銀河皇帝のスペアに転生した元社畜、地球軌道上の要塞でネトゲ三昧の隠居生活を満喫する 〜足元では超大国が滅亡級の異星遺産を巡って暗躍中ですが、主人公(ぼく)の命は絶対安全なので特等席で傍観します〜   作:パラレル・ゲーマー

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第143話 リオ、撃たれる

 ワシントンD.C.、ホワイトハウス地下の特別危機管理室。

 

 巨大な合衆国の舵取りを担うキャサリン・ヘイズ大統領は、執務机に両肘を突き、指を組んで口元を覆っていた。その双眸には、ここ数ヶ月で蓄積された鉛のような疲労と、それ以上の深い苛立ちが渦巻いている。

 ネス湖の異常事態に対する恒久封鎖の決断。そこから休む間もなく叩きつけられた、「レプティリアン」と呼ばれる未確認生命体の流出騒動。

 だが、今回のニューメキシコの件がこれまでのアーティファクト事案と決定的に違うのは、それが紛れもなく【アメリカ国内で発生した、アメリカ政府の抱える暗部】に起因しているという点だった。

 

「……大統領。最新の状況報告です」

 暗号通信の向こう側から、セレスティアル・ウォッチの監視者・アルファの無機質な声が響いた。

「サンタ・ミラージュ近郊の脱線事故現場にて、輸送中であったポッド十二基のうち、十一基の無傷での回収を完了しました。しかし、事故の衝撃で破損した一基から内部の休眠個体が逃走し、現在も行方不明となっています」

 

「それは数時間前に聞いたわ」

 ヘイズは、ギリッと奥歯を噛み締めて言葉を遮った。

「私が知りたいのは、その逃げ出した一基が今どこにいるのか。……そして、それを【誰】が追っているのか、よ」

 

 ヘイズの鋭い視線を受け、科学主任のケンドール博士が、手元のタブレットからメインスクリーンに現場の展開部隊のデータを投影した。

 

「……現在、サンタ・ミラージュの町を物理的に封鎖し、現場で実務的な捜索指揮を執っている『黒い防護服の部隊』ですが」

 ケンドールは、眼鏡の奥で冷たく目を細めた。

「彼らは、我々セレスティアル・ウォッチの正規の指揮系統には存在しない部隊です。装備の支給ルートと古い暗号通信のプロトコルから推測するに……冷戦期からあのポッド案件を極秘裏に継承し続けてきた、旧軍系の『保全ライン』と思われます」

 

 ヘイズの顔が、怒りでサッと険しくなった。

「……私の知らない、時代遅れの武装部隊が。何の権限もなしに、アメリカ国内で未成年者が生活している町を完全封鎖しているというの?」

 

「厳密に言えば、封鎖措置そのものは、有毒化学物質の流出事故という名目で、州警察と連邦危機管理庁(FEMA)の正規の権限を借りて行われています」

 アルファが、法の抜け穴を突いた巧妙な手口を解説する。

「しかし、現地の警察を骨抜きにし、実質的な実務指揮と情報のコントロールを握っているのは、間違いなくその旧軍系の保全班です」

 

「つまり。表向きの看板は連邦政府を名乗りながら、その中身は『冷戦の亡霊』が動かしていると」

 

「そう見て、間違いありません」

 

 ケンドールが、さらに厄介な分析結果を提示した。

「さらに最悪なことに、逃走した個体が、現地の未成年者とすでに『接触』している可能性が極めて高い状況です。

 ……SNSに流出した動画の撮影位置の解析、事故現場から町へ向かう微弱な移動痕跡。そして何より、地元の保安官であるデイビスという男が、つい先ほど、連邦の危機管理ルートに所属する古い知人に向けて、極秘の救援要請を発信しました。

 逃走個体は、サンタ・ミラージュの市街地、おそらくは動画を撮影した少年たちの身近に潜伏しています」

 

 その報告を聞いた瞬間、ヘイズ大統領は一切の迷いなく決断を下した。

 

「直ちに、その旧軍系保全班へ大統領命令を発出しなさい」

 ヘイズの言葉は、氷のように冷たく、絶対的な権力者のそれだった。

「逃走個体は、『生体回収』を最優先とする。

 民間人、特に未成年者に対する強制的な拘束、脅迫、および現場でのいかなる発砲も、一切禁じる。

 そして、現場の指揮権を今この瞬間をもって、セレスティアル・ウォッチの正規部隊へと完全移管しなさい」

 

「了解しました。直ちに通達します」

 アルファが頷き、コンソールの操作を始める。

 

 ヘイズは、数時間前に日本の矢崎総理からホットラインで忠告された言葉を、頭の中で反芻していた。

『Cicada 3301が見ている世界で、罪のない子供たちを口封じすれば。……国が燃えるわよ』

 

「……古い軍の亡霊の隠蔽工作に、この国を燃やさせるわけにはいかないのよ」

 ヘイズは、忌々しげに低く呟いた。

 

 ***

 

 同じ頃。

 サンタ・ミラージュ近郊の荒野に停泊する、偽装された黒い仮設指揮車両の中。

 

 旧軍系保全班の現場責任者である男――コードネーム:ハロウは、暗号化された通信端末から吐き出された『大統領命令』のテキストを、無表情のまま見つめていた。

 

『現場指揮権をセレスティアル・ウォッチへ移管せよ』

『対象個体は生体での回収を最優先とする』

『民間人への強制措置および発砲を禁ず。当部隊は速やかに撤収準備に入れ』

 

 文面は極めて明確だった。

 だが、ハロウの内心では、冷たい怒りとどす黒い焦燥が激しく渦巻いていた。

 

 大統領命令。

 そんなものは、たかだか四年か八年でホワイトハウスを去っていく、一時的な政治家の戯言にすぎない。

 彼ら旧軍系の保全ラインは、半世紀以上もの間、日の当たらない地下深くで、国家を根底から揺るがしかねないこの「異星の遺物」を、誰にも知られることなく命がけで封じ込めてきたのだ。

