前話の感想はほぼ同盟軍からの攻撃に関するものだったので、この場でまとめてお礼を申し上げます
あとフェリクスの前世がR-9sk系の開発班だったのは単に私の一番好きな機体だからです
シューティングは性能が微妙でも、タクティクスでは盛大にバイド焼きを量産していました
時は第8艦隊の砲撃よりしばし遡る。
イゼルローン回廊の手前に差し掛かった時、第13艦隊旗艦ヒューベリオンに通信が入る。相手は第8艦隊の旗艦。
通信兵が艦橋に映像を繋げると、ヤン提督は最初に姿を見せた将官に違和感を持った。
「こちらは第8艦隊の副司令官ストークス少将です。我が艦隊はこれより帝国艦隊へ攻撃を仕掛けるため、第13艦隊も反転して挟撃を願います」
ヒューベリオンの艦橋が静まり返る。将兵は最初、ストークス少将が何を言っているのか理解出来なかった。いち早く反応したのは、指揮机の上であぐらをかくヤン提督だった。
「それは君の一存かな。第8艦隊の司令官はアップルトン中将だ。彼はどこにいるんだい?」
「中将は体調を崩されて、現在は医務室で手当てを受けています。よって副司令官の私が艦隊指揮を引き継ぎました」
「仮に本当にアップルトンが倒れたとしても、帝国艦隊を攻撃する理由が無い。統合作戦本部からの指令も変更されていない」
「これは異なことを。同盟は邪悪な帝国を撃滅して、全ての帝国民を独裁的専制政治から解放するのが使命。悪逆非道の皇帝の走狗たる帝国軍を討つ。これほど分かりやすい攻撃理由はありません。ましてBRなる悪魔を産み落とした狂気の科学者フレーゲルを、これ以上生かしておけと?」
ストークス少将の挑発的な物言いに、ヤン以外の軍人達は一瞬同調しかけた。確かに同盟と帝国は休戦協定を結んだわけでも、正式に和平を実現させてもいない。あくまで非常事態ゆえの高度な政治判断により、戦っていないだけである。加えて非戦の理由である惑星パラスの滅菌消毒は完了している。既に帝国軍を攻撃しない理由は消えている。
「少将の理屈は分かった。だが我々軍人は個人的理由と感情から武力を行使してはならない。ましてこの場の最高階級は大将の私だ。交戦の決定は私が下す。それとも君は統合作戦本部ないし、同盟最高評議会の正式な命令書を持っているのかい?」
ヤンの階級と軍事原則を理由にした攻撃拒否にストークスは微かに鼻白む。
「では我々第8艦隊は独自に悪逆の帝国軍を討ち滅ぼします。ヤン提督はそのままイゼルローン回廊にお逃げください。あのような無価値な場所で今後も無聊を託って過ごすが宜しい」
ストークス少将は捨て台詞を吐いて通信を切ってしまった。そのすぐ後に第8艦隊から砲火が放たれ、帝国艦隊の一部に被弾した。
ヒューベリオンの艦橋に動揺が広がった。まさか本当に撃つとは思っていなかった。
ヤンはすぐさま第13艦隊全てに、発砲の禁止と旗艦以外の命令は無視するように厳命。さらに帝国艦隊旗艦バルバロッサに通信を繋げる。
キルヒアイス大将は厳しい視線をヤンに向け、部下には防護フィールドの出力維持を命令していた。
「ヤン大将。これは貴官の命令ですか?」
「違う、第8艦隊の将校が造反した。我々13艦隊は貴方達と戦うつもりは無い」
「なるほど。では我々は正当な武力の行使を行い、反撃に転じます。ただ、貴官等を信じて良いものか」
ヤンは無言で考え込む。現在、帝国艦隊は第8艦隊と第13艦隊に挟まれて攻撃されている。今から艦隊を反転させて第8艦隊と交戦した場合、今度は第13艦隊に背後を晒す。そこを再び攻撃される可能性をキルヒアイスはヤンに突き付けている。
ヤンは思考する。この状況でただ傍観者になる事は出来ない。さりとて帝国軍はこちらを完全に信用はしない。第8艦隊と協力など論外である。短い思考の中で最も合理的な決断を下した。
「全艦に通達。今すぐ艦を反転して魚鱗陣を形成、帝国艦隊を通り越して第8艦隊に突っ込め。その間、発砲は絶対にするな。キルヒアイス大将、我々第13艦隊を攻撃しないでください」
「…なるほど、分かりました。お互い犠牲は少ない方が良いでしょう」
