銀河皇帝のスペアに転生した元社畜、地球軌道上の要塞でネトゲ三昧の隠居生活を満喫する 〜足元では超大国が滅亡級の異星遺産を巡って暗躍中ですが、主人公(ぼく)の命は絶対安全なので特等席で傍観します〜 作:パラレル・ゲーマー
アルゼンチン南部、パタゴニア地方。
アンデス山脈の麓に位置する、人口数万人の小規模な地方都市。普段は静かで平和なその街の空気は、今夜、完全な狂気と硝煙の匂い、そして世界中の思惑がドロドロに交錯する『極限の緊張感』に支配されていた。
街の西外れに位置する旧軍管理施設――『ゾンネンヘルツ計画』の隠蔽拠点へと続く幹線道路は、もはや本来の機能を果たしていなかった。
燃え盛るアルゼンチン軍の装甲車の残骸。ひしゃげた街灯。粉砕されたコンクリートのバリケード。
上空には、所属不明の複数の無人偵察機(ドローン)が飛び交い、夜の闇を強力なサーチライトで切り裂いている。
「くそっ! 止まらない! 第3防衛ライン、突破されました!」
「撃て! 撃ち続けろ! 奴を市街地に入れるな!」
アルゼンチン軍の残存部隊が、半狂乱になりながらアサルトライフルと対戦車ロケットを撃ち放つ。
彼らは自国の主権と、地下に隠された『秘密』を守るため、文字通り死に物狂いで防衛線を張っていた。
だが、彼らが対峙しているのは、もはや「一人の不審者」という次元の存在ではなかった。
ダァァァンッ!!
弾幕の雨の向こう側から、一つの黒い影が、物理法則を無視した速度で跳躍してきた。
イツコアトル。アステカの超戦士は、胸の奥底で淡い金色の光を明滅させながら、一切の無駄のない動きで兵士たちの死角をすり抜け、次々と兵器を「解体」していく。
装甲車の砲身を素手で折り曲げ。
ミサイルランチャーの砲座を蹴り飛ばして沈黙させ。
重機関銃の給弾ベルトを引きちぎる。
彼は、アルゼンチン軍の兵士を一人も殺していなかった。
殺す価値すらない、ただ道に落ちている小石を払い除けるように、彼らの武器(戦意)だけを正確に折り続けているのだ。
「……ッ、化け物め……!」
恐怖に顔を引き攣らせた若い兵士が、無我夢中でライフルを乱射する。
その数発が、イツコアトルの肩や腕を掠め、赤い血が飛沫を上げる。
だが。
「……」
イツコアトルは、痛みに顔を歪めることもなく、歩みを止めなかった。
被弾した傷口は、胸の太陽の光が鼓動するたびに、異常な速度で塞がり、数秒後には傷跡すら残らない。
彼は、震える兵士の目の前まで歩み寄ると、その手からライフルを無造作に奪い取り、両手でボキリとへし折って足元に捨てた。
「……退け」
低く、地鳴りのような声。
それだけで、兵士は腰を抜かして座り込み、戦意を完全に喪失した。
アルゼンチン軍の防衛線は、この時点で事実上、完全に崩壊していた。
***
その、アルゼンチン軍の惨状を、市街地の廃ビルの屋上から冷徹に監視している部隊があった。
黒い夜間迷彩に身を包んだ、アメリカ海軍特殊部隊(SEALs)の精鋭たちである。
「……ターゲット(イツコアトル)、アルゼンチン軍の最終防衛線を突破。施設への地下搬入口へ接近中」
スナイパーライフルを構えた観測手が、無線で本国(ワシントンD.C.)へ状況を報告する。
「アルゼンチン軍は事実上、無力化されました」
『了解した』
通信機越しに、ホワイトハウスの状況室から、国防長官の声が響く。
『大統領からの命令は「保護(拘束)」だ。……ターゲットが施設内部に侵入し、未知のアーティファクトと接触して暴走する前に、我々の手で確保する』
「しかし、長官」