 最近になって現れた、アーティファクト専門などとふんぞり返る『セレスティアル・ウォッチ』という新参者に、自分たちが何十年も守り抜いてきた国家の最奥の秘密(アイデンティティ)を、いとも容易く明け渡すわけにはいかなかった。

 

「……指揮官」

 傍らでモニターを監視していた部下が、緊迫した声で報告を上げた。

「逃走した対象個体ですが。……流出した動画の解析と、現場に残された痕跡から推測するに、民間人の未成年者と接触し、すでに【言語能力】を獲得している可能性があります」

 

 ハロウの眉が、ピクリと動いた。

 

「初期映像を撮影したグループも、対象を匿っている住居の近辺にいる可能性が極めて高いです。どうしますか」

 

 ハロウは、モニターに映し出されたサンタ・ミラージュの地図をじっと見つめ。

 そして、一切の感情を交えずに、決定的な判断を下した。

 

「……対象個体の、回収優先度を変更する」

 

「生体回収ですか?」

 部下が確認する。

 

「違う」

 ハロウは、冷酷な声で言い放った。

「対象は、もはや保管すべき物品ではない。……ただの『漏洩源』だ」

 

 部下が、息を呑む。

 

「我々の言葉を理解し、我々と会話が可能な対象は。……それはもはや、我々が国家の裏側で何をしてきたかを語る『証言者』に他ならない」

 ハロウは、暗い瞳で部下を見据えた。

「証言者の存在は、いかなる化学物質の事故よりも……国家にとって厄介だ」

 

 旧軍系という組織の持つ、血も涙もない恐ろしさがそこにあった。

 彼らは、対象を「化け物だから恐れて撃つ」のではない。対象が「人類の言葉を話し、自分たちの不都合な真実を証言できる知性体になってしまった」からこそ、最も合理的な処理として『消去』を選ぶのだ。

 

 その時。

 指揮車両のメインコンソールに、セレスティアル・ウォッチの正規ルートから、暗号化された音声通信が入ってきた。

 

『――こちらセレスティアル・ウォッチ・アルファ。旧軍系保全班、応答せよ』

 アルファの機械的な声が響く。

『大統領命令を受領したはずです。直ちに現場の指揮権を移管してください。対象個体に対する一切の攻撃を禁止します。また、民間人への接触は、当方の法務および心理担当の同行なしには一切認めません』

 

 ハロウは、表情筋一つ動かさずに、マイクのスイッチを入れた。

「……こちら現場指揮官。命令は受領しました。現在の現場の安全確保を継続しつつ、速やかに貴部隊への引き継ぎ準備を行います」

 

『了解しました。正規部隊の到着を待機してください』

 通信が、一方的に切断される。

 

「……どうしますか、指揮官」

 部下が、焦燥した顔で問う。

 

「引き継ぎの正規部隊が到着するまで、あとどれくらいだ」

 

「レーダーの反応から推測して……推定、十八分です」

 

「十分だ」

 ハロウは、立ち上がり、漆黒のヘルメットを被った。

 

 部下が、信じられないものを見るような顔で固まる。

 

「対象個体を発見し次第、即座に【緊急危険判定】を適用する」

 ハロウは、無慈悲な命令を部隊全体に下した。

「対象が、民間人に対して未知のウイルス感染、あるいは『精神汚染』や『認知汚染』を引き起こす可能性があるという名目を理由に……対象を物理的に無力化(消去)する。

 民間人の所持している映像記録デバイスは、国家反逆の証拠品として現場で全て回収。未成年者たちは、精神汚染からの保護名目で、我々の車両に隔離(拘束)しろ」

 

「ですが……それは、明確な大統領命令に対する反逆になります!」

 部下が、処罰を恐れて進言する。

 

「大統領など、たかだか四年で替わる」

 ハロウは、アサルトライフルのボルトを引き、乾いた金属音を響かせた。

「……だが、我々が管理しているこの地下室の秘密は、七十年以上も国家の根幹を守り抜いてきたのだ。

 外部の人間に、その神聖な封印を土足で荒らさせるわけにはいかない」

 

 旧い軍の亡霊たちは、自分たちの信じる歪んだ「愛国心」を守るため、自らの一線を越え、明確な暴走状態へと突入した。

 

 ***

 

 同じ頃。サンタ・ミラージュの住宅街。

 ジェイクの家のガレージでは、保安官デイビスが、古いガラケーを耳に押し当てて、昔の伝手(ツテ)であるマクナリーと、緊迫した通話を続けていた。

 

「……俺だ。デイビスだ」

 デイビスは、周囲に聞こえないように声を潜めて言う。

「昔の貸しを、今すぐ返してもらうぞ。俺の町で、連邦の指揮系統不明の黒い部隊が、何の説明もなく地元の子供を追い回している。……それと、これは信じなくていいが。たぶん、世界中が『レプティリアン』って呼んでるやつが、今、俺の目の前にいる」

 

 電話の向こうの相手――連邦の危機管理部門にいるマクナリーは、最初は悪い冗談だと思って鼻で笑いかけた。

 だが、旧知の仲であるデイビスの声に込められた、これまで聞いたこともないほどの真剣な切迫感に、すぐに事態の異常さを悟った。

 

『……デイビス。いいか、今すぐその場を絶対に動くな』

 マクナリーの声が、低く、緊迫したものに変わる。

『もしお前の目の前にいるのが、本当に『対象個体』だとするなら……外をうろついている旧軍系の連中は、証拠隠滅のために、お前らごと全員回収(サイレンス)しに来るぞ』

 

「……旧軍系だと?」

 デイビスの眉間に深いシワが刻まれる。「どういうことだ」

 

『俺も全部は知らん。だが、お前の町を封鎖している現場の黒服は、大統領直轄のセレスティアル・ウォッチの部隊ではない可能性が高い。冷戦時代の古いプロトコルで動いている、制御不能の亡霊どもだ』

 マクナリーの背後で、慌ただしくタイピングする音が聞こえる。

『今すぐ、ヘイズ大統領直轄の正規部隊をそっちへ回す。それまで、何としてでも持ちこたえろ』

 

「到着まで、何分だ」

 デイビスが、時計を見る。

 

『ヘリを飛ばしても、最短で二十分だ』

 

