銀河皇帝のスペアに転生した元社畜、地球軌道上の要塞でネトゲ三昧の隠居生活を満喫する 〜足元では超大国が滅亡級の異星遺産を巡って暗躍中ですが、主人公(ぼく)の命は絶対安全なので特等席で傍観します〜   作:パラレル・ゲーマー

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第1話 観測者の箱庭と、星に眠る遺産

 大気圏外、高度四百キロメートルの熱圏。

 絶対零度に近い極寒と、太陽からの強烈な放射線が交錯する死の真空空間に、その巨大な人工物は、まるで深海に潜む巨大なエイのように音もなく、そして誰にも知られることなく浮かんでいた。

 超弩級ステルス宇宙ステーション〈サイト・アオ〉。

 

 地球上の最新鋭の早期警戒衛星網、地上の巨大パラボラアンテナ、あるいは民間が打ち上げた無数の観測衛星。

 それらのいかなる電子の眼をもってしても、このステーションを捉えることはできない。赤外線、電磁波、レーダー波を完全に吸収、あるいは迂回させる『ダークマター・アブソーバー』と多層位相シールドによって、そこにはただ宇宙の暗闇が広がっているようにしか見えないからだ。

 

 その完全なるステルス要塞の最深部。

 極上の睡眠からの目覚めは、常に完璧に計算された光と音のオーケストラによってもたらされる。

 

 ベッドの上に横たわるティアナ・レグリアのバイタルサイン――呼吸の深さ、心拍数の微細な変化、脳波の推移――を読み取った環境制御AIが、彼の覚醒のタイミングにコンマ一秒の狂いもなく合わせてシステムを起動させた。

 照明が、地球の穏やかな初夏の朝を思わせる、暖かみのある色温度へと滑らかに変化していく。

 同時に、不可視のサラウンドスピーカーから、小鳥の囀りと、微風が木々の葉を揺らすサンプリング音声が静かに流れ始めた。

 室温は摂氏二十二度、湿度は五十パーセントに厳密に保たれ、合成された空気には森林浴をしているかのような微かなマイナスイオンの香りがブレンドされている。

 分厚い隔壁の向こうは即死の宇宙空間だというのに、この部屋の中は、かつて彼が地球で愛した「心地よい自然」のイデアだけを純粋に抽出したかのような、圧倒的な快適さに満ちていた。

 

「……あー、よく寝た。今日も最高の朝だな」

 

 ティアナは、最高級の形状記憶シルクで設えられたシーツを跳ね除け、ゆったりと大きく伸びをした。

 誰もいない豪奢なプライベートルームに向かって放たれた声には、孤独の影も、己が背負うべき重圧への憂鬱も、微塵も含まれていない。

 そこにあるのは、底抜けに明るく、そして心底楽しげな、休日の朝を迎えた少年のそれだ。

 

 彼はベッドから軽やかに飛び降りると、素足で毛足の長い絨毯を踏みしめ、右手の指先を軽く弾いた。

 

 パチンッ。

 

 その軽快なスナップ音をトリガーとして、壁面の一角が滑らかにスライドし、巨大なマルチモニター環境が空中に展開された。

 それは、地球の熱狂的なプロゲーマーが数百万を注ぎ込んで構築する最新鋭のPC環境など、石器時代のソロバンに見えるほどの代物だった。

 銀河帝国の情報処理技術の結晶である、空中に直接投影されるホログラフィック・ディスプレイ群。

 

 ティアナは念動力(テレキネシス)を無造作に行使し、部屋の隅にあった人間工学の極致とも言えるゲーミングチェアをふわりと空中に浮かせ、自らの尻の下へと正確に引き寄せた。

 深く腰を下ろすと同時に、彼の眼前に四つの巨大なスクリーンが一斉に立ち上がる。

 

 正面のメインスクリーンには、銀河帝国全土で数兆もの知的生命体がプレイしているという超大作MMORPG『ギャラクティック・オデッセイ』のレイドボス討伐画面。

 左のサブスクリーンには、眼下の地球――日本の民放で放送されている、朝のワイドショー番組。芸能人の不倫スキャンダルを、コメンテーターたちが神妙な顔で叩いている。

 右のサブスクリーンには、七十の異なる異星種族の言語でリアルタイム同時翻訳される、銀河ネットワークのメロドラマ(現在、放送開始から六百年が経過し、シーズン5400に突入している)。

 さらに足元の小型モニターには、地球のインディーゲーム開発者が昨日Steamでリリースしたばかりの、ドット絵の死にゲー・アクションが起動していた。

 

