銀河皇帝のスペアに転生した元社畜、地球軌道上の要塞でネトゲ三昧の隠居生活を満喫する 〜足元では超大国が滅亡級の異星遺産を巡って暗躍中ですが、主人公(ぼく)の命は絶対安全なので特等席で傍観します〜   作:パラレル・ゲーマー

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第112話 ホワイトハウスの沈黙と、日本の光に手を伸ばせない超大国

 ワシントンD.C.、ホワイトハウス地下。

 強固な防爆扉の奥に存在する極秘危機対応室は、冷たい空調の音だけが響く、重く息苦しい沈黙に包まれていた。

 

 黒鯨が撃退されてから、数時間が経過していた。

 

 壁面の巨大なマルチモニターには、日本の首都・東京で観測された歴史的な異常事象の映像とデータが、無数に分割されて並んでいる。

 

 東京スカイツリーの最下層から、ジワジワと這い上がるようにして塔全体を染め上げていった虚無の黒。

 空が水面のようにぐにゃりと歪み、そこからゆっくりと姿を現した、全長数キロに及ぶ巨大な『黒鯨』のシルエット。

 その巨大な暗黒の口がスカイツリーを丸呑みにしようとした、まさにその瞬間。……大気圏の彼方から、一億の雷光を束ねたように降り注いだ【光の柱】。

 光の乱舞が黒鯨の巨体を無慈悲に空間ごと斬り刻み、怪物が消滅した後に、元の白い姿を取り戻したスカイツリー。

 そして、その光景を地上のあらゆる角度から捉えた、何百万ものスマートフォンやライブカメラの映像、気象衛星データ、民間天文台の異常光量記録、さらには東京上空を飛んでいた航空機センサーの飽和ログ。

 

 キャサリン・ヘイズ大統領は、円卓の最上座で両手を強く組み、それらの映像を無言で睨みつけ続けていた。

 彼女の目は、恐怖でも、怒りでもなく……理解不能な圧倒的な力を見せつけられた人間の、根源的な『畏怖』と『疑念』に満ちていた。

 

 やがて、ヘイズは深く息を吐き出し、低く冷たい声で口を開いた。

 

「……最近、日本とはようやく協調姿勢が取れてきたと思っていたのだけれど」

 

 彼女の言葉に、国防長官、国務長官、財務長官、そしてCIA長官らも、一様に苦々しい顔をして押し黙った。

 

「まさか、こんな新しいアーティファクトを隠していたとはね」

 

 ヘイズは、モニターの中で一瞬にして怪物を消し去った神話的な光の柱を指差した。

「素人目に見ても分かるわ。……あれは、危険なアーティファクトよ」

 

 その一言で、会議室の空気が完全に決まった。

 アメリカは、同盟国が自らを救った奇跡に対して、感謝する気など毛頭なかった。

 彼らは怒っている。そしてそれ以上に……この世界最強の軍事大国は、極東の島国が隠し持っていた『底知れぬ力』に対して、本能レベルで【怯えて】いたのだ。

 

「……大統領。セレスティアル・ウォッチの暫定評価、コード・アルファ推定を報告します」

 

 重い沈黙を破り、暗号化通信のモニターから、オブザーバー・アルファの感情の一切ない声が響いた。

 画面には、彼らの精鋭たちがリアルタイムで解析した無機質な数値が展開されていく。

 

『光量:地上・宇宙双方で観測。最大値測定不能』

『衛星センサー:上空通過時に複数基が光学飽和状態に』

『電磁波:事象周辺に局所的な波形異常あり』

『熱被害:極小(気象データとの乖離)』

『衝撃波:極小(ガラスの破損等、微細)』

『放射線:通常兵器・核兵器における残留・初期放射線に該当せず』

『空間歪曲:黒鯨の出現および消滅地点周辺に集中』

『黒化現象:光の照射後に完全な逆転(浄化)を確認』

『黒鯨:構造崩壊を伴わず、空間構造ごと完全に消失』

 

 アルファは、その異常なデータを一瞥し、冷徹に結論を述べた。

 

「結論から申し上げます。……この現象を、現行兵器の枠組みで比較することは、全く意味を成しません。

 核兵器、我々が開発中の指向性エネルギー兵器(アポロンの矢)、あるいは軌道上からの質量兵器。そのいずれの特性にも該当しません」

 

「エネルギー量は、どれほどなのだ?」

 国防長官が、軍人としての脅威評価を急ぎ、身を乗り出して問う。

 

