前回は感想数が多くて返信は出来ませんので、この場を借りてお礼申し上げます。
皆さん目からビームがお好きですね。私もロマンがあって大変好きです。オーベルシュタインも上官を救って満足している事でしょう。
暗殺劇の起きた日の深夜。
テーブルに簡単なつまみと白ワインが用意されている。まずは喉を潤すために金赤コンビが一杯グビっとワインを飲み干す。
「で、なぜ卿がここにいて、あんな三流芝居を始めた」
「あーやはり下手な芝居と分かりますか」
「当たり前だ。卿に役者の才能は無い。誰に言われてやらされた」
「脚本家は叔母上です。私は無理矢理舞台に立たされた駆け出しの役者ですよ」
二人は意外な人物の名が出て首をひねる。フェリクスの叔母といえばブラウンシュヴァイク公爵の妻であり、先帝フリードリヒ4世の皇女である。今まで全く表に出てこなかった人物が何故リヒテンラーデを暗殺の首謀者に仕立て上げたのか。
「順を追って話しましょう。まず貴方を暗殺しようとしたアンスバッハは叔父上の命令で実行しました。これは叔母上も承知の上です。ただしリヒテンラーデは全く話に関わってきません」
(ああ、やっぱり本気でラインハルト様を殺しに来ていたんだ)
間近で主君の命を救ったキルヒアイスは、アンスバッハの気迫が芝居ではない事を知っていた。
ブラウンシュヴァイクがラインハルトを暗殺しようとしたのは分かる。両者は敵の総大将同士であり、互いに殺せる機会があれば嬉々として殺そうとするだろう。
「で、貴方を殺せたらそれも善し。失敗してもリヒテンラーデに暗殺の罪状を押し付けて死に追いやるように、叔父が死の間際に仕組みました。リヒテンラーデに関しては叔母上の意向があったようですが。これは叔母やクリスティーネ様が最も恨んでいる、二人のうちの生き残りだからです」
「リヒテンラーデはそこまで皇女二人に恨まれるのか。今生き残りと言ったな、もう一人は死んだのか」
「ええ、もう一人は先帝フリードリヒ4世陛下です。理由はルードヴィヒ皇太子の逝去以降に皇太子を立てずに、無駄に後継者争いを激化させたから。リヒテンラーデも国政の中心に居ながら、権力に見合った働きをしない。先帝の尻を蹴飛ばして、無理矢理にでも次期皇帝を決めさせる義務があった。それを怠り内戦が起きて、娘達が政争の贄にされて夫を失った。全ては年寄り二人の怠慢の結果。あのお二人は母として妻として、絶対に許せなかったようです」
ラインハルトはただただ唸った。女の怒りとはそれほどに根深く、オーベルシュタイン以上に陰湿だったとは知らなかった。
キルヒアイスもクリスティーネの娘を想う母の愛を、先日嫌というほどに見てしまったので納得した。
フェリクスは思うに先帝フリードリヒ4世が逝去した時に、一緒にリヒテンラーデが自分から退いて政治生命を終わらせていれば、叔母達もギリギリ飲み下せた。だがそうはせずに、引き続き権力に固執した。『これからもお前達を利用してやる』そういうメッセージに見えたから、この世から引退させてやると誓ったのだろう。相手にも言い分はあるだろうが先に境界線を越えたのはリヒテンラーデだ。
リヒテンラーデを陥れる理由は分かった。しかし自分がアンスバッハに討たれた後はどうするつもりだったのか、ラインハルトは疑問を投げかける。
「その時はやはり宰相の陰謀だったと残った諸将に教えて、弔い合戦を仕掛けるように扇動する予定でした。私も友人の仇討ちで参戦します。まあ貴方が簡単に死ぬとは思っていませんが」
「真相を知っていて仇討ちとは図々しい奴め。ん?おかしいぞ、なぜオーディンに居た貴様がこの場に居る。いつからこの事を知っていた?」
「謀略を打ち明けられたのが叔母が要塞を退去してすぐの三日前です。それから急いで準備して、貴方の勝利宣言と同時にオーディンを出ました。だから戦争期間までの非参加の約定には反していません」
おかしい、どう計算しても日数が合わない。オーディンから
答えはアングルボダ級宇宙母艦に、一日ででっち上げた試作の追加ブースターを付けて無理矢理来た、である。
設計図すらない状態から、精密機械の全自動製造機にデータを直入力して部品を作って、技術者に口頭命令で組み立てながら取り付け作業をさせた。テストもせずに行軍途中で壊れたら、その都度部品をハンドメイドで作って交換。おかげで要塞に辿り着くまで丸三日寝ていない。