現場の部隊長が、スコープ越しにイツコアトルの常軌を逸した機動力を見つめながら、低い声で懸念を口にした。
「あの動き……非致死性の装備(スタンガンやネット弾)だけで捕獲できるレベルの相手ではありません。……我々の被害が拡大する前に、実弾(物理的無力化)の許可を」
『……許可できない』
長官の判断は、ヘイズ大統領の「敵に回すな」という厳命に縛られていた。だが、同時に彼自身の「兵器として無傷で欲しい」という欲望も混ざっている。
『あくまで、暴走を未然に防ぐための保護作戦だ。……特殊拘束ワイヤーと、高出力の電磁スタン・グレネードを使用しろ。対象を殺すな。……無傷でワシントンへ連れ帰るんだ』
「……了解」
部隊長は、忌々しげに舌打ちをした。(現場を知らない政治家の甘い命令だ。あんな化け物を、無傷で捕まえられるわけがない)
「アルファ小隊、突入準備! 対象の進路(交差点)を先回りして包囲する。……生け捕りだ、しくじるなよ!」
アメリカの特殊部隊が、ワイヤーガンとスタン装備を手に、音もなく廃ビルから展開を開始した。
表向きは「暴走防止」と「市民保護」。だが、その実態は、自分たちが最も優位なポジションでアーティファクト(および対象)を独占するための、極めて計算された『接近』であった。
だが。
この戦場に「介入」を狙っているのは、彼らだけではなかった。
***
「……アメリカの犬どもが、甘い動きをしているな」
市街地の反対側。暗い路地裏の影の中で。
ロシア軍参謀本部の直命を受けた、【赤き星旅団】――サイボーグ化された特殊強化兵士の小隊が、不気味な赤い義眼のセンサーを光らせていた。
彼らは、モロゾフ大佐と同じく『両脚』をサイボーグ化された初期ロットの強化兵たちだ。人間の限界を超えた機動力と、重火器を軽々と扱える異常な筋力を持っている。
「司令部からの命令は絶対だ」
サイボーグ小隊長が、通信機の向こうのモスクワ(ボグダノフ大統領)の意思を代弁する。
「あの古代の超人(サンプル)を、我々の手で捕獲する。……もし抵抗するなら、手足の一本や二本、もぎ取っても構わん。アメリカの連中に横取りされる前に、確実に仕留めろ」
「了解」
サイボーグ兵の一人が、巨大な対物ライフルを軽々と持ち上げ、ニヤリと笑った。
「生身の人間がいくら跳ね回ろうと……我々の『鉄の足』と演算処理能力の前では、ただの的だ」
「行くぞ。……アメリカの特殊部隊ごと、轢き潰せ」
ロシアのサイボーグ小隊が、コンクリートの地面を砕きながら、異常な速度で市街地へと飛び出していった。
彼らは、アメリカのように「保護」などの建前すら使わない。真正面から接触し、圧倒的な暴力で対象をねじ伏せ、強奪することだけを目的としていた。
***
さらに。
この混乱の市街地を、誰よりも高い場所――高層ビルの屋上の給水塔の上から、悠然と見下ろしている者たちがいた。
ゆったりとした道着のような衣服を纏った、中国の特使団。
彼らの中心に立つのは、四十六人の最高指導部の一人であり、最も深く『氣』を練り上げているとされる【趙(チャオ)最長老】であった。
彼は、数十メートル下の路上で繰り広げられるアルゼンチン軍の崩壊と、そこに接近するアメリカ・ロシアの部隊を、まるで蟻の巣の争いでも見るような、静かで冷ややかな瞳で見つめていた。
「……長老」
弟子の青年が、恭しく頭を下げる。
「米露の部隊が、アステカの戦士との接触を図ろうとしています。我々も、介入しますか?」
「焦るな」
趙長老は、ゆっくりと白髭を撫でた。
「李主席の命は『観測』だ。……我々は、あの戦士が、我々『仙人』と同格か、あるいはそれ以上か……。その【底(器量)】を測るためにここへ来た」
