銀河皇帝のスペアに転生した元社畜、地球軌道上の要塞でネトゲ三昧の隠居生活を満喫する 〜足元では超大国が滅亡級の異星遺産を巡って暗躍中ですが、主人公(ぼく)の命は絶対安全なので特等席で傍観します〜   作:パラレル・ゲーマー

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第132話 ネス湖、全人類に見つかる

 ロンドン、ダウニング街10番地。首相官邸の地下に設けられた危機対応会議室は、かつてないほどの深刻な絶望感と、得体の知れない冷気に支配されていた。

 

 巨大な壁面モニターには、スコットランド北部のネス湖からのリアルタイム映像が映し出されている。

 だがそこに映っているのは、軍事的な脅威でも、未知のバケモノでもない。

 ただ、湖畔のぬかるんだ岸辺に座り込み、虚空に向かって――いや、彼らにだけ見えている『死者』たちに向かって、泣き、笑い、謝罪し、すがりついている、かつての優秀な科学者たちと、彼らを救出に向かったはずの精鋭部隊の姿だった。

 

 追加派遣された第二次警備部隊は、完全に機能停止した先発部隊の有様を見て、湖から遠く離れた後方の安全圏で完全に足を止めていた。

 これ以上、一人でも部隊を前進させれば。彼らもまた、湖の底から引きずり出された『過去の亡霊』たちに囚われ、二度と戻ってこなくなる。その強烈な恐怖と絶対的な学習が、軍隊の指揮系統を完全に麻痺させていたのだ。

 

「……部隊をさらに増派すべきです」

 国防大臣が、拳を握りしめ、青ざめた顔で強硬な主張を繰り返した。

「このまま自国の兵士を放置するなど許されない! ガスマスクと視覚遮断用のバイザーを装備させた完全な無人化に近い部隊を送り込み、強制的に彼らを回収するのだ!」

 

「無意味です、大臣」

 円卓の端で、サー・アリスター・ペンブルックが、極めて静かに、しかし冷酷にその提案を切り捨てた。

「送れば、増えるだけです。……彼らの装備をどれほど物理的に強固にしようと、あの湖は防護服の隙間を抜けて、彼らの『脳の奥底』へと直接触れてくる。

 ……人間である限り、あの湖の重力からは逃れられません」

 

「では、どうしろと言うのだ!」

 首相が、頭を抱えて呻いた。

「ただ指をくわえて、優秀な科学者たちと軍人が、雨ざらしの湖畔で死者と戯れながら衰弱死していくのを待てと言うのか!」

 

 誰も、答えられなかった。

 武力が通じない相手ではない。そもそも「敵」が存在しないのだ。

 湖は誰も殺していない。ただ、人間が最も欲しがる『失われた存在』を返し、自らの意志で帰れなくさせているだけ。

 この純度百パーセントの悪意なき罠の前に、大英帝国の誇る軍事力も危機管理能力も、完全に無力化されていた。

 

「……アリスター」

 首相は、すがるような目で老外交官を見た。

「我々では、対処できないのか?」

 

「はい。残念ながら」

 アリスターは、深く息を吐き出し、そして、この窮地において唯一頼れるかもしれない、あるいは最も頼りたくない『存在』の名を口にした。

 

「……魔女様を、お呼びするしかありません」

 

 首相は、苦虫を噛み潰したような顔をした。

 先日、紅茶とお菓子という屈辱的な対価で『公認魔女』として契約を結んだばかりの上位存在。彼女に再び泣きつくことは、国家のプライドとしては最悪だ。だが、もはや見栄を張っている余裕は一ミリも残されていなかった。

 

「……魔女様を呼べ」

 首相が、重々しく決断を下した。

 

 アリスターは懐中時計を確認し、居住まいを正して虚空に向かって深く一礼した。

 

「――魔女様、お越しください」

 

