貴族連合の副盟主リッテンハイム侯爵の戦死、および五万隻の兵力壊滅。
この情報が飛び交った時、ラインハルトと配下の軍人達は歓喜の声を上げる。
そして袂を分かったブラウンシュヴァイク公爵もまた、ライバルが減った事で政治的優位性を盤石にした事を秘かに喜びながら、長年鎬を削った侯爵の死に手向けの酒を注いだ。その上で侯爵の弔い合戦と称して貴族の士気を高めて、戦いへと送り出した。ただし戦意は高くとも兵の質が上がるわけも無く、無策で突っ込んだ貴族は簡単にラインハルト軍に狩り取られて、少しずつ戦力を減らしていった。
貴族の散発的な攻撃が続く中、ある戦いではこれまでの鴨撃ちとやや勝手が異なる敵と会戦した。
シャンタウ星域に布陣した貴族軍を相手取るのは、ローエングラム軍きっての名将ロイエンタール。両の眼の色が異なる金銀妖瞳の美丈夫は、これまでの貴族を低能と断じたが、今回の戦に限っては容易ならざる難敵と認めざるを得なかった。
最初は堪え性の無い駄犬の様な貴族をあしらっていたが、やけに自軍の被害が多いのに違和感を持った。一度の砲撃で数十の艦が消し飛んでいく。これは明らかに異質なモノが戦場に混じっている。しかもあの青い光に見覚えがある事にロイエンタールは気付いた。
「ヘイムダル級戦艦か」
かつて戦場で肩を並べて戦った殺意を具現化した巨大戦艦。一隻だけ貴族連合に渡ったフレーゲル博士の置き土産。確か二年前に兄に譲渡したと聞いている。あの超性能の戦艦なら凡人が操っても無視しえない被害を敵に与える。今回は男爵私兵軍のガルム級巡航艦の簡易量産型が数隻おまけについている。味方の時には頼もしかったが、敵に回すと頭が痛くなるような疫病神である。
さらに奇妙なのは、これまで好き勝手に突撃して連携の初歩すら無かったのに、今回は多少拙くとも組織的な艦隊行動を心掛け、こちらの弱い部分を的確に突いて損害を与えてくる。良い指揮官が統率しているのを察した。
「フレーゲル男爵ではないな。この粘りのある的確で堅実な動きは……メルカッツ提督か」
貴族側に付いた数少ない正規軍の将官メルカッツ上級大将。一部では昨年退役したミュッケンベルガー元帥以上の戦術家と噂される老将。
老将というのはなかなかどうして、簡単に若者に軍功を立てさせてはくれぬ。
ロイエンタールは数秒思考した後に艦隊に後退命令を出す。幕僚は動揺したが被害を最小限に抑えて次の戦に繋げる戦術的後退と説明した。
とはいえ一流の将相手に撤退するのは並々ならぬ将の技量を要求される。古来より最も難しいとされるのは撤退戦である。敵が勢いに乗って追撃するため、無防備な背中を見せれば容易く撃破されてしまう。
ロイエンタールは後退しつつも敵陣の比較的弱い部分に攻撃を加えて圧力を下げ、陣を広げて包囲する素振りを見せるなどして相手を幻惑させて、それなりに被害を出しながらも艦隊を安全圏に逃がした。用兵家のメルカッツ相手に見事な撤退を成し得たのは、ひとえにロイエンタールの非凡な才覚だ。
久しぶりの勝利に湧き立つ貴族を尻目に、メルカッツは難しい顔を崩さない。副官のシュナイダー少佐はこういう時の提督はまだ難事が続くと考えていると察して、努めて黙っていた。
逃げ帰ったロイエンタールをラインハルトは罰しなかった。面子にこだわって無駄に兵を死なせるよりも、早々に撤退を選んで戦力保持した戦略眼を褒め讃えた。
軍の士気は敗北して若干下がっても、これまでの連戦連勝から来る驕りを失くし、気を引き締めるのに役立つ。トータルで言えば誤差の範囲のマイナスだろう。
対して貴族は久しぶりの戦果に大いに浮かれる事だろう。まだ誰も主だった将を討ち取ってもいないのに、もはや我々の事など取るに足らぬ弱兵と侮るに違いない。そこを効果的につついてやれば、面白いように踊ってくれる。奴らは所詮特権に慣れ切った道化でしかない。
