銀河皇帝のスペアに転生した元社畜、地球軌道上の要塞でネトゲ三昧の隠居生活を満喫する 〜足元では超大国が滅亡級の異星遺産を巡って暗躍中ですが、主人公(ぼく)の命は絶対安全なので特等席で傍観します〜 作:パラレル・ゲーマー
ワシントンD.C.。
ホワイトハウスの地下に設けられた極秘状況室(シチュエーション・ルーム)。
分厚い防音扉と強固な電磁シールドに守られたその空間は、今日、セレスティアル・ウォッチという「影の組織」の介入を一切排除した、純然たるアメリカ合衆国政府の中枢による政策会議の場として使用されていた。
巨大なマホガニーのテーブルを囲むのは、国家安全保障担当補佐官、国務長官、国防長官、国家情報長官、そして科学技術顧問という、アメリカの外交、軍事、情報の頂点に立つ数名のみだ。彼らの手元には、最高機密指定の赤いスタンプが押された薄いファイルが一つずつ置かれている。
彼らは皆、この会議が単なる情報共有の場ではなく、地球上のパワーバランスを左右する決定的な「線引き」を行うための場であることを理解し、重苦しい沈黙の中で開会を待っていた。
上座に座るキャサリン・ヘイズ大統領が、静かに手元のファイルを開き、短く、しかし場を完全に支配する声で宣言した。
「今日は、評価と線引きを決めます」
ヘイズの冷徹な眼差しが、出席者たちを順番に貫く。
「あの『未知の指向性エネルギー兵器』の流出に関する、日本への限定的な情報共有。その判断が正しかったかどうかの評価。そして、その成功をどこまで他国へ広げるかという線引き。……この二点に絞って議論を進めます」
それは、大統領という立場でしか下せない、国家の命運を賭けた政治判断の開始の合図だった。
「では、第一の議題からです」
国家安全保障担当補佐官が、重々しい口調で会議を進行し始めた。
「結論から申し上げますと、日本国への限定共有は、現時点において『成功』であったと総括できます。少なくとも、最悪のシナリオ――情報の漏洩やパニック――は回避されました」
補佐官は、内閣情報調査室との極秘パイプラインから得られた情報を簡潔に整理していく。
「共有後、日本政府は情報を政治的な取引材料やパニックの種にすることなく、極めて迅速かつ秘密裏に処理しました。矢崎首相の直轄で評価セルを立ち上げ、国内の『既存技術外事象』の再点検に直ちに着手。……その結果、我々が情報を提供してからわずか数日のうちに、彼らは島根県の出雲地方で、説明不能な特異事象を確認しました」
その報告に、テーブルを囲む高官たちの間に微かなざわめきが走った。
「特異事象、だと?」
国防長官が眉をひそめる。
「はい」
今度は科学技術顧問が引き取った。
「日本政府の調査隊は、特定の山域で、我々の通常科学のノイズでは到底片付けられない、再現性のある物理的・精神的な異常――彼らはそれを『強烈な拒絶反応』と表現していますが――を観測しました。……そして重要なのは、彼らがそこで『深追いせずに撤退した』という事実です」
「撤退した、だと? 目の前に未知のテクノロジーの痕跡があるかもしれないというのにか?」
国防長官が、信じられないというように鼻を鳴らした。アメリカの軍人であれば、どんな犠牲を払ってでもその正体を突き止めようとしたはずだからだ。
「ええ。彼らは現場の危険性を正確に評価し、部隊の全滅や事態の悪化を避けるために、即座に引くという判断を下しました」
国家安全保障担当補佐官が、結論を口にする。
「つまり日本は、こちらの想定以上に『正しく怖がった』と言えます。未知の脅威に対して、無謀な突撃もせず、かといって無視もせず、国家として正確に恐怖し、管理の体制に入った。……情報の取り扱いに関する信頼性という点において、彼らは我々の期待に完全に応えたと言ってよいでしょう」
ヘイズ大統領は、その報告を聞き、静かに頷いた。
「日本への共有は成功だったわね。少なくとも、失敗ではなかった。……彼らが実際に国内で『何か』を確認したことで、我々が同盟国を巻き込んだ判断は、大局的に見て正しかったと証明されたわ」
「……しかし、顧問」
国家情報長官が、鋭い視線を科学技術顧問に向けた。
「出雲で確認されたというその『何か』の正体は、分かっているのか? 我々が地中海で確保した『アポロンの矢』と同種の、地球外テクノロジーの遺物なのか? それとも全く別種の……例えば、中国やロシアの未知の軍事施設の類か?」
科学技術顧問は、手元のタブレットの数値を苛立たしげに弾きながら答えた。
