銀河皇帝のスペアに転生した元社畜、地球軌道上の要塞でネトゲ三昧の隠居生活を満喫する 〜足元では超大国が滅亡級の異星遺産を巡って暗躍中ですが、主人公(ぼく)の命は絶対安全なので特等席で傍観します〜   作:パラレル・ゲーマー

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第140話 ガレージのレプティリアン

 一夜明けたサンタ・ミラージュの町は、まるで悪い夢から覚めないまま、全く別の現実へと作り変えられてしまったかのような異様な空気に包まれていた。

 

 ジェイク・ミラーの家のリビングでは、普段は昼過ぎまで二日酔いで寝ている父親が、珍しく朝からコーヒーを啜りながら、テレビのニュース画面を渋い顔で睨みつけていた。

 

『……繰り返します。当局は、ニューメキシコ州サンタ・ミラージュ近郊で発生した貨物列車事故について、高濃度の危険な化学物質の流出事故であると説明し、州兵と連邦機関による完全な封鎖線を敷いています。

 しかし、ネット上では事故現場で撮影されたとされる不鮮明な動画が急速に拡散されており、一部の市民団体や陰謀論者たちが「政府は未知の生物、あるいはアーティファクトを輸送していたのではないか」と主張し、町外れの封鎖線に詰めかける騒ぎとなっています――』

 

「まったく、こんな干からびた町にまで『世界の終わり』が来るとはな」

 父親は、苛立たしげにチャンネルを変えた。「化学物質だか何だか知らんが、おかげで今日の修理工場の仕事はキャンセルだ。黒い防護服を着た連中が、そこら中をウロウロしてやがる。ジェイク、お前も絶対に外に出るなよ」

 

「……うん。分かってるよ、父さん」

 キッチンでシリアルに牛乳をかけていたジェイクは、なるべく自然な声を取り繕いながら頷いた。

 だが、彼の背中には、滝のような冷や汗が流れていた。

 

(外に出るも何も……一番ヤバいものが、うちのガレージにいるんだよ……!)

 

 昨夜の光景が、脳裏に焼き付いて離れない。

 脱線した貨物列車。青白い光。粉砕されたポッド。

 そして、暗闇のガレージで、怯えながらジェイクの差し出した水を両手で受け取った、あの【爬虫類型のヒューマノイド】。

 

 ジェイクは、父親が再びテレビのニュースショーに悪態をつき始めたのを見計らって、シリアルのボウルと、戸棚から適当に見繕った缶詰、パン、未開封のビーフジャーキー、そしてピーナッツバターの瓶を紙袋に詰め込み、そっと勝手口からガレージへと向かった。

 

 ガレージの中は、油と埃の匂いが立ち込めていた。

 シャッターの隙間から差し込む細い朝陽が、工具箱や廃タイヤの山を照らしている。

 

 ジェイクがゆっくりと近づくと、一番奥の薄暗いスペースで、古いブルーシートに身を包んだ『それ』が、静かに顔を上げた。

 

「……おはよう」

 ジェイクは、相手を刺激しないように小声で話しかけた。

 

 逃走個体は、昨夜よりは少しだけ落ち着いているように見えたが、依然として全身の筋肉を硬く強張り、警戒を解いてはいなかった。

 金色の縦長の瞳孔が、ジェイクの顔と、彼が持っている紙袋を交互に見つめる。

 

「お腹、空いてないか? 何を食べるのか分からなかったから、適当に持ってきたんだけど」

 ジェイクは、パンとビーフジャーキーを床に置いた。

 

 逃走個体は、首を長く伸ばし、鼻先をヒクヒクと動かして匂いを嗅いだ。

 だが、人間の食物の強烈な加工臭に拒絶反応を示したのか、すぐに顔を背け、小さく喉を鳴らした。

 

「……ごめん。やっぱダメか」

 ジェイクは頭を掻いた。エイリアンがパンを食べるわけないか、と自分の浅はかさを反省する。

 相手は、人間の言葉を理解していないようだった。少なくとも、昨夜から一度も発声らしい発声をしていない。

 

 ジェイクは、昨夜ガレージに置いておいた『道具』を確認した。

 古い分厚い英語辞書、子供向けの図解百科事典、そして予備の古いスマートフォン。

 驚いたことに、百科事典のページは開かれた形跡があり、スマートフォンの画面は翻訳アプリやブラウザが立ち上がったままになっていた。

 

