気を抜くな!」
グリルパルツァー少将の檄が飛び、一部弛緩した空気が締め直された。フェリクスは彼の兵達への叱咤に見せかけた、最高指揮官の自分に向けた忠言と気付いた。上官への苦言は外面が悪いため、下の者へ向けた叱咤の形にしたのだ。
さりげない気遣いにフェリクスは、グリルパルツァーに感謝を込めた視線を向ける。相手も気付いて頷いた。
フェリクスの艦隊とR戦闘機部隊は汚染艦隊の圧力が若干弱まった隙に、交代で補給と休息を済ませる。時間が取れない場合は補給機のPOWを効率的に使って、戦闘の僅かな合間に弾薬等の補給をした。
帝国同盟共に普及した休息用のタンクベッド以外にも、疲労軽減効果を付与したナノマシンを投与して短期間に心身を回復させた。フェリクスの艦隊で使用しているナノマシンは感情抑制にも使われる。
戦闘下でのストレスと恐怖心は精神にかなりの負担を掛ける。時に恐慌状態に陥って錯乱する兵すらいるため、違法な麻薬を服用して強制的に沈静化させる必要に迫られる。そこでフェリクスは精神のフラット状態を維持するナノマシンの使用を推奨した。
過去に軍部でサイオキシン麻薬の使用が問題になったが、新型のナノマシンは法的および副作用の問題を解消しているため、いずれ帝国軍全体でも採用されるだろう。
フェリクスに言わせれば戦場における感情などノイズであり、作戦行動を阻害する要因にすぎない。そんなものは不要なのだから、いっそ消し去ってしまえばよい。過度の恐怖、興奮、戦闘意欲。どれもが戦場での不確定要素になりうるなら、兵士個人の感情をシステムによって制御下に置いてしまえ。その方が戦場のような極限環境では、生存により有利になる。
兵士の命を優先するなら安っぽい道徳心や人道など捨ててしまえばいい。戦場にロマンチシズムや安易な矜持など邪魔にしかならない。
現在では行き過ぎた合理主義に見えて、ことバイドとの異常な環境での戦いには極めて妥当な処置と言えた。
実際ナノマシンのおかげで艦隊の将兵は驚くほど長時間疲労を感じず、後の統計から疲労による判断ミスは減少していた。
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人類と人造の悪魔との生存競争の場と化した惑星パラス宙域から離れた、バーミリオン星域のある宙域。そこには2万隻を超える軍艦が集結していた。1万隻はキルヒアイスの艦を除いた帝国艦隊、残りはウランフ提督の第10艦隊とヤンの第13艦隊である。
彼等の艦は全てBR粒子への耐性を持っていないため、汚染を避けて安全圏に退避している。
生身の生物など容易く粒子にまで分解する圧倒的な武力を持っていても、無力な存在として無聊を託つ立場に置かれるのは面白くない。一部の血気盛んな同盟軍人は自らも戦場へと向かう気概を見せても、指揮官の二人の提督は決して抜け駆けを許さなかった。
そんな二人の提督は第13艦隊の旗艦ヒューベリオンの一室にて紅茶を嗜む。
ヤン大将とウランフ中将。共にアジア系の血が色濃い将官は、現在の同盟軍の中でも指折りの指揮官だ。
艦隊の提督同士が顔を突き合わせて一匙分入れたブランデーの香りのする紅茶を口に含む。ヤンは茶とブランデーの比率が逆だったら良かったと内心思っていた。
ヤンはウランフを情報共有のために茶に付き合わせた。彼が最初に艦隊を率いて惑星パラスに赴き、地獄を最初に見た同盟の指揮官である。報告書や人伝えではない、当事者から生の情報を知りたかった。
というのは建前だった。本当はウランフが腹に溜め込んだ弱音を吐き出すための場を用意したにすぎない。
