銀河皇帝のスペアに転生した元社畜、地球軌道上の要塞でネトゲ三昧の隠居生活を満喫する 〜足元では超大国が滅亡級の異星遺産を巡って暗躍中ですが、主人公(ぼく)の命は絶対安全なので特等席で傍観します〜   作:パラレル・ゲーマー

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第139話 ニューメキシコ、深夜の脱線事故

 アメリカ合衆国、ニューメキシコ州サンタ・ミラージュ。

 どこまでも続く赤茶けた砂漠と、背の低い乾燥した灌木、そして風に吹かれて転がるタンブルウィードだけが名物の、ひどく退屈で寂れた田舎町だった。

 かつては鉄道の要衝と鉱山開発でそれなりに栄えた歴史もあったらしいが、今では幹線道路からも外れ、町に活気をもたらすのは週に一度立ち寄る大型の長距離トラックと、砂埃にまみれて陰謀論を語るのが日課の老人たちくらいのものだ。

 

 町外れにある古びた「ルート・ダイナー」の店内では、油の染み付いた換気扇が鈍い音を立てて回り、天井近くに備え付けられた旧式のテレビが、連日連夜世界を騒がせている『ネス湖』のニュースを垂れ流していた。

 

『……英国政府は先ほど、ネス湖周辺を“恒久的な特別管理区域”に指定し、一般市民の立ち入りを無期限で禁止すると発表しました。一部の帰還者の証言がネット上で拡散していますが、政府は依然として――』

 

 カウンター席で、カリカリに焦げたベーコンエッグをつついていたよぼよぼの老人が、コーヒーカップをドンと乱暴に置いて吐き捨てた。

「最近は湖も森も空も、全部政府が封鎖するんだな。アーティファクトだか何だか知らんが、ワシらの自由を奪うための口実にすぎん」

 

「まったくだ」

 隣に座っていた、日に焼けたトラッカーキャップの男が同調する。

「次はうちの町の外れにある、あの古い線路でも封鎖されるんじゃないか?」

 

「あの線路は昔から怪しいんだよ」

 ボックス席に陣取っていた、無精髭の男――トビーの叔父が、身を乗り出して得意げに話し始めた。

「冷戦時代、夜中になんのマークもついてない真っ黒な軍の貨物列車が、あそこを猛スピードで走っていくのを俺は見たんだ。サンタ・ミラージュの地下には絶対に、政府の秘密巨大施設(DUMBs)が隠されてるんだよ。宇宙人の死体か、レプティリアンの培養ポッドでも運んでたに違いねえ」

 

 その大げさな身振りと陰謀論全開のセリフに、ダイナーの窓際の席に集まっていた若者たちのグループから、堪えきれないような失笑が漏れた。

 

「……また始まったよ、あのおっさん」

 高校二年生のジェイク・ミラーは、ストローでコーラをかき混ぜながら呆れたように呟いた。

 ジェイクはこの退屈な町を心底嫌っていた。父親は町のしがない自動車修理工で、母親は彼が幼い頃に家を出ていった。彼にとってこのサンタ・ミラージュは、自分の人生を少しずつ干からびさせていく巨大な砂箱でしかなかった。だからこそ、彼はいつも古いビデオカメラを持ち歩き、レンズの向こう側に「ここではないどこか」の非日常を探し求めていた。

 

「笑うなよ、ジェイク」

 向かいの席に座る小太りの少年、トビー・グリーンが、むっとした顔で抗議した。

「叔父さんの話は、半分くらいは本当かもしれないだろ? 現にデンバー空港の地下にはフリーメイソンの施設があるってネットの有志が証明してるし、今はアーティファクトで常識がひっくり返ってる時代なんだ。うちの町にメドベッドの隠し倉庫があってもおかしくない」

 

「その『半分本当かもしれない陰謀論』が、世の中で一番迷惑なのよ」

 隣に座るメキシコ系アメリカ人の少女、ミア・ロドリゲスが、呆れたようにポテトを口に放り込んだ。

「大体、こんな砂漠のど真ん中の何もない町に、政府が秘密施設を作るメリットがないでしょ。軍のトラック一つ通ったことないわよ」

 

「でも、絵としては最高にいい設定じゃないか?」

 ジェイクは、手元のノートに書き殴ったコンテを指差して、少しだけ目を輝かせた。

「『砂漠から来たもの』……いや、『レールの向こうの怪物(モンスター)』かな。僕たちが今週末に撮る自主制作映画の舞台として、あの使われてない古い線路を使うんだ。……月明かりと、錆びた線路と、夜の砂漠。安っぽいB級SFホラーだけど、雰囲気は確実に出る」

 

