今日も今日とて手空き手待ちの己。
少し見飽き始めた秋空、飛び交う赤とんぼの数も減り空気も澄んできた水色を見上げ、温度だけは寒の入りといった風も読みつつ、今日も定例通り暇に遊ばれている。
こうも毎回目的がないと空に続き現世にも飽いてしまいそうだが、そうなってしまうとアッチやらコッチやらから文句も言われるだろうし、今度こそ本当におしまいを迎えてしまいそうなので、本日もなにかないかと、暇って穴を埋める物探しに勤しむ。
手始めに向かったのは人間の里、多数、とは言っても人数的には少ない部類になるのだろうが、他の場所に比べればそれなりに住人の流動が見られる場所へと訪れていた。少し前に貸しつけた唐傘に借用書の写しを届けるついでにあの九代目頭でっかちや、硬い頭に浮く頭、後は最近本業以外で繁盛している貸本屋にでも顔を出し、そいつらのどれかをからかえば多少は暇潰しにでもなるだろう。そう考えての来訪だったが、そいつらの誰もが相手をしてくれなかった。
石頭は満月を迎える今夜は忙しいらしく、編纂作業に付きっ切りになる前に下準備やらのお買い物に走り、飛ぶ頭は、人里の守護者が引きこもる今晩は私が忙しくなるから構ってられないと、言葉にはせずに態度で、逃げるように姿を消した事で教えてくれた。
そして九代目は、冷え込み始めてきた為にあまり外に出なくなったようで、里の元祖引きこもりらしく屋敷に引きこもっていた。こちらは少し相手をしてくれたのだが、普段からよろしくない体調が今日は更にすぐれないようで、お屋敷に顔を出してみたものの、床に臥せっていたらしく、いらっしゃいと布団の中から迎えてくれたが、咳き込む少女で暇潰しをするほどあたしの性根は腐ってはいない‥‥曲がってはいるが。そんな虚弱体質に、お大事に、とだけ返して屋敷は後にした。
因みに本屋は混み合っていて、並ぶのも癪だし、何より人間臭すぎて中に入る気にもならなかった。集まっている連中全員が予約出版を願う客だったとすれば盛況だなと感じられる混み具合だったが、聞けば店主が最近覚えた占い目当てだそうだ‥‥副業の占いが盛況で本業は然程でもないとか、あっちの巫女さんと同じで商売が上手いのか下手なのか、よくわからん。
それはそれとて、現在のお話をすると、今は人里を訪れた真っ昼間から大分経った夕暮れ時。暗くなり始めた頃合いに、気怠く握る煙管から煙を引いての物見行脚と洒落こんでいる。
お天道様とお月様が同時に見られるような曖昧な時間帯に、現世なのかあの世なのか、よくわからないけれど、それなりに面白おかしい場所へと足を運んでみたってのが本日の暇潰しだ。
ちんたらと歩く道すがら、その両脇では仄かに灯る提灯が垂れ下がり、連なるテキ屋連中の店やら顔やらを、薄っすらと明るくさせている。楽しそうに客と話す親父、立ち飲みながら酒を出し笑う店の女将。どいつもこいつも天冠のっけた頭で随分と朗らかなものだと思う。死人、それも地獄に落とされた罪人しかいないはずのここ、中有の道だというのに浮世に生きる者達よりも景気が良いような風合いだ。
ふむ、案外そんなものなのかもしれないな、現世では何かと縛られるものだ。
ただ何もせずに生きるだけでも何かしら食わねばならないし、何かを食すというのなら、狩りでもして糧を得るなり奪うなりするか、金銭を払って他者から提供してもらわねばならん。そうやって誰かと会うなら素っ裸ってわけにもいかないし、着こむ為の物だって、縫うなり買うなりせねばなるまいよ。
中には本当に何もせずダラダラ毎日を生きているんだ、なんて言う輩もいるのかもしれないけれど、何もしなけりゃ死ぬだけで、考えもしないというのならそれは死んでいるのと変わらず、真っ当な生者とは呼べない気がする。
その辺から鑑みれば、あたしは未だ生きているのかもしれない。
『何もない』を楽しめるほど達観してはおらず、ちょっとでも面白げなものがないかと、アチラコチラに顔を出している亡霊ってのが今のあたしだ。生前とやる事が変わっていない気もするが、変化がないってのを言い換えりゃ、これは死んでないって事になるのかもしれないな。
考えたところで無意味な生死観、その思考を浮かばせては、吐き出す煙と共に外へと追いやっていく。そういった小難しい事はもっと徳を積んだ賢人様が考えればいい事だと思うから、邪なあたしは深く考えずに思いついては吐いていた。