「十五分で来い」

 デイビスは、吐き捨てるように言った。

 

『無茶を言うな! 魔法の絨毯に乗ってるわけじゃないんだぞ!』

 

「こっちはガレージに、正真正銘の『本物』が隠れてるんだぞ。……無茶しか残ってないんだよ」

 

 通話が切れた。

 デイビスは、ガラケーをポケットにねじ込み、固唾を呑んで見守っていたジェイクたちに向き直った。

 

「……どうやら、正規の保護ルートには繋がったみたいだ」

 デイビスの言葉に、子供たちは一瞬だけホッとした顔をした。

「だが、安心するのは早い。彼らが到着するまで、あの黒服どもから持ちこたえる必要がある」

 

「どれくらいですか?」

 ミアが、震える声で問う。

 

「……長くて二十分だ」

 デイビスは、苦々しい顔で事実を告げた。

「現実的な体感時間で言えば、永遠に近い二十分だがな」

 

 ***

 

 ガレージの奥、廃タイヤの陰で。

 逃走個体――リオは、ブルーシートを被ったまま、驚異的な聴覚で外の微かな無線のやり取りや車両の駆動音を拾い、そしてネット空間から得た断片的な情報を統合し、現在の状況を極めて冷徹に計算していた。

 

「……旧い管理個体群(黒服たち)は、私を安全に回収したいわけではない」

 リオは、ぽつりと言った。

「彼らは、私を【消去】したいのだ」

 

「そんなの、分からないだろ」

 ジェイクが、不安を打ち消すように反論する。

 

「分かる」

 リオの金色の瞳は、残酷な現実を真っ直ぐに見据えていた。

「私が、君たちと同じように『言語』を操り、コミュニケーションが可能であると知れば。……彼らは、必ず『処分』を選ぶ」

 

「なんでだよ!」

 サムが、理解できないというように叫ぶ。「言葉が通じるなら、話し合えばいいじゃないか! なんで殺されるんだよ!」

 

「違う」

 リオは、静かに首を横に振った。

「……話せるからこそ、危険になるのだ」

 

 その言葉の重みに、ガレージの空気が凍りついた。

 

「それって……」

 トビーが、恐る恐る口を開く。「お前が、政府の秘密を『証言』できるからか?」

 

「それに近い」

 リオは、自分の鱗の腕を見つめた。

「私は、長きにわたって保存されていた。そして彼らは、私を保存し、管理していた。

 ……その事実を、自らの口で世界に語ることのできる存在は。秘密を隠匿し続けたい彼らにとって、最も不都合で危険なバグなのだ」

 

「あなたは……本当は、何を知っているの?」

 ミアが、警戒と好奇心の入り交じった目で問う。

 

 リオは、少しの間、目を伏せて沈黙した。

「……記憶は、まだ完全ではない。

 だが、私の中には、記録がある。……光の届かない暗い場所。果てしなく長い管理のシステム。繰り返される、複数の眠り。

 ……人類という種の抱く、得体の知れない恐怖。そして、私を冷たく縛り付けていた、彼らの『手』の感触を」

 

 詳しくは語られなかった。だが、その言葉の端々から滲み出る、途方もない孤独と、人類への諦観は、ジェイクたちの胸を強く締め付けた。

 

「……なら、なおさらアイツらに消されちゃ困る」

 デイビスが、腰の拳銃のグリップを確かめながら、低く唸った。

 

「だからこそ、最終手段は私がここを出ることだ」

 リオは、再び最も合理的な解決策を提示した。

 

「それはなしだって、さっき言っただろ!」

 ジェイクが、声を荒げてリオの前に立ち塞がる。

 

「私一体の犠牲で、君たち群れの生存率が飛躍的に上がる」

 リオは、理解できないというように首を傾げる。「なぜ拒む。極めて論理的だ」

 

「僕は、数字じゃない!!」

 ジェイクは、激しい怒りを込めて叫んだ。

 

 リオは、ジェイクのその激しい感情の揺らぎを、金色の瞳でじっと観察した。

 

「……理解した」

 やがて、リオは小さく瞬きをして言った。

「だが、私はまだ、物事を『数字の合理性』で考える傾向が強いようだ。プログラムの残滓だろうか」

 

「じゃあ、今からそのバグったプログラムを直せよ」

 ジェイクは、泣きそうな顔で、力強く言い返した。

 

 ***

 

 その頃。

 町外れに停泊していた旧軍系の指揮車両の中で、監視モニターを見ていた部下が、弾かれたように声を上げた。

 

「指揮官! ポッドの残響反応を、住宅街のエリアで再検出しました!」

 部下は、モニターの地図上に赤いポインターを合わせる。

「位置は、サンタ・ミラージュの南区画。……昨夜、事故現場付近にいた可能性がある未成年者、『ジェイク・ミラー』の自宅ガレージと完全に一致します!」

 

「……ビンゴだ」

 ハロウは、冷酷な笑みを浮かべた。

「各員、突入準備。目標地点を完全包囲しろ」

 

「地元保安官のデイビスの車両が、家の前に停まっています。彼も中にいると思われます」

 部下が懸念を示す。

 

「排除ではなく、制圧しろ」

 ハロウは、弾倉をライフルに叩き込みながら命じる。

「民間人は保護という名目で速やかに拘束。……対象個体は、『危険判定』のもと、現場で無力化する」

 

「ですが……大統領命令が……!」

 部下が、最後の良心で食い下がる。

 

「大統領命令が届く前に、すべて終わらせる」

 ハロウの言葉は、これ以上のいかなる異論も許さない、絶対の死刑宣告だった。

「出発だ。我々の手で、この汚れた地下室の蓋を閉めるぞ」

 

 ***

 

 ホワイトハウスの地下。

 

「……大統領」

 アルファが、コンソールの警告音を聞いて、緊迫した声を上げた。

「旧軍系の現場部隊が、指揮権の移管命令を完全に無視し、完全武装のまま移動を継続しています」

 

「どこへ!?」

 ヘイズ大統領が、机から身を乗り出す。

 

「サンタ・ミラージュの市街地。……推定目的地は、ジェイク・ミラー家の周辺です」

 

