銀河皇帝のスペアに転生した元社畜、地球軌道上の要塞でネトゲ三昧の隠居生活を満喫する 〜足元では超大国が滅亡級の異星遺産を巡って暗躍中ですが、主人公(ぼく)の命は絶対安全なので特等席で傍観します〜   作:パラレル・ゲーマー

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第149話 徳川幕府は未来人を呼んでいた

 東京、永田町。

 首相官邸のさらに地下深くに位置する、既存技術外事象評価セルの特別防音会議室。

 

 沖田室長は、静まり返った室内で、一人デスクに向かい、各国のインテリジェンス機関から送られてくる膨大な未解決アーティファクト案件の報告書を整理していた。

 

 タンザニアのオルドヴァイ峡谷に出現し、何も語らぬまま人類に意味を問いかけているモノリス。

 ドイツの夜に蠢く、ナチスの残滓とおぼしき吸血鬼化兵士。

 イギリスで厳重に封鎖されながらも、死者に会うための巡礼者が絶えないネス湖。

 福島で静かに環境浄化を続けるソーマの樹。

 日本政府に接触してきた、不老不死の八百比丘尼。

 そして、世界中の通信網をジャックし、神出鬼没に現れては消えるCicada 3301。

 

(……一つとして、解決の目処が立っているものがない)

 沖田は、疲労で重くなったまぶたを擦り、深くため息をついた。

 

 そこへ、重厚な防音扉が開き、矢崎総理が姿を現した。

 普段の公務で着るカッチリとしたスーツ姿ではなく、少しだけ肩の力の抜けた、しかし深い思索の気配を纏った装いだった。

 

 沖田は即座に立ち上がった。

「総理。……予定より早いですね」

 

 総理は、軽く頷きながら室内を見回した。

「あら。三神編集長は?」

 

「今日は来ていませんね」

 沖田は答えてから、総理の様子に気づき、少しだけ声を潜めた。

「何かありましたか?」

 

 総理は、円卓の椅子にゆっくりと腰を下ろし、少しだけ疲れたような、しかしどこか不思議なものを見てきたような顔で言った。

 

「……【魂の庭】で、定例会議をしてきたの」

 

 沖田は、その言葉に一瞬だけ表情を固くした。

 

「……徳川家康公たちとの、ですか」

 

「ええ」

 総理は、手元に置かれた冷たい水を一口飲み、静かに言った。

「今日は家康さん、信長さん、秀吉さん……それから、慶喜さんにも話を聞いたわ」

 

 沖田は、少しだけ苦笑いを浮かべた。

「何度聞いても、その名前が同じ会議(テーブル)に並ぶのは、現代の官僚としては慣れませんね」

 

「私もよ」

 総理は、自嘲気味に笑った。

 

 島根県、出雲の地下深くに存在する『魂の庭』。

 そこは、世界中の魂(精神のアーカイブ)が保存されている、規格外のアーティファクトである。

 正当な権限を持つ者がアクセスすれば、歴史上の「本人」の魂と、直接対話することが可能なのだ。

 

 歴史研究という観点から見れば、まさに夢のような施設。

 だが、国家運営の観点から見れば、それは自国の歴史認識、宗教、家系、戦争責任、そして権力の正統性をすべて根底から覆しかねない、猛毒の劇薬でもある。だからこそ、政府はこの事実を国民に隠匿し、総理とごく一部の人間だけが、極秘裏にアクセスすることを許されているのだ。

 

「……それでね」

 総理は、まず軽い話題から入るように、少しだけ口元を緩めた。

「八百比丘尼さんの話になったの」

 

「八百比丘尼さんの?」

 沖田は、少し意外そうな顔をした。

 

「ええ。皆さん、彼女のことを気になさっていたわ。『元気か』、と聞かれたのよ」

 

 沖田は、その言葉の持つ意味を脳内で処理し、一拍遅れて反応した。

 

「……織田信長公や徳川家康公が、八百比丘尼さんの近況を気にしていた、ということですか」

 

