【TSして最強】世界はまだ、俺が魔女で聖女だと知らない   作:月森朔

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第2話 メルとスタンピード

 俺の前に辰巳さんが立ち、幸子さんが周囲を警戒する。

 

「まだ見えないが、マーダーベアが数十体はいる。囲まれるぞ」

 

 その声に混沌の災禍の人たちに緊張が走る。事前の金子さんの解説によれば、マーダーベアはヒグマよりも大きい熊型のモンスターで、この階層に1匹だけが沸くはずだった。1匹でも油断はできない相手だから注意するようにと言われていたのに、そんなものが大挙してくれば、並大抵のパーティでは崩壊する。それは、混沌の災禍も例外ではない。

 

「俺と金子で陽動。幸子は嬢ちゃん抱えて逃げろ」

 

 幸子さんは、少し躊躇っているようだ。しかし、決心したのか俺に向き直る。

 

「マーダーベアは男たちがなんとかするから、メルちゃんは私と逃げるのよ」

 

 本当に抱きかかえようとしてくれるが、幸子さんが、私の背後に回る。

 

「回り込んできたわ。沸き場が不安定になってる。どうなってんの!? 大掃除は先週おわったはずじゃないの」

 

 幸子さんが気合を一閃、顔を両手ではたく。

 

「メルちゃん、私がつっこんで道を開けるから、まっすぐ上層階まで走って。スタンピードが発生していたら、上層階まで追ってくるからダンジョンの出口まで逃げるんだよ」

 

 

 このままじゃ、混沌の災禍は全滅する。メルならばこういうだろう。

 

「もう誰も死なせないんだからね!」

 

 そういうと「え? もう誰か死んだかい? それよりぐずぐずしないで逃げる用意を」幸子さんが聞いてくる。決め台詞なんだから、割り込まないでほしい。

 

「オーラ::ウルフ」

 

 混沌の災禍の3人に2段目の物理能力向上の魔法と付与する。さらに、継戦能力をあげるための継続回復を入れてみよう。

 

「ミレイズ…、そして、リジェネ」

 

 回復系統の事前詠唱となるミレイズ。そこから、3人にリジェネを付与する。徐々に体力が回復するため、疲労なども飛ぶ。さらに、少しくらいのケガであれば、徐々に治ってしまう。

「少々の支援魔法じゃ、マーダーベアはな、仕留められるわけねー、ぇええええ!!」

 そう言っていた辰巳さんが、近づいてきたマーダーベアを牽制するためにふるった剣でマーダーベアの首を刎ね飛ばしてしまう。

 金子さんは眉間に刺さらないからと手足を狙っていた矢が、その手足を吹き飛ばしてしまう。幸子さんは、もっとひどい。

 

「せいやぁああ、ぶぁあぁぁべべへへへ」

 

 拳で砕いたせいで、正面からマーダーベアの血肉を被ったものだから、ひどいことになっている。うるさい。

 

 

「なんだ、これ。俺たちSランクにでもなった感じじゃねーか」

 

 さすがにそれはないと思う。オーラ::ウルフは、ステータスでいうと100%ほど上げるものになる。簡単にいうと倍だ。

 

「メルは聖女なの。支援魔法も特別なの」

 

 

 メルのキャラ設定では、ダンジョン事故で回復魔法を手に入れたとしている。詳しく言うと、ダンジョン事故とはダンジョンが発生した時の既存施設や土地の巻き込みなんだが、メルとその両親はダンジョン事故によってダンジョン内に放り込まれた。その際、たまたまダンジョン調査に来ていたダンジョン人が瀕死の両親に縋りつくメルを見つけ、メルに回復のスキルを与え、その両親を助けさせたのだ。そのダンジョン人はフレイヤとも関係する人物なのだが、俺の小説ではそこまで書ききっていない。メルの魔法系統はフレイヤと同じ強力なもので、ダンジョン人により分け与えられた聖女の力とされている。

 まぁ、あくまで設定なので、ダンジョン人についても創作にすぎないが、メルはダンジョン人のおかげで聖女の力を使う者として自分を聖女と認識している。そのため、ただの痛い子というわけではなく、実力を伴う痛い子となっているわけだ。

