登ったばかりのお天道様の温かな日を浴びながら、張り替えられて間もない様相の畳の上で四肢を投げ出し横になる。強く香るい草の匂いが心地よく目を閉じて鼻をスンスンと鳴らすと、屋内ながらも強い生命力が感じられて、まるで森林の中で寝転んでいるような錯覚すら覚えられる。
寝転んで天井の木目を眺めると一箇所人の顔の様に見える部分があると気づく、実際は人の顔なんて浮かんではおらず、節の跡や木目の形に年輪の流れが目口や輪郭の様に見えているだけである。
それでもこの神社なら本当に顔が見つかるかもしれないなと隣で寝転ぶ少女を見やる、大昔、恐怖によって人間を従えて信仰心を得ていた、偉大なる祟り神であらせられる隣の土着神が祀られている神社なのだから。大元を正せば塞の神《サイノカミ》日ノ本の国に住まう人々が疫病や災害などをもたらす悪神様、悪霊が集落に侵入するのを防ごうとお祀りした神様なんだそうだ。
道を守る道祖神様に近い境界を司る神様でもあったというが今は偉大なる祟り神、ミシャグジ様の化身としてその御姿を見せている。人の暮らしを守る神様がなんでまた真逆な祟り神になったかといえば、その土地で暮らしていく中で元々土地に根付いていた祟りの気質と混ぜて信仰された結果こうなったそうだ。
不変な者であるはずの神様が混ざるなんてと鼻で笑ったが、そうあれかしと願われて信仰を浴び続ければそれに応えようと成るのが神様なんだそうだ。随分と都合がいい気もするが、八百万の神様なんてテキトウな御方ばかりだしそんなもんなのかもしれない。
この幻想郷があるはずの、日の本の国の天辺にいる神様ですら引きこもったりするくらいテキトウなのだ、ソレに連なる他の神様がテキトウでもなんら問題はないだろう。それにそれくらい俗っぽいほうが話して笑うにゃ気安くて丁度いい。
あたしと一緒になって畳に寝転ぶここの愛らしい神様、土着神の頂点 洩矢諏訪子様
今年は去年よりは多く遊びに来る、という神様に立てた誓いを守ろうと妖怪の山に建てられた守矢神社に来てみたが、遊びに来た以外にも思う所があり、そのもう一つの理由を伺ってみようと横になりもう一柱が顕現されるのを待っている。
「折角朝から遊びに来たのに、
「朝餉に与りたいなら早苗を手伝ってきたらいいだろう? その方が早くてウマイ」
「風祝が用意するから
「素直に面倒だと言え、敬う神と卓を囲む事を恐れ多いと感じてもいないくせに。仰々しく言うもんじゃあないね」
「巫女修行と花嫁修業、どっちも邪魔しちゃ悪いもの。それにあたしからのお供え物はもう収めたわ」
「早苗は嫌な顔をしていたけどね、脳和えなんて覚えている輩そうはいないというに」
「それくらい深く長くお諏訪様を敬い愛しているって事よ」
「言い分と選んだ供物は兎も角として、その気持ちはありがたく受け取ろう。それで朝っぱらから来るなんてどうしたい?」
朝早くからここを訪れたもう一つの理由。それは敬愛する諏訪子様ではなく、もう片方の祭神様であらせられる八坂様に聞きたいことがあって来てみたのだが‥‥未だ御姿をお見せになられない。釣れない恥ずかしがり屋ではなかったはずだが、顔をお見せにならないのは何かあったのかね。日が昇ってからだと河童の所や他の所、何処かへ行かれてしまい探すのが面倒だと思って朝一番に来てみたのだが。
「ちょっと神奈子様に聞きたいことがあって‥‥御姿を見せて下さらないけれど朝から何処かへ出られているの?」
「お前が神奈子に用事なんて珍しい、それで朝から参拝しに来たのか」
「困った時の神頼み、本当は諏訪子様にお願いしたいけど今回は多分神奈子様だと思うのよね。それで、いないの?」
「神奈子には言うなよ、あれで結構気にしてるんだ。いるよ、ただ準備に時間がかかってるだけさね」
「準備なんて何かするの? また守矢かって言われるの、何度目になるのかしらね」
「何度でも言われてやるさ、神様なら名が売れてこそだ」