「使われてない線路、軍の秘密輸送、夜の砂漠に現れる謎のコンテナ……完璧だろ!」

 トビーが身を乗り出して賛同する。「俺が言った通りじゃないか!」

 

「お前の叔父さんの痛い妄想を、そのままパクっただけだけどな」

 音声担当の気弱な少年、サム・ウィルソンが、苦笑いしながら突っ込む。

 

「で、撮影許可は取ったの?」

 しっかり者のミアが、最も現実的な問題を指摘した。

「あそこ、一応は鉄道会社の私有地でしょ? 勝手に入って撮影してたら、保安官(シェリフ)のデイビスのおじさんに大目玉食らうわよ」

 

 ジェイク、トビー、サムの三人は、一瞬だけピタリと沈黙し、気まずそうに視線を逸らした。

 

「……聞いた私が馬鹿だったわ」

 ミアは、深い深いため息をついた。

 

「大丈夫だって! あんな廃線、何十年も誰も見回りにすら来てないんだから」

 ジェイクは誤魔化すように笑う。

「それに、リリーもあそこでの撮影にはノリノリだっただろ?」

 

「私がノリノリなのは、バズる動画が撮れそうだからよ」

 スマートフォンを高速でタップしていた、アジア系の顔立ちをした成績優秀な少女、リリー・チェンが、画面から目を離さずに言った。

「最近はCicada 3301のおかげで、ネット中が『政府の隠蔽』とか『未知のアーティファクト』の話題に飢えてる。私たちがそれっぽいフェイク・ドキュメンタリーを作ってSNSに流せば、絶対に何十万再生は硬いわ」

 

「よし、じゃあ決まりだ」

 ジェイクは、コーラのグラスを掲げた。

「今夜、親が寝静まったら機材を持って集合。……僕たちの手で、この退屈な町に最高の怪物を生み出してやろうぜ」

 

 深夜十一時。

 サンタ・ミラージュの町外れは、昼間の刺すような暑さが嘘のように、骨の髄まで冷えるような砂漠特有の冷気に包まれていた。

 

 町の明かりが届かない荒野の中に、錆びついて赤茶けた古い踏切の標識と、どこまでもまっすぐに伸びる廃線のレールが、月明かりに照らされて不気味に浮かび上がっている。

 

「……ううっ、寒い。やっぱり明日のお昼にしないか?」

 サムが、安物のガンマイクのブームポールを抱えながら、ガタガタと震えて泣き言を言った。

 

「馬鹿言うな、夜の砂漠だからこそ雰囲気が出るんだろうが」

 ジェイクは、三脚に固定したデジタルビデオカメラのファインダーを覗き込み、ピントを調整しながら答えた。

「よし、ミア、リリー。立ち位置はそこでいい。トビーはLEDライトをもう少し下から当ててくれ。不気味な影を作りたいんだ」

 

 乾いた風が吹き抜け、枯れ草がカサカサと音を立てて転がっていく。

 彼らが撮影しようとしていたのは、政府の陰謀を追う若者たちが、廃線で謎の貨物列車に遭遇するという、B級映画にありがちなチープなワンシーンだった。

 

「アクション!」

 ジェイクの小さな掛け声で、芝居が始まる。

 

「……この線路は、もう何十年も使われていないはずよ」

 リリーが、ヒロイン役として大げさに驚いたような顔を作ってセリフを言う。

 

「じゃあ……あの音は、一体何なの?」

 ミアが、暗闇の奥を指差して、怯えたような芝居を返す。

 

「カット! いいね、二人とも自然でいい感じだぞ!」

 ジェイクが満足げに声を上げる。

 

「ちょっと待って」

 その時、ヘッドホンで音声をモニターしていたサムが、顔をしかめてマイクの指向性を暗闇の奥に向けた。

「……何か、来てる」

 

「え? 誰か来たの? 保安官か!?」

 トビーが慌ててLEDライトを隠そうとする。

 

「違う。車のエンジン音じゃない。もっと、こう……重くて、低い音だ」

 サムは、ヘッドホンを耳に押し当てながら、完全に血の気を失った顔で言った。

「……地鳴りだ」

 

 直後。

 彼らの足元にある赤茶けた砂利と、何十年も使われていないはずの錆びたレールが、ガタガタと微かな振動を始めた。

 最初は微かだったその振動は、数秒後には腹の底に響くような重低音へと変わり、足の裏から全身を揺さぶるほどの激しい揺れへと変わっていった。

 

「……え、列車?」

 ジェイクが、三脚のカメラを押さえながら、信じられないというように暗闇の奥――線路の続く先を見つめた。

 

「嘘でしょ……この線路、完全に分断されてて使われてないって、町の地図にも書いてあったじゃない!」

 ミアが、パニックに陥った声を上げる。

 

 トビーは、三脚の横で腰を抜かしそうになりながらも、その丸い顔を興奮と恐怖で引き攣らせていた。

「言っただろ……! 叔父さんが言ってた通りだ! 夜中に軍の列車が走るって!!」

 

 ゴゴゴゴゴゴォォォォ……!!!

