銀河腐れ伝説   作:ウヅキ

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第7話 地球教の蚕食

 

 

 幼年軍学校の休暇が終わり、フェリクスの学年は全員二年生に進級して例外なく喜んだ。

 

「これで上級生の雑用から解放された!」

 

 そして次の雑用係の新入生を生暖かい目で見る。それが幼年学校の伝統行事に等しい。

 雑用の時間が無くなれば、空いた時間をどうするかは各人の自由になる。ある生徒は遊ぶ時間に回し、ある生徒は真面目に授業の予習復習に費やす。別の生徒は戦術シミュレーターを使い艦隊司令官になっていた。フェリクスは相変わらず学校の隅に建てた研究室に入り浸り、技術論文を書いたり設計図を引いていた。最近は科学技術研究会の会員の一人がプログラミングを覚えてくれて役割分担が出来た。おかげで研究も効率的に進められて、制作したある実験機器を使った実験も順調だ。

 

 

 進級して約一ヵ月が経った何でもない日。その日もミューゼルとキルヒアイスは上級生五人に囲まれていた。二人にとって上級生に喧嘩を売られる事は日常になりつつある。人気の無い学校の片隅に連れて来られた二人は、謂れの無い暴力をタダ受け入れはせず、猛然と立ち向かう。最初にリーダー格を奇襲で潰すのは基本。次は死角の後ろを取られないように背中合わせになって迎撃。今回は昼間食堂でくすねておいたチリペッパーの小瓶をぶちまけて、目に強烈な刺激を食らった二人に膝蹴りを食らわせて顎を割る。あっという間に数で並ばれた残る二人は委縮してしまい、仲間を置いて逃げてしまった。

 

「ふん、毎度毎度数頼みの懲りない連中だ」

 

「数が多ければ勝てると思うから、不利になると脆いよね」

 

 見捨てられた上級生を一瞥して、友情の儚さに侮蔑の感情が乗る。戦いの場に信の置けない僚友を連れて行くとは勝つ気があるのか。もっとも、それすら分からないから今こうして苦痛に呻いて這いつくばっているわけだ。

 

「お前が背中を守ってくれて頼もしい」

 

 ミューゼルの率直な信頼の言葉にキルヒアイスは頬を赤らめる。

 しかし勝利の余韻は突然の轟音に消し飛ばされた。二人から少し離れた建物の壁が吹き飛び、青白い閃光が薄曇りの空を切り裂いた。

 呆気に取られた二人は暫く固まった後、急いで壁の吹き飛んだ場所に向かう。

 そこにはごっそり円形上に大穴の空いた壁と、建物の中で口笛を吹いたり喝采を上げる学生が数名。一人だけ難しい顔をする、見た顔の同級生がいた。

 

「やはり制御プログラムがまだ甘いか。いや、これはコンピューターの処理能力が低すぎて制御し切れなかったのかな」

 

「おいフレーゲル!今の光はなんだ!?」

 

「おや、ミューゼルとキルヒアイスですか。そんなところにいると巻き添えで死んでましたよ」

 

 さらっと恐ろしい事を告げるフェリクスに、二人は背中に冷や汗が流れる。

 

「みなさん、実験は今の発射データを解析するまでが一つのプロセスですから、まだ終わってませんよ。外の二人はそんな所に立ってないで入ってきなさい。お茶ぐらいは出します」

 

 先ほどの光と壁の大穴が気になって仕方が無く、二人は反対側に回って扉から建物に入った。

 中はTVで見た事のある研究室そのままの光景に、大穴の空いた壁の近くには長さ2mほどの人の胴体ぐらいあるよく分からない曲線の機械が無数のコードに繋がれて鎮座していた。

 研究室の主のフェリクスはお茶と金属カップの用意をしながら指示を飛ばす。

 

「発射データの解析前に波動粒子コンダクターの調査を。予定以上に出力が高かったので、どこかに過負荷が掛かってる可能性があります」

 

「了解。診断プログラムを立ち上げます」

 

「ああ、二人はそこのソファに座っててください」

 

 言われるまま部外者の二人は座り、しばらくして茶と砂糖入れが出される。

 

「で、どうしてこの研究室に来たんです?」

 

「上級生に喧嘩を売られて近くにいただけだ。別にこの建物に用があったわけじゃない」

 

 ミューゼルは憮然と言い放つ。フェリクスはこれでは貴族の社交界でも評判が悪いと思った。誰だって他人に媚び諂いたいとは思わないが、時として意に沿わない行為も必要になる。我を張り続けるのも時と場合による。何でもかんでも暴力で切り開くのは非効率だろう。

 

