銀河皇帝のスペアに転生した元社畜、地球軌道上の要塞でネトゲ三昧の隠居生活を満喫する 〜足元では超大国が滅亡級の異星遺産を巡って暗躍中ですが、主人公(ぼく)の命は絶対安全なので特等席で傍観します〜   作:パラレル・ゲーマー

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第157話 髪色を変える石

 日本列島のどこかにある、海沿いの小さな地方都市。

 そこからさらに少し山間部へと入り込んだ、路線バスが一日に数本しか通らないような鄙びた集落の奥に、その『神社』はひっそりと佇んでいた。

 

 創建の歴史は古いが、全国的な知名度は皆無に等しい。

 普段の参拝客といえば、朝の散歩がてらに訪れる地元の高齢者たちか、境内でどんぐりを拾う近所の子供たち。あるいは、週末にたまに迷い込んでくる、熱心な御朱印巡りの観光客が数人いる程度。

 社務所は古びて木の色がくすみ、駐車場もせいぜい砂利敷きの十台分しかない。七十代の宮司と、兼業で手伝う息子夫婦が、細々と守り継いできたような、日本のどこにでもある『忘れられた鎮守の森』であった。

 

 その神社の本殿のさらに奥、鬱蒼と茂る木立の中に、一つの古い石が祀られている。

 

 苔むした小さな祠の中に鎮座する、黒光りする丸い石。

 その手前には、長年の風雨で文字が掠れかけた、古い木製の説明板が立てられていた。

 

『髪黒石(かみぐろいし)

 古来より、白髪を黒く戻し、若き日の姿を思い出させる御神石として伝わる』

 

 訪れた観光客たちは、その説明板を読んでも、せいぜい「へえ、昔の人は黒髪に憧れてたんだね」と笑いながら、記念に写真を一枚撮って通り過ぎるだけだった。誰も、その石に本物の奇跡が宿っているなどとは、夢にも思っていなかったのだ。

 

 ——あの日、大学生のグループが訪れるまでは。

 

 秋晴れの週末。

 レンタカーでドライブ旅行に来ていた男女四人の大学生グループが、たまたまこの神社に立ち寄った。

 

「うわ、何ここ。めちゃくちゃ雰囲気あるじゃん」

「トトロとか出そう」

「ねえ見て、髪黒石だって。若返るらしいよ」

 

 女子大生の一人が、面白半分にその祠へ近づいた。

「マジで? じゃあ私、最近ちょっと就活のストレスで白髪生えてきた気がするから、お祈りしとこーっと」

 

 彼女は、笑いながらその黒光りする石に両手をペタッと乗せ、自分の髪の毛先に触れた。

「白髪を黒くするのもいいけどさ。……えー、じゃあ、せっかくだから【ピンク】になれー」

 

 それは、本当にただの、軽い冗談だった。

 

 だが。

 その瞬間。

 

「……えっ?」

 

 彼女の黒髪の毛先が、グラデーションを描くように、スッと【淡い桜色(ピンク)】に染まったのだ。

 

「えっ……嘘、なにこれ」

 彼女は、自分の髪の毛先をつまみ上げ、目を丸くした。

 

「ははっ、光の加減でしょ」

「それか、お前、元々そんな色に染めてたんじゃないの?」

 友人たちが笑いながら近づいてくる。

 

「違うって! 昨日まで真っ黒だったじゃん! 就活で黒染めしたばっかりだよ!?」

 彼女は、慌ててスマートフォンのインカメラを起動し、自分の髪を確認した。

「……ヤバい。マジで毛先だけピンクになってる……」

 

 その異常な光景に、友人たちの笑い声がピタリと止まった。

 

「……ちょっと、貸して」

 金髪に染めていた男子大学生が、半信半疑で石に両手を乗せ、自分の髪に触れた。

「……じゃあ、俺、就活仕様の【真っ黒】」

 

