銀河腐れ伝説   作:ウヅキ

9 / 19
第9話 シンデレラ

 

 

 帝国歴479年に年が代わり数日が経った。厳しい冬が本格化を見せて、人々は春の訪れを日々待ち詫びる。

 春というのは決して季節だけを指しているのではない。昨年の帝国を騒がせた地球教排斥とサイオキシン麻薬取り締まりのために、社会秩序維持局と憲兵が肩を組んで歩く冬の季節が一日でも早く終わる事を求めていた。

 ようやく終わりの兆しが見えたのは、新年から二ヶ月が経った頃。地球教の捜査と審議は終わった。帝国の地球教徒の中でも麻薬運用に関わっていた大主教等高位の者は全員処刑、悪質でなければ地球への追放処分。ただの信徒であれば棄教するか自ら地球へ向かう二択のどちらかを選んだ。

 領地を荒らされた一部の貴族は地球への制裁として核攻撃を叫んだが、地球で行われた核兵器による全面戦争『13日戦争』や『シリウス戦役』における無差別攻撃と大量虐殺への忌避感から賛同を得られなかった。代わりの罰として、地球教徒から地球を終の棲家として生涯を信仰に費やす以外の選択を奪った。その上でこれまで細々と運航していた地球への宇宙船の航行を一切禁じ、軍は監視衛星と巡視船を使って監視し続ける。地球は辺境の忘れ去られた惑星から牢獄に変わった。

 こうして『地球教麻薬事件』は一応の決着を見せて、帝国は平穏を取り戻した。

 

 帝都オーディンの新 無 憂 宮(ノイエ・サンスーシー)では久しぶりに夜会が催された。皇帝フリードリヒ四世の名での開催だったが、実際はその息子ルードヴィヒ皇太子が取り仕切っている。皇太子は政治的関心の薄い父に代わり、国務尚書リヒテンラーデ侯爵に指南を受けながら執政を取り仕切っている。御年25歳、人となりは柔らかいが病気がちなせいで少々神経質な所があり、大公時代には放蕩を尽くして作った借金のせいで、酒場の店主に土下座する程の情けない父への反抗心から親子仲は微妙に悪い。それでも他に生き残って後を継げる皇子が居ない事から、姉婿のブラウンシュヴァイク公爵、リッテンハイム侯爵の支持を得て、いずれ次世代の帝国を背負う最重要人物と言えた。

 夜会も麻薬に揺れる帝国を安堵させるため、自らの地位が盤石であることを幾多の貴族に誇示するのが目的ではないかと目されている。帝国で最も荘厳な建物、皇帝一家の住まう新 無 憂 宮(ノイエ・サンスーシー)の東苑の一画にある広大なホールには、煌びやかな衣装に身を包む千を超える貴族が集まり美酒に酔いしれていた。無論貴族はただ酒にありつきたいから夜会に出席しているわけがない。貴重な情報交換の場であり、各家が己の利益を最大限得るために他家との結びつきを作る場でもある。政治は夜に動くという格言は、こうした国家の有力者の繋がりと企みを指していた。

 

 談笑という名の陰謀を巡らせる貴族たちも、古風なラッパが響いたと同時に一斉に姿勢を正して静まり返る。続いて式部官の声と共に楽団の重厚な演奏が祝宴の場に響いた。

 

「全人類の支配者にして全宇宙の統治者、天界を統べる秩序と法則の保護者、神聖にして不可侵なる銀河帝国皇帝フリードリヒ四世陛下の御入来」

 

 貴族たちは一人の例外も無く頭を垂れて、ただ一人の老人が至高の玉座に座るのを待ち続けた。

 

「皆の者、面を上げよ」

 

 ただ一言、しがれた力の無い老人の許しを得て、帝国で権勢を誇る貴族たちが言われるまま顔を上げた。

 銀河帝国皇帝フリードリヒ四世。50代の半ばではあるが顔に生気が無く、常に酒気を帯びた吐息を吐き、広間の人々の中で最も煌びやかな衣装を纏っていても疲れ切った姿を隠し切れない様は、まるで活力を失った帝国そのものを象徴しているようにも思える。

