変わらぬケージ、変わらぬパイプ、変わらぬ空気、変わらぬ姿…。
シンジは、全く道に迷わなかったゲンドウと共にケージに来ていた。
出入り口が閉められ、明転。眼前には赤い水に肩まで浸かった、あの紫色の巨人がいる。
「汎用ヒト型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン。その試験初号機だ…」こう言ったゲンドウの表情は、真剣というよりも嫌悪に近かった。
何故だろう、と思ったシンジだったが、構わずに前世と同じ言葉を口にする。
「これが父さんの仕事ですか…」
「ああ、そうだ。だがお前を孤独にして成した仕事だ、誇れる物ではない」
顔を背けたゲンドウに、前世の様な冷たさは見られない。後悔と自責の念が渦巻いていた。
シンジの心が揺れる。父親の事などこの世界では信用しないつもりでいたのに、この父親は味方なのかもしれないのではとも思った。だが、溶けたシンジの心に冷水をかけた人間もいた。
葛城ミサト、作戦部長が何処からともなく現れた。
シンジはその雰囲気を一目見て察した。彼女の纏うオーラは、前世のゲンドウと相違ない事を。
「碇司令、出撃準備は完了しました。あとは…パイロットだけです」
彼女はシンジに一瞥をくれると、会釈もせずに目線をゲンドウの方に向ける。先ほどまで暗い表情だったゲンドウは、まるで敵を見るかのようにミサトを見ていた。
「息子は連れて来た、これで満足か」
明らかに不快な声でゲンドウは言った。ミサトはニヤリと笑うと「予備も揃いましたね」とつぶやくようにして答える。そして彼女はシンジにもう一度視線を向けると、馬鹿にしたように鼻で笑って去って行った。
「シンジ」ミサトが居なくなった場でゲンドウが口を開く。
「何…父さん」
「今からお前は、この初号機に乗って外で暴れていた使徒とという敵と戦ってもらう。良いか…?」
苦しそうに、申し訳なさそうに、ゲンドウは言った。その思いに答えなければという感情がシンジの心に湧き上がる。たとえ茨の道でも、修羅の道でも、自分とこの父親の為に通らねばならない。
「…やってみるよ」
煮え切らない答えが、シンジらしかった。でも、覚悟は決まっている。
静かに、父は頷いた。
「赤城博士、コアの設定を書き直してくれ」
「わ、分かりました…」いつの間にかケージに来ていた赤城リツコが、即座に現場に指示を出す。
眼鏡をかけてファイルを抱えた彼女はえらく気弱だ。これで大丈夫かとも心配したが、感覚で分かる。エヴァはしっかり整備されている。安心できる。その魂も、感じられる。
母さん…。
「エントリープラグ、準備完了!」
「よし、シンジ。搭乗口に迎え、頼んだぞ。」
「分かりました」
弱冠十四歳の少年兵は速足で案内される。その背中には修羅場を潜り抜けた老兵の雰囲気が漂っていた。
--------------
「初号機かっ!?」
紫の巨人が地上に現れる。ドイツ支部では、アスカがそれを見守っていた。
他の面々は目を丸くしてエヴァの初実戦を見守っている。
「パイロットは誰だ、第一の少女か?」
「いえ、情報によると"第三の少年"と…」
「聞いたことが無いぞ! 誰だそれは」
「数分前に正式採用されたようです。只今全力で素性を調査中です」
支部長はイスに深く腰掛け、ふうっと息を吐いて本部に送り込んだスパイからの情報を待つ。同じ機関でありながら、支部の存在する国の政府に大きく依存するNERV支部は、本部との権力争いが激しい。将来の計画の為に、脅威と成り得る新パイロットの情報は、一刻も早く欲しい。
「支部長、本当に初号機には新しい搭乗者が?」アスカは支部長に近づき、敬礼をしつつ訊いた。
「ああ、だが情報はまだだ。しかし本部には新パイロット育成計画は存在しない。恐らく急に選出した、いわゆる"応急処置"的な物だろう」
「綾波…いえ、碇レイ…でしたか。あのパイロットは確か先日、大怪我をして入院中でしたね」