ラインハルトの卓越した頭脳は既に次の策を描いていた。
ローエングラム軍きっての将ロイエンタールを退けた功績は貴族連合を大いに勢い付かせて、もはや金髪の
軍を指揮したメルカッツは浮かれる貴族たちを醒めた目で見つめている。敵はまだまだ兵力に余裕があるのに、誰もがもはや勝った気でいる。正規軍なら一喝して兜の緒を締め直すのに、貴族には何を言っても無駄なのはこの数ヵ月で嫌というほど味わった。
メルカッツは水を差さぬように数日沈黙していたが、代わりに貴族の宴を叩き壊す者が現れた。
ラインハルトが要塞に向けて超光速通信を映像付きで送ってきたのだ。貴族たちはようやく平民が自分達の偉大さを再認識して、頭を垂れて許しを請うと思い込んだ。
立体映像のラインハルトは最上位の美貌を全く崩さず、むしろ不遜なまでに自信に満ちた態度で貴族を挑発した。―――貴様ら臆病蒙昧な貴族など恐れはしない。今から決戦を始めよう。嫌なら食うに困らない財は残してやるから素直に降伏せよ。
さらに先日破れたリッテンハイム侯爵を嘲笑った事で、貴族は一斉に怒りを爆発させた。もはや金髪の
やがて要塞付近にローエングラム軍が姿を現す。若い貴族は待っていたとばかりに出撃していく。メルカッツは挑発に乗らぬように制止したが、誰も聞き入れない。英雄に祭り上げられたフレーゲル男爵が先陣を切ったのが若い貴族を一層増長させていた。
要塞砲の範囲外を周遊していたミッターマイヤー艦隊は、のこのこ出てきた貴族軍に追い立てられるように逃げ帰った。無様な姿を曝した疾風の平民提督を貴族は、逃げ足だけが疾風の如き早さだったと盛んに嘲った。
次の日もミッターマイヤーは要塞を前にして、貴族に砲を向けられた途端逃げ帰る。その翌日も同様だった。メルカッツやファーレンハイトの様な正規軍人は下手な挑発と気付いていたが、貴族にはそれが分からない。これ以上の無意味な出撃には罰則を科すと通告しても、誰も下級貴族のメルカッツに従う者は居なかった。彼等の司令官は既にフレーゲル男爵に移っていたのだ。
その後も度々要塞の周辺をうろつくミッターマイヤー艦隊。今度も何もせず狼ならぬ駄犬が尻尾を巻いて逃げ出すかと思われたが、その日だけは様子が違い、果敢に要塞にミサイルやビームを放って攻撃の意志を示していた。
貴族は躾と称してこぞって軍艦を発進させる。既に実質的な軍事の最高司令官に座るフレーゲル男爵と盟主ブラウンシュヴァイク公爵も、この日は士気を上げるために出撃する。あるいは勢いのままに小生意気な金髪の
ミッターマイヤーは要塞砲の射程外で、陣形を整えて貴族軍を迎え撃つ。しばらくビームとミサイルの応酬が続き、貴族軍が大軍を差し向けたのを見定めた所でゆっくり後退。回頭して全速で退却した。
貴族軍はまた臆病な犬が逃げ出したと馬鹿にして追撃をかける。メルカッツをはじめファーレンハイトやフレーゲル男爵は、やや不審を抱いて速度を緩めるも、大半の貴族は狩猟の兎を仕留めるような気分で追い続けた。
要塞からかなり離れた宙域まで逃走を図ったミッターマイヤー艦隊は突如として組織的に方向転換。ただ追いかけているだけの貴族軍の無秩序な群れの側面に回り込んで、弱い横腹に中性子ビームをしたたかに撃ち込んだ。
突如として腰抜けから獰猛な猟犬へと変貌したミッターマイヤー艦隊に、貴族は動揺して思考停止した。そのまま少なくない数の艦が中の人間と共に爆散。
陣形もないただの集団は中央から容易く食い破られて、前後の二つの集団へ強制的に分けられた。そこにすかさずロイエンタール艦隊が前半分の塊に攻撃。容赦の無い攻めを受けて先団は壊滅。ようやく混乱から立ち直った貴族は恐怖に駆られて、恥も外聞も投げ捨てて一目散に要塞へと逃走する。