 一瞬にして。

 彼の派手な金髪が、根本から毛先まで、艶やかな漆黒へと完全に染まり切った。

 

「うわああああああああっ!!!」

 男子大学生が、自分の黒くなった髪を触りながら、悲鳴とも歓声ともつかない声を上げた。

 

「え、待って待って待って!」

「加工じゃないよね!? アプリのフィルター!?」

「いや、肉眼で見て黒い! ガチで黒いぞ!」

「動画回して! 動画!!」

「私もやる! 私、【青】!」

 

 別の女子大生が石を握って念じると、彼女の髪は見事なサファイアブルーに変わった。

 さらに別の男子が「黒髪に銀のメッシュ!」と叫ぶと、その通りにスタイリッシュなメッシュが入った。

 

「これやばい!!」

「マジでヤバい!! バズる!! 絶対にバズるぞこれ!!」

 

 静かな鎮守の森に、若者たちの狂乱した絶叫が響き渡る。

 彼らは、興奮のあまりその場で飛び跳ねながら、スマートフォンのカメラを回し、この信じられない奇跡の映像を、即座にSNSへと放り投げた。

 

 ***

 

【ガチ】神社の石触ったら髪色変わったんだけど

 #髪染め石 #御髪替え #加工なし #地方神社 #アーティファクトかも

 

 その投稿は、最初は誰にも信じられなかった。

 

 [X(旧Twitter) / コメント欄]

「はいはい加工乙」

「フィルター外してから言えよ」

「ウィッグだろ。最近のアプリの自動トラッキングすごいな」

「いや、でもこれ、太陽光の反射の仕方がおかしくないか? アプリのフィルター特有の境界線のブレがないぞ。本当に色変わってない?」

「別角度の動画も上がってるぞ」

「ていうか、後ろで見てる地元の掃除のおばあちゃんまで、目ん玉飛び出るくらい驚いてて草」

「これ……マジで『アーティファクト』じゃね?」

 

 その「アーティファクト」という単語が出た瞬間、ネットの空気は一変した。

 ここ数ヶ月、世界は「不老無病」「吸血鬼」「空間跳躍」といった、常軌を逸したアーティファクトの力を見せつけられてきた。だからこそ、「髪の色が変わる石」くらいなら、普通に実在してもおかしくないという下地が、完全に出来上がっていたのだ。

 

 翌日には、別の観光客や近所の高校生たちが、検証動画を次々とアップロードし始めた。

 

【検証動画の流れ】

 1.石を握る前の普通の髪をカメラに見せる。

 2.石を両手で握る。

 3.変えたい色を思い浮かべる。

 4.自分の髪に触れる。

 5.その瞬間、触れた部分から色が変わる。

 6.水で洗っても、シャンプーでゴシゴシこすっても、絶対に色が落ちない。

 7.でも、もう一度石を握って「元の色に戻れ」と念じれば、一瞬で元通りになる。

 

 さらに数日後、登録者数百万人の美容師系YouTuberが、高画質のカメラと検証用キットを持ち込んで現地入りを果たした。

 

「えー、本日はですね、ネットで噂になっている『髪染め石』がある神社に来ています! これがもし本物なら、我々美容業界、まあまあ困りますね!」

 YouTuberは、笑いながら検証を始めたが、結果は完全に彼らの常識を粉砕した。

 

「……信じられません」

 YouTuberは、青く染まった自分の髪の毛を触りながら、戦慄した顔でカメラに向かって語った。

「薬剤の反応、一切なし。髪のダメージ、ゼロ。キューティクルが全く痛んでいません。

 ……ブリーチ(脱色)なしで、こんなに鮮やかなブルーになるなんて、現代の美容化学では不可能です。黒髪から一瞬でプラチナブロンドになって、しかも手触りが、染める前と全く変わらないサラサラのままなんです!」

 

 この「プロの検証」によって、ついに大衆の疑念は完全に払拭された。

 

