銀河皇帝のスペアに転生した元社畜、地球軌道上の要塞でネトゲ三昧の隠居生活を満喫する 〜足元では超大国が滅亡級の異星遺産を巡って暗躍中ですが、主人公(ぼく)の命は絶対安全なので特等席で傍観します〜   作:パラレル・ゲーマー

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第151話 ホワイトハウス、時の通行手形を読む

 ワシントンD.C.、ホワイトハウス地下。

 核攻撃や生物化学兵器の直撃にすら耐え得るよう設計された、堅牢無比なる大統領危機管理センター(シチュエーションルーム)。何重もの防爆扉と電磁シールドによって外界から完全に隔絶されたその空間には、深夜三時を回った今、冷え切った空調の低い駆動音だけが、無機質に響いていた。

 

 巨大なマホガニーの円卓の最上座には、キャサリン・ヘイズ大統領が座っている。

 その周囲を囲むのは、国家安全保障補佐官、国防長官、そして暗号通信のモニター越しに参加しているセレスティアル・ウォッチの監視者・アルファと、科学主任のケンドール博士。アメリカ合衆国の安全保障を担う最高首脳陣たちであった。

 

 ヘイズ大統領は、目の前に置かれた分厚い青いファイルを開いた。

 その表紙には、日本政府の公式な紋章とともに、厳めしい極秘指定のスタンプが赤々と押されている。

 

『JAPAN — TOKUGAWA BURIED GOLD / TEMPORAL CONTACT ARTIFACT』

(最高機密・同盟国限定共有)

 

「……日本政府から、情報共有があったわ」

 ヘイズ大統領は、深く、疲労の滲む声で切り出した。

「『徳川埋蔵金』が発見されたというニュースは、私も見たわ。今朝からアメリカのニュース番組でも、東洋の黄金伝説が現実になったと大騒ぎしている。……でも、日本が送ってきた本題は、その金塊じゃない」

 

 モニターの向こう側で、深い影に包まれたアルファが、無感情な声で応じた。

『ええ。徳川埋蔵金と一緒に……【時間干渉系アーティファクト】が発見されたとあります』

 

 ヘイズは、こめかみを強く揉みほぐした。

「未来人……いえ、現代の人間と繋がる札、だそうね」

 

 ケンドール博士が、手元の端末で日本の報告書の詳細ページを開き、補足する。

『厳密には、日本政府もそれが“現代人だけと繋がる”と断定しているわけではありません。……未来の人間を呼ぶアーティファクトとして発見され、官邸地下で限定的な起動実験を行った結果、現れた人物が【日本の現総理の顔を認識しており】、かつ【徳川埋蔵金発見のニュースをすでに知っていた】。

 ……そのため、少なくとも今回の接続先は、二〇二〇年代の現在、あるいは発見報道直後のごく近未来と推定される、という慎重な書き方になっています』

 

 ヘイズ大統領は、眉をひそめた。

「つまり、日本もまだ、そのアーティファクトの仕組みを完全には理解していないのね」

 

『そのようです』

 アルファが、淡々と肯定する。

 

 ヘイズはファイルを次のページへとめくり、その記載の不自然さに目を細めた。

 

「……それで」

 大統領は、鋭い視線をアルファに向けた。

「日本政府は、どうやってその『徳川埋蔵金』の正確な場所を知っていたの?」

 

 国家安全保障補佐官が、怪訝な顔で口を挟む。

「日本側の共有資料では、そこは一切説明されていません。表向きには、通常の地質調査と文化財保全の成果という扱いになっていますが」

 

「そんなわけないでしょう」

 ヘイズは、鼻で嗤った。

「何百年も誰も見つけられなかった伝説の埋蔵金を、政府の部隊がいきなりピンポイントで赤城山の地中深くから掘り当てるなんて。……絶対に、事前に『答え』を知らなければ不可能な芸当よ」

 

 アルファが、深い影の中から静かに言った。

 

「……【出雲】でしょう」

 

 大統領の動きが、ピタリと止まる。

「出雲?ああアレがあったわね…!」

 

