常夏の国、日本。その呼び名が定着してから十四年余り。連日の強烈な日差しに照らされた街には、連日の様な賑わいは無かった。人は消え、街は荒れ、大地は紅く、列車はまるで机に転がる鉛筆のように散らかっている。
海岸線に沿う国道にはUNのマークを付けた戦車が、一分の隙も無く並んでいる。エンジン音が潜まりセミの鳴き声のみが響く空間には、日常など一厘も無い。
砲塔の上で海を眺めていたカモメが飛び立つ。その原因になった沖の飛沫は非日常の原因、かつ「違った歴史」の始まりを告げるメッセンジャーだった。
暑さにうだる兵士たちに戦慄が走るが、ジオフロントの奥底で指揮を執る指揮官たちにはまだ余裕がある。
「やっと出てきたか、勿体ぶりおって」
指揮官は勝利とその後の更なる昇進を確信し、自信に満ちた声で命令を下す。道を埋め尽くした戦車と、沖の駆逐艦、応援にやって来た爆撃機が間髪入れずに射撃を続け、無数の火球が飛沫の中心に炸裂する。すると飛沫は一度消え、空振りの砲弾は海に落ちて水柱が上がる。
「やったか!」喜ぶ指揮官。しかしオペレータは淡々とデータを告げた。
「海面下にエネルギー反応、目標はまだ健在です」
刹那、戦車隊の目前に先ほどよりも巨大な飛沫が上がり、そこから伸びた黒い腕が一両で数十トンあるであろう戦車を、消しゴムのカスを払うようにして壊滅させた。巻き上げられた膨大な海水によって、鉄くずと乗員は海に呑み込まれる。十秒にも満たなかった。目標は一度海に身を潜め、陸上部隊にダイレクトに攻撃を仕掛けたのだ。
絶対的な自信と共にあった防衛線は脆くも崩壊して穴が開き、そこから目標は上陸する。
傷一つ無い黒い体、急所と呼ばれるコア。全てが畏怖の対象に変貌した。使徒と呼ばれるその黒い巨人は、長い腕を振ってゆっくりと目標に向かって歩き出す。航空隊は意地で爆撃を仕掛けるが、効いている様子は無い。数百発のミサイルと爆撃を受けても、意に介しさえしないのだ。
ここでようやく、軍の幹部達は相手が化け物だと思い知る。
「やはり、通常兵器では効き目は無いか…」
NN地雷の手配を行う幹部達を尻目に、白髪長身の副司令は呟く。それは隣にいるはずの司令に対しての言葉だったはずだが、独り言に終わった。
いつまでも返事が返ってこない事を不審がった副司令、冬月は空席になっている司令席に目をやり、気付いた。
「…あの馬鹿め」こんな非常時に席を空けて息子を迎えに行くとは…。
溜息を漏らすと、職員たちが動揺せぬ内に彼は司令席に腰掛ける。許しは貰っていないが、国連軍がこの調子では代理を務めねばなるまい。
NN地雷が炸裂し、モニターがノイズで乱れた。やった!、と声を上げる幹部の背中を、冬月は情けなく見つめていた。
「君達の出番は残念ながら無かったようだ」高笑いの声響く発令所だったが、オペレータの声が全てを引っ繰り返す。
「爆心地に高エネルギー反応」
「モニター回復します」
映し出されたのは、超高温で真っ赤に燃やされる町とその中心に佇む巨人。皮膚が熔けてはいるものの、鰓の様な器官を開閉して酸素を取り込み、急速に体を再生させている。仮面のような顔の下からはもう一つの顔が覗き、怒っているのか目が点滅する。
「馬鹿な!!」
「我々の切り札が…」
「…化け物めっ!!」
じきに指揮権はNERVに移譲されると読んだ冬月は、エヴァの最終確認を命じる。
あとは…パイロットか。先ほどの地雷で死んでなければ良いが…。
あの男がついているなら無用な心配かと、冬月は不安を払った。
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碇シンジは、公衆電話の前で立ち尽くしていた。
