銀河皇帝のスペアに転生した元社畜、地球軌道上の要塞でネトゲ三昧の隠居生活を満喫する 〜足元では超大国が滅亡級の異星遺産を巡って暗躍中ですが、主人公(ぼく)の命は絶対安全なので特等席で傍観します〜   作:パラレル・ゲーマー

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第141話 レプティリアン陰謀論、半分だけ当たる

 東京、首相官邸地下。

 既存技術外事象評価セルの特別防音会議室は、連日の徹夜作業と果てしないプレッシャーによって、酸素が薄くなっているかのような重苦しい空気に満ちていた。

 

 つい数時間前まで、イギリスのネス湖を『特別管理区域』として恒久封鎖するための、胃の痛くなるような国際会議がようやく一段落したばかりだというのに。

 矢崎薫総理をはじめとする関係閣僚、沖田室長、外務・防衛のトップたちは、再びこの窓のない地下室へと強制的に呼び戻されていた。

 

 矢崎総理は、メインモニターに映し出されたアメリカ・ニューメキシコ州の映像と、世界中のネットで沸騰している『トレンドワード』の羅列を見て、深く、深くため息をついた。

 

「……ネス湖が一段落したと思ったら、今度は【レプティリアン】騒動なのね」

 

「はい」

 沖田室長が、充血した目をこすりながら簡潔に報告する。

「アメリカ・ニューメキシコ州サンタ・ミラージュ近郊の砂漠地帯で発生した、所属不明の軍用貨物列車の脱線事故。……そこで偶然撮影されたと思われる『爬虫類型ヒューマノイド』らしき存在が映った数秒の動画が、現在、世界中に爆発的な速度で拡散しています」

 

 モニターの中央で、問題の数秒間の動画がループ再生されている。

 

 漆黒の貨物列車。

 横転したコンテナから放たれる青白い光。

 砂漠に転がり出た、透明なポッド。

 そして……緑色の液体の中に浮かぶ、鱗状の皮膚を持った細長いヒューマノイドと、レンズを見据える【金色の縦長の瞳】。

 

 会議室が、完全に静まり返った。

 あまりにもSF映画のセットのような、チープでありながら、しかし強烈な現実感(リアリティ)を伴った映像だった。

 

「……映像加工(ディープフェイク)の可能性は?」

 内閣情報調査室の官僚が、すがるような声で呻く。

 

「現時点での画像解析では、断定できません」

 サイバーセキュリティの担当官が答える。

「しかし、あのCicada 3301関連のアカウント群が、この動画の初期拡散に強く関与した形跡(トラフィック・パターン)が確認されています。……単なる素人のフェイク動画として処理するのは、極めて危険です」

 

 矢崎総理が、外務大臣に視線を向ける。

「ヘイズ大統領には?」

 

「緊急ホットラインで、すでに直接問い合わせ済みです」

 外務大臣が、手元のメモを見て答える。

「……返答は、『現在、合衆国政府として全力で調査中。日本政府には、確認でき次第、限定的に情報を共有する』とのことでした」

 

 総理は、疲れたように目を閉じ、こめかみを揉んだ。

「……つまり、アメリカ側も完全に混乱しているのね」

 

 その時。

 バンッ、と。

 会議室の重厚な扉が、遠慮のない音を立てて開かれた。

 

 入ってきたのは、いつものようによれたスーツを着て、片手に自販機の缶コーヒーを持った、月刊ムーの三神編集長だった。

 ネス湖、平和の檻、ソーマの樹、Cicadaのサイバーテロ……この数ヶ月の地球の危機すべてに付き合わされているというのに、今日の彼は、なぜか口元に笑みを浮かべ、妙に機嫌が良さそうに見えた。

 

「いやあ。……ついに、ついに出ましたねえ。レプティリアン」

 

 三神は、モニターに映る爬虫類人型の映像を見て、本気で嬉しそうに言った。

 

 矢崎総理が、即座に氷点下の視線で睨みつける。

「……三神さん。あなた、その口ぶり。何か知っているわね?」

 

「ええ?」

 

「知っているなら、今すぐ出し惜しみせずに教えてください」

 総理は、苛立ちを隠さずに命じた。

 

