捕虜交換式から1ヶ月が経ち、暦は6月に移っていた。帝都オーディンに多くの輸送船が到着した。軍港に係留した船からは捕虜になった200万人の帝国軍人が次々降りていく。二度と踏めぬ帝国領の地を再び踏み締めて涙を流す者もいる。
多くの捕虜は帰って来られた事に安堵するが中には不安を抱える者もいる。帝国はみすみす捕虜になった兵を惰弱と蔑み、戦死しなかった事を責める指揮官が多かった。特に門閥貴族は虜囚となる事を殊更に恥じ、叛徒に捕まるぐらいなら玉砕して戦場で散った方が汚辱に塗れずに済むと、本気で考えていた。だから兵の中には帝国に帰ってきても、罵声を浴びせられて石を投げられる恐れを抱く者もいる。
しかし恐れは杞憂だったことをすぐに知る。捕虜の兵士に別の兵がよく帰って来たと次々声を掛けている。罰せられる事は無い、生きて帰って来られただけで誉だ。多くの兵士が賞賛と励ましの言葉を送ってくれた。さらに帝国軍最高司令官のローエングラム公爵が姿を見せて、壇上で兵に気さくに声を掛けている。
「貴官等は誉ある帝国の士である。何も恥じるな、生きて帰りこれからも帝国のために尽くしてくれる事が最高の忠誠である」
帰還兵は特設の事務所でそれぞれ捕虜だった期間の給料に、小さな勲章と一通の感謝状と共に貰った。兵士は感謝状を読んで驚愕の声を上げる。女帝アマーリエからの長年の苦難を労い感謝する文が綴られていた。これまでなら皇帝が一兵士に感謝するなどありえなかった。しかも手柄を立てるどころか生き恥を晒す虜囚に、絶対的君主からの生きて帰ってきてくれた喜びを示した文面に、感動のあまり崩れ落ちる兵も居たほどだ。
帝国に温かく迎えてもらえた兵は故郷に帰る者が多かったが、中には軍に留まって再び職務に就く者もいた。職務に復帰する場合も降格処分などはせず、捕虜になった時の階級と評価のままやり直せた。
何もかもが昔と違う軍のやり方に、兵士たちは帝国が新しく、それも良い方向に生まれ変わった事を、一部例外は居ても身に染みるほどに感じられた。
その例外が、かつてイゼルローン要塞司令官を任ぜられたシュトックハウゼン大将である。彼は当時ヤン・ウェンリー少将に要塞を奪われて、そのまま同盟軍の捕虜になった。その後、捕虜生活を経て、丸二年ぶりに帝国へと帰って来られた。そこまでは他の捕虜と同じだったが、彼は知らぬ間に要塞陥落の責任により少将へと降格させられて退役させられていた。一応家族には将官の退役年金が払われている。しかし現皇帝アマーリエは捕虜になった時の階級の据え置きを約束している。
非常にややこしい問題かつ、今のシュトックハウゼンが働けるポストは明らかな閑職しかない。彼自身は52歳とまだまだ働ける年だったがローエングラム元帥府には居場所が無かった。とりあえず長期休暇の間に何かしら役職を探しておく事を約束して、年金支給から給料に切り換えて待機命令を出して時間を稼いだ。
結局、要塞陥落の失態は旧来の帝国の軍法では処刑に値する事と、皇帝の恩赦を差し引きして中将として復帰させて手打ちとした。用意した役職は軍務省高等参事官。かつてラインハルトや、彼とキルヒアイスの上司だった、グリンメルスハウゼン大将という老提督が最後に就いていた事務方の要職である。尤も軍部の実権をラインハルトが握った今となっては立派な閑職だった。
捕虜と政府関係者をオーディンまで送り届けた艦の中に、一隻だけ正規軍の艦籍ではない艦がある。ヘイムダル級戦艦【シャクシューカ】である。
艦から降りたアーサー・リンチとカーテローゼは
二人が訪れたのは主フェリクスの家兼研究所。厳重なセキュリティーを正規の手順で通り抜けて家に入る。
「長旅と任務ご苦労様。お茶でも淹れましょう」
キッチンに立つ主にカーテローゼが何か言う前に、年長のリンチがこれは自分達への労いだからと言って制止した。
三人分のハーブティーと菓子を持って来て、慣れた手つきで配膳する。
カーテローゼは恐る恐る主に淹れてもらった茶に口を付ける。
「報告は受けていますが何か問題は?」
「いやあ特に無いね。贈り物の意図をしつこく問い詰められたのと、キルヒアイスくんが新妻を残してきた事への愚痴には参ったが」
リンチは新婚の旦那の不満は仕方が無いと流しても、付き合わされるのはこりごりと苦笑する。とはいえ主君からの命令でも、結婚したばかりの夫婦を二ヶ月も引き離せば腹は立つだろう。リンチも同盟軍人時代だった頃は似たような経験はしていた。その時は妻に色々と文句を言われて、ご機嫌取りにプレゼントを買って帰ったり、休暇になれば代わりに家事を行い料理を作った事もある。もう戻れない奇麗な思い出に、心の奥底が軋み音をあげていた。