軍用ナノマシンを使って、眠気を飛ばして疲労も覚醒効果で先送りしたが辛い物は辛い。要塞に来てからやっとまとまった睡眠を取れた。
前々からラインハルト達は分かっていた事だが、どうしてこいつは毎回軍事の常識をぶち破るのか。たとえ単艦だろうが十倍の行軍スピードで奇襲を掛けられたら、場合によっては中枢を抑えられて戦う前に勝負がついてしまう。こんな頭のおかしい奴とはまともに戦いたくない。
「おかげで現場に居合わせられて、扇動も上手くいきました。良かった良かった」
「良くないぞ。リヒテンラーデを排除するのは元から決めていた事だが、良いように使われたのは気に入らん」
「そこは叔母とクリスティーネ様から見返りを用意してあると仰ってました。今後、貴方の政権運用の支援者になる確約です」
ラインハルトは不満と落胆を隠さなかった。その程度の交渉材料は生き残った貴族と何ら変わりが無い。婦人ゆえに処罰の類は考えていないが興味も無い。しかしフェリクスが『やっぱり理解していないなこいつ』のような顔をしたのに腹が立って、支援した場合どうなるのか問い質した。
「あの二人は血統と家格から常に貴族婦人の社交界の中心でした。つまり帝国指折りの人脈を築いています。女性同士の繋がりは男は介入出来ない領域。そこから多くの貴族階級の女性の支持を得られるのは大きい。同じ事が出来る人は男ばかりの元帥府に居ないでしょう?」
「言われてみればそうだな。しかし婦人ならフロイラインマリーンドルフも同じ事が出来ないか?」
「問題外です。あの人は女性であることを半ば放棄して男の仕事をしている。女性の中に放り込んでも異物扱いされて疎外されます。伯爵令嬢は優れた人物でも女の強みが無い」
ラインハルトは女性を蔑視した事は無い。姉を母のように敬い慕う。下宿していた大家姉妹の老夫人達とも良好な関係を築けた。姉の友人のヴェストパーレ男爵夫人は素晴らしい才覚と、何かと助けてもらった事に感謝していた。シャフハウゼン子爵夫人は凡庸ながら人柄の良さに好感が持てた。貴族の令嬢共は頭の残念さに辟易したがあれは個人の知性の低さが原因だ。決して女性そのものを侮蔑した事は無い。だから女には女の強さと社会的繋がりがあることは認める。同時に知恵を貸してもらい懇意にしている令嬢では、任せられない仕事もある事も理解した。
「貴族階級の女性の支持を纏める利は理解した。他には?」
「ラインハルト、あなたは近い将来ゴールデンバウム王朝を取り潰して自分の王朝を建てる。そうですね」
「―――ああ、数年以内にな」
帝国民250億人を束ねる王朝を潰す。あまりに不遜な発言をまるで『腹が減ったらパンを食べる』ように当然といった調子で口にする二人。
腐った大樹は切り倒さねば毒をまき散らして民を苦しめる。故に誰かが斧を振り下ろして木を伐採して、新たな苗木を植える必要があった。既にゴールデンバウム王朝の命脈が尽きた以上は新たな皇帝が生まれるのは必然。そこに自らが座る事をラインハルトは毛筋ほども疑わない。
ラインハルト・フォン・ローエングラムは幼き頃、宇宙を手にすると誓った。キルヒアイスはその時友の手を取った。二人で宇宙を手に入れる。そんな夢物語が現実になるまで走り続けた。今では手を伸ばせば届いてしまうような場所に全てがある。
いつだったか、幼年軍学生の休日にルドルフ・フォン・ゴールデンバウムの像を見て思った事がある。銀河帝国はルドルフが作ってたかが500年。その前に皇帝は居ない。ルドルフも銀河連邦の一市民だった。成り上がりの野心家が皇帝になったにすぎない。
『ルドルフに可能だったことが、自分には不可能だと思うか?』。キルヒアイスは不敬な発言を聞かれるのを咎めはしても否定しなかった。
「その時、現皇帝エルウィン陛下の王冠を力で奪い取る。子供の重荷を引き受けるとも言えますが、傍から見れば貴方は悪役ですよ。だからその役を叔母かクリスティーネ様が引き受けると言っていました」
「つまり幼児を退位させて、皇族の夫人のどちらかが最後の皇帝の汚名を被り、俺に帝位を譲るというのか」
確かに碌に判断の付かない幼児から奪うよりは、成人女性が自らの意志で王朝に幕を引き、帝国を担うに足る新たな者に王冠を譲る方が見栄えは良かろう。ラインハルト自身潔癖なところがあり、好き好んで泥を被るのは避けたい。非難を代わりに引き受けてくれる一方的ではない取引と考えれば応じる気になる。