統率を欠き、ただただ無秩序に逃げ惑う貴族の軍艦はしかし、既に卓越した司令官ラインハルトの術中に嵌っていた。
既に貴族軍は両側面に展開したケンプ、メックリンガー、ビッテンフェルト、ミュラーの艦隊に挟まれて、豪雨の様なビームとミサイルの餌食になるだけの的と化していた。数万の軍艦と数千の貴族が宇宙を漂う残骸に変えられた。
ブラウンシュヴァイク公爵は絶叫して家臣に離脱をまくし立てる。もはや一軍の盟主、帝国最大の門閥貴族といった矜持や誇りなど気にしていない。ただ死を恐れたちっぽけな一人の男でしかなかった。
「遅い!遅いぞ!もっとスピードを出せ!盾艦は両方切り離して構わん!」
言われた通り旗艦ベルリンは両舷に備え付けた盾艦を切り離して速度を上げる。絶え間無い砲撃により周囲の艦が次々爆発していく様に、公爵の精神は限界まで摩耗していた。
ミッターマイヤーとロイエンタールの両艦隊が快速を活かして、要塞に逃げ込もうとする艦を丁寧に潰し、今まさにブラウンシュヴァイク公爵の座艦ベルリンを沈めようとした瞬間、両艦隊は側面から攻撃を受けた。
ローエングラム軍と同様に、要塞への逃走ルートの側面に展開していた二個艦隊。メルカッツ、ファーレンハイトの艦隊がギリギリのところで盟主を救い、ミッターマイヤー達に少なくない損害を与えていた。
本陣の中央に王者の如く佇むブリュンヒルトの艦橋から戦況を見守っていたラインハルトは、ブラウンシュヴァイクの首まで取るのは難しいと考えていた。それでも大半の貴族をこの一戦で殺し切ってしまえば、内戦はほぼ終わる。どのあたりで切り上げるか思考に耽っていた瞬間、艦内に緊急の警報音が鳴り響く。
次の瞬間、ブリュンヒルトの真正面の空間が歪み、巨大な物体が出現した。巨大な艦首砲口の下部に女神像、船体の至る所に備え付けられた旋回砲塔、側面装甲に埋め込まれたビーム砲を避けて彫り込まれた黄金の彫刻。圧倒的な破壊を追求しながらも無理矢理芸術性を押し付けられた、どうにも統一感の無い巨大戦艦、ヘイムダル級戦艦【ポレンタ】が浅度異層次元より通常空間へ舞い戻った。
「ふはははは!金髪の
わざわざブリュンヒルトに通信を繋げて大音量で喚くフレーゲル男爵。彼はローエングラム軍が最も手薄な機を狙って、ラインハルト唯一人の首級を狙うために敵陣の中央まで乗り込んで来た。他の貴族は全て囮、叔父だけは生き残らせるようにメルカッツとファーレンハイトに言い含めてある。叔父と女帝になるエリザベートさえ生き残れば、ブラウンシュヴァイクは全てが手に入る。それこそ自分がここで
「貴様さえ死ねばこの戦は終わる!潔く死ねぇ!!」
「まあ、貴様が来るならここだろうとは思っていたぞ」
絶体絶命の窮地に立たされてもなお、ラインハルトは至極涼しい顔のままだった。潔く死ねと言ったフレーゲル自身すら訝しみ、同時に艦橋を揺らす爆発で上部砲塔のビームが照準を乱した。
ビームはブリュンヒルトの右舷を掠めて、装甲の一部が融解する。直撃していたら死んでいたと、ラインハルトは内心ちょっと焦った。
フレーゲルは右側からミサイル攻撃を受けた報告を受けて右を見る。そこには自分の座艦と極めてよく似た艦が、無数に漂う装甲板の中に佇んでいた。病院船の偽装を解いた、ヘイムダル級戦艦【メロマカロナ】である。
「馬鹿なヘイムダル級だと!?まさかフェリクスが寝返ったか!?」
「貴方の弟君は寝返ってなどいませんよフレーゲル男爵」
【ポレンタ】の艦橋にキュンメル男爵の顔が映る。フレーゲルは弟と懇意にしている少年を睨みつける。
「フレーゲル博士は公爵夫人とエリザベート様に危機が及ばぬように私を頼ってくださった。この艦は信頼の証に頂きました」
(そういう事か。あいつめ、やるようになった!)