 隣には対照的に生気と自信に満ちた、息子のルードヴィヒ皇太子が控えている。さらにその後ろには最上級の白磁の人形と見紛う絶世の美女が侍る。

 貴族の中には陶磁器の美女を見て、あれほどの美が人間に備わる奇跡に驚きを禁じ得ない。彼女の名はグリューネワルト伯爵夫人。またの名をアンネローゼ・フォン・ミューゼル。貧しい帝国騎士の身でありながら皇帝の寵愛を一身に受ける寵姫である。

 

「今宵はよく集まった。余の事は気にせず各々楽しむが良い。息子よ、あとは任せた」

 

「はっ!客人たちよ、陛下のお言葉通り今宵は存分に楽しまれよ!」

 

 それだけ言い残すと皇帝フリードリヒ四世はグリューネワルト伯爵夫人を伴い退席した。皇太子は親子ほども年の離れた二人を苦々しい視線で見送る。フリードリヒ四世が生涯にわたって手を付けた女性は千人を優に超える。以前は25歳のベーネミュンデ侯爵夫人、さらに現在は18歳の可憐なグリューネワルト伯爵夫人に寵愛を注ぐ。噂では自分より若い女を愛妾にする漁色振りが皇太子との亀裂ではないかと言われている。

 皇帝の後姿を見ても貴族は誰も惜しまない。貴族は誰も皇帝を心から敬ってはいない。ただ、重石として玉座に置かれている無気力な男としか見ていなかった。そんな石ころよりも、意欲に満ちた若々しい未来の皇帝陛下に追従して関心を得たかった。

 

 

 皇帝主催の夜会はホールだけに留まらず、広大な新 無 憂 宮(ノイエ・サンスーシー)の至る所に陰謀と策略の花を咲かせた。陰湿な謀だけでなく、友好的な関係を築く者もいる。もっとも多いのが縁談だろう。当主は自分の子や一族の適齢の者を他家に紹介して、誰ぞつり合う相手が居ないか尋ねる。あるいは自ら魅力的、利益になる相手を探す事もあり、令嬢はここぞとばかりに殿方を見定めた。

 フェリクスも叔父に夜会への参加を命じられて、兄のフレーゲル男爵と共に多くの貴族と挨拶を交わした。多くは中身の無い形式的な賛美を贈るだけで、さしてフェリクスの事を重視せずに兄との談笑を優先した。貴族にはままある事で一個人よりも家を重視するため、男爵家を継いだフレーゲルこそ最も丁重に扱う必要があった。例外は兄の友人のランズベルク伯爵ぐらいだった。彼はフェリクスに今日の出会いを善きものと、即興で詩を贈った。フェリクス自身は芸術には疎かったので、美しい詩に感謝を述べるだけに留まった。それでもランズベルク伯爵は気を良くした。

 こうして挨拶回りが30人を超えた所で弟の疲労に気付いたフレーゲルは、近くの東屋のベンチに腰を下ろした。

 

「貴族の付き合いもなかなか大変だろう?」

 

「全くですよ。私には向かない仕事です」

 

「そうは言うがお前もいずれは貴族としてこなさねばならん。ともかく、今日は顔だけでも覚えてもらえ」

 

 まだ幼年学校に通う12歳の少年には酷かもしれないが、兄なりの善意でのこと。もし自分が男の子のいない公爵家を継いだ場合、弟が男爵家を継ぐ事になる。その弟が大事な生家を取り潰すような事になったら、死んだ両親にどう弁明すればよいのか。最低でも自分が死ぬまではフレーゲル男爵家は残っていて欲しい。だから弟に貴族として最低限の器量を身に付けさせるため、厳しい事も言わねばならない。

 それでも疲れを見せる弟には甘く、一度ブラウンシュヴァイク公爵の顔を見てくると言って、執事のホルツを伴い東屋を離れた。

 兄が見えなくなってから、一人残ったフェリクスは両手を伸ばして気を抜いた。慣れない事はするものじゃないが生まれた家の義務と言われたら逃げる事も出来やしない。

 いっそ平民ならと思ったことはあるが、そうなったら今度は研究のための設備を用意するのは困難になる。貧乏な貴族でも無理だろう。運が良ければパトロンでも見つけるか、適当な特許料を売り払って研究費を捻出したか。どの道、今より制約は大きくなるから、やはり今の環境がベストとは言わないが善しとすべきだ。