「髪染め石」、あるいは「色替え石」。

 その存在は、ネット上で完全にバズり、圧倒的なトレンドとなって日本中を席巻した。

 

 ***

 

 翌週。

 その地方の小さな神社の周辺は、完全な【パニック】に陥っていた。

 

 神社の入り口から続く細い参道には、数百メートルに及ぶ大行列ができている。

 砂利敷きの十台分しかない駐車場は、夜明け前から満車。近隣の田舎道は、他県ナンバーの車で大渋滞を引き起こし、地元の農家がトラクターを出せずに立ち往生していた。

 普段はシャッターが下りていることの多い地元の小さな商店街も、突然溢れ返った観光客の波に、完全にパニック状態となっていた。

 

 彼らの目的は、神への祈願ではない。

 全員が、ただ【髪色を変えたい】という一心で、この片田舎に集結していたのだ。

 

 列に並んでいる人々の属性は、あまりにも多種多様でカオスだった。

 

 自分の「推し」のイメージカラー(紫やピンク)に染めたいアイドルオタク。

 ライブに参戦する直前の熱狂的なファンたち。

 二次元のキャラクターのあり得ない髪色(グラデーションや虹色)を完全再現したいコスプレイヤー。

 動画のネタにするために機材を持ち込むインフルエンサー。

 研究のために自ら石を握りに来た美容師。

 地雷系ファッションの女子、量産型の女子大生。

「日本の神社で魔法体験ができるらしい」と聞きつけた外国人観光客。

 VTuberのファンたち。

 文化祭の期間だけド派手な髪色(金髪や赤髪)にしたい高校生。

 就職活動が終わり、今まで我慢していた反動で金髪メッシュを入れたい大学生。

 ……さらには、白髪染めの手間を省き、永遠の漆黒の髪を手に入れたい高齢者や、夏休みだけ派手髪にして、始業式の日にもう一度石を触って「黒染め」をしたい中学生まで。

 

 老若男女、あらゆる層が「石」を求めて殺到していた。

 

「いや、これは古くからある御神石でしてな……」

 七十代の宮司は、社務所に押し寄せる人々を前に、完全に途方に暮れていた。

「決して、髪染めのアトラクションや、若者の遊び道具では……」

 

 しかし、宮司の言葉など、興奮しきった行列の耳には届かない。

 

「お願いです宮司さん! 明日の推しのライブまでに、どうしてもミントグリーンにしたいんです!」

「私、オーロラカラーのグラデーションにしたいんですけど、何秒くらい石握ってればいいんですか!?」

「すいません、石に触ってから色が変わる瞬間を動画で撮りたいんで、照明機材立てていいですか!」

 

 神社側は、完全にキャパシティオーバーに陥り、慌てて急ごしらえの看板を境内に立てた。

 

『【御石に関するお願い】

 ・御石に触れる際は、お一人様【三十秒】までとさせていただきます。

 ・髪色変更後の「思っていた色と違う」といった苦情は、一切受け付けません。

 ・境内での大声での会話、およびダンス動画(TikTokなど)の撮影は固く禁じます。

 ・御石に塗料や化粧品、ヘアスプレーなどが付着しないようご注意ください。

 ・毛髪以外(服や持ち物)への使用はお控えください。

 ・元の色に戻せなくなった場合は、落ち着いて列の最後尾にもう一度お並びください』

 

 この、あまりにも現代的で世知辛い「注意書き看板」の写真がSNSにアップされると、それがまた面白がられてさらにバズるという、完全な悪循環(好循環)に陥ってしまった。

 

 ***

 

 東京、首相官邸地下。

 既存技術外事象評価セル。

 

 世界を揺るがす数々の脅威に対応してきたこの部署にも、当然ながら地方自治体や警察を通じて、この「異常事態」の報告が上がってきていた。

 

 沖田室長は、デスクの前に立ち、担当官が提出してきた報告書のタイトルを見て、深い、深いため息をついた。

 