「フレーゲル、さっきの光は何だったの?」

 

「あれは――――口外しないで欲しいですが、新機軸の兵器の実験です。あそこにある機械で撃ったんです」

 

 指差す先のコードに繋がれた機械を見るが、機械知識に乏しいミューゼルとキルヒアイスには何なのかさっぱり分からない。

 

「ビームみたいだったが、軍艦の中性子ビームとは違うのか」

 

「ええ、あの機械は波動粒子という波動と粒子の性質を併せ持つ、未発表の粒子を宙間物質や元素から取り出して、形成した力場で蓄積、収束、指向性を持たせて開放する兵器です。原理を分かりやすく説明すると……」

 

 フェリクスは近くにあるビニール袋に息を吹きかけてパンパンにして入口を手で絞る。そして大きくした袋を両手で挟めば、圧力によって空気が口から勢いよく飛び出てミューゼルの美しい金髪を乱した。

 

「これが先程の光の原理です。中性子ビームと違って質量があるから、エネルギー中和磁場があまり役に立ちません。ここの壁は巡航艦の装甲を転用して作ってもらったんですが御覧のあり様です」

 

「凄い!そんな兵器を僕たちと同じ年で開発したの!?」

 

「まだ実用には遠く及びません。今回は予定以上の出力が出てしまい、危うく死者が出かけた。安全性も考慮しなければ戦場では使い物にならない」

 

 キルヒアイスの尊敬の眼差しも、思うように実験が捗らないフェリクスには空しいだけ。気を紛らわすためにお茶に十杯ほど砂糖を流し込んで、ジャリジャリしたゲル状の何かを啜る。糖分が脳まで行き渡り、少し気分が落ち着いた。

 

「ああ、お茶請けにこれでもどうぞ」

 

 棚から飴の入った大きなビンをテーブルに置く。勧められた以上は二人とも一つ口に放り込み、殆ど砂糖の甘さに顔をしかめる。甘ければ何でもいいというわけじゃない。

 

「フェリクスさん、コンダクター本体は異常無し!代わりに炉心に繋げたコードが焼き切れたから交換するね」

 

「頼みます。制御プログラムに異常は?」

 

「エラーコード吐きっぱなしです。全部直すのに何日かかるだろう」

 

「……まあ、こんな感じです。軍人は戦場で一万の選択から一つの正解を選び続けるのが仕事。研究者は一万の選択を総当たりで試して、全ての問題を探し出す。兵器開発は地道な作業の繰り返しですよ」

 

「フレーゲルは軍人にならないのか」

 

「私は元から学者志望です。幼年学校(ここ)にいるのは貴族の義務。卒業しても士官学校には行きませんし、任官もしません」

 

 ミューゼルは納得と同時に惜しいと思った。

 ラインハルト・フォン・ミューゼルには志がある。寵姫として後宮に押し込められた最愛の姉を皇帝の手から取り戻す。そして自らの罪に見合った苦痛を与えてヴァルハラに送ってやる。そう無二の親友たるキルヒアイスと誓った。そのための力を欲して軍人となる事を選んだ。力があれば皇帝と、その下の人を人と思わない貴族共とも戦える。

 ミューゼルにとって貴族とは、何の努力もせずに親から権力を貰ってふんぞり返っている無能の恥知らず。生きたまま腐り落ちたクズ共でしかない。実際、幼年学校に来てから生徒の親や一族を見たことがあるが、どいつもこいつも腐った臭いのする輩ばかりだった。

 しかし例外もごく一部は居る事も知っている。向かいに座り、砂糖の味しかしない飴をボリボリ食べる同年の貴族は明らかに腐った連中と違う。白兵戦や射撃は自分と親友が上でも、10歳やそこらで兵器開発をする知性にはとてもではないが勝てない。それに一年同じクラスにいて、一度も悪意や侮蔑を向けられた事が無い。無関心とも違う、キルヒアイスに近い、ごくごく対等な相手を見る目だった。

 こんな奴が一緒に戦ってくれたら大きな助けになる。しかし、こいつは門閥貴族だ。それも倒すべき皇帝の娘を嫁にした公爵の甥。普通に考えたら味方どころか敵に回る相手だ。だから惜しいと思った。

 

「フレーゲル………僕、いや、そろそろ帰る」

 

「?ええ、どうぞ。それと、ここで見た事は可能な限り他言無用に願います。あと興味が湧いたら見学に来ても構いませんよ」

 

「気が向いたら来る。行こうキルヒアイス」

 

「うん、ごちそうさま」

 

 研究室を出て、夕暮れを背に二人は無言でしばらく歩く。

 先に口を開いたのはミューゼルの方だった。

 

