同盟領バーミリオン星域の惑星パラスで繰り広げられた、第一次BRミッションは人類側の勝利で幕を閉じた。しかしこれでフェリクス以下帝国軍が同地からすぐさま退散する事は無い。
汚染中枢こそ撃破してこれ以上の汚染拡大と増殖活動こそ防がれたものの、一度BR粒子に汚染された生態系は元に戻らない。これから汚染された惑星を隅々まで滅菌殲滅する気の遠くなる作業が待っていた。
作戦終了から12時間の休息の後、帝国艦隊はこれまで戦闘に参加していなかった同盟と共同で惑星を丁寧に焼き払っていく。自ら築き上げた惑星内の都市部に、提供された波動粒子を注入した核ミサイルを撃つ心境は帝国人には推し量れない。一つまた一つ消し飛んでいく自らの街の残骸。たとえ生存者が皆無、死体も人の姿を留めていないと分かっていても、彼等には凄まじい葛藤があるに違いない。
フェリクス麾下の艦隊や、帝国軍艦艇の一部が艦内工廠で生産したミサイルを使い、割り当てた地域を交代で焼き払っていく。船舶が入れない洞窟のような環境には小回りが利くR戦闘機が再度投入された。
洞窟内を進む数機の赤い機体。曲線の多いR戦闘機と違い、直線的で鋭利な突起が多く、機体のそこかしこから露出した蛇腹状のチューブが機体前方のキャノピー下部の発射口に繋がっている。フォースも通常型と異なり、制御ロッドは妙に鋭角だった。
赤い機体のフォースからレーザーではなく真っ赤な炎と青い炎が射出されて、動かない大型昆虫型汚染体を跡形も無く焼き払っていく。壁一面にへばり付いた醜悪な菌類のような汚染体は、数機のチャージした灼熱波動砲で壁ごと消滅させられた。
火炎武装型R戦闘機【R-9SK】。フォース及び波動砲が全て常軌を逸した熱量の火炎放射器で構成された特殊戦機。およそ機動性を売りにする戦闘機に搭載する事が無い兵装を与えられた忌み子。しかし生みの親たるフェリクスにはR-9Aに次いで特別な機体。
なぜなら彼が前世でまだ若手研究員だった頃に開発した機体だった。無論開発班は上司が居て、他に同僚の研究員も何人か居た。波動粒子の可能性の模索という理由から、超高温のプラズマ炎に波動粒子を混ぜてバイド汚染体を焼き尽くす。そういうコンセプトの試作機だった。
何日も徹夜で作業を続け、何体も試作機を爆破した末に産み落とされた完成品はそれなりの評価を得たものの、あくまでそれなりであった。理由は幾つかあるが、やはり火炎放射という形態が他の波動砲に比べて扱いにくく、有効射程距離に乏しい事から発展性は見込めず、後続機を一機開発した段階で系譜は途絶えてしまった。
一応生物系汚染体には非常に有効と判断、作戦終了後の局地での滅菌焼却には効果的とあって、少数ながら継続的な量産はされた。
悪い結果ではない。しかし優れた機体とは言えなかった。若い頃のフェリクスには不満の残る、しかし教訓を多く与えてくれた師のような機体に思えた。
そんな印象深い機体は異なる時を歩んだ次元にて、再び必要とされて活躍の場を得たことにフェリクスは満足していた。
イカレた開発者の青春の回想はさておき、R戦闘機を投入して各地域の作業効率は上がったものの、それでも一惑星を隅々まで殲滅するのは多大な時と労力を必要とした。
実はこうした滅菌消毒作業をせずとも、フェリクスの艦隊が保有している次元消去兵器を用いれば、ものの数時間で惑星一つを次元の彼方に葬り去れる。ただしここは同盟の勢力圏。敵が目を光らせている中で、最上位の禁忌の兵器を軽々しく使って情報を与えたくない。星系丸ごと汚染されていれば使用する選択もあるが、惑星一つなら時間さえかければ殲滅は可能と判断して秘匿する選択をした。後始末に奔走する兵達には悪いが、情報戦の一環として納得してもらう。