趙長老の視線が、闇の中を駆けるイツコアトルの姿を捉える。
「……ほう」
長老の目が、微かに細められた。
「あれは……人ではないな。肉体の奥底に、強大な星の熱(気)を封じ込めている。……だが、我々『仙』の調和とは違う。もっと荒々しく、悲哀に満ちた……呪いのような炎だ」
中国は、動かない。
ただ、絶対的な上位者の余裕を持って、この地獄の舞台を観覧席から見下ろし、「誰が最も価値ある存在か」を冷徹に品定めしていた。
***
その頃。
市街地の地下下水道を通って、旧ナチスの施設へ続く『別のルート』から密かに潜入を試みている部隊があった。
純白の防護服に身を包んだ、EUの特殊部隊と、ヘルメス協会の導師(戦闘要員)たちだ。
「……地上は、野蛮な連中(米露)が、アステカの戦士を巡って騒いでいます」
EUの部隊長が、無線で報告する。
「我々は、この隙に地下施設の最深部へ向かいます。……目的は、ナチスの冒涜的な研究資料(ゾンネンヘルツ)の確保と、民間人への被害を防ぐための保護、そして完全なる浄化(破壊)です」
「油断するな」
同行するヘルメス協会の導師が、冷たく釘を刺す。
「あの戦士(イツコアトル)も、いずれ地下へ向かってくる。彼と接触した場合……我々の教義(精神主義)に共鳴するよう説得を試みる。だが、もし彼が我々の導きを拒み、悪しき力に呑まれていると判断したならば……」
導師の目が、狂信的な光を帯びる。
「その時は、我々の手で『浄化』する。……異端の遺産も、それに連なる者も、すべてこの地で灰にするのだ」
EUもまた、救済と浄化という美しい建前の裏で、自らの教義に従わない者を排除するという、最も危険な独善(エゴ)を抱えて地下の闇へと進んでいった。
***
かくして。
アルゼンチンの地方都市の夜の闇の中で。
自国の主権と施設を守ろうとパニックに陥る【アルゼンチン軍】。
暴走防止と捕獲を狙う【アメリカSEALs】。
技術強奪のために力でねじ伏せようとする【ロシア・サイボーグ部隊】。
高みから品定めをする【中国の仙人】。
浄化と独占を目論む【EU・ヘルメス協会】。
世界を二分するすべての勢力が、互いに互いを疑い、牽制し合いながら。
たった一人の「太陽の戦士」を中心に、完全に統制を失った【五つ巴の市街地戦(カオス)】へと突入しようとしていた。
その、各国の欲望が渦巻く交差点(十字路)に。
イツコアトルが、足音一つ立てずに降り立った。
周囲のビルや路地裏からは、アメリカの特殊部隊のレーザーポインターの赤い光が、彼の全身に無数に照射されている。
背後の通りからは、ロシアのサイボーグ部隊が、コンクリートを砕く重い足音を立てて接近してくる。
彼は、完全に包囲されていた。
「……ターゲット、捕捉」
ビルの屋上から、アメリカ部隊の司令が拡声器で呼びかける。
「我々はアメリカ合衆国政府だ! 君を傷つける意図はない! 武器を捨て、我々の保護下に入れ! そうすれば……」
『――失せろ』
イツコアトルは、アメリカの警告を最後まで聞くことすらしなかった。
彼にとって、アメリカもロシアも、自国を守ろうとするアルゼンチン軍すらも。……自分の道(目的)を塞ぐ、ただの『羽虫』でしかないのだ。
「……ッ、拘束しろ!!」
アメリカ部隊が、一斉に特殊ワイヤー弾と電磁スタンガンを撃ち放つ。
四方八方から飛来する、捕獲用の装備。
だが。
「……遅い」
イツコアトルの姿が、ブレた。
彼が手に持っていた黒曜石の戦棍(マカナ)が、夜の闇の中で黒い旋風を巻き起こす。
バチンッ!!