「よしよし、MMOのデイリークエストとレイドボスを消化しつつ……おっ、今日の地球の星占いは射手座が一位か。ラッキーアイテムは緑色の小物ね。銀河ドラマの方は……あー、やっと主人公の記憶喪失が直ったのか、三百年引っ張ったなこの設定。っと、インディーゲームのボス戦、第二形態のパターン入った!」

 

 ティアナは、銀河皇帝のスペアとして与えられた規格外の脳内処理速度と、並列思考能力をフル稼働させ、これら全く脈絡のない四つのコンテンツを「同時」に全力で楽しみ始めた。

 彼の均整の取れた指先が、空間に投影された不可視の触覚インターフェースを光の速さで叩く。

 MMO画面では、数千人のプレイヤーが束になっても勝てない高難易度のレイドボスを、緻密なスキル回しによる単騎(ソロ)で蹂躙し、同時に足元のアクションゲームでは、ミリ単位のドット回避を連続で決めてボスを沈めていく。

 

 傍から見れば狂気の沙汰だが、彼にとっては「脳のスペックの正しい無駄遣い」であった。

 

 彼の魂は、かつて眼下の星――地球の、日本という極東の島国で「神谷玲(かみや れい)」という、ごく平凡な青年として生きていた。

 

 毎朝、息が詰まるような満員電車に揺られ、ブラック企業すれすれのIT土方として理不尽な仕様変更とエラーログの海を泳ぎ、上司の機嫌を取り、週末に溜まったアニメを消化し、深夜のネトゲでギルドメンバーとチャットすることだけを心の支えにして生きていた、どこにでもいるオタク気質の青年。

 それが神谷玲の全てだった。

 

 だが、不慮の交通事故によって呆気なくその人生に幕を下ろしたはずの彼が、再び意識を取り戻した時、その魂は、数多の星系を統べる銀河皇帝のスペアとして極秘裏に培養された、完全無欠のクローン体「ティアナ・レグリア」に定着していたのだ。

 

 目覚めた当初は、彼もそのあまりにも理不尽で不可解な状況に激しく混乱した。

 細胞の一つ一つに爆発的なエネルギーを内包し、思考するだけで物体を動かし(念動力)、壁の向こうを透視し(千里眼)、数秒先の未来のビジョンを見る(未来視)ことができる、神のごとき肉体。

 彼は己に与えられた絶大な超能力を総動員し、眼下の地球の情報ネットワークを狂ったようにスキャンし続けた。

 

 世界の人口八十億の戸籍データ、病院の出生記録、学校の卒業名簿、インターネットの深淵に残るデジタルの足跡に至るまで。

 凄まじい情報量の濁流に脳を焼かれそうになりながらも、「神谷玲」という存在の痕跡を探し求めた。

 

 しかし、結果は徒労だった。

 彼の知る両親も、通っていた学校も、勤めていた会社も、確かに同じ場所に存在していた。

 だが、そこには「神谷玲」というピースだけが、最初からこの宇宙に存在しなかったかのように、見事にぽっかりと抜け落ちていたのだ。

 この世界は、彼の知る地球と歴史や文化を限りなく同じくしながらも、決定的な細部が異なる「並行世界(パラレルワールド)」だった。

 

 故郷はどこにもなく、自分を知る者は誰もいない。

 その圧倒的な事実に直面した時、普通の人間であれば、孤独に押し潰され、狂気に陥っていたかもしれない。

 だが、ティアナの魂は、予想外の方向へとベクトルを振り切った。

 

『自分がいない並行世界?

 ってことは、過去のしがらみゼロってことじゃないか!

 会社のクソみたいな納期も、面倒な人間関係も、将来の年金への不安も、何一つ残ってない。

 しかも手元には万能の力と、宇宙船がある……これ、完全に異世界転生チート無双のスタートダッシュじゃん!』

 

 絶望は、どこまでも突き抜けるような爽快感と、爆発的な好奇心へと反転した。

 そこからの彼の行動は、まさに疾風迅雷であった。

 

 地球での暗い隠匿生活など早々に放り投げ、彼は広大な銀河の海へと、文字通り歓喜の声を上げて飛び出していったのだ。

 クローンとしての本来の役割、皇帝のスペアという重圧など知ったことではない。

 彼は、銀河皇帝の万能の肉体と、持ち前の地球人としての図太さ、そして「ゲーム感覚」の圧倒的なポジティブさを武器に、星間国家の表舞台から裏社会までを縦横無尽に駆け回った。

 