「あの未成年者たちがいる家ね……」

 ヘイズの顔が、蒼白になる。

 

「はい」

 アルファの短い肯定が、最悪の事態を告げていた。

 

「……止めなさい」

 ヘイズの声が、氷のように冷え切った。

 

「セレスティアル・ウォッチの正規部隊を全速力で向かわせています。ですが、到着まであと十五分は……」

 

「間に合わないのね」

 ヘイズは、深く、深く息を吸い込んだ。

 

「……なら、大統領権限で、現場のすべての部隊へ直接命令を強制送信しなさい!」

 ヘイズは、怒りと焦燥を込めて怒鳴りつけた。

「民間人へのいかなる強制措置も禁じる! 対象個体への発砲を禁じる! この命令に違反した者は、即刻『国家への反逆行為』として軍法会議にかける、と!!」

 

「了解、送信します……!」

 アルファがキーを叩く。

 

 だが。

「……通信が、弾かれました」

 ケンドール博士が、別のモニターを見て顔をしかめた。

「現場付近の通信帯域が、急激に不安定化しています。……旧式の、しかし極めて出力の高い軍用ジャマー(電波妨害装置)が展開されています。我々の大統領命令のデータパケットが、現場の端末に届く前に遮断されています」

 

「……この国の暗部は」

 ヘイズ大統領は、拳を握りしめ、ギリッと血が出るほど唇を噛み締めた。

「……私の国民の家の前で、一体何をしているの!!」

 

 大統領の怒号が、虚しく地下室に響き渡った。

 

 ***

 

 ジェイクの家のガレージ。

 

 デイビス保安官は、ふと、外の空気が異様に張り詰めたのを感じ取った。

 遠くで、近所の飼い犬が異常なほど激しく吠え立てている。

 そして。……砂利道で、複数の重い車のドアが、バンッ、バンッ、と連続して閉まる鈍い音がした。

 

 無線のノイズが微かに聞こえる。

 前庭の芝生を、複数の足音(コンバットブーツ)が、完全に訓練された足取りでサクサクと踏みしめて近づいてくる。

 

「……来た」

 デイビスが、拳銃を抜き、ホルスターのロックを外して呟いた。

 

 子供たちの顔から、完全に血の気が引いた。

 

「正規部隊……ですか?」

 リリーが、震える声で問う。

 

「違う」

 デイビスは、ドアの隙間から外の様子を伺いながら、冷や汗を流した。

「……あの足音のフォーメーションは、俺たちを助けに来た音じゃない。狩りに来た連中の音だ」

 

「追跡個体群(ハンター)、だ」

 リオが、暗がりの中で低く呟く。

 

「だから言い方が怖いんだってば!」

 サムが、恐怖で涙をこぼしながら言う。

 

 デイビスは、振り返って全員に短く、的確な指示を飛ばした。

「全員、奥の廃材の裏へ行け! リオを工具倉庫の陰に隠せ!」

 デイビスはジェイクに向かって言う。「カメラはどこだ?」

 

「そこの作業台の上です」

 

「スマホは?」

 リリーが、震える手で自分のスマートフォンを掲げる。

 

 デイビスは、一瞬だけ激しく迷った。

 リオの映像を、これ以上形に残すことは極めて危険だ。証拠がなければ、すべては無かったことにされるが、証拠があれば、彼らは確実に消されるターゲットになる。

 

 だが。……相手が法を無視して突っ込んでくる無法者である以上、抑止力となるのは『全世界の監視の目』しかない。

 

「……録れ」

 デイビスは、腹をくくって命じた。

「ジェイクのカメラ、リリーのスマホ、そしてそこにあるガレージの古い防犯カメラ。全部回せ。俺のボディカムも常にオンにしておく。

 ……ただし、外のネットワークに出すのは、俺たちが本当に殺されそうになった時の、最後の最後だぞ」

 

「分かった……」

 リリーが、泣きそうな顔でスマートフォンの録画ボタンを押した。ジェイクも、カメラの電源を入れる。

 複数のレンズが、ガレージの中の暗闇をじっと見つめていた。

 

 ***

 

 ズガンッ!!!!

 

 激しい破砕音とともに、ガレージのシャッターの鍵が特殊な爆薬で吹き飛ばされた。

 玄関ではなく、最初からターゲットが潜んでいるガレージ側からの強行突入だった。

 

 シャッターが跳ね上がり、目に刺さるような強烈なタクティカルライトの光が、ガレージの中に雪崩れ込んでくる。

 黒い防護服に身を包んだ、顔の見えない完全武装の隊員たちが、アサルトライフルを構えて扇状に展開した。

 

「そこを動くな!! 全員、両手を頭の後ろで組んで床に伏せろ!!」

 

「ここは民間人の家だ!!」

 デイビス保安官が、拳銃を両手で構えたまま、隊員たちの前に立ち塞がって怒鳴りつけた。

「令状はどこにある!! 保安官の許可なく勝手に踏み込むな!!」

 

「国家安全保障上の緊急措置です! 下がってください、保安官!」

 隊員の一人が、デイビスにテーザー銃(非殺傷兵器)を向ける。

 

「子供のいる家で銃を構えるな!!」

 デイビスは一歩も退かなかった。

 だが、多勢に無勢だ。背後から回り込んだ別の隊員が、デイビスの足を払い、無理やり床に押さえつけた。

 

「やめろ!! 離せ!!」

 トビーが叫ぶ。

「キャアアアッ!!」

 ミアとリリーが悲鳴を上げ、壁際へ追い詰められる。

 

「動くなと言っている!!」

 隊員たちが、子供たちにも容赦なく拘束用の結束バンドを向けようとした、その時。

 

「……撃つな!!!」

 ジェイクが、両手を広げて、工具倉庫の前に立ち塞がるようにして叫んだ。

「こいつは、話せるんだ!! 怪物じゃない!!」

 

 ガレージの奥の影から。

 ゆっくりと、ブルーシートを羽織ったリオが、姿を現した。

 

 隊員たちのライトが一斉にリオに向けられ、その異様な爬虫類のシルエットと、黄金色の瞳が暗闇の中に浮かび上がる。

 