宇宙暦797年、帝国暦488年2月から始まった帝国と同盟の共闘も、いつの間にか3月に入っていた。この頃になれば惑星の滅菌消毒も9割程度は終わり、将兵らの精神にも少しだけ余裕が見られるようになった。帝国兵は帰還を考え、同盟兵は地獄から解放される事を何よりも喜ぶ。
余裕が出来たということは余計な思考も生まれる。特に同盟の軍人は、これまでの不満と怒りの発露が見えている。今はまだ同盟政府と上官の統制が効いていても、フェリクスの開発したナノマシン等を使いでもしなければ、人の心情を完全にコントロールする事は不可能。いずれ何らかの形で噴出する可能性を一部の者は感じ取っていた。
3月某日、アングルボダ級宇宙母艦【ターキッシュ・デライト】の一室、フェリクスとキルヒアイスがテーブルを挟んで顔を突き合わせる。二人は付き合いの長い友人だったが、今は共に面倒な仕事をどう処理するか頭を悩ませる同僚であった。
「滅菌消毒はあと2日もあれば完了します。終わり次第、我々は帝国領に引き上げますが、さて何事も無く帰れるでしょうか」
フェリクスの含みのある問いかけに、キルヒアイスは厳しい顔を崩さない。これだけで二人が楽観的に事を見ていないのが分かる。
元々帝国と同盟は互いを不倶戴天の敵と見做している。今は前例に無い緊急事態ゆえに一時的に不戦協定を結んで交戦していないだけ。それも互いの政治中枢と意思疎通すらせず、正式な文章で調印してもいない。些細な理由があれば容易く殺し合いが発生する状態は維持されたままだ。
せめてもの好材料は本来先月に行われているはずだった、捕虜交換式が後に控えているため、両軍ともに理性的行動を厳に求められている事か。
囚われた戦友同僚が帰って来る数少ない機会を、自らぶち壊す不名誉を背負いたくないから辛うじて理性は保たれている。裏を返せば捕虜の帰還以上のメリットがあれば再び戦端を開く事もありうるわけだ。
二人はそのメリットに心当たりがある。この艦を始めとした艦隊とR戦闘機。フェリクスが生み出した超兵器の数々。それらの完成品と共に技術者を生きたまま確保すれば、同盟は現状の劣勢を覆す事も容易い。
「いずれ私の持つ技術を開示する予定ですが、今はまだその時ではない。同盟には艦一隻、R戦闘機一機とて渡せません」
「人工生命体と異層次元航行の技術ですね」
フェリクスは頷いた。フォースにも使われている人工生命体BRは、取り扱いを僅かでも誤れば今回のように惑星一つを丸ごと汚染する『人の作りし悪魔』。生半可な技術と知識で手を出してよい代物ではない。
そしてもう一つの絶対的な優位。イゼルローン回廊とフェザーン回廊を使わずに、同盟と帝国領域を自由に往来する超技術、異層次元航行推進システム。先年のイゼルローン回廊での戦い、今回のバイドミッションで同盟軍もその存在を確信した。
二つの超技術をあらゆる犠牲を払ってでも手に入れたい。ならば既にある完成品を騙し討ちでも何でもして敵から奪えば良い。そうした発想に行き着くのは目に見えている。
「波動兵器とナノマシンならまだしも、この二つだけは絶対に同盟に渡してはならない。いっそ私の艦隊と貴方の【バルバロッサ】だけ、先に帝国に帰還する事も考えました」
「しない理由は?」
「お宝が無くなっても相手がそれを知らなければ、構わず帝国艦隊に襲い掛かって何もかも奪い尽くすかもしれない。残ったのは指揮官が兵を見捨てて逃げ帰った汚名だけ。外道科学者の私は今更汚名など気にしませんが、ローエングラム元帥府のキルヒアイス大将は困るでしょう」