その原因は、電話が繋がらない事ではない。突如として飛躍した世界に、意識がついていけなかったのだ。
「あれっ…何で…ここに…」
――ついさっきまで自分はカヲル君と…。
シンジは自分の隣で、カヲルの首が弾け飛ぶ瞬間を、はっきりと思い出すことができた。なにせ数秒前の出来事のはずだ。なのに今の彼の身は未だ健在の第三新東京市にある。
L.C.Lに浸かっていたはずの体からはその独特の匂いはせず、制服も自分に合ったサイズの自分の物、トウジの物ではない。
彼はすぐに理解した。否、理解せざるをえなかった。
――また振り出しからか
再びの第四使徒襲来。もう一度、この時に戻されたのだと。
この状況からは、この結論しか導くことはできない。
俯き気味の顔に浮かべられた、自嘲気味の笑みの不気味さは父親譲りだろうか。
赤い大地に帰結するこの世界で、また同じ辛みを味会わねばならないというのかという絶望が、彼の心を冷やしていく。
迎えが来る前に死んでしまうか。自分さえいなければ、あんな世界になる事もないだろうから。
シンジは人の消えた市街地を、爆音の聞こえる方へと歩いていく。ミサイルが近くを通り、山影から姿を現した使徒へと着弾した。
――惜しい、あと少しで楽になれたのに。
ミサイルが自分を殺してくれなかったことを恨むシンジ。今度は使徒に踏みつぶされようと、路上で歩を止めた。
その時、彼に声をかける者がいた。
「弱気だね、シンジ君」
シンジは目を丸くして、ゆっくりと声のした方を向く。その場所は、前の世界でレイの幻影が見えた所だった。しかしそこに立っていたのは、少女ではなく少年だった。
銀髪に赤い瞳、シンジの一番会いたかった人。
「カ…ヲル君…?」
シンジは彼の方向へ走り出す。縋りたいという一心で。リュックがずり落ち、路上に転がるのも気にならなかった。
「カヲル君!!」
喜びに涙を流し、カヲルの名を何度も呼びながらシンジは走った。
だがカヲルは非情にも、そんなシンジを手で制する。
「君はいつまで僕に頼る気だい?」
「えっ…」
いつでも優しく自分を受け止めてくれていたカヲルの、予想外の言葉にシンジは身動き一つとれなかった。使徒の足が、先ほど落としたリュックを踏みつぶしたが、そのことに気付きさえしなかった。
「残念だけど、僕はこの世界にこれ以上の介入はできない。この思念体を飛ばすだけで精一杯さ…」
笑みを失くすことなく語るカヲルの顔は、彼がこれまでに見たことがないほどやつれ、そして無理をしていることを隠しきれていない。
先ほどから、彼の体も陽炎のように揺らめき始めている。
だが彼は続ける。
「シンジ君、この世界は確かにこのままだとまたあの赤い世界に導かれる…だけど、君ならきっと変えられる」
「無理だよ! 君がいないと、僕は何もできないんだ!」
「いやそれは違う!! そんな弱いリリンの代わりに僕は死んだわけじゃない!」
声を荒げるカヲル。目からは笑みは消え、いつぞやのシンジを叱咤するミサトによく似たものになっていた。その目から、思わずシンジは顔を背ける。
「大丈夫、君ならきっとできるさ。それに…」
カヲルはそっとシンジの肩に手を乗せた。そして、掠れる声で言った。
「希望は残ってるよ、どんな時にもね」
ハッと顔を上げるシンジ。カヲルは彼の頬の涙を指で拭うと、霧が晴れるようにしてこの世界から消えていった。完全に消えてしまった時に浮かべていた笑みは、何処か悪戯気な、彼らしくはないものだった。
その時、前方から一台の青い車が疾走してくるのが見えた。
――また逃げてしまうかもしれない、またあの世界を創ってしまうかもしれない、でも…このまま終わるのは嫌だ…!