放たれたワイヤーとスタン弾が、彼の身体に触れる前に、すべて空中で叩き落とされ、あるいは軌道を逸らされた。
「なっ……!?」
アメリカの特殊部隊員たちが、信じられないというように目を見開く。
夜間であるため、彼の能力は本来の出力(太陽の光を浴びた状態)には到底及ばない。しかし、それでもなお、音速に近い反射速度で動く彼を、非致死性の装備で捕らえることなど不可能だった。
その隙を突き。
背後から、ロシアのサイボーグ兵が、時速百キロを超える異常な速度で突進してきた。
「アメリカの手ぬるいオモチャなど効かん! 俺の『鉄の足』で、その両足をへし折ってやる!!」
サイボーグ兵が、人間の骨など容易く粉砕する、数トン単位の蹴りをイツコアトルの背中に向かって放つ。
「死ね!!」
ドゴォォォォンッ!!!
凄まじい衝撃音が交差点に響き渡り、周囲のビルのガラスが一斉に割れ散った。
巻き上がった土煙。
ロシアの兵士は、勝利を確信して笑った。
だが。
「……脆い鉄だ」
煙の中から、静かな声が響いた。
「……え?」
サイボーグ兵の笑みが、凍りつく。
彼の放った必殺の蹴りは。……イツコアトルの、左の『手のひら』一つで、完全に受け止められていた。
一歩も、下がっていない。
ロシアの誇るチタン合金と人工筋肉の絶大な運動エネルギーが、ただの生身の人間の手のひらの前で、完全に相殺され、沈黙している。
「ば、馬鹿な……!! 俺の最適化されたパワーが……!」
サイボーグ兵が、恐怖で顔を引き攣らせ、慌てて脚を引こうとする。
だが、イツコアトルの指が、その機械の脚の関節部分に、深く食い込んでいた。
「お前たちは……己の魂の弱さを、こんなガラクタで誤魔化しているのか」
イツコアトルの目に、深い軽蔑と哀れみの色が浮かんだ。
「や、やめろ……ッ!!」
メキメキメキッ!!!
イツコアトルが腕を捻る。
未知の異星技術で作られたはずの『絶対の装甲(サイボーグ脚)』が。……まるで安いプラスチックの玩具のように、関節から無残にねじ切れ、ひしゃげ、火花を吹いて完全に破壊された。
「ぎゃああああああああっ!!!」
脚を破壊されたサイボーグ兵が、バランスを崩して地面に転がり、苦痛と恐怖に絶叫する。
「……次」
イツコアトルは、壊れた機械の脚を無造作に放り捨て、周囲を囲むアメリカの特殊部隊へと視線を向けた。
「ひぃっ……!?」
「撃て!! 実弾の使用を許可する!! 奴を止めろ!!」
パニックに陥ったアメリカの指揮官が、ついに大統領の「捕獲しろ」という命令を完全に破り、実弾射撃の許可を出してしまった。
ダダダダダダッ!!!
四方八方からの、十字砲火。
だが、夜の闇を駆けるアステカの戦士には、その銃弾すらも、ただの「遅すぎる雨」に過ぎなかった。
彼は、銃弾の軌道を読み切り、最小限の動きで回避しながら、瞬く間にビルの壁を蹴り上がり、アメリカ部隊の陣取る屋上へと躍り出た。
「うわあっ!?」
兵士たちがアサルトライフルを振り向ける前に、イツコアトルの戦棍が、彼らの武器(銃身)だけを正確に叩き折っていく。
誰も殺さない。
だが、誰も彼を止めることができない。
圧倒的、という言葉すら生ぬるい。それはまさに、次元の違う『暴力の蹂躙』であった。
***
「……なんだ、あの強さは……」
ビルの上からその光景を見下ろしていた中国の趙長老は、先ほどまでの余裕を完全に失い、目を見開いて震えていた。
「長老。……あれは、我々『仙人』の領域を超えています」
弟子の一人が、恐怖に顔を青ざめさせて言う。
「ロシアの機械兵も、アメリカの精鋭も、全く相手になっていない。……もし我々があの場に降りていれば……」
「……引くぞ」
趙長老は、即座に、そして極めて賢明な判断を下した。
「あれは、我々が『評価(テスト)』してよい相手ではない。……我々の今の力(気)では、あの星の炎に焼き尽くされるだけだ」
中国の観測部隊は、自らの『格下』を完全に悟り、誰にも気づかれることなく、静かにその場から撤退していった。
***
イツコアトルは、地上で身動きが取れなくなったアメリカとロシアの部隊を一瞥し、再び歩みを進めた。