 ある時は、巨大な恒星間帝国同士の覇権を賭けた大戦争の最前線に単騎で介入し、念動力(テレキネシス)のみで敵国の無敵艦隊を文字通り「折り紙のように」クシャクシャに捻り潰して戦争を強制終了させ、両軍から英雄(あるいは魔王)として崇められた。

 

 またある時は、未知の次元から侵攻してきた正体不明のエネルギー生命体群と、銀河の中心で星を砕くような大立ち回りを演じ、全宇宙の危機をノリと勢いで救ってみせた。

 

 水晶でできた街並みが広がる歓楽惑星で数週間ぶっ通しの狂乱のパーティに興じたり、超高度な機械知性体が統べるネットワーク空間にダイブして彼らの論理パズルをハッキングで遊び倒して神として崇拝されたり、宇宙海賊のトップに立って伝説の財宝を探す大冒険に出たりと、彼の銀河での日々は、最高にスリリングで、最高に馬鹿げていて、そして最高にエキサイティングなエンターテインメントの連続だった。

 

 そうして数え切れないほどの武勇伝と伝説を銀河の歴史のあちこちに刻み込み、あらゆる冒険の果てに「宇宙のメインクエスト」をあらかたクリアしてしまった彼は、ふと、ある日こう思ったのである。

 

『……よし、冒険はもうお腹いっぱいだ。

 そろそろ、地球のゲームやアニメをリアルタイムで追いかける、スローライフを満喫しよう』

 

 全てをやり尽くした絶対強者特有の、心地よい燃え尽き症候群。

 あるいは、本能の奥底に眠るオタクとしての血が騒いだ結果。

 

 彼は、自らが手足のように動かせる巨大な富とテクノロジーを惜しげもなくつぎ込み、この地球の軌道上に、超高性能ステルスステーション〈サイト・アオ〉を建造した。

 かつての故郷に似た並行世界の地球を見下ろしながら、誰にも邪魔されることなく、銀河と地球のエンタメを二刀流で消費する気ままな隠遁生活。

 それが、大冒険の果てに彼が選んだ「最強の引きこもり老後」であった。

 

「……よし、今日のデイリーミッション、コンプリート!」

 

 ティアナが満足げにホログラムのウィンドウをフリックして閉じた、まさにその時。

 彼の背後にある分厚い自動ドアが、金属の摩擦音すら立てずに滑らかに開いた。

 

「おはようございます、代表。本日のステーション運用パラメータ、全セクターにおいてグリーン。極めて平穏で、快適な朝です」

 

 部屋に入ってきたのは、滑らかな金属光沢を放つ人型ロボット、副官のXT-378であった。

 彼のボディは銀河帝国の最先端の冶金技術で作られた流体金属でコーティングされており、光の加減によってその色合いを微妙に変化させる。

 彼の合成音声は、どこまでもフラットで感情の起伏を感じさせないが、そこには極めて高度な論理演算に基づく「配慮」が緻密に組み込まれている。

 

 彼の思考ルーチンは、地球のいかなるスーパーコンピュータをも凌駕し、はるか彼方の銀河帝国の広大なデータベースと常時リンクしている、いわば「超絶スペックの歩く演算装置」だ。

 当然ながら、かつてティアナが銀河をまたにかけた大冒険の最中も、文句一つ言わずに無茶な命令をこなし続けた優秀な相棒である。

 

 だが、そんなオーパーツの塊のような存在が、今、恭しく両手で掲げ持っているのは、銀製のトレイと、その上に乗った一杯の湯気を立てるマグカップだった。

 

「おはよう、XT-378。いつもありがとう」

 

 ティアナはゲーミングチェアから一歩も動かず、念動力の糸を伸ばしてカップだけを空中に浮かせ、手元に引き寄せた。

 

「うん、完璧だ」

 

 一口啜り、芳醇な香りを胸いっぱいに吸い込む。

 地球の高級カフェの豆の成分を、分子レベルでスキャンし、ステーション内の合成機(エミュレーター)で完全再現――いや、それ以上に洗練させた一杯のブレンドコーヒーだ。

 

「やっぱり朝はこれに限るね。銀河の果てにある怪しげな発光飲料も嫌いじゃないけど、地球のコーヒーを飲みながら、日本の朝のくだらないニュースを見るってのが、最高に落ち着くんだよ」

 

「お気に召して何よりです。……代表、現在四つの異なる情報ソースを同時に処理されていたようですが、脳への負荷は問題ありませんか?」

 

「全然余裕。皇帝のスペアの脳髄って、伊達じゃないからね。むしろこれくらい並列処理しないと、暇を持て余して死んじゃうんだよ」

 