フレーゲルは弟の余計な気遣いに腹を立てつつも、貴族として成長した事を喜んだ。おそらく弟は自分とキュンメルどちらが生き残っても、叔母や従姉妹を護れるようにキュンメルを支援した。自分と叔父が倒れても、弟や従姉妹が生きていればブラウンシュヴァイク一族はある程度存続する。血と家名を絶やさない弟の選択は実に貴族らしい。あの落第もようやく身内を切り捨ててでも利を得る一端の貴族になった。
「いいだろう、キュンメル男爵。貴様を弟フェリクスの代理人と認めて一騎討ちを所望する!ローエングラム元帥、我らの戦いに手を出すな!」
「―――分かった、存分に戦え。全艦、巻き添えで沈められぬように、ヘイムダル級戦艦から大きく距離を取れ」
なぜか総司令官の己の首より男爵の方に勝手に執着するフレーゲルの思考にラインハルトは混乱しつつ、ブリュンヒルト他の艦はかなり距離を取った。
他の艦が全て退避した即席の闘技場の中央で、同じ創造者から生まれた姉妹艦が睨み合う。
「「ファイエル!!」」
両者が同時に発砲して決闘は始まった。側面ビーム砲の赤、上部砲塔から放たれる高出力ビームの青、無数の対空レーザーの光、大型ミサイルの爆発による波動粒子の奔流。通常なら考えられない至近距離からの戦艦同士の殴り合い。
これだけ近ければ防護フィールドは布切れ一枚の価値しか無い。ビームの乱舞は互いの装甲を損壊させ、砲塔は潰れ、ミサイルサイロの一部は誘爆で消し飛んだ。
それでもヘイムダル級は健在なまま、ノーガードの肉弾戦を続けている。互いに艦首波動砲は敢えて使わない。アレはチャージに時間を要し、その間はエネルギー配分の関係上、他の兵装が疎かになる。
艦内ではそれぞれの軍人達が恐怖と共に強い使命感を持って己の職務を全うしている。
動力炉をフル稼働させながら臨界を越えないように、機関士は細心の注意を払って出力調整。
艦内に火災が発生すれば、すぐさまダメージコントロール班が消火と隔壁閉鎖。
操舵士官は少しでも相手のビームを躱しつつ、優位な位置を確保しようとミリ単位のスラスター制御。
火器管制は絶え間無く彼我の位置が変える中で先を読み、常に最適な兵装の選択と偏差射撃で精神がすり減る。
兵士の質は互角。艦の性能も元が同型ゆえに改修した【ポレンタ】が動力炉の性能を落としても、主砲の波動砲さえ使わなければ差はあまり無い。指揮者のフレーゲルとキュンメルは軍人ではない。両者が互角となると、このまま戦い続けた先は共倒れ。その前に艦首波動砲を相手に当てれば勝てる。フレーゲルは機を待つ。
キュンメルは恩人から渡された切り札の使い時を思案する。ここで切らなければ消耗戦の末に、こちらに甚大な被害が齎される。結論を出した少年は指揮を艦長のロイシュナーに任せて、一人格納庫へ赴く。
【メロマカロナ】から一機の鋼色のR戦闘機が機械部品で球体の大半を覆ったフォースと共に発艦する。艦に張り付きながら移動するため、【ポレンタ】からは死角になって気付かれない。
ビームの嵐の間隙を見計らい、R戦闘機【TL-2A】が比較的迎撃兵装の手薄な艦底部に突撃。ビームサーベルフォースから発する黄金のエネルギー刃で装甲をズタズタに引き裂いた。そこから瞬時に人型へ変形。手にした銃のチャージが終わると同時に、青い波動弾体を艦の真上に向けて放った。
艦底から艦内を貫いた光は艦の上部装甲までも蹂躙。加えてR戦闘機が艦内に侵入した事で【ポレンタ】内は大混乱に陥った。