「これ、水」

 ジェイクは、ペットボトルを指差して、独り言のようにゆっくりと口を動かした。

「Water」

 そして、自分自身を指差す。

「僕はジェイク。Jake」

 

 逃走個体は声を出さなかった。

 ただ、瞬きもせずに、ジェイクの口の動きと、床に置かれた辞書の文字、スマートフォンの画面を、異常なほどの集中力で結びつけるように見つめていた。

 その視線は、野生動物のそれではなく、高度な情報処理を行うコンピューターのようだった。

 

 ジェイクは、このまま自分一人で抱え込むのは限界だと悟った。

 スマートフォンを取り出し、昨夜の映画撮影メンバーのグループチャットを開く。

 

 ジェイク:『頼む。今すぐうちのガレージに来てくれ』

 

 即座に返信が相次ぐ。

 

 ミア:『は!? 町が封鎖されてるのに!?』

 ジェイク:『大事なことがあるんだ。どうしても』

 トビー:『まさか昨日の動画の件か!? 政府の黒服が家に来たのか!?』

 ジェイク:『違う。とにかく来てくれ』

 リリー:『……まさか』

 サム:『嫌な予感しかしないんだけど。俺たち、大人しく家にいた方がよくないか?』

 

 だが、結局彼らは集まった。

 町のメインストリートは州警察と連邦機関の黒い車両で溢れかえっていたが、彼らは子供の頃から遊び場にしていた裏道や、近所の家の裏庭のフェンスを乗り越えるルートを熟知していた。

 

 三十分後。

 ガレージの裏口のドアがそっと開き、息を切らせた四人が雪崩れ込んできた。

 

「ちょっと! どういうつもりよジェイク!」

 入ってくるなり、ミアが声をひそめながらも激しい怒りをぶつけてきた。

「町は完全に封鎖されたのよ! 大人たちは化学物質だって聞いてパニックになってるし、うちのママなんかメキシコにいる親戚にまで泣きながら電話してるのよ! そんな中で“来てくれ”って、何なの!?」

 

「まあまあ、落ち着けよミア。俺はジェイクが何か途轍もない証拠(スクープ)を見つけたんだと思うぜ」

 トビーが、額の汗を拭いながらニヤニヤと笑う。

 

「怒らないで聞いてくれ」

 ジェイクは、ひどく気まずそうな顔で両手を上げた。

 

「もうすでに最高に怒ってるわよ!」

 ミアがジロリと睨む。

 

「……見せたいものがあるんだ。驚かないでくれよ」

 ジェイクはそう言うと、奥のスペースを隠していた廃材の山を、ゆっくりと退けた。

 

 その向こう側。

 古いブルーシートをマントのように被り、薄暗がりの中で黄金色の瞳を光らせている【それ】を見て。

 

 四人の高校生たちは、完全に石像のように固まった。

 

「……………………」

 

 十秒間の、完璧な沈黙。

 

「あ、ア、ア……」

 最初に反応したのはトビーだった。彼は白目を剥き、膝から崩れ落ちそうになった。

「本物……本物が……俺の、目の前に……!」

 

「閉めろ!! 閉めろジェイク!!」

 サムが、パニックに陥ってドアノブに手をかけようとした。「何でこんなのが家にいるんだよ!! 殺される!! 食われる!!」

 

「あなた正気!?」

 ミアは、顔面を蒼白にしながら、震える指でジェイクの胸ぐらを掴んだ。

「世界中が血眼になって探してる存在を、自分の家のガレージに隠してるの!?」

 

「だって、怪我してるみたいだったし、怯えてたんだ!」

 ジェイクが必死に弁明する。

 

 リリーは無言のまま、震える手でスマートフォンを取り出し、カメラアプリを起動させようとした。

 

「撮るな!」

 ジェイクは、リリーの手をバシッと強く叩いて止めた。

 

「痛っ……何するのよ!」

「もう十分、撮っただろ。……これ以上、あいつをカメラ越しに見るな」

 

 昨夜、好奇心に負けてファインダー越しに世界を変える映像を撮ってしまったジェイクだからこその、重い制止だった。

 リリーはハッとしてスマホを下ろした。

 

 逃走個体は、突然現れた複数の人間たちの騒ぎに明確な恐怖を感じたのか、壁際の暗がりへとさらに身を縮め、シーッと威嚇するような、怯えるような息を吐いた。

 

