銀河皇帝のスペアに転生した元社畜、地球軌道上の要塞でネトゲ三昧の隠居生活を満喫する 〜足元では超大国が滅亡級の異星遺産を巡って暗躍中ですが、主人公(ぼく)の命は絶対安全なので特等席で傍観します〜   作:パラレル・ゲーマー

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第119話 ヘイズ大統領、味方につく

 首相官邸のさらに地下深くに位置する、既存技術外事象評価セルの特別防音会議室。

 先ほどまで、各分野のトップランナーである有識者たちを交え、「日本国民全員の不老無病化」という究極の選択に対する地獄の棚卸しが行われていたその場所は、今や少数の政府首脳陣だけを残して、氷のように冷たく張り詰めた空気に満たされていた。

 

 矢崎総理の顔には、隠しきれないほどの深い疲労の影が落ちている。

 だが、その瞳だけは、国家の命運を背負う為政者としての強靭な光を放っていた。

 

 有識者会議が終わり、次に彼女がやるべきことは、すでに決まっている。

 

「……総理」

 沖田室長が、手元のタブレットから目を離し、確認するように静かに問うた。

「本当に、この段階でアメリカに共有するのですね」

 

「ええ」

 総理は、短く、だが迷いのない声で答えた。

「国民に公表するなら、同盟国であるアメリカを、完全な不意打ちにするわけにはいかないわ」

 

 外務省幹部が、苦渋の表情で口を挟む。

「間違いなく、止めに来ます。……彼らにとって、これほど都合の悪い(危険な)情報はありません」

 

「分かっています」

 

「米国から見れば」

 防衛省の幹部も、深刻な懸念を示す。

「日本国民全員の生体強化です。……最悪の場合、同盟国であっても、軍事的な脅威認定をされかねません。ロシアのサイボーグや中国の仙人と同じ枠組みで語られます」

 

「だからこそ、先に伝えるのよ」

 総理は、円卓の官僚たちを真っ直ぐに見据えた。

「隠しておいて後からバレるより、事前に通告した方が、まだ交渉(言い訳)の余地があるわ」

 

 官房長官が、胃の辺りを押さえながら、最も政治的なリスクを口にする。

「……もし、ヘイズ大統領が強く反対された場合は?

 アメリカから『絶対に公表するな』と圧力がかかれば、我々は……」

 

 矢崎総理は、少しの間、沈黙した。

 そして、決して曲がらない鋼の意志で、言い放った。

 

「……それでも、方針は変えません」

 

 官僚たちが、息を呑む。

 

「これは、許可を求める会談ではありません。

 ……同盟国への、事前通告です」

 

 総理のその覚悟の言葉に、円卓の隅で缶コーヒーを持っていた月刊ムーの三神編集長が、小さく、静かに言った。

 

「……アメリカが止めるのは、当然です」

 三神は、真面目な顔で総理を見た。

「止めなかったら、むしろアメリカではありませんよ。……彼らは世界の警察(管理者)を自認しているのですから」

 

「ええ」

 矢崎は、静かに頷いた。

「それでも。……キャサリンには、先に話すわ」

 

 ***

 

 海を越えた、アメリカ合衆国。

 ワシントンD.C.、ホワイトハウス地下、またはオーバルオフィスのセキュリティモード。

 

 キャサリン・ヘイズ大統領が緊急招集した会議室には、ごく限られた、しかし国家の根幹を動かす最高首脳陣のみが顔を揃えていた。

 国防長官、CIA長官、国家安全保障補佐官、首席補佐官。

 そして、暗号通信のモニター越しに、セレスティアル・ウォッチの科学主任ケンドール博士と、オブザーバー・アルファの姿がある。

 

 国家安全保障補佐官が、手元の端末を確認し、重苦しい声で報告した。

 

「……大統領。日本側は、黒鯨事件時と同等、あるいはそれ以上の【通信保全レベル】を要求しています」

 

 ヘイズ大統領は、少しだけ眉をひそめた。

「薫(矢崎総理)がそこまで要求するなら、相応の話なのでしょうね」

 

「また、日本からですか」

 国防長官が、忌々しげに吐き捨てるように言った。

「あそこは、アーティファクトの特売会場か何かなのか」

 