「もちろん、アメリカの国家機密のすべてを知っているわけではありませんよ」

 三神は肩をすくめ、缶コーヒーをプシュッと開けた。

「ですがね、総理。我々ムー編集部として、長年世界中のオカルトを追いかけてきた歴史の中でも……この【レプティリアン系】というのは、陰謀論における『定番中の定番(クラシック)』なんですよ。

 まずは、今回の騒動のベースとなっている、一般的な陰謀論の基礎知識(ルール)から説明しましょうか」

 

「手短に」

 総理が釘を刺す。

 

「手短にすると、余計に誤解が増えるタイプの厄介な話です」

 三神は微笑む。

 

「では、必要な範囲で」

 

 三神は、ホワイトボードの前に立ち、マーカーでいくつかの単語を書き並べた。

 

『レプティリアン(爬虫類型人類)』

『地下秘密施設(DUMBs)』

『世界支配層(エリート)』

『変身(シェイプシフト)』

『純血の血統』

『メドベッド(万能治療装置)』

『ディープステート(闇の政府)』

 

「一般に広く語られているレプティリアン陰謀論というのは、こういう形を取ります」

 三神は、マーカーで単語を円で囲んでいく。

「『人類社会を裏で操っている支配層――巨大国家の政治家、王族、財界のトップ、ハリウッドのセレブなどが、実は人間ではなく、人間に変身した爬虫類型の異星人(あるいは地下ヒューマノイド)にすり替わっている』……というものです」

 

 防衛省の官僚が、頭を抱えて唸った。

「荒唐無稽ですね。そんなB級映画の設定で、世界中が本気でパニックになっているのですか?」

 

「陰謀論ですからね。荒唐無稽で当然です」

 三神は、官僚の呆れ顔を肯定した。

「……ただし。陰謀論というものは、『完全な無(ゼロ)』から生まれるとは限らないのですよ」

 

 三神の目が、鋭く光る。

「事実の影。断片的な目撃情報。軍の機密作戦の漏洩。使われなくなった地下軍事施設の噂。宗教的な恐怖、政治不信、医療不信。

 そういった様々な現実のノイズが混ざり合い、ネットの海で何十年も熟成されると……全く別の、奇妙で巨大な『神話(モンスター)』になる」

 

「今回のあの流出映像によって、その長年燻っていた神話が、一気に燃え上がっているわけですね」

 沖田室長が、現状を整理する。

 

「ええ。特にアメリカ本国では最悪の状況です」

 三神は、モニターのネットトレンドを指差した。

「『地下秘密基地』『深夜の軍用列車』『ニューメキシコの砂漠』『爬虫類型ヒューマノイド』『謎の保存ポッド』『政府の強権的な封鎖』。

 ……これ、アメリカの陰謀論者からしてみれば、ビンゴカードが初手で一枚丸ごと埋まったような、奇跡的な役満状態なんですよ」

 

「『メドベッド』という言葉も、異常に拡散しているわね」

 矢崎総理が、トレンドワードの一つを指して言う。

 

「はい。これも陰謀論界隈では定番のワードです」

 三神が解説する。

「『政府(ディープステート)が隠している、どんな難病でも一瞬で治し、失った手足も再生し、若返りすら可能な万能の超医療カプセル』……それがメドベッドです。

 今回の映像に、緑色の液体で満たされた高度な『ポッド』が映っていたせいで、“あれこそがメドベッドだ! 政府は特権階級だけで永遠の命を独占しているんだ!”と騒ぎ立てている層が大量に発生しています」

 

「では、あのポッドは……実際に人間を治療する医療装置なのですか?」

 防衛担当の幹部が、アーティファクトの軍事的価値を推測して問う。

 

「そこはまだ不明です。ですが、一般的な意味での『人間のための医療ベッド』と考えるのは早計でしょう」

 三神は、動画のポッドの構造をじっと見つめながら言った。

「少なくとも、今回映っていたあのポッドは、“怪我をした人間患者を治すためのベッド”というより……“内部にいる未知の生命体(レプティリアン)を、極めて長期にわたって『保存』するためのカプセル”に見えますね」

 

 矢崎総理が、深く息を吐き、身を乗り出した。

 

「……では、三神さん。前置きはそれくらいにして」

 総理の目が、厳しさを増す。「ここからが、今日の本題ね」

 