 ミアは、その様子を見て、少しだけ冷静さを取り戻した。

「……怯えてるわ」

 

「だから言っただろ。怪物じゃないんだ」

 ジェイクが庇うように前に立つ。

 

 だが、ガレージの中はすぐに激しい口論の場と化した。

 

「政府に通報しよう!」

 サムが泣きそうな声で提案する。

「こいつが何者か分からないんだぞ! もし未知の感染症とか、放射線とか、エイリアンの毒とか持ってたらどうするんだよ! 俺たち、隔離されて一生モルモットにされるぞ!」

 

「通報なんかしたら、政府がこいつをエリア51に連れてって解剖するに決まってるだろ!」

 トビーが息を吹き返して猛反対する。

「あるいは、真実を知った俺たちごと、砂漠に埋められて消される! 『メン・イン・ブラック』の基本だろ!」

 

「どっちも映画の見過ぎで極端なのよ!」

 ミアが頭を抱える。

「でも、少なくともこのままジェイクの家に隠し続けるのは物理的に無理よ。町は完全に包囲されてる。さっきも黒塗りのSUVが巡回してたわ。あいつらが化学物質の検査って名目で、家を一軒ずつ調べ始めたら一巻の終わりよ!」

 

「ネットではもう大騒ぎになってるわ」

 リリーが、スマホの画面を見せる。

「サンタ・ミラージュに向かってる配信者、陰謀論者、ジャーナリストが山ほどいる。政府も絶対にこの町の中で血眼になって探してるわ。……もし、あの動画の撮影位置のGPSデータとか風景を解析されたら、私たちが昨夜現場にいたこともバレるわよ」

 

「でも、引き渡したらあいつはどうなる?」

 ジェイクが食い下がる。「あいつは、あのポッドから逃げてきたんだぞ。助けを求めてるかもしれない」

 

「それも分からないじゃない」

 ミアが厳しい現実を突きつける。

「逃げたのか、事故の衝撃でたまたま逃げ出したのか、それとも……政府が『わざと逃がした』のか」

 

 その言葉に、全員がゾッとして黙り込んだ。

 アーティファクトが絡む事件において、政府や大国の思惑はあまりにも巨大で黒すぎる。高校生の手の負えるレベルではない。

 

 激しい言い争いが続く中。

 

 背後の、廃タイヤの暗がりから。

 低く、ひどく掠れた、金属を擦り合わせるような……だが、明確な【人間の言葉(英語)】が、紡ぎ出された。

 

「……落ち着け」

 

 ピタリと。

 ガレージ内の五人の高校生たちの動きが、完全に凍りついた。

 

 全員が、ギギギ……と錆びた機械のように首を回し、振り返る。

 

 ブルーシートを被った逃走個体が、黄金色の瞳を細めながら、ぎこちない口調で、しかしはっきりと言った。

 

「大声。……危険。外の者に、聞こえる」

 

 沈黙。

 誰も、息をすることすら忘れていた。

 

「……喋った」

 サムが、腰を抜かして床にへたり込んだ。

 

「え、英語を……喋った……! 宇宙人が、英語を……!」

 トビーが、自分の髪の毛をむしりそうになる。

 

 ミアは、信じられないものを見る目でジェイクを睨みつけた。

「……あなた、夜の間にこいつに何をしたの?」

 

「いや、違うんだ!」

 ジェイクもパニックになって両手を振る。

「僕はただ、そこに古い辞書と、ネットが繋がるスマホを見せて置いといただけだ! あと、英語の子供向けの教育動画と、翻訳アプリを……」

 

「それを先に言いなさいよ!!!」

 ミアが、押し殺した声でジェイクの背中をバシッと叩いた。

 

「待って。たった数時間で……辞書とネットの動画だけで、英語の文法と発音を覚えたっていうの!?」

 成績優秀なリリーが、その異常な学習能力に戦慄する。

 

 逃走個体は、自身の喉元を長い指でさすりながら、再び言葉を発した。

 

「音声。文字。対応規則。……まだ、情報は十分ではない。データが、欠落している。

 だが、意思疎通(会話)は、可能だ」

 

「何でそんな冷静なんだよ!」

 サムが、床に座り込んだまま半泣きで叫んだ。「こっちは心臓止まりそうなんだぞ!」

 