「以前から、我々セレスティアル・ウォッチでは、日本が秘匿している『出雲関連アーティファクト』について、一つの仮説を立てています」

 アルファは、極めて重大なインテリジェンスの推測を口にした。

「出雲は、単なる精神的な聖域などではない。……【死者、魂、人格記録、あるいは故人の記憶アーカイブに直接アクセスする装置】ではないか、と」

 

 円卓の閣僚たちが、息を呑んだ。

 

「ネス湖が“死者との対話”に見えて、実際には生者のトラウマをえぐる精神修行装置であったように。出雲は、もっと直接的でシステマチックな、歴史上の人物の『魂のデータベース』である可能性が高いのです」

 ケンドール博士が、科学的な仮説を補強する。

「日本政府は未だにその詳細を我々に明かしていませんが、我々の分析アルゴリズムでは、その確度は極めて高いと出ています」

 

「つまり」

 ヘイズ大統領の顔から、スッと血の気が引いた。

「日本政府は、徳川慶喜か、徳川家康か、あるいは当時の幕府の関係者本人から。……『直接、埋めた場所を聞き出した』可能性があると?」

 

「はい」

 アルファが、無慈悲に肯定する。

 

 ケンドールが、悔しそうに小さく息を吐いた。

「……やはり、出雲は惜しいですね。我々が手に入れていれば、リンカーンやワシントンから直接……」

 

「ケンドール博士?」

 ヘイズ大統領の、氷のような声が飛ぶ。

 

「……! は、はい。失礼しました。今は言及しません」

 ケンドールは、自らの科学者としての傲慢な欲望が漏れ出たことに気づき、慌てて咳払いをして口を閉ざした。

 アルファが、無言で冷たくケンドールを睨みつけている。

 

「話を戻します」

 ケンドールが、居住まいを正す。

 

 ヘイズ大統領は、深く、深くため息をつき、頭を抱えた。

 

「……日本は、地下のアーカイブから死者を呼び出して過去の隠し場所を聞き。

 ……徳川埋蔵金を掘り出し。

 ……その中から、今度は『未来人を呼ぶ札』を見つけた」

 

 ヘイズは、自らの言葉の異常性に眩暈を覚えながら言った。

 

「……文章にすると、本当に頭がおかしくなりそうね」

 

「アーティファクト時代においては、論理的に極めて整合性のある美しい流れです」

 アルファが、淡々と評価する。

 

「それが一番嫌なのよ」

 ヘイズは、吐き捨てるように言った。

 

 ***

 

 ヘイズ大統領は、ファイルをパタンと閉じ、両手を組んでモニターの二人を見据えた。

 

「……セレスティアル・ウォッチとしての、専門的な意見を聞きたいわ」

 大統領の目は、かつてないほど真剣だった。

「これは、実際に可能なの?

 ……タイムトラベルとか、そういうSF映画の次元の話よね?」

 

 彼女は、自嘲気味に苦笑する。

 

「宇宙人はいることは分かった。アーティファクトもある。レプティリアンみたいな存在も、実際にいた。

 ……でも、『未来人』というのは初耳だわ。

 正直に言うと、日本からのこの報告書を読んで、私が一番底知れぬ恐怖を感じたのは、そこよ」

 

 アルファは、表情一つ変えずに、淡々と答えた。

 

「時間干渉系アーティファクトは、特異事象としては、かなり【一般的】な部類です」

 

「…………」

 ヘイズ大統領が、完全に固まった。

 

「……一般的?」

 彼女は、自分の耳を疑うように聞き返した。

 

「一般に知られていないだけです」

 アルファは、手元の端末を操作し、分厚いデータ群をスクリーンに展開した。

「セレスティアル・ウォッチの未分類記録(アンクラシファイド・ログ)には、過去・未来・並行時間・限定的な時間残響に関わる不可解な事例が、複数存在しています」

 

「待って」

 ヘイズは、額に冷や汗を滲ませて手を挙げた。

「宇宙人が地下にいると言われた時より、今、驚いているのだけれど」

 