 数秒の静寂。

 そして、冷え切った地下の会議室に、ふわりと、極上のダージリンティーの芳醇な香りと、古い暖炉の火の温もりのような気配が流れ込んだ。

 部屋の奥の革張りソファに、灰色のローブを纏った魔女が、いつの間にか優雅に腰を下ろしていた。

 

「……今度は、何を壊せばいいのかしら?」

 

 魔女の声は、少しだけ面倒くさそうで、しかしどこか楽しげな響きを帯びていた。彼女にとって、国家の危機など、午後のティータイムの軽い余興に過ぎないのだ。

 

「……壊すのではないのです」

 首相は、疲れ切った声で、モニターに映るネス湖の凄惨な光景を指し示した。

「ネス湖です。……調査隊と救出部隊が、壊滅しました。

 ……どうか、助けてください」

 

 魔女は、ティーカップを傾けながら、ゆっくりとモニターの映像へと視線を移した。

 

 最初は、彼女の顔(フードの奥)には、いつものような余裕の笑みが浮かんでいた。

 だが。

 湖畔に座り込む生者たち。彼らに寄り添い、語りかけ、手を握る『死者』たち。

 ヘイル博士が死んだ恋人を抱きしめ、若い兵士が戦死した戦友に泣いて謝り続けている、その異様で悲痛な光景を見つめるうちに。

 

 魔女の纏う空気が、スッと、目に見えて『温度を失って』いくのが分かった。

 

「……ネス湖が。……完全に、目覚めましたね」

 

 魔女の声から、先ほどまでの余裕と遊び心が完全に消え失せていた。

 それは、彼女がこれまでに一度も見せたことのない、極めて冷徹で、そしてどこか『警戒』を含んだ響きだった。

 

「知っているのですか?」

 首相が、身を乗り出して問う。

 

「古い噂だけは」

 魔女は、カップをソーサーにコトリと置き、静かに語り始めた。

「ネッシーなどというものは、湖が見せる、ほんの表層の『夢(ノイズ)』に過ぎません。……観光客の無邪気な期待が、あの湖の表面に、怪物の影を映し出していただけです」

 

 魔女の灰色の瞳が、モニターの中の暗く沈む湖水を見据える。

「……本体は、もっと深いところにあります。

 人間の記憶と、喪失と、最も強い未練を読み取る……湖底に沈む異星文明のアーティファクト。

 ……あるいは、アーティファクトと完全に同化してしまった、【湖そのもの】」

 

「対処は可能ですか」

 アリスターが、最も重要なポイントを単刀直入に問うた。

「あなたが赴けば、あの空間の異常を打ち消し、彼らを救い出すことは可能でしょうか」

 

 魔女は、少しの間、完全に沈黙した。

 

 そして。

 イギリス政府の首脳陣を、最も深い絶望へと突き落とす一言を、淡々と口にした。

 

「……残念ながら。今すぐ、私にできることはありません」

 

 会議室が、凍りついた。

 

「魔女様でさえ、無理だと言うのですか!?」

 国防大臣が、信じられないというように声を荒げた。

「あなたは、人間の理をねじ曲げ、あの《平和の檻》すらも一瞬で破壊してみせたではないか! なぜ、ただの湖の幻影に手が出せない!」

 

「……あそこは、力で殴る相手ではないからです」

 魔女は、少しだけ哀しそうな目をして、国防大臣を見た。

「ネス湖は、敵を倒すのではなく……人間の魂が最も『帰りたい場所(存在)』を見せるのです。

 ……物理的な力や、魔法の強さでどうにかなる問題ではありません。心の『空白』を攻撃してくるのですから」

 

 魔女は、自らのフードの縁にそっと触れ、そして、極めて人間臭い、生々しい本音を口にした。

 

「……私も、長いこと生きています」

 

 その言葉の重みに、会議室の空気がピンと張り詰める。

 

「人間よりも、ずっと長く。……だからこそ、その分、失ったものも多い」

 魔女の声には、果てしない時間を生きてきた者特有の、深い疲労と孤独が滲んでいた。

「未練も、後悔も、山ほどあります。

 ……だから。私があそこに入れば、きっと、私の『死者』が出るでしょう」

 