 アルファは、一瞬だけ言葉を選び、重く答えた。

 

「……【天文学的】、です」

 

 会議室が、完全に静まり返った。

 

「ただし」

 アルファは続ける。「通常の物理法則に基づくエネルギー換算を、そのままあの映像に当てはめるのであれば。……東京は、すでに存在していません」

 

「……どういうことだ?」

 国務長官が眉をひそめる。

 

「にもかかわらず、現実には東京は無事です。スカイツリーすら折れていない。周辺の熱被害も、衝撃波による建物の倒壊もありません」

 アルファの言葉は、物理法則の根本的な矛盾を突いていた。

「したがって、これは単純なエネルギーの放射(破壊)ではありません。……極めて【選択的な対象干渉】です」

 

「つまり?」

 ヘイズ大統領が、その言葉の真意を問う。

 

「あの光は、東京を焼いたのではありません」

 アルファは、モニターの黒鯨消滅の瞬間を指し示した。

 

「……黒鯨だけを、選んで消しました」

 

 その事実の異常性に、閣僚たちが一斉に顔を見合わせた。

 

「ケンドール試算を、報告します」

 

 続いて、画面の端でタブレットを操作していたケンドール博士が、報告を引き継いだ。

 彼の顔には、未知の科学(アーティファクト)の真髄に触れた科学者としての異常な興奮と、同時に、一国を滅ぼしかねない力に直面したことへの明らかな『恐怖』が入り混じり、青ざめていた。

 

 メインモニターに、東京スカイツリー、黒鯨のシルエット、そして天空から降り注ぐ光の柱の、三次元再構成モデルが表示される。

 

「東京スカイツリー上空で観測された、黒鯨迎撃時の絶対光量、空間変位のベクトル、黒化反転の速度、そして対象(黒鯨)が消失した際の質量変動規模。……これらを統合し、通常物理のエネルギー出力へ無理やり換算した場合」

 

 ケンドールは、ゴクリと唾を飲み込み、その数値を口にした。

 

「……【巨大隕石衝突級】です」

 

「巨大隕石級の攻撃を、東京の上空で使ったというのか!?」

 国防長官が、信じられないというように絶叫した。

 

「通常物理なら、そうです」

 ケンドールは、冷静に首を振った。

「しかし、その場合、東京はクレーターになって消滅しています。現実には黒鯨のみが消失し、周辺の熱被害は最小。……ここが、最大の異常なのです」

 

 ケンドールは、少しだけ声を落とし、セレスティアル・ウォッチの科学主任としての、最も恐ろしい推論を披露した。

 

「私の推定では。……これは、通常の物理法則(熱や運動エネルギー)に従って破壊をもたらす兵器ではありません」

 

「何らかの【概念兵器】。……あるいは、対象の『情報構造』そのものに干渉するアーティファクトです」

 

「概念兵器?」

 ヘイズ大統領が、聞き慣れない単語に顔をしかめる。

 

「学術的に表現するなら」

 ケンドールは、言葉を慎重に選びながら説明する。

「相手の【存在理由】や【機能】、あるいは【意味】そのものを、空間から『否定』する兵器です。

 ……恐らく、日本側には、“黒鯨という存在を否定するアーティファクト”が存在し、それが今回、初めて使用されました」

 

 会議室が、ざわめきに包まれた。

 

「黒鯨を、物理的な熱量で破壊したのではない。

 黒鯨であるという事実を、概念的に【否定】した。

 ……だから、黒鯨だけが綺麗に消えた」

 

 この推論は、実際の「天を裂く剣」の性質である『意志による切断』と完全に一致してはいなかったが、アーティファクトの本質に極めて近い、アメリカの科学力の恐るべき到達点であった。

 

「……今すぐ、アメリカに対する危険はあるの?」

 ヘイズ大統領が、最も重要な、国家防衛の核心を問うた。

 

「日本政府が、あのアーティファクトを対米攻撃に使用する兆候は、現在まで一切ありません」

 アルファが、インテリジェンスの観点から即答する。

「そもそも、あれが日本政府の意思で『自由に使える(制御できる)もの』なのかどうかも、現時点では不明です」

 

「ただし、出力だけを見れば」

 ケンドールが、科学者として最悪のシミュレーションを付け加えた。

「もし、同じ現象(光の柱)を、ワシントンD.C.、ニューヨーク、あるいはロサンゼルスに向けられた場合。……我々に、それを防ぐ手段は一切ありません」

 