「現段階では、正体不明としか言いようがありません。長官。UFOの墜落体かもしれないし、太古の異星人の基地かもしれない。あるいは、我々の物理法則では説明のつかない、全く別種の『何か』かもしれない。……ただ一つ確実なのは、それが『我々の知る既存の科学技術の延長線上には存在しない』ということです」
顧問は、深刻な表情で言葉を継いだ。
「何があるかは不明です。ですが、『何もないとは言えない』。……日本という、世界有数の技術力を持つ国が、高度な観測機材と人員を投入して、それでも『計測不能な異常がある』と結論付けた。その事実の重さは、計り知れません」
「……さて」
ヘイズ大統領が、会議室の空気を引き締めるように、少しだけ声を張った。
「日本への共有が成功であり、そして実際に彼らの足元にも『未知の脅威』が存在する可能性が高いことが確認された。ここまでは良いわ。……では、次の論点に移りましょう」
彼女は、出席者全員の顔を、値踏みするように見回した。
「日本への共有を、一般化していいのかしら? つまり……次は、誰に話す?」
その問いが投げかけられた瞬間、会議室の温度が一気に数度下がったように感じられた。
それまでの「同盟国との情報共有の成功報告会」という比較的穏やかな空気から、一転して、地球の覇権を揺るがしかねない「極めて危険な政策判断」という、ヒリつくような戦場へと引きずり込まれたのだ。
誰に、どこまで、この「世界のルールが変わるかもしれない」という情報を渡すのか。
それを間違えれば、同盟は崩壊し、新たな世界大戦の引き金にすらなり得る。
「……私は、共有の拡大には断固として反対します」
最初に口火を切ったのは、国防長官だった。彼は、テーブルの上に置かれた両手を強く握り締め、軍人特有の強硬な姿勢で主張した。
「大統領。日本への共有が成功したのは、彼らが特別な国だったからです。……第二次大戦後から続く強固な安全保障構造、太平洋における要石としての同盟関係。そして何より、我々が彼らの国防の根幹を深く握っているという事実がある」
国防長官に続き、国家安全保障会議の古いタカ派高官が、身を乗り出して乱暴な論理を展開し始めた。
「長官の仰る通りです。日本は形式上は主権国家ですが、事実上の安全保障環境においては我々の強固な管理圏内にあります。だからこそ、今回のような極秘情報を共有できた。極端な言い方をすれば、彼らが『危険な玩具』を見つけて暴走しそうになった時でも、親である我々が力ずくで取り上げることができる、数少ない子供だからです。……他の国は、そうはいきません」
「失礼」
タカ派高官のその下品で傲慢な発言を、ヘイズの冷たく、鋭い声が一刀両断した。
「言い過ぎよ。発言を訂正しなさい」
ヘイズの瞳には、一切の妥協を許さない静かな怒りが燃えていた。
「日本は我々の重要な同盟国であって、植民地でもなければ傀儡でもない。軽蔑と傲慢を前提に話すなら、今すぐこの議論から降りてちょうだい」
タカ派高官は、大統領の気迫に押され、額に汗を滲ませながら口ごもった。
「も、申し訳ありません、大統領閣下。……最も特別な同盟国、と訂正いたします」
「よろしい」
ヘイズは、大統領としての絶対的な格を見せつけ、会議の品位を維持した上で、議論の核心だけを拾い上げた。
「……ただし、あなたが言いたい『制御可能性の差』については、重要な論点として残します」
「日本が『特別』であるという点は、私も同意します」
ヘイズは、少しだけ声音を和らげ、自らの政治的判断の根拠を整理し直した。
「私が矢崎首相への限定共有に踏み切ったのは、決して単なる同盟国への善意だけではありません。彼女個人との長年の信頼関係があったからこそ、情報を渡しても即座にそれを敵対的な拡散や、自国の覇権のためだけに利用しないという確信があった」
ヘイズは、テーブルの上のファイルを軽く叩いた。
「そして何より、仮に彼らが国内で『地球外テクノロジー』の現物を発見したとしても、日米間であれば、その後の交渉、共同管理、あるいは技術の引き取りといった、外交的・安全保障的な枠組みを機能させる余地が十分に残されているからです。……つまり、日本への共有は『責任』と『制御可能性』が両立していたからこそ、意味があったのよ」
「……しかし、大統領」
国務長官が、慎重に、しかし明確な懸念を持って口を開いた。
「このまま日本だけに情報を留めておくことは、中長期的な同盟ネットワークの維持という観点からは、大きなリスクを伴います」