 三神は、ホワイトボードから手を離し、フッと表情を変えた。

 それは、いつもの胡散臭いオカルト雑誌の編集長ではなく……既存技術外事象という世界の裏側の真理を、幾度となく最前線で観測してきた『専門家』の顔だった。

 

「……では、ここからは【真実に近い話】をしましょうか」

 

 会議室が、一瞬にして静まり返った。

 

「冷戦時代の真っ只中。アメリカ軍は、南西部の砂漠地帯の地下深くで、ある『ポッド群』を発見しました」

 三神は、静かに、歴史の闇に葬られていた事実の断片を語り始めた。

「場所は機密です。私も断定はしません。……ロズウェル近郊だったのか、全く別の地下施設跡だったのか。

 ……ただし。その発見されたポッドの中には、確かに今回の映像にあるような、【爬虫類型ヒューマノイド】と呼ぶべき存在が、生きたまま保存されていた」

 

 ざわっ、と。

 閣僚たちの中から、抑えきれない動揺の波が広がった。

 

「……本当に、いたのですか」

 内閣情報官が、信じられないというように呻く。

 

「いたのでしょうね」

 三神は、確信を持って答えた。

「少なくとも、“そういうものを地下で発見し、軍が極秘裏に回収した”という断片的な記録や痕跡が、アメリカの旧軍系の機密文書、退役した民間研究者の死の間際の証言、陰謀論者の聞き取り調査……そして何より、我々が追う既存技術外事象のデータの端々に、ずっと散らばっていました。

 ……今回のあの動画の流出によって、それらの点が、完璧な一本の線になったのです」

 

「……つまり、レプティリアンの陰謀論は……【事実】だったということですか」

 矢崎総理が、青ざめた顔で問う。

 

「結論は、間違いです」

 三神は、即座に、明確に否定した。

「世界の支配層が、人間を食い殺してすり替わった爬虫類人類だなどというのは、ただの妄想です。彼らは地球を支配などしていません。

 ……ですが。

 “アメリカの地下深くで、政府が爬虫類型のヒューマノイドの保存ポッドを回収し、隠していた”という、陰謀論の【元ネタ(核)】の部分だけは。

 ……おそらく、本物だった」

 

 会議室が、凍りついた。

 

「これが、一番厄介なんですよ、総理」

 三神は、深く息を吐いた。

「陰謀論は、完全に正しくはなかった。……しかし、完全な嘘(デマ)でもなかった。

 だからこそ、今回の脱線事故の映像は、世界中の陰謀論者たちにとって、熱狂的な『完全勝利宣言』の材料になってしまうんです」

 

「……それほど危険で重要な存在なら」

 沖田室長が、鋭く疑問を呈した。

「なぜ、アメリカ政府の『セレスティアル・ウォッチ』が厳重に管理していなかったのですか? あの組織なら、あんなずさんな輸送事故など起こさないはずです」

 

「そこが、アメリカという巨大国家の内部の、一番厄介なところですね」

 

 三神は、再びホワイトボードに向かい、マーカーを走らせた。

 

『冷戦期・旧軍管理』

『解析不能による封印』

『継承ミス(縦割り)』

『権限の分断(黒予算)』

『セレスティアル・ウォッチ・管理外』

 

「あのポッド群が発見されたのは、恐らく『アーティファクト』という言葉や、セレスティアル・ウォッチという組織が、現在の形で制度化されるよりもずっと前の話です」

 三神は、組織の腐敗の歴史を紐解くように解説する。

「冷戦期のアメリカ軍の強硬派が、地下施設で未知のポッド群を発見した。だが、当時の技術では解析不能で、危険物として奥深くにコンクリートで封印した。

 ……その後、数十年が経過し、部署名が変わり、当時の担当者が老衰で死に、書類は分断され……『極秘』という機密区分(スタンプ)だけが形骸化して残った」

 

 官僚たちから、苦い溜息が漏れる。それは、国家という巨大組織に属する者なら、誰でも想像がつく最悪のシナリオだった。

 

「結果として、“誰も全体像(中身)を知らないが、誰かが維持管理の予算だけを毎年継承している”という、最悪の『完全封印案件』になったのでしょう」

 

「セレスティアル・ウォッチは、その存在を知らなかったのですか?」

 防衛担当が問う。

 