 ケンドール博士が、大統領のその反応に深く頷いた。

「無理もありません、大統領。人間は、宇宙人や未知の怪物については、映画や小説である程度『外から来る存在』として想像し、心の準備をしてきました。

 ……しかし、自分たちの紡いできた血肉の歴史そのものが、実は【未来と接続されていた(改竄されていた)かもしれない】という可能性に対しては、人間の脳は強烈な心理的抵抗(拒絶反応)を示すようにできているのです」

 

「それはそうでしょう」

 ヘイズは、国家の指導者としての根源的な恐怖を口にした。

「過去が変わったら、私たちの存在そのものが消えるかもしれないじゃない。今まで積み上げてきた国の歴史も、私の大統領としての決裁も、すべてが紙屑になるのよ?」

 

「現時点では、そのタイプの『即時的な時間改変(タイムパラドックスによる消滅)』は確認されていません」

 アルファが、静かに答える。

 

 大統領は、目を細めた。

「……具体例を聞かせて」

 

 アルファは、少し間を置いてから、セレスティアル・ウォッチの最も深い階層にある機密記録のファイルを開いた。

 

「まず……【ポンペイ最後の日】に関する記録です」

 

「ポンペイ?」

 大統領が眉をひそめる。「古代ローマの?」

 

「はい」

 アルファが、古代の古文書の断片と、発掘調査の写真を画面に表示する。

「ヴェスヴィオ火山噴火の直前。……ポンペイの街に、明らかに当時の文化とは異なる、後世の装いをした“奇妙な旅人”が現れ、市民に火山の噴火を警告して回っていたという、断片的な証言が複数の文献に残されています」

 

「そんなもの、ただの予言者か、後世の創作じゃないの」

 

「当時の文献だけなら、我々も信頼性に乏しいと切り捨てていました。……しかし」

 アルファは、ある一枚の地層の写真を拡大した。

「後年の近代的な発掘調査において。火山灰の最も深い層から、その人物の描写と一致する位置に……極めて不自然な『合成ゴム製の靴底(ソール)』の足跡の痕跡が、化石化して見つかっているのです」

 

「……」

 

「未来人と、完全に断定はできません。

 しかし、別の時代の観測者(アーティファクトの使用者)が、悲劇の直前のポンペイに、一時的に物理的な接続を果たしていた可能性は……排除しきれません」

 

 ケンドール博士が、さらに身近な、アメリカの歴史に踏み込む。

 

「次に、我々アメリカ国内の記録です。

 ……【ゲティスバーグ演説】の周辺記録に、明らかに十九世紀の服装規範から逸脱した人物の姿が映り込んでいる写真が、一枚存在します」

 

 モニターに、歴史の教科書にも載っているような、エイブラハム・リンカーンの演説時の群衆を捉えた、古いガラス乾板写真が映し出された。

 

「長らく、これは二重露光による撮影ミス、後世のフィルムの混入、あるいは単なる偽造だとされてきました」

 ケンドールが、写真群衆の奥の一点を、極限まで拡大してハイライトする。

「しかし、我々セレスティアル・ウォッチの最新技術で、原本のガラス乾板を原子レベルで解析した結果……フィルム自体の年代と露光のタイミングは、間違いなく当時のものであると証明されてしまいました。

 ……そして、その男が群衆の奥で、顔の前に不自然に構えている長方形の薄い板状の物体は。現代の『スマートフォン』による撮影姿勢と、骨格の傾きまで完全に一致しています」

 

「……未来人?」

 ヘイズの喉が、カラカラに乾く。

 

「断定はしません」

 アルファが冷徹に言う。

「ただ、その人物の服装や姿勢の重心が、十九世紀の人間よりも、二十世紀後半以降の民間人に極めて近いという、客観的な事実があるだけです」

 

 ヘイズは、頭を押さえた。

「……他にもあるの?」

 

 アルファは、初めて、少しだけ言いにくそうに、声のトーンを落とした。

 

「……【ケネディ暗殺時】のダラスの記録映像にも、不可解な人物の目撃証言と、物理的な矛盾点が複数存在します」

 

 ヘイズが、反射的に日付を口にする。

「11/22/63?」

 