「ミサイル防衛システム(MD)は?」

 国防長官が、軍の威信をかけて食い下がる。

 

「完全に対象外です」

 ケンドールは、無慈悲に切り捨てた。

「迎撃するべき弾頭も、飛来する軌道も、発射地点すら分からない。光そのものを撃ち落とすことなど不可能ですし、そもそも“物理的な攻撃が成立する前提”が、我々の兵器体系とは完全に次元が異なります」

 

 アルファが、冷酷な結論を下す。

 

「……【防御不能】と、見なすべきです」

 

 ヘイズ大統領は、完全に無言になった。

 

 アメリカ大統領として初めて。彼女は、「日本の機嫌を損ねること」が、外交的な摩擦や経済的な不利益ではなく、物理的(概念的)に国家の存亡に関わる【致命的な危険】であるという時代に入ったことを、骨の髄まで理解したのだ。

 

「日本政府へ、直ちに説明を求めるべきです」

 国家安全保障補佐官が、重苦しい沈黙を破って進言した。

「少なくとも、同盟国として何が起きたのか、情報共有を要求する権利はあります。このまま何も知らないフリを続けるのは、安全保障上リスクが高すぎる」

 

「共同管理の枠組みも、直ちに検討すべきだ」

 国防長官も同調する。

「あれほどの力を、一国が単独で持つことは絶対に許容できない。アメリカも管理側に入らなければ、世界のパワーバランスが崩壊する」

 

 その時。

 モニターの向こうで、ケンドール博士が、科学者としての抑えきれない悔しさを、思わず口に漏らしてしまった。

 

「……こんなことになるなら。

 もっと早く、【出雲】を接収しておくべきでした……!」

 

 部屋の空気が、一瞬で凍りついた。

 

 ヘイズ大統領が、ナイフのように鋭い視線を画面のケンドールに向けた。

 

「……ケンドール」

 

 その冷たい咎めるような声に、ケンドールは自分が同盟国に対する「不当な強奪の意図」を口走ってしまった危うさに気づいた。だが、もう止まれなかった。

 

「失礼しました。……ですが、事実です」

 ケンドールは、悔しげに唇を噛む。

「今の段階では、出雲をセレスティアル・ウォッチが手に入れる(接収する)ことは、政治的にも物理的にも不可能です。

 ……日本は、あの他者を拒絶する魂の領域に接続する『出雲』に加えて。今回、究極の概念兵器まで持った。

 ……日本が、究極の『鉾』を手に入れたのです」

 

「つまり?」

 国防長官が、苛立ちを隠せずに問う。

 

「アーティファクト・レースにおいて。……日本は、最下位の防波堤から、いきなり【一位】に跳ね上がった可能性があります」

 ケンドールは、軍事的常識を覆す事実を突きつけた。

「少なくとも、あの光の柱の前では。……EUの倫理も、ロシアのサイボーグも、中国の仙人も、イギリスの魔女も。そして我々アメリカのライトセーバーでさえも。正面からは手も足も出ません」

 

 ヘイズ大統領は、顔を歪め、苦々しく言った。

「……そこまで?」

 

「軍事的抑止という意味では、そう評価すべきです」

 アルファが、冷静に肯定した。

 

「……」

 国防長官が、怒りで拳を震わせた。

「ならば尚更だ! 日本がそれほどの脅威となったのなら、今すぐ圧力をかけてでも、我々が介入すべきだ!」

 

 だが。

 アルファが、ここで極めて冷静に、そして冷酷に、その強硬論を完全に遮断した。

 

「大統領。……ここで強硬姿勢を取るのは、もってのほかです」

 

「なぜだ!」

 国防長官が反発する。「危険なアーティファクトを、同盟国が我々にずっと隠していたのだぞ!」

 

「だからこそです」

 アルファの深い影の中の瞳が、国防長官を射抜く。

「日本政府は、渡せと言われて、素直に渡す相手ではありません。万象器の時も、彼らは自ら所有を放棄し、強奪の意図を完全に跳ね除けました。

 ……まして、今回はあの威力です」

 

 アルファは、国際政治の最も残酷なリアリズムを語った。

「相手が、“やろうと思えば敵国の首都を吹き飛ばせるかもしれない”ジョーカーを持っている状況で。……強圧的な圧力をかけるのは、自殺行為に等しい。合理的ではありません」

 