 ティアナが笑いながら答えると、XT-378は寸分の狂いもない完璧な角度で一礼し、本題に入った。

 

「それでは、本日の地球の状況報告をいかがいたしましょうか」

 

「うん、お願い。今日は何か面白いニュース、ある?」

 

 XT-378の視覚センサーから青白い光が放たれ、空中に巨大なホログラフィックディスプレイが展開される。

 そこに次々と表示されるのは、眼下の惑星――2025年の地球のリアルタイムなニュース映像や、各国の政治経済の動向、SNSのトレンドデータだ。

 

「現在、地球の北半球では異常気象による大規模な熱波が観測されており、各地で電力不足が深刻化しています。また、主要先進国におけるAIの軍事利用、特に自律型致死兵器システム(LAWS)の倫理規定に関する国際会議は、今回も実質的な合意に至らず決裂しました」

 

 次々と映し出される、混沌と混乱に満ちた地球の姿。

 

「経済格差の拡大を背景とした地域紛争の火種は、中東及び東欧地域で依然として燻り続けております。SNS上では、某国の有名政治家に関するAI生成のフェイク動画が拡散し、大衆の分断を煽る結果となっています」

 

 人類は相変わらず小さなパイを奪い合い、自ら生み出したテクノロジーに振り回され、目先の利益と感情に流されて右往左往している。

 

「あーあ、またどこかで小競り合いしてるのか」

 

 ティアナはコーヒーを啜りながら、どこか気楽な様子でホログラムを眺めている。

 

「AIの倫理問題なんて、銀河の辺境国家でも五万年前に通った古典的なルートじゃないか。フェイクニュースに踊らされる大衆の構図も、まるで様式美だ。銀河ネットの対戦ゲームでも似たようなギルド争いしてるけど、人間ってのはどこの星でも根本は変わらないねぇ。まあ、そこが面白いところでもあるんだけど」

 

 もし、かつての彼が、正義感に燃える普通の主人公であったなら、この惨状を見て「銀河皇帝の強大な力を使って彼らを正しい方向に導こう」と、重い責任感に苛まれていたかもしれない。

 だが、幾多の銀河の興亡を見届け、酸いも甘いも噛み分けた――そして何より「遊び尽くした」今の彼は、全く違ったスタンスでこの光景を楽しんでいた。

 彼にとって、この地球で起きていることは、もはや自分自身の生存を脅かす問題ではない。圧倒的な高みから見下ろす、極上のエンターテインメントなのだ。

 

「代表。その気になれば、あなたが地球のネットワークに直接介入し、全人類の意識を書き換えて完全なる平和をもたらすことも、無尽蔵のクリーンエネルギーを提供して資源争いを終わらせることも容易なはずですが」

 

 XT-378が、極めて論理的な事実としてそう告げる。

 彼の言う通り、ティアナの持つ力をもってすれば、地球の抱える問題など、瞬きをする間に解決できる些事だ。

 

 だが、ティアナはあからさまに嫌そうな顔をして、ヒラヒラと手を振った。

 

「あのねぇ、XT-378。そんなチートを使って強制的にハッピーエンドにしたって、ちっとも面白くないじゃないか。ゲームだって、最初からレベルマックスで無敵状態だったら、すぐに飽きるでしょ? 彼らが自分たちで泥沼から這い上がるのか、それともすっ転ぶのか、その過程を見守るからこそエンタメとして成立するんだよ」

 

「……エンターテインメント、ですか」

 

「そう。それに、僕が地球のシステムを弄り回して文化が急激に変化したら、僕が毎週楽しみにしている漫画の連載が止まったり、インディーゲームの開発スケジュールに悪影響が出るかもしれない。それは絶対に避けなければならない、宇宙規模の死活問題だ」

 

 大真面目な顔でそう言い切るティアナに、XT-378は僅かに光学センサーの明滅速度を落とし、「論理的理解不能」のシグナルを飲み込んだ。

 

「さて、表のニュースはこれくらいにして。例の『裏のマップ』を見せてくれる?」

 

「承知いたしました」

 

 XT-378が操作を行うと、地球のニュース映像が消え、代わりに地球の全体図をスキャンしたホログラムマップが浮かび上がった。

 それは、ただの地形図ではない。

 青い地表のあちこちに、無数の不可視の光点が、まるでクリスマスのイルミネーションのようにキラキラと、しかし不気味に明滅している。

 

 一つや二つではない。

 数十、数百、いや数千に及ぶ光の粒が、地球全体に散らばっているのだ。

 赤道付近の密林の奥深く、太平洋の深海の底、分厚い氷に覆われた永久凍土の下、あるいは大都市の地下鉄のさらに奥底。

 