 ケンドールが、わずかに苦笑した。

「スティーヴン・キングの小説ほど、分かりやすくドラマチックな話ではありませんよ。過去に行って暗殺を止めようとした英雄の物語ではない。

 ……ただし。ダラスの記録映像や連続写真には、『アンブレラ・マン』や『バブーシュカ・レディ』などと呼ばれる有名な未確認人物以外にも、明らかに後世の人物に見える存在が複数指摘されています」

 

 ケンドールは、映像のノイズを解析したデータを並べる。

「彼らの大半は、光の反射による誤認、画質劣化、あるいは陰謀論者のこじつけです。

 ……しかし、セレスティアル・ウォッチが、“完全には捨てきれない(説明がつかない)”として極秘ファイルに残している案件も、確実に存在しています。

 彼らは暗殺を止めるわけでもなく、ただ群衆の中で完全に静止し、歴史の転換点となる銃撃の瞬間を、まるで『ただの映像コンテンツ』として観測しているだけのように見えます」

 

「……なぜ、そんな重要な疑惑を、今まで私に報告しなかったの?」

 ヘイズ大統領が、怒りよりも深い恐怖を込めて問う。

 

「確証がなかったためです」

 アルファが、無機質に答える。

「いくら不自然でも、それを『未来人である』と断定するには、科学的証拠としてあまりにも弱すぎる。ただの奇妙なノイズとして分類しておくしかなかった。

 ……しかし。今回の日本の『徳川案件』により。

 過去と未来を限定的に繋ぎ、情報のやり取りを行うアーティファクトの【実在可能性】が、飛躍的に高まってしまった」

 

 アルファの目が、画面越しに大統領を射抜く。

「これまで“奇妙な写真”、“怪しい証言”、“取るに足らない陰謀論”として処理されてきた、何万件というアメリカの公文書館の記録の一部を。

 ……我々は今、本物の『時間干渉事象』として、根本から再分類しなければならない局面に立たされているのです」

 

 ***

 

「……重要なのは、これが必ずしも“未来から物理的に人間がタイムトラベルしてくる”という単純な現象ではない、ということです」

 ケンドール博士が、資料を切り替えて補足した。

 

「どういう意味?」

 大統領が問う。

 

「使用者の時代から見れば『未来人』でも、接続の仕組みとしては、時代と時代を限定的に結ぶ『通信端末』のようなアーティファクトである可能性が高いのです」

 ケンドールは、複数の仮説を提示する。

「現代人が過去へ肉体ごと跳躍したのか。

 過去に設置された装置が、未来の空間の光と音だけをホログラムのように投影したのか。

 並行世界(パラレルワールド)の似た歴史を歩む人物と、一時的に通信が繋がっただけなのか。

 過去の人物の観測記録が、未来の人間の脳内に『明晰夢』として現れているだけなのか。

 ……まだ、その原理は全く分かっていません」

 

 アルファが、冷酷な推論を重ねる。

「日本の徳川の木札は、おそらく『未来人アドバイザー召喚用(限定通信用)』のアーティファクトと考えられます。

 しかし、時間干渉アーティファクトが、地球上に一種類しか存在しないとは限りません。

 全く別の時代へ跳躍するもの。過去の『一日だけ』を固定して観測するもの。特定の歴史的事件の瞬間にだけ、観測者を呼び寄せるもの。並行世界を覗き見るもの。……様々な系統のものが、バラバラに存在している可能性があるのです」

 

「……アーティファクト時代って、知れば知るほど、どんどん面倒なことになるわね」

 ヘイズは、ため息をついた。

 

「はい」

 ケンドールが同意する。

 

「しかも、時間干渉系という概念は、人間の想像力と『陰謀論』の相性が、最悪に抜群です」

 アルファが、情報統制の絶望的な困難さを指摘する。

 

「ええ、それは分かるわ」

 ヘイズは、うんざりとした顔をした。

「少しでも情報が漏れれば、『私が昨日の選挙で負けたのは、未来人が過去を変えたからだ!』なんて言い出す政治家や狂信者が、全米に溢れかえるわね」

 