「日本政府が、本当にアメリカに向けてそれを使うとでも思うの?」

 ヘイズ大統領が、探るように問う。

 

「思いません」

 アルファは即答した。

「少なくとも、現在の日本政府(矢崎政権)は極めて慎重です。黒鯨事象の際も、彼らはギリギリまで使用を我慢し、人的被害を抑え、光の柱を『黒鯨のみ』に限定して使用した。

 ……あれは、暴走ではなく、完全に【制御された使用】です」

 

 アルファは、少し間を置いた。

 

「しかし、大統領。

 ……日本が“使わないだろう”という我々の推測と。

 日本が“使えない”という物理的事実は……全く違うのです」

 

 ヘイズは、目を閉じた。

 アルファの言う通りだ。推測(希望的観測)に国家の命運を懸けることはできない。

 

「今、日本の機嫌を損ねることは、絶対に避けるべきです」

 アルファは、冷徹に結論づけた。

「強行姿勢は、現在のアメリカの安全保障上、最悪の手(悪手)となります」

 

 

 

 

「……アルファの言う通りね」

 キャサリン・ヘイズ大統領は、ゆっくりと目を開き、冷静な為政者の顔を取り戻していた。

「日本を敵に回すメリットは、今のアメリカには何一つない」

 

 アルファは、影の中から静かに頷いた。

 

「幸いなことに」

 アルファは続ける。

「我々は最近、日本政府と極めて良好な【協調姿勢】を取れていました。

 出雲の共同観測、与那国島のAIに関する情報共有、イギリスの魔女事案での連携、そしてドバイのミラージュ・コアでの合同評価チーム。

 ……複数の既存技術外案件において、我々は日本政府との情報共有・協議の『窓口』を、現在も強固に維持しています」

 

 ヘイズは、小さく息を吐いた。

「つまり、まだ【話せる関係】にある、ということね」

 

「はい」

 アルファは肯定する。

「ここで一方的な不信感を爆発させて圧力をかけるより。今は、同盟国としての信頼を最大限に維持(利用)した方が、遥かに得策です」

 

 ケンドール博士も、不本意そうではあるが、科学的な見地から同意した。

「科学的にも、こちらから敵対するべきではありません。……あのアーティファクト(光の柱)の正体を知りたいのであれば、なおさら、日本政府との情報パイプ(窓口)を自ら閉ざすべきではない」

 

「……ならば、どう聞く?」

 国家安全保障補佐官が、外交的なアプローチの方法を問う。

 

 アルファは、完璧な交渉のシナリオを提示した。

 

「詰問ではなく、【共同危機管理の確認】です。

 ……“日本が何を隠し持っているのか教えろ”と迫るのではなく。

 “もし、あの黒鯨が米国に出現した場合、共同で対応する枠組みを構築できるか”と問うべきです」

 

 ヘイズの目が、鋭く光った。

「……それなら、日本も無下には断れず、何らかの形で答えざるを得ないわね」

 

「少なくとも、完全に拒否することは難しいはずです」

 アルファは、日本の外交的立場を見透かして言った。

 

 だが、ここでケンドール博士が、さらに一段深い【次なる恐怖】を提示し、会議室の空気を再び凍りつかせた。

 

「……大統領。忘れてはならないのは、その【黒鯨が再び現れる可能性】です」

 

「あれほどの光を受けて消滅したのに……まだ生きていると?」

 国防長官が、顔をしかめる。

 

「同一個体は、再構成に途方もない時間がかかるか、あるいは完全に消滅したでしょう」

 ケンドールは、モニターに黒鯨のシルエットを映し出して言った。

「しかし、あれと同種の【別個体】が、まだ空間の奥に存在している可能性は高い。

 ……日本の古文書にも、“モノ共”という複数形での表現があったという不確かな噂がありますが、こちらではまだ確認できていません」

 

「異次元の生物……ということ?」

 ヘイズが問う。

 

「恐らくは」

 ケンドールは推測を述べる。

「通常空間の生物ではありません。空間位相の隙間を泳ぎ、人間の文明の象徴(シンボル)を餌にするタイプの存在と考えられます。

 ……もし。その別個体が、太平洋を越え、今度は【アメリカの都市】を標的にした場合――」

 

 ケンドールがタブレットを操作すると、メインモニターに、アメリカが誇る巨大な『象徴(シンボル)』の映像が次々と表示された。

 