 魔女は、自嘲するように薄く笑った。

 

「そして……私は、それを置いて帰れるほど、心が強くありません」

 

 イギリス政府の高官たちは、完全に言葉を失った。

 

 最強のカードだと思っていた。

 どんな異常事態も解決してくれる、超越的な存在だと思っていた。

 だが、その魔女でさえも……「自分が行けば、過去の記憶に囚われて帰れなくなる」と、自らの弱さを認めたのだ。

 それは、魔女の格を下げるものではない。むしろ、長く生きたからこそ抱える『未練の質量』が、このネス湖の罠の前では最も致命的な弱点になるという、絶望的な事実の証明だった。

 

「……長く生きた者ほど、あの湖には弱いのです」

 魔女は、静かに結論づけた。

 

「では……誰を送ればいいのですか」

 アリスターが、青ざめた顔で問う。

 

「誰も」

 魔女は即答した。

 

「誰も?」

 首相が、絶望的な声で聞き返す。

 

「少なくとも、人間は送らない方がいい」

 魔女の目は、冷酷な現実を告げていた。

「人間である限り、必ず死者がいます。……もし死者がいない若い者であっても、過去の失敗した自分や、失った可能性が現れる。あの湖は、人間の心の『空白』を見つけるのが、本当に上手いのです」

 

 だからこそ、心理学者の前には『若い頃の純粋な自分』が現れたのだ。

 それは、死者以上の残酷さを持って、生者の精神を完全に破壊する。

 

「……では、我々はどうすればいい」

 首相は、頭を抱えた。「彼らを見殺しにするしかないのか」

 

「今すぐできる対策は、二つだけです」

 魔女は、冷たく、だが明確に指示を出した。

 

「一つ。近づけないこと。

 二つ。……【絶対に、知られないこと】」

 

「知られないこと……」

 首相が、その言葉の意味を反芻する。

 

「ええ」

 魔女は、深く頷いた。

「死者に会える湖があると知れば。……人間は、必ず来ます」

 

 魔女の言葉は、人間の最も痛切な、そして抗いがたい欲望の本質を突いていた。

「どれほど危険だと説明しても、帰れなくなると警告しても、必ず来るでしょう。

 『一目だけでも』。

 『一言だけでも』。

 『ただ、謝るだけでも』。

 『もう一度、抱きしめるだけでも』。

 ……そう言って。命も、生活も、すべてを投げ捨てて、世界中からここへやって来ます」

 

「……」

 アリスターは、その光景を想像し、背筋に氷のムカデが這い上がるような悪寒を感じた。

「……それは、テロや戦争よりも、はるかに恐ろしいパニックですね」

 

「政府だけの、完全な秘密にするしかない」

 首相が、決断を下すように言った。

「直ちに、現場を軍で完全封鎖し、情報を国家最高機密として扱う。……絶対に、外に漏らしてはならない」

 

 だが。

 魔女は、そこで、ふっと小さく笑った。

 それは、楽しげな笑いではなかった。限りなく苦く、そして諦めに満ちた笑いだった。

 

「……それができれば、の話ですがね」

 

「どういう意味です」

 首相が、怪訝な顔で問う。

 

「うるさい【蝉たち】が、いるでしょう?」

 

 魔女のその言葉が、会議室の空気を完全に凍結させた。

 

「……蝉……」

 アリスターが、息を呑んで呟いた。

 

「彼らは、これを実況するでしょうね。……最高の『娯楽』として」

 魔女は、忌々しげに言った。

 

 魔女のその言葉が終わった、ほぼ同時だった。

 

『――ピーッ! ピーッ!』

 危機対応会議室の壁面に並ぶ、すべてのモニターから、突如として不快な高周波の電子音が鳴り響いた。

 

 ザザッ、と映像が乱れる。

 イギリス軍の監視カメラの映像が、すべて強制的にブラックアウトする。

 