キルヒアイスは何とも言えない苦笑いを友人に向ける。友の言う通り、兵を見捨てて逃げた汚名はただ負けるよりも、遥かにローエングラム元帥府にダメージを与える。主君ラインハルトは平民と兵の支持で門閥貴族に対抗しようとしている。にも拘らず副将の自分が兵を見捨てて逃げた悪評が立てば、一瞬で元帥府は半壊する。
あるいはフェリクスだけでもそれを土壇場で行えば、多少の犠牲を覚悟してでも襲い掛かる同盟軍と一戦交えて帰還するしかない。無視しえない兵の損失は政治的に敵対する門閥貴族の利になる。それを分かっていても、自分から持ち出した頼み事ではあるが、あえて最後まで付き合う意思を示してくれる友の義理堅さに苦笑するのだ。
「帰るまでが戦と言いますが、これほど難しい帰還作戦は初めてです」
「私は中将ですから大将のキルヒアイスに従います。なるべく犠牲の少ない戦にしてください」
キルヒアイスは一先ず上位の指揮官には、同盟が攻撃する可能性を示唆して警戒を怠らないように命じる。最悪親交を深める等の適当な理由を付けて双方の艦隊幹部数名をお互いの艦に招いて、イゼルローン回廊まで人質にでもした方がいいかもしれない。
さらに2日後、惑星パラスの全ての汚染の滅菌消毒が完了した。バーミリオン星域のバイド汚染係数は0を指している。避難民も汚染された者は全て処理済み。同盟の技術者にはこれまでの経過観察のデータは渡しても、汚染体のサンプルは全て取り上げて処分した。元より同盟には汚染体を保管する設備や制御機構は存在しない。なのにこっそり持ち帰りでもしたら、また同じ悪夢を繰り返す。そこまでの馬鹿が居たらフェリクスも激怒して、同盟の星域に手当たり次第に次元消去兵器を投入するかもしれない。
あとは帰還のため、イゼルローン回廊へ進路を取るわけだが、ここで同盟軍の別艦隊が到着した。再建した第8艦隊1万隻である。率いるのは負傷から一時療養していたアップルトン中将。
第8艦隊はイゼルローン回廊の守護者だった第13艦隊の交代の艦隊とのこと。ただしヤン提督率いる半個艦隊も一旦回廊に戻って引き継ぎが必要になるため、行きと同様に帝国軍に同伴するよう同盟軍統合作戦本部から正式な命令書も出ていた。
第10艦隊はバーミリオン星域を離れて、BRの貴重なデータや波動兵器のサンプルを確実に持ち帰る任務が与えられた。艦隊はそのまま首都ハイネセンにて休暇に入る。ウランフ提督も些か精神を病んでおり、必要な処置と思われた。
こうして帝国艦隊と同盟艦隊は肩を並べてイゼルローン回廊へと進路を取る。到着予定日は行きと同様に五日後である。
とはいえ帝国艦隊は呑気に事を構えておらず、いつでも同盟が後ろから牙を突き立てても対処出来るように警戒を怠らない。艦艇の応急修理を済ませ、R戦闘機隊の再編成も行った。破棄した機体の代わりに予備機として積んであったR-9Aで穴は埋めた。
情報収集も欠かさず、通信能力の高い戦艦や宇宙母艦だけでなく電子戦機のR-9E2とR-9ERを使い、同盟艦隊の通信を頻繁に傍受させた。
何かしら尻尾を出す事を予想していたものの、特に不審な動きや意志は見せず、邪推のし過ぎだったとキルヒアイスは軽く笑った。ただし完全に気を抜く事は無かった。
帰りの行軍が3日、4日と何事も無く続き、いよいよ回廊の出入り口が目前に迫った。この頃になると帝国艦隊もこれまでの疲労から少々気が緩み始めており、艦隊行動にも微かに乱れが起きていた。
そして第13艦隊の先頭の艦がイゼルローン回廊へ入った瞬間、突如として最も後ろを航行していた第8艦隊の艦艇数百隻が発砲。同盟艦隊に挟まれる形の帝国艦隊の一部が被弾した。
突然の凶行に帝国と同盟の多くの軍人が呆気に取られた。数秒後、イゼルローン回廊出入り口は混沌と化した。