「変な奴だな」

 

「ぷっ、そうだね。でも親切で良い奴だよ」

 

「貴族にも色々な奴がいる。変な奴だけど」

 

 二人は同級生を何度も何度も変な奴と言い合って笑った。

 研究室は騒ぎを聞きつけた教官が罰として、三日間研究禁止を言い渡した。ただし壁の修復もあり、どの道研究は休止せざるを得なかったので大して関係無かった。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 波動砲の実験から一ヵ月ほど経ったある日。学校は休日だったので朝食を執った後は部屋でゆっくりしていたフェリクスに通信が入った。ルームメイトのヨーゼフは朝から友人たちと街に遊びに行っている。

 通信を開くと軍服姿の30歳過ぎのシャープな顔立ちの男が敬礼する。

 

「朝早くに失礼いたしますフェリクス様。自分はレオポルド・シューマッハ少佐です」

 

「おはようございます。フレーゲル男爵領私設軍(うち)の軍人ですね。おぼえていますよ」

 

「記憶に留めていただき光栄です。男爵領の地球教の調査が終わりまして、責任者の私がお伝えするためお時間を頂きたいのですが」

 

「ああ、終わりましたか。大丈夫です、続けてください」

 

 許可を得たシューマッハは一から説明をする。まず地球教の立ち入り捜査はブラウンシュヴァイク公爵領とフレーゲル男爵領で、一斉に抜き打ちで行われた。事前告知などしては証拠品を隠滅される恐れがあったので当然の処置だ。領主の軍が相手では拒否権などあるわけもなく、多少強引だったが地球教会に立ち入り、くまなく捜索した結果、幾つかの支部でサイオキシン麻薬が見つかった。麻薬の見つかった支部は例外なく信者が抵抗して、隠し持っていたブラスターや荷電粒子ライフルの閃光が飛び交う銃撃戦に発展した所もあったが、素人が曲がりなりにも軍人に敵うはずが無く、最終的に全て鎮圧されて支部の主教をはじめ関係者は全員拘束された。

 

「フレーゲル閣下も驚いておいででした」

 

「話を持ち出した私も驚いていますよ。まさか軍相手に銃撃戦までして抵抗するとは」

 

 シューマッハは頷きつつ、さらに教会の隠し部屋には何人かの年端もいかぬ男女が麻薬漬けにされて監禁されていたことも伝える。

 

「フェリクス様の耳に入れるのは非常に心苦しいのですが、兄の男爵閣下は包み隠さず伝えよと申しまして。その男女は日常的に性的暴行を受けていた形跡がありました。主に主教や幹部の慰み者だったかと」

 

 薬と性的快楽。宗教には付き物の不祥事だ。およそ予想の範疇だったのでフェリクスの心は揺らがない。

 

「兄上はお怒りでしょう。自分の領地で麻薬を使い乱痴気騒ぎどころか財産の民草を好き勝手扱われて、あまつさえ公然と歯向かい抵抗されては」

 

「おっしゃる通り男爵閣下は、領地の地球教徒は即刻処刑せよと命じました。まだ尋問が残っているとお止めしていますが怒りは凄まじく」

 

 さもありなん。帝国貴族にとって自領の民は自分が好きにしてよい財産である。それを他人が横取りするどころか、ルドルフ大帝が禁じた麻薬を使い快楽に耽るなど、到底受け入れられるわけがない。

 

「ところで麻薬は信者を洗脳するために使われたのでしょうか。外部に売って資金源にしていてもおかしくありません」

 

「はい、我々もその線があると予想して、押収した帳簿や電子データを調べた結果……」

 

「ありましたか」

 

「様々な名義に代えて幾つかの金融機関を使い資金洗浄していましたが、概算で1億帝国マルクは下らない資金が動いた形跡がありました」

 

 1億帝国マルクといえば一般的な帝国の平民五十人が生涯かけて稼ぐ金、あるいは帝国軍元帥の四十年分の終身年金と同額だ。細々とした新興宗教が持つには桁が二つは多い額に、地球教の司教らは笑いが止まらなかっただろう。

 フレーゲル領の地球教だけで1億帝国マルクなら、帝国有数の領地を抱えるブラウンシュヴァイク公爵領で見つかる資産は考えたくもない。実際、ブラウンシュヴァイク公爵は怒り心頭で自分の膝元で舐め腐った事をしでかした地球教を即刻禁教処分にして、逆らったら誰であれ処刑すると公言した。こうなると傘下の寄子貴族は上に倣えとばかりに自分の領地でも地球教の捜査を行う動きがある。