 ヘイズ大統領は、姿勢を正し、国家の存亡に関わる最も重要な質問を口にした。

 

「……危険じゃないの?」

 大統領の声が、低く、重く響く。

「過去に干渉し、過去を変えられたら。……現代が、その瞬間に上書きされて消滅する可能性があるのでしょう?」

 

 部屋の空気が、さらに一段階重くなる。

 これは、国家安全保障において、核兵器や致死性ウイルス以上に恐ろしい究極の脅威だ。

 過去を変えられるなら、国家も、大統領という存在も、歴史もすべて消える。選挙結果も、戦争の勝敗も、合衆国憲法も、すべてが足元から揺らぐ。

 

 ケンドール博士は、一瞬だけ沈黙し、極めて慎重に答えた。

「……現時点の観測データにおいて。『過去を変えた結果、我々の現在が瞬時に上書きされて消滅する』というタイプの、直接的な時間改変(タイムパラドックス)は、確認されていません」

 

「本当に?」

 ヘイズが、疑いの目を向ける。

 

「“ありえません”と、物理学的に100%言い切ることはできません」

 ケンドールは、科学者としての誠実さを保ちつつ説明した。

「ただし、少なくとも現在我々が確認できるアーティファクトの事例を見る限り。……時間は、一本の映画フィルムのように、一箇所を切り貼りすれば全体が変わるような単純な構造ではありません」

 

 ケンドールは、ホログラムの図を空中に展開した。

 それは、一本の直線ではなく。無数に枝分かれし、交差し、絡み合い、ループする、複雑怪奇な『迷路』のような図だった。

 

「おそらく、タイムラインというものは、直線ではなく、このような巨大な【迷路(ネットワーク)】に近い構造をしています」

 ケンドールが解説する。

「過去へ干渉すれば、確かに新たな枝や、迂回路は生じる。局所的な因果の歪みや、記憶の齟齬も起きるでしょう。

 ……しかし、その干渉が起きたからといって、我々が今存在しているこの巨大な『因果のメインルート(現在)』が、即座に丸ごと消滅して書き換わるわけではないのです」

 

「では、過去を変えても、我々には何の意味もない(影響がない)と?」

 ヘイズが問う。

 

「意味はあります」

 ケンドールは、首を横に振った。

「別のルート、別の歴史的結果、別の分岐宇宙を生む可能性は十分にあります。

 しかし、現在の我々がいるこの因果ルートが、パラドックスによって即座に自壊するリスクは低い、ということです」

 

「現実は、そのまま続く、ということです」

 アルファが、端的に結論づけた。

 

「……それは、安心していいの?」

 ヘイズは、少しだけ肩の力を抜こうとした。

 

「半分だけです」

 ケンドールが、無慈悲に冷や水を浴びせる。

 

「嫌な答えね」

 

「過去改変で、我々の肉体や国家が物理的に消滅するリスクは低い」

 ケンドールは、眼鏡の奥で鋭く目を細めた。

「……しかし。過去から、意図しない『未来情報』が流入するリスク。未来から過去へ、『別の時代の思想や価値観』が流れ込むリスク。

 ……すなわち、我々の【歴史認識そのものが、情報的に汚染されるリスク】は、極めて高いのです」

 

「日本の、徳川案件がまさにそれです」

 アルファが、核心を突いた。

「徳川幕府は、未来の普通の日本人を呼び出し、“未来の常識”を受け取っていた可能性がある。

 ……それが、幕府の制度設計や、幕末の終わり方に、どの程度深刻な影響(思想的汚染)を与えたかは、現代の歴史学者には絶対に測り知れません」

 

「歴史が消えるのではなく。……歴史の中に、未来の思想が混ざる」

 大統領が、その言葉の恐ろしさを咀嚼する。

 

「はい」

 ケンドールが頷く。

 

「それも、十分すぎるほど怖いわね」

 ヘイズは、再び深く沈黙した。

 

 ***

 

 大統領は、組んだ指先に口元を当て、ゆっくりと、恐ろしい推論を口にした。

 

「……では。我々アメリカの歴史にも、未来が『混ざっている』可能性があるのね」

 