そう言って少しの恐怖を混ぜた笑みを見せる祟り神様、やり口や結果は兎も角に、結果として名が売れればそれでいいって発想が実に祟り神様らしい発想だ。他者の事など気にせずにしたいようになさる姿勢が恐ろしく面白い、あたしが敬愛する理由でもある。
それにしても準備なんてなにをしているんだろう、本当にまた何かやらかすつもりなのだろうか?寝転んだまま考えていると、あたしの腹に跨がり少し仕草をしてみせる諏訪子様。
両耳の横を手で下から持ち上げて顔を振る仕草、良くわからずに眉間に皺を寄せているとあたしの髪を仕草通りに持ち上げてきた。準備ってそんなことか、朝なのだし気にする事もないと思うが。
「それってあたしが来たからかしら?」
「そのようだ、普段は朝から気にする事なんてないからね。慣れない寝起で準備しているから時間がかかっているのさ」
「神奈子様も意外と可愛いのね」
「可愛い軍神だろう、信仰してくれてもいいんだよ? アヤメ」
「そんな御姿を常に見せてくれるなら、信仰心を持ってもいいわ」
「それは無理な話だね、見せたくないから今も頑張ってるんだ。それにアヤメのソレは信心じゃないな」
「神様を想う心に変わりはないと思うんだけど?」
「鰯の頭も信心からってか、人に説くならそれでいいが‥‥神相手に言うにはただのごまかしにしか聞こえないね」
他の人から見ると些細な事かもしれないが、あたしからすれば突然の来訪に合わせて準備に勤しむ神奈子様の姿は嬉しいし、気にかけてくれているようでありがたいと感じる。この気持ちは正しく信心だと思うのだが受け手からすれば違うらしい。
どちらかと言えばことわざの別の意味、相手をからかって言う時の方でとられたらしい。両手をあたしの腹に宛てがい跨る祟り神様の表情が少しだけ怖い、この程度でお怒りになるほど狭量だとは思わないが・・・身内をバカにされたと感じれば寛容さも影を潜めるのかもしれない、腹に添えられた両手から感じる悪意と殺気が随分と痛い。
「怖いケロちゃんも好きだけど、出来れば可愛いケロちゃんでいてほしいわ」
「ごまかしついでに軽口か、怒りを買って喧嘩を売るなんていつから商売上手になった?」
「金貸しくらいしかした事がないんだけど、そっちの才能もあるかしら?」
「儲けられるよう縁起のいい白蛇で腹を満たしてやろうか?跨っているし祟り産みには丁度いい」
「腹は黒い方が儲けられるから遠慮したいわね、白蛇を身籠る気もないし許してもらえると嬉しいんだけど?」
「そう遠慮するな。子孫を残してみるのもいいと以前に言ったしついでに経験させてやるよ、それに一度痛い目に遭ったほうが気持ちを入れ替えて仕事に励めるさ。そう思わないか?」
「……ごめんなさい、納得出来ないけど、言い過ぎたのかもしれないわ」
「減らない口は災いも増やすんだ、覚えておくといいよ」
一方的な物言いに納得なんて出来ないが言葉なんてそんなもんだろう、全員が全員納得できる言葉なんてあたしは知らない。良かれと思って言ったつもりでも受け取り方で180度意味が変わったりするものだ。さっきの言葉がいい例で、褒めたつもりがバカにされたと取られることもある。
ついでに言えば相手も悪かった、あたし達輪廻の内にいるものとは価値観も考え方も違う御方が相手だったのだ、真逆に取られても仕方なかったのかもしれない。しかし痛い程度で済んで良かった、本気で力を行使されていれば今頃のたうち回った後動かなくなっていたかもしれない、未だ痛みを感じる腹がまだ生きていると教えてくれて小さく安堵できた。
痛む腹を擦りたいが両手は変わらず乗せられたままで擦る事ができない。姿勢を変えずに笑みだけを楽しそうな物に変えている敬愛する祟り神、そこから動かず痛みを和らげさせてくれないのはちょっとした神罰のつもりかね。
直接触れられていなければ能力で逸らして痛める事なんてなかったはずだが、直に触れられ流されては体内を巡らないように表面で逸らして流すくらいしか出来ない。あたしの能力を知った上で直接触れてきたのだろう、逃しはしないが殺しもしない、責め苦には丁度いい痛みってか、本当に性格が悪くてあたし好みだ。
