銀河皇帝のスペアに転生した元社畜、地球軌道上の要塞でネトゲ三昧の隠居生活を満喫する 〜足元では超大国が滅亡級の異星遺産を巡って暗躍中ですが、主人公(ぼく)の命は絶対安全なので特等席で傍観します〜   作:パラレル・ゲーマー

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第152話 アーティファクト収集家たちが動き出す

 東京、永田町。首相官邸のさらに地下深くに位置する、既存技術外事象評価セルの特別防音会議室。

 

 分厚い電磁シールドとコンクリートに守られたその無機質な空間は、今日も冷え切った空調の音が低く鳴り響いている。だが、室内に漂う空気は、かつての張り詰めた殺気立つような緊張感とは少し異なり、果てしない残業の末に訪れる特有の、深く重い疲労感に満ちていた。

 

 円卓の上には、幾重にも暗号化されたプロトコルを経て、同盟国アメリカから送られてきたばかりの『非公式メモ』のプリントアウトが置かれている。

 

 矢崎薫総理は、そのペーパーの束を眺めながら、両手でこめかみをゆっくりと揉みほぐした。

 

「……ヘイズ大統領から、非公式ルートで連絡がありました」

 沖田室長が、手元のタブレットを確認しながら、感情の欠落した声で報告の口火を切った。

「先日我が国が共有した《時渡りの通行手形》、および徳川埋蔵金に関する情報を受け……セレスティアル・ウォッチの内部では、現在、過去の『時間干渉系疑い案件』の再分類作業が本格化しているそうです」

 

 沖田の指先がタブレットを滑ると、メインモニターにアメリカ側が直面しているであろう『再分類対象』のリストが、予測として弾き出された。

 

 古い白黒写真の群衆の中に、一人だけ不自然な姿勢で立つ時代錯誤の人物。

 要人暗殺の現場で、歴史の転換点をただ静かに見つめていた不可解な目撃者たち。

 南北戦争の野戦病院の記録に残る、存在しないはずの医療知識を持った女性。

 ポンペイの遺跡から出土した、現代の合成ゴムの靴底の痕跡。

 ……これまでは「後世の記録混入」「撮影の二重露光ミス」「陰謀論者の与太話」として、未分類のまま地下の書庫に放り込まれていた膨大な記録の山。

 

「……悪いことを、しましたね」

 総理は、深くため息をつき、少しだけ申し訳なさそうに眉を下げた。「アメリカの歴史の床板を、私たちの情報で引っこ抜いてしまったようなものだわ」

 

 円卓の末席で、パイプ椅子にだらしなく腰掛けていた月刊ムーの三神編集長が、プルタブを開けたばかりの缶コーヒーを揺らしながら、さらりと言った。

 

「セレスティアル・ウォッチが大変なのは、いつものことですからね。今さら気にしても仕方がありませんよ」

 

「ひどいことを言いますね、三神さん」

 総理がジト目を向ける。

 

「事実ですよ」

 三神は全く悪びれずに肩をすくめた。

「あちらは、リオ事件の隠蔽組織解体、ドイツの吸血鬼事件の事後処理、徳川の木札の解析、それに加えて自国の時間干渉疑惑の再分類と……もう何週間も、文字通りの『デスマーチ』の真っ最中のはずです。

 ……今さら一つや二つ、頭の痛い案件が増えたところで、彼らにとっては誤差の範囲内でしょう」

 

「当事者であるアルファやケンドール博士に聞かせたら、本気で怒られますよ」

 沖田が、同情とも呆れともつかない声で窘める。

 

「でしょうね」

 三神は、小さく笑い声を漏らした。

 

 総理は、小さくため息をつき、姿勢を正した。

「とはいえ、時間干渉系の可能性があるアーティファクトを、日本だけで抱え込むわけにはいきませんでした。……万が一、過去が改変された場合のモニタリングも含め、アメリカとの最低限の情報共有は、同盟国として絶対に必要だったと思います」

 

「判断としては妥当です」

 沖田も、実務のトップとしてその決定を支持する。

「ただ、三神さんの言う通り、アメリカ側の負担は想像を絶するものになるでしょうね」

 

「アメリカ史そのものを、根本から疑い始めることになりますからね」

 三神の目が、レンズの奥で鋭く光る。

「建国、南北戦争、大統領暗殺、冷戦、宇宙開発。……国家のアイデンティティを形成する歴史的転換点に、もし『未来の視点』が介入していたとなれば、彼らの歴史に【聖域】がなくなります」

 

「……日本史の徳川幕府に未来人が関わっていたというだけで、私はこれほど頭が痛いのに」

 総理が、苦々しく呻く。

 

「アメリカはアメリカで、色んな意味で頭の痛い国ですから。お互い様ですよ」

 三神が、コーヒーを一口飲んで締めくくった。

 

 一頻り、同盟国のデスマーチに対する同情(と皮肉)を終えたところで。

 矢崎総理は、ふと思い出したように、声を一段階低くして切り出した。

 

「……そういえば。

 【八百比丘尼(やおびくに)】さんのことは、まだアメリカ政府には伝えていませんね」

 

 その名前が出た瞬間。

 特別防音会議室の空気が、少しだけピリッと引き締まり、色を変えた。

 