「否定はできません」

 アルファが、淡々と答える。

 

「独立戦争の勝利。南北戦争の決着。二度の世界大戦。冷戦構造。宇宙開発競争。ケネディ暗殺。公民権運動……」

 ケンドールが、アメリカの歴史の転換点を並べ立てる。

「どの局面にも、“未来の視点を持った誰か”が、影からこっそりと紛れ込んでいた可能性は、理論上、十分にあり得ます」

 

「それで、この国の歴史が決められていたと?」

 ヘイズの声に、抑えきれない怒りと恐怖が混じる。

 

「そこまでは言いません」

 アルファが、冷静に否定した。

「人類の歴史は、あくまで人類自身が血を流して作ってきたものです。アーティファクトがすべてを支配していたわけではありません。

 しかし、歴史の致命的な節目で、アーティファクトが“異物(未来の思想)”を落とし、天秤を傾かせた可能性はある」

 

「日本の徳川幕府が、未来の庶民感覚を聞いていた可能性があるなら。我々アメリカの建国期や南北戦争期に、別時代の価値観が紛れ込んでいた可能性も、当然考慮すべきです」

 ケンドールが言う。

 

「たとえば……奴隷制度廃止に関する、未来人からの決定的な発言とか?」

 大統領が例を挙げる。

 

「あり得ます」

 ケンドールが頷く。

「ただし、それを歴史の記録から証明することは、極めて困難ですが」

 

 ヘイズ大統領は、苦々しく、吐き捨てるように言った。

 

「最悪ね。

 ……もしこれが漏れて、陰謀論者どもが聞いたら。明日には“アメリカの建国の父たちは、未来のディープステートに操られて憲法を書いていた!”とか言い出すわよ」

 

「確実に言うでしょうね」

 アルファが、一切の感情を交えずに同意する。

 

「Cicada 3301が聞いたら?」

 

「大喜びで、ワシントン記念塔にホログラムを投影して、建国神話を愚弄する特別番組を実況するでしょう」

 アルファが、最悪の未来を予測する。

 

「最悪ね」

 ヘイズは、二度目の同じ言葉を呟いた。

 

 ***

 

 ヘイズ大統領は、気持ちを切り替えるように、日本側の対応について再確認した。

 

「日本政府は、このアーティファクトをどう扱うつもりなの?」

 

「報告書によれば、限定的な研究に留め、以後は厳重に封印。存在は非公表です」

 アルファが答える。

「徳川埋蔵金の金品そのものについては、文化財保全と、国民への還元(有効活用)を検討するとのことです。アーティファクト本体は、最高機密扱いとして地下に眠ることになります」

 

「起動実験で現れたという『一般市民』に対して、矢崎総理は、“それは夢ですよ”と処理して、相手を無用に混乱させなかったようですね」

 ケンドール博士が、報告書を読んで感心したように言う。

「極めて適切な、そして成熟した危機管理対応です」

 

「その市民の要望は、『消費税を下げてください』、だったわね」

 ヘイズは、報告書の一文を思い出して、微かに皮肉な笑みを浮かべた。

 

「はい。極めて民主的で、俗物的な未来人の助言です」

 アルファが、無表情のまま評する。

 

 ケンドールが、少しだけ笑いを漏らした。

「徳川幕府が、もしこれと同じような『一般市民』を呼び出していたとすれば。……当時の絶対的な権力者にとっては、相当なカルチャーショックだったでしょうね」

 

「庶民が、国のトップに向かって平気で文句(税金への不満)を言える未来」

 大統領が、その情景を想像して言う。

「……それを、江戸時代の支配者が直接聞いた」

 

「はい」

 ケンドールが頷く。

「未来の兵器の設計図よりも。時に、そういう『未来の価値観』の方が、歴史を動かす劇薬としては強い場合があります」

 

 ヘイズ大統領は、少し黙り、そして深く頷いた。

 

「日本がこれをひた隠しにする理由は、痛いほど理解できるわ」

 大統領は言った。

「もしこれを公開したら、徳川の歴史どころか、日本史の正統性、ひいては世界史そのものが根底から揺らぐ。パニックという次元の話じゃないわ」

 