ヤンの思惑を察したキルヒアイスはすぐに艦隊を上下に分断するように命令。
帝国艦隊が徐々に二つの集団に別れた頃には、同盟第13艦隊は回頭と陣形構築を済ませて、帝国が作った道を最大戦速で駆ける。
指揮官のストークスは自分の熱意にヤン大将が応えてくれて、帝国と挟撃してくれるものと思い込んだ。
しかし第8艦隊は突如正面に突っ込んでくる味方の第13艦隊に驚き、敵への攻撃が散漫になる。一部の艦は衝突を避けるために早々と回避行動をはじめて砲撃も止まる。さらに第13艦隊旗艦から全ての艦に通信が送られた。
「第8艦隊の将兵に告げる。私はヤン・ウェンリー大将だ。君達への攻撃命令は不当のため、最高階級の私が命令の修正を言い渡す。今すぐ砲撃を止めて13艦隊に合流せよ。命令拒否した艦の安全は保証しない。繰り返す―――」
ヤンからの再度の命令に呼応して、第8艦隊の一部の艦はその場で反転して第13艦隊に合流した。僅かでも命令拒否者が出れば、雪崩を打つように第8艦隊のそこかしこで砲撃が止まる。
ストークス少将は艦橋で怒声を放つも、気付けば艦隊の半数は既に戦闘を中断している。彼等は旗艦からの命令で帝国に攻撃を仕掛けているに過ぎない。さらに上位階級のヤンが撃つなと言えば、真っ当な軍人は命令に従う。
同盟艦隊が混乱している隙に二つに分かれた帝国艦隊は整然と方向転換を終えて前進。それぞれが敵の第8艦隊を左右から包み込む半包囲陣を形成する。挟撃の形を取っていた同盟艦隊とそっくり立場が逆転する。
この時点で同盟は統制がガタガタになっている。第8艦隊の中央を突き進む第13艦隊、それに同調して離脱を図る半数の艦艇。最初の優位性は完全に失われ、左右上下からは帝国艦隊とR戦闘機がレーザーや波動砲を五月雨の如く浴びせかける。
既に戦闘の態は成さず、一方的な掃討戦に移行するも第8艦隊の残存艦は構わず抗戦を続けている。彼等が何を思って帝国に攻撃をしているかは定かではない。しかし明確な攻撃の意思を示している以上、撃破は避けられなかった。
同盟と帝国の突発的な戦闘は第8艦隊の壊滅という形で幕を引いた。数で負けて、質で負けて、士気で負けて、大義も無い。ただ機があった。それだけで戦端を開いた愚か者が負けただけ。何の不思議も無い予定調和と言える。
およそ一千隻が降伏して一万人を超える生存者が捕らえられた。艦の制圧と敗者の取り扱いはヤン大将に一任した。今更捕虜を帝国領に持って帰ったところで仕方がない。それに大きな問題を抱えている軍人をわざわざ抱え込みたくなかった。
攻撃に加わった兵士の幾らかはサイオキシン麻薬を服用していた。それも末端兵より士官に服用者が多い。念のために同盟軍は大破した艦も調べて、倉庫に大量の麻薬があった事、死体からも麻薬反応が出た事を突き止めた。
何か知っていると思われる少将も艦の兵装を狙って破壊して無力化した後、シェーンコップ准将率いる陸戦隊が艦に突入して捕らえた。
拘束されてヤンの前に引き出されたストークスは、ひたすらに帝国への怨みをまくし立てるばかりで、サイオキシン麻薬の入手経路や叛乱の組織的繋がりの詳細は全て黙秘を貫いた。ストークスのデータを洗ってみたが、一ヵ月前に第11艦隊から第8艦隊に異動したぐらいしか分からなかった。
なお本来の艦隊司令官アップルトンは帝国への攻撃を拒否したため、ブラスターで手足を撃たれて重傷だった。一応医務室で軟禁されていた所を救出されて、現在は治療を受けている。
その後、尋問の場所はキルヒアイスの座艦バルバロッサに移された。場所を移したのは直接被害を被った帝国からの要請である。同盟軍人同士で庇い合ったり、口封じに秘密裏に殺害されるのを警戒しての処置だった。同盟の立会人はヤン、副官のフレデリカ、護衛にシェーンコップ。帝国はキルヒアイス、フェリクス、ベルゲングリューン、リンチが場に居る。
ストークスは椅子に座らされて両手足は手錠で拘束されている。彼は自由を奪われ、屈強な兵士に囲まれてもなお強い意志を失わず、双眸には強い敵意を宿していた。
「何か情報は引き出せましたか?」