『地方神社における毛髪色変化現象について』

 

「……担当官。概要を」

 沖田は、感情を完全に押し殺した声で命じた。

 

「はい」

 担当官が、資料を読み上げる。

「対象は、石型のアーティファクト候補(仮称:JPN-HC-01)。……接触者の『毛髪の色』を、任意の色彩へ変化させる可能性が高いとされています。

 現在、SNS上で急速に拡散中であり、全国から若者を中心に参拝客が殺到しています。

 ……現時点で、健康被害の報告はありません。しかし、想定外の参拝客増加による深刻な交通混雑、違法駐車、および近隣住民からの苦情が多数発生しております」

 

 沖田は、額を押さえた。

「……髪、ですか」

 

「はい。髪です」

 担当官が、真顔で答える。

 

「……爆発は?」

「しません」

「認知汚染や、人格の改変は?」

「ありません」

「未知のウイルスの感染、異常増殖、空間の歪み、時間異常、軍事転用の兆候は?」

「……一切、ありません。ただ、髪の色が変わるだけです」

 

 会議室に、なんとも言えない、脱力したような沈黙が流れた。

 

 別の職員が、メインモニターにSNSの動画を投影する。

 画面の中では、女子高生が神社の石を握り、「ピンクになれー!」と言いながら、自分の黒髪が一瞬にして鮮やかなピンク色に染まるのを見て、境内でピースサインをして大はしゃぎしていた。

 

 沖田は、その平和すぎる映像を見て、再び深く息を吐き出した。

 

「……これまで我々が扱ってきたアーティファクトの中で。……ダントツで、一番【平和】ですね」

 

「ええ」

 担当官も、苦笑交じりに同意した。

 

「ですが、アーティファクトである可能性が高い以上、無視はできません。現地へ調査班を送ります」

 沖田は、実務のトップとして、迅速に手配を命じた。

 

 ***

 

 翌日。

 政府の合同調査班が、黒塗りの車両で神社の境内に乗り込んだ。

 

 メンバーは、既存技術外事象評価セルの担当官、文化庁の文化財保護担当、厚労省の医療機器・薬品担当、警察庁の警備担当、地元自治体の職員、そして防衛省系の科学分析班である。

 

 ものものしい装備とスーツ姿の集団の到着に、七十代の宮司は完全に怯えきっていた。

 

「あ、あの……。国が、この石を持っていってしまうのでしょうか……」

 宮司は、震える声で尋ねた。

「確かに、最近騒ぎになって迷惑はおかけしておりますが……これは代々、この村で大切に守ってきた御神石でして……」

 

 評価セルの担当官が、宮司を安心させるように、穏やかな声で答えた。

「ご安心ください、宮司さん。現時点では、この石を政府が没収・移動させる予定はありません。……我々の目的は、まずこれが国民にとって『安全であるか』の確認を行うことです」

 

 宮司は、ホッと胸を撫で下ろした。

 

 ただちに、科学分析班による石の非破壊検査と、効果の検証が開始された。

 

「……石の材質は、地球上の岩石(花崗岩に近いもの)に似ていますが、一部に同定不能な成分が含まれています」

 分析班が、計測器のデータを見ながら報告する。

「表面に、レーザー等による人工的な加工痕はありません。放射線異常、なし。周辺の植物や土壌への影響、なし。水質汚染もありません」

 

 続いて、実際に石に触れた人間(調査隊員)の生体データの確認が行われた。

 

「触れた人間の脳波に異常は認められません。皮膚(頭皮)への影響、熱傷、アレルギー反応なども一切なし。

 ……変化しているのは、本当に『毛髪の色素』だけのようです」

 

「色素そのものが変化しているのですか?」

 厚労省の担当が問う。

 

