リップシュタット連合の盟主ブラウンシュヴァイク公爵が毒酒を飲んで自害した後、生き残った貴族が降伏を申し出て
制圧部隊と共にローエングラム軍きっての名将ミッターマイヤーとロイエンタールが要塞に足を踏み入れる。残っているのは戦いに疲れて項垂れた貴族ばかり。彼等は自害する決意も戦い果てる気概も無かった。ただ喚いて恐れ慄くばかりの鼠程度の価値しか無い。
ある貴族は平民のミッターマイヤーにすら媚びを売る視線を向けて助かろうとしている。あまりの情けなさに二人は嫌悪感を隠さなかった。
「あんな輩が去年まで俺達を扱き使っていたと思うと、過去の俺達はよく耐えてきたものだ」
「卿は耐え切れずに銃殺しただろう」
クロプシュトック領での事を持ち出されたミッターマイヤーはバツが悪そうに、あの時は助かったと親友を持ち上げる。
「ともあれこの連中の命運は尽きた。これからは我々の時代だよ」
「なら今日はローエングラム元帥に乾杯しよう」
「ふっ、朝まで付き合おう」
新たな時代を象徴する二人の若き軍人は、敗者で塗り固められた廊下を輝かしい栄光と共に歩く。
9月になり、
広間の最も奥まった中央の椅子には最も若い元帥ラインハルト・フォン・ローエングラム侯爵が座り、主だった将が参列する。ラインハルトの右隣には最も頼りにする親友ジークフリード・キルヒアイス上級大将、左隣には参謀長パウル・フォン・オーベルシュタイン准将が並んだ。
戦勝式典は捕虜との対面から始まる。生き残った貴族は例外無くラインハルトに媚びを売るか命乞いをして、諸将の嘲りを買った。彼等は全て近日中にオーディンに送られて、宰相リヒテンラーデの沙汰を待つ。
次に引き立てられたのは上級軍人だった。多くは粛々と処分を受け入れた。貴族との違いは軍人は皆が死に怯える事が無いという点だ。中には媚びどころか堂々とラインハルトに向かって、戦いたいから敵になったと放言する将官も居る。かつてラインハルトに率いられた事もあるファーレンハイト中将は、そのふてぶてしいまでの覇気を気に入られて、すぐに手錠を解かれて諸将の末席に加えられた。
本来ここにはファーレンハイトと並ぶ正規軍の名将メルカッツも居るはずだが、彼は妻子を置いていつの間にか行方をくらませてしまった。今どこで何をしているのか、生死すら不明とあってはどうにもならない。
他に終戦までレンテンベルク要塞に閉じ込められたままだった、オフレッサー上級大将やシュターデンは貴族連合が負けた事を聞かされて、自分達が敗軍にされた事に肩を落とした。いずれオーディンに赴き、改めてラインハルトに面会するまでは処遇は預けられた。
次に現れたのは、士官や衛兵のざわめきを割って姿を見せたアンスバッハ准将である。ブラウンシュヴァイク公爵の腹心とまで言われた男は、何を思ったのか巨大なガラスの棺を浮遊式カートに乗せて運んでいる。中には最低限の葬儀の形式を整えた主の遺体が収められていた。
あまりにも派手な登場は、周囲から軽蔑の視線を集めた。まさか許しを乞うために主君の死体すら道具にするような男が居たとは。若い軍人ほどアンスバッハに口には出さない侮蔑の視線をぶつける。
無数の嘲りを受けても表情一つ崩さないのは大した厚顔だ。ラインハルトもまた彼を無言で侮蔑する。どのような申し開きをしても、若き元帥は准将を生かして部屋から出す気は無かった。
アンスバッハは手錠をかけられたまま棺のスイッチを押して蓋を開ける。そして無言のまま物言わぬ主君の
冗談のような光景に、周囲どころか銃口を向けられたラインハルトすら瞬きを忘れて動けない。
主君の遺体から臓腑を抜いて、代わりに銃器を隠すあまりに非常識な奇策。だからこそ衛兵は見抜けず、この主従を広間に通してしまった。
「死ね、成り上がりの若造」
殺意は言葉と灼熱の光線となって放たれた。
しかし光線がラインハルトの眉間に到達する前に動く者が居た。キルヒアイスである。彼はほんの0.1秒だけ早く幼馴染の右肩を掴んで渾身の力で前に引き倒した。おかげで彼の金糸のように美しい金髪の数十本と、座っていた豪奢な椅子の背もたれに大穴を開けただけに終わる。