キルヒアイスの問いに、ヤンは首を横に振った。時間が限られているのもあるが捕虜が非協力的なため、専門の捜査機関でもないと上手く情報を聞き出せない。残念ながら前線の軍隊にはそうした人員は用意されていない。
「いっそ拷問でもしてみますかな」
シェーンコップが冗談交じりに言い放つと、フレデリカが形の良い眉をひそめて諫める。
「いいですね拷問。都合のいい事に私は医者ですから、死なせないように最大限の苦痛を加えて素直にさせる術を色々知っていますよ」
フェリクスがやたらと上機嫌にストークスの肩に手を軽く乗せる。しかしそれでも自由を奪われた彼は屈する事無く、反対にフェリクスを狂人と罵った。このような状況でも精神が折れない不屈ぶりは勇ましくもあり愚かとも言える。
「若様よぉ、あんたが言うと笑えない冗談はそれぐらいにしておきな。とはいえこうやってにらめっこだけするのもな」
リンチが主君を戒める。彼も元は帝国に捕まった捕虜である。同じような立場に置かれる運命もあったと思うと、やや同情的になってしまう―――というわけもなく、実は相手を揺さぶる芝居である。脅し役と助け役はセットで運用して効果を発揮する。
「まあ拷問は行き過ぎた行為ですが、尋問ぐらいはさせてもらえますか」
フェリクスはこの場の最高階級のキルヒアイスとヤンに視線を送る。一方は友人の力量を信じて、もう一方は自分達が何の成果も上げられなかったため止める資格は無いと諦めから、頭のおかしい科学者に一任した。
許可を得たマッドサイエンティストは軍服の内ポケットから金属ケースを取り出し、中から針の無い圧力式ナノマシン注射器を手に取る。それをストークス少将の首筋に圧し当てて中身を注入した。
ヤンは焦った。まさか尋問と言いながら初手から薬物を使うとは思わなかった。しかし既に遅し。仕方なく成り行きを見守るしかない。
フェリクスは次に小型端末に繋がったコードをストークスの延髄に貼り付けてタッチパネルの操作をする。
自身の体に何も起きない事に少将はせせら笑ったまま、ビクンと身体が引きつった。続いて目を見開いたまま硬直して、口だけが小刻みに震え始めて、喉の奥からうめき声が漏れる。
「さて、始めましょうか。帝国軍に攻撃を仕掛けた理由は?」
「…依頼された。上手くいけば大金が貰える」
ストークスは己の意思と無関係に真実を語り、信じられないという驚愕が顔に張り付いた。
「どこの誰に頼まれましたか。また攻撃した後はどうするつもりでした?」
「フェザーンの自治領主補佐官のボルテック。攻撃して…ぐぉ…フ、フレーゲルの新兵器を強奪する予定だった」
ヤン達同盟軍人はよもや商人に買収されて、一参謀が艦隊を乗っ取るとは思っておらず動揺を隠せない。反対にキルヒアイス達はむしろ納得した。ここにいる帝国軍人達は全員何らかの形でフェリクスが生み出した超兵器の価値と非常識さを知っている。いずれどこかの勢力が非合法でも奪い取ろうと強硬手段に訴えるのは目に見えていた。フェザーンなら奪った兵器を転売ないし、技術を自らに取り込んでコピー品で巨万の富を得るつもりか。
「今回の襲撃以外に何か兵器を奪う手段は考えていましたか?」
「な、無い。…本来は帝国兵を買収して、あぁっ…秘密裏に入手する予定だったが…上手くいかないから…艦を沈めて回収す…」
ストークス少将は大量の汗に加えて鼻孔から出血している。己の意思に反した発言への必死の抵抗により血管が破れたのだろう。しかし彼の抵抗も無駄だった。他の協力した者の名前を息の続く限り喋らされて、そのたびに身体のあらゆる穴から出血を繰り返している。右目は毛細血管の破裂で恐らく失明した。血尿も垂れ流して苦痛に喘ぐ。
「ところで艦隊からサイオキシン麻薬が大量に見つかりましたが、あれはどこから手に入れました?」
「……ちきゅう教徒…もうやめ……て……うあ、ふぇざーんからやつら…もつかえと……あっあっあぁ……」
「待ったフレーゲル中将!これ以上は死んでしまう。後は同盟の情報部に任せてくれ」
最低限必要な情報は手に入ったので、ヤンの制止を受け入れて尋問を終えた。端末を片づけて、力無く頭が下がったストークスは待機していた医療班が医務室に連れて行く。