 

「金子、これは、うまくやれば倒せるぜ。俺、なんか、2匹まとめて相手できそうだ」

「辰巳、俺なんて貫通するくらい強力な矢だ」

 

 幸子さんなんて、殴る傍から口に血肉が入るものだから、もう叫んでいない。黙々とマーダーベアを屠っている。

 

 

 そして、マーダーベアを圧倒した混沌の災禍+メル(俺)は、マーダーベアの生き残りがいないかをドロップ品を拾いながら探した。幸子さんは、血肉でドロドロだ。モンスターが死滅すると血肉は消えるが、その際に浴びた血に混じった泥なんかは消えない。

 

 

「おい! こっちに誰かいるぞ」

 

 それは木の洞の中に隠れていた男性だった。逃げきれなくて隠れていたんだろうが、右肩と顔の半分がなくなっており、マーダーベアにかじられたことは明らかだ。

 

「生きてる」

 

 探索者はしぶとい。ステータスの向上ということもあるが、スキルなどで生命維持や自己回復などに特化したものは相当に打たれ強い。

 

「やばいぞ。高山に高レベルヒーラーはいねーぞ」

 

 辰巳さんが思案顔。だが、ここにはメルがいる。

 

「メルが助けるの」

「だが、こんな重症で、部位の欠損が大きいとヒールじゃ足りないぜ」

 

 辰巳さんの反論もわかる。

 

「見ておくの」

 

 俺は杖を掲げ、回復魔法を発動する。俺の周りに淡い緑の光が舞い、倒れた男性に降り注ぐ。

 

「ミレイズ::グレイス」

 

 たしか、ハイヒールくらいの回復が可能だったはずだ。その力は絶大だった。顔の半分に肉が付き、肌が形成される。右肩が戻り、ほぼちぎれていた腕がしっかりとつながった。

 

「まさか、これはハイヒールレベルの回復魔法じゃないか」

 

 金子さんが驚愕する。へへん、驚いて、もっと驚いて。

 その時、男性が目を覚ます。目を覚ました男性は肩を見て驚き、おそるおそる顔を触ってさらに表情を変えた。それは、驚きと喜びの表情だろうか。割と血みどろでわからない。

 

 

「メルちゃん、あんた、ほんとに聖女みたいじゃないの」

 

 幸子さんがバンバンと俺の背中をたたく。砕ける砕ける!

 探索者のステータスに職業というものはない。みんな、攻撃手段や戦い方などで自主的に分類しているものだ。そのため、聖女というのはヒーラーの中でも回復能力が高かったりするものが呼ばれる。まぁ、称号の中に聖女が入っているメルは異例かもしれない。

 

「そうなの。メルは凄腕の聖女なの。もう大丈夫なの」

 

 

 そう答えると目を覚ました男性が体と顔を触ってなんともないことを確認する。汚れてはいるけど、痛みなんかはないはず。

 

「聖女さま! ばりがとうごばいばず」

 

 ぶわっと涙やら鼻水やらを垂らした20歳くらいの男性が抱き着いてくるものだから、思わず逃げる。様子を見ようと中腰だったものだから、尻餅をついてしまう。

 

「あんた。女の子に突然だきつくんじゃないよ?」

 

 幸子さんがその男性の首根っこをがっしりと掴んだせいか、つぶれたカエルみたいな声をあげる。

 

「しかし、嬢ちゃん。あんたの支援魔法といい回復魔法といいランクSパーティでも活躍できるレベルだ。今まで見たヒーラーの中でも常識外れだ」

 

 ヒーラー自体は少ない。ヒールスキルが自然に生まれることは稀なので、スキル書頼りになるが、ヒールのスキル自体は探索者ならば誰しもほしい。そのため、専門でヒーラーをしているという探索者が稀になってくる。

 

「あんな支援魔法があれば、私らみたいなロートルでも最前線に復活だわね」

 

 幸子さんが拳を握る。

 