 先日、唐突にこの官邸地下を訪れ、「なんで不老無病、拒否したの?」と軽いギャル口調で言い放った、千年以上を生きる伝説の存在。

 人類の常識と死生観を根底から揺さぶる彼女の存在は、現在、日本政府の抱える最も厄介で、かつ取り扱いの難しい爆弾の一つとなっていた。

 

 沖田室長が、手元の端末のセキュリティ・ロックを確認しながら、慎重に答える。

「はい。現時点では、彼女の存在は日本国内にのみ留まる既存技術外存在として、【国家最高機密】扱いのまま封印しています。同盟国への情報提供リストには含まれていません」

 

「……伝えるべきかしら」

 総理が、顎に手を当てて思案する。

 

 三神編集長は、天井を見上げて少し考え込んだ。

「うーん……伝えたら、セレスティアル・ウォッチの連中が、過労で本当に倒れるんじゃないですかね?」

 

「倒れるでしょうね」

 沖田が、冷徹に予測する。

「不老不死の実在。……それが日本史の最高権力者たちと面識があり、さらに現代の日本政府中枢にまで物理的に接触してきている。おまけに、本人の精神構造は極めて軽い、現代の若者のような上位存在。

 ……アメリカのインテリジェンスがこれを処理しようとすれば、完全にパンクします」

 

「出雲の魂の庭、徳川の時間干渉の札。そこに八百比丘尼の不老不死まで加わったら……」

 三神が、悪戯っぽく笑う。

「間違いなく、ケンドール博士が胃に穴を開けて過労で倒れますよ」

 

「……それは、避けたいですね」

 総理も、アメリカの優秀な科学者の健康を思いやり(あるいはこれ以上厄介事を共有して日米関係をこじらせるのを恐れ)、苦笑した。

 

「それに」

 三神は、真面目なトーンに戻って指摘した。

「八百比丘尼さんは、日本政府の『所有物(アーティファクト)』でもなければ、正式な『協力者』でもありません。……本人が気まぐれに、暇つぶしのように接触してきただけの、完全な【独立存在】です」

 

「彼女を、我々が勝手に『日本側の情報』として同盟国へ共有するのは、少し危ういということですか」

 沖田が問う。

 

「はい。彼女の機嫌を損ねるリスクがありますし、何よりアメリカ側が彼女を『交渉可能なリソース』だと勘違いして、無謀な接触を図る危険性があります」

 三神の目が細められる。

 

「……上位存在に近い人物を、国家間の共有情報(カード)として扱うリスクですね」

 総理は、深く頷いた。

「そうですね。……これは、とりあえず【秘密】ということで」

 

「賢明だと思います」

 三神が同意する。

 

「もし、アメリカ側から、日本国内における不老不死の存在について、それらしい質問をされた場合はどうしますか?」

 沖田が、念のための対応方針を確認する。

 

「日本国内の未整理案件として、回答を『留保』する形が妥当かと」

 総理が即答する。

 

「それでいきましょう。下手に隠すと、アルファあたりにはすぐに見抜かれますからね」

 三神が言う。

 

 総理は、少しだけ嫌な予感を顔に浮かべた。

「……もし、八百比丘尼さん本人が、気まぐれにアメリカへ行った場合は?」

 

「……その時は、その時に考えましょう」

 沖田が、実務家らしからぬ、完全に問題の先送りを宣言した。

 

「あの方なら、『ちょっとハリウッド観光に行ってくるー』くらいのノリのついでで、ホワイトハウスのオーバルオフィスにふらっと現れて、ヘイズ大統領に会いに行くくらいは、平気でやりそうですね」

 三神が、最悪のシナリオを極めて楽しそうに想像する。

 

「……言わないでください。想像しただけで胃が痛くなります」

 総理は、こめかみを強く揉んだ。

 

 ***

 

 場が少し落ち着いたところで、沖田室長が手元のタブレットを操作し、別の報告へと話題を移した。

 

「続いて……【Cicada 3301】の動向についてですが」

 沖田の声が、一段階冷たく、鋭くなる。

「徳川埋蔵金、および《時渡りの通行手形》の発見関連については……現時点で、彼らの目立った活動(配信やネットワークへの干渉)は、一切確認されていません」

 

 総理が、意外そうに顔を上げた。

「本当に?」

 

「はい」

 沖田がデータをモニターに表示する。

「表向きの『徳川埋蔵金が赤城山で発見された』というニュースそのものに対しては、ネット上で一般的な大騒ぎや、歴史ファンたちの熱狂的な反応が起きています。

 ……しかし、Cicadaのアカウント群や、彼らに関連すると思われるダークウェブのネットワーク上で、この埋蔵金と『時間干渉アーティファクト』を結びつけるような発言や動きは、全く出ていません」

 

 三神編集長が、少しだけ首を傾げた。

「……意外ですね」

 

「ええ」

 総理も、険しい顔で同意する。

「Cicadaの連中が、日本政府が極秘に『未来を呼ぶ札』を発見したなんて情報に気づいたら……絶対に、大喜びで世界中に実況配信して、パニックを煽ると思いますが」

 

「我々もそう想定し、情報統制を極限まで引き上げていました」

 沖田が言う。

「ですが、少なくとも現時点では、彼らがこの件に気づいている形跡はありません。……我々の偽装(金塊の発見という目眩まし)が完璧に機能したか。あるいは、物理的な監視の網をすり抜けることに成功したか。……バレる可能性は、低いと見ています」

 