 逃走個体は、サムを見下ろし、無機質なトーンで言った。

「君が、この群れの中で最も混乱している」

 

「うるさいよ! 放っといてくれ!」

 

 宇宙人とのファーストコンタクトという歴史的瞬間は、あまりにも間の抜けた、どこかコメディのようなやり取りで幕を開けた。

 

 ミアが、深く息を吐いて気を落ち着かせ、警戒しながらも一歩だけ前に出た。

 

「……あなたは、言葉が分かるのね」

 ミアは、相手を刺激しないように慎重に尋ねた。「あなたの『名前』は?」

 

 逃走個体は、少し考えるような素振りを見せた。

 そして、喉の奥で、カチッカチッという爬虫類特有のクリック音と、空気を擦るような超低周波の音を複雑に組み合わせた『何か』を発声した。

 

 キィィィィィン……!

 

「痛っ!」

「耳が!」

 その人間には聞き取れない帯域の音波に、全員が思わず耳を塞いだ。

 

「無理無理無理! 今の絶対発音できない! それが名前なの!?」

 サムが顔を歪める。

 

「君たちの発声器官では、発音不可能だ」

 逃走個体は、あっさりと事実を告げた。

 

「じゃあ、『レプティリアン』で良くない?」

 トビーが、即座に目を輝かせて提案した。「地球の裏側を支配してる爬虫類人類の総称だ! ぴったりだろ!」

 

「よくない!」

 ミアとジェイクが同時にツッコミを入れる。

 

 逃走個体は、不思議そうに少しだけ首を傾げた。

「君たちは、私をそう呼ぶのだろう?」

 

「それは、ネットの陰謀論者だけよ!」

 ミアが頭を抱える。

 

「いや、俺たちの動画が流出したせいで、多分今頃は世界中のニュースもそう呼んでると思うぞ……」

 トビーが誇らしげに言う。

 

「最悪だけど、否定できないわね……」

 リリーが、スマホの画面を見てため息をつく。

 

「じゃあ、呼びやすい『仮の名前』をつけよう」

 ジェイクが提案する。

 

 ガレージの中で、高校生たちによる即席のネーミング会議が始まった。

 

「レックスはどうだ? 爬虫類っぽいし、Tレックスから取って強そうだろ!」とトビー。

「捕食者の名か。……私の機能と合致しない。あまり好ましくない」と、本人が却下。

 

「じゃあ、この町の名前から取って、ミラージュ?」とリリー。

「幻影? 私はここに物理的に存在している。不適切だ」と、再び却下。

 

「……じゃあ、スペイン語で『川』を意味する【リオ】はどう?」

 ミアが、少し考えて提案した。

「ジェイクが、一番最初にあなたに『水』を飲ませたんでしょ? それに、ニューメキシコの地名っぽくて自然よ」

 

 逃走個体は、金色の瞳を瞬かせ、少しだけ考え込んだ。

 

「短い。発音も容易だ。……意味付けも論理的だ。

 許容する。受け入れよう」

 

「偉そうだな、おい」

 トビーがボヤくが、こうして彼(あるいは彼女)の仮の名前は『リオ』に決定した。

 

 リリーが、自分のスマートフォンをリオの前に掲げ、現在のネットの状況を見せた。

「これが、今外で起きていることよ。私たちが撮った動画のせいで、世界中が大騒ぎになってるの」

 

 リオの金色の瞳が、信じられない速度で画面を上下にスキャンしていく。

 そこには、『レプティリアン実在』『メドベッドのポッド』『ディープステートの陰謀』『政府の極秘輸送事故』『サンタ・ミラージュ封鎖』といった、事実と妄想が入り乱れた見出しが滝のように流れていた。

 

 読み終えたリオは、淡々とした声で言った。

「君たちの種(スピーシーズ)は……未知のものを正確に理解する前に、勝手に『物語(ストーリー)』を作るのだな」

 

「それが、人類の想像力っていう強みなんだよ」

 トビーが胸を張る。

 

「事実から目を逸らす、最悪の弱みでもあるわ」

 ミアが皮肉を言う。

 

「両方だ」

 リオは、二人の意見を統合するように頷いた。「非合理的だが、興味深い生存戦略だ」

 