外交を司る国務長官は、国際社会における不均衡の発生を危惧していた。
「地中海での『アポロンの矢』確保の作戦や、出雲での日本の動き。これだけの大規模な事象が起きている以上、いずれ他の同盟国も、あるいは敵対国も、必ず『何か異常な事態が起きている』と嗅ぎつけます。その時、『アメリカは日本だけに真実を教え、我々には隠蔽していた』となれば、同盟間の信頼関係に致命的な亀裂が生じます」
国家情報長官も、その意見に同調した。
「同感です。情報を隠し続けることは不可能です。むしろ、最低限の警告――『既存の技術ではない何かが存在し、我々がそれを確保した』という事実の断片――だけでも、主要な同盟ネットワークに広げておくべきです。そうしなければ、疑心暗鬼に駆られた他国が、独自に裏社会の情報を漁り、不完全な知識で暴走調査へ走る危険性があります」
情報長官は、説得力のある言葉で締めくくった。
「日本レベルの限定共有は、他国にパニックを広げるためではありません。むしろ、各国が疑心暗鬼のまま『勝手に地球外テクノロジーの争奪戦に参入する前』に、我々主導でブレーキを踏ませるための、強力な政治的ツールとして機能するはずです。後手に回る方が、はるかに危険です」
国務長官と情報長官の「共有拡大」を推す主張は、外交とインテリジェンスの観点から見れば極めて合理的だった。
だが、彼らとて無条件の全面開示を求めているわけではない。
「もちろん、無差別に広げるべきだとは申しません」
国務長官が、自ら手綱を引くように言葉を継いだ。
「共有の対象から、明確に除外すべき国や枠組みは存在します。例えば……フランス、ドイツ。そして、NATO全体や国連の枠組みへの共有は、現段階では論外です」
「理由は?」
ヘイズが、短い言葉で真意を促す。
「一気に『国際危機管理案件』へと変質してしまうからです。大統領」
国務長官は、苦渋に満ちた顔で答えた。
「これらの国々や多国間枠組みに情報を落とした瞬間、それは必ず漏洩し、政治的な駆け引きの材料となります。中国やロシア、そしてならず者国家への波及圧力は指数関数的に高まり、我々が恐れていた『地球外テクノロジー争奪の国際的な号砲』を、我々自身の手で鳴らすことになります」
彼は、机の上に広げた世界地図を指さした。
「国連やNATOという大義名分のもとに共有を広げた瞬間、これはもはやアメリカの外交案件ではなく、手に負えない『世界秩序の再編案件』になります。そしてその瞬間から、我々アメリカが握っていたこの事態の主導権と管理可能性は、急落する。……我々は、自らパンドラの箱を世界中に開け放つような愚行を犯すべきではありません」
その指摘は、共有拡大派と慎重派の双方を納得させる、極めて現実的な政治判断だった。
「……ならば、広げるにしても、対象は極めて限定的にならざるを得ないな」
国家安全保障担当補佐官が、議論の幅を絞り込んだ。
「我々が『日本レベル』の信頼を担保しつつ、情報共有のメリットを享受できる同盟国。……現実的に考えれば、候補はイギリス、オーストラリア、そしてイスラエルの三カ国に絞られます」
参加者たちの間で、各国の名前が挙がるたびに、それぞれの思惑が交錯する。
「イギリスは、ファイブ・アイズ(情報同盟)の核心であり、秘密保持能力も申し分ない。しかし、彼らは我々とは別の、欧州独自の野心を持っている。……場合によっては、“ヘルメス協会”のような古い貴族ネットワークに情報が流れるリスクも考慮すべきです」
情報長官が懸念を示す。
「オーストラリアは、太平洋における対中安全保障の観点からは非常に相性が良い。だが、彼らもまた、自国の技術主権を拡大したいという欲求は当然持っている。……強力なテクノロジーの存在を知れば、独自の獲得に動く可能性は否定できません」
国防長官が釘を刺す。
「イスラエルは、情報収集と技術解析の面では我々に匹敵する優秀さを持っています。しかし……」
国務長官が、眉間を揉みながら言った。
「あそこに一度情報を渡せば、彼らは我々のコントロールを離れ、生存権を盾にして独自ルートで徹底的に深掘りするでしょう。彼らを制御することは、日本以上に困難です」
慎重派の急先鋒であるタカ派高官が、再び口を開いた。
「結局のところ、彼らは『日本』ではないのです。危険な玩具を取り上げられるような、特殊な『親子関係』にはない。彼らに情報を渡したところで、それがアメリカの国益に直結するという保証はどこにもありません」
そして、情報長官が、この議論の核心を突く最も重要な指摘を行った。