「知ってはいたはずです」

 三神は推測する。「ただの都市伝説としてではなく、何らかの旧軍の機密物として。

 ……ただし、完全な『管理下』には置けなかった。

 彼らが優秀であっても、旧軍系の分厚い縦割り機密の壁、過去の大統領権限による絶対封印案件、あるいは議会の監査すら及ばない黒予算(ブラック・バジェット)の奥底に押し込まれていれば、簡単には手を出せません」

 

「アメリカ内部の、果てしない権力闘争と縄張り争いの結果、ということね」

 矢崎総理が、忌々しげに言う。

 

「ええ。セレスティアル・ウォッチが全権を握って完全管理していれば、こんなマヌケな事故は起きなかったでしょう」

 三神は断言した。

「彼らなら、ポッドの起動条件を慎重に解析し、近代施設へ移送するならもっと高度な偽装と護衛をつけたはずです。場合によっては、目覚めさせて対話を試みるか、逆に人類にとって致命的な危険だと判断すれば、恒久封印、あるいは完全な処分(破壊)も検討したはずです」

 

「それが、旧軍の縦割り管理のまま、ずさんな輸送中に脱線事故を起こして、中身をぶち撒けた」

 沖田が、事態の全容をまとめる。

 

「おそらくは」

 

「ヘイズ大統領も、今まさに同じ説明を自国の地下室で受けているのでしょうね」

 矢崎総理が、同情とも呆れともつかない声で言う。

 

「でしょうね」

 三神は笑った。

「そして、間違いなく激怒しているはずです。自国の政府の最も深い奥底に、自分ですら完全に把握していなかった『世界を滅ぼしかねない陰謀論の核』が、爆弾として放置されていたわけですから」

 

 その時。

 日本側の官僚の一人が、少し非難めいた口調で疑問を呈した。

 

「……しかし。世界最強の権力者であるアメリカ大統領が、自国のそんな重大な機密を把握していなかったというのは、国家の統治機構として致命的な問題(怠慢)ではありませんか?」

 

 その言葉に。

 三神は、即座に、そして極めて冷たく首を横に振った。

 

「……現実の国家機密とは、そういうものです」

 三神の言葉は、会議室の官僚たちの背筋を凍らせた。

「特に冷戦期の、核戦争の恐怖に狂っていた時代の異常案件は、意図的に“知る者を最小限に減らす”形で保存されていることが多々あります。

 国家の最高指導者が、過去のすべての古い封印案件や黒歴史のリストを完璧に把握している……という物語の方が、現実の政治においてはむしろ非現実的(ファンタジー)なんですよ」

 

 矢崎総理も、目を伏せて静かに頷いた。

「……日本でも、戦前や冷戦期の古い極秘文書、あるいは担当者すら不明の完全封印案件が、霞が関の地下や旧軍施設の跡地に絶対に一つも残っていないとは……言い切れないわね」

 

「耳が痛い話です」

 沖田室長が、顔をしかめて同意する。

 

「今回の問題は、ヘイズ大統領の怠慢ではありません」

 三神は、アメリカ政府のトップの名誉を論理的に守る。

「アーティファクトという全く新しい危機管理の時代に入ったにもかかわらず、冷戦期の負の遺産(封印体制)が、現代のシステムに完全には統合されていなかったことが原因です。

 ……過去の亡霊が、現在の危機管理体制に接続されていなかった。ただ、それだけのことです」

 

 この三神の整理によって、日本政府内での「アメリカ(ヘイズ大統領)への不信感」は、適切なレベルで押しとどめられた。

 

「……では。あの爬虫類型のヒューマノイドは、レプティリアン陰謀論の真実ではないとして」

 総理が、核心の問いを口にする。

「一体、【何者】なの?」

 

 三神は、少しだけ沈黙した。

 そして、マーカーでホワイトボードに三つの仮説を並べた。ここではまだ、真相を断定しすぎないように慎重に言葉を選ぶ。

 

「現時点では断定できません。……ただし、少なくとも三つの可能性があります」

 

『仮説A:異星文明由来の生体サンプル』

「地球外の高度な文明が、過去の地球の環境適応実験のために持ち込んだ生体、あるいは観察対象として残していったもの」

 