「最近の日本発の情報は、毎回、世界地図を書き換えていますからね」

 CIA長官が、インテリジェンスの現実を皮肉交じりに指摘する。

 

 画面の向こうで、ケンドール博士が小さく呟いた。

「……今回は、何でしょうね」

 

 アルファが、深い影の中から冷徹に返す。

「良い知らせではないでしょう」

 

 ヘイズは、小さく息を吐き出し、通信オペレーターに合図を送った。

「聞けば分かるわ。……繋いで」

 

 メインモニターが切り替わり、厳重な量子暗号化プロセスを経て、日本の首相官邸地下の映像が映し出された。

 

 画面の中央には、矢崎総理。

 その表情は極めて硬く、明らかに疲労していたが、視線だけは決して逃げずに、真っ直ぐにヘイズを見据えていた。

 

「キャサリン」

 矢崎総理は、外交的辞令をすべて省き、単刀直入に切り出した。

「今日は、同盟国として、そして友人として。……最初に、伝えます」

 

 ヘイズは、そのただならぬ雰囲気に、姿勢を正した。

「聞くわ、薫」

 

 矢崎は、ゆっくりと、しかし一つ一つの言葉に絶対的な重みを持たせて、説明を始めた。

 

 日本が管理する与那国島のAI――ガイアズ・ドリーム・プロトタイプ7から、提案があったこと。

 中国の仙人医療の不公平な救済状況を観測した結果、日本国民の病と老いを取り除くという提案であること。

 提案名は「生体機能最適化プロトコル」。

 対象は、日本国籍を持つ市民全員。

 実施方式は「全国民一律適用」か「希望者のみ適用」。完全拒否も可能。

 回答の猶予は、七日間。

 

 そして。

「……日本政府は、この提案を密室で握り潰さず。……【国民へ説明する方向】で、準備しています」

 

 矢崎総理のその報告が終わった瞬間。

 アメリカの会議室は、数秒間、完全に【理解不能】の沈黙に包まれた。

 

 最初に口を開いたのは、国家安全保障補佐官だった。

「……失礼。総理」

 補佐官は、自分の耳を疑うように聞き返した。

「日本国籍を持つ市民全員、というのは……制度上の対象者、という意味ですか? 実際には、重病者や一部の特権階級に限られるのでは……?」

 

「いいえ」

 矢崎は、明確に否定した。

「物理的に、日本国籍保有者【全員】です」

 

 首席補佐官が、額に冷や汗を滲ませながら問う。

「老いと病を取り除く……それは、何らかの比喩表現(健康増進プログラムの類)ではなく?」

 

「比喩ではありません」

 矢崎は、残酷な真理を突きつけた。

 

 アメリカの首脳陣が、一斉に画面の向こう側のケンドール博士を見た。

 

 ケンドール博士は、しばらく無言でデータを脳内で処理していたが、やがて、極めて低い、震える声で確認した。

「……与那国AIの既存の医療・環境制御能力から考えて。……完全に否定は、できません」

 

 この一言が、アメリカ政府の会議室の空気を、完全に凍らせ、そして【爆発】させた。

 

「公表!?」

 国家安全保障補佐官が、椅子を蹴るようにして立ち上がり、絶叫した。

「公表するのですか!? 正気ですか総理!!」

 

「それは、世界秩序を破壊する宣言だ!!」

 国防長官が、怒りで顔を真っ赤にして吠える。

 

「大統領、危険すぎます!」

 CIA長官が、ヘイズに身を乗り出して警告する。

「情報が出た瞬間、世界中の政府、富裕層、宗教団体、患者家族、反政府運動、武装組織……すべてが、日本へ向かいます! 日本列島が沈没するほどの圧力がかかる!」

 

 首席補佐官も、国内政治の悪夢を想像して頭を抱えた。

「アメリカ国内も持ちません!

 『なぜ日本人だけが救われるのか』という声が爆発します! 医療保険問題、宗教対立、反中感情、反日感情、人種差別問題。……アメリカ社会のすべての火薬庫が、一気に燃え上がります!」

 

「日本人全員が老いず、病まず、身体機能を最適化されるだと!?」

 国防長官が、軍事的な脅威の観点から激しく糾弾する。

「それは医療ではない! 国家規模の生物学的強化(超人化計画)だ!

