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感想の大半がフォーク准将へのコメントなので、この場を借りてお礼申し上げます。
やはり銀英伝のアイドルの悲劇は多くの読者の心に響いたようです。
ある偉人の名言『1クールのレギュラーより1回の伝説』は真理。
周囲から時々忘れられているだろうが、フェリクス・フォン・フレーゲルは宮廷医師である。宮廷医師というからには王宮に出仕して、皇族の健康を保つことが義務である。16歳より見習い医師として出入りして、皇帝の寵姫の診察などを行い、既に六年を経て一端の医者として扱われている。
最近は皇族を担当する事が多い。今の皇帝が血の繋がらない叔母であるのが一番の理由だった。その娘エリザベートは従姉妹であり、副帝の娘サビーネも担当している。年頃の娘が若い男に肌を見せるのは忌避感があるように思うが、むしろフェリクスが最も信頼がおけると指名されているため、二人を任せられている。
今日も
一緒に住んでいる養育係シュザンナの養子フレイアの診察もついでに行うためだ。現在5歳になるフレイアは最近は少し落ち着きを見せて、黙って診察を受けてくれる。予想していたがどこにも異常はない。元から遺伝子操作で健康体に調整してあるから、ほぼ診察したポーズでしかない。フェリクスの仕事は完璧だ。
「ありがとうございます!フレーゲルせんせい!」
「はい、フレイアさんもよくがんばりましたね」
頭を撫でるとフレイアは嬉しそうに笑顔を向ける。それを離れたところで兄のエルウィン伯爵はこっそり見て、唇をへの字に曲げていた。彼は大嫌いな悪徳医師が大事な妹に近づくのが気に入らない。
エルウィンは診察を終えて帰るフェリクスに突撃して、脚に一撃蹴りを入れて館から追い払った。誰かのために行動できる男は称賛されるものの、これはちょっと教育に問題があるんじゃないかと、最近は思うようになった。
子供伯爵から手荒に追い出されたフェリクスは、医師局にカルテを提出して宮廷を辞した。後は家に帰るだけだが時間が早いのと、別の仕事を片付けるためにローエングラム宰相府に足を向ける。
宰相府を訪れても友人に会いに来たわけではない。受付で身分と目的を明かして、目的の場所に案内してもらう。
宰相府の一室、重厚な扉の上のプレートには財務省と書かれている。部屋に入ると最初に目に付くのは書類の山脈である。どこの机にも書類の山がビル群のように立ち並び、官僚たちが一心不乱に計算機片手に書類にサインする。両手に抱える数年分の資料を書類と付け合わせて、数字が違うと唸る者もいる。
相変わらず帝国の官吏は効率が悪いと思った。全てコンピューターにデータベース化して、AI管理を導入すれば業務の自動化や効率化が劇的に進むというのに。250億人の帝国民を紙書類で管理しようなどと土台無理な話なのだ。フェリクスが管理している資源衛星と生産工場の資材や財務、従事する5万人の住民すら全てコンピューターで管理している。
宰相の友人は平民を中心に改革を進めているが、先に自分の手足になる官僚の仕事を効率化させる方が先ではないかと思う。
行政側の改善点を後で友人に伝えようと考えていると、すぐに目当ての人物が声を掛ける。
「フェリクス様、ご足労いただきありがとうございます」
「仕事の邪魔をして申し訳ありませんカール」
若い官僚が頭を下げる。彼はカール・フォン・シーン。フェリクスの大学での同期であり、同じブラウンシュヴァイク一門出身の子爵家の貴族である。元はオーディン帝国大学の医学部に進学したフェリクスが使わなかった、貴族の入学枠を譲られて一緒に入学した縁を持つ。もっともフェリクスは入学してすぐに飛び級で卒業してしまい、残った彼は地道に勉強して帝国文官試験に合格した後、財務省の扉を叩いた。入省して既に3年、官吏としてまずまずの経験を積み、日々書類の数字に埋もれる生活をしている。
彼は先年の内乱には関わっていないが、実家のシーン子爵家は当主の父と兄二人が参加して全員が戦死した。実家も取り潰されて老いた母だけが生き残った。当面の生活資産はあるが働かなければ食えない。よって彼は今日も禄を得るために、上司にガミガミ言われて額に汗して働かねばならなかった。
フェリクスが彼に会うのは、納税関連の打ち合わせのためだ。現在フレーゲル家はフェリクスが相続している。そのため毎年帝国に納税する必要があるのだが、昨年と税率が変わってしまったので、直接財務省に問い合わせて計算する必要があった。