 凄まじい地鳴りとともに。

 暗闇の向こうから、それは姿を現した。

 

 巨大なディーゼル機関車だった。

 だが、それは彼らが知っているような「普通の貨物列車」では決してなかった。

 

 車体は、月明かりすらも反射しないような、ぬらりとした異常な漆黒(マットブラック)に塗られていた。

 前方を照らすヘッドライトすら最低限の光量に絞られ、運転席の窓は防弾ガラスどころか、分厚い装甲板で完全に塞がれている。

 牽引されている十両以上のコンテナ車両も同様だ。企業のロゴも、識別番号も一切ない。

 そして何より不気味だったのは、その『音』だ。これほどの巨大な鉄の塊が猛スピードで砂漠を疾走しているというのに、エンジン音や車輪がレールを軋ませる音が、不自然なほどに極限まで抑え込まれているのである。

 

「ジェイク! 逃げるわよ! 轢かれる!!」

 リリーが、ジェイクの腕を引っ張って叫んだ。

 

 だが、ジェイクは動かなかった。

 いや、動けなかったのだ。彼は、ファインダー越しに見えるその「異常な光景」に完全に魅入られ、無意識のうちに録画ボタンを押し、カメラをパンさせて漆黒の列車を追い続けていた。

 

「撮ってる場合じゃないでしょ!!」

 

「いや、これは……撮るだろ!」

 ジェイクの声は、恐怖よりも圧倒的な好奇心に支配されていた。

「こんなの、映画なんかじゃない……本物の異常(リアル)だ!」

 

 列車が彼らの目の前を通過していく。

 その時、コンテナの一部から、奇妙な『青白い光』が漏れ出ているのが見えた。

 同時に、サムの持っていたガンマイクが、突然「キィィィィン!!」という鼓膜を破壊するような激しいハウリングを起こし、サムが悲鳴を上げてヘッドホンを投げ捨てた。

 

「絶対に本物だ! 宇宙人か何かを運んでるんだよ!!」

 トビーが狂乱したように叫ぶ。

 

 次の瞬間だった。

 

 バチバチバチッ!!!

 先頭の機関車の車輪付近で、突如として尋常ではない量の青白い火花が散った。

 

「え……?」

 

 金属が引きちぎれるような絶叫にも似た軋み音。

 何十年も放置されていた古いレールが、漆黒の列車の異常な重量と、内側から放たれた謎のエネルギーの反発に耐えきれず、飴細工のようにグニャリと歪んだのだ。

 

 ドゴォォォォォンッ!!!

 

 腹の底から内臓を吐き出させられるような、凄まじい轟音。

 先頭車両がレールを外れ、砂漠の砂を何十メートルもの高さまで巻き上げながら、激しく横転した。

 後続のコンテナ車両も次々とバランスを崩し、連結器が引きちぎられ、折り重なるようにして脱線していく。

 

「伏せろぉっ!!!」

 ジェイクはカメラを抱えたまま、仲間たちと一緒に砂まみれの地面に身を投げ出した。

 

 頭上を、引きちぎられた金属片が砲弾のような速度で飛んでいく。

 爆発が起きた。だが、それはオレンジ色の炎ではなかった。

 コンテナの一つが破裂した瞬間、そこから膨れ上がったのは、太陽のように眩い【青白い光】だった。

 

 その光が周囲を照らした瞬間、空気が一瞬だけ絶対零度のように凍りつき、ジェイクたちの周囲の砂粒が、まるで無重力空間に放り出されたかのように、フワフワと宙に浮き上がった。

 ジェイクのカメラの液晶画面が、激しい砂嵐のようなノイズで埋め尽くされる。

 

「きゃあああああっ!!!」

 ミアとリリーが、耳を塞いで悲鳴を上げる。

 

 数十秒の、永遠にも感じられる破壊の時間が過ぎ去った後。

 砂煙がゆっくりと晴れていく中、横転し、扉がひしゃげて吹き飛んだ一つの巨大なコンテナの残骸から……ゴロン、と。

 

 一つの『円筒形の物体(ポッド)』が、乾いた砂漠の地面に転がり出た。

 

 ジェイクは、むせ返るような砂埃の中で顔を上げ、震える手でカメラのレンズをそのポッドに向けた。

 ノイズまみれのファインダーが、オートフォーカスでその異様な物体を捉える。

 