 ……同盟国とはいえ、そんなものを他国が黙って見過ごすはずがない!」

 

 画面の向こうのアルファが、冷徹な分析を叩きつける。

「中国の仙人医療は、一日数十人規模です。

 ……それでも、世界の富裕層と患者家族と暗殺市場が動き、中南海は要塞化している。

 日本の提案は、国民全員です。……規模が違いすぎます。世界が、耐えられません」

 

「中国、ロシア、EU、その他の国々が黙っているはずがない」

 CIA長官が、最悪の外交シナリオを予測する。

「日本国内の対立を煽る工作も、確実に始まります。……日本政府は、自国を内戦状態にするつもりですか!」

 

「民主主義のため? 馬鹿な!」

 国家安全保障補佐官が、矢崎総理の政治的判断を真っ向から否定した。

「民主主義にも、限度があります!

 世界を壊してまで、国民に説明する必要などありません! これは、国家の最高機密として永遠に封印すべき事案です!」

 

 アメリカ側の官僚や軍人たちの言葉は、どれもが正論であり、どれもが激しい怒りと恐怖に裏打ちされていた。

 彼らは決して、単なる「悪役」として日本を非難しているわけではない。

 本当に、心の底から【世界が壊れる(パニックになる)】ことを恐れ、世界を守ろうとして叫んでいるのだ。

 

 画面の向こうで。

 矢崎総理は、アメリカの嵐のような非難と怒号を、一切反論することなく、ただ黙って受け止めていた。

 

 日本の沖田室長も、青ざめた顔で唇を噛んでいる。外務省幹部は「想定通りだ」と苦い顔をし、防衛省幹部はアメリカ側の安全保障評価を聞いて、やはり脅威認定されるかと目を伏せた。

 

 三神編集長だけが、口の中で小さく呟いた。

「……まあ、普通はそうなりますよね」

 

 矢崎は反論しない。

 アメリカ側の危機感は、すべて正しいからだ。反論の余地などない。

 

 だが。

 アメリカの会議室の中で、ただ一人。

 キャサリン・ヘイズ大統領だけが、黙っていた。

 

 ヘイズは、肘掛けに指を置き、目を細めたまま。激昂する自国の長官たちと、画面の向こうで沈黙する矢崎総理の両方を、静かに見つめ続けていた。

 

「……大統領! 日本に即時公表の撤回を要求すべきです!」

 国家安全保障補佐官が、ヘイズに決断を迫る。

 

 会議室が騒然とする中。

 ヘイズ大統領は、ゆっくりと口を開き、静かに、しかし絶対的な重みを持って言った。

 

「……私は、いいと思うけど?」

 

 アメリカ側の長官たちが、完全に凍りついた。

 

「……大統領?」

 国防長官が、自分の耳を疑うように聞き返す。

 

 ヘイズは、画面の向こうの矢崎総理を見据えて言った。

「薫は。……国民に説明するべきだと思うわ」

 

 全員が、言葉を失った。

 

「大統領、正気ですか!」

 国家安全保障補佐官が、悲鳴のように叫ぶ。「世界が壊れるかもしれないのですよ!」

 

「そうね」

 ヘイズは、あっさりと肯定した。

 

「日本人だけが不老無病になる可能性を、公表するのですよ!」

 CIA長官が詰め寄る。

 

「ええ」

 ヘイズは頷く。

 

「アメリカ国内も燃えます!」

 首席補佐官が頭を抱える。

 

「でしょうね」

 ヘイズは、それも否定しない。

 

「なら、なぜ賛成されるのですか!!」

 国防長官が、激怒して立ち上がった。

 

 ヘイズは、円卓の自国の高官たちを、冷徹な為政者の目で見回し、そして静かに言った。

 

「……隠したら。もっと壊れるからよ」

 

 その一言で、会議室の空気が一変した。

 

 ヘイズは、一つずつ、ゆっくりと説明を始めた。

「考えなさい。……日本政府が、これを密室で握り潰したとする」

 彼女の目が、鋭く光る。

「……一年後、五年後、十年後に。その事実が、どこからか漏れたらどうなる?」

 