いかに超性能を誇るヘイムダル級とて、艦内までは強固な装甲に覆われていない。ましてフォースのエネルギーに耐えられるはずもない。成すがままにされ、外からはここぞとばかりに妹艦がビームを滝のごとく姉に浴びせる。
「…ここまでか。食い詰めた騎士階級の
フレーゲルの命令に、軍人達は我先にと艦橋を去り、脱出シャトルに殺到した。残ったのは男爵と参謀のシューマッハ大佐のみ。
「男爵閣下はいかがなさるので?」
「私が仕掛けた決闘なのに逃げるわけにはいかんだろう。貴様もさっさと逃げろ。フェリクスを頼れば禄は食める」
気位ばかり高くて平民を見下す典型的な嫌な貴族だった男爵をシューマッハは嫌いだったが、上官である以上は死までは望まなかった。しかし当人がこれ以上生きるつもりが無いと悟り、無理にでも連れて行く事はしなかった。
艦橋を出る間際、フレーゲルはシューマッハに最後の言葉を投げかける。
「シューマッハ、これまでの忠勤ご苦労だった。平民は平民らしく平穏に暮らせ」
最後の最後に家臣への感謝を漏らした男爵の背中に、シューマッハは無言で敬礼した。
フレーゲルはただ正面の宇宙を見つめる。艦は至る所で爆発が起き、無数のレーザーが船体を貫く。艦橋のモニターや端末はエネルギーの逆流でショートが起きて破損する。素人が見ても【ポレンタ】は瀕死だった。
「来たか」
フレーゲルの眼前には青と鋼色の装甲を持つ不格好な人型のロボット。手には銃器と赤い剣。背にはよく分からない球体を背負っている。ただ、あの機械には、直感的にキュンメル男爵が居ると気付いた。
徐々に迫る不気味な殺戮機械を前にしても、フレーゲルは微笑んでいた。強いて言えば弟が兄を超えたことが嬉しかったのかもしれない。
TL-2Aがビームソードを振りかぶる。あれが振り下ろされた時、己はヴァルハラへ行くことになる。恐れは無い。自分は銀河帝国の貴族として何ら恥ずべき生は送らなかった。胸を張って大神オーディンに謁見しよう。
「見事だ」
フレーゲル男爵の最期の言葉は恨み言とは無縁。キュンメル男爵と弟フェリクスへの純粋な称賛だった。
振り下ろされた灼熱のビーム刃は艦橋を消し飛ばし、ヴィクトル・フォン・フレーゲルは26年の短くも満ち足りた生涯に幕を下ろした。
兄と弟の代理人による姉妹の死闘に決着が着いた時、戦も既に勝敗は決していた。大半の貴族軍は討ち取られ、僅かに逃れた艦は再び
甥の死を知ったブラウンシュヴァイク公爵はメルカッツの襟を掴んで詰った。なぜ甥を死なせたのか、と。老将は静かに残酷な事実を伝える。
「男爵は自らの命より公爵閣下を優先させました。金髪の
「あの大馬鹿者め!なぜ親より子が先に逝くのだ!?あやつにはまだまだ働いてもらう事が山ほどあったのだぞ!!」
公爵は人目も憚らずに大粒の涙を流して天に向かって慟哭した。メルカッツを掴んでいた手は力なく落ち、腹心のアンスバッハに肩を借りて老いた父親は自室に引き籠った。
メルカッツの副官のシュナイダーは、上官の妻子を人質にして無理矢理戦わせているくせに、自分の甥が死んだ事を悲しむ身勝手な公爵に反感を抱く。
そのメルカッツは若い副官を嗜めた。極めて冷淡というより諦観の境地から、
「貴族なら珍しくない。公爵こそ帝国が育てた貴族、そして帝国が抱える病そのものなのだ。その貴族もいずれは病により死に絶える」
シュナイダーははっとした。まさしくこの内乱により死滅しかける貴族の事を指している。あるいは遠からず帝国そのものが潰える予言なのかもしれない。