 それは、透明な強化ガラス、あるいは未知の鉱石のような外殻で覆われた、全長三メートルほどの巨大なカプセルだった。

 ポッドの内部には、緑がかった粘度の高い液体が満たされ、無数の細いチューブや、金属とも骨ともつかない不気味なフレームが張り巡らされている。

 

 そして。

 その緑色の液体の中に。……【何か】が、浮かんでいた。

 

「……嘘だろ」

 ジェイクの喉から、掠れた声が漏れる。

 

 人間に似た形をしていた。

 二本の腕、二本の脚。

 だが、その体躯は異常なほど細長く、頭部は人間のそれとは全く異なる骨格のシルエットを描いている。閉じた瞼の奥には巨大な眼球の存在がうかがえ、首筋から頬にかけては、鈍く光る爬虫類の鱗のような皮膚がビッシリと覆っていた。

 

 リリーが、震える声で小さく呟く。

「……人?」

 

「違う!」

 トビーが、歯の根を合わさずに後ずさりした。

「人じゃない……! レプティリアンだ! 宇宙人だ!!」

 

「これ、お前らの映画の小道具じゃないよな……?」

 サムが、現実逃避するように半泣きでジェイクを見る。

 

 ジェイクは答えられない。ファインダーから目が離せなかった。

 ポッドのガラスにヒビが入り、中の緑色の液体がシューッと音を立てて砂漠に漏れ出している。

 

 その時。

 ポッドの中に浮かんでいたその存在の、閉じていた瞼が。

 ピクッ、と痙攣するように動き。

 

 ……ゆっくりと、開いた。

 

 爬虫類特有の、縦長の瞳孔。

 そして、暗闇の中でも強烈な知性を放つ、黄金色(ゴールド)の瞳。

 

 その黄金の眼球が、ガラス越しに、カメラを構えているジェイクのレンズと、真っ直ぐに視線を交差させた。

 

 一秒にも満たない、ほんの一瞬の出来事だった。

 

 ビィィィィィィン!!!!!

 脱線した列車の残骸から、鼓膜を劈くような強烈な警報音が鳴り響いた。

 無事だった後方の車両の扉が次々と開き、中から、頭から爪先まで真っ黒な特殊防護服に身を包んだ、完全武装の兵士(あるいは警備員)たちが、アサルトライフルを構えてアリの群れのように飛び出してきた。

 

『――そこを動くな!!』

 拡声器を通した、電子的な怒号が砂漠に響き渡る。

『その場を離れろ! 撮影を直ちにやめ、カメラを捨てろ! 抵抗する者は射殺する!!』

 

 その「射殺する」という言葉の絶対的な殺意に、若者たちのパニックは頂点に達した。

 

「逃げるわよ!!」

 ミアが、地面の砂を蹴り上げて立ち上がった。

 

 ジェイクは、黄金の瞳に魅入られたまま、カメラを握りしめて硬直していた。

 

「ジェイク! 早く!! 殺される!!」

 リリーが、ジェイクの腕を力一杯引っ張り上げた。

 

「あ、ああ……!!」

 我に返ったジェイクは、三脚ごとカメラを担ぎ上げ、仲間たちと一緒に、暗闇の砂漠に向かって全力疾走を始めた。

 彼らが停めていたピックアップトラックは、線路から少し離れた岩陰に隠してある。

 

 背後からは、兵士たちの怒号と、サーチライトの強烈な光の筋が交差している。

 そして、それに混じって。……パァンッ! という、ポッドの強化ガラスが完全に砕け散る音と、ドチャッ、という重い生肉が地面に落ちるような音が聞こえた。

 

 トビーが、走りながら恐怖に駆られて一度だけ後ろを振り返った。

 

 横転した列車の炎と、サーチライトの光が交錯する中。

 破壊されたポッドの傍らに、緑色の液体を滴らせた、異常に細長い人型のシルエットが、フラフラと立ち上がっているのが見えた。

 

「……一体、出たぞ!!」

 トビーが、半狂乱で叫ぶ。

 

「見るな!! 走れ!!!」

 サムが泣き叫びながら、トビーの背中を押した。

 

 五人の若者たちは、心臓が破裂しそうになるほどの恐怖に急き立てられながら、岩陰のトラックへと飛び乗り、エンジンを唸らせて、砂煙を上げながらサンタ・ミラージュの町へと向かって猛スピードで逃走した。

 

 町へ向かって荒野の一本道を爆走している途中、対向車線から赤と青のパトランプを激しく回転させたパトカーが、猛スピードですれ違っていった。

 地元の保安官、デイビスの車だ。

 

「保安官だ……! 止まって助けを求めるか!?」

 助手席のサムが叫ぶ。

 