今回の捕虜交換の人員の中には、かつてエル・ファシル星域に駐留して共に帝国軍に捕まった自分の部下達も含まれている。彼等は同盟へと戻り、家族や友人達に温かく迎えてもらえるだろうか。民間人を置いて逃げた臆病者、恥晒しと蔑まれる事だってある。それでも帰りたいと願うほど望郷の念は強い。それだけ帝国の矯正施設での生活は心身を衰弱させる。
再会した元部下には、一人だけ貴族に取り入って良い思いをしている事を公然と罵倒された。事実ゆえに何も否定しなかった。刃物でも持っていれば、その場で心臓を抉るなり首を切り落とされていただろう。連中を付き合わせてしまった指揮官としての悔恨は消えない。
部下以外にも同盟側の役人や政治家と話す機会は多かった。にこやかに話しかけてきても、全員が瞳に侮蔑の色を宿していた。揺さぶりのために妻や息子の現状をベラベラと話し、戻って来るなら便宜を図るなどと甘い誘惑までする。よほど対面で砂糖に埋もれた茶をスプーンで掬う若様の情報が欲しいのだろう。残念ながら新型R戦闘機を持っていけと言われて、同盟に渡しただけで何も知らされなかったが。
「で、そろそろ連中への贈り物の理由を教えてほしいんだが」
「いいですよ。察しの良いヤン大将に気取られるから情報を与えなかったので、無事に帰って来られたらもう良いでしょう。新型は同盟とフェザーンへの罠です」
「なんだあの機体に次元消去兵器でも積んであるのかい?」
惑星一つ程度なら丸ごと消し飛ばせる超兵器を仕込んだ罠かと思ったが否定された。フォースに使った人工生命体も潜ませてもいない。
リンチが降参の仕草をすると、フェリクスは分からないのは仕方が無いと微笑む。自分以外にも、ラインハルトとオーベルシュタインの思惑が絡んでいると言われれば、分からないのも無理はない。
最初にラインハルトから同盟の地方独立と内乱気運を煽りたいから、何か知恵か物を出せと言われた。
次にオーベルシュタインが、同盟とフェザーン、それに自由連合協定との繋がりの深さと情報伝達速度を計るための餌が欲しいと言われた。
最後にフェリクス自身が自分の陣営以外に技術を渡して、面白そうな技術を開発する事を期待した。
三者の思惑が一致して、たまたま製作途中だった新型のR戦闘機を、友好の証として同盟にくれてやることにした。大雑把に言えばこんなところだ。
「話は分かったがそんなに上手くいくのかい?」
「ラインハルトと総参謀長は、まあまあ騒動が起きると考えています」
同盟の地方の独立運動はこれから激しさを増していく。話し合いで解決しなければいずれ中央政府は武力で鎮圧するだろう。その時、優れた兵器があれば使いたくなるのが人の性だ。まして相当に痛い目を見た道具がいざ自分の手の中にあれば、試してみたい誘惑を抑えるのは難しい。
その前に解析から始めて、劣化品か複製を作り、いずれ独自の思想を加えた兵器を作り出す。その情報がどの程度の量と早さでフェザーンと自由連合協定に流れるか、各勢力の繋がりを探ろうとする。場合によっては同盟より先にフェザーンを潰す選択もある。オーベルシュタインはそう考えている。
「で、あんたはわざと同盟に技術を流して、面白い兵器が生まれるか楽しみにしていると。それが自分に向かってくるリスクがあってもかい」
「二人に止められたから、異層次元航行推進システムやフォースは抜いてあります。それに罠と言いましたよ」
「ふーん、なら新型は失敗作の低性能品かい?」
「まさか、R-9Wはカーテローゼに与えたR-9Sと同程度の高性能機です。戦術的な運用がかなり難しいですが」
カーテローゼは護衛用に受領した最新鋭のR-9Sの性能を知っている。あれはかつての愛機R-9Cより優れた後継機だ。拡散波動砲が無くなり制圧力は落ちても、代わりに貫通性の高い高威力のメガ波動砲を備え、基礎性能もかなり向上している。ヘイムダル級戦艦と一対一でも撃ち合えるR-9Sと同クラスの機体となると、異層次元航行法とフォースが無くとも、帝国にとって大きな脅威となる。
「フェリクス様はそれほどの機体を渡してよろしかったのですか?」
「扱いが難しいと言いましたよ。仮に同盟がR-9Wを運用しても、10分でパイロットが衰弱して意識を失う」
配下の二人は驚きから言葉を紡げない。
フェリクスは言う。新型のR-9Wは新機軸の【ナノマシン誘導式波動砲】を搭載している。撃ち出した波動弾体をパイロットが思考操作する、画期的な技術である。
これまでフォースのレーザーのように光線の反射や標的の追尾は、コンピューター制御のナノマシンでも行えた。そこからさらに発展させて、波動砲も任意の誘導を行える。極端な話、撃ち出した波動弾体を180度以上曲げて、自らを撃ち抜く事すら可能な誘導性を有している。