 だが、三神はゆっくりと首を横に振った。

 

「『低い』、であって。『ない』、ではありませんね」

 

「もちろんです。油断は禁物です」

 沖田が、気を引き締めるように答える。

 

 総理は、あの全世界同時ジャックの悪夢を思い出し、重く息を吐いた。

「……Cicadaの本当に怖いところは。……彼らが『気づいていない』のか、それとも『気づいていて、あえて黙っている』のかが、我々には全く分からないところね」

 

「その通りです」

 三神の目が、獲物を狙う鷹のように鋭く光る。

「彼らは本当に知らない可能性もある。……しかし、知っていて、もっと世界が混乱する『最高に面白いタイミング』を、じっと息を潜めて待っている可能性もある。

 ……あるいは」

 三神は、少しだけ声を落とした。

「【時間干渉系】という、因果律の根底を揺るがすアーティファクトについては……彼ら自身も、下手に触ることを警戒して『慎重になっている』可能性もあります」

 

「Cicadaが、慎重に?」

 総理が、あのふざけた顔文字を使う連中を思い浮かべて訝しむ。

 

「ええ」

 三神が頷く。

「彼らは世界を引っ掻き回すトリックスターですが、だからこそ……触れば自分たち自身(の存在や過去)までもが巻き込まれて消滅しかねない『時間改変のリスク』には、本能的な恐怖を感じているのかもしれません」

 

「……なるほど。完全な無敵ではない、と」

 沖田が、わずかな希望を見出すように呟く。

 

「いずれにせよ、徳川札の関連は、引き続き国家最高機密として扱います」

 沖田が今後の防衛方針を宣言する。

「通信の監視、ネット上の関連ワードのスクレイピング、そして徳川埋蔵金周辺の陰謀論の拡散状況のモニタリングを、徹底的に継続します」

 

「お願いします」

 総理が、重く頷いた。

 

 ***

 

 各国の動向とアーティファクト事案の報告が一段落し、会議室に少しだけ息をつくような間が生まれた。

 その時、三神編集長が、缶コーヒーを置いて、ふと話題を変えた。

 

「……それより、総理」

 

「何ですか?」

 総理が、警戒の色を解かずに問う。

 

「【創作】の履修は、順調ですか?」

 

 その言葉が出た瞬間。

 横にいた沖田室長が、少しだけ気まずそうに目を伏せた。

 

 矢崎総理は、数秒間無言になり、やがて、心底疲れたような、力ない笑いを浮かべた。

「……ええ。最近は、睡眠時間を削って、ハリウッドのSF映画を中心に履修中です」

 総理は、まるで苦行の報告をするように語り始めた。

「国内のアニメも、少しずつ見ています。……漫画、ライトノベル、古典的なSF小説、特撮番組、ゲームの原作設定資料まで。……国内の有識者(オタク層)にリストを作ってもらい、片っ端から頭に入れています」

 

「おお。ずいぶん本格的ですね」

 三神が、我が意を得たりとばかりに嬉しそうに身を乗り出した。

 

「本来なら、激務の合間の気晴らしとして、純粋に楽しみたいところですが……」

 総理は、深い深い溜息をついた。

「今は、そういうわけにもいきませんからね。……なんせ、アーティファクトの時代ですから」

 

 沖田室長が、総理の奇妙な努力の背景を補足する。

「総理は現在、既存技術外事象の【リスク想定】の一環として……創作作品に登場する『架空技術』『超常現象』『便利アイテム』の、類型整理とパターン分析を進めておられるのです」

 

「……実際、今まで我々が直面した事件のいくつかは、フィクションの世界で『見たことがあるような概念』ばかりでした」

 総理が、嫌な記憶を数え上げるように指を折る。

 

「死者と会う湖(ネス湖)。

 人を癒やし、大地を再生する神樹(ソーマの樹)。

 夜に若返り血を吸う兵士(吸血鬼)。

 未来人を呼ぶ札(タイムトラベル)。

 地下で眠っていた爬虫類人類(レプティリアン)。

 ……どれもこれも、創作のジャンルなら、必ず一度は見たことがある題材です」

 

 総理の指摘は、極めて真っ当だった。

 アーティファクトの脅威は、人間の科学的常識の範疇にはない。それを予測するには、人間の「想像力」の限界を広げておくしかないのだ。

 

「ええ。創作とは、人類の『想像力のカタログ』ですからね」

 三神が、満足げに頷く。

 

「だからこそ、アーティファクトという目線で……『もしこの架空の事象が、突然現実に現れたら、社会がどう壊れるか』を事前にシミュレーションするための、貴重な参考資料(ケーススタディ)にしているのです」

 総理は、真面目な顔で答えた。

 

「個人的には、純粋なエンターテインメントとして楽しんでほしいところですがねぇ」

 三神が、少し残念そうに言う。

 

「無理です」

 総理が即答する。

 

「ですよね」

 三神も、すぐに納得した。

 

「映画を見ても、純粋にハラハラドキドキできないのよ」

 総理は、机に突っ伏しそうになりながら愚痴をこぼした。

「劇中で超常現象が起きるたびに、『あ、これ現実に出たら、どこの省庁が所管するのかしら』『法的な根拠はどうするの』『国連が黙っていないわね』『予算はどこから引っ張るの』……って、そんなことばかり考えてしまうの」

 