そうして進む屋台の流れ。
右手に見えるテキ屋。
そこから漂う焦がした砂糖の匂いに釣られフラついて。
少し先の店先で泳ぐ可愛い金魚の姿に目を取られて。
グルグルと店先を回りながら、それなりに縁日の雰囲気を楽しんでいる中で、誰かに呼びかけられたと気付く。岸を渡る前にうちに寄っていきなよだとか、輪廻を巡る前に手持ちの銭を落としていってくれだとか、そんな事を言ってくるテキ屋連中に混ざり聞こえたお言葉が再度あたしの耳に届く。
「珍しい所で出くわしますね、中有の道を進むなど、こちらに来る決心でもしましたか? それともここの亡者のように商売でも始めるつもりですか? 以前のように貸付業を始めたという一報が上がってきていますよ?」
声の聞こえてきた方向、連なる出店の暖簾の、ちょうど切れ間辺りから何やら上から目線な物言いが聞こえた。姿こそお見せしてくれないが聞き覚えのある回りくどい言い方と、見通されるような声色から誰が話しかけてきたのかはわかる。
「屋号を上げられるほど真っ当に商売してないわ。仕事といえば、映姫様こそこんなところにいていいの? 部下を見習ってサボり?」
確実にそうだろうという相手に、確定で有り得ないという事を言い返す。
すると御姿を見せて下さる幻想郷のヤマザナドゥ、四季映姫様。帽子から伸びる紅白リボンを風に
この地の偉いさんだというに、しゃなり歩くお姿は麗しくて、好ましく見えるが‥‥こうした下心なども閻魔様に知られれば白黒ハッキリつけられるのだろうな、区分けされる前から黒だと自覚しているから、分けられた所でなんちゃないが。
寄ってこられると段々あたしの視線が上がっていく、上目遣いになると共にお近くで見られるようになるクソ真面目、ではなく凛と冴えるお尊顔。
「久しぶりだというのに悪態から始まりますか。最近の行いから少しは見直し始めていたというのに、顔を合わせれば減らず口や厭味ばかりですね、アヤメ」
「映姫様こそ、拝顔する度にお説教やらお小言やら仰ってくれて。そろそろ言い飽きたりしてくれないの?」
「飽きる飽きないというものではないのです、私の言葉はアヤメを思ってのものなのですよ? それだというのに説教だ小言だと言い換えて。一度滅したのですからそれを機会に、私の言い分を都合のいいように解釈する事をやめて、素直に聞き入れてはどうですか?」
これは失敗だったな、世間話の一環としてらしく小突いてみれば、その藪から出てきたのは
致し方ない、こうなってしまったのだから今はコレを楽しんでみよう。なに、飽きたら霧散して逃げるなり、声を逸らすなりしてやり過ごせばいいだけだ。
因みに閻魔様ご本人に対してはなんでかあたしの能力は通じない、紫から聞く限り別次元の存在だから効かないとかって話だが、それでもお説教の言葉やらお小言やらは逸らす事が出来たりしている。理由を問われてもあたしの思い込みがそうだからとしか話せないが、細分化して考えるなら、あたしに対して言われた言葉であれば、それは映姫様の物ではなくあたしの物だから逸れる、って感じなんだろうな、感覚的なものだから、なんとも口にしにくい部分だ。
それはともかくとして、お忙しいはずの御方が珍しく部下抜きで構ってくれているのだし、今はこちらに集中しよう……逸れた思考の海に沈む前に、海よりも広いだろう川向うの御方と話し込む事にする。
「減らず口を述べたかと思えば押し黙って、ちゃんと聞いていますか? 私の言葉を噛み締めているようには見えませんが?」
「聞いてるわ、きちんと聞いてます」
「そうですか、では‥‥」
「その前に映姫様、先のお話はあたしを思ってくれてのものだと仰られたわね? 輪廻の輪っかから外れて暫く経つのだけれど、それでもありがたいお話をしてくれるのはなんでよ?」
あたしを思い仰ってくれた煩い、もといありがたいお話を噛み締め、珍しく敬語で返事をみれば、何か理解されているような返しが飛んできた。
長い右側の髪と携えた笏を軽く振り、芽吹いた新緑のような髪はふわり、閻魔様の棒っ切れは空いている左手でパシンと鳴らしながら、では、などとお話あそばされるが、あたしの何処に理解を示されたのだろうか?