さらに0.5秒後、アンスバッハの両腕はブラスターごと肩から床に落ちていた。周囲には肉と軍服の焦げた臭いが漂う。逆にブラスターの光に身を焼かれたのだ。光線はキルヒアイスと同じくラインハルトの隣に居た、オーベルシュタインの両眼より放たれていた。
「やはり私如きでは英雄に届かぬか」
暗殺者の自嘲と同時に広間は騒然となり、最も近くに居た将のビッテンフェルトがアンスバッハを殴り倒して拘束した。
引き倒された時に鼻を打って流血したラインハルトは、やはりキルヒアイスに起こされてハンカチを渡された。
取り押さえられたアンスバッハをラインハルトは鼻を抑えながら見下ろす。何を最初に言うべきか悩んでいた時、唐突に聞き慣れた、しかし本来この場で聞こえるはずの無い声に意識を奪われた。
「皆さん静粛に、静粛に願います!慌てず走らず落ち着いてください!ちょっと前を通して」
軍服ではない、貴族の簡易礼服に白衣を纏う若い男。医者にも見えるが軍医ではない。暗褐色の茶髪を後ろに流したそれなりに顔立ちの整った中肉中背の青年。
「フェリクスだと?なぜ卿がここに居る?」
「それは追々話ます。皆さんお聞き願いたい!この暗殺劇はアンスバッハが画策したものではない!裏で陰謀の図面を書いた者が居る!それは極めて高位の貴族である!」
唐突に現れて陰謀の存在を声高に叫ぶ貴族の青年フェリクス・フォン・フレーゲルの話に、広間は静まり返る。
「ラインハルトの暗殺を企てたのは、帝都オーディンで幼帝エルウィン陛下を操る宰相リヒテンラーデである!あの権力欲に取りつかれた外道は、邪魔な門閥貴族を駆逐して、用済みになった同盟者のローエングラム元帥を最後に始末するつもりだった。我が叔父ブラウンシュヴァイク公爵は書簡にて暗殺の依頼を受け、自らの死を利用して腹心のアンスバッハに実行を託した!」
広間に居た者は悉く驚愕した。驚かないのは捕らえられたアンスバッハと、普段から感情を出さないオーベルシュタインぐらいだ。
元からラインハルトはリヒテンラーデとは、期間限定で同盟を結んでいたに過ぎない。あくまで権力を握り邪魔な貴族を駆逐するために、政と武が一時的に組んでいただけ。信頼など最初から存在しない。用が済めばすぐにでも両者は争う以外に道は無い。オーディンに居るヒルデガルドからも、リヒテンラーデが色々と陰謀を巡らせている情報を知らせてもらっていたが、こうも早く駆除されるとは思っていなかった。
ましてその情報をなぜか友人のフェリクスが握って、オーディンから
そのフェリクスは無警戒にアンスバッハに近づく。一瞬視線を交わし、両者は僅かに頷いた。そしてアンスバッハの懐から無造作に手紙を抜き取った。
「ここには悪逆宰相から叔父に当てた手紙の内容が書かれている!オーベルシュ…あー両の義眼壊れていますね」
「内蔵ブラスターを使ったら壊れました。不良品ですよ」
「元から一度きりの切り札ですから仕様です。また今度改良品を用意しますから」
「余計なお世話です」
唐突に漫才を始めた両者に空気が和んだ。気を取り直してたまたま隣に居たビッテンフェルトに手紙を読めと押し付けた。
拘束しているアンスバッハの止血と治療をすると言われて、渋々フェリクスと交代で手紙を開いたビッテンフェルトは広間に響き渡る大きな声で手紙を読み始める。
内容は貴族らしくやたらと装飾過多だったが要約すると、宰相からラインハルトの暗殺を頼まれたからアンスバッハに実行を指示する事。自らは敗戦の責任を取って死ぬから遺言として受け取れ。長きに渡る忠義への感謝と労いの言葉が綴られていた。
「みなさん聞きましたか!暗殺は悪党宰相リヒテンラーデの明確な宣戦布告です!これを座して眺めて良いのですか!売られた喧嘩は買うのが帝国軍人!違いますか!!」
「お、おー!!そうだ!首謀者を許すな!」
「黙ってやられっぱなしで済ませるな!」
「あの妖怪に目にもの見せるぞ!」
広間は宰相リヒテンラーデへの反発と報復心で満たされる。色々と引っかかる点も多いが、多くの軍人はリヒテンラーデ許すまじの声を上げる。これにラインハルトは応えて、半日後にミッターマイヤー、ロイエンタール、ミュラー、ビッテンフェルト、ケンプの五艦隊がオーディン制圧とリヒテンラーデ逮捕の命令を受けて、要塞より発進した。