【TSして最強】世界はまだ、俺が魔女で聖女だと知らない 作:月森朔
第1話 影子と遠山流忍術
俺は笹木、俺1号と自分たちの中では呼んでいる。俺がオリジナルの笹木小次郎なわけだが、ドッペルゲンガーが5人に増えたので、番号で分類する方法が適しており致し方ない状況だ。
ところで今は名古屋に向かってフレイヤの姿で飛んでいるところだ。先ほどまでサンフランシスコで自分会議を行っていたが、ドッペルゲンガーが新しく追加されたことで、俺は日本に一足先に帰ることにした。ちなみに今は夜というか早朝だ。サンフランシスコとの時差のせいで、朝日も上がっていない早朝の冬の空を高速で飛んでいる。インビジブルも追加しているため誰かに見られるということもない。
今回のアメリカ遠征ではアビスヴォーカというテロリストとの戦闘も行ったので、レベルアップもした上に、多くの戦闘経験が得られたと思う。特に、フレイヤの飛行自体はサイコキネシスを応用しているし、エナジードレインを上手く使えば、MPタンクとして活躍することもできると分かった。よくよく考えると、アリスにフレイヤがくっついて飛んでMPも供給してやれば地球の裏側にも余裕で届くんじゃないだろうか?
かなりの速度で飛んでいると流石に体が冷えてくるもんだが、フレイムマジックも併用すれば冷えることは無い。冬の朝というわけで日の出はまだまだだ。今回、沿岸部を飛行していると、前に住んでいた町に差し掛かる。そして、少し離れたところに高和港が見える。漁港だから早朝でも明かりがついているようだ。
「そうだわ」
少し速度を落として、高和港の方へと進路を向ける。今回、アルカトラズでは急にダンジョンが発生していた。その時も思ったが、俺が高和港で破壊したというダンジョンもダンジョンの種みたいなものがあったのかもしれない。
「この辺ね」
俺は高和港の堤防の先へと降り立った。流石に夜の海は暗くて怖いなぁ。俺はアバターを切り替えて、フレイヤからアリスにする。MPが心もとないが、感知くらいならば大丈夫だろう。透明な姿のままだから、誰かに気づかれることもないが、そもそも周囲に人はいなかった。
そして、アリスの感知によって周辺を探る。
「やっぱりなんだかもやっとしてるわね」
ダンジョンに感じる強烈な光ではなく、月明かりに照らされる雲みたいな感じで海底が光っているように見える。ダンジョンが存在していた残滓だろうか。全体的に周囲の魔力が高いように見える。
海底に何かがあるように見えるが、いまいち分からない。俺は物は試しということで、影子に変身する。すると海は暗くなり、特に変わった物は見えない。しかし、影子の探知が何かに使えるかもしれないと思う。
「わんわん探知術!」
すると、感知で見えていた姿とは別の見え方がしてくる。海底に怪しげな円筒形が見えるのだ。危険度なども匂いとして表現されているようで、危険ではないが何か怪しげといった感じだ。これで罠なんかあれば、危険度が上昇するんだろう。
しかし、その怪しげなものを取りに潜るのは勘弁だなと思う。
そして、再びフレイヤに変身すると、適当にその場所に向かってサイコキネシスを使ってみる。その円筒形が見えなくなってしまうが、先ほどの記憶を頼りに海底をあさってみる。
何度かトライしてみると、海中から円筒形のタンブラーみたいな物が現れた。手に取るのはなんだか嫌だったので、堤防に置いてみると、なにやら見覚えのある質感だった。明かりで確認してみると、ますます見覚えがある。
「これ…」
そう。以前、高和港でつりあげた蓋っぽいものと大きさといい質感、色といい酷似していたのだ。
「つまり、これがダンジョンなのかしら?」
中を照らすが、からっぽだ。これだけみると、本当に釣り客が落としたタンブラーにしか見えない。これは持ち帰るしかないなと思い、手持ちの適当な袋に放り込んだ。このサイズならば、テロリストがアルカトラズに持ち込んでダンジョンを作り出すことも可能かもしれない。確証はないけどね。ひよりならば何か考えついてくれる気もするので、そこに期待しておこう。
そして、朝になり、周囲がはっきりと見えてくる。俺は、再び影子になる。
「こんこん変身術!」
術の効果で服装が忍者装束から変わる。フレアスカートにワイシャツ、ニットベストを着て、ローファーを履いている。たぶん、コンセプトは女子大生といった感じだろうか。服まで変化するなんて、なんて都合のいいスキルなんだろうか。
そこでペルソナを起動してみる。女子大生のふりをしようと考えてみる。影子はちゃんと演じてくれるだろうかと考えると…、
「当然大丈夫ですよ? わたしは、大学2年の東郷みよしって言います。サークルはテニスサークルだけど、最近カフェでバイト始めたので、あまりサークルには行けてませーん。え? 彼氏? いませんよーもー」