これまで門閥貴族は納税を免除される特権を持っていた。しかし昨年の内戦により大半の貴族が没落して、大規模な改革が可能になった。そこで宰相のラインハルトは始祖ルドルフ皇帝時代から定められた貴族特権を撤廃。平民同様に貴族にも納税を義務付けた。相続税、固定資産税、所得税など、多岐にわたる税を課して国庫を潤して豊富な予算を作り出す狙いだ。
これまでフェリクスも保有する星系や資源衛星の生み出す利益、各種技術特許など税を免除されてきたが、これからは正確に国に納税しなければ脱税で逮捕される。
それでもまだフレーゲル家は税率が控え目な方だった。これはラインハルトに味方した者は税こそ取られても、政治的配慮により数字が低く抑えられている。要は味方には少しは美味しい思いをさせてやる配慮だ。マリーンドルフ伯やキュンメル男爵などがこれに当たる。フェリクスも戦には参加していないが、数年前から味方したおかげで多少加減してもらっている。
日和見を決め込んで中立を選んだ貴族は、財産こそ奪われなかったが今後は納税義務により、これまでのような放蕩生活が送れない者が増えると見ている。生活水準を下げずに支出ばかりが増えて、遠からぬ未来に没落する家が出てくるだろう。
フェリクスはそうした貴族とは無縁であり、真面目に金を稼いで納税する意思があった。家の財務担当に大雑把に作らせた資料をカールに見せて、幾つか修正点を貰って、後日改めて顔を出す約束をした。
打ち合わせを終えたフェリクスが席を立つ前に、別の財務官僚から声がかかった。
「少々お時間を頂きたい、フレーゲル博士」
声を掛けた後頭部にしか髪の残っていない禿頭の中年官僚。彼はオイゲン・リヒター。現在は財務省を取り仕切る財務尚書代理の肩書を持つ。
なぜ代理なのかというと、正式に人事が決まっていないからだ。元の財務尚書はゲルラッハ子爵だが、彼は政治闘争に敗北した先代宰相リヒテンラーデの一族であり、彼の腹心だったことから共に失脚した。処刑や自裁は行われていないが、もはや政治生命は断たれたも同然の扱いだ。
代わりに席に就いたのがリヒターである。彼は元々旧態の帝国の社会制度を刷新する思想を持った『開明派』ないし『改革派』と呼ばれる政治家グループの指導者の一人だ。貴族の生まれでも平民の権利を拡充する事が結果的に帝国を強大にすると信じて、自らフォンの名を削っている。無論そんな集団は旧然とした貴族社会では少数派であり、これまで全く力の無い派閥だった。それが昨年の内乱により保守派が壊滅して、実権を握ったラインハルトが帝国の改革を進めるための人材として抜擢した。現在は相方のカール・ブラッケと共に、社会経済再建計画を主導している。いずれ新王朝が立った時、代理の肩書が外れると噂される。
省のボスに視線を向けられたカールは、別の仕事の為にそそくさと席を立った。フェリクスは仕方なく了承した。
「博士の噂はかねがね耳に。生まれに拘らず能力のある者には積極的に権限を与えて高い地位に据える方と。あるいは平民の権利を手厚く保証しているとも聞き及んでいます」
リヒターの声には称賛の感情が含まれている。しかしフェリクスにとっては単に最大限の成果を出すための管理方針だから、褒められるような事はしていない。尤も旧来の保守的な門閥貴族にとっては、効率重視の方針そのものが異質に見られる事が多く、変わり者扱いを受ける事は多かった。当人が家を継ぐ事の無い次男かつ、稀代の科学者ゆえに大目に見てもらえた所もある。
ゆえに帝国の改革を掲げるリヒターの盟友ブラッケなどは、自分達の求める公平な社会制度の参考例の一つとして研究していた。
「博士はなにゆえ平民の権利を帝国の慣例より認めているのです?」
「その方が民の労働意欲を高く維持出来るからです。過度に抑圧して無理に働かせるよりは、自ら働けばより豊かになる。そう思わせた方が結果的に上に居る我々にも恩恵がある」
「単に利を優先していると?」
「優先するのは効率性です。何事も最小の労力で最大の利益を得たい。人の一生は短い、なら可能な限り無駄を省いた方がいいでしょう」
リヒターは目の前の若い学者が、たった一年で医師免許を取得して大学を卒業している事を思い出す。なるほど、彼に言わせれば何年も大学に在籍するのは時間の無駄。ただ、彼が管理する領地は平民にも積極的に教育を施していると聞く。一年で大学を出ていく男が民には数年単位の教育を容認する。どこか矛盾した方策に思える。