「そういうことになるわね」

 

「時の権力者たちに……彼女が、接触していたと?」

 沖田の顔が、少しだけ引き攣る。

 

「ええ。どうやら、それぞれの時代で何度か会っているらしいのよ」

 

 総理は、魂の庭で聞いてきた、日本史の英雄たちの「八百比丘尼評」を軽く語り始めた。

 

「信長さんは、彼女を面白がっていたわ。

 『あれは人ではない。だが、人の世を見物する目は面白い』……と。

 初めて会った時は、ただの変わった女と思ったそうだけど、二度目に会った時、顔も雰囲気もまったく変わっていないことに気づいたそうよ」

 

「秀吉さんは、彼女の『不老』に強い興味を持っていたみたい。

 『二度目に会うた時も同じ顔をしておった。あれは反則じゃ』と笑っていたわ。

 でも八百比丘尼さんの方は、秀吉さんを面白がりはしても、不老の秘密を教える気は全くなかったみたいね」

 

「家康さんは、かなり警戒していたわ。

 『あれを欲しがる者は、たいてい国を傾ける』……と。不老不死そのものよりも、それを欲しがる人間の危うさを、彼らしい冷徹な目で見抜いていた」

 

「そして……慶喜さんには、幕末にも会っていたそうよ。

 『徳川が終わる時にも、あの人は変わらず軽かった』……って」

 

 その言葉に、総理は妙に納得したように深く頷いた。

 先日、この会議室に現れ、「なんで不老無病、拒否したの?」と軽いギャル口調で言い放った彼女の姿と、見事に重なる。

 

 沖田は、額を押さえて苦笑した。

「……日本史の教科書を、根底から書き換える必要がありそうですね」

 

「ええ。教科書どころではないわね」

 総理も、ため息をつきながら同意した。

 

 沖田は、少し真面目な顔になり、進言した。

「……こうなると。いずれは、やはり『魂の庭』の存在を、国民に公開すべき時が来るのかもしれませんね」

 

 総理は、すぐには答えなかった。

 机の上で手を組み、じっと考え込んでいる。

 

「……どうでしょうね」

 総理は、慎重に言葉を選んだ。

「ネス湖の時、『死者に会える』という情報が流れただけで、世界中が狂乱して暴動寸前まで動いたわ。……魂の庭は、もっと危険よ」

 

「歴史上の本人から、直接話を聞けるわけですからね」

 

「ええ。神話ではなく、歴史の【正解】が出てしまう」

 総理の目は、国家を背負う冷徹さを帯びた。

「こうして私たちが限定的に話を聞き、それを政策の判断材料にするだけでも、十分に危ういことよ。……当分、一般公開は無理でしょうね」

 

「真実は、公開すればいいというものではない、と」

 

「そういうことね。……真実は時として、社会の秩序を容易く破壊するわ」

 

 その時。

 会議室の扉がノックされ、秘書官が顔を出した。

 

「失礼します。三神編集長が到着されました」

 

「通して」

 

 扉が開き、いつものよれよれのスーツを着た三神編集長が、片手に缶コーヒーを持って入ってきた。

 

「おや、総理。今日は何か急用でした?」

 三神は、パイプ椅子に腰掛けながら、飄々とした声で尋ねる。

 

「ええ。今、魂の庭で聞いてきた話の報告を受けていたの」

 総理は言った。「八百比丘尼さんの話題になってね」

 

 三神は、少しだけ眉を上げた。

「ほう、そうでしたか」

 

「……驚かないのね」

 総理が、三神の反応の薄さにジト目を向ける。

 

「まあ、八百比丘尼ですからねえ」

 三神は、プルタブを開けてコーヒーを一口飲んだ。

 

「……それで納得できるのが嫌ですね」

 沖田が、心底ウンザリしたように言う。

 