 外から、ゆっくりとした足取りで、現場指揮官のハロウがガレージの中へと入ってきた。

 ハロウは、リオの姿を見ると、ヘルメットの奥で冷たく目を細めた。

 

 リオは、向けられた無数の銃口の前でも隠れることはせず、静かに、そして堂々と立った。

 

「……私は、ここにいる」

 リオは、明確な英語で、ハロウに向かって告げた。

「この群れ(子供たち)を、害するな」

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 ハロウの表情が、確信に満ちた冷酷なものへと変わった。

 

「……自律言語能力の獲得を、確認」

 ハロウは、インカムを通じて部下たちに冷静に告げた。

「民間人との長期の接触、および感情的結びつき(エンパシー)の形成あり。……対象は、極めて深刻な『認知汚染リスク』をもたらす存在と認定する」

 

「ふざけるな!!」

 床に押さえつけられていたデイビスが、血を吐くような声で怒鳴った。

「それは、ただ話しているだけだ!! 誰も汚染なんかされてない!!」

 

「だからこそ、危険なのです。保安官」

 ハロウは、デイビスを見下ろして、冷徹な真理を口にした。

 

 怪物が言葉を話し、人間と心を通わせる。

 それは、国家がこれまでついてきた嘘を、最も雄弁に暴き出す「生きた証拠」の誕生を意味していた。

 

 ***

 

 リオは、ハロウのその目を見て。

 彼らが自分を「安全な保管施設」へ連れ戻そうとしているのではなく、ここで「完全に消去」しようとしているのだという事実を、完璧に理解した。

 

「……ジェイク」

 リオは、振り返らずに、背後にいるジェイクに向けて小さく呼んだ。

「最終手段だ」

 

「やめろ!!」

 ジェイクが叫ぶ。

 

「私が出れば、君たちの危険は下がる。計算通りだ」

 リオは、ジェイクの制止を聞かず、ゆっくりと一歩、前へ出た。

 

「違う! こいつらはそういう連中じゃないんだ!」

 ジェイクは、必死にリオの腕を掴もうとした。

 

 だが、リオはさらに一歩前へ進み、隊員たちに向かって、両手をゆっくりと頭の上に掲げた。

 

「……私は、抵抗しない」

 リオは、降伏の意思を示して言った。

「君たちの管理へ戻る。だから……この群れを、害するな」

 

 それは、未知の生命体が、自らの命を差し出してでも、たった一晩の短い時間を共にした人間たちを守ろうとした、自己犠牲の言葉だった。

 

 だが。

 ハロウの心には、その言葉は一ミリも響かなかった。

 

「……対象は、もはや回収不能(汚染済み)」

 ハロウは、横にいる隊員に、冷たい声で命じた。

 

「処分、準備」

 

「処分って……何だよ……」

 ジェイクの顔が、絶望で歪む。

 

「おい、やめろ!! 撃つな!!」

 デイビスが、全身の力を振り絞って隊員の拘束を振りほどこうと暴れる。

 

 リオの金色の瞳が、見開かれた。

 彼らが、投降を受け入れず、最初から自分を「殺す」ことしか考えていないという、人間の底なしの悪意の深さを、初めて完全に計算に組み込んだのだ。

 

「……判断を、修正する」

 リオが、低く呟いた。

 

 その瞬間。

「撃つなら、俺を――!!」

 ジェイクが、リオを庇うようにして、隊員の銃口の前に飛び出した。

 

「ジェイク! 下がれ!!」

 デイビスが絶叫する。

 

 突如として飛び出してきた少年にパニックを起こした隊員の一人が、アサルトライフルの銃口を反射的にジェイクの方へと向けた。

 

 ハロウは、「撃て」とは言わなかった。

 だが、彼は部下が特殊弾の安全装置(セーフティ)を解除するのを、止めることもしなかった。

「対象と民間人を分離しろ。必要なら……対象を無力化しろ」

 その曖昧な命令が、悲劇の引き金を引いた。

 

 銃口が、ジェイクの胸に重なる。

 隊員の指が、トリガーを引く。

 

 その、刹那。

 

 人間の動体視力を遥かに超える速度で。

 しかし、目覚めが不完全であったゆえに、完璧ではない動作で。

 

 リオの体が、弾かれたように動いた。

 

 彼は、ジェイクの体を横へと激しく突き飛ばし。

 自らの細長い体を、ジェイクと銃口の間の空間――射線へと、投げ出した。

 

 ズガンッ!!!!

 

 狭いガレージ内に、耳を劈くような発砲音が轟いた。

 旧軍系が対アーティファクト生物用に開発していた、特殊な炸裂弾。

 

 それが。

 リオの胸部、あるいは腹部とおぼしき中心部に、深く、致命的な一撃となって命中した。

 

 派手な赤い血飛沫は舞わなかった。

 代わりに、リオの背中から、ポッドの中と同じ青緑がかった液体が激しく噴き出し。

 同時に、命の灯火が散るような、眩い『金色の光』がガレージの中に一瞬だけフラッシュした。

 

「……あ」

 突き飛ばされて床に転がっていたジェイクの目の前で。

 

 リオの身体が、くの字に折れ曲がり、スローモーションのように大きく崩れ落ちた。

 

「リオオオオオオオオオオオッ!!!!」

 

 ジェイクの、喉が張り裂けんばかりの絶叫が、サンタ・ミラージュの夜空に響き渡った。

 

 ***

 

 この、理不尽で残酷な銃撃の瞬間。

 その一部始終は、決して隠蔽されることのないよう、いくつもの【眼】によって完璧に記録されていた。

 

 三脚に固定されたジェイクのビデオカメラ。

 ガレージの隅で震えながら回し続けられた、リリーのスマートフォン。

 天井に設置されていた古い防犯カメラ。

 床に押さえつけられたデイビスの胸元で光る、ボディカム。

 そして。……世界中のあらゆるネットワークの裏側から、神出鬼没にこのガレージのシステムへと侵入し、データを吸い上げ続けていた、Cicada 3301のハッキング・ツール。

 

 リリーは、目の前でリオが撃たれるのを見てパニックになり、泣き叫びながらスマホの録画停止ボタンを押そうとした。

 だが、隣にいたミアが、リリーの震える手をガシッと強く掴んで止めた。

 

「止めないで!!」

 ミアは、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、歯を食いしばって叫んだ。

「止めたら……あいつらがやったことが、『なかったこと』にされる!!