設定は合コンの自己紹介だろうか? まぁ、設定の「おら」とか使わないのでヨシとしよう。ショルダーバッグも持っていて、中には化粧道具も入っている。コンパクトを取り出して顔を見てみると、影子とは全く似ていない温和そうな女の子が映っている。きっとモテるだろうな。サークルをクラッシュさせそうなタイプかもしれない。影子は、どちらかというとキツめな美人なので、正反対も対応できるようだ。
「顔も変わるんですよ? すごいでしょ?」
俺の使える変装とは次元が違う。アバターと変装スキルの間という感じだろうか。これなら特定の人物になりすますのも可能なんだろうか。するとスキルを使って、フレイヤの姿になる影子。
「こんなこともできますわよ?」
これは便利だな。特に、同時にアバターを使った後に、あれは影子のスキルだと言い訳ができる。誰への言い訳か? 南さんに決まっている。ちなみに姿だけで、フレイヤのスキルは使えないようだ。
堤防の人気のないところで、そんなことをした後、インビジブルを使って市街地まで移動する。姿をさっきの女子大生モードにした後、モーニングの美味しい昔ながらのカフェに入った。
誰も注目することもなく、評判のクロックムッシュを食べる。地元のおじいちゃん、おばあちゃんが多く、朝の情報番組を映したテレビを見ている人が多い。
名古屋の美味しいお店特集の後、名古屋ギルドの話になりエバーヴェイルについて紹介が入る。すごいな、エバーヴェイル。
「エバーヴェイルってのは何だね」
おじいさんが、おばあさんに尋ねる。まぁ、おじいちゃんは知らないよね。
「あんた知らないのかい? 新しいクランだよ。それもとっても強くて、アメリカでも活躍したんだって」
おばあさんに説明されて納得したのか頷くおじいさん。
「新しいクラブか。アメリカ製のなんってたかな、いいクラブ使ってたんだよ。あれ話したか? わしが会社でドラコン1位になった話?」
それに耳が腐るほど聞いたわと笑うおばあさんの声を聴きながら、アルカトラズの一件とは違い、とても平和な光景だと思う。あぁ、クロックムッシュ美味しい。
その後、通勤時間帯と被ってしまうが、日常を味わいたいなと思い電車に乗った。サンフランシスコから戻ったと言っても探索者、それもくノ一の遠山影子なので、見た目は線の細そうな女子大生を演じているが、体幹の強さは電車の揺れに対する対応力で分かる。
俺は入口から少し入ったところで立っている。つり革は持たなくても倒れることはない。ショルダーバッグを体の前にもってきて、久々の満員電車を楽しむ。こんなものを楽しむ日が来るとは思わなかった。
その時、何かを感じ取った。嫌な予感といった感じだろうか。わんわん探知術を使うと、何やら足元に感じる。俺の足の間につま先が向いた革靴が怪しい。やはり、革靴の先端にカメラが取り付けてある。おいおい、よりにもよって俺? まぁ、可愛いし、フレアスカートの中は生足だし、惹かれるのは分かる。分かるんだが、それは良くない。いや、俺は盗撮なんてしないよ? しかし、被害の拡大を考えるとここは取り押さえておこう。女子高生とかもいっぱい乗っている路線だしなぁ。
相手は若い男性だった。ちょうど俺くらい。身長とか髪型とかも笹木と同じ感じだ。俺との共通点が多いのは不本意だな。中肉中背の黒髪20代後半から30代前半の男性とか言われると笹木とその他大勢の日本人男性が加わってしまうのだ。中肉中背を代表して俺は対処せねばならない。
しかし、どうするべきか?
ここはペルソナに任せようかと、ペルソナを起動してみる。すると、不機嫌になったのが伝わる。変装中とは言えパンツが見られるのは嫌だろう。男はこちらをうかがいながら、足の位置を調整している。盗撮犯に、まず間違いない。
そして、次の駅に到着するかという時、その男が動いた。降りるのだろう。その時、影子が動いた。その男に続いてホームに降り立つ。そして、その男の背中に指を一瞬這わせる。
「遠山流忍術…影人形」
その男がピタッと動きを止め、こちらを向く。
「おはようございます。あなた、さっきは盗撮してましたよね?」
「ああ、とうさつした」
彼はうつろな表情で肯定する。
「そうでしょう、そうでしょう。じゃあ、自首したほうがいいですよね?」
彼は頷く。
「じゃあ、駅員さんのところにいって警察を呼んでもらってくださいね。余罪もちゃんと言伝えるんですよ?」
彼は頷く。
その後、朝の忙しいさなか駅員さんが対応しているのを遠巻きに眺める。異様な雰囲気の男性は、警察を呼んでもらうために靴を脱いでカメラを出したり、スマホを出したりして、何かを淡々と説明している。
駅員さんは周囲の目を気にして、駅舎の中へと男を案内していった。
「30分ほどで切れますけど、怖い術でしょう?」
怖い。ほんと怖い。小説では、モンスターなんかを煙に巻いていたが人間相手にも可能とは思っていなかった。
「でも、私より弱い相手にしか通用しないんです」
いや、それ一般人には間違いなく効くよね? 怖さには変わりない。
「怖がられるだけなのは心外ですよ? くノ一なので仕方ないですけど」
フフフと笑う影子だったが、これはこれで使いどころもありそうだなと思う俺も、少し一般から外れてきたんだろうかと思ったのだった。