 リオは、ネットの情報を吸収しながら、いくつかの単語に興味を示した。

「この、『Cicada(蝉)』とは何者か。この情報ネットワークの中で、特異な拡散源となっているようだが」

 

「それが分かれば誰も苦労しないわよ」

 リリーが答える。「世界中の政府やアーティファクトの秘密を、勝手にハッキングして世界にばら撒いてる、正体不明のハッカー集団よ。今回の私たちの動画も、彼らが拡散させたみたいなの」

 

「彼らは、隠された情報を強制的に露出させる群れか」

 リオの金色の瞳が、微かに細められた。

 

「そんな感じだね」

 ジェイクが頷く。

 

「……危険だ」

 リオは、極めて短く、冷徹な評価を下した。

 

 全員が、一瞬黙り込んだ。

「お前みたいな存在に『危険だ』って言われると、なんか妙に説得力があるな……」

 サムが身震いする。

 

 ジェイクは、ずっと聞きたかった核心に触れることにした。

「……リオ。君は、一体どこから来たんだ? 何のために、あの列車に乗せられていたんだ?」

 

 リオは、沈黙した。

 その瞳の奥で、膨大なデータを検索しているような、しかしエラーを吐き出しているような、奇妙な空白の時間が流れた。

 

「……暗い場所」

 やがて、リオはぽつりぽつりと、言葉を探すように語り始めた。

「長い、眠り。……水ではない液体の中。音のない夢。

 周囲には、多くの『同型(おなじもの)』がいた」

 

 同型。

 つまり、あのポッドは一つだけではないということだ。

 

「命令は……『待機』。そして『環境の確認』」

 リオは、自らの頭を長い指で押さえた。

「第一の……」

 

 そこで、言葉が途切れた。

 リオの顔が苦痛に歪み、シーッという低いノイズが漏れる。

 

「第一?」

 ミアが聞き返す。

 

「……ダメだ。まだ、言葉が足りない」

 リオは首を振った。「記憶のリンクが、破損している。ポッドから強制排出された衝撃で、データの解凍が完全ではない」

 

「無理に話さなくていいよ」

 ジェイクが庇うように言う。

 

「いや、めちゃくちゃ大事なところだろ今!」

 トビーが身を乗り出す。「第一の、何なんだよ! 侵略か!? 人類補完計画か!?」

 

「トビー、黙って」

 ミアが冷たく制止する。

 

「……私は、君たちを害する目的で【作られて】はいない」

 リオは、トビーを見据えて、はっきりと告げた。

 

 全員が、再び固まった。

 

「……今、“作られた”って、言った?」

 サムが、恐怖で声を引き攣らせた。

「お前……自然の宇宙人じゃなくて、誰かの造り物(バイオウェポン)なのか!?」

 

 リオは、それ以上は答えなかった。

 だが、その一言だけで、彼ら高校生が背負ってしまった秘密の重さが、どれほど絶望的なものかを理解するには十分だった。

 

「……マズいわ」

 リリーが、スマホの最新ニュースを更新して、顔色を変えた。

「町の状況が、急激に悪化してる。

 黒服の部隊が事故現場の周辺を完全封鎖して、町の主要道路に検問を敷いたわ。州警察と連邦部隊が、住民に『絶対屋内待機』の命令を出してる」

 

「保安官のデイビスのおじさんも、町内放送で『落ち着け』って呼びかけてるみたいだ」

 ジェイクも、外から微かに聞こえるスピーカーの音に耳を傾ける。

 

「外の世界はもっとカオスよ」

 リリーが画面を見せる。「メディアのヘリコプターが遠くから撮影を始めてるし、陰謀論者の車列が封鎖線の外側に集結してる。『レプティリアンを解放しろ!』って叫んでる変な団体や、『メドベッドの技術を庶民に公開しろ!』って暴れてる連中まで出始めてる」

 

「俺の叔父さん、絶対にあのデモ隊の最前線にいるわ……」

 トビーが、頭を抱えて呻いた。

 

「笑えないわよ」

 ミアが、深刻な顔で腕を組む。

「このまま、ジェイクの家のガレージに隠しておくのは限界よ。黒服がガイガーカウンターか何かを持って捜索に来たら終わり。でも、町から出ようにも、完全に封鎖されてる」

 

「じゃあ、どうする?」

 ジェイクが全員を見回す。

 誰も、明確な答えを持っていなかった。

 