言った通り、話されたものは真摯に受け止めたつもりだけれど、言葉を聞いただけで内容を理解してはいないぞ?
それに今言われた所で今更に過ぎる、こちとら既に故人なのだ。過程をすっ飛ばしてしまった為に閻魔様に裁かれていないが、縁の
「簡単な事ですよ。生死の理から離れ彼岸の住人になったとはいえ未だ竹林に居を構え幻想郷を
なるほどと頷く、そうしていると下がった頭にやたら重い棒ッキレが乗っけられた。
悔悟の棒というのだったかこれは。映姫様が裁くべき者の罪状を書き込むと、生前に行った罪の重さや数で棒の重みが増したりするとかしないとかって物らしいけど、以前にキャンと鳴かされた時には感じなかったが、叩かれずにいざ乗せられてみると重たい。それこそ首が落ちるんじゃないかって程だ、まぁ、首は既に落ちているのだが。
「どうです? 重みを感じますか?」
「結構な重さだと我ながら感じるわ、妖怪としては鼻が高いわね」
「そうやって小憎らしい物言いを返せば私の話が終わらなくなる、それくらいは理解しているのでしょう? だというのに止まらないその減らず口、今更アヤメを裁こうなどとは考えませんが、一度くらい舌を抜いてもよいのかもしれませんね」
長ったらしいお小言の後に伸びてくる左手、その手に向かってやめてよと、拒否を現す舌を出す。言われたから出して見せた、そういうわけでも、あるのかもしれないが口が減らないと評されたから思わず出てしまった口の中身。ペロッと出してすぐに収納し、引っこ抜かれるのは簡便だと再度のイヤイヤを示してみる。
「また貴女は‥‥天邪鬼な態度も程々になさい。あちらの天邪鬼の方がよほど素直に思えます」
「あら、本家と比べられて上を行くだなんて、褒めてなんなの? また何かお願いしてくるの? 映姫様直々のお願いなら聞いてあげてもいいけど‥‥前みたいなやつなら断るわよ?」
褒められて悪くない、が、そこから通じてしまいそうなご命令は真っ向から断る。
言い返し数秒、ほんの少しだけ表情に黒が差すヤマ様。今でこそ人払いをしてくれて二人で語らってはいるが、お付きの者を引き連れて彼岸に近い場所にいたのだ、今日は休みやサボりという感じではなく閻魔としての仕事中なのだろう。
言うなれば視察ってところだろうか?