 それにしても――――

 

「逢引きぐらい聞こえないところでしてもらいたいものだ」

 

 この辺りは庭園だから照明も最低限しか無く、刈り込まれた生垣が多いから男女の秘め事に適している。そのせいであちこちから愛の囁きが聞こえて煩わしい。

 そういえば自分も貴族なら婚約者とかそのうち生えてくるのだろうか。兄の方がまだ決まっていないようだから、その後だろうがどうなるやら。親代わりの叔父が適当に話を決めるから、こちらは受け身しか取りようがない。

 なるようにしかならないと考えていると、バタバタ足音を立てて小さな人影が東屋に入ってきた。

 

「はぁはぁ……ねえ、かくれるところある?」

 

 薄暗がりで顔は分からなかったが、声と話し方から5~6歳の女の子と分かる。

 

「私の座っているベンチの隙間なら隠れられますよ」

 

 聞くなり女の子はフェリクスの足元に入って小さな体をベンチの下の闇に滑り込ませた。

 すぐ後に、数名の衛兵とメイドが息を切らしてフェリクスを問い詰める。

 

「この辺りに5~6歳の青いドレスの女の子が来ていませんか?」

 

「――――さっき、奥の生垣の方に走って行きましたが」

 

「ご協力感謝致します!」

 

 追跡者はそのまま生垣に突撃して行き、すぐ後に男女の悲鳴が複数聞こえた。やがて気分を害した恋人達がゾロゾロ引き上げたのを見計らって、隠れていた幼女を外に引っ張り出す。

 幼女は頼りない光源でも分かる程度に整った顔立ち、派手さは無くとも上品な青のドレス。夜会に出席した貴族の令嬢だろうが、なぜか裸足だった。

 フェリクスは前世で読んだ事のある童話を思い出す。

 

「王子様に靴を残したシンデレラですか?」

 

「だってあの靴はしりにくいの!パーティーだってぜんぜんたのしくない!」

 

「王宮は毎日清掃していても、何か踏んだら危ないですよ。ちょっと足を診ますね」

 

 フェリクスはシンデレラ(仮)の足を軽く触診して怪我をしていないか確かめる。幸い怪我は無く、ハンカチで砂を払って敷物代わりに地面に敷く。

 

「あなたもパーティーからにげてきたの?」

 

「そんなところです。ああ、飴ぐらいは持ってますが食べます?」

 

「うん!」

 

 フェリクスは懐から糖分補給用の飴の入った缶を出して、飴を幼女に食べさせた。

 

「先ほどのお付きやご両親が心配してますよ。それを食べたら戻りましょう」

 

「やだっ!ねえ、おもしろいことをして」

 

 この時点で幼女は大分甘やかされて育ったか、言えば何でも手に入るぐらい爵位の高い家の令嬢と薄っすら察した。

 一瞬ケツでも叩いて分からせる事も考えたが後始末が面倒そうだから、ここはグッと堪えて付き合ってやることにした。

 

「では昔話でもしましょうか」

 

 フェリクスは前世で見た、古典SFの傑作英雄譚を昔話のように語り始めた。

 ある日、砂漠に住む青年が悪の国に捕らえられた姫君の事を逃げた従者から知り、冒険の旅に出る。途中、剣の達人の老人と白い船の船長を仲間にして、追手と戦いながらも姫の捕らえられた戦艦に潜り込む。そこには血のように赤く光る剣を持つ黒い鎧の騎士が待ち構えていた。

 

「それでどうなったの!?」

 

「老人はかつて弟子だった黒い騎士に青く光る剣で勝負を挑み、返り討ちに遭った。しかし青年と船長は運よく姫を助け出して、どうにか船から脱出しました」

 

「うんうん!」

 

 なかなか食いつきが良い。さすが生まれてから200年近く経っても根強いファンが居た傑作である。

 話は続く。青年は姫の国に行き、英雄として迎えられて悪の国との戦いに参加した。悪の国は星をも砕く恐ろしい兵器を作っていたが姫が弱点を知っていた。青年と船長はワルキューレに乗り敵の兵器を壊しに向かう。やはりそこにはあの黒い騎士が待ち構えていた。

 