「駄目よ! さっきの黒服の連中を見たでしょ! カメラを持ってるのがバレたら、私たち絶対に消されるわよ!」

 後部座席でミアが震えながら反対する。ジェイクも無言でアクセルを踏み込み、パトカーをやり過ごした。

 

 一方、現場に急行したデイビス保安官は、横転した漆黒の列車と、周囲を完全包囲している黒い防護服の部隊を見て、拳銃に手をかけながらパトカーを降りた。

 

「何が起きた! 私はこのサンタ・ミラージュの保安官だ! けが人はいるか!?」

 デイビスが怒鳴る。

 

 黒服の部隊の中から、責任者とおぼしき男が歩み出てきた。彼の胸には、いかなる所属を示すエンブレムもない。

 

「危険な化学物質の輸送中の事故です」

 責任者は、デイビスの顔すら見ずに、冷酷に告げた。

「本件は、現在この瞬間をもって、連邦政府の完全管理下に移行しました」

 

「連邦だと?」

 デイビスは顔をしかめた。「事故の通報が入ってから、まだ十五分も経ってないぞ。早すぎるだろ。お前ら、最初からこの列車に乗ってたのか?」

 

「保安官。直ちに町へ戻り、住民に屋内退避の指示を出してください。いかなる理由があろうとも、外へ出てはならないと」

 黒服の男は、デイビスの質問を完全に無視し、胸元のアサルトライフルを威嚇するようにポンと叩いた。

「……これは、大統領権限に基づく『命令』です」

 

 デイビスは怒りに顔を赤くしたが、相手の圧倒的な武装と、すでに現場に到着し始めている黒塗りの軍用ヘリの姿を見て、それ以上の追及を諦め、ギリッと奥歯を噛み締めてパトカーへと戻っていった。

 

 これは、ただの事故ではない。

 政府が、絶対に知られてはならない『何か』を運んでいて、それをぶち撒けたのだ。

 

 そして、その「政府が絶対に知られたくないもの」の決定的な証拠映像が、今まさに、サンタ・ミラージュの町へと逃げ込んだ五人の高校生たちのカメラの中に、しっかりと収められていることを、黒服の部隊はまだ完全に把握してはいなかった。

 

 深夜一時。

 トビーの家のガレージに逃げ込んだジェイクたちは、シャッターを固く閉ざし、息を潜めて車座になっていた。

 

 ガレージの作業台の上に置かれた、ジェイクのビデオカメラ。

 その小さな液晶モニターに映し出される映像を、五人は食い入るように、そして震えながら見つめていた。

 

 手ブレと激しいノイズまみれの映像。

 だが、ポッドが転がり出た数秒間のシーンで、ジェイクが一時停止ボタンを押した瞬間。

 全員の息が、完全に止まった。

 

 映っている。

 

 青白い光に照らされた、透明なポッド。

 中に浮かぶ、鱗に覆われた爬虫類型の人型存在。

 そして……レンズを真っ直ぐに見据える、あの黄金色の縦長の瞳。

 

「……これ、フェイクじゃないよね」

 リリーが、自分の腕を抱きしめながら、かすれた声で呟いた。

 

「本物だ。俺が言った通りだろ……! 政府は昔から、宇宙人と結託して地下で人体実験をしてたんだ!」

 トビーが、恐怖と、自分の陰謀論が証明されたという狂気的な興奮を入り交じらせて叫ぶ。

 

「静かにしろトビー! 殺されたいのか!」

 サムが、泣きそうになりながらトビーの口を塞ぐ。「なあジェイク、これ、どうするんだよ。警察に……いや、保安官に見せるか?」

 

「駄目よ」

 ミアが冷静に否定する。

「保安官のおじさんにこれを見せても、彼じゃ政府の黒服たちには勝てないわ。最悪、保安官ごと私たちが消される理由になるだけよ」

 

「……これ、消した方がいい」

 リリーが、真っ青な顔で言った。

「こんな映像持ってたら、絶対に私たち、命がないわ。アーティファクトの時代になってから、政府は情報を隠すためならなんだってやるって、ネットでも言われてるじゃない」

 

「馬鹿言うな! 消してたまりますか!」

 トビーがカメラに覆い被さるようにして叫んだ。

「これは、世界をひっくり返す映像だぞ! 俺たちがこれをネットにアップすれば、世界中の人間が真実を知ることになるんだ! あのCicada 3301だって、こうやって真実を暴露してヒーローになったじゃないか!」

 

「私たちは子供よ! Cicadaみたいな天才ハッカーじゃないの!」

 ミアがトビーを怒鳴りつける。「世界の真実を背負う義務なんて、私たちにはないわ! 私は、自分の家族を危険に晒したくない!」

 