 さらに事は門閥貴族の領地に留まらず、帝都オーディンの新無憂宮にも話が飛び、悪名高い内務省社会秩序維持局が裏で蠢動を始めたという噂も立ち始めた。同時に管轄を荒らされたくない憲兵隊も遅れてなるものかと対抗心を燃やしている。

 焦ったのは意外にも帝国軍部だ。サイオキシン麻薬を扱っていたのは軍の前線を担う兵達もだ。彼らは死への恐怖を誤魔化すために麻薬に頼った。上層部は見て見ぬふりをしていたが、ここまで大事にされれば露見は時間の問題。先手を打って使用していた兵と指揮官の多くを戦場で戦死させて口封じを謀った。

 耳の早い者はこれより先、帝国は揺れると予見した。

 

「現時点で判明した事実はここまでですが、以降も情報の精査は続ける模様です。それと男爵家の私設軍でサイオキシン麻薬を使用していた者は全員逮捕しました」

 

「ご苦労様でした。地球教徒の多くは処刑か」

 

「やむを得ぬ処置かと」

 

「ああ、同情しているわけではありません。殺すなら何人か人体実験の被験体に欲しかったので残念に思っただけです」

 

 さすがに幼年学校で実験の許可が出ないだろう。卒業する四年後まで領地で生かし続けるのも経費の無駄、今回は諦めるしかない。もし隠れ教徒が数年先まで生き残っていれば捕らえて使えばいい。

 画面越しのシューマッハは思わず口を引き攣らせる。仕える家ゆえフェリクスの事を心優しい少年と知っている気になっていたが、頭のネジが何本か抜け落ちているのを見抜けなかった。

 

「これで地球教からの麻薬供給は断てますが、軍人も恐怖心を麻痺させるために麻薬に頼らなければならないのか」

 

「戦場で命の危険に晒されても、恐怖に打ち勝つのは容易ではありません」

 

 シューマッハも軍人。戦場の恐怖は経験済み。その恐怖を拭い去るのは困難と知っている。だから恐怖に負けた者から薬に逃げる。

 

「私も軍人の端くれ。彼らの心象は理解しますが麻薬は麻薬。使用者は罰せねば規律は守れません」

 

「ともかく今後の後始末も頼みますよ」

 

「はっ!お任せください。それと執事のティー殿から『カーテローゼはお屋敷で元気に暮らしています。ご安心して勉学に励んでください』と言伝を預かっております」

 

 通信が終わり、フェリクスは椅子に体を預けて考え込む。

 地球教はもう済んだが軍人の薬物汚染は使用理由が恐怖だけに、根本的な問題は解決していない。何か麻薬の代わりに恐怖心を抑える手段が必要だった。

 自分が知る知識の中で役に立ちそうな技術が一つある。どうせ必要になる物だ。この際、作ってみるいい機会だろう。

 

「また仕事が増えるが仕方ない」

 

 フェリクスは端末から設計図を引くプログラムを立ち上げる。

 遊びから帰ってきた同室のヨーゼフは、休日でも忙しそうに作業をするルームメイトに呆れた。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 この時期を境に銀河帝国は敵意と侮蔑から地球教への弾圧を行い、帝国内での布教や信仰は事実上禁止となった。真面目に信仰していた地球教徒は抗弁したものの受け入れられる事もなく、犯罪者、不道徳者のラベルを貼られて排斥される、辺境へと逃げ隠れる、自ら聖地『地球』へ向かう、フェザーン経由で自由惑星同盟に亡命した。高位の主教等は信仰の自由が憲法で保障された同盟で、自らの悪事を帝国の不当な弾圧と叫び、信徒には清貧な自分たちに課せられた試練と嘯き、信仰はより深く先鋭化していく。

 後々判明した送金記録から、地球教の隠し資産はフェザーンの金融機関が多数関わっているのが確実となり、地球教名義でフェザーンに送金された額は少なく見積もっても3000億帝国マルクと言われている。フェザーン駐在高等弁務官レムシャイド伯爵は自治領主ワレンコフを聴取のため軟禁したが翌日急死した状態で発見されて、各銀行の頭取も不審死が相次ぎ、真相は闇へと消えた。

 次の自治領主は長老会議で紛糾したが、前自治領主の補佐官を務めていたアドリアン・ルビンスキーという30代の若手が選出された。

 おまけに地球教と関わりなく、貴族にもサイオキシン麻薬を使用していた者が少なくない数居たが、漏れなく事故死ないし病死として処理された。発覚を恐れた一族が秘密裏に処理したと思われる。

 一連の捜査と共に、多くの命が混乱と共に消えた騒動は、後に『地球教麻薬事件』と呼ばれた。

 

 

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