「日本政府は、我々同盟国に対して、かなり誠実に、そして危険な重要情報を共有してくれました」

 アルファが、日本の態度を評価する。

「……ただし。出雲の存在については、最後まで巧みに隠蔽していますがね」

 

「そこは、今は追及しない」

 ヘイズは、即座に却下した。

「これ以上、アーティファクトのパンドラの箱を同時にこじ開ける余裕は、今の私たちにはないわ」

 

 ケンドール博士が、出雲の研究を諦めきれないように、少しだけ残念そうな顔をした。

 

「ケンドール博士?」

 大統領の冷たい声が飛ぶ。

 

「はい。何も言っていませんし、何も思っていません」

 ケンドールは、慌てて無表情を作った。

 

 ***

 

 ヘイズ大統領は、姿勢を正し、最高司令官としての命令を下した。

 

「セレスティアル・ウォッチに、正式に指示します」

 

 アルファとケンドールが、画面の向こうで居住まいを正す。

 

「第一に」

 大統領の声が、シチュエーションルームに響く。

「アメリカ国内の『時間干渉疑い案件』の、全面的な再分類と再解析。

 ……ただし、絶対に表には出さないこと。ゲティスバーグ、ケネディ暗殺、ポンペイ関連、その他公文書館に眠るすべての『時代錯誤証言』を、セレスティアル・ウォッチの最高機密レベルで再点検しなさい」

 

「了解しました」

 アルファが応じる。

 

「第二に。日本の徳川案件について、追加情報共有の要請。

 ……ただし、出雲については直接追及しない。あくまで同盟国として、時間干渉系アーティファクトの『安全管理に関する共同プロトコル』を構築することを提案しなさい」

 

「賢明なアプローチです」

 ケンドールが同意する。

 

「第三に。……Cicada 3301対策」

 ヘイズの目が、怒りと警戒で細められる。

「もし彼らが、徳川の木札の存在や、時間干渉の可能性に少しでも気づき、配信で匂わせた場合。……世界中で、狂ったような【未来人探し】が始まるわよ」

 

「“私は徳川家康に助言した未来人の生まれ変わりです”とか、“未来から来た救世主です”と名乗る詐欺師、カルト教祖、ネットミーム、偽動画が、大量発生するでしょうね」

 アルファが、最悪のシナリオを予測する。

「政治家ですら、“未来の声を聞いた”と大衆を扇動し、政治利用する輩が出かねません」

 

「……想像しただけで嫌すぎるわ」

 大統領が顔をしかめる。

 

「すでに、ネットの深層では現れ始めているかもしれません」

 ケンドールが、容赦なく現実を突きつける。

 

「もっと嫌ね」

 ヘイズは、深くため息をついた。

 

 ***

 

 会議が終わりに近づく。

 大統領は、机の上の青いファイルを静かに閉じた。

 

「……宇宙人がいると言われた時より、驚いたわ」

 ヘイズは、独り言のように呟いた。

「アーティファクトの超兵器があると言われた時より、怖いわ。

 ……時間が繋がる、過去が覗かれるというのは。私たちが立っている『歴史』という床が、いきなり底抜けになるような、ひどく気味の悪い感覚ね」

 

「人間は、過去を『すでに固定された、安全なもの』だと思いたがりますからね」

 ケンドールが、科学者としての哲学を語る。

「ですが、アーティファクト時代においては。……過去もまた、いつでも接続され、再解釈される可能性のある『流動的な対象』になり得るのです」

 

「ただし、過去が変わるからといって、現在が即座に壊れるという単純な話ではない」

 アルファが、冷静に補足する。

「むしろ。過去と未来が、互いに言葉や思想を投げ合い、干渉し合いながら……それぞれの時代を、より複雑に『作っている(織り上げている)』可能性がある、ということです」

 

「徳川幕府が、未来の国民の声を聞いていた」

 ヘイズは、窓のない地下室の天井を見上げた。

「そして、現代の日本政府も、過去から掘り出した札によって、偶然にも現代の国民の声を聞かされた」

 