「俺だって嫌だ! 早く消してくれよジェイク!」

 サムが懇願する。

 

 意見が完全に割れる中。

 カメラの持ち主であるジェイクは、一人だけ沈黙したまま、液晶画面に映る『黄金の瞳』を、食い入るように見つめ続けていた。

 

 彼は映画監督を志していた。映画は、真実を切り取って編集し、観客の心を動かすためのものだ。

 だが、今ここにある映像は、映画ではない。紛れもない、狂った世界の『現実(リアル)』そのものだ。

 

「……ジェイク?」

 ミアが、彼の異変に気づいて声をかける。

 

「……あれ、怖がってた」

 

 ジェイクが、ポツリと呟いた。

 

「は?」

 トビーが眉をひそめる。「何がだよ」

 

「あの目だよ」

 ジェイクは、モニターの黄金の瞳を指差した。

「お前らには、あれが人間を食い殺す『怪物』の目に見えるか? ……僕には、そうは見えなかった。

 あいつは……目覚める場所を間違えて、冷たい砂漠に放り出された、『迷子』みたいに怯えていたよ」

 

 そのジェイクの一言に、全員が言葉を失った。

 未知の爬虫類人。それはSF映画の定番の敵(エイリアン)だ。だが、ジェイクのレンズ越しの観察眼は、そこに「敵意」ではなく「恐怖」を読み取っていたのだ。

 

「……ねえ。待って」

 その時、リリーが自分のスマートフォンを見つめたまま、全身の血の気を失ってガタガタと震え始めた。

 

「どうしたのリリー?」

 ミアが近づく。

 

「これ……ジェイクのカメラ、Wi-Fiで私の編集用クラウド・アカウントに、自動同期(オートバックアップ)される設定になってたよね……?」

 リリーの言葉に、ジェイクがハッとして頷く。

 

「……アップロード、完了しちゃってる。非公開設定のフォルダにだけど」

 リリーは、画面を見せながら、悲鳴のような声を出した。

 

「じゃあ、急いでクラウドから削除すれば……」

 サムが言うが、リリーは首を横に振った。

 

「違うの……! 私のアカウント、今、外部から不正アクセスされてる! パスワードを変えても弾かれる! 誰かが、私のクラウドの中に入り込んで……この映像を、コピーしてる!!」

 

「なんだって!?」

 トビーが叫ぶ。政府の監視AIか!? それともNSAか!?

 

 その瞬間。

 リリーのスマートフォンの画面が、一瞬だけブラックアウトし。

 

 黒い背景に、白いテキストで、短いメッセージがポップアップした。

 

『Nice shot.(いい画だね)』

 

「……誰?」

 トビーが、恐怖に顔を引き攣らせて呟いた。

 

 その数十秒後。

 世界中の動画サイトと、裏掲示板のタイムラインに。

 匿名のアカウントから、たった数秒間の『列車事故とポッドの映像』が、ゲリラ的にアップロードされた。

 

 投稿の本文には、ただ一言、こう添えられていた。

 

『ニューメキシコの夜に、良いものが撮れたようだ。』

 

 それが、Cicada 3301の本体による投稿だったのか、彼らを模倣した信奉者たちによるネットワークの仕業だったのかは分からない。

 だが、アップロードされたその瞬間に、その動画は世界中の何百万という人々の目に触れ、凄まじい速度でコピーと拡散を開始したのである。

 

 [X(旧Twitter) / グローバル・タイムライン]

 

「おい! なにこれ!?」

「貨物列車事故? いや、中に透明なポッドが映ってないか!?」

「うわ、レプティリアンじゃん! 完全にエイリアンだ!」

「フェイクだろ。こんなチープなCG、映画のプロモに決まってる」

「いや、フェイクじゃない! Cicada系の裏アカウントが一斉にこの動画を拾って拡散し始めてるぞ!」

「ニューメキシコ、深夜の軍用列車、謎の培養ポッド、爬虫類人型……。アメリカの陰謀論ビンゴ、全部乗せじゃねえか!!」

「スーパーエイトかよ! ネス湖のパニックが終わってないのに、次はレプティリアン? 情報量が多すぎて世界がパンクするぞ!」

 

 陰謀論界隈は、この動画によって完全なる狂乱状態に陥った。

「我々は正しかった! 政府はずっと宇宙人の存在を隠蔽していたんだ!」

「メドベッドのポッドだ! ついにディープステートの秘密が暴かれたぞ!」

 

 一方で、専門家風のアカウントは慎重な姿勢を崩さなかった。

「映像の解像度が低く、フェイクかどうかの判断は不能。ただし、ポッドの形状は既知のいかなる医療機器・軍事装備とも一致しない。……そして何より、あの青白い発光パターンは、既存の科学技術というより、アーティファクトの反応に酷似している」