 そして。

 黒い背景の中央に。……幾何学的な、あの忌まわしい『蝉』のマークが、静かに浮かび上がった。

 

「……っ!!」

 首相が、椅子を蹴るようにして立ち上がった。

「通信を切れ!! 遮断しろ!!」

 

「不可能です!! こちらの操作を一切受け付けません!」

 情報機関のトップが、パニックに陥りながらキーボードを叩くが、システムは完全に掌握されていた。

 

 同時に、地球上の数億台のスマートフォンやPC、そしてスマートテレビに、ある『通知』がポップアップした。

 

『【Cicada 3301 Live】

 Tonight: Loch Ness

 “Not Nessie.”(ネッシーではない)』

 

 日本のネット、アメリカの掲示板、欧州のSNS。

 世界中のネット空間が、その通知を見た瞬間、一斉に爆発した。

 

「Cicadaまた来たあああああ!!」

「次はネス湖!?」

「ネッシー配信かよ!! なんだよ急にほのぼの路線か!?」

「いや、サブタイトルの『Not Nessie』が不穏すぎるんだけど」

「嫌な予感しかしない……。あいつらがただの未確認生物を見に行くわけないだろ」

 

 世界中が固唾を呑んで見守る中。

 Cicadaの実況者が、いつものように、極めて軽く、おどけたような口調で画面に登場した。

 

『――はーい、世界中の皆さん、こんばんは。Cicada 3301です』

 

 モザイク顔の男が、楽しげに手を振る。

 

『今回は、みんな大好きイギリスのネス湖ですよ、ネス湖。

 え? ネッシーに会いに行く気かって?

 ……いやいや。違うんだよねー』

 

 実況者は、一拍の「間」を置いた。

 

『……ネス湖は、すでに【目覚めました】』

 

 その言葉の重みに、世界中の視聴者の背筋が凍る。

 

『さあ、現場の状況がどうなっているか、特等席から見てみましょう。

 あ、ちなみに今回は、我々も現地には行きません。

 なぜなら……あそこに行くと、我々も【囚われる】可能性があるからです。

 ……怖いねー』

 

 イギリス政府の会議室で、首相が絶句した。

「……彼らも、危険性を完全に理解している……!」

 

「理解したうえで、世界にばら撒くつもりです」

 アリスターが、ギリッと奥歯を噛む。

 

「だから蝉は嫌いなのです」

 魔女が、冷ややかに、しかし明確な殺意を込めて吐き捨てた。

 

『正直、我々も行きたい気持ちは少しだけあります』

 Cicadaの実況は続く。

『会いたい人ぐらい、我々にだっていますからね。

 でも、囚われたくないので、今回は安全な空からの【ドローン映像】でお送りします。

 ……偉いでしょう? 我々はリスク管理が完璧なんです』

 

 この、人の命と狂気を完全に『コンテンツ化』する軽さが、視聴者たちに底知れぬ恐怖を与えていた。

 

 画面が切り替わり、ドローンからの高画質の暗視映像が映し出された。

 

 夜のネス湖。

 深い霧が立ち込める、黒く沈んだ湖面。

 そして……岸辺に座り込んでいる、無数の人々。

 

 彼らの隣には、それぞれ別の『人影』が寄り添っている。

 

 ヘイル博士が、恋人の手を優しく握り、微笑みかけている。

 軍人部隊の隊長が、死んだはずの部下と肩を並べて座っている。

 ソナー技師が、妹を膝に抱いて頭を撫でている。

 連絡官が、兄に向かって泣きながら何かを話し続けている。

 

 映像は、音声を拾い上げる。

 

『……見ただけでは、分かりにくいかな?』

 Cicadaの実況が、残酷に解説を入れる。

『ただの人道危機? 避難民キャンプ?