 絶対に、目を逸らしちゃダメ!!」

 

 そのミアの強烈な意志が、歴史の真実を永遠にデータとして焼き付けることを決定づけた。

 

 ***

 

 ドサッ、という重い音を立てて。

 リオは、油まみれのガレージの床に倒れ伏した。

 

「リオ! リオ!!」

 ジェイクは、隊員の制止を振り切り、泥と血(青緑の液体)にまみれた床を這うようにして、リオの元へ駆け寄った。

 

 デイビスは、怒りで狂ったように拘束を振りほどこうと暴れている。「貴様らぁぁっ!! 何をしてるか分かってんのか!!」

 

 サムは頭を抱えて泣き叫び、トビーはあまりのショックに言葉を失って呆然と立ち尽くしている。リリーはスマホを両手で握りしめて激しく震え、ミアはジェイクの隣に膝をつき、必死にリオの傷口を押さえようとしていた。

 

「リオ! 死ぬな!!」

 ジェイクは、リオの頭を抱え上げ、ポロポロと涙をこぼしながら叫んだ。

「お願いだ、死ぬなよ!! 助けてやるから! 救急車を呼ぶから!!」

 

 リオの胸の中心には、ぽっかりと大きな穴が開き、そこから絶え間なく青緑色の液体が脈打つように流れ出している。

 彼は、人間と同じように、ひどく苦しそうに浅く、早い呼吸を繰り返していた。

 

「……『死ぬ』という語(システム・シャットダウン)の概念を。……今、完全に理解した」

 リオは、掠れた、消え入りそうな声で呟いた。

 

「今、そんなこと理解しなくていいから!! 目を開けろ!!」

 ジェイクが叫ぶ。

 

「……ジェイク」

 

 リオは、焦点の合わなくなり始めた金色の瞳で、ジェイクの泣き顔を見つめた。

 そして、冷たく、爪の生えたその手で。……ジェイクの温かい手を、そっと、弱い力で握り返した。

 

「……水をくれて、ありがとう」

 

 ジェイクの顔が、絶望と悲しみで完全に崩れた。

「やめろ……そんなこと、言うなよ……!」

 

「……私は、目覚める場所を、間違えたと思った」

 リオは、少しずつ光を失っていく瞳で、天井のくすんだ蛍光灯を見上げた。

「……だが。

 私が……この世界で、最初に見た人類が。……君で、よかった」

 

「リオ……! リオ……!!」

 

 リオは、残されたわずかな力で視線を動かし、ガレージにいる仲間たちを一人一人、静かに見つめていった。

 

 ミアを見る。

「……恐れながらも、論理的に考え続ける個体。……よい防衛の才能だ」

 

「最後まで……分析なんか、しないでよ……っ!」

 ミアが、顔を覆って号泣する。

 

 トビーを見る。

「……君の語っていた物語は、その多くが誤りだった。……だが、君は誰よりも、未知のものを見ようとしていた」

 

「そんな……そんな褒め方、あるかよ……っ!」

 トビーが、鼻水を垂らしながら子供のように泣きじゃくる。

 

 サムを見る。

「……自らの恐怖を正しく認める個体は、生存率が高い。……生きろ」

 

「最後まで……それかよ……! バカヤロウ……!」

 サムが、床を叩いて嗚咽を漏らす。

 

 リリーを見る。

「……情報を、燃やすな。……群れを守るために、使え」

 

「分かった……! 分かったから……!!」

 リリーは、録画を続けるスマホを胸に抱きしめ、激しく頷いた。

 

 そして。

 最後に、床に押さえつけられながら、血走った目で自分を見つめているデイビス保安官を見た。

 

「……防衛個体。

 ……群れ(かれら)を、守れ」

 

 デイビスは、拘束された腕にギリッと力を込め、歯から血が滲むほど食いしばって答えた。

「……言われなくても、俺の命に替えても守ってやるよ。だからお前も、死ぬんじゃねえぞ!」

 

 リオは、ゆっくりと、視線をジェイクへと戻した。

 その金色の瞳の光は、すでに風前の灯火となっていた。

 

「……私は。……君たちが恐れるような、『レプティリアン』ではない」

 リオは、最後の力を振り絞って、自らの存在証明を口にした。

 

「分かってる……!」

 ジェイクは、リオの冷たい手を、両手で包み込むようにして強く握りしめた。

「お前は、レプティリアンじゃない。エイリアンでも怪物でもない!

 ……お前は、【リオ】だ!! 俺の、友達だ!!」

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 リオの金色の瞳が、わずかに、本当にわずかにだが……ふわりと細められた。

 

 それが、爬虫類型の彼らにとっての『笑み』に近い感情表現だったのかどうか、ジェイクには永遠に分からない。

 

「……なら。……それでいい」

 

 その言葉を最後に。

 ジェイクの手を握っていたリオの手から、スッと力が抜けた。

 

 金色の瞳から光が完全に消失し、曇ったガラスのようになった。

 呼吸が止まり、青緑の液体の流出が、静かに止まった。

 

 機能停止。

 絶対的な、『死』だった。

 

「リオ……? リオ!!」

 ジェイクは、動かなくなったリオの体を抱きしめ、何度も何度もその名前を呼んだ。

 だが、二度と返事は返ってこなかった。

 

「ああああああああああああああああああああああっ!!!!!」

 

 ジェイクの、絶望と怒りに満ちた絶叫が、夜のガレージを震わせた。

 

 ***

 

 その直後だった。

 キキィィィィィッ!!!!