言葉なく腹に跨り怪しく笑う神様を見つめていると、待ち望んでいたもう一柱が奥の廊下から歩いて顕現された。いや、顕現とは言わないか、随分前から顕現されてあたしのために身支度されていたのだから。
「朝からアヤメに跨って何の神遊びだい? 早苗に見られるとうるさいよ、諏訪子?」
「ちょっとした戯れさ、神奈子の考えるモノじゃないよ」
「ちょっとの割には随分と痛むのよね、神奈子様の奥さんは朝から激しくて身が持たないわ」
「まだ足りなかったか? 言った通り、次は下っ腹の大事な所にしとくかね」
「そっちだと本格的に目覚めてしまうから、それは日が落ちてからお願いしたいわね」
「本当に減らないし懲りないな、加減なんてするんじゃなかったな」
「減らしては勿体無いもの、それに災いなら転じて福となす事もあるわ」
「よくわからないが曲げない覚悟を持っている相手は手強いぞ、諏訪子。そろそろ離してやったらどうだ?」
旦那様に窘められてようやく腹から退いてくれたお嫁様、退く時に両手で強く押されて痛みに響いたが擦ることなく我慢しよう。ああは言ったが神罰を受けたのだ、戒めとして甘んじて受けようと思う。
すっかりと髪型のセットも終わり見慣れた御姿でお見えになられた、今日の尋ね人であらせられるはた迷惑な謎の神様 八坂神奈子様 身なりを整えて神様モードで来るかと思ったが今朝は気安い御姿のようだ。別に寝乱れた頭でも構わないしそれを笑ったりはしないのだが、気を使ってくれているのだ。ここは気持ちのよい笑顔で迎えるのが目上の御方を迎える礼儀というものだろう。
「お早うございます、神奈子様。今朝もお変わりないようで」
「あ、あぁおはよう。私を見てなぜ笑うのかわからないが、さっきもよくわからなかったしまぁいいか。朝から来るなんてどうした?」
「神奈子様からご神託を得たく、なんて考えて朝からお参りしてみたのよ」
「ほう、諏訪子ではなく私にか。お前に頼られるのも悪くない、何が知りたい?」
「神奈子様、また何かやらかした?」
「いや、まだ何もしていないが何かあったか?」
「大事ではないんだけど、今朝目覚めたら布団の上掛けが上下逆だったのよ」
「ん? それだけか? 寝相の悪さなんて今更だろう、気にすることか?」
何度か足を運び偶には泊まっていくこともある守矢神社、川の字で寝るなんてことはないがあたしの寝姿なんて何度も晒していて、その度に丸くなって寝るなんて可愛いところもあるなと昔から小馬鹿にされている。
これは四足の頃からの癖で直す気もないし、今回の違和感とは直接関係ないから割愛する。
それで布団の上掛けの方だが、なぜ上掛けだけが上下逆になっているのか気になっていた、千年単位で丸くなっているが、どれほど酔っ払って寝ても今まで上下逆になるような事はなかったからだ。あたしが原因なら今までにもあったはずだ、今朝までなかったということは多分あたし以外、外的要因でこうなったのだろうと考えてここを訪れてみたわけだ。小さなイタズラ程度のモノだから、ここの神様が何かしたなんてはなっから思ってはいないが、遊びと相談ついでと思って訪れてみた。
「それだけじゃなくて洗い桶も逆さまだし、並んだ湯のみも全部逆さまだったのよ」
「ただのイタズラだろう、天狗から聞いたが何人か勝手に入って帰るそうじゃないか。イタズラ好きな輩もいるんだろう?」
「イタズラ好きしか来ないからおかしいのよ、あいつらの手口にしてはつまらないイタズラすぎて」
「判断基準がおかしいがまぁいい、それでそのイタズラを私のせいだと断定した理由は?」
「特にないわ。ただそうね、強いて言うなら『また守矢か』って言葉を思いついただけ」
「いくらなんでも酷くないかい、それは‥‥」