 ……違います。

 ここにいる“同伴者”の多くは。……すでに、【死んでいます】』

 

「…………えっ?」

 

 世界中のネット民の思考が、完全に停止した。

 

『ネス湖は今。……行けば【死者と会える場所】になりました』

 

 Cicadaのその言葉が、人類の精神の最も柔らかい部分を、鋭利な刃物で一気に切り裂いた。

 

『わーい、夢のような場所だね。

 亡くなった恋人、妻、夫、親、子供、戦友、友人。

 ……会えるかもしれません。

 ……話せるかもしれません。

 ……抱きしめられるかもしれません』

 

 映像には、死者の冷たい手を握り、涙を流しながら微笑む兵士の顔が、残酷なほど鮮明に大写しにされた。

 

『ただし、注意』

 実況の声が、少しだけ低くなる。

『一度会ったら、離れられなくなる可能性があります。

 湖から離れると、彼らは水に戻って消えてしまう。

 ……そして、湖に戻れば、また会える。

 

 ……ね? 最悪でしょ?』

 

 最悪だ。

 悪魔の罠だ。

 誰が見ても、そこに行けば二度と帰ってこられなくなる地獄だと分かる。

 

 だが。

 Cicadaは、さらに人類を煽り始めた。

 

『さあ、全人類諸君』

 画面のモザイク顔が、カメラのレンズ越しに、数億人の視聴者の目を真っ直ぐに覗き込む。

 

『君には……会いたい死者がいるかな?』

 

『謝りたい相手は?』

『もう一度だけ、声を聞きたい人は?』

『抱きしめたい子供は?』

『……最後に言えなかった言葉を、伝えたい相手は?』

 

 その言葉は、爆弾やミサイルよりも遥かに深く、正確に、世界中の人々の心臓を撃ち抜いた。

 

 日本の古びたアパートで、仏壇の遺影をじっと見つめていた老人が、震える手で画面に触れた。

 アメリカの片田舎で、アフガニスタンで戦死した息子の写真を持ったまま、母親が泣き崩れた。

 中国の高層マンションで、数日前に事故で妻を失ったばかりの男が、車の鍵を握りしめた。

 中東の難民キャンプで、すべてを奪われた少女が、空を仰いだ。

 

『ネス湖へ行けば、会えるかもしれない』

 Cicadaの声は、優しく、甘く、そして極めて残酷だった。

『もちろん、帰れなくなるかもしれないけどね。

 まあ、それで世界が崩壊したって、我々のせいじゃないよね?

 ……情報を隠して、少数の人間だけで独占しようとする方が、悪いんじゃないかな?』

 

 イギリスの会議室で、首相が頭を抱えて絶叫した。

「止めろ!! 今すぐ配信を止めろ!! これ以上言わせるな!!」

 

「不可能です!! 回線が物理的に切断できません!!」

 サイバー担当の技術者が、泣きながらキーボードを叩く。

 

「遅い」

 魔女が、冷たく、そして少しだけ悲しそうに言った。

「……もう、拡散されました」

 

『というわけで、今回は短めです』

 Cicadaの実況が、明るく締めくくられる。

『我々も囚われたくないので、さっさと退散します。

 ネス湖へ向かうかどうかは、皆様の自己責任で。

 

 ……では、次回配信をお楽しみに。

 次は闇市場か、仙人様か、魔女様か。

 ……それとも、あなたの街の裏側かもしれません』

 

 画面に、蝉のマークが浮かび上がり。

 プツン、と。配信は終了した。

 

 しかし、終わったのは配信だけだ。

 本当に恐ろしい【情報災害(ミーム・ハザード)】は、ここから爆発的に始まった。

 

 [X(旧Twitter) / グローバル・タイムライン(自動翻訳)]

 

 @Japan_User_01

 ネス湖に行けば死者に会えるってマジ?

 嘘だろ?

 でも映像に人影いたよな?

 ……死んだ母さんに会えるなら、俺、行きたい。

 危険って分かってても行きたい。

 

 @UK_Resident

 ネス湖へ行く。

 夫に会いたい。娘に会いたい。

 政府は封鎖するな! 死者と会う権利を奪うな!