 

 動画は、アメリカ政府の要請によって即座に各プラットフォームから削除されていった。

 だが、一度インターネットの海に放たれたデータを完全に消去することは、海に落とした一滴のインクを拾い上げるよりも困難なことであった。

 

 ワシントンD.C.、ホワイトハウス地下の特別危機管理室。

 

 ネス湖の対応と、それに伴う国内のパニック処理で、すでに限界まで疲弊しきっていたヘイズ大統領は、執務机に突っ伏すようにして頭を抱えていた。

 そこへ、セレスティアル・ウォッチのアルファと、ケンドール博士が、凍りついたような顔で入室してきた。

 

「……ニューメキシコの列車事故ね」

 ヘイズは、顔を上げずに低い声で言った。「普通の化学物質の事故ではないのね」

 

「はい、大統領」

 アルファが、無機質に答える。

 

「普通の事故なら、あなたたちがわざわざ私の前に来るはずがないものね」

 ヘイズは、重い瞼を持ち上げ、ケンドールが展開したタブレットの映像を見た。

 

 ネットに流出した、あの数秒間の動画。

 透明なポッド。青白い光。そして、中に浮かぶ爬虫類型のヒューマノイド。

 

「……お願いだから、これは出来の悪いフェイク動画だと言ってちょうだい」

 ヘイズは、祈るような声で言った。

 

「残念ながら、現地部隊から送られてきた回収物のデータと、完全に一致します」

 ケンドール博士が、無慈悲に事実を突きつける。「本物です」

 

「……何を運んでいたの?」

 ヘイズが、鋭い視線をアルファに向ける。

 

「冷戦期に、アメリカ南西部の地下深くから回収され、極秘の軍事施設で長期封印されていた……『休眠ポッド群』の一部です」

 アルファが、歴史の闇に葬られていた事実を口にする。

 

「大統領就任時の最高機密リストにも、完全な形では含まれていませんでしたよね、これ」

 ヘイズが、怒りを込めて机を叩く。「私の政府は、私にすらまた何かを隠していたの?」

 

「古すぎる封印案件だったのです」

 ケンドールが弁明する。「アーティファクトという概念すら存在しなかった時代に発見され、解析不能としてコンクリート詰めにされていた。……今回、設備の老朽化に伴い、より安全な近代施設へ移送する途中での事故でした」

 

「陰謀論者がよく叫んでいた『レプティリアン』とか『地下施設』の噂の……元ネタになった存在かもしれませんね」

 アルファが補足する。

 

「最悪だわ」

 ヘイズは、再び頭を抱えた。「で、被害状況は?」

 

「輸送中のポッドは全部で十二基。事故現場で、無傷の十一基を回収しました」

 アルファの報告に、ヘイズの動きが止まる。

 

「……十二基中、十一基?」

 ヘイズが、嫌な予感に顔を引き攣らせる。「残りの一基は?」

 

「事故の衝撃で破損し、開封されていました」

 アルファは、極めて冷静に絶望的な状況を告げた。

「内部の個体が、行方不明です。

 周辺に人型(二足歩行)の足跡が残されていましたが、血痕や、警備部隊を襲撃した痕跡はありません。……足跡は、近くの町(サンタ・ミラージュ)の方向へと続いています」

 

「……町の中に、そのエイリアンがいるっていうの?」

 ヘイズが声を荒げる。「封鎖は!?」

 

「『化学物質の流出事故』という名目で、すでに町の周囲の封鎖を開始しています。住民には屋内退避命令を出しました」

 アルファが答える。「ただし、あの動画が拡散したため、すでに全米の陰謀論者とメディアが、ハイエナのように町へ向かって集まり始めています。完全な封鎖は時間との戦いになります」

 

「Cicadaの動きは?」

 

「現時点では、『良い画だ』という短文の反応のみです。動画の拡散をアシストしたのも彼らかどうかは不明です」

 アルファが分析する。「ですが、もし彼らが本格的にこの事案を『実況』し始めれば、情報統制は完全に不可能になります」

 

「いつも通り、もうすでに手遅れに聞こえるわね」

 ヘイズ大統領は、深い絶望とともに、コーヒーを呷った。

 

 ニューメキシコ州、サンタ・ミラージュ。

 

 深夜二時。

 ジェイク・ミラーは、仲間たちと解散し、自宅の古い一軒家へと帰ってきていた。

 

 リビングでは、酒浸りの父親が、ソファーでいびきをかいて眠っている。つけっぱなしのテレビからは、緊急放送が流れていた。

 

『……ニューメキシコ州サンタ・ミラージュ近郊の線路で、有害な化学物質を積んだ貨物列車が脱線事故を起こしました。州知事は緊急事態を宣言し、周辺住民に対し、窓を閉め切り、絶対に屋外へ出ないよう屋内退避命令を発令しています……』

 

 ジェイクは、テレビの電源を消し、自室へ戻ろうとした。

 その時。

 

 ガタッ。

 家の裏手にある、父親の工具が散乱しているガレージの奥から、何かが崩れ落ちるような鈍い物音が聞こえた。

 

 ジェイクの背筋に、冷たい汗が伝う。

 野良犬か? コヨーテか?