『仮説B:地球生物を基盤にした人工知性種』

「恐竜などの爬虫類、あるいは別系統の生物をベースに、何者かが遺伝子操作によって知性化・人型化したもの。地球産だが、自然な進化の産物ではない」

 

『仮説C:人類とは別の、【地球の文明(知性)の候補】』

「人類以外の知性種候補として、意図的に作られ、長期保存されていた可能性」

 

「……三つ目が、一番嫌なシナリオね」

 総理が、顔を歪めて言う。

 

「ええ。私も一番嫌です」

 三神は、全く同感だというように頷いた。

「ですが、流出した映像のあのポッドの構造を見る限り……あれは単なる死体や、研究用のホルマリン漬けの標本というより。

 ……何らかの条件で目覚めることを前提とした、【長期の起動待機個体】に見えます」

 

「起動待機……?」

 防衛担当が、息を呑む。

 

「あくまで推測です。ただの標本なら、あれほど高度な生命維持・液浸システムは不要ですからね。中身がいつか目覚めて活動することを、設計者は前提にしていたはずです」

 

 矢崎総理は、重い疲労感とともに、額を揉んだ。

「……世界中が、また大騒ぎになるわね。ネス湖のパニックに拍車をかけることになる」

 

 だが、三神は意外にも、軽く肩をすくめて言った。

 

「まあ、二十年前なら、世界がひっくり返るような大騒動だったでしょうね。

 ……ですが、今は『アーティファクト時代』です」

 

「何が言いたいの?」

 

「ネス湖で死者と語り合い、福島には放射能を浄化する水晶の神樹がそびえ立ち、イギリスは平和の檻という絶対抑止の装置を破壊し、中国の病院には不老無病の仙人がいて、Cicada 3301が各国元首の背後で自撮りしてテロを実況している世界ですよ?」

 三神は、笑いながら言った。

「そのフルコースの中で、『アメリカの地下に爬虫類型ヒューマノイドの保存ポッドがありました』と今更言われても。

 ……まあ、大衆の感覚からすれば、『今週のびっくりニュースの一つ』として処理される可能性がある、ということです」

 

 会議室が、なんとも言えない、虚脱感に満ちた空気に包まれる。

 

「……それを、運がいいと言うの?」

 総理が呆れる。

 

「ある意味では」

 三神は真顔で答える。

「以前なら、アメリカ社会はこの事実一つで完全に崩壊し、宗教戦争が起きていたかもしれません。しかし今は、世界中の大衆が『異常』というスパイスに慣れ始めています。

 もちろん、陰謀論界隈は大爆発しますが……世界秩序そのものが、この事実の一撃だけで完全に崩れ去るほどヤワではなくなっている、ということです」

 

「完全に、感覚が麻痺していますね……」

 沖田が、深くため息をつく。

 

「ええ。人類は、どんな異常にも『慣れる』生き物です。良くも悪くもね」

 

 三神の言葉は、人類という種の恐ろしいほどの適応力(鈍感さ)を正確に突いていた。

 

「……日本政府として、できることは?」

 総理が、実務的な対応を問う。

 

「在米邦人への注意喚起、ニューメキシコ州サンタ・ミラージュ周辺への渡航自粛要請。SNS上のデマ対策。そして米国政府への正式な情報共有要請が、現実的なラインです」

 沖田室長が即座に答える。

 

「軍事的な支援や介入は?」

 防衛担当が問う。

 

「不要です。今回は完全に、アメリカの『国内案件』です」

 三神が釘を刺す。

「日本が前に出る理由はありません。むしろ中途半端に首を突っ込めば、アメリカの世論に『日本政府もレプティリアン研究に裏で関与していた!』などと、妙な陰謀論のターゲットにされるだけです。静観が一番です」

 

「では、ただ見守るしかないのね」

 総理が結論づける。

 

「基本は、そうです」

 三神は、一度言葉を区切り、そして真剣な目で総理を見た。

「……ただし。一つだけ、日本から口を出す(助言する)価値があるとすれば。……『関係者への対応』についてです」

 

「関係者?」

 

「あの映像を撮った一般市民。……おそらく、地元の若者(未成年)たちです」

 三神は、流出した動画のアングルとブレ方から、撮影者の属性を推測していた。

「彼らは、今回の事件の初期映像のオリジナルデータを持っています。そして、最悪の場合……ポッドから逃走した個体と、すでに接触している可能性すらある」

 