ただし波動砲の誘導はパイロットの脳神経に極度の負担を強いる。使い続ければ良くて神経の衰弱、酷いと脳組織が過度の負荷で壊死して発狂して死亡する。機体もサイバーコネクトによる思考操作だから負担は倍増。常人なら15分持たずにあの世行きだ。軍用ナノマシンを使って疲労軽減をしても、30分も持たないだろう。そもそも機体はともかく、ナノマシンはこれまでどの勢力も劣化品しか作られていない。予想よりもかなり稼働時間は短くなると思われる。
加えて今回同盟に渡した機体は、機能を緊急停止するサーキットブレーカーを意図的に排除してある。パイロットが自発的に降りなければ、死ぬまで精神と脳に負荷をかけ続ける。
「カーテローゼのように軽度でも強化処置を施していれば、もう少し戦闘時間も伸ばせますが、前回のBRミッションのような数日の作戦行動にはとても使えません」
実用的なレベルまで引き上げるなら、専用の脳強化を施す必要がある。早い話、脳の一部を機械に取り換える処置だ。そこまで手を掛けても恐らく戦闘は2時間が限界。被害を出せない市街地や重要拠点の防衛に配備する迎撃機ぐらいしか使い道が無い。思ったほど手間に見合わない成果の為、フェリクスの私設軍には制式採用されなかった。
「それで弱っている同盟に友好の証にいっそプレゼントしてやろうってか。相変わらずアンタ狂ってるよ」
「褒めても給料は上がりませんよ」
リンチは決して褒めていないが、TEAM R-TYPEにとって『狂っている』は立派な賞賛になる。
とはいえ手に入れた同盟がリスクを承知で使うかは、フェリクスの与り知らぬ事。実は同盟の選択肢は思ったより多い。
例えば貰ったR戦闘機を使わない。
もしくは基礎技術の取得だけして、機体そのものは同盟独自のものを開発。
機体制御と波動砲の思考制御を分離して、負担を軽減する処置をする。尤もそれは機体の機構とプログラム面の全面的な改変が必須になるため、同盟に出来るかは未知数。フェリクスはむしろ分離ないし代替えする技術の有無を調べるために、敢えて思考制御を組み込んである。
パイロットを使い潰す前提で、劣化品ないし純正コピーを量産して戦力化する。
とりあえず思いつく選択はこんなものである。あるいは複数を採用するが予算は有限だから、どこかで妥協するだろう。
「よしんば量産して帝国に銃口を向けても、フォースと異層次元航行法が無ければ単なる高性能戦闘機です。対処法は幾らでもありますよ」
R戦闘機はあらゆる兵器を凌駕する超越者ではあるが、決して無敵の兵器ではない。まして最大の強みの二つを意図的に削り取られて、戦略価値はほぼ喪失している。
そうでなければ策謀ありきでも、ラインハルトやオーベルシュタインが敵国に利するような贈り物を許可しない。
「今後は対R戦闘機用の訓練プログラムも必要になる。覚えることが増えますがカーテローゼも頑張りなさい」
「お任せくださいフェリクス様」
話を終えたフェリクスは長旅の任務を全うした二人と、艦に居る全員に休暇を与えた。
宰相のラインハルトも同様に、捕虜交換に従事した代表団を労い、長めの休暇を与える。決して親友のキルヒアイスだけを特別扱いしたわけではなかった。
同日の自由惑星同盟の某所。辺境星域の軍事施設で同盟軍によるR-9Wのテストが行われていた。
前年のフォースを解放して起きた惑星パラスでの大惨事を踏まえて、今回は周囲に被害を出さないよう惑星間の宇宙空間にある軍事基地に研究施設を増築した。
運び込まれた新型R戦闘機は全て分解されて、ボルト一本に至るまで入念な調査を受けた後に、再び組み直された。その次は実際に機体を動かすテストが行われたが、すぐに問題が判明する。
スパルタニアンのパイロットがものの数分で疲労と体調不良を訴えた。それが五回も続き、一人は重度のこん睡状態に陥るほどだった。明らかに機体側に異常があると技術者達は気付いて、テストの一時休止を考えたが基地司令がパイロットの軟弱さを散々に罵った。挙句、自らテストパイロットに志願して続行しようとする。
司令官はテストの中止を訴える技術者達を階級を理由に命令して言う事を聞かせ、無理矢理機体に搭乗。テストを続けさせて、戦闘機動とナノマシン波動砲の誘導制御を同時に行った瞬間、金切り声を上げて意識を失った。
回収された機体から直ちに救出された司令官は脳神経が破壊されており、その後二度と意識を取り戻す事無く、無情にも死亡判定を受けた。
彼の名はアンドリュー・フォーク准将。彼の尊い犠牲が自由惑星同盟の役に立ったかは誰も知らない。