 これは救いだ!

 

 @US_Mother_Tears

 My son died in Afghanistan. If Loch Ness can bring him back, I’m going.

(息子はアフガニスタンで死んだ。もしネス湖が彼を連れ戻してくれるなら、私は行く)

 

 @Logic_Thinker

 This is not resurrection. This is an alien trap.

(これは復活ではない。ただのエイリアンの罠だ。目を覚ませ!)

 

 @Desperate_Soul

 I don’t care. I need to say goodbye.

(どうでもいい。私は彼にさよならを言わなければならないんだ)

 

 @War_Torn_Land

 失った家族に会えるなら、国境を越える。

 命を懸けても行く。

 もう俺には何も残っていない。ネス湖だけが残った。

 

 宗教界も大混乱に陥った。

「死者の復活だ」「悪魔の誘惑だ」「魂を冒涜している」「神の奇跡だ」「禁断の慰めだ」。

 各宗派の指導者たちが声明を出すが、完全に意見が割れ、信者たちを止めることはできなかった。

 

 ロンドン、エディンバラ、グラスゴー。

 イギリス国内のあらゆる駅、空港、主要道路が、一瞬にしてパンクした。

 

 電車の予約が埋まり、レンタカーが街から消え、周辺のホテルは数秒で満室になった。

 SNSには「ネス湖行き相乗り募集」の投稿が溢れ、「死者に会う特別ツアー」を名乗る悪質な詐欺が横行し、さらには「政府の封鎖線を突破する方法」を教え合う過激なグループまでが出現した。

 

 イギリス政府は、即座にネス湖周辺の物理的な封鎖をさらに強化した。

 だが、問題は物理的な壁で防げるようなものではなかった。

 

「一度だけでいい!」

「声だけでいい!」

「危険でもいい!」

「帰れなくてもいいから、会わせてくれ!!」

 

 人々が本気で、命を投げ捨てる覚悟で押し寄せてくる。

 軍隊や暴徒ならば、撃って止めることもできる。

 だが、亡き我が子の写真を握りしめて泣きながら歩いてくる母親を、亡き妻の面影を求めてフラフラと進んでくる老人を……軍隊が、撃てるはずがない。

 

 ダウニング街の地下。

 首相は、完全に血の気を失い、蒼白な顔でモニターの惨状を見つめていた。

 

「……どうすればいい」

 首相の唇が震える。「あれを知った人間を、どう止めればいいのだ」

 

「ネス湖周辺を完全封鎖します。軍を投入し、道路、鉄道、空路をすべて遮断します」

 内務大臣が、絶望的な状況下で実務的な対応を口にする。

 

「だが、軍人を近づけすぎれば、彼らも囚われるぞ」

 国防大臣が、すでに部隊が崩壊したトラウマから悲鳴を上げる。

 

「封鎖線を、遠くに置く必要があります」

 アリスターが、冷徹に境界線を引く。

「湖を直接見る距離に、人間を置いてはならない。……物理的な視界に入らない位置で、絶対に食い止めるのです」

 

 魔女が、その言葉を聞いて、静かに、しかし最も恐ろしい『次の可能性』を口にした。

 

「……映像でも影響があるか、まだ分かりませんよ」

 魔女の声が、会議室を凍らせる。

「今は、画面越しだから耐えられているだけかもしれない。

 ……いずれ、映像越しにも、“誰か”が見え始める可能性があります」

 

 首相が、息を呑んだ。

「そんなことが起きたら……」

 

「世界は終わります」

 魔女は、冷酷に断言した。

「各家庭のテレビやスマートフォンの画面に死者が現れ始めたら。……人類は、日常生活を完全に維持できなくなります」

 

 首相は、縋るように魔女を見た。

「魔女様……! 今からでも、ネス湖の現象を消せないのですか!」

 

「無理です」

 魔女は即答した。「少なくとも、正面からは」

 

「では、何が必要ですか」

 アリスターが、冷静に解決策を探る。

 