「そうだな。だが、最前線はヒーラーが生き残るには厳しい環境だからなー。嬢ちゃんが一人でどれくらい動けるかも問題になる」

 

 金子さんが更に周囲を確認して、復活した男性に話しかける。

 

「スタンピードにならずに済んだようだ。沸きが止まった。ところで、あんたの仲間とかはいないのか?」

 

 若い男性は幸子さんに取り押さえられた後、自分の荷物を確認していたようだ。

 

「はい。一人で高山ダンジョンに採取に来たんです。ここって、万年キノコがドロップするので、たまに採取にくるんです」

 

 彼は採取専門の探索者だったようだ。多少戦えもするが、逃げたり隠れたりがうまいらしい。今回、マーダーベアが出始めたタイミングで襲われ、負傷しながらも逃げ、気配を消して木の洞に隠れたらしい。忍者黒壁の下位互換のような探索者だ。

 

「ありがとうございました。この恩は絶対に返します」

「そんなことはイイの。お互い様なの」

 

 あえて言うならお金だが、お金持ってそうにないし、何かの役に立つ気もしない。

 

「さて、俺たちも戻ろう。状況をギルド側に説明してもらわんとな」

 

 辰巳さんが憮然とした表情だ。帰りながら混沌の災禍の3人は、大掃除が行われていなかったんじゃないかと憤っていた。あれほどのマーダーベアの沸きは見たことがないらしい。

 

 

 そして、ダンジョンの出口につくと、ギルドの受付にいた磯山さんに辰巳さんたちが詰め寄る。磯山さんは、大掃除自体は行ったことを説明した。マーダーベアの異常発生は、ギルドとして問題なので、改めてギルド側で調査隊を派遣するらしい。スタンピードの可能性があるため、緊急招集され明日にでも調査隊が入ることになった。

 後日わかったが、大掃除を行った業者が不正を行っており、狩ったモンスター数を水増ししているということが判明した。

 

 

 そして、肝心なことと言えば、メルがギルド申請をちゃんと通ったかという話だが、通った。混沌の災禍の方々が、支援スキルと回復スキルのレベルの高さを熱弁してくれて、3か月の研修なしに無事ダンジョンに潜れることとなった。

 その代わり、熱弁が効きすぎたのか、スキルについてギルドから情報提供の依頼があった。特に回復能力については細かく聞かれた。これについては回復能力のある探索者には緊急時の依頼がいくことがあり、それを極力受けてほしいという文面がギルド登録の規約に含まれているそうだ。その辺は調べていなかったが、「お医者さんはいませんかー」と飛行機などで呼ばれるのと大差ないだろう。人助けは気持ちいいし、メルとしても性格に合っている。

 

 

 翌日には次のようなネットニュースが報道された。

 

◆高山ダンジョン、スタンピード寸前の危機!現れた“聖女”に称賛の声

 

名古屋ダンジョンの好景気の陰で、静かに異変が進行していた高山ダンジョン。業者による駆除数の不正が発覚し、マーダーベアが異常発生──スタンピード寸前の緊迫した状況に、現場は騒然となった。

そんな中、偶然居合わせたランクCパーティ「混沌の災禍」が、なんと30体を超えるマーダーベアを一掃。マーダーベアの集団同時攻撃は、ランクAでも壊滅の危険があるとされるが、彼らは誰一人ケガもなく生還。まさに“奇跡”と呼ぶにふさわしい戦果を挙げた。

さらに注目すべきは、戦闘直前にダンジョン内で瀕死状態だった男性の救出劇だ。体の一部を失いながらも、完全回復を果たしたという。関係者によれば、「混沌の災禍」がチューターを務めていたルーキーの少女が、支援職として驚異的な回復能力を発揮したとのこと。未成年のため名前は伏せられているが、その実力はすでに一部で“聖女”と呼ばれるほどの注目を集めている。

救出された男性も「彼女は聖女だ」と語っており、名古屋ダンジョンの新星・炎の魔女フレイヤ嬢に続く存在として、今後の動向が期待される。

高山の静寂を破ったこの一件──新たな英雄譚の幕開けとなるかもしれない。

 

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