「美しい皮肉(ループ)です」

 ケンドールが、少しだけ感嘆したように言う。

 

「皮肉で済めばいいけれどね」

 大統領は、厳しい顔を崩さなかった。

 

「済まない可能性が、極めて高いです」

 アルファが、無感情に断言する。

 

「でしょうね」

 大統領は、最後に自嘲気味に笑った。

 

 ***

 

 アメリカ、某所の地下深く。

 セレスティアル・ウォッチの広大な【未分類記録資料庫(アーカイブ)】。

 

 アルファからの絶対命令を受け、深夜にもかかわらず、何十人もの分析官たちが、ホコリを被った物理的な古いファイルボックスと、デジタル化された過去の未解決データの海に潜り、再分類作業を強制されていた。

 

 画面に、次々と開かれていく案件名。

 

『GETTYSBURG / ANACHRONISTIC FIGURE(ゲティスバーグ/時代錯誤の人物)』

『DALLAS 1963 / TEMPORAL OBSERVER HYPOTHESIS(ダラス1963/時間的観測者仮説)』

『POMPEII / LATE ARRIVAL WITNESS(ポンペイ/遅れてきた目撃者)』

『APOLLO PROGRAM / UNREGISTERED OBSERVER(アポロ計画/未登録の観測者)』

『CIVIL WAR FIELD HOSPITAL / UNKNOWN WOMAN(南北戦争野戦病院/身元不明の女)』

『MANHATTAN PROJECT / IMPOSSIBLE NOTE(マンハッタン計画/あり得ないメモ)』

 

 若い分析官の一人が、山積みの資料を前にして、絶望的な声で呟いた。

「……主任。これ、本当に全部見直すんですか……?」

 

 上司のベテラン分析官が、目を血走らせて答える。

「日本が、徳川の未来人札を掘り出したからだ。

 ……今まで俺たちが『ただのオカルト』『フェイク写真』『陰謀論』だと笑い飛ばして分類箱の底に放り込んでいたものの中に。……【本物の時間干渉】が混ざっていた可能性が出たんだよ」

 

 別のデスクで。

 女性の分析官が、一枚の古いモノクロ写真を、最新のAIで極限まで拡大し、補正をかけていた。

 

 それは、十九世紀後半の、とある群衆を写した歴史的な写真だった。

 シルクハットや古いドレスを着た人々がひしめく中で。

 

 群衆の最後列の端に。

 一人だけ、どう見ても当時のファッションではない、現代のスポーツジャケットのようなものを羽織り、妙にリラックスした『現代的な姿勢(猫背)』で立ち、手元の小さな長方形の物体を見つめている人物が、不鮮明ながらも確かに映り込んでいる。

 

 分析官は、その人物の顔の輪郭を拡大し……少しだけ、顔を青くした。

 

「……主任」

 彼女は、震える声で上司を呼んだ。

「……これ。本当に、ただの二重露光や、撮影のミスなんですか……?」

 

 誰も、答えることはできなかった。

 モニターには、日本の『徳川埋蔵金発見』の華やかなニュース映像と。

 アメリカの公文書館に眠る、過去の不可解で不気味な写真たちが、奇妙な対比を描くように並んで表示されていた。

 

 日本が掘り出したのは、ただの黄金ではなかった。

 

 徳川幕府が未来人を呼んでいたという事実は。遠く離れたアメリカの、自分たちが信じて疑わなかった強固な歴史の地盤までも、静かに、しかし確実に揺らし始めていた。

 

 これまで、陰謀論、撮影ミス、民間伝承、ただの与太話として処理されてきた歴史のノイズの中に。

 ……本物の『未来』が、ずっと昔から混ざっていたのかもしれない。

 

 未来は、過去の先にあるだけではなかった。

 過去もまた、未来から、じっと覗き込まれていたのだ。

 

 そして人類は、まだ知らなかった。

 自分たちが「確定した歴史」と呼んで安心しているその教科書のページの中に。……果たしてどれほど多くの、“時の旅人”たちの足跡が、すでに取り返しのつかない形で紛れ込んでしまっているのかを。

 




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