「そもそも……地中海のゾルマンの島での『アポロンの矢』騒動が落ち着き、裏社会の混乱が収束すれば、アメリカが何かとてつもないものを手に入れたことは、遅かれ早かれ各国のインテリジェンスによって察知されます。我々がいくら隠そうとも、情報の匂いは必ず漏れる」
情報長官は、薄暗い会議室の出席者たちを見回した。
「ならば、あえて『今このタイミングで』、我々の方から進んで手札を明かすメリットは薄い。彼らが嗅ぎつけてから対応しても、決して遅くはないはずです。自ら手の内を晒し、同盟国に無用な欲求と混乱を抱かせる必要はありません」
それは、情報を共有しないという選択が、現時点において最も合理的な戦略であるという強力な結論だった。
全員の議論が尽き、極秘状況室に再び重い沈黙が降りた。
すべての視線が、上座に座るキャサリン・ヘイズ大統領に集まる。
彼女は、出されたすべての理屈――同盟の維持、漏洩のリスク、覇権の確保、そして制御可能性――を天秤にかけ、最終的な結論を導き出していた。
「……皆の意見はよく分かったわ」
ヘイズは、ゆっくりと口を開き、決定事項を整理し始めた。
「第一に、日本への限定共有は成功だった。しかしそれは、日本という国との特殊な関係性と、矢崎首相個人の資質に依存する部分が大きく、安易に一般化できるモデルではない」
彼女の冷徹な声が、会議室に響き渡る。
「第二に。フランス、ドイツ、NATO全体、および国連の枠組みへの情報共有は、時期尚早すぎる。これは世界秩序を一瞬で崩壊させかねない劇薬であり、今はまだその蓋を開けるべきではない」
ヘイズは、手元のファイルを静かに閉じた。
「そして第三。……英国、豪州、イスラエルは、情報共有の有力な候補ではある。だが、現時点において、我々アメリカから積極的にアプローチし、主導権を手放すような真似はしない」
それは、覇権国家アメリカが、得体の知れない「神の力」を前にして、極めて理性的に踏んだブレーキだった。
「最終決定です」
ヘイズは、出席者全員を強い視線で射抜いた。
「英国、豪州、イスラエルについては、向こうから『正式な問い合わせ』があった場合に限り、日本と同レベルの限定共有を行うかどうかを個別に検討します。……我々の方から、先に扉は開かない」
それが、アメリカ政府が出した現実的で、かつ最も慎重な答えだった。
そしてヘイズは、この会議を締めくくるにあたり、自らの政治哲学を象徴する強い一言を放った。
「同盟国に危険を『警告する義務』と、自ら火種を配って回る『愚かさ』は、全く別物よ」
「本日の会議はこれまで。各員、速やかに自身の持ち場に戻りなさい」
大統領の宣言と共に、ホワイトハウス地下の極秘会議は終了した。
参加者たちが席を立ち、重い防音扉の向こうへと散っていく。
表向きの結論は出た。
今は情報を広げない。ただし、同盟国からの問い合わせには備える。日本との連携は維持しつつ、地球外テクノロジーに関する主導権は、あくまでアメリカが強固に握り続ける。
それは、国家の論理としては最も正しく、破綻のない結論だった。
だが、会議室を後にする高官たちの背中は、誰一人として安心しているようには見えなかった。
国家情報長官は「結局のところ、他国はいずれ必ず嗅ぎつける。その時の衝撃に、我々は耐えられるのか」と、インテリジェンスの限界を悟っていた。
国防長官は、「アポロンの矢」の実用化が他国の動きに間に合うのか、焦燥感に駆られていた。
国務長官は、この秘密を抱えながらの同盟管理がいかに困難を極めるか、その重圧に胃を痛めていた。
そして、誰もいなくなった状況室に一人残ったキャサリン・ヘイズ大統領もまた、自らが下した「正しい判断」の脆弱さを、誰よりも正確に理解していた。
「……政府としての答えは出したわ」
ヘイズは、無人となったマホガニーのテーブルを見つめ、静かに、そして苦々しく独白した。
「問題は……政府の『外側』で、誰が、どんな別の答えを出すか、ね」
彼女の脳裏には、大統領の命令すら絶対とはしない、アメリカの深部に潜む影――セレスティアル・ウォッチの存在が、不気味に渦巻いていた。
国家という理性の枠組みが、どこまであの狂信的な組織の暴走を抑え込めるのか。
覇権国家の頂点に立つ彼女の孤独な戦いは、未知のテクノロジーという劇薬を前に、さらに深く、暗い領域へと足を踏み入れていく。
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