呆気に取られる表の祭神様と、ゲラゲラと腹を抱えて笑い転げる裏の祭神様、同じ神社で祀られている二柱だというのにまるっきり正反対の態度で非常に可笑しい、けれどその呆気に取られている態度からここの神様は何も知らないのだと理解できた。
何かしているなら自慢気に話してくれる御方だ、もうわかったと言っても止まらない口撃が続く御方なのだから、今回は本当に守矢神社は関わっていないのだろう。つまらないやり口でここの神様じゃないという確信はあったがきちんと確認出来てよかった、お陰様で朝から面白い顔が見られた。存外楽しめたしフォローもしっかりとしておこう、さっきの諏訪子様のようになられては身が持たない。
「万物全てにいるのが八百万の神様だし、もしかしたらと思っただけなのよ?神奈子様だけを疑ったわけじゃないって事は信じてほしいわね」
「今までの事もある、また守矢かと言われる事もあるが……さすがにイタズラまで私のせいにされるとは」
「それくらい近しい神様だと感じてるの。嘘はつくし騙しもするけれど、今神奈子様に向ける想いは偽りないと感じるでしょう?」
「む、そうだな。信仰心とは呼べないまでも敬われているとは感じる。しかしだなぁ‥‥」
「偶に真っ直ぐ想っても伝わらないのなら意味がないわね、やっぱり諏訪子様一筋でいるべきかしら?」
「そう拗ねるな、気持ちはわかった。捻くれてはいるが頼って来たのにも違いはないし、ここは神らしく寛大さを見せてやろう」
「ありがとう神奈子様、八坂の湖よりも広い御心でそういうところは好きよ」
「よいよい、アヤメから信仰心に近いモノを得られるとは思わなかったが存外心地よいものだな、これは。なぁ諏訪子?」
気持ちよさそうに笑う山坂と湖の権化、チョロいものだとそれを眺めて同じように気持ちよさそうに微笑むあたし。それでも想いが通じるというのは気持ちが良いものだ、それが例え歪んでいようが捻れていようが感謝には変わりない。受ける神様も信仰心に近いと仰ってくれたし神奈子様の方は何も問題はないだろう。
別の問題があるとすれば、さっきよりも楽しそうで恐ろしい笑みを見せる奥様の方をどうするかってことか、神奈子様に気付かれないよう自然に動いてあたしの手を取り、今晩本当に覚悟しておけよ、と恐ろしくて好ましいことを耳打ちされてしまった。
少しだけ声色に込められたナニかのせいで小さく身震いしてしまうが、ナニに対して覚悟しておけばいいのだろう‥‥神様の考える事はあたしにはわからない。
とりあえず考えるのはやめるか、結構な時間が経っているが未だ並び始めない朝餉が気になる、あたしたちの会話の奥で物音を立てずに朝餉の準備をする風祝、逃げるついでに様子を見てこよう。いざとなったら本気で逃げるのにも使えそうだし丁度いい、神様相手の神遊び。逃げ場を創るなら神様予定のあの子辺りが丁度いいはずだ。
そう考え台所に向かったが少し様子がおかしい、鍋を火にかけて腕組みしたまま動かない守矢神社の風祝。何を固まっているのかと近寄ろうと一歩踏み出すと、固まる理由が鼻を刺激してきた。
あたしの供えた脳和えを少し癖のある味噌だと思って鍋にといたらしい、社務所では気が付かなったのは回っている換気扇という機械の効果か‥‥獣臭い匂いが漂い人間が固まるには十分な臭さとなっていた。
これは逃げ場にならないと思い踵を返して戻ろうとしたが行動するには遅かったようだ、腕を捕まれどうしてくれるんですかと怒りを露わにする現人神。笑顔なのに何処か恐ろしさを感じる、祟り神様の子孫として受け継いでいる笑顔で迫ってくる早苗。
参ったな、逃げ場が修羅場に変わってしまい、場所と相手を変えての神遊びが始まりそうでどうしたもんかと頭を掻いた。
少しだけ補足
日供祭とは神様と共にとる朝食の祭事です。
神饌も、神様に献上する食事の事。御饌(みけ)とも言うみたいですね。
こちらはお祭りなんかで使われる言葉だそうな。
脳和えですが、諏訪信仰にて洩矢神に供えた鹿の肉と脳みそを混ぜた物だそうです。
恐怖信仰らしい供え物ですね。