 エンパイアステートビル。

 自由の女神。

 ホワイトハウス。

 国会議事堂。

 ゴールデンゲートブリッジ。

 スペースニードル。

 ウォール街の証券取引所。

 ラスベガスの巨大施設群。

 

「…………」

 会議室の全員が、完全に言葉を失い、凍りついた。

 

 黒鯨が、もしこれらの『アメリカの象徴』を標的にして、空から巨大な口を開けて降ってきたら。

 

「現在のアメリカには」

 アルファが、無慈悲に、そして冷酷に事実を告げた。

「黒鯨を追い払う手段(兵器)が、存在しません」

 

 ライトセーバー(アポロン・ソード)では、空を泳ぐ数キロの怪物には全く届かない。

 核ミサイルを自国の首都に撃ち込むわけにもいかず、そもそも物理兵器が通用する相手ではない。

 

 ヘイズ大統領は、低く、押し殺したような声で言った。

 

「……つまり。もし明日、アメリカの空に黒鯨が見つかった場合」

 

 ヘイズは、大国のトップとしての絶望を口にした。

「我々は……【日本に助けを求めるしかない】、ということね」

 

 国防長官も、国務長官も、誰もその言葉を否定できなかった。

 

「……もしものために、日本政府には確認しておくべきね」

 ヘイズは、為政者としての決断を下した。

「アメリカ国内で黒鯨、あるいは類似の黒化・捕食事象が発生した場合。……日本政府は、我が国への支援、または迎撃協力を検討してくれるのか、と」

 

「……アメリカが、日本に本土防衛の支援を求めるのですか」

 国防長官が、超大国の軍トップとしての屈辱に、苦い顔をして呻くように言った。

 

「現実を見なさい、長官」

 ヘイズは、冷たく一蹴した。

「我々には対抗手段がない。そして、日本にはあるかもしれない。……それだけの話よ」

 

 アルファも同意する。

「探りの意味でも、確認は絶対に必要です。

 もし日本政府が“支援可能”と答えれば、少なくとも彼らが光の柱をある程度は制御(コントロール)できているということが分かる。

 ……逆に、“支援は困難だ”と答えれば。あれが『一回限りの奇跡』であったか、あるいは使用に極めて高い【代償】を伴う可能性が高まります」

 

「代償……」

 ヘイズは、その言葉に引っかかりを覚えた。

 

「あれほどの現象です」

 アルファが、慎重に推測を述べる。

「日本政府が、何らかの重い代償(コスト)を支払っている可能性は、十分に考えられます」

 

「例えば、どんな?」

 

 ケンドール博士が、科学者とアーティファクト研究者の視点から、いくつかの恐ろしい可能性を羅列した。

 

「使用者の命」

「使用者の寿命の極端な前借り」

「深刻な精神汚染、あるいは記憶の喪失」

「土地の霊的(エネルギー的)な消耗」

「国家規模の祈りや、象徴の概念的な消費」

「……あるいは、アーティファクト使用後の、長期的な『現実強度』の低下(空間の脆弱化)」

 

 国防長官が、あまりの非科学的なラインナップに顔をしかめる。

「まるで、神話の生贄だな」

 

「神話の領域ですからね」

 ケンドールは、真面目な顔で答えた。

「命や寿命を対価に、強大な力を引き出すという伝承は、世界中に存在します。

 ……今回のあの規格外の光の柱が、“無料(ノーコスト)”で撃てたと考える方が、科学的にもエネルギー保存の法則的にも、むしろ不自然なのです」

 

 ヘイズ大統領は、深く考え込んだ。

 

「もし……使用者の命を代償にしたのだとしたら、日本政府はそれを簡単には再使用できないわね」

「もし、土地のエネルギーを消耗するなら、他国(アメリカ)で使えるとは限らない」

「もし、国家の象徴を燃料にしたのなら……最悪、使えば使うほど、日本という国そのものが削れていくことになる」

 

 アルファが、結論を提示する。

「そのため、我々は“使えるならアメリカでも使ってくれ”と、軽々しく頼むべきではありません。

 ……支援要請は、あくまで『代償と条件を確認する』形にすべきです」

 

 ここで、アメリカ側も、日本の「隠し持っている力」に対する単純な恐怖から、少しだけ慎重な「外交的アプローチ」へと態度を軟化(調整)させた。

 

 ヘイズ大統領は、最終的な方針をまとめた。

 

「【表向き】は、日本の黒鯨撃退を大々的に称賛するわ。

 『日本政府および日本国民の冷静な対応に敬意を表する』。

 『人的被害を最小限に抑えた見事な危機管理を高く評価する』。

 『黒鯨事象について、同盟国として情報共有と共同研究を進めたい』……これでいくわ」

 