 誰も、答えることができなかった。

 

「救えたはずの癌患者。

 難病の子供。

 認知症の親。

 老いと痛みに苦しんだ人々。

 ……その家族は。日本政府を、許すと思う?」

 

 首席補佐官が、血の気を引かせて黙り込んだ。

 

「国家は、安全のために嘘をつくことがある。それは必要悪よ」

 ヘイズは、大統領としての重い責任を背負った声で語る。

「でも……【救いを握り潰した嘘】は。……民主主義国家の土台(信頼)を、内側から完全に腐らせるわ。

 ……隠蔽がバレた時、日本という国は、外からの攻撃ではなく、内側から完全に崩壊する」

 

「しかし、公表すれば世界が……!」

 CIA長官が、なおも反論しようとする。

 

「世界はもう、何度も壊れているわ」

 ヘイズは、冷たく遮った。

 

 そして、彼女は、これまでのアーティファクト事案を、短く、残酷に並べ立てた。

「アポロンの矢の暴発。

 欧州のオーロラ。

 ロシアのサイボーグ。

 中国の仙人化。

 アメリカの無制限入札。

 ロンドンの万象器。

 ドバイのミラージュ・コア。

 アポロン・ソード。

 アステカの超人イツコアトル。

 インドのソーマの雫。

 スコットランドの魔女。

 黒鯨。

 ……そして、アポロンの矢の劣化版の拡散」

 

 ヘイズは、小さく息を吐き出した。

「そのたびに、私たちは“世界が壊れる”と言った。

 ……実際、壊れている。

 でも、もう元の世界ではないのよ。……我々は、壊れた世界(新しいルール)の上で、適応して生きている」

 

 ヘイズは、アメリカ側の反対派へ向き直った。

 

「それに。……私たちアメリカも、世界を揺らしてきたでしょう」

 

 国防長官が、不快そうに顔をしかめる。

 

「ロシアのサイボーグ騒動で、私たちはレアメタル供給、制裁、市場、軍事バランスを動かす覚悟をした」

 ヘイズは、自国の行ってきた「エゴ」を容赦なく指摘する。

「アポロンの矢を解析した。

 アポロン・ソードを保有している。

 無制限入札で、世界中のアーティファクト市場を揺らした」

 

「それは、安全保障上、必要だったからです!」

 国家安全保障補佐官が、正当性を主張する。

 

「ええ、そうよ」

 ヘイズは、深く頷いた。

「……そして、薫も。民主主義国家の首相として、必要だから、国民に説明しようとしているのよ」

 

「……同じではありません」

 国防長官が、忌々しげに言う。

 

「同じではないわ」

 ヘイズの目が、氷のように冷たく光る。

「でもね。……私たちだけが、“世界を守るために世界を壊す権利”を持っていると思うなら。

 ……それは、ただの傲慢よ」

 

 その強烈な一言に、アメリカ側の高官たちは、完全に反論の言葉を失い、黙り込んだ。

 

 国家安全保障補佐官が、最後に、感情的な恐怖を漏らした。

「……大統領、これは神の領域です。

 人間の老いと病を取り除くなど、神の領域を冒しています」

 

 ヘイズは、少しだけ苦く笑った。

 

「……神の領域を冒している?」

 彼女は、自嘲気味に呟いた。

「……もう遅いわ」

 

 全員が、ヘイズを見る。

 

「私たちは、神の矢を解析した。

 ライトセーバーに予算をつけた。

 魔女に紅茶を贈る国と同盟している。

 中国では仙人が病を癒やし、インドでは川が蘇り、日本では黒鯨が光で消えた」

 

 ヘイズは、この狂ったアーティファクト時代の真理を突いた。

 

「神の領域なんて。……もう何度も、人類全員で土足で踏み荒らしているのよ」

 

 ヘイズ大統領は、アメリカの長官たちから視線を外し、画面の向こうの矢崎総理へ向き直った。

 

「薫。誤解しないで」

 ヘイズは、一人の大統領として、厳しい顔で言った。

「アメリカ国民は怒るわ。……なぜ日本人だけなのか、と。

 私だって、大統領として、そして一人の人間として、同じことを思う」

 