「境界を作ること」

 魔女は、目を細めた。

「湖に、“ここから先へ出てはならない”と理解させること。

 そして人間に、“ここへ入ってはならない”と理解させること。

 ……どちらも、極めて難しいですが」

 

 魔女は、モニターの中で渋滞を起こし始めているネス湖への道路の映像を見て。

 小さく、ため息をついた。

 

「……拡散されましたね」

 魔女は、静かに告げた。

 

「地獄の釜の蓋が、開きますよ」

 

 夜のイギリス。

 ネス湖へ向かう主要道路には、すでに車のヘッドライトが何キロにもわたって数珠繋ぎになっていた。

 

 まだ封鎖線のかなり手前である。

 だが、人々は来ている。

 

 車の中で、老女が亡き夫の古い写真をシワだらけの手で強く握りしめている。

 若い男が、スマートフォンに残った恋人の生前の動画を、涙を流しながら見つめている。

 母親が、後部座席で、亡くした子供の古びたぬいぐるみを抱きしめている。

 

 警察が急ごしらえで作った封鎖線。

 パトカーの赤いランプが回転し、警官が雨の中で拡声器を使って叫んでいる。

 

「戻ってください!」

「これより先、ネス湖周辺は完全に封鎖されています!」

「極めて危険です! 戻ってください!」

 

 だが、群衆の誰かが叫んだ。

 

「危険でもいい!!」

「会わせてくれ!! 一度だけでいいんだ!!」

「お願いだから、通してくれ!!」

 

 封鎖線の向こう側。

 遠く、闇に沈む黒い湖。

 

 霧が、ゆっくりと、ゆっくりと広がっている。

 

 その霧の向こうで。

 ふと、誰かの声がしたような気がした。

 

「……お母さん」

 

 封鎖線の最前列にいたある女性が、その声を聞いて、ハッとして顔を上げた。

 彼女は、警官の制止も聞かず、ふらりと、まるで夢遊病者のように、封鎖線の向こう側へと一歩、足を踏み出した。

 

 ネス湖は、人を襲わなかった。

 ただ、死者に会える場所になった。

 それだけで十分だった。

 

 軍隊の武力よりも強く、法律の強制力よりも甘く、宗教の教義よりも切実な力が、世界中の人間の胸を鷲掴みにした。

 

 会いたい。

 謝りたい。

 抱きしめたい。

 最後に言えなかった言葉を、どうしても伝えたい。

 

 その純粋すぎる願いを、一体誰が完全に否定し、止めることができるというのか。

 

 Cicada 3301は、湖の正体を世界に暴いて見せた。

 それは銃撃でもなく、爆破でもない。ただの『情報公開』だった。

 だが、その情報は、人類にとって致死量の毒だった。

 

 ネス湖へ向かう道路に、最初の車列ができ始めた夜。

 イギリス政府は、深く理解した。

 

 世界は、「死者に会える湖」を、もう知らなかった頃には戻れない。

 開いてしまった地獄の釜の蓋を閉めるための、絶望的な防衛戦が、今静かに始まろうとしていた。

 

 




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総合評価:5379/評価:7.12/連載:279話/更新日時:2026年05月21日(木) 22:12 小説情報

異界渡りを手に入れた無職がスローライフをするために金稼ぎする物語(作者:パラレル・ゲーマー)(オリジナル現代/冒険・バトル)

新田 創(にった はじめ)、35歳、無職。▼人間関係に疲れ果て、十数年勤めた会社を退職。都会の喧騒を離れ、実家でのんびりスローライフを送る…はずだった。▼無職初日の朝、創は異世界と現実を自由に行き来できる常識外れの能力【異界渡り】に突如として目覚める。▼恐怖と混乱も束の間、元プロジェクトマネージャーの社畜根性が、このとんでもない力を「金儲けの手段」として計算…


総合評価:2037/評価:6.9/連載:176話/更新日時:2026年02月15日(日) 19:52 小説情報


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