 沖田が、無表情のまま、さらに痛ましい事実を付け加えた。

「……総理は最近、古典的な『ゾンビ映画』を鑑賞しながら、手元に『感染症予防法』と『自衛隊法(治安出動の要件)』の六法全書を広げて、付箋を貼りながら読んでおられましたからね」

 

 三神が、肩を震わせて笑う。

「……それはもはや、映画鑑賞ではなく【机上演習(シミュレーション)】ですね」

 

「否定できません」

 総理が、力なく白状した。

 

 ***

 

 和やかな(?)雑談の空気が数分流れた後。

 三神編集長は、フッと笑みを収め、極めて真面目な、鋭い視線を総理へ向けた。

 

「……総理。創作を履修して、あらゆる未知の可能性に備えておくことは、確かに有効な防衛策です」

 三神の声が、少し低くなる。

「ですが。……現実の側でも、我々の想定を上回るような、少し【厄介な動き】が出始めています」

 

 総理が、居住まいを正す。

「厄介な動き?」

 

 沖田室長が、手元の端末を操作し、メインモニターに日本地図と、膨大なテキストデータの散布図を表示した。

 

「……国内の、【アーティファクト収集家】、古物商、骨董商、オカルト系コレクター、そして寺社や旧家関係者の動きが……ここ数週間で、異常なほどに活発化しています」

 

 総理の眉が、ピクリと動いた。

「……アーティファクト収集家……」

 

「ええ」

 三神が、深く頷く。

「この時代なら、当然そうなります」

 

「アーティファクトの時代、だからですね」

 総理が、その言葉の意味を即座に理解する。

 

「はい」

 三神が解説を始める。

「ネス湖、ソーマの樹、黒鯨、レプティリアン、ドイツの吸血鬼、そして徳川の札。……これだけ、『既存技術外事象』という魔法のようなものが、現実に実在すると証明されてしまったのです。

 そうなれば、世間の誰もが、必ずこう考えます」

 

 三神は、モニターに映し出された、日本の古い蔵や神社の写真を指差した。

 

「『自分の家の蔵で埃を被っているあの古道具は、本当にただのガラクタなのか?』

 『お寺の宝物庫に伝わる謎の遺物は、本当にただの信仰上の象徴に過ぎないのか?』

 『骨董市で二束三文で売られている謎の金属片は、実は凄い力を持ったアーティファクトではないのか?』……とね」

 

 沖田が、具体的なインテリジェンスの報告を読み上げる。

「旧家の蔵、寺社の宝物庫、骨董市、古道具市、ネットオークション、廃墟由来の持ち込み品、戦後の闇市経由の出所不明品。

 ……そうしたあらゆる場所で、“アーティファクトかもしれない物”を探し出し、価値を見定めようとする動きが、爆発的に増えています」

 

「つまり」

 総理の目が、危機感に鋭く細められた。

「政府の評価セルが把握する前に。……民間の地下市場(アンダーグラウンド)で、既存技術外の危険な品が、勝手に動く可能性があるということね」

 

「はい。その危険性が、日を追うごとに高まっています」

 三神は言う。

「……ただし。現状、市場に出回っているものの【99.9%】は、ただの古道具か、勘違いか、意図的に作られた偽物(詐欺)でしょう」

 

「でも、全部が偽物とは限らない」

 総理が、核心を突く。

 

「そこです」

 三神が、冷徹に頷いた。

 

 ***

 

 沖田室長が、モニターの画面を切り替え、国内の動向をカテゴリ別に分類して表示した。

 

『【1.骨董・古物市場】』

 

「週末の骨董市や、古物の業者間オークションにおいて、これまで見向きもされなかったような『奇妙な品』への問い合わせが急増しています」

 沖田が報告する。

「用途不明の金属片。読めない文字の刻まれた石。家紋にも梵字にも見えない未知の紋様が入った箱。古い鏡。錆びた鍵。……そして、何に使うか分からない木札や、由来不明の人形。さらには、『戦前の秘密研究機関由来』や『旧軍倉庫から出た』と称する出所不明の部品までが、高値で取引されようとしています」

 

「古物商のプロたちも、対応に困り果てているようです」

 三神が苦笑交じりに補足する。

「お客から真顔で『これ、アーティファクトですよね? いくらになりますか?』と聞かれる。……プロの目利きでも、そんなもの分かるわけがない」

 

「でしょうね」

 総理も、骨董屋の主人の苦労を想像してため息をついた。

 

『【2.旧家・寺社】』

 

「地方の歴史ある旧家や、古い寺社仏閣において、蔵や宝物庫を自分たちで『調べ直す』動きが出ています」

 沖田が続ける。

「『先祖が“絶対に開けるな”と言い伝えていた箱』。『何に使ったのか記録がない祭具』。『代々伝わっているが、由来が全く曖昧な隕石のような石』。さらには、『戦後の混乱期に、一度だけ奇妙に光ったという鏡』……。

 そうした、いわくつきの品に対する問い合わせが、現在、文化庁や地方自治体の窓口へ、少しずつ来始めています」

 

「行政に相談してくれるなら、まだ良い方ですね」

 総理が、安堵の息を漏らす。

 

「ええ」

 三神の目が、スッと冷たくなる。

「……問題は、政府に相談せずに、裏で【売る(金に換える)】場合です」

 

『【3.ネットオークション・フリマアプリ】』

 