 矢崎は、黙ってその非難を聞いている。

 

「でも。……それは、日本が国民に知らせてはいけない理由にはならない」

 ヘイズの声は、厳しくも、深い理解に満ちていた。

「私たちが怒るから、日本国民に黙っていろとは言えない。

 ……それは『同盟』ではなく、『支配』よ」

 

 矢崎総理の表情が、少しだけ揺れた。

 

「巻き込まれる国は、たまったものではない」

 ヘイズは、肩をすくめる。「アメリカも、たまったものではないわ。

 でも……あなたの判断は、民主主義国家の首相として、間違っていない」

 

 その言葉に、矢崎総理は、張り詰めていた肩の力を少しだけ抜き、小さく息を吐いた。

 

 アメリカ側の長官たちが、なおも反発する。

 

「大統領。それでも、軍事的には脅威です」

 国防長官が食い下がる。「自衛官、科学者、官僚、政治家、技術者。全員が老いず病まなくなる。日本の国家能力は桁違いに上昇します!」

 

「なら、脅威として分析しなさい」

 ヘイズは、即座に切り捨てる。「止める理由にしてはいけない」

 

「ロシアも中国も、日本国内を割りに来ます!」とCIA長官。

 

「対策をしなさい」とヘイズ。

 

「アメリカ国内の患者団体が、日本大使館前に殺到します!」と首席補佐官。

 

「予測して、備えなさい」とヘイズ。

 

「国連、WHO、EU、中国、ロシア、すべてが日本へ圧力をかけます!」と国家安全保障補佐官。

 

「なら、外交チームを動かしなさい」

 ヘイズ大統領は、円卓の全員を力強く見据え、命令を下した。

「……日本を『止める』ためではなく。これから来る『衝撃波に備える』ために!」

 

 アメリカ政府のトップエリートたちが、ついにヘイズの覚悟に屈し、「止める」ことから「備える」ことへと、頭を切り替え始めた。

 

 画面の向こうで、ケンドール博士が、技術面での最終的な見解を述べる。

『もしガイアズ・ドリーム・プロトタイプ7が、本当に全国民規模の生体最適化を実行できるなら、これは単なる医療ではありません。

 人間の寿命、免疫、細胞修復、神経劣化、遺伝子エラー、老化機構。……すべてに干渉する、種全体のアップデート技術です』

 

 アルファが、インテリジェンスの観点から総括する。

『国家序列が変わります。

 人口問題、社会保障、軍事、研究開発、労働力、教育、すべてに影響します。

 ……ただし、だからこそ【隠蔽は不可能】です。この規模の提案は、実行しても拒否しても、いずれ必ず社会のどこかに痕跡が出ます』

 

「つまり、薫が言う通りね」

 ヘイズが、日本の選択の正しさを確認する。

 

『……政治的には、そうです』

 アルファは、深い影の中で言った。

『安全保障的には、悪夢ですが』

 

「その両方を認めなさい」

 ヘイズは、きっぱりと言った。

 

 そして、ヘイズ大統領は、日本に対して「条件」ではなく「助言」を出した。

 

「薫。公表するなら、三つだけ守って」

 

 矢崎は、姿勢を正した。「聞きます」

 

「助言一。……アメリカへの同時説明体制」

 ヘイズは指示する。

「アメリカ国内も燃える。だから、あなたの会見と同時に、私もアメリカ国民へ説明する準備をする。

 日本を無条件で支持するのではなく、『まず事実を認め、冷静を求める声明』を出すわ」

 

「助言二。……日本人だけが特権を得るように見せないこと」

「これは実施決定ではなく、『提案の公表』であること。

 受けるか拒むかを国民と議論する段階であること。

 他国と協議する意思があること。

 ……そこを明確にしなさい」

 

「助言三。……中国仙人医療との比較を、避けられない」

 ヘイズの目が、鋭くなる。

「中国は一日数十人を治す。あなたたちは全国民を対象にする可能性を持つ。

 必ず、比較される。……そこから逃げてはいけない。

 『救いの分配』というテーマで、世界に対して説明しなさい」

 

 矢崎総理は、深く頷いた。

「分かりました。……貴重な助言に感謝します」

 