その矛盾を率直に口にすると、フェリクスは教育による知識と技能は生涯役に立つ。数年の学習が70~80年の生活を豊かにするのだから割が良い。そう返答した。さらに、
「私から言わせればライ…ローエングラム宰相が行う改革はまだ足りない。あらゆる民への教育の義務化が欠けている」
「教育の義務化ですか?」
「ええ。極端な話、文字の読み書きと計算が出来れば試験に合格して官吏や士官になれる。たとえ元農奴の子だろうと宰相や軍務尚書を目指して自ら手を伸ばす。それが許されて、誰もが一定水準の教育を受けられる環境を整える事こそ、真に公平な社会制度と思いますよ。そうでなければ教育格差が不公平の不満の苗床になる」
リヒターは足のつま先から頭頂部に至るまで、雷に打たれたかのような衝撃を受けた。自分達は何も分かっていなかった。ただ民衆が自発的に社会を運営して、帝国を主導していくための社会を目指した。そのための経済格差の是正や法体系の見直しを計画したが、そもそも民衆が国家の根底を理解しなければ何も始まらない。適切な知識と問題解決への対処力が無ければ何を良くしていくかすら民衆は理解出来ずに、ただ不満しか生まれない。社会的不平等の是正には何が必要かと問われれば、社会を学ぶ機会、すなわち『教育』である。
あるいはかつて農奴として一生縛り付けられた身分の者には、ただ解放されるだけでなく、自らの生き方を己で選ぶ権利こそ、最も普遍的な社会的公平性。
社会のあらゆる階層、あらゆる家の出身でも、一定の資格を取得して力量を示せば博士、官吏、軍人にもなれる。あるいは商人として身を立ててもいい。そのためには教育こそが何よりも必要なのか。
(なんという事だ。我々は問題の根底を知らぬ間に無視して、愚かに長年もがき続けて居た。なんと無駄な時を浪費していたのか)
リヒターとブラッケ、あるいは改革派の全員が貴族か最低でも裕福な騎士階級の生まれだから、教育などは生まれた時から与えられていた。故に誰もが教育を受けている事が前提で話を進めていた。だがそうではない。世の中には己の名前すら書けない、指の本数だけしか数えられない貴族の荘園の農奴は無数にいる。彼等にも等しく教育を受けられる、制度と環境と経済的余裕を整える事が、自分達『改革派』に課せられた使命。
「いやはやフレーゲル博士と話していると、己の至らなさに恥じ入ってしまいます。我々は理想を高く掲げるあまり、足元の問題を失念していました」
フェリクスは何のことかと思ったが、過去の地球でもあった革命や民主化、植民地の独立問題と、帝国が抱える問題が同じだった事に気が付いた。
フランス革命に代表される市民革命は常に裕福な市民階級が始める。彼等のような経済的に余裕があり、教育を受けて知識が豊富な者ほど社会の不平等を是正しようとする。裕福な商工業経営者、銀行家、弁護士、医者等。本当に貧しい者はその日を生きるだけで精一杯だから、革命を起こすほどの余裕すらない。
対面の目を輝かせた中年官僚のリヒターが貴族でも改革の旗振り役なのは珍しい。大抵こういうのは若くて鬱屈したエネルギーをぶつけるために政府を標的にするものだ。ちょうどラインハルトが暴力で既存の支配階級を一掃したように、革命は若いインテリが始めて、別の金持ちに新政権を乗っ取られるまでがセットになる。通例と異なるのが金髪の友人は性格上、そんな下手を打たない事か。誰かが地位を奪うなら力で排除する選択をする。
「貴重なご意見を感謝します。あまりお時間を割くのは恐縮ですので、本日はここまでに致します」
解放されたフェリクスは今度こそ誰にも呼び止められずに家に帰った。
リヒターは仕事を終えた後、ブラッケと酒を飲みながら今日の出来事を話した。
『社会制度を整える前に人を育てる』
端的な意見にブラッケも唸り、社会の最下層にいる者への配慮に欠けていた事を恥じた。
早速彼等は改革案に帝国臣民の教育の義務化も盛り込んだ。あらゆる辺境に学校を建設して、老若男女問わず学問を修めさせれば教育格差は縮まる。
しかしこの政策は計画段階で大きな問題にぶつかった。予算はある程度捻出した。学校も建てれば済む。肝心の人に教える教育者が絶対的に不足していた。
まず彼等は教育する者を一定数確保して、帝国の『教員』から育成する必要がある。この時点で計画は10年余分にかかる事が決定した。
ゴールデンバウム王朝500年の負債を清算する社会改革が、そう簡単に済むはずが無いのを、改革派は改めて知ることになった。