 沖田が、いくつかの実際の出品画面のスクリーンショットをモニターに映し出した。

 

「ネット上では、さらに無法地帯です」

 沖田が、忌々しげに言う。

「『謎の古代アーティファクト』『旧家蔵出しの呪物』『宇宙由来かもしれない未知の金属』『触ると未来の夢を見る石』。……果ては、『徳川埋蔵金発掘現場から流出した木片』などという、完全にアウトな出品まで急増しています」

 

「ほぼ100パーセント、詐欺や便乗商法ですね」

 総理が、呆れたように言う。

 

「ですが、完全に無視もできません」

 沖田が釘を刺す。「これだけ数が膨大になれば、その中に本物が紛れ込んでいる可能性を、我々はシステムとして排除できないのです」

 

「……この出品の山の中に、一つでも本物(危険なアーティファクト)があったら、大問題ですね」

 総理が、頭を抱える。

 

「はい。落札した一般人が、自宅で箱を開けた瞬間に都市が一つ吹き飛ぶ可能性すらあります」

 沖田が、最悪のシナリオを淡々と告げる。

 

『【4.オカルト系コレクター】』

 

「そして、最もアクティブで厄介なのが、この層です」

 沖田が、最後のリストを示す。

「オカルト雑誌の熱心な読者、都市伝説系の動画配信者、そして自称『アーティファクト・ハンター』を名乗るコミュニティ。彼らの間で、自らの足でアーティファクトを探し出すことが、一種の危険なブームになっています」

 

「具体的には?」

 

「立ち入り禁止の廃墟探索。古墳周辺の違法な発掘。深夜の山中にある忘れられた祠巡り。神社の御神体の盗撮。……さらには、戦争遺構からの物品の持ち出しや、旧軍施設の跡地への無許可侵入などです」

 

 三神編集長が、深く息を吐き出して言った。

「……この辺りの連中の動きは、本当に危険ですね」

 

「なぜ?」総理が問う。「本物を見つけるかもしれないから?」

 

「本物が『なくても』危険なんですよ」

 三神は、眉をひそめて指摘する。

「私有地への不法侵入、文化財の破壊、滑落事故、詐欺被害。……さらには、『自分たちはアーティファクトの力に選ばれた』と思い込んだ連中による【カルト化】まで引き起こします。

 ……そして、もし万が一、彼らが【本物】を引き当ててしまったら。その危険度は、文字通り国家崩壊レベルに跳ね上がります」

 

「……どちらに転んでも、危険なのですね」

 総理が、暗澹たる表情で呟く。

 

「はい」

 三神は、静かに頷いた。

 

 ***

 

 矢崎総理は、配られた資料をパラパラとめくりながら、為政者としての厳しい視線で沖田を見た。

 

「……これらは、警察権力を使って、一律に厳しく取り締まるべきでしょうか?」

 総理は、危険の芽を摘むための強硬策を提案した。

 

 だが、沖田は即答しなかった。

 彼の代わりに、三神が即座に、明確な反対意見を口にした。

 

「……政府が強く動きすぎると、必ず【地下化】しますよ」

 

「地下化……」

 総理が、その言葉を反復する。

 

「はい」

 三神は、人間心理と闇市場のメカニズムを語り始めた。

「政府が『怪しい古道具はすべて危険だから届け出なさい』『無許可の所持は罰する』と強い法規制を敷けば。……善良で、本当にただのガラクタを持っているだけのまともな人は、おとなしく相談に来るかもしれません。

 ……ですが。本当に『価値がありそうな本物(アーティファクト)』を持っている人間ほど、絶対に政府には言わなくなります。……【没収される】と思うからです」

 

 沖田が、行政の経験からそれを裏付ける。

「実際、既存の文化財保護の法律でも、全く同じ問題が常に起きています。

 所有者が『これは国宝級の価値があるかもしれない』と知った途端、国にタダ同然で持っていかれるのを恐れて、売却し、隠匿し、最悪の場合は海外のブラックマーケットへ流出させてしまうケースが後を絶ちません」

 

「ただの壺や掛け軸なら、まだ文化の損失で済みます」

 三神の目が、鋭く光る。

「しかし、それがアーティファクトなら、被害の規模が違います。

 国家が欲しがる。巨大企業が欲しがる。海外のインテリジェンスが欲しがる。犯罪組織が兵器として欲しがる。……そんなものを手にしたら、所有者は『政府に正直に届け出る』よりも、『裏ルートで海外の富豪に何十億円でこっそり高く売ろう』と考えるに決まっています」

 

 総理は、ハッとして息を呑んだ。

「……だから、彼らを『敵』に回してはいけないのね」

 

「ええ」

 三神は深く頷いた。

「収集家や古物商、旧家の当主たちを、警察力で脅して敵に回すと。……本当に危険な本物が見つかった時に、絶対に政府の窓口へは来なくなります。彼らが裏社会や海外と直接取引を始めてからでは、我々は手遅れになります」

 

「では、強引な取り締まりよりも……彼らが自発的に【相談できるルート】の整備が、何よりも重要になるということですね」

 沖田が、実務的な結論を導き出す。

 

「民間の協力を得て、彼らを味方につける仕組みね」

 総理が、方針の舵を切る。

 

 ***

 

 三神編集長は、少しだけ自嘲気味な、苦笑いを浮かべた。

 