「あの方が信長、秀吉、家康、慶喜あたりと会っていても、むしろ自然です」

 三神は、事も無げに解説する。

「彼女は、日本の歴史の裏側をずっと見物してきた観測者です。歴史の面白い局面(ターニングポイント)に顔を出していない方が、不自然でしょう」

 

「あなたの言う『自然の基準』は、もう一般社会に戻れないところまで来ているわね」

 総理が呆れたように言う。

 

「今の現実の方が、私に寄ってきているだけですよ」

 三神が笑って返す。

 

「嫌な現実ですね」

 沖田が冷たく切り捨て、場が少しだけ和んだ。

 

 だが。

 矢崎総理の表情は、すぐに真剣な、そして極めて重いものへと戻った。

 

「……三神編集長。今日、魂の庭で、もう一つ重要な話を聞きました」

 

 三神の目が、スッと細められた。

「ほう」

 

「……どうやら。徳川幕府は、アーティファクトを持っていたらしいの」

 

 三神の顔から、笑みが完全に消え去った。

「徳川幕府が、ですか」

 

「ええ。家康さんと慶喜さん、二人の口からの証言です」

 

 三神は、少し前のめりになり、オカルト編集者としての純粋な知的好奇心を隠しきれない顔になった。

「……それはまた、とんでもない話ですね」

 

 総理は、さらに爆弾を投下した。

「しかも、それを……【徳川埋蔵金】と一緒に、隠したらしいわ」

 

 三神の目に、明らかな【興奮】が浮かび上がった。

 

「……徳川埋蔵金」

 三神が、その単語をまるで極上のワインの名前のように低く反復した。

 

「編集長。顔が笑っていますよ」

 沖田が、呆れと警戒の入り混じった声で指摘する。

 

「笑うなという方が無理です」

 三神は、両手を広げてみせた。

「『徳川幕府』、『アーティファクト』、『魂の庭の一次証言』、そして『徳川埋蔵金』。

 ……このキーワードが揃って、これで冷静でいろという方が、オカルト編集者にとっては無茶な要求です」

 

「安全保障上の問題です、三神さん」

 総理が、冷たい声で釘を刺す。

 

「もちろんです」

 三神は、すぐに姿勢を正した。

「安全保障上は最悪です。……ですが、歴史ロマンとしては最高です」

 

「……やっぱり楽しんでいるじゃない」

 総理がため息をつく。

 

 総理は、魂の庭で聞いてきた情報を整理し始めた。

 

「徳川側での正確な呼び名は、まだ確定していないわ。

 ただ、いくつかの表現が出てきたの」

 

 総理は、メモを見ながら読み上げる。

「『御時渡御免状(おんときわたりごめんじょう)』。

 『時渡りの通行手形』。

 『往き限りの札』。

 ……そして、『未来聞きの札』」

 

 沖田が、その言葉の意味を反芻し、怪訝な顔をした。

「未来聞き、ですか……?」

 

 三神が、目を細めて推測する。

「……未来の人間を呼ぶための、通行手形、というところでしょうか」

 

「未来人を呼ぶ?」

 沖田が、信じられないというように聞き返す。

 

「ええ」

 総理は、重く頷いた。「家康さんの話では、その札は“時の向こうから人を呼ぶ”ためのものだったそうよ」

 

 三神が、小さく息を吐き出した。

「……ついに、時間干渉系アーティファクトですか」

 

「今まで、タイムスリップ系の事象はほぼ扱ってこなかったわね」

 総理が言う。

 

「だからこそ、影響が大きい」

 三神の声が、一段階低くなる。

「時間は、下手に触ると歴史全体が怪しくなります。万象器や不老無病よりも、はるかに厄介な概念だ」

 

 沖田が、実務的な疑問を呈する。

「徳川幕府は、それを実際に使っていたのですか?」

 

「使っていたそうよ」

 総理は、確信を持って答えた。

「政権の節目で。……何度か、“未来の者”を呼んでいた」

 

 会議室が、完全に静まり返った。

 

 三神が、天井を見上げて低く呟く。

「……徳川幕府には、未来人アドバイザーがいた……」

 

「言葉にすると、とんでもないわね」

 総理が苦笑する。

 

「ええ。最高です」

 三神が、またしても楽しそうに答えた。

 

「最高ではありません」

 総理がピシャリと切る。

 

 沖田が、さらに深い疑問を口にした。

「……それなら、なぜ徳川幕府は、未来の技術を使って『無双』できなかったのですか?