 矢崎は、画面越しに、アメリカ大統領に向かって深く頭を下げた。

「キャサリン。……感謝します」

 

 アメリカ側の一部が、同盟国の首相が頭を下げたことに驚き、息を呑む。

 

 ヘイズは、柔らかく、しかし少し寂しそうに笑った。

 

「……まだ感謝するのは早いわよ」

 ヘイズは言う。

「これから、世界中があなたを非難するわ」

 

「でしょうね」

 矢崎は、苦笑した。

 

「でも、薫」

 ヘイズ大統領は、画面の向こうの矢崎総理を真っ直ぐに見つめ、力強く言った。

 

「世界中があなたを非難しようと。……私は、味方よ」

 

 その言葉に。

 矢崎総理は、一瞬だけ、国家を背負う総理大臣ではなく、一人の人間として救われたような顔をした。

 

「……ありがとう」

 矢崎は、静かに、心からの感謝を口にした。

 

 通信を切る直前。

 国防長官が、最後に不満を口にした。

「大統領。記録に残します。……私は、この判断に反対です。公表は、世界秩序に対する重大なリスクです」

 

 ヘイズは、冷たく答えた。

「記録しておきなさい。……あなたの反対は、正しいわ」

 

 国防長官が言葉に詰まる。

 

「でも、正しい反対が、必ずしも『正しい政治判断』になるわけではないのよ」

 ヘイズは、政治家としての圧倒的な重みで、軍のトップを制した。

 

 CIA長官が問う。

「……では、我々は何を?」

 

「全シナリオを準備しなさい」

 ヘイズの号令が飛ぶ。

「日本への工作を防ぐ。アメリカ国内の暴発を抑える。医療団体、宗教団体、患者家族、議会への説明案を作る。中国とロシアの情報工作を監視する。

 ……そして、日本との連絡線を、絶対に切らないこと」

 

 アメリカ側も、最悪の衝撃波に備えて、完全な戦闘態勢に入った。

 

 ***

 

 通信が切れる。

 

 日本の首相官邸地下、会議室。

 しばらくの間、誰も喋らなかった。モニターの電源が落ち、空調の音だけが響いている。

 

 沖田室長が、小さく、本当に小さく息を吐いた。

「……まさか、支持されるとは」

 

「アメリカ内部は、大混乱になりますよ」

 外務省幹部が、同盟国の悲鳴を想像して言う。

 

「それでも、ヘイズ大統領は支持した」

 防衛省幹部が、少しだけ感嘆したように言った。

 

 三神編集長が、缶コーヒーを揺らしながら言う。

「大統領も、なかなか胆力がありますね。

 ……世界が壊れることを分かった上で、薫総理の側についた」

 

 矢崎総理は、静かに立ち上がった。

 

「……これで、逃げ道は減りましたね」

 

「総理」

 沖田が、真っ直ぐに総理を見る。

 

「会見の準備を」

 矢崎総理の目には、もう一切の迷いはなかった。

 

「……国民に、説明します」

 

 ***

 

 その夜から、日米の中枢は、同時に、そして狂ったような速度で動き始めた。

 

 日本。

 首相官邸では、極秘の会見準備が進められる。

 原稿作成、医療機関への事前通達、警察への警備強化、自治体への待機命令。

 与野党党首への極秘連絡、有識者会議の第二回準備。

 そして、与那国AIへの「回答期限延長」の打診準備。

 

 アメリカ。

 ホワイトハウスでは緊急対応が徹夜で続く。

 大統領声明案の作成、議会指導部への説明準備、日本大使館の警備強化。

 患者団体対応、宗教団体対応、中国・ロシアの情報工作監視。

 セレスティアル・ウォッチによる技術評価の更新。

 

 会見は、まだ始まっていない。

 

 だが、日米の中枢はすでに理解していた。

 

 矢崎薫が国民の前に立ち、ガイアズ・ドリーム・プロトタイプ7の提案を口にした瞬間。

 

 それは、日本国内の医療制度の問題ではなくなる。

 老いと、病と、死をめぐる。……人類全体に対する『究極の問い』になるのだ。

 

 そしてその問いに、世界で最初に答えなければならない国は、日本だった。

 

 




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