死を迎えた者たちが中有の道で商売をする、それ自体は許可されていて、売上は財政状況が思わしくない地獄の収入源の一部となっている、なんて話を聞いたような記憶があったりなかったりする。それでも幽霊や亡霊が時には定命の者を相手取って商売をするわけだ、中には取り付いたり祟ってみたりする輩もいるらしいし、それらに対して姿を見せ、下手な動きを見せるなよって牽制も兼ねているのだろう。
あたしにもそんな事を含ませて言ってきたし、本当にお仕事熱心な御方だこと。
「拒否、ですか。私に対してそうする事によりあるべき場所に還る事になるかもしれません、と付け加えても?」
「脅してくれても変わらないわ、還るっていってもどうせ冥界でしょ?」
質問に質問で返す、お仕事中の閻魔様相手に亡霊が何を失礼な、と思わなくもないところだけども、あたしは一言も閻魔様とは呼んでいない。呼べば閻魔様として相手取らなけれなばならないと思えて、そうなれば、放置し続けてくれている事に恩を感じる身としては、お願いというか命令は聞かないわけにはいかないわけで‥‥また親しい誰かの日記やらを盗み読みするような、気に入らない事をしなけりゃならなくなる恐れもあるわけで。
それは断固拒否したいところなので、敢えて映姫様と、名前でしか呼ばないようにしていた。
「今の冥界では行き来自由ですし、貴女との取引材料とするには弱い。使ったとしても上手く言い逃げされるのでしょうし、ここは言い換えておきましょう。還す、ではなく、送る、と、言い直しておきます」
「送るって何処へ? 地獄に送られて獄卒でもやらされる? それとも別の場所? 黄泉にでも飛ばされたら困るわ、あたしは声を掛けてもらえる器量はあるし、葡萄も筍も大好物ってわけじゃないもの」
何処ぞの筍姫や葡萄飾りを乗せた神様は嫌いじゃないがな、と、余計な方向に思考が逸れてしまいそうな中、ベラベラと言い返す。地獄の管理を一任されている、と言っても幻想郷の地獄に限定されるが、それを任されているお偉いさんに向かって思いつくネタをバラ撒いた。
前者は実際に有り得そうな事で、台所事情の芳しくない現地獄の職員を安く増やしたいだろうって部分からのネタ。後者は実際どうなのだろうな、地獄は知識として知っているし、そこに近い冥界や元地獄の旧都は見知っている、だから黄泉なんて場所もあったりするかなと邪推して言ってみたが、あるとしたら行きたくはないな。いるだろう国産みの神様は目上の御方過ぎて、もし関わるような事でもあれば肩が凝りそうだ。
「場所で言えば地獄ですが、獄卒として働けとは言いませんよ。貴女を雇い入れた所で小町と一緒にサボるのが目に見える、サボり魔は一人で間に合っていますので」
私達の
何が言いたいのかとそのご尊顔を伺う。あのノッポな川渡しよりも更に高い上背の閻魔様。役職も、物理的にも高いところにあるお顔を下から見上げ、続きを待ってみた。
「何か?」
「それはあたしの台詞、今度は何なの?」
「今し方断ると言っていませんでしたか?」
「聞くだけはタダって言うじゃない。なら言うだけもタダなのだろうし、タダで聞けるお話なら、お説教のついでに聞いてみるのも一興かなと思ったのよ」
「アヤメ、本当に貴女という人は……いいでしょう。聞きたいと言うのなら話しますが、内容に触れると断らせるわけにはいかなくなりますよ?」
言いたいのか、聞かせたいのか、よくわからん物言いの映姫様。
人の事をこき使いたい、そんな事が悔悟の棒に書いてあるって感じで、あたしから棒っ切れの中ほどに視線を流して話されるが、内容を語り始める前に一言断りを入れてくださるとは、随分とお優しいことだ。白黒ハッキリつけるような事しか言わない、って事もないな、口煩くて冗長なだけで、温情のある御方に変わりはないから最後の逃げ道をわざと見せて下さったのだろう。
前の、さとりの日記を盗み読みして、その時の報告ついでに、こういった事は閻魔様からの命令でも二度とやらないと伝えたのが効いているのだろうか‥‥まぁいい、あの頃のあたしの心情を鑑みて逃げ道作りをして下さった、と思っておけば面倒な命令を言われても嫌わずに済むだろうさ。
お偉いさんが気を回してくれたのだ、それならば下々であるこちらも気を使わねばなるまい、ってな
「逃げずに、一度断ると述べておきながらも私からの返事を待つのですね。わかりました、天邪鬼と言える部分かもしれませんが、そこには目を瞑って話すとしましょう」
二度ほど吸って吐いた頃、こんな事を言われる。
ちょっと前に幻想郷の管理人からは橋姫だの言われたばかりで、今度は地獄の管理人からも天邪鬼だと言われてしまう。なんというか、どっちのお偉いさんもあたしの事をなんだと考えているのか、ちょっと死んでいたり、霧や煙やら混ざってはいるけれど自分としては由緒ある化け狸のつもりだぞ?