 未来の兵器や知識があれば、黒船を追い払うことも、明治維新を防ぐこともできたはずです」

 

「そこは、アーティファクト特有の『制限(ルール)』があったのでしょう」

 三神が、ホワイトボードの前に立ち、マーカーで仮説を整理し始めた。

 

「第一に、未来の『物品』は持ち込めない。

 第二に、具体的な技術情報(設計図など)は、時代に合わないためノイズ化するか、伝達できない仕様になっている。

 第三に、詳細な未来年表(誰がいつ死ぬかなど)も、おそらく語れない。

 第四に……呼ばれる人物も、徳川側が自由に指名できたわけではない。その時代の『問題』に答えられる者が、装置(札)側に選ばれる」

 

 三神は、マーカーを置いて結論を述べる。

「つまり。徳川は、未来の兵器や技術を得たわけではなく……あくまで、為政者としての『方針の助言(コンサルティング)』を受けただけです」

 

「魂の庭で聞いた話とも、一致するわ」

 総理が深く頷いた。

「家康さんも、慶喜さんも。……未来人から聞けたのは“答え”ではなく“考え方”だったと言っていたわ」

 

「未来人が、幕府を裏で操っていたわけではないのですね」

 沖田が、少しだけ安堵したように言う。

 

「ええ」

 総理は言う。「徳川の政治は、あくまで徳川のものよ。ただ、その要所要所の節目に、未来からの助言が混じっていたというだけ」

 

「そのバランスは重要ですね」

 三神が分析する。「徳川の統治力を完全に否定するのではなく、徳川が未来人の助言を自分たちの制度へと落とし込んだ。……そう見るべきでしょう」

 

 矢崎総理は、魂の庭で聞いてきた、その「未来からの助言」の断片的な内容を語り始めた。

 

 まだ、未来人たちの名前は不明だ。

 ただ、どのような助言者が来たのかは、おぼろげに分かっているという。

 

「一人目。……【戦乱の後始末を知る者】」

 

 総理が告げる。

「家康さんの時代。関ヶ原の後、徳川が天下を取った直後のことよ。

 未来から呼ばれた者は、こう助言したそうよ」

 

『勝者が勝ちすぎれば、次の戦乱の種になります』

『敵をすべて滅ぼせば、恨みは地下へ潜ります』

『……生かして、縛り、格式に閉じ込めなさい』

 

 総理は、少しだけ微笑んだ。

「家康さんは、その言葉を聞いて笑ったそうよ。

 ……“未来の者も、なかなか陰湿なことを申す”と」

 

「かなり徳川らしいですね」

 三神も笑う。

 

「外様大名を生かし、要地に配置し、参勤交代や格式で雁字搦めに縛る発想。……それに影響を与えた可能性がある、と?」

 沖田が、歴史の事実と照らし合わせる。

 

「完全に未来人が制度を作ったわけではないでしょうが、発想の一部(後押し)にはなったかもしれませんね」

 三神が頷く。

 

「二人目。……【飢饉と財政を知る者】」

 

 総理が続ける。

「江戸中期。飢饉、米価の乱高下、貨幣経済の浸透、幕府財政の歪みが目立ち始めた時代。

 呼ばれた未来人は、経済や食糧流通に詳しい人物だったらしいわ。

 その者は、こう言ったそうよ」

 

『米だけで国を測るな』

『倉が満ちても、民の腹が空けば国は傾く』

『金の流れを見ろ』

『飢えは、思想より先に反乱を呼ぶ』

 

 沖田が、推測する。

「……未来の経済学者か、農政官僚のような人物ですかね」

 