「旧王朝の皇族が支持するとなれば、旧来の貴族の反発も随分減る。新皇帝の国内統治が反乱続きでは困るでしょう?」
「それを叩き潰して回るのも楽しそうだが、付き合わされる領民は堪ったものではない。同盟との戦もまだ続くから内乱は無い方が良い」
「あと、とても重要な事ですが、皇女二人の支持を得られればキルヒアイスを殺さずに済みますよ」
この瞬間、場の空気が凍り付いた。ラインハルトは発言者の友人を怒気を漲らせた鋭利な瞳で睨みつけ、当のキルヒアイスは何のことか困惑した後、何かに気付いた。
「キルヒアイスが平定した辺境で彼が何と呼ばれているか耳にしました『キルヒアイス王』と。帝国内に王国が生まれる土壌と流れが形成されつつある。これは大問題ですよ」
「貴様はキルヒアイスが俺を裏切り独自の王になるとでも言いたいのか?」
「いいえ、キルヒアイス個人は裏切らないでしょう。ですが彼を無理に担ぎ上げて乱を起こそうとする者がいずれ現れる。おそらく参謀長あたりが何かしら忠言したでしょう?」
ラインハルトは何度かオーベルシュタインにキルヒアイスの特別扱いを止めるように釘を差されたのを思い出す。キルヒアイスもやはり彼から幾度となく意味ありげな視線を向けられた。
組織に置いて有能なNo2は時にトップになり替わる危険を伴う。特に全幅の信頼を置いてNo1に比する権限を与えられていた場合、当人達の意向を無視した配下の派閥対立の果てに、集団を割ってしまう事すらあった。
ゆえにオーベルシュタインは度々キルヒアイスの役職を解くか、預けた兵力を分割して他の提督と均等になるように権限の縮小を進言している。多少権限が大きくても直接的な兵力が乏しければ、たとえ担ぎ上げられたところで容易に謀反は鎮められる。突出したNo2を置かずに小粒のNo3を多数抱える方がリスクは減らせる。参謀長のNo2有害論とはこのような理屈だった。
あるいは彼はこう考えているかもしれない。『覇者に私情など必要ない。頂点に立つ者が聖域を持つことは許されん。仮に傍にあって心安らかな存在があってよいとしても、それが組織のNo2を兼ねることなど断じてあってはならぬ』
「こればかりは権力とそれを持つ者の宿命ですよ。まして二人は成り上がりだ。能力は凡人から見れば差は無く、権限も比する。加えて両者ともに人望も厚いとなったら、担いで栄誉や富を得ようとする野心家はごまんと擦り寄るでしょう。そして簒奪をするように謀略を駆使する。力で掴み取った皇帝位なら、同じ手段で奪い取っても文句は言えない」
「…ちっ、貴様の言い分は一理ある。だが、そこに皇女の支持がどう関わる?」
「そこで旧体制の直系皇族からの支持です。ある程度権威ある者から統治者として認められる。ただの力があるだけの簒奪者と違うと、世に知らしめる事で有象無象の簒奪を抑制する。人は実力だけでなく、社会的に認められた者の保証によって納得するものです。それが血統、家柄、役職。平たく言えば『権威』です」
簒奪者は統治の正当性に欠ける。ゆえに別の有力者に王位を保証してもらう必要があった。
たとえば地球時代のヨーロッパのピピンという男は、代々仕えたメロヴィング朝を倒して王位を奪ってカロリング朝を立てた。しかし簒奪故に正統性を欠いたため、ピピンはキリスト教の教皇の力を借りて王位を保証してもらった。その息子も教皇が王位を保証している。それが後のローマ皇帝『カール大帝』である。
こうした権威付けという行為は過去に幾度となく行われている。現在は宗教がほぼ死に絶えているため、宗教家からの権威付けは不可能だから、代わりに旧体制の皇族を使う。
「ふむ、そうした手段もあるのか。だが他の皇族が別の有力者と結びつく事もあるだろう」
「ありますね。たとえばエリザベートやサビーネと結婚して、その旦那が権威を得て簒奪する事も。キルヒアイスがどちらかと結婚したら、そうなるかもしれません。結婚してみます?」
「冗談でも笑えませんよ。大体貴方の従姉妹は知りませんが、リッテンハイム令嬢は父の仇の私を恨んでいます。結婚などありえません」
「エリザベートもキルヒアイスは趣味ではないでしょう。二人と結婚して権威を手に入れて戦いを起こすほど気骨のある貴族も、この戦でほぼ死に絶えた。残るは皇帝を降ろされるエルウィンが長じて、王朝復古を掲げて皇帝ラインハルトに挑むケースか」
「そうなったら真っ向から挑戦を受けて叩き潰すだけだ」