「……総理。アーティファクト時代において、一番厄介な真実は何か、分かりますか?」

 

「何?」

 

「それは……世に出回っているアーティファクトらしきものの【99.9%は偽物である】、ということです」

 三神は、残酷な現実を口にした。

 

「偽物が多いなら、実害がなくて楽なのでは?」

 総理が、不思議そうに問う。

 

「逆です」

 三神は、首を横に振った。

「……偽物が九十九個あるからこそ。……本当に危険な【本物の一個】が、ノイズに紛れて見落とされるんです」

 

 沖田室長が、深いため息をつく。

「詐欺商品、個人の思い込み、都市伝説の流布、精巧な偽造品、そして単なる古いガラクタ。

 ……我々は、その毎日何万件と上がってくるノイズの山の中から。たった一つの『本物のアーティファクト』だけを、正確に見分けなければならない」

 

「しかも、本物は必ずしも『派手に光る魔法の杖』とは限りません」

 三神が、さらなる困難さを突きつける。

「ただのその辺に落ちている石ころ、何てことのない木札、曇った鏡、古い木箱。……そんな、一見して全く無害に見える日常的な姿で、とんでもない機能(世界の崩壊)を隠し持っているかもしれない」

 

「……徳川の札も、見た目はただの古い通行手形でしたね」

 総理が、思い出すように言った。

 

「ええ」

 三神は頷く。

「だから、我々は民間から上がってくる“変な物”の報告を、すべて『どうせ偽物だろ』と笑い飛ばして無視することは絶対にできない。

 ……しかし、そのすべてを、国家の限られた科学力と人員を使って、本気で調べる(鑑定する)ことも、物理的に不可能なのです」

 

「……人員が、圧倒的に足りませんね」

 総理が、頭を抱えて呻く。

 

「まったく足りません。評価セルも、警察も、パンク寸前です」

 沖田が、実務の悲鳴を上げる。

 

 三神が、ニヤリと笑って総理を見た。

「……どうです? 今なら、アメリカのセレスティアル・ウォッチの連中が、毎日どれほどのデスマーチで胃に穴を開けているか、その気持ちが少しは分かりましたか?」

 

「……分かりたくありません」

 総理は、心底嫌そうに顔を背けた。

 

 ***

 

 現実的な問題として、「相談窓口」の構築が急務となった。

 

 沖田室長が、ホワイトボードの前に立ち、行政のプロフェッショナルとしての案を書き出していく。

 

「まず、表向きに『アーティファクト相談窓口』などというストレートな名称は絶対に使用しません」

 沖田が、冷徹に言う。

 

「言えば、どうなるの?」総理が問う。

 

「悪戯と、詐欺師の宣伝と、売名行為が殺到して、初日で回線がパンクします」

 沖田が答える。

 

「“うちの庭の光る石がアーティファクトです! 鑑定してください!”という迷惑電話が、一日一万件来ますね」

 三神が、楽しそうに補足する。

 

「……想像しただけで嫌になるわね。やめてください」

 総理が顔をしかめる。

 

「ですので、あくまで【既存の行政の枠組み】を利用し、裏側で網を張ります」

 沖田は、マーカーを走らせる。

 

『・文化庁の文化財保護・鑑定相談窓口』

『・警察庁の不審物・危険物通報ダイヤル』

『・消費者庁の霊感商法・詐欺被害相談』

『・公安委員会の古物営業法関連の通報』

『・自治体・神社本庁等の寺社経由での照会ルート』

 

「民間には、あくまで“正体不明の怪しい古物があれば、安全のために行政に相談してください”というスタンスで広く告知します」

 沖田が説明する。

「そして、各省庁の窓口に上がってきた報告の中から、AIと専門のスクリーニング・チームを使って『既存技術外事象の可能性があるキーワードや特徴』を持つ案件だけを抽出し、我々評価セルの裏ルートへと回す仕組みを構築します」

 

「なるほど」

 総理が頷く。

「民間には、あくまで“政府がアーティファクトを血眼になって奪いに来ている”とは、絶対に思わせないことね」

 

「はい。それが最重要です」

 三神が同意する。

 

「……しかし。もし本物(あるいは極めて危険な疑いのある品)が見つかった場合、その【所有権】はどう扱いますか?」

 総理が、最も厄介な法的ハードルを口にする。

 

 沖田は、マーカーの手を止め、苦渋の表情を見せた。

「……そこが、最大の難問です」

 

 沖田は、現行法の限界を並べ立てた。

「明らかに爆発するような危険物であれば、警察権限で『一時保全(没収)』が可能です。

 歴史的価値が高いと認められれば、『文化財保護法』の網を被せられます。

 犯罪収益や盗掘品であれば、刑事事件として押収できます。

 寺社や旧家に代々伝わる正当な所有物であれば、所有者との協議と買い取り交渉が必要です。

 ……しかし。

 『平和な見た目をしていて歴史的価値もないが、世界を滅ぼす力を持ったアーティファクト』が、一般人の手にある場合。……それを国家が強制的に没収する法的な根拠は、現在の日本法には存在しません」

 

「……既存技術外事象を想定した、新しい法制度(財産権の制限)が必要になりますね」

 総理が、政治家として重い決断を口にする。

 

「アーティファクト時代の、古物行政ですね」

 三神が、皮肉っぽく笑って言う。

 