「厳密に言えば、違います」

 科学者が、顕微鏡のデータを拡大する。

「毛髪の内部の色素(メラニン)を破壊・脱色しているのではなく……毛髪の表面における【光学的な反射特性(構造色)】を、原子レベルで一時的に書き換えているようです。

 だから、洗髪や通常の脱色・染料反応とは全く別物です。何度洗っても落ちませんが、石の力を使えば一瞬で元の構造に戻せます」

 

「切った髪の毛でも、効果はありますか?」

 

「あります。頭部から切り離された毛髪であっても、石に触れながら念じれば色は変わります。

 ……ただし、毛髪以外の物質(服や皮膚)には、ほぼ反応しません。体毛(腕の毛や眉毛)にも微弱に反応しますが、頭髪ほど安定して色は変わりません」

 

 科学者たちの報告は、このアーティファクトが「ただ髪色を変える」という極めて限定的で、安全な機能しか持っていないことを完璧に証明していた。

 

 その時。

 警備に同行していた警察庁の男性職員(五十代、頭頂部がかなり寂しい)が、何かを期待するような、熱を帯びた目で石を見つめ、そっと近づいてきた。

 

「……あの、すみません。一つ、確認よろしいでしょうか」

 男性職員は、震える手で石を両手でしっかりと握りしめた。

「……【発毛効果】は、ありますか?」

 

 分析班の科学者は、一瞬だけ沈黙し。

 手元のスキャンデータと、男性職員の頭頂部を交互に見比べて。

 

 極めて無慈悲に、そして事務的に答えた。

 

「……ありません」

 

「……そうですか」

 男性職員は、深く肩を落とし、力なく石から手を離した。

 

 周囲の調査隊員たちや宮司の間に、何とも言えない、非常に気まずい、同情に満ちた空気が流れた。

 

 ***

 

 東京、首相官邸地下。評価セル。

 

 現地の調査報告と、SNSで拡散されている若者たちの「髪色変更動画」の映像を、矢崎総理と沖田室長、そして三神編集長がモニターで確認していた。

 

 映像の中では、若者たちが神社の境内で、推しカラー、アニメキャラの再現、虹色のグラデーション、プラチナシルバー、就活前の黒染めなど、思い思いの髪色に変えてはしゃいでいる。

 

 三神は、缶コーヒーを片手に、その平和すぎる映像を見て、クスクスと楽しそうに笑い声を漏らした。

 

「……面白いですねえ」

 

 矢崎総理が、疲れた顔で三神を見た。

「面白い、ですか」

 

「ええ」

 三神は、大きく頷いた。

「……昔なら。これは、相当な【神秘】ですよ」

 

 三神は、民俗学やオカルトの文脈から、この石の本来の価値を語り始めた。

「白髪の老人が、石に祈った翌朝に、若々しい黒髪に戻る。

 神に仕える巫女の髪が、祭りの夜だけ月光のように白く輝く。

 戦に出る若者が、敵の目を欺くために別人の髪色へと姿を変える。

 ……どれも、医療も染髪技術も存在しなかった時代においては、完全に『神の奇跡』であり、恐るべき魔法です。伝承として語り継がれるには、十分すぎる力を持っています」

 

 三神は、モニターの若者たちを指差した。

 

「……でも。現代では、『髪の色を変えられるから、どうした』という話になってしまう」

 

 三神の言葉は、アーティファクトと人類の文明進化の、ある種の残酷な逆転現象を突いていた。

 

「美容院に行けば、数時間でカラー剤を使って好きな色に染められる。金髪のウィッグも数千円で買える。SNSの写真なら、加工アプリで一秒で色を変えられる。

 ……人間社会の科学技術の側が、このアーティファクトの持っている『奇跡の価値』を、一部追い越してしまっているんです」

 

 総理は、その言葉に深く納得したように頷いた。

 

「アーティファクトは、すべてが万象器や黒鯨のような、文明破壊級の脅威というわけではないのですね」

 三神は、コーヒーを一口飲んだ。

「時代によっては神の奇跡として崇められたものでも、現代では『ちょっと便利な観光資源(アトラクション)』にしかならないものもある。

 ……むしろ、この程度で済むなら、我々にとってはかなり『ありがたい(癒やし枠の)部類』ですよ」

 