「青年は激しい戦いの末に黒騎士の操るワルキューレを撃破して、秘密兵器『死の星』を破壊。星と共に悪の国の野望を打ち砕いた」

 

「ふおおおおっ!!それでそれでその人は姫とどうなったの!?」

 

「帰ってきた青年は姫から褒められて勲章を貰い、皆から拍手を受けました」

 

「えーそこは姫とけっこんじゃないの?」

 

「実はこの話はまだまだ続きがあります。青年と黒い騎士はこれから何度も戦い、姫もとても大きな困難と運命が待ち受けているんですよ」

 

「じゃあつづき!つづきをききたい!」

 

 急かす幼女に少し呆れもあったが、話している間は大人しくしているのでもうしばらく付き合うつもりだった。

 第二章を思い出して語り始める所でフレーゲル男爵が戻ってきて、話はお流れになる。

 フレーゲルは弟の隣に居た幼女の顔を見て一瞬固まった後、何か粗相をしていないか弟の方を詰問する。

 

「ここで話をしていただけですよ。兄上はこの子をご存じですか?」

 

「う、うむ。この小さなフロイラインはご両親が探しておいでだ。さあ、参りましょう」

 

 フェリクスは尊大な性格の兄の丁寧な扱いを見て、やはり相当身分の高い令嬢だったと確信する。シンデレラ(仮)は観念して親の所に戻ると言い、裸足だったので仕方なくフェリクスが抱えて運ぶ。幼女が軽いのと幼年学校で最低限鍛えていたおかげで、重さはさして苦にならなかった。

 ホールに戻ると、フェリクスに抱えられた幼女を見た妙齢の女性が慌てて駆け寄り、安堵の息を漏らした。女性と隣にいる夫を見て、やっとシンデレラ(仮)の正体に見当がついた。

 

「勝手に出歩いてはダメと何度も申したのに、どうして母の言う事を聞かないの!?」

 

「だってつまらないもの」

 

「サビーネ!!―――ああ、御免なさい。娘の御守をしていただいたのね。あら、あなたはフレーゲル男爵の」

 

「お久しぶりですクリスティーネ様。リッテンハイム侯爵閣下もご壮健で何より」

 

 フェリクスはシンデレラの両親に頭を下げる。幼女の正体はサビーネ・フォン・リッテンハイム。皇帝フリードリヒ四世の娘の一人、クリスティーネがリッテンハイム侯爵に嫁ぎ産んだ一人娘。フェリクスとは血縁関係に無いが、従姉妹のエリザベートとサビーネは従姉妹になる。

 

「顔を覚えているぞ、ブラウンシュヴァイク公爵の甥の一人のフェリクス君だな。うちの娘が迷惑をかけてしまった。許せ」

 

 リッテンハイム侯爵は僅かに苦い顔をした。彼のライバルにして義兄弟のブラウンシュヴァイク公爵の甥に借りを作ってしまったためだ。

 おまけに父が娘を引き取ろうとしたら、娘がフェリクスの首に手を回して離れようとしない。

 

「やだっ!きょうははまだフェリクスといっしょにいる!」

 

 リッテンハイムがさらに渋面を作り、反対にクリスティーネが口に扇を当てて笑いを噛み殺していた。フレーゲル男爵も困り果て、しまいには騒ぎを聞きつけたブラウンシュヴァイク公爵一家も集まり、周囲の貴族たちは突如始まった見世物に興味津々。

 結局最後はエリザベートが妹分のサビーネを言い聞かせてフェリクスから離した。それでもまだサビーネは未練があったため、フェリクスが飴の入った缶を渡した。

 

「また会えますよ。お土産にこれは差し上げます」

 

「ぜったいだからね!またこんどつづきのはなしをして!」

 

 サビーネは父親のリッテンハイム侯爵に抱かれたまま手を振り、一門貴族の集団に紛れた。

 結局夜会での挨拶回りは芳しい結果にならなかったものの、フェリクスは皇孫サビーネのお気に入りという噂が広がり、貴族の中で一躍有名になった。

 ある意味、結果オーライの形になった。以降、リッテンハイム侯爵は娘に乞われてフェリクスを定期的にパーティーに招くようになる。いかに帝国を二分する影響力を持った大貴族でも娘には甘い。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。