拳を握り、涙を拭い、彼は再び生気を取り戻す。
彼の目には、以前のような弱気な色など微塵もなかった。
車はそんな彼の目の前で、豪快なドリフトをしながら急停止する。流石はミサトだと、彼は涙の乾ききった顔を緩めた。
そして助手席のドアが開き、サングラスをかけた運転手が姿を現す。
「乗れ、シンジ」
車の運転手は同じサングラス姿でも、ミサトではなく彼の実父、NERV総司令碇ゲンドウだった。
――なんで父さんが…なんで総司令直々こんな危険なとこに…
予想の斜め上を行く状況に、彼は呆然とする、が、心の中では喜びさえ感じていた。
――でも、違う世界か…悪くない。
シンジは急いで車に乗ると、前の世界のミサト並みの荒っぽい運転をするゲンドウに連れられて、NERV本部へと向かっていった。
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その頃、ドイツ第三支部では日本の戦況を見守る少女が居た。
惣流・アスカ・ラングレー。アメリカ国籍、ドイツと日本のクォーター。西洋と東洋の美が絶妙に絡まりあい、他人に劣等感さえ感じさせるそのルックスは、十四歳の物とは到底思えない。
そんな彼女が居るのは第三支部自前の発令所。そこのモニターには本部から送られてくる戦闘映像が、若干のタイムラグはあるがほぼリアルタイムで再生されている。
また、オペレータも逐一状況を説明する。第三支部の幹部と作戦部長、パイロットとその保護役の、エヴァに最も関わる人間はここに集められ、その説明を受けていた。
モニターの中では黒い巨人が悠々と街を歩いている。周りを飛び回る航空機など蠅のように扱っている。近づけば殺し、逃げるなら追わない。爆弾を落とされようと、その行動パターンには全く変わりが無かった。
巨人の姿が山の向こうに消えた時、その周りにいた航空機群が一斉に退避した。
「まさか、NN地雷かっ…?」白い髭を蓄えた支部長が眼鏡の奥で間を丸くする。退避したということはNN兵器の使用に間違いないのだが、市街地のど真ん中でそれを使わざるを得ない事に、使徒についてある程度知っていたはずの彼も驚いたのだ。
暫くして太陽が生まれた様な閃光が山の輪郭を一瞬浮かび上がらせ、モニターは落ちた。
「やったか…」「いや、使徒に通常兵器は効かないはずだ…」「足止めにはなるだろう」
思い思いの事を口にする発令所の面々だが、対して本部の発令所では固唾を飲んでモニター回復を待っていた。言わば「高みの見物」であるが故の軽い空気。状況を客観的に見ることはできるが、戦闘に慣れる事など全くないだろう。そうアスカは感じていた。
戦闘を知らないここの人間に対して、彼女は知っていた。本当の使徒との戦いの雰囲気を。何故なら彼女も、碇シンジと同じく転生者であるのだから。
彼女の意識が途切れたのは、前の世界でシンジに首を絞められ、気持ち悪い、という言葉を吐いた所、その意識が飛ばされたのは、二年前の弐号機初起動試験の最中だった。
その試験中に弐号機が暴走したのだが、その衝撃で意識が定着した、と彼女は考えている。しかし幾つか腑に落ちない部分がある。
何故自分はもう一度生を享けたのか。
何故もう一度パイロットなのか。
そして…
この世界で目を覚ます直前、夢の中に現れた一人の少年。渚カヲル。彼は何の為にやって来たのか。
映像が回復して、相変わらず健在な使徒が映し出される。ジオフロントの戦略自衛隊指揮官達と同じ反応が起きた。
だがアスカの疑問は、いつまでたってもノイズ交じりの不明瞭な物で、クリアに解決されることは無い。
ただ一つ、やらなければいけないと感じる事。
それは、人類補完計画を企むNERV本部の壊滅。
そして、脆弱なアイツを殺すか、支えるか…。
二人の転生者の物語が、その歯車をゆっくりと回し始めた。
大分感覚が開いてしまいました。長期休暇につき復活です。
実は…こっちがメインだったりします。それ故もう一つの方は暫く更新できないかもです。
駄文ですが、おつきあい願います。