「あるいは、現代の災害対応や食糧安全保障を知る実務者かもしれません」

 三神が補足する。

 

「徳川幕府が、未来から経済助言を受けていたというだけで……同じ為政者として、頭が痛いわ」

 総理が、額を押さえる。

 

「そして、三人目。……【外圧を知る者】」

 

 総理の表情が、一段と引き締まった。

「幕末前夜。黒船来航、列強の接近、開国圧力。

 呼ばれた未来人は、軍事・外交に詳しい者だったそうよ。

 助言は、かなり重かったらしいわ」

 

『海の向こうと、正面から戦うな』

『攘夷は情としては理解できるが、実行すれば国が焼ける』

『内で争えば、外から食われる』

『……列強は、割れた国を待っている』

 

 沖田が、ハッと息を呑んだ。

「……幕府の一部が、外圧の危険性(植民地化のリスク)を、妙に早く理解していた理由の一つになり得ますね」

 

「ええ。未来人が列強の怖さ(帝国主義の実態)を語ったなら、幕府中枢に相当な衝撃を与えたでしょう」

 三神が、幕末の歴史の裏側を覗き込むように言う。

 

「そして」

 

 矢崎総理の声が、さらに低く、重くなった。

 

「……最後に呼ばれた者が、いたそうよ」

 

 沖田が、眉をひそめる。

「最後?」

 

「徳川幕府が、終わる直前」

 総理は、円卓の二人を見据えた。

「この札を。……【明治の新しい政府へ、渡すべきかどうか】を決めるために」

 

 三神の顔から、楽しそうな笑みが完全に消え去った。

 

「……なるほど」

 三神は、低く呟いた。

 

 徳川側は、当初、この札を新政府へ渡すことを考えていたという。

 理由は単純だ。

 徳川の世は終わる。しかし、日本という国は残る。ならば、日本を次に担う明治政府へ、未来を聞く札を渡すべきではないか。

 

 徳川慶喜は、魂の庭でこう語った。

 

『あれを、我らだけのものとして埋めるのは、卑怯ではないかと思うた。

 次の世が日本を担うなら、次の世へ渡すべきではないかと』

 

 しかし。

 最後に呼ばれた未来人が、それを止めたのだ。

 

 その者は、言った。

 

『渡してはいけません』

『明治政府がこれを持てば、大変なことになる』

『……未来を聞ける権力は、自分の正しさを疑わなくなります』

 

 矢崎総理は、魂の庭で聞いた慶喜の言葉を、そのまま二人に伝えた。

「慶喜さんは、言っていたわ。

 ……“あの者は、渡した後の【地獄】を見てきた目をしていた”、と」

 

 会議室の空気が、重く沈んだ。

 

 沖田が、戦慄するように言う。

「……未来を聞ける、明治政府……」

 

「最悪ですね」

 三神が、吐き捨てるように言った。

 

「どういう意味で?」

 総理が問う。

 

「明治政府は、間違いなく未来を聞こうとします」

 三神は、近代日本の血塗られた歴史を並べ立てた。

「日清戦争、日露戦争、不平等条約改正、殖産興業、大日本帝国憲法、軍制改革、天皇制。

 ……そしていずれ、さらに先の未来。……満州事変、太平洋戦争、敗戦、戦後体制まで聞きたがる」

 

 沖田が、顔面を蒼白にして言う。

「未来の知識を持った、近代国家……」

 

「ええ。それは、神託を持った近代国家です」

 三神は、冷酷な真理を突いた。

「未来を知れば、人間が賢くなるとは限りません。

 むしろ、“自分たちは未来を知っている”という絶対の確信が、より強硬で、独善的な政策を選ばせる可能性が高い」

 

「勝てる戦争だけを選ぼうとして、別の地獄を作る」

 総理が、為政者の恐ろしさを代弁する。

 

「あるいは、負ける未来を避けようとして、もっと悪い未来のルートへ入る」

 三神が、歴史改変のパラドックスを指摘する。

「未来情報は、人間を謙虚にするとは限りません。だからこそ……徳川は、渡さなかった」

 