 

 外の通りで、複数の車両が急ブレーキを踏む激しい摩擦音が鳴り響いた。

 そして、ガレージの入り口から、今度は全く別の、最新鋭の装備に身を固めた部隊が、雪崩を打って突入してきた。

 

 ヘイズ大統領直轄の、セレスティアル・ウォッチ正規部隊である。

 

「全員、武器を下ろせ!!」

 正規部隊の指揮官が、旧軍系の隊員たちに向かって銃口を向け、大音量で怒鳴りつけた。

「対象個体への攻撃は、明確な大統領命令に対する違反である! 旧軍系保全班、指揮権違反および国家反逆の容疑により、全員をこの場で拘束する!! 武器を捨てろ!!」

 

 旧軍系の指揮官ハロウは、慌てることなく、冷ややかに反論した。

「対象は極めて危険な認知汚染をもたらす存在だった。現場の緊急危険判定に基づき、適切な処分を行ったまでだ」

 

「黙れ。お前たちのその会話は、すべて本部で記録されている。言い逃れは不可能だ」

 正規部隊の指揮官が、冷酷に言い放つ。

 

 拘束を解かれたデイビス保安官が、ふらつきながら立ち上がり、ハロウの胸ぐらを殴りつける勢いで怒鳴り込んだ。

 

「遅いんだよ!! てめえら、来るのが遅すぎるんだよ!!」

 デイビスは、目に涙を浮かべて絶叫した。

 

 正規部隊の隊員たちは、ガレージの床を見た。

 そこには、青緑色の液体だまりの中で、ピクリとも動かなくなった異形の存在の体を抱きしめ、声を枯らして泣き叫んでいる少年の姿があった。

 

 誰も、言葉を発することができなかった。

 正規部隊は、旧軍系の隊員たちから素早く武器を取り上げ、制圧・連行していく。

 

 だが、どれほど彼らが正義を執行しようとも。

 現場の子供たちにとっては……「遅すぎた」「守れなかった」という、決定的な絶望感だけが残された。

 

 ***

 

 ワシントンD.C.、ホワイトハウス地下危機管理室。

 

 ヘイズ大統領、アルファ、ケンドール博士の三人は、言葉を失ったまま、メインスクリーンに映し出された現場からの緊急映像を見つめていた。

 

 画面の中では。

 リオがジェイクを突き飛ばして庇い、撃たれる瞬間が。

 そして、「水をくれて、ありがとう」と言って息絶える最期の姿が、生々しく再生されていた。

 

 会議室は、死者のいる墓場よりも深い静寂に沈んでいた。

 

 ヘイズ大統領の表情は、完全に凍りついていた。

 ケンドール博士は、科学者としての無力感に顔を伏せ、アルファは静かに目を閉じていた。

 

「……この国は」

 ヘイズ大統領が、震える声で、血の滲むような思いで呟いた。

「……また。

 【話せる相手】を、撃ってしまったのね」

 

 誰も、それに答えることはできなかった。

 人類と、未知の知性体との、和解できたかもしれない初めての接触。それを、自国の古い恐怖心(パラノイア)が、一瞬にして撃ち殺してしまったのだ。

 

「……旧軍系保全班の現場指揮官は、すでに拘束しました」

 アルファが、無機質な声で報告する。

「関連する命令ライン、および資金の出所を、すべて徹底的に洗います」

 

「洗うだけでは足りないわ」

 ヘイズ大統領は、ゆっくりと顔を上げ、かつてないほどの冷酷で、絶対的な殺意を込めた目で命じた。

「……【解体】しなさい。根こそぎよ。

 冷戦期の封印案件を、すべて大統領直轄の特別監査に移す。セレスティアル・ウォッチの管理外に置かれている既存技術外案件を、一つ残らず洗い出しなさい。

 ……今夜、この国の薄汚い地下室を、全部開け放つのよ」

 

「了解しました。直ちに実行します」

 

 ヘイズは、モニターの映像の、ある一場面を一時停止させた。

 それは、リオがジェイクを庇うために、身を呈して飛び出した瞬間の映像だった。

 

「……それと。その子供たちを、最優先で保護して」

 ヘイズは、少しだけ声を震わせながら言った。

「尋問や隔離じゃないわ。……【保護】よ。

 彼らは、事件の重要な証人であり、理不尽な暴力の被害者であり……そして、何より。

 ……あの子(リオ)の、この星での最初の友人だったのだから」

 

 ***

 

 現場では、旧軍系の一部残党や、急行した連邦の情報保全部門が、子供たちのカメラや防犯カメラの映像記録を強引に回収し、証拠の削除を試みようと動き始めていた。

 

 だが。

 彼らの隠蔽工作は、圧倒的に遅すぎた。

 

 世界中のあらゆるSNS、動画投稿サイト、テレビ局の内部サーバー、さらには一般人のニュースアプリのプッシュ通知に至るまで。

 突如として、画面がジャックされ、あの忌まわしい【蝉】のマークが浮かび上がったのだ。

 

『Cicada 3301』。

 彼らは、この夜の惨劇を、決して秘密の地下室で終わらせるつもりはなかった。

 

 画面には、極めて短く、ふざけたようなテキストが表示された。

 

『流石にやり過ぎだろ……旧軍関係者><』

 

 その、あまりにも軽すぎる、人の死を煽るような顔文字(><)のついた文面が。

 逆に、これからの映像を見る世界中の人々の心を、絶対零度にまで凍らせることになる。

 

 続けて、編集された映像が全世界に強制配信された。

 それは、悪意ある切り貼りやフェイクではなく。……むしろ、現場で何が起きたのかを、【最悪に分かりやすく】伝える、残酷な真実のダイジェストだった。

 

 リオが、両手を上げて「この群れを害するな」と投降する姿。

 旧軍系指揮官が、「対象は回収不能、処分準備」と冷酷に命じる声。

 ジェイクが必死に止めに入り、リオがジェイクを庇って撃たれる瞬間。

 そして。

 最後に、少年の手を握りながら遺した、「水をくれて、ありがとう」という静かな最期の言葉。

 

 映像の最後に、Cicadaのコメントが再び浮かび上がる。

 

『怪物、ではなかったみたいだね。』

 

 その数秒の動画は、ネス湖のパニックに沸いていた世界中に、全く新しい、そして取り返しのつかないほどの【衝撃と怒り】の爆弾を投下した。

 

 ***

 