 いや……違う。あの音は。

 

 ジェイクは、キッチンの引き出しから大型の懐中電灯を取り出し、息を殺して勝手口からガレージへと向かった。

 ドアをそっと開け、懐中電灯のスイッチを入れる。

 

 円形の光の輪が、油臭いコンクリートの床を照らし出す。

 そこには、点々と続く『濡れた足跡』があった。

 そして、その足跡の横には、あのポッドの中に満たされていたのと同じ、緑がかった粘着性のある液体が付着していた。

 

 ジェイクは、震える手で懐中電灯を奥へと向けた。

 

 ガレージの最奥。積まれた廃タイヤと工具箱の間に。

 【それ】は、壁に寄りかかるようにして、うずくまっていた。

 

 光を当てられ、それがゆっくりと顔を上げる。

 

 鱗に覆われた細長い顔。

 そして、レンズ越しに見たのと同じ……暗闇の中で光る、金色の縦長の瞳。

 

「っ……!!」

 ジェイクは悲鳴を上げそうになり、必死に自分の口を両手で塞いだ。

 

 逃げたポッドの中の存在だ。

 ジェイクは、後退してすぐに保安官を呼ぶべきだと、頭では分かっていた。

 だが、彼の足は動かなかった。

 

 その存在は、ジェイクを襲撃してこなかった。

 それどころか、肩を小刻みに震わせ、砂漠の夜の冷気か、あるいは全く環境の違う大気に対する拒絶反応か、ひどく苦しそうに荒い息を吐いていたのだ。

 

「……お前、あの列車から……出たのか?」

 ジェイクは、自分でも信じられないほど静かな声で、問いかけた。

 

 相手は、人間の言葉を理解していないようだった。

 だが、ジェイクの『声のトーン』には反応した。

 

 それは、怯えた野生動物のように、壁に背中を押し付けながら、ゆっくりと一本の手を前に差し出した。

 鋭い爪が生えている。

 だが、その仕草は攻撃や威嚇ではない。……「近寄らないでくれ」という、明確な『制止』と『恐怖』のサインだった。

 

 ジェイクは、ファインダー越しに感じた直感が正しかったことを確信した。

 

 こいつは、怪物なんかじゃない。

 ただ、見知らぬ世界に突然放り出されて、恐怖に震えている『迷子』なのだ。

 

 ジェイクは、懐中電灯の光を少し下に逸らし、相手を刺激しないようにゆっくりと動いた。

 そして、ガレージの冷蔵庫から、未開封のミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、キャップを開けて、床の上にそっと滑らせた。

 

 ペットボトルが、その存在の足元でコトリと止まる。

 

 金色の瞳が、水と、ジェイクの顔を交互に見る。

 そして、警戒しながらも、ゆっくりと爪の生えた手を伸ばし、ジェイクがやったのと同じように、ぎこちない動作でペットボトルを掴み取った。

 

 ジェイク・ミラーは、その夜まで、自分の生まれ育った町を、世界で一番退屈で死に絶えた場所だと思っていた。

 砂漠と、古い線路と、陰謀論を語る大人たちしかいない、逃げ出すことしか考えられない小さな箱庭。

 

 だが、その夜。

 使われていないはずの線路を、存在しないはずの貨物列車が走り、世界に存在してはいけないポッドをこぼれ落とした。

 そして今、そのポッドの中にいた未知の存在が、彼の家の油臭いガレージで、怯えながらジェイクの差し出した水を飲んでいる。

 

 それは、逃げ出した生物兵器でも、地球を支配する爬虫類人類でもない。

 ただ、目覚める場所と時間を間違えた迷子のように、冷たいコンクリートの床の上で、初めて見る世界に震えていた。

 

 その瞬間。

 ニューメキシコの小さな町で起きた名もなき脱線事故は、ただの事故ではなくなった。

 それは、人類が、自分たち以外の“もう一つの知性”と初めて個人的に向き合う事件、歴史的な事件へと、静かに、そして決定的に姿を変え始めていたのである。

 

 




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