「……私は、ここに長く留まることはできない」

 リオが、静かに告げた。

 

「体がキツいのか?」

 ジェイクが心配する。

 

「この外部環境(大気や温度)が、私のベース設定に適合していない」

 リオは、自分の鱗に覆われた腕を見た。「だが、すぐには死なない。おそらく。

 ……最大の問題は、【追跡(トラッキング)】だ」

 

「追跡されてるの!?」

 リリーが悲鳴を上げる。

 

「ポッドには、管理システムへ位置を示す機能があった。……事故で破損したが、まだ微弱な残響(シグナル)を発している可能性がある。

 彼らがこの座標を特定するのは、時間の問題だ」

 

 究極の選択が、五人の高校生に突きつけられた。

 

 A案:政府に引き渡す。

 町は安全になるかもしれない。だが、リオは解剖されるか、永遠に封印される。そして「真実を知った」ジェイクたちも、無事では済まない。

 

 B案:デイビス保安官に相談する。

 地元の大人として信頼できる。だが、一介の保安官が連邦政府の黒服部隊に勝てるわけがない。巻き添えにするだけだ。

 

 C案:町の外へ逃がす。

 リオを守れるかもしれない。だが、町は完全封鎖中。高校生の力だけで突破するのは不可能に近い。

 

「D案だ。Cicada 3301に連絡して、ネットの力で政府を牽制しようぜ!」

 トビーが提案したが、全員から「絶対に駄目!!」と一斉に怒鳴られた。

 

「蝉は、火を広げるだけだ。解決にはならない。避けるべきだ」

 リオすらも、論理的に却下した。

 

「E案よ」

 ミアが、深呼吸をして言った。

「しばらく隠して、情報を集める。……今すぐ大きく動くのは危険すぎるわ。

 まず、何が起きているか調べるの。リオが本当は何者なのか。政府が何を隠しているのか。町の封鎖がどこまで進んでいるのか。……それを見極めてから動く」

 

「その間、リオはここに隠す」

 ジェイクが頷く。

 

「俺たち、完全に国家反逆レベルの犯罪者じゃん……」

 サムが、涙目で天を仰ぐ。

 

「動画が流出した時点で、もう手遅れよ」

 リリーが、冷酷な現実を突きつけた。

 

 方針が決まり、外の様子を伺いながらの奇妙な膠着状態が始まった。

 その間、リオは恐るべき速度で、ジェイクたちのスマートフォンや持ち込んだ雑誌から『人類の文化』を吸収し続けていた。

 

 ジェイクが持ってきたピーナッツバターの瓶を開けて見せると。

「……これは、高カロリーの栄養物か? それとも、建築用の接着剤か?」

 リオは、その粘り気のある茶色い物体を見て、本気で困惑した。

 

「アメリカ人にとっては、両方だな」

 サムが真顔で答える。

 

 ジェイクが、自分たちが撮影していた自主映画のホラー映像を見せると。

「……君たちは、存在しない恐怖をわざわざ映像として作り出し、それを見て楽しむのか」

 リオは、理解不能だというように首を傾げた。

 

「まあ……そういうエンタメなんだよ」

 ジェイクが苦笑する。

 

「極めて奇妙な種(スピーシーズ)だ」

 

「あなたが言う?」

 ミアがすかさずツッコミを入れる。

 

 トビーが、ネットで拾った『レプティリアンによる人類支配の陰謀論動画』を見せると。

「この映像の情報精度は、極めて低い。論理的飛躍が多すぎる」

 リオは、一瞬で切り捨てた。

 

「それはまあ、うん。エンタメだからな」

 トビーが肩をすくめる。

 

「だが、君たちが何を恐れているのか……その恐怖の方向性は、理解できる」

 リオは、金色の瞳を細めた。

 

 そして、リリーが、現在世界中で起きているアーティファクト関連のニュース――ネス湖の封鎖、ソーマの樹、平和の檻の破壊、Cicadaのテロなどの見出しを見せた時。

 

「……君たちの文明は、短期間に、過剰な『異常』へと晒されすぎている」

 リオは、画面を見つめながら、ひどく静かな声で言った。

 

「分かる?」

 リリーが問う。

 

「分かる」

 リオは、ガレージの五人の高校生たちを見回して、ぽつりと言った。

「君たちは……とても『壊れやすい』」

 