 会議室が、ざわめく。

 

「なぜ、そう思うのです?」

 沖田が問う。

 

「逃走個体の残した足跡は、サンタ・ミラージュの町へ向かっているとアメリカ側の報告にありました。そして、深夜にあんな廃線の動画を撮るような物好きも、間違いなく地元の人間です」

 三神は、オカルト的な『引き寄せの法則』を熟知していた。

「物語としても、現実の事故対応の帰結としても……彼らの接点が生まれる確率は、極めて高い」

 

「……物語として、というオカルト用語は余計よ」

 総理が眉をひそめる。

 

「失礼」

 三神は軽く頭を下げる。

「ですが、アメリカの旧軍系や現場の封鎖部隊が、この手の隠蔽作戦で最もやりがちな失敗は……初期目撃者を『管理対象(口封じのターゲット)』として、乱暴に扱うことです」

 

 三神の顔から、笑みが完全に消える。

「尋問、強制拘束、脅迫、証拠の没収、あるいは記憶処理まがいの非人道的な処置。

 ……そういうことを強権的にやれば、あのCicada 3301が、必ずその様子を拾って全世界にばら撒きます。

 結果として、アメリカ政府は『真実を知った自国の子供を弾圧し、消そうとした最悪の闇の政府』という、陰謀論者にとって最高の“悪役の物語”を背負うことになります」

 

「ヘイズ大統領は、そんな非人道的な真似は許さないでしょう」

 総理が、アメリカのトップの倫理観を信じて言う。

 

「でしょうね」

 三神も同意する。「だからこそ、日本からできる助言は一つだけです。

 ……関係した民間人、特に未成年者を、乱暴に扱わないこと。口封じではなく、保護し、説明し、必要なら証人として協力させること。

 国家と目撃者の間に『信頼関係』を作ることが、この情報化社会で陰謀論に勝つ唯一の方法です」

 

「……それを、わざわざ日本から言うのですか?」

 沖田が、外交上の無礼にならないかと懸念する。

 

「公式に言えば内政干渉ね」

 総理は、手元のホットラインの受話器を見た。

「でも、ヘイズ大統領との個人的な直通回線で、『Cicadaが見ている以上、初期対応は極力人道的にね』と、一言伝えるくらいなら可能でしょう」

 

「それで十分です」

 三神は頷いた。「彼女なら、その一言の持つ重みを、完全に理解するはずです」

 

 矢崎総理は、深呼吸をして、アメリカ大統領へのホットラインを繋いだ。

 

 数秒後。モニターに映し出されたヘイズ大統領の顔は、ネス湖の対応の時以上に、疲労困憊してボロボロの状態だった。

 

『薫、ごめんなさい。……まだ、詳細なデータは出せないわ』

 ヘイズは、開口一番に謝罪した。

 

「分かっています。こちらも、深くは聞きません」

 矢崎総理は、相手を気遣いながら、単刀直入に本題に入った。

「……ただ、一つだけ」

 

『何?』

 

「あの初期の流出映像を撮った、現地の市民がいるはずです。おそらく、深夜に肝試しでもしていた地元の未成年者でしょう」

 総理は、静かに、だが強い言葉で告げた。

「……どうか、彼らを『口封じの対象』として扱わないで。

 Cicadaが見ています。世界中が見ています。彼らを脅して強権的に証拠を奪えば……あなたの最大の敵は、レプティリアンではなく、あなたを疑う『アメリカ国民』になりますよ」

 

 ヘイズ大統領は、モニターの向こうで数秒間、目を閉じて沈黙した。

 そして、ひどく苦く、しかし微かに安堵したような笑みを浮かべた。

 

『……ありがとう、薫』

 ヘイズは、疲れ切った声で言った。

『私も、現場の部隊に、まさに全く同じ命令を出そうとしていたところよ。

 ……古い軍の亡霊の隠蔽工作に、この国の“現在”を壊させるつもりはないわ』

 

「必要なら、日本は情報分析の面で協力します」

 

『助かるわ』

 ヘイズは、小さく頷いた。

『でも今回は、まず私たちが……自分たちの地下室のゴミ掃除をしないとね』

 