「また、新しい省庁横断の特命案件ですか……」

 総理は、果てしなく増え続ける業務に、机に突っ伏しそうになる。

 

「はい。法制局と至急調整に入ります」

 沖田も、胃薬を飲むような顔で答える。

 

「……本当に。創作(映画やアニメ)の主人公たちは、楽でいいですね」

 総理が、ぼそりと、心底からの本音(愚痴)をこぼした。

 

「ええ。彼らは、アーティファクトを見つけても、普通は【予算委員会】や【法制局の審査】を通さなくていいですからね」

 三神が、全くその通りだと深く頷いた。

 

 ***

 

 議論は、民間協力者(アーティファクトを扱う人々)の分類と対策へと移った。

 

「国内のアーティファクト収集家たちは、一律で『危険人物(監視対象)』として見るべきですか?」

 総理が問う。

 

 三神は、首を横に振った。

「一括りにはできません。彼らの属性は多様です」

 

 沖田が、事前に分析したリストをモニターに表示する。

 

『1.純粋な骨董・古物収集家』

「古い物が純粋に好きで、歴史的価値を重視する層。アーティファクト騒動には興味があるが、自らが危険物を扱うという危機意識は薄い。悪気なく本物を市場に流す可能性がある」

 

『2.オカルト系コレクター』

「呪物、曰く付きの品、都市伝説系アイテムを意図的に集める層。本物のアーティファクトに接近する可能性は最も高いが、オカルト的な好奇心が勝り、危険認識が極めて甘い。暴走リスク大」

 

『3.投資家・転売屋』

「アーティファクトを『資産(金儲けの道具)』として見る層。危険であっても、高く売れるなら平気で動く。海外のブラックマーケットへの流出リスクが最も高い、警戒対象」

 

『4.研究者・郷土史家』

「地元の伝承や、寺社に眠る古い古文書の記録に詳しい人々。正しく連携できれば、我々にとって最も貴重な『情報源(協力者)』になり得る」

 

『5.動画配信者・廃墟探索者』

「バズることを目的に、危険な未踏の場所へ入り込みやすい層。彼らが本物を起動させてしまうリスクに加え……彼らの配信が、あのCicada 3301の目に止まり、世界中に暴露されるという二次的(情報災害的)なリスクがある」

 

『6.犯罪組織・反社会的勢力』

「本物を手に入れ、武器・非合法資産・脅迫材料として扱う恐れがある。完全な敵対勢力」

 

 総理は、そのリストをじっと見つめ、大きく頷いた。

「……なるほど。彼らは、我々の強力な『協力者』にもなり得るし、致命的な『脅威』にもなり得る存在なのね」

 

「はい」

 三神が言う。「だからこそ、最初から彼らを『犯罪者予備軍』として敵扱いしない方がいい。彼らの持つ草の根のネットワークは、国家の監視網を凌駕することがあります」

 

「ただし、反社会的勢力や、海外への密輸ルートを構築しようとする投資家・転売屋については、容赦はしません」

 沖田が、冷徹に線を引く。

「そこは、警察庁の公安部や税関と連携し、徹底的に潰します」

 

「ええ。そのメリハリが重要ね」

 総理が、方針を確定させる。

 

「強制的な一斉調査(ガサ入れ)は行いません」

 総理は、最終的なスタンスを宣言した。

「古物市場や収集家界隈を刺激しすぎること、そして彼らを地下へ潜らせることは、絶対に避ける」

 

「では、段階的な情報網の構築で?」

 沖田が確認する。

 

「ええ」

 総理の指示が飛ぶ。

「文化庁や自治体、寺社関係者への、穏やかな相談ルートの整備。

 古物商組合への、安全のための注意喚起。

 警察庁による、盗品や危険物の流通ルートの裏監視。

 ネットオークションやフリマアプリにおける、怪しい出品のAIモニタリング。

 そして、それらをすべて既存技術外事象評価セルへと集約する、裏の報告体制の構築」

 

 総理は、最も重要な心理的アプローチを念押しした。

「……大事なのは、“政府に言えばタダで奪われる(損をする)”と、絶対に思わせないことです」

 

「それは、極めて重要ですね」

 三神が、深く同意する。「人間は、正義よりも損得で動く生き物ですから」

 

「相談してくれた所有者が、絶対に損をしない仕組みを作ってください」

 総理は、沖田に命じた。

「危険物の提出に対する協力金の支払い。一時保全中の保管費用の国庫負担。研究協力契約の締結。……もし文化財として指定・没収する場合は、市場価格を上回る十分な補償金の支払い。

 ……金で安全が買えるなら、いくらでも予算をつけるわ」

 

「了解しました」

 沖田が、実務のトップとして力強く頷く。

 

 三神編集長が、その総理の見事な采配を見て、どこか嬉しそうに笑った。

 

「……総理。あなた、ここ数ヶ月で、どんどん『アーティファクト時代の優秀な行政官』になっていきますね」

 

 矢崎総理は、ふっと自嘲気味に息を吐いた。

 

「……なりたくてなったわけではありません。

 世界が狂っているから、それに合わせて政治を適応させているだけよ」

 

 ***

 

 会議の最後。

 

 三神編集長が、パイプ椅子から立ち上がり、手元の資料をトントンと揃えながら、極めて静かに、冷徹な予言を口にした。

 

「……総理。

 おそらく。もうすでに……国内の市場のどこかには、【何か】が混ざっていますよ」

 