「現在、地球上で観測されている、未発見の異星文明由来のテクノロジー、オーパーツ、及び未知のエネルギー反応の分布図です。依然として、その大多数はスリープ状態、あるいは地球人類の観測能力を遥かに下回る微弱な反応に留まっています」

 

 XT-378が淡々と解説を加える。

 

 そう、この一見ありふれた現代の地球には、人類が全く気付いていない「世界の裏の顔」が存在している。

 地球という惑星は、銀河の辺境という特異な位置にあるためか、宇宙のスケールで見れば、驚くほど多様な異星文明の痕跡が吹き溜まる場所だった。

 

 ティアナがこれまでの大冒険で見てきたような、星一つを容易に消し飛ばせる兵器の残骸や、空間そのものを歪める次元転送装置のコア、あるいは、触れた者の精神に干渉し文明を狂わせる謎のアーティファクト。

 そういった、宇宙のあちこちから流れ着いたオーバーテクノロジーの遺産が、この星には文字通り山のように眠っているのだ。

 

「いやあ、今日も相変わらず物騒な絶景だね。銀河のゴミ捨て場というか、神々のびっくり箱というか」

 

 ティアナは、明滅する光点の一つ一つを愛おしそうに見つめながら苦笑する。

 

 現代の地球人類は、自分たちがこの宇宙で孤独な存在だと信じ込んでいるが、彼らが毎日何気なく歩いている足元のすぐ下には、彼らの文明を一夜にして消し飛ばすか、あるいは数千年先の未来へと強制進化させるような、とんでもない地雷がゴロゴロと埋まっているのだ。

 

「もし、どこかの欲深き国家の調査隊が、あのサハラ砂漠の地下にある強力なテラフォーミング・エンジンを掘り当ててしまったら? もし、テロリストが未知の生体兵器のカプセルの封印を解いてしまったら? 想像するだけでワクワクするじゃないか」

 

「代表。それは地球文明にとって、致死的なリスクとなり得ます。観測者の立場とはいえ、看過すべきではない事態に発展する可能性も……。危険度の高いアーティファクトの先制回収、あるいは地球側の政府機関に対する警告プロトコルの発動。指示をいただければ、直ちに作戦を立案いたします」

 

「わかってる、わかってるよ、XT-378」

 

 ティアナは機嫌よく言葉を遮った。

 

「だからこそ、面白いんじゃないか。彼らが何も知らずに地雷原の上でタップダンスを踊っている姿は、極上のコメディだ。

 でも、安心して。もし彼らが本当にヤバい箱を開けそうになったら、その時は……」

 

 ティアナは空になったマグカップをテーブルに置き、ニヤリと笑みを深めた。

 

「その時は、ちょっとだけ舞台袖からちょっかいを出してやるさ。ヒーロー気取りで世界を救うつもりはないけど、お気に入りのテレビ番組が突然終わっちゃうのは悲しいからね。

 絶妙なバランスで火加減を調節して、一番ドラマチックな展開に誘導してやる。それが、神様気取りの観測者としての、僕なりの『消極的干渉』ってやつだ」

 

 彼はゲーミングチェアから立ち上がり、再び展望窓の前に立って、眼下の美しい青い星を見下ろした。

 数多の銀河を駆け抜け、あらゆる冒険を味わい尽くした最強の皇帝のスペア。彼が選んだ隠遁生活は、決して退屈なものではない。

 

 この星には、まだまだ未知の火種が燻っている。

 人類という愚かで愛おしい役者たちが、自らの足元に眠る星々の遺産に気付き、狂乱のパニックを引き起こすのか、それとも新たな進化の扉を開くのか。

 銀河のネトゲでトップランカーを維持しつつ、地球の新作ゲームを遊び倒し、テレビ番組をチェックしながら、たまに地球滅亡の危機を人知れず救う。

 

「よし、それじゃあ地球の平和も確認できたことだし、今日は新しいVRRPGの発売日だから、徹夜でログインするぞ!

 さあ、今日も僕を楽しませてくれよ、地球。最高のエンターテインメントの続きを、特等席で見せてもらおうじゃないか」

 

 ティアナ・レグリアの、果てしなく気楽で、そして圧倒的な余裕に満ちた観測者としての日常が、今日もまた、誰に知られることもなく華やかに幕を開けるのであった。




非公開にした黒歴史処女作を今風にリメイク!!!です!!!
800話あるからしばらく続くよ!!!

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