「ええ」

 総理は頷いた。

「そして、徳川再興派にも渡せなかった」

 

「徳川再興派が持てば、明治政府の失敗を未来から聞き出し、再興の機会(クーデター)を探しますからね」

 沖田が言う。

 

「完全な、内戦の火種になります」

 三神が結論づけた。

 

「だから……埋めたのよ」

 総理が、静かに言った。

 

「おそらく」

 三神が同意する。

 

「なぜ、わざわざ金と一緒に?」

 沖田が疑問を呈する。

 

「隠すためです」

 三神の目が、鋭く光る。

「人は『金がある』と聞けば、血眼になって金を探します。

 徳川再興の軍資金。幕府の隠し財産。赤城山の埋蔵金。

 ……そういう魅力的で分かりやすい噂があれば、本当に隠したかった『小さな札』から、完全に目が逸れる」

 

「つまり、徳川埋蔵金伝説そのものが……目眩まし」

 総理が、歴史の闇に感嘆の息を漏らす。

 

「可能性は高いです」

 三神は、深く頷いた。

「徳川が本当に隠したかったのは、財宝ではなく……【未来を聞く権利】だった」

 

「金より、ずっと危険ですね」

 沖田が、冷や汗を流しながら言う。

 

「ええ」

 三神は、静かに答えた。「金で国は揺れますが。……未来で、国は狂います」

 

 矢崎総理は、魂の庭で得た手掛かりの断片を、ホワイトボードに書き出した。

 

「場所は、群馬県の【赤城山】らしいわ」

 

 その地名が出た瞬間。

 三神のテンションが、再び一気に急上昇した。

 

「赤城山!!」

 三神は、パイプ椅子から立ち上がりそうになった。

「徳川埋蔵金伝説の、王道中の王道じゃないですか!

 小栗上野介、旧幕府軍資金、赤城山、埋蔵金探索プロジェクト。……あまりにも完璧すぎる!」

 

「まだ、発見されたわけではありません」

 総理が、三神の熱を冷ますように言う。

 

「分かっています」

 三神は、興奮を抑えきれない顔で答える。

「ですが、魂の庭で徳川慶喜本人の口から場所の証言が出た時点で、テレビの特番でやってるような普通の埋蔵金伝説とは、完全に次元が違いますよ!」

 

「具体的な位置は?」

 沖田が、実務的な確認を急ぐ。

 

「まだ不完全よ」

 総理は、メモを見ながら候補地を絞り込む。

「ただ、目印はいくつか聞いています。

 ……赤城山南麓。

 ……古い水脈が二つ交わる場所。

 ……葵を伏せた石。

 ……三つ目の沢。

 ……小栗の名を辿れ。

 ……金ではなく『札』を探せ。

 ……そして、『明治に渡さなかったもの』」

 

 沖田が、手元の端末で赤城山の地形データを呼び出しながら言う。

「……かなり広大ですね。追加の照会が必要です」

 

「ええ」

 総理は頷いた。

「慶喜さんだけでなく、小栗上野介さん、あるいは勝海舟さんにも、次回確認した方がいいでしょう」

 

「小栗上野介まで出るなら、徳川埋蔵金伝説として完璧です」

 三神が、またしても楽しそうに笑う。

 

「三神さん」

 総理が、ジロリと睨む。

 

「はい」

 

「……また、楽しそうな顔をしています」

 

「隠しきれません」

 三神は、堂々と開き直った。

 

 総理は、深くため息をつき、決断を下した。

 

「……赤城山に、極秘調査隊を出します」

 

「表向きの名目は?」

 沖田が問う。

 

「地質調査と、埋蔵文化財保全調査」

 総理は、澱みなく指示を出す。

「ただし、実態は徳川埋蔵金……および、時空干渉系アーティファクトの捜索よ」

 