彼の目的は、こんな場所で羽虫と戯れることではない。
彼の視線は、市街地の奥、山麓の地下へと続く軍事施設の入り口にのみ、真っ直ぐに向けられていた。
「……待っていたぞ。旧き時代の遺物よ」
彼が目指すのは、【太陽の心臓を破壊し、失敗体を終わらせ、ナチスの残骸を消すこと】。
ただそれだけだ。
地下施設への巨大な防爆扉の前。
そこに立ち塞がったのは、純白の防護服に身を包んだEUの特殊部隊と、ヘルメス協会の導師たちだった。
「我々は、お前を浄化しに来た」
導師が、狂信的な光を瞳に宿して、イツコアトルに宣言する。
「ナチスの冒涜的な儀式で生み出された悲しき怪物よ。我々の『調和の光』を受け入れ、大人しくその胸の穢れた炎を沈めよ。……さもなくば、ここで灰にする」
EUの特殊部隊が、最新鋭の非致死性電磁パルス兵器(対アーティファクト用の拘束装備)を構える。
だが。
イツコアトルは、その導師の言葉を聞いて。
今日初めて、その口元に、微かな……しかし、絶対的な【怒り】を孕んだ冷笑を浮かべた。
「……ナチスの、遺物だと?」
イツコアトルの胸の奥で、金色の光が、夜の闇を切り裂くように激しく脈打った。
「私が、あの蛆虫どもの『被験体(失敗作)』だとでも、思っているのか」
「……何?」
導師が、怪訝な顔をする。
「彼らは、私の同胞の心臓を盗んだのではない」
イツコアトルは、ゆっくりと、戦棍を構えた。
「彼らは……ただ、『落ちていたゴミ(抜け殻)』を拾って、自分のものだと勘違いして遊んでいただけだ」
イツコアトルの目が、完全に、戦士のそれへと変わった。
「私が……【本物】だ」
その瞬間。
イツコアトルの身体から、夜間であるにもかかわらず、まるで真昼の太陽のような強烈な『熱と光の波動』が爆発的に放たれた。
「な、なんだこの光は……ッ!?」
EUの部隊が、その圧倒的な光の暴力の前に、目を押さえて悲鳴を上げる。
イツコアトルは、光に包まれたまま、防爆扉へと向かって一直線に突進した。
導師たちが放とうとした『調和の術式(封印)』も、EUの電磁パルス兵器も。……彼の放つ純粋な生命の熱量(太陽の炉)の前に、触れることすらできずに、完全に蒸発し、無効化された。
ドガァァァァァンッ!!!!
厚さ数十センチの巨大な鋼鉄の防爆扉が、イツコアトルの戦棍の一撃によって、まるで爆薬を仕掛けられたかのように内側へと吹き飛んだ。
イツコアトルは、吹き飛んだ扉の奥、暗い地下施設へと続く階段を、迷うことなく降りていく。
彼の向かう先には、ナチスが残した冒涜の残骸《ゾンネンヘルツ》が、冷却ケースの中で不気味に脈打っているはずだ。
彼は、各国の思惑も、世界の覇権も、一切興味がない。
ただ、自らの部族の誇りと、太陽との契約を穢す者たちを、完全に終わらせるためだけに、ここへ来たのだ。
***
「ま、待ってくれ! 誤解だ!」
重厚な金属扉が、イツコアトルの戦棍の一撃でひしゃげて吹き飛んだ直後。
保管庫の奥で震えていたアルゼンチン政府の科学責任者と、軍の将校が、顔面を蒼白にして命乞いをした。
彼らの背後には、冷却ケースの中で赤黒く脈打つ、グロテスクな『太陽の心臓』のコピー(失敗体)。そして、ホルマリン漬けにされた無数の被験体(人体実験の犠牲者)のデータが並んでいた。
「我々は、ただ『保護』していただけだ!」
将校が、震える声で弁明する。
「ナチスの連中が残していったものを、危険だから管理していただけで……人体実験の研究は、とっくの昔に停止している! 我々は何も……!」
だが、イツコアトルの古い瞳は、部屋の隅に置かれた真新しい手術台と、最新の生命維持装置に繋がれたばかりの『新しい犠牲者』の痕跡を、完全に見逃さなかった。
「……」
イツコアトルは、無言のまま、ゆっくりと彼らに歩み寄った。
彼の胸の奥で、金色の光が怒りに脈打つ。
「い、いや、これは……その、医療への転用を……!」
科学責任者が、必死に嘘を重ねようとする。
イツコアトルは、彼らの醜い言い訳を、冷たく、そして絶対的な重さを持つ一言で切り捨てた。
「……言い訳は、太陽には届かぬ」
ズガァァァァァンッ!!!!