「今頃碇は焦っているだろう、正規が使えず、予備も無い。緊急的に選出したパイロットが、熟練した戦闘技術を持っているはずもない」
支部長がそう笑いながら言った時、初号機が使徒に捕まった。まともに歩けずによろついた所を、頭部を鷲掴みにされて宙吊りになり、そのまま光の槍で頭蓋を貫かれてビルに寄りかかる。傷口から、血が噴き出した。
「やはりか、本部は苦境に立たされたな」
口を開く支部長とは真反対、アスカは一連の動きを、押し黙って見ていた。初号機が転んだ場所、音、傷。投げ飛ばされたタイミング、軌道、高さ、速さ。全てが前世の映像と一致する。そして…
…もう一度立つわ。そして暴走…
裏死海文書によって定められた予定調和。彼女は裏死海文書の存在こそ知らないが、前世を知っている。
全く同じ世界の繰り返し、そう思った、だが。
「初号機が立った…」そこまでは彼女の思った通り。だが。
「中の搭乗員は相当我慢強い奴だ…頭を貫かれた痛みに耐えて再び戦おうとするとは」
暴走という結果を予想し、モニターに背中を向けて去ろうしたアスカが振り向くと、プログレッシブナイフを握り、息を荒げるように肩を上下させる初号機が見えた。その眼は…冷静に使徒を見つめる。
雰囲気が変わった…暴走こそしていないけど…今までやられっぱなしだった腑抜けじゃない…。
口が開き、蒸気が登り立つ。初号機は咆哮を上げて使徒を威嚇した。ナイフの切れ味を確かめるように頭の辺りからそれを振り下ろしたのも、その一環だろうか。
大きく息を吸い込んだ巨人は、使徒に突撃した。
突撃された使徒は動じずに、一瞬で自らの前に壁を作る。
「A.T.フィールド!!」モアレは闇に光り、初号機の攻撃を受け止める…はずだった。だが。
初号機は咄嗟に飛び上がり、宙に舞う。そして弧を描きながら、落下するエネルギーを加えてナイフの切っ先をフィールドに突き立てた。巨人の腕力と、質量と速度の二乗に比例する運動エネルギーが一点に掛かり、容易に多角形は崩壊する。そのままナイフは、使徒のコアへと落ちて行く。
フィールド突破にエネルギーを使った分、ナイフは先ほどの様に簡単にコアを破壊できない。だが先端が少し食い込んだ所を見た搭乗者は、足を振り上げ体をナイフと一直線上にする。エヴァの膨大な体重を先ほどと同じく一点に集中させたのだ。すると、ナイフはじりじりと食い込む。
諦めた使徒が自爆を試みて初号機に纏わりつく、だがそれよりも早く、根元までナイフを差し込まれたコアが崩壊した。パリッという音がして赤い球が弾け、若干のタイムラグを置いて小爆発と共に使徒の体が崩れる。
形象崩壊。赤い血潮が津波の様に街を襲い、赤く染める。
後に残ったのは、マンションを庇って四つん這いになり、そこで電源切れした初号機だった。
「パイロットが判明しました! 碇司令の御子息、碇シンジという少年です」
「碇の息子かっ…あの弱虫が嫁、そのコピー、それに続いてよく息子をエヴァに乗せたものだ」
支部長は上司を馬鹿にすると、モニタを消すように命じた。音声の切れた発令所で、アスカは先ほどまで初号機が戦っていた中空を見つめるしかなかった。
狂った彼女の中での予定調和。その原因はどこにある。初号機の魂か、性能か、それともパイロットか。
サードインパクト阻止と本部壊滅。
支部長たちは未来を知らないからゆっくりと構えているが、アスカの内心は焦りで満ちていた。
もし、イレギュラーの原因がパイロットにあるなら…。
初戦闘でここまでの成績、機転の利かせ方。素人かもしれないが、侮れない。
暗殺者が対象者を見て殺す楽しさに笑うような、また彼女が数年会えなかった彼氏に会えると聞いて喜ぶような、そんな複雑かつ混沌とした笑みが、アスカに浮かぶ。
シンジ、待ってなさい。あと少しで会えるわよ!!
連続投稿、残弾が早くも尽きました。年明けまでに次話を上げれたら上々です。
誤字脱字ありましたらビシバシ指摘お願いします。
駄文ですが、お付き合いいただけると嬉しいです。