 沖田は、素早く調査隊の構成案をリストアップしていく。

「既存技術外事象評価セル。

 内閣情報調査室。

 警察庁警備局。

 防衛省技術研究班。

 文化庁文化財調査班。

 地質調査班。

 群馬県側の極秘連絡要員。

 歴史資料班。

 徳川埋蔵金伝説に詳しい民俗学者。

 ……そして、三神編集長」

 

「Cicada対策は?」

 総理が、最も厄介なリスクを口にする。

 

「最優先で情報統制を敷きます」

 沖田が、顔を強張らせて答える。

 

「赤城山周辺で不自然な調査を行えば、いずれ彼らのような存在に察知される可能性があります」

 三神が、警告する。

「……もし、日本政府がマジで徳川埋蔵金を発掘しているところを、Cicadaに全世界へ実況配信されたら。……世界中のオカルト民とトレジャーハンターが、大爆発して群馬に殺到しますよ」

 

「絶対に避けて」

 総理が、悲鳴に近い声で命じる。

 

「努力します」

 沖田が答える。

 

「努力で済む相手ではないでしょう」

 総理が顔をしかめる。

 

「だからこそ、絶対に防ぐとは断言できません」

 沖田は、冷酷な現実を突きつけた。

 

 矢崎総理は、重く、静かに命令を下した。

 

「……赤城山調査隊を、結成します」

 総理の目が、深く光る。

「探すのは、金ではありません。

 徳川幕府が、明治政府にも、徳川再興派にも渡せなかったもの。

 ……時の向こうから人を呼ぶ、札です」

 

 三神編集長が、少しだけ真面目な顔になり、歴史の深淵を覗き込むように言った。

 

「徳川幕府は、未来人を呼んでいた。

 未来人は、徳川を勝たせるためではなく、日本という国を残すために助言した。

 ……そして、最後の未来人は、その札を明治政府に渡すなと警告した」

 

「もし本当なら」

 沖田が、戦慄するように言う。

「日本史の裏側に、未来人アドバイザーがいたことになります」

 

「教科書どころではありませんね」

 総理が、重く同意する。

 

「ええ」

 三神は、ニヤリと笑った。

「徳川埋蔵金の正体が、未来への片道切符だったなら。

 ……日本史は、少し違う顔を見せることになります」

 

「まずは、見つけることです」

 総理が、引き締まった顔で言う。

 

「ハハハ。面白いですね」

 三神が、笑い声を漏らす。

 

「三神さん」

 

「はい」

 

「本当に、面白がっている場合ではありません」

 

「分かっています」

 三神は、缶コーヒーを握りしめ、目を輝かせた。

「ですが。面白いものは、面白い」

 

 会議室の空気は、未知の恐怖ではなく、歴史の果てしないロマンと、国家の重い責任が入り交じる、奇妙な熱気に包まれていた。

 

 徳川幕府は、未来人を呼んでいた。

 

 それは、戦争に勝つための魔法の兵器ではなかった。

 未来の技術を持ち込む道具でも、歴史を好きに書き換える奇跡でもなかった。

 

 ただ、時の向こうから、言葉(助言)を呼ぶ札。

 

 徳川はそれを、政権の節目で何度か使った。

 戦乱の後始末。

 飢饉と財政。

 外圧と開国。

 そして、幕府の終わり。

 

 最後に徳川は、その札を明治の新しい政府へ渡そうとした。

 自分たちの世が終わっても、日本は残る。ならば、次に日本を担う者へ渡すべきではないかと考えたのだ。

 

 だが、最後に呼ばれた未来人は言った。

 

 渡してはならない。

 未来を聞ける権力は、自分の正しさを疑わなくなる。

 

 だから徳川は、それを金の中に隠した。

 徳川再興の軍資金という、あまりにも魅力的な噂で覆い隠したのだ。

 

 そして令和。

 日本政府は、赤城山へ調査隊を送ることを決めた。

 

 探すのは、金ではない。

 歴史の底に埋められた、未来への片道切符である。

 

 




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