 ネットの反応は、初動から完全に振り切れていた。

 

 [X(旧Twitter) / グローバル・タイムライン]

 

「は?」

「撃ったの? なんで!?」

「喋ってるじゃん! 両手上げて降伏してるじゃん!」

「子供かばってるじゃんかよ! なんで撃つんだよ狂ってんのか!!」

「これを撃った連中の方が、よっぽど怪物だろ……」

「レプティリアンとかエイリアンとかじゃない。あいつは……ただの『リオ』じゃんか……!」

 

 アメリカ国内のネット空間は、政府の隠蔽体質に対する凄まじい怒りの炎に包まれた。

 

「旧軍系って何だよ!? 政府がまた俺たちに隠して、裏でこんな非道な部隊を飼ってたのか!」

「いや、映像の命令ログをよく聞け。ヘイズ大統領の部隊(セレスティアル・ウォッチ)が到着する前に、旧軍の連中が勝手に撃ってる。アメリカの内部で内戦が起きてるんだ!」

「アメリカの暗部が、ガチで表に出たぞ。隠蔽のために話せる相手を平気で撃ち殺す、腐りきった軍隊の姿が!」

 

 陰謀論界隈も、大混乱に陥っていた。

「レプティリアンは実在した! だが、ディープステートに殺されたんだ!」

「メドベッドの秘密を隠すために、証拠隠滅されたんだ!」

「違う……! リオは人類を支配する黒幕なんかじゃない! 彼は、政府にずっと囚われていた『被害者』だったんじゃないか!?」

 

 そして、一般層の多くの人々は、イデオロギーや陰謀論を超えた、純粋な悲しみに暮れていた。

 

「『水をくれてありがとう』で、涙腺崩壊した……」

「あの最期の顔を見て、あいつを化け物だって言える人間が、この地球上にいるのかよ」

「人類は……また、やらかしたんだな。未知のものと手を取り合えるチャンスを、自分たちの恐怖でぶち壊した」

「Cicadaのあのふざけた絵文字が死ぬほどムカつくけど……あの映像が出なかったら、あの子が撃たれた事実も全部『なかったこと』に隠蔽されてたんだろうなと思うと、複雑すぎる」

 

 ***

 

 サンタ・ミラージュの町。ジェイクの家のガレージ。

 

 リオの遺体は、すでにセレスティアル・ウォッチの特殊回収班によって、厳重なカプセルに入れられて回収されていた。

 旧軍系の隊員たちは全員武装解除され、連行されていった。

 ジェイクたちは、「保護対象」として扱われ、医療スタッフのチェックを受けていた。

 

 しかし。

 ジェイクは、リオが倒れていた床の血痕(青緑の液体)を見つめたまま、完全に放心状態になっていた。

 彼の横には、デイビス保安官が、無言のまま並んで座っていた。

 

「……俺」

 ジェイクは、虚ろな声で呟いた。

「俺……助けられなかった。あいつ、俺を庇って……」

 

 デイビスは、子供に対して「そんなことない」「お前は悪くない」という、安っぽい甘い慰めの言葉はかけなかった。

 

「そうだな」

 デイビスは、深くため息をついて、重く頷いた。

 

 その残酷な肯定に、ジェイクの顔が激しく歪み、涙がポロポロとこぼれ落ちる。

 

 デイビスは、ジェイクの肩にそっと、力強く手を置いた。

 

「だがな、ジェイク」

 デイビスは、夜明けが近づく空を見上げて、静かに言った。

「もし、お前が昨日の夜……あいつを怖がって、あの『水』を渡さなかったら。

 ……あいつは、最期まで、ただの気味の悪い『怪物』のままで、暗闇の中で死んでいったはずだ」

 

 ジェイクが、顔を上げる。

 

「お前が水を渡したから。お前が、あいつと話そうとしたから。

 ……あいつは、最後に『リオ』として、人間の友達に看取られながら、誇り高く死ぬことができたんだ」

 

 その言葉に、ジェイクはもう耐えきれなくなり、デイビスの胸に顔を押し付けて、子供のように大声で泣きじゃくった。

 

 ガレージの外では、ミア、トビー、サム、リリーの四人もまた、肩を寄せ合って泣いていた。

 

 デイビスは、泣き崩れる子供たちの姿を見て、ギリッと奥歯を噛み締め、低く、自分自身に言い聞かせるように呟いた。

 

「……お前らは、何も悪くない。

 悪いのは大人が……助けに行くのが、一歩間に合わなかっただけだ」

 

 しかし、その言葉は。

 目の前の少年たちを最後まで守りきれず、彼らの心に一生消えないトラウマを背負わせてしまった自分自身への、最も鋭く、重い刃となって突き刺さっていた。

 

 世界は、その数秒の映像を見た。

 

 両手を上げ、抵抗しないと告げた未知の存在。

 それを「証言者」として恐れ、冷酷に引き金を引いた、旧い軍の亡霊。

 銃口の前に立ちはだかった、名もなき少年。

 そして……その少年を庇って撃たれた、金色の瞳。

 

 最後の言葉。

 

 ――水をくれて、ありがとう。

 

 その不器用で、ひどく純粋な一言は。

 どんな国家の政府声明よりも速く、どんなもっともらしい陰謀論よりも深く、世界中の人々の心の中へと染み込んでいった。

 

 レプティリアンではなかった。

 侵略者でも、世界を裏で操る支配者でも、人類を食い殺す怪物でもなかった。

 

 少なくとも。

 ニューメキシコの寂れた町の、油臭いガレージの中で。少年たちと出会い、共に過ごした数時間を生きた彼は……紛れもなく、『リオ』という名の一人の友人だった。

 

 人類は、その名を知る前に、勝手な想像で彼を恐れた。

 恐れたまま彼を地下深くへ隠し、隠したまま管理し。……管理しきれなくなった瞬間に、恐怖に駆られて撃ち殺した。

 

 そして、失って初めて、ようやく理解したのだ。

 

 自分たちが撃ち殺したものは、恐ろしい怪物などではなく。

 ……宇宙のどこかで、誰かに作られ、そして愛されていたかもしれない、『誰か』だったのだということを。

 

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