「聞く前から悩まないでもらいたいものですね」
「悩みは別口だから大丈夫よ、それで?」
「人の話を聞きながら別の事を考えるなど‥‥いえ、これは後にしましょう、でないと話が進まない。単刀直入に言いましょう、また仕事をしてもらいたいのですよ」
ピッと指し向く閻魔様の笏、向けられる先は当然あたし。
仕草自体は慣れた形、そう貴女は少し、から始まるお説教のスタートによく見られる御姿。人の頭を小突いてくれる棒っ切れを真っ直ぐに向けて、表情の方は何やらバツの悪そうな雰囲気を纏う映姫様。
なんというかあからさまに心苦しいってのが透けて見える顔色。大概の事ならハッキリと言い切る映姫様にしては煮え切らない表情で、あたしにお仕事をしろと命じて下さった‥‥が、普段の冗長さとは真逆で色々と足りなさ過ぎる。流石にこれではイエスともノーとも言えず、棒で分かたれて見えるお顔を強めに見てしまう。
それが気に障ったのか、それとも言わずに疑問が通じたのか、これ以上は受けると言ってからでないと話せません、と、最後通告を冷ややかなお声で仰って下さった。
少しだけひりつく空気が流れ、回りのテキ屋連中も、閻魔様に楯突いてる馬鹿は何処の誰だとこちらを気にし始めた。それならばそろそろいいか、もう逃げるつもりもないし、内容をお聞かせ願おう。咥えていた煙管に歯を立てて、上下にピコピコさせながら続きを寄越せと見せてみるが、それくらいでは話してくださらない。致し方無いからキチンと、言葉で寄越せと告げてみる。
「内容如何によってはお手伝いも
曖昧に濁している部分を聞けば逃げられなくなる、だから話してくれなかったって事なのだろうが、ここまで聞いておいて後はポイと出来るほどあたしはこの御方が嫌いではない。立場を使い命じれば何を言っても断らない、それも理解されておいでなのだろうが、閻魔としてそうはせずに、呼ぶ通りの映姫様として話して下さるのだ。
言うなれば譲歩してくれているって感じだろう、気を回した上に譲っても下さっている、目上の御方にこうまでされたら少しは素直さってのを見せてもいいのかもしれないと思えた。それ故の勘ぐり言葉。
「では今回も受けて貰えると、逃げないと考えて良いのですね?」
「逃げるならもう逃げているわ、残って聞いてるんだからそこは察してよ」
「素直にわかりましたと、自分からは言わないのですね。察せというのは私が勝手に思い込んだだけとも取れる言い様です。そこを利用し、聞いた上でやはり断る、といった逃げ口上は流石に許しませんよ?」
話の取っ掛かりの際にはご自分から逃げ道を用意してくれたというのに、あたしがあたしの為に用意した逃げ道は、すっきりさっぱり許さないと言い切られてしまった。先は煮え切らない風貌だったくせに、こういう時には白黒ハッキリつけるとか、これは職権乱用ってやつ、でもないのか、言うなれば能力乱用ってやつだな。なら致し方無い、あたしだって乱用乱発して逸らすのが常だもの、人の事は言えん。
「クドいわ映姫様、あたしは虚言も言うし騙しもするけど、ここで断れば映姫様の顔が潰れるもの。それは好ましくないわ」
見上げる視線を少し流し、横に見えるテキ屋の主人や、奥で集まる罪人連中の姿を捉えてみる。すると視線が気になるのか、場所を変えましょうと、少し離れた位置取りにいたお付きの者達に目配せをし、一人先に歩み出す楽園の最高裁判長。
視界の内で戦ぎ揺れるリボンにじゃれつきたい衝動を抑え、後について進むと、十数歩しか歩んでいないというに、いつの間にやら彼岸の花咲く此岸の端に着く。さてはあのサボり魔近くにいたな、姿を見せずに仕事だけこなすとか、出来るけど普段はしない死神らしくて格好いいじゃないか。
「ここなら視線も気になりませんし、続きを話すとしましょうか」
場所まで変えて無駄に引き伸ばしたりするなど、何処でも構わずお説教を始める映姫様らしくない動きに思えるが、ここまで気を回して動かれるとは、一体何を頼んでくるのやら。確実に面倒臭い案件なんだと容易に読めるけれど、やっぱり断っておくべきだったか?