 その一言は。

 単なる同情ではなく、彼らが人類という種族を一段高い場所から俯瞰しているような、不気味な響きを持っていた。

 

 リオは、ガレージの小窓から、遠くの検問所のサーチライトと、上空を旋回するヘリコプターの光を見つめた。

 

「怖い?」

 ジェイクが、隣に立って尋ねた。

 

「『怖い』という語彙は、私の今の状況に最も近い」

 リオは、夜空から目を離さずに答えた。

「だが、正確ではない。……私は、『未完了』なのだ」

 

「未完了?」

 

「目覚める手順が、終わっていない」

 リオは、自分の鱗の腕をさする。

「記憶も、身体も、この世界に対する『役割』も。……すべてが、不完全な状態で放り出された」

 

「役割って?」

 ジェイクが問い詰める。

 

 リオは、ゆっくりとジェイクを見た。

「……まだ、言うべきではない」

 

 その答え方は、リオが単なる無垢な被害者ではなく、地球に対して明確な【目的(プログラム)】を持って作られた存在であることを、痛烈に匂わせていた。

 

 そして、終わりの時は、静かに、そして唐突にやってきた。

 

 外の通りから、ゆっくりとタイヤが砂利を踏みしめる重い音が聞こえてきた。

 漆黒のSUVが、ジェイクの家の前の通りを、這うような速度で進んでいるのだ。

 

 車載スピーカーから、無機質な声が響く。

『……住民の皆様は、直ちに屋内に留まってください。危険物質に触れた可能性がある場合、あるいは昨夜、事故現場付近に立ち入っていた者は、検査のため直ちに外の部隊へ申告してください。繰り返します――』

 

 ガレージの中の五人は、息を呑んで凍りついた。

 

「私たちのこと……探してる」

 リリーが、震える声で囁く。

 

 さらに最悪なことに。

「……ジェイク? お前、ガレージにいるのか? 誰か来てるのか?」

 母屋のリビングから、目を覚ました父親の怪訝そうな声が聞こえてきた。

 

 全員の心臓が早鐘を打つ。

 リオは、壁際の最も暗い影の中へと身を低く沈めた。

 

「父さんには絶対にバレちゃダメだ!」

 ジェイクは、急いでガレージの裏口から抜け出し、庭を回って玄関の方へと小走りで向かった。

「友達が来てるだけだよ! 学校の課題の打ち合わせで!」

 ジェイクは、ドア越しに父親に嘘をつく。

 

「こんな町が封鎖されてる時にか? バカなこと言ってないで早く――」

 父親が言いかけた、その時。

 

 ピンポーン。

 

 玄関のベルが、鳴った。

 

 ジェイクの心臓が、喉から飛び出しそうになる。

 黒服か!? GPSの残響を辿って、ついにここまで来たのか!?

 

 ジェイクは、震える手でドアノブを掴み、ゆっくりと扉を開けた。

 

 そこに立っていたのは。

 黒い防護服の兵士ではなく。……見慣れたカーキ色の制服を着た、地元の保安官、デイビスだった。

 

「……デイビス、おじさん」

 ジェイクは、少しだけ安堵したが、それ以上に強い警戒心を抱いた。

 

 デイビス保安官の顔は、かつてないほど険しく、そして深く疲弊していた。

 彼は、ジェイクの顔をじっと見つめ、周囲に誰もいないことを確認してから、声をひそめて言った。

 

「ジェイク。……昨夜、お前たちが機材を持って町外れの線路のほうへ向かっていたという話を、ダイナーの連中から聞いた」

 

 ジェイクの顔から、血の気が引く。

 

 背後のガレージには、リオと、震える仲間たち。

 外の通りには、政府の黒いSUV。

 町は完全封鎖され、世界中は彼らが流出させた動画で大騒ぎになっている。

 

「……お前」

 デイビス保安官は、ジェイクの目を真っ直ぐに見据えて、決定的な問いを投げかけた。

 

「あそこで……【何を見た】?」

 

 ジェイク・ミラーは、たった一晩前まで、退屈な町でB級映画を撮って喜んでいるだけの、平凡な高校生だった。

 だが、この瞬間から、彼は選ばなければならなかった。

 

 世界中が『怪物』と呼ぶ存在を、怪物として大人たちに差し出すのか。

 それとも。最初に水を差し出した者として……もう少しだけ、あの『迷子』を信じてみるのか。

 

 




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