イツコアトルが戦棍を振り下ろした瞬間。
冷却ケースは粉々に砕け散り、内部で赤黒く脈打っていた『失敗作の心臓』は、黒曜石の刃から放たれた強烈な熱(太陽の光)によって、一瞬にして炭化し、文字通り【灰色の塵】となって完全に消滅した。
ナチスが数千人の命をすり潰して作り上げ、アルゼンチンが八十年かけて秘匿し、世界中の大国が血眼になって奪い合おうとしていた『悪魔のアーティファクト(の残骸)』が。
たった一撃で、完全に、そして永遠に、この世から消え去ったのだ。
「ああ……あぁ……っ」
将校と科学者は、その圧倒的な破壊力を前に腰を抜かし、絶望に泣き崩れた。
世界の覇権を握るはずだった彼らの夢は、今ここで完全に終わった。
一見すると、これは「めでたしめでたし」の結末である。
悪の遺産は破壊され、ナチスの亡霊は祓われた。本来ならば、これでこの狂騒は終わるはずだった。
だが。
「……目標(アーティファクト)の、完全な破壊を確認」
施設の入り口付近。
破壊された扉の向こう側に、いつの間にか集結していたアメリカのSEALs部隊の隊長が、本国へ向けて冷徹に報告した。
『……了解した』
通信機越しに、軍のトップの声が響く。
『……アーティファクト(物)が消滅したのは残念だが。……問題はない』
その言葉の意味を、地下保管庫に集まってきた各国の部隊――ロシアのサイボーグ兵の生き残り、EUの特殊部隊――の全員が、完全に共有していた。
「……そうだ。あんな失敗作の残骸(ゾンネンヘルツ)など、もはやどうでもいい」
ロシアのサイボーグ兵が、折れた腕を押さえながら、ギラギラとした欲望の目で、中央に立つイツコアトルを睨みつけた。
「我々が本当に欲しいのは……」
アメリカの部隊長が、スタンガンと特殊捕獲ネットを構え直す。
そう。
彼らは引かない。
ターゲット(遺物)が破壊されたからといって、作戦を中止して帰還する気など、もはやどの国にも一切なかった。
なぜなら、彼らの目の前には。
ナチスの残骸など比較にならない。……数百年もの間、そのアーティファクトを完全に適合させ、生きたまま規格外の力を行使している【最高の完成例(成功体)】が、実在しているのだから。
「……」
イツコアトルは、振り返り、自分を包囲し始めた各国の部隊を、静かに見据えた。
彼らの目には、先ほどまでの「暴走を防ぐ」「浄化する」という建前は完全に消え失せ、純粋な『技術的欲望(お前を解剖して力を奪う)』という、最も醜い色が剥き出しになっていた。
アメリカは自制しようとしていたが、目の前の絶対的な力を前に欲望を抑えきれなくなった。
ロシアは堂々と強奪の意志を燃やしている。
EUもまた、救済や保護の名目で、その力を自らの手中に収めようとしている。
アルゼンチンは、ただ自国の利益のために隠していただけだった。
結局、みんな一瞬だけ、ナチスと同じ【入口(狂気)】に立つ。
イツコアトルは、その人間の醜い欲望の連鎖を見て、冷めた瞳で小さく息を吐いた。
「……また、同じことの繰り返しか」
夜の闇の中、各国の武器が、一斉に彼一人に向けられた。
だが、彼らはまだ気づいていなかった。
夜が明ければ、この「太陽の戦士」が、どれほどの『災害』へと変貌するのかを。
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