「また何か考え事ですか、相変わらずすぐに思考が逸れますね。余計な事を邪推され逃げ算段を思案し始める前に話すとしましょう」
「勿体振ってなんなのよ?」
「なに、簡単な事ですよ。依頼するのは何時も通りに過ごしてもらいたいという、それだけの事なのですから」
今度は何を言われるのか、そう身構えていた心中に、定常通りに暮らせという言葉が染みる。
また盗みだとか、あの長生きし過ぎて的になった、追いかけている最中の邪仙様でもとっ捕まえてこいだとか、そういった仕事らしい仕事を想定していたのだけれど、思いがけないどころか予想の端にもなかった事を言われて、咥え煙管を落としてしまいそうになった。
そんなあたしの心情を察したのか、それとも気にしちゃいないのか、態度を変えないお偉い様から続きが聞かされた。
「そうですね、特に指定などはないのですが、出来るなら多くの人と話した内容を聞かせて貰いたいですね」
指定などない、か。サラリと匂わせておきながら何を言うのかこの方は。
先の依頼だけでは顔色を曇らせる必要がない、であれば他にも何かあると思う‥‥が、それは敢えてのミスリードなのかね。ふむ、考えたところで答えが出そうにないし、ここでは素直になってみよう。
「本当にそれだけ?」
「えぇ、今はそれだけです」
「そう、今は、なのね」
またナニカを香らせて、でも答えては下さらない。が、今はというのなら後で聞かせてもらえるのだろうし、既に聞き入れてしまったのだから、コレはまた後日に伺うとしよう。
全く、普段通りにはっきりと仰ればいいのに。と、普段のあたしなら言い返すところだが、白黒はっきりつける御方が濁されるというのも中々に面白いし、ここは命じてくれた部分にでも探りを入れて話を進めてみようか。
かかるも八卦、かからぬも八卦、楽しい腹の探り合いをもう少し続けてみよう。ちょっとだけ頬を緩めたからか、頼みたいというお仕事内容の続きのようなお言葉が続く。
「楽しそうに笑いますが、自らなにかをしでかしたりなどは考えないように。本当に普段通りに過ごしてくれて結構です。見聞きした事を今日のように、偶に会って聞かせてくれればそれで仕事はおしまいです」
「それくらいなら構わないけれど、あたしに頼むくらいならいつも通りに小町でいいんじゃないの? あいつもよく見るわよ?」
「小町は私と直接繋がりのある者です、そういった色眼鏡を通さない話を聞きたいのですよ」
「何故聞きたいのか、その部分について聞いてもいいのかしら?」
何処で、とは言わず気になる部分を問い返してみたが、教えては下さらないか。さすがに甘くはなかったな、それでもヒントはくれているから、ここはそれだけで満足しておくとしよう。
裁きの棒を口元に当て、よろしくお願いしますよってな目線であたしを見るだけのヤマ様。内情の端くらいは聞きたいところだったが、致し方ないところではあるか。色眼鏡を通さないモノを見聞きしたいと仰ったのだ、ここで内情を話せばあたしの銀縁がその色に染まってしまうだろう、だからこそ何も教えてくれないって感じなんだろうよ。
しかし、死後の裁きをなされる方が現世の事を気にかけるなど、何があるというのだろうな?