「【裏向き】は」

 ヘイズは、目を細める。

「矢崎総理へ、私から直接ホットラインを繋ぐ。

 聞く内容は三つ。

 ・黒鯨が米国で発生した場合、早期警戒情報を共有できるか。

 ・黒化事象への避難プロトコル(警察の誘導マニュアル)を共有できるか。

 ・そして……最悪の場合、日本が米国の黒鯨迎撃支援を検討できるか」

 

 ヘイズは、最後に最も重要なルールを全員に徹底させた。

 

「……『あの光は何か』とは、絶対に直接聞かないこと」

 

「聞けば、日本は必ず黙るわ」

 ヘイズは、外交交渉の機微を熟知した顔で言った。

「代わりに、“次に同じ怪物が我が国に出た時、我々は協力できるのか”と聞くのよ」

 

「賢明です」

 アルファが、静かに賛同した。

 

 ケンドール博士は、科学者としての知的好奇心を抑え込まれ、悔しそうに顔を歪めたが、それでも政治的な正しさを認めて深く頷いた。

「……それが、現時点で日本と敵対せずに、最も多くの情報を得られる『正しい聞き方』でしょうね」

 

 会議の最後。

 

 国防長官が、やはり納得しきれない様子で、忌々しげに吐き捨てた。

「……結局、我々は日本の顔色を窺うしかないのか」

 

 ヘイズ大統領は、その言葉に、氷のように冷たく、しかし現実を受け入れた指導者の顔で言い返した。

 

「違うわ。……現実を、受け入れるのよ」

 

 国防長官は、押し黙った。

 

「これまで、世界はアメリカの圧倒的な『軍事力』を前提に動いていた」

 ヘイズは、モニターに映る世界地図を見つめながら語る。

「でも、アーティファクトの時代は違う。

 イギリスの魔女が一国の安全保障を左右し。中国の仙人が国家戦略を変え。インドのソーマの雫が外交を燃やし。黒鯨が都市を食べる。

 ……そして今回、日本は、それを【斬った】」

 

 ヘイズは、モニターの隅で静止している、光の柱の映像を見上げた。

 

「認めたくなくても、認めなければならないのよ。

 ……日本は、我々が知らない、強大なジョーカー(カード)を持っている。

 そして今、そのカードは……我々アメリカにも、必要になるかもしれない」

 

 アルファが、深い影の中から静かに言った。

「大統領。これは敗北ではありません。……新しい前提への、適応です」

 

「ええ」

 ヘイズは、小さく息を吐いた。

「だから、適応するわ」

 

 深夜の大統領執務室。

 

 ヘイズ大統領は、一人デスクに向かい、日本の矢崎総理へ送信するためのホットライン用の暗号文面を確認していた。

 

 そこには、光の柱の正体を問い詰める高圧的な言葉は、一言も書かれていない。

 代わりに、同盟国としての極めて丁寧な、そして切実な提案が記されていた。

 

『――黒鯨事象、または類似する既存技術外捕食現象が米国領土内で発生した場合、

 日米間で早期警戒情報、避難プロトコル、および【可能な支援措置】について、至急協議したい』

 

 ヘイズは、ペンを静かに置いた。

 

 彼女は、執務室の防弾ガラスの窓越しに、ワシントンD.C.の美しい夜景を見下ろした。

 ライトアップされたホワイトハウス。国会議事堂。そして、夜空に高くそびえるワシントン記念塔。

 

 どれも、アメリカが誇る強大な『象徴』たちだ。

 そしてそれは……あの黒鯨にとっては、極上の「餌」になり得るということを意味していた。

 

 ヘイズは、小さく呟いた。

 

「日本の光を問い詰めるより先に。

 ……我々は、自分たちの塔をどう守るかを、真剣に考えるべきね」

 

 その夜。

 アメリカは初めて理解した。

 

 世界最強の軍事力を持つ超大国であっても。

 空を泳ぐ不可解な怪物に対しては、同盟国の隠し持つ『沈黙した光』に、ただすがるように手を伸ばすしかない時代が来たのだと。

 

 アメリカは、日本の光を深く疑った。

 だが同時に、その光を喉から手が出るほど必要としていた。

 それが、アーティファクトの時代における、世界最強の超大国の「新しい屈辱」であった。

 

 




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