やたら嬉しそうにするラインハルト。こいつは戦いになるといつも嬉しそうにする。フェリクスは友人の戦狂いに呆れる。
これだけの利を提示されれば冷徹酷薄なオーベルシュタインも感情的にはともかく、参謀として取引の拒否はし辛い。旧皇族を不穏分子を集める誘蛾灯に使えるなら、妥協するラインと割り切るだろう。
とはいえあの幼児がそこまで皇帝位に拘るかはフェリクスには分からない。いざとなれば叔母達が止めに入るだろうし、母代わりのベーネミュンデ夫人も義息子を焚き付けて危険な真似はさせない。反ラインハルトを掲げる元貴族が反乱の旗印に担ぐリスクはあるが、事に至るまでには10年はかかる。それまでにローエングラム王朝は盤石になっているだろう。
実はこれまでの取引の利はさも自力で気付いたように話しているが、フェリクスも叔母のアマーリエに半分ぐらいは言われた事をそのまま語っているに過ぎない。役者として、政治家としても、フェリクスは三流でしかない。
「よし、権威の使い道は分かった、卿の叔母と取引しよう。見返りはリヒテンラーデの命だったな。証拠の死体は二つに裂いてそれぞれに送ればいいのか」
「貰っても使い道が無いから適当に焼却してください。ああ、それからラインハルトに感謝を。叔父の核攻撃を防いで汚名を増やさないよう尽力してくれた。息子として礼を言わせてください」
「大いに感謝しろ。これで卿は一生俺に頭が上がらんな」
尊大に恩を着せる親友を見てキルヒアイスは微笑む。一時は友人と敵味方に分かれて殺し合う事も想定していた。直接手を下していないが友人の家族を討った事が生涯の確執になると思っていた。なのにむしろ感謝すらされるとは想定外だ。
命よりも名誉を重んじる、貴族には貴族の価値観があるということか。平民上がりの自分には少々理解しがたいが、いずれこうした人々と深く付き合うようになる。心得ぐらいは今から備えていた方がいい。
「思えば随分遠くに来たなあ」
「何を言っているキルヒアイス、まだまだ俺達は上に行くぞ。いずれお前は俺の片腕として宰相になるんだ!」
「確かに人当たりの良いキルヒアイスは軍人よりも内政向きの人材です。ある程度落ち着いたら、軍人を辞めて本格的に政治の勉強をしておいた方が良いですよ」
「ははは、そうですね。私はあくまでラインハルト様に付いて行っただけで軍に未練は無い。参謀長に睨まれ続けるよりは、いっそ文官になった方が良いかもしれません」
あの日、天使が皇帝に奪われ、金髪の友が姿を消し、再び戻って来たあの日に友の手を握ってから既に11年が経っていた。あの頃からがむしゃらに友の背中を追いかけて生きていた。気付けば見た事も無い景色の中に自分の姿がある。独力ではないが大事な人も取り戻せた。無力だった幼い自分と決別して、これからは絶対に、二度と天使を奪わせない。
キルヒアイスは己の運命を乗り越えた。
この後、友人三人は酒盛りをして苦労話と笑い話に興じた。その中でしたたかに酔ったフェリクスがボロっと滑らせた話に金赤コンビは激しく狼狽する。
「ところでキルヒアイスはクリスティーネ様の裸を見たと聞いたんですが」
「ちょっ!!誰からその話を!?」
「はっ?おいその話は本当か!?」
「クリスティーネ様本人からですよ。キルヒアイス提督は紳士で初心な人とも仰っていました」
「おまえっ!!まさか子持ちの未亡人が趣味だったのか!?しかもリッテンハイムの夫人だと?」
「待って!待ってください!私は決して侯爵夫人とそのような関係は結んでいません!!私はアンネローゼ様一筋です!!」
「なんだやっぱり未亡人が好きなんですね」
「好きなのは未亡人じゃなくてアンネローゼ様です!!いえ、愛しているのはあの方ただ一人です!」
「言ったな、キルヒアイス。愛しているなら姉上にプロポーズしろ!そして幸せにしてくれ」
「ラインハルト様は私に任せても宜しいのですか?」
「お前以外の誰に姉上を幸せに出来るというんだ。俺もキルヒアイス以外を義兄とは呼びたくない」
若い奴が青春しているのを肴に酒を飲むフェリクス。肉体的には同年齢でも、前世も加味すれば累計年齢は90歳を超えている。自分には関係ない話だからこそ楽しんで眺めていられた。
今回は原作の題名をそのまま持ち込みました。ただしあの結末ではなく、無力な子供時代からの決別という意味です。やはり田中御大のセンスは秀逸。