多くの者ではなく人と仰った、つまりは人間の里辺りの事を知りたい、そこを見聞きして来いって事だろうが‥‥なんだろうな、現世とはなるたけ関わりを持たない閻魔様が何か気がかりとされる事。思いつかないな、ふむ、少しだけ突いておこう、その方が動きやすくなる気がする。
「答えにくいなら何も話してくださらなくてもいいけど、閻魔様が気にされるような事がある、もしくは気にしなければならない事が起きるって事かしらね?」
「アヤメの読みが当たるか外れるか、そこはわかりませんが八卦次第では当たる事もあるのでしょうね‥‥以上で私からの依頼は全てです、聞いた以上はそのように事を運んでもらいますよ? アヤメ」
「普段通りに過ごせって事らしいし、それらしくするわよ」
「やけに素直ですね、何か惹かれる部分でも出来ましたか?」
「別に、暇に飽いた今を潰すのに丁度いいお題が降ってきたなと思っただけよ‥‥あぁそうだ、映姫様? 念の為に一筆認めてもらえる?」
何を、そんな表情の前にペラっと取り出した帳簿を見せた。
一番上に書かれていたのはあの雨具用の借用書、忘れ傘用に用意した物だったからすっかり渡すのを忘れていたコレ。これはまた後で渡せばいいかと、ペリっと破り丸めて懐にしまい、煙管を筆に化かして、新たに一筆書き上げた。
デカデカと『空誓文』とだけ書いて、その下辺りに名前を寄越せと、化かした筆の筆管でつついて示してみる。
「空誓文? 私は正規の仕事として依頼しているのですが?」
「でも、閻魔様としてお願いしているのは知られたくないのでしょう? 場所を移すぐらいだし。それなら嘘の誓文くらいでちょうどいいとは思わない?」
「しかし、それではアヤメに断る理由を与える事に‥‥」
「今更断らないわよ、顔を潰したくないって話したじゃない。それに、あたしはペテン師妖怪よ? だから嘘の誓文自体を嘘として捉えてあげるわ」
そうすれば映姫様はあたしに何も話していない、あたしは逆に誓約書を正しい物として捉えられる。これであれば互いに利害の一致した物として機能するはず、ってのが考えたこじつけだが、この曖昧で小憎らしい提案は果たして白黒付けられてしまうのだろうか?
突き出した帳簿をヒラヒラさせて、映姫様が仰る通り、あたしは貸付業者として、仕事は仕事として受けてあげると姿で見せてみたが‥‥少し悩んでから、笏を脇に挟み筆を取る閻魔様。サラサラと、書き慣れているって調子で長いお名前を帳簿に書いてくれる。
これはまた達筆だなと、書かれた御名を拝見していると、さてそれではなんて、話の締めっぽいお言葉が聞けた。
「上手く誤魔化されていますが、そこは気を使ってくれたと、良い面として見てあげましょう。さて、私の話はこの辺りで」
「あたしも証文預かったし、今日はここでさようならするわね」
「さようなら? どこへ行くのです? まだ終わってはいませんよ?」
「話は聞いた、仕事は受けてお名前も頂けた。だというのにまだ何かあった?」
「私からの話は終わりました、ですが、重要な案件が残っていますね。後に回すと言った事、都合よく忘れていたりはしませんね?」
後回し?
案件?
と、頭を傾ける。すると始まるお説教。
貴女は少し都合が良すぎる、という先に言われたお言葉から封切られて、それから暫くは色々と言われたい放題となってしまった。話しの切り出しで尾を巻いて逃げる姿を取って見せても、私は後にしましょうと既に伝えている、なんてよくわからない事を言う説教好き。
何のことかと問い返してみれば、中有の道で言いかけた、人の話を聞きながら別の事を考えるような、都合の良い思考回路を少しは改めなさいってなお話だったようだ。そんな事を窘められても、これはあたしの性分で持ち得る能力故の思考の反りだ‥‥なんて言い返したのがまずかった。
またそうやって減らず口を言い返して、本当に一度引っこ抜きましょう。と、ひと睨みしてから笏をペシン、平手で鳴らす口煩いお偉いさん。さすがにそれはちと困る、天邪鬼だと評されたが、実際のあたしは一枚舌だ。それを教えてあげる為に再度ペロッと見せて、尻尾をきつく腰に巻き、踵をかえしつつ姿を薄れさせる。
お待ちなさいなんてのも聞こえてきたが、薄れ、消えていくあたしの耳にはその声は途中までしか届かなかった‥‥それからどうにかやり過ごし、というか見逃してもらって、一人になった頃合いに頂いたサインを撫でつつ空を見た。
彼岸に近い幻想の空はただただ暖かく、優しい明かりに満ちている。
遠くに見える深めの霧、それを透かす暖かな日差し、霞んで漏れる日を浴びて、考える事は一つ。今日は逃げたが次回更に酷いのではないか、という事。
偶に会って報告を、という話だったし、後日顔合わせすれば今日以上のお説教が待っているのだろうな。そうなれば面倒臭い事この上なくなるが‥‥致し方無いのかもしれないな。
テキ屋を廻り嗜好を満たす為に足を向けた場所というに、功徳を積めるクドい話から逃げてしまったのだ、悟りとは程遠いくせに
功徳、廻向、と仏教用語は言葉の響きが美しい気がします。