 通信が切れた。

 矢崎総理は、受話器を置き、静かに言った。

「……アメリカも、大変ね」

 

「地下室に、どんな怪物が眠っているか分からない国は、どこも大変ですよ」

 三神が、肩をすくめて言う。

 

「日本には、そういう古い封印案件はないと信じたいですね」

 沖田室長が、願いを込めるように言う。

 

 三神は、それには答えず、ただ缶コーヒーを飲んだ。

 

「……三神さん?」

 総理が、無言の三神をジロリと見る。

 

「信じることは、自由ですよ」

 三神は、全く笑えない冗談のように答えた。

 会議室が、得体の知れない嫌な沈黙に包まれた。

 

 会議の終盤。

 実務的な日本政府の対応方針が決定され、解散の空気が流れ始めた時。

 

 矢崎総理が、最後に三神に問うた。

 

「……結局、今回の事件の【本質】は何だと思う?」

 

「そうですねえ」

 三神は、空になった缶コーヒーをゴミ箱に投げ入れ、少しだけ考えてから言った。

「陰謀論の答え合わせではありません。政府の隠蔽の暴露でもありません。

 ……この事件の本質は。人類がまた一つ、自分たちの【特別さ】を失う事件だということです」

 

「特別さ?」

 

「ネス湖は、生者と死者の関係を揺さぶりました」

 三神は、これまでのアーティファクトの事象を指折って数える。

「ソーマの樹は、人類が壊した自然を、人間の手を通さずに癒やしました。

 平和の檻は、国家の暴力と自由の定義を問いました。

 ……そして、今回のニューメキシコのポッドは。こう問うているのかもしれません」

 

 三神の目が、極めて冷たく、知的な光を帯びる。

 

「……【この地球という星に、知性を持つ資格があったのは。……本当に、人類だけだったのか?】……と」

 

 会議室が、深い、底知れぬ沈黙に沈んだ。

 

「……それを、今はまだ、絶対に公式には言わないで」

 総理が、釘を刺すように命じる。

 

「もちろん」

 三神は笑った。

「今言えば、世界中の宗教家と科学者が発狂して、余計にパニックが広がりますからね」

 

 ***

 

 その頃。

 アメリカ、ニューメキシコ州サンタ・ミラージュ。

 

 サイレンの音が鳴り響く中、漆黒のSUVが住宅街の通りをゆっくりと巡回している。

 そして、地元の保安官デイビスが、ジェイク・ミラーの家の玄関の前に立ち、重いドアノックの音を響かせた。

 

 ジェイクの家のガレージの暗がり。

 逃走した『レプティリアン』と呼ばれた存在――リオは、ジェイクのスマートフォンを手に持ち、その縦長の金色の瞳で、画面に流れる世界中の陰謀論と、自らに対する恐怖の言葉の羅列を見つめていた。

 

「……君たちの種は、私を恐れるための『物語』を、すでに持っているのだな」

 リオは、静かに、ひどく冷たい声で言った。

 

「違う。全員がそう思ってるわけじゃない」

 ジェイクが、玄関へ向かう足を止めて振り返り、必死に否定した。

 

「……なら、君は?」

 リオは、暗闇の中からジェイクを真っ直ぐに見つめ返した。

 

 ジェイクは、答えることができなかった。

 

 ピンポーン。

 再び、玄関のベルが鳴った。

 

 日本政府は、この日、アメリカのレプティリアン騒動に対して、ほとんど何も物理的に介入することはできないという結論に達した。

 冷戦期から継承された、誰も全体像を知らない地下室の亡霊。日本ができることは、情報を整理し、デマを抑え、アメリカ大統領がパニックで最悪の手を打たないよう、そっと背中を押すことくらいだった。

 

 だが、三神編集長は理解していた。

 今回の事件は、単に爬虫類人類がいた、いなかったというB級映画の答え合わせではない。

 

 それは、人類がまた一つ、「自分たちだけが地球の主役(選ばれた種)である」という傲慢な物語を失う事件だった。

 ネス湖が、人間に死者との別れを容赦なく突きつけたように。

 ニューメキシコの砂漠に転がり落ちたポッドは、人類に根源的な問いを投げかけていた。

 

 この星に、知性を持つ資格があったのは……本当に、君たちだけだったのか、と。

 

 




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