 総理の目が、鋭く三神を捉える。

「……断定ですか?」

 

「いえ。ただのオカルト編集者としての、長年の勘です」

 三神は、薄く微笑んだ。

「ですが。これだけ世界中がアーティファクトの力で揺れ動いている時代です。

 日本の古い神社、名もなき寺、旧家の奥深い蔵、週末の骨董市、戦後の闇市の名残、見捨てられた廃墟、そして古物倉庫。

 ……これだけ豊かな歴史の地層を持つこの国に。『どこにも何もない』と考える方が、むしろ不自然(非科学的)です」

 

 沖田室長が、重苦しい声で引き取る。

「問題は、それが……いつ、誰の手に渡るか、ですね」

 

「ええ」

 三神が頷く。

「そして、その本物を偶然手にした人間が。

 ……政府に素直に『相談』してくれるか。

 ……恐怖して『隠す』か。

 ……欲に駆られて『売る』か。

 ……あるいは、自らの欲望のために【使う】か、です」

 

 矢崎総理は、窓のない地下会議室の、冷たい天井を見上げた。

 

「……アーティファクトの時代というのは。

 政府の監視網や、軍事力だけで、すべてを管理しきれるようなものではないのですね」

 

「ええ」

 三神は、静かに答えた。

「普通の国民の家の、埃を被った蔵の奥に。……明日、世界を根底から変えてしまうようなスイッチが、何気なく眠っているかもしれない。

 ……それが、アーティファクト時代というものの、本当の恐ろしさです」

 

「……本当に。映画や創作の物語よりも、現実の方がずっと厄介ですね」

 総理が、深い疲労とともに呟く。

 

「創作なら、必ず『選ばれし主人公』がそれを見つけてくれますからね」

 三神が、肩をすくめて笑う。

「ですが、現実の世界では。……全く知識のない一般人や、悪意ある犯罪者が、突然そのスイッチを見つけてしまうかもしれない」

 

「だから」

 総理は、机の上に置かれた膨大な行政文書の束を、力強く叩いた。

「見つけた人が、恐れて隠さなくて済むような。……素直に政府へ持ってこられるような『仕組み(セーフティネット)』を作るのよ」

 

 沖田が、姿勢を正す。

「それが、今回決定した方針ですね」

 

「ええ」

 総理は、決然とした目で二人を見据えた。

「国内の収集家や古物商を、無闇に敵にしない。

 しかし、危険なものは絶対に見逃さない。

 ……静かに、早く、そして確実に相談できるネットワークを、日本中に張り巡らせましょう」

 

 三神編集長が、満足げに小さく笑声を上げた。

 

「……アーティファクト時代の『骨董行政』、いよいよ開幕ですね」

 

「笑えません」

 総理が、ピシャリと冷たく言い返す。

 

「私も、半分しか笑っていませんよ」

 三神は、冗談めかして言ったが、その目の奥には、これから日本中で起きるであろう無数の混乱と悲劇を見据える、冷徹な観測者の光が宿っていた。

 

 ***

 

 アーティファクトの時代に入ったことで、動き出したのは、決して大国の政府や軍隊、あるいは超常の力を持つ上位存在たちだけではなかった。

 

 町の片隅の骨董商。

 古物商の店主。

 旧家を受け継いだ子孫。

 名もなき寺社の関係者。

 オカルト系コレクター。

 再生数を稼ぎたい動画配信者。

 一攫千金を狙う投資家。

 転売屋。

 そして……ただ、古い物が好きなだけの、ごく普通の人々。

 

 彼らは皆、テレビのニュースやネットの狂騒を見ながら、少しずつ、心の奥底で思い始めていた。

 

『自分の持っているこれは。……本当に、ただの古道具なのだろうか?』

『祖父が“絶対に開けるな”と言って遺したあの箱は。……本当に、ただの迷信なのだろうか?』

『神社の奥深くに眠るあの奇妙な石は。……本当に、ただの信仰上の象徴にすぎないのだろうか?』

『骨董市の片隅に無造作に置かれていた、この用途不明の金属片は。……本当に、ただのガラクタなのだろうか?』

 

 もちろん、そのほとんどは偽物だろう。

 ほとんどは個人の思い込みであり、ほとんどはただの、歴史の染み付いた古道具に過ぎない。

 

 だが。

 すべてが偽物とは、限らない。

 

 本物は、たった一つ、誰かの手に渡っただけで……世界を決定的に変えてしまう。

 

 日本政府は、幾多の世界的危機を潜り抜け、ようやく深く理解し始めていた。

 

 アーティファクトの時代とは、決して「国家が奇跡の兵器を管理し、運用する時代」ではない。

 

 奇跡かもしれない、あるいは世界を滅ぼす呪いかもしれないものが。

 民家の蔵の暗がりにも、週末の骨董市の段ボール箱の中にも、ネットオークションの怪しい出品リストの中にも……ごく当たり前の日常の風景として、静かに紛れ込んでいる時代なのだ。

 

 その日から、日本政府は、また一つ、途方もなく重く、そして果てしない『新しい仕事』を抱え込むことになった。

 

 すなわち。

 日常のノイズの中から、世界の終りを告げるかもしれない小さな欠片を拾い上げる。

 

 果てしなき、【アーティファクト時代の骨董行政】の始まりである。

 

 

 




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