ウランフは最初は冷静に当時の状況を説明する。彼の艦隊が惑星パラスに急行して、現地市民の保護を始めたが当の避難民を乗せた民間船から攻撃を受けた。彼等は既に汚染されて意思疎通は不可能だった。やむを得ず指揮官として避難船の撃墜を命じた。
その後も攻撃する汚染船を何度も沈め、僅かに正常な反応を示す船を保護した。ところが避難民の何割かは汚染の兆候が見られて、船の中は地獄と化した。救助にあたった部下が犠牲になり、彼等もまた悪夢に囚われた。
指揮官として苦渋の決断を何度も強いられた。部下達は市民や同僚を手に掛ける事に躊躇っても、自分が命令を強要してビームを撃たせた。そうしなければ更なる犠牲が増えると本能が理解していた。
次第にウランフは感情的になり、「仕方が無かった」「あれが最善の方法だった」、悔恨に塗れた声に変わっていく。
「それからさ、部下達の俺を見る目が変わっている事に気付いた。それでも泣き言も言い訳もしなかったよ。それが司令官だからな」
指揮官は常に自信をもって指揮をして部下達を導く存在。何が起きても取り乱さず、弱気を見せてはならない。たとえ救えない命を前にしても自分達は全力を尽くしたと部下を慰め、鼓舞し、時に冷酷な命令も下して、その責任は誰かに押し付けてはならない。自ら背負うのが仕事。部下の弱音を聞いてやることはあっても、自分が弱音を吐いてはならない。
こうした弱味を見せられるのは同じ立場の者に限られる。ヤンがそうした一人だったのはウランフにとって数少ない救いだった。誰かにぶちまけなければ、精神がどうにかなりそうだった。
ヤンは思う。同盟の軍人は上官や市民の代表者である政治家の命令に従い人を殺す。しかしそれは銀河帝国の兵士であって、同じ同盟の人間となると拭い難い嫌悪感と拒否感が生まれる。せめて同盟人でもクーデターを起こした軍人や強盗の立て籠もり犯などであったら、ずっと気楽に殺せたはずなのに。
ウランフには悪魔に凌辱の限りを尽くされた哀れな犠牲者を殺める以外の選択肢が用意されていなかった。運命には慈悲など無かった。
「それでも少数の避難民は救えた。ウランフ中将はベストを尽くした。私はそう判断します」
「ありがとうヤン大将。少しだけ気が楽になった」
ヤンは何もその場凌ぎの言葉を掛けたわけではない。悪魔の生みの親であるフレーゲル中将が人員を派遣して、パラスの避難民を区分した。大部分の人々は汚染が確認されず、安全の保障を受けている。
何割かは残念ながら汚染が確認されてしまい、厳しい対応を迫られた。派遣された技術者達は即座に処理を勧めても、ヤンが待ったをかけた。同盟にもBR粒子のデータが欲しいと理由を付けて、汚染を受けた避難民の経過観察を多少強引ながら決定して時間を稼いだ。
結末は変えられなくても、せめて近しい者と最期の一時を過ごしてもらいたかった。同時に、BRにより生命の尊厳を凌辱された苦しみを引き延ばす行為でしかないとも理解している。
汚染された人々は既に肉体的、精神的にも変質を始めている。1000万人を超えるパラスの同盟市民が犠牲になり、最終的に生き延びられる市民は5万人を割るだろう。
救援を担当したウランフ以下第10艦隊の将兵は、誰もが無力感と憤りを抱えている。その感情が憎悪へと変わり、すぐ近くに居る帝国軍へ向かう事をヤンは危惧している。
今はまだパラスの戦闘が続いているため、兵達は自制が効いている。しかし戦闘が終わり、帝国軍が同盟領から撤収する時、何事も無く見送れるだろうか。ふとしたきっかけで戦闘が始まった場合、明確な勝利基準が存在しない状況では収集が付かなくなる。どちらかが全滅するまで戦闘が終わらないなど、過去の戦歴をどれだけ紐解いても悲惨極まる結末にしか辿り着かない。
その時、最上位の階級の司令官たる己はどう動くべきか。
ヤンの心は鬱々として、紅茶が酷く不味く感じた。