「地球教徒とフェザーン、相変わらず薬中と金の亡者がお手々繋いで好き勝手してくれる」
フェリクスは酷くつまらない物を思い出したように鼻を鳴らす。キルヒアイス達帝国軍人も似たような反応、あるいは不信感や怒りを見せる。
反対に同盟軍人はどういうことか尋ねて、過去に帝国で起きた地球教徒の蛮行とフェザーンとの金の繋がりを教えられて憤慨する。むしろ何故同盟ではその事実が広まっていないのか、帝国軍人は理解に苦しむ。
唯一フェリクスは前々から同盟の情報を多少集めていて、地球教徒が大手を振って布教している事を知っている。おそらく関係のあるフェザーンが賄賂漬けで同盟政府の上層部を抱き込み、メディアも株を大量保有して経済的に支配して黙らせていると告げた。
ヤンは過去の歴史から商人が国家を好きに動かす事例を知っており、とっくに同盟は首根っこを掴まれていた事に今更気付いた。
とはいえ一司令官にすぎないヤンがどうこう出来る話のレベルではない。帝国もフェザーンの背信行為を訴えても、直接の指示者が補佐官程度では抗議以上の行動は取れない。せめて自治領主のルビンスキーの関与があれば直接介入も出来るが、下を切り捨てておしまいだろう。
それより同盟が帝国軍を攻撃した事実をどう扱うかの方が大きな問題である。捕虜交換式を控える時期に、結果的に交換式の総責任者であるキルヒアイス大将に奇襲を仕掛けた。これは無視しえない同盟側の不義理である。何かしらの謝罪や弁明が無ければ式は取り止めとなり、再び同盟と帝国は交戦する可能性さえある。
まして
ヤンは司令官として事の次第を全てハイネセンの作戦本部と政府首班代理のトリューニヒトに説明する義務がある。そこからは上の仕事でも随分と気が重い。ひとまず戦闘の後始末を済ませて、通信能力の高いイゼルローン要塞への帰還を急いだ。
数日後、要塞に帰還した第13艦隊と帝国軍。留守番組から歓迎され、両軍兵士はしばしの休息を与えられた。
ヤンは首都星ハイネセンにBRミッションと第8艦隊の叛乱を報告した。当然軍上層部と政府は今後の対応に大慌てになり、即時返答は出来ないから帝国軍を数日で良いから引き留めるように新たな命令が下された。とんでもない無茶ぶりの命令にヤンは溜息しか出なかった。
仕方なく捻り出した名目が捕虜交換の前の親睦会である。とにかく歓待して酒を飲ませて時間を稼ぐ。自分が酒を飲みたかったのではない。古来より敵との和解には酒と御馳走が一番なのは疑う余地が無い。そうした大義名分で武装して要塞の備蓄を放出。帝国軍人を要塞に招いて同盟料理を振る舞い、艦にも景気よく酒や娯楽品を差し入れをした。まるで議員の選挙活動のような事をしていると気付き、自己嫌悪に陥って酒量がさらに増えた。
帝国側というかキルヒアイスも捕虜交換が流れてしまうと、自分達の戦略に結構な修正を加える必要性があるため、関係改善の歓待を受けざるを得ず、イゼルローン回廊に留まる選択をした。
そうして二日間、同盟と帝国の将兵は暇を持て余して飲み会を頻繁に行い、奇妙な友情を育んだわけだが、馴れ合いの終わりは唐突に告げられた。
宇宙暦797年、帝国暦488年の4月1日。帝国にて、かねてから宰相リヒテンラーデ公爵とローエングラム侯爵に不満を持っていた門閥貴族が【リップシュタット貴族連合】を称して、皇帝エルウィンを操り暴政を繰り返す悪逆非道の奸臣を、武力を用いて排除する旨を宣言した。銀河帝国は二つに分かれて相食む内戦に突入した。
同時に自由惑星同盟も大騒乱が起きていた。同盟軍統合作戦本部から緊急を要する命令がヤンに下った。
「同盟の複数の惑星で軍が武装蜂起、内戦状態に陥った。ヤン提督の第13艦隊はただちに武装勢力を鎮圧せよ」と。
さらに一部の地方政府がハイネセン中央政府の政治能力の欠如と度重なる無能無策に憤り、もはや頼りにならぬと独立を宣言。『自由連合協定』と呼ぶ盟約を結んだ連合体を発足した。
銀河は混迷の時代に突入した。
お気づきの方もいると思いますが今回の尋問シーンはハンター漫画のアレのオマージュです