 沖田室長が、実務的な確認を行う。

「……無害であるならば、政府としては【放置】でよろしいですか?」

 

「正確には、『管理下での放置』、ですね」

 三神が訂正する。

「石を外部へ持ち出されないように固定・防護する。長期的な健康被害がないかモニタリングする。そして、神社や周辺自治体の混雑(オーバーツーリズム)対策を支援する。

 ……それ以上は、神社と自治体の『観光振興』として、自由にやらせておけば良いのでは?」

 

 矢崎総理は、椅子に深く腰掛け、信じられないというようにため息をついた。

 

「……ついに我が国は。アーティファクトを『観光資源』として扱う段階に入りましたか」

 

「世界から見れば、かなり羨ましい話ですよ、総理」

 三神が、肩をすくめて笑う。

「爆発しない。人を狂わせない。都市を飲み込まない。……ただ、髪色が変わるだけ。

 最高じゃないですか。これ以上、何を望むんです?」

 

 ***

 

 政府の最終的な判断は、極めて迅速かつ現実的であった。

 

 評価結果:

『分類:国内低危険度アーティファクト候補(JPN-HC-01)』

『危険度:低』

『軍事転用性:極低(迷彩効果程度)』

『医療転用性:限定的(白髪染め等)』

『経済影響:局所的(美容業界に軽微な影響)』

『社会的影響:観光・美容・校則・SNS領域に限定』

『収容必要性:低』

『持ち出し防止:必要』

『信仰対象としての扱い:尊重』

『現地管理:可』

 

 これに基づく、政府の公式な対応方針が策定された。

 

 一、神社から石を強制的に移動(没収)させることはしない。

 二、盗難防止のため、周囲に防犯カメラを設置し、物理的な固定を強化する。

 三、混雑緩和のため、神社側に『触れる時間の整理』と『オンライン予約制の導入』を支援する。

 四、念のための健康被害相談窓口を厚労省に設置する。

 五、色を元に戻したい人のための「再接触導線(帰り道)」を境内に整備する。

 六、未成年の利用については、保護者の同意を推奨する旨を掲示する。

 七、受験・就活・学校の校則トラブル(黒染め強要など)については、政府は一切関与しない。

 八、美容業界からの苦情(客を取られた等)についても、政府は関与しない。

 九、外国人観光客の増加を見込み、多言語対応の案内板を設置する。

 十、転売目的での石の削り取り、および模造品(偽の石)の販売を厳重に警戒・摘発する。

 

 方針名は、お役所仕事の極みのような長さになった。

 

『国内低危険度アーティファクト候補の現地保存・地域管理モデルケース』

 

「……長いですね」

 三神が、報告書を見て苦笑する。

 

「役所の文書なので、仕方ありません」

 沖田が、無表情のまま答えた。

 

 ***

 

 政府の「事実上の容認(観光化支援)」が決定したことで。

 その地方の小さな町は、一夜にして、完全な【アーティファクト・ツーリズム】の聖地へと変貌を遂げた。

 

 最寄りの新幹線の駅前には、巨大なポスターが貼り出された。

 

『髪色が変わる町、○○町』

『あなたの推し色、授かります』

『御髪替え(おんかみがえ)参拝、大歓迎!』

 

 これまでシャッター通りになりかけていた地元の商店街は、この未曾有の特需に全力で便乗し、見事な経済効果を叩き出し始めていた。

 

 和菓子屋は、カラフルな餡を詰めた「髪色石まんじゅう」を発売。

 カフェでは、層になって色が変化する「虹色ソフトクリーム」が大ヒット。

 神社へと続く参道には、「推し色おみくじ」や「御髪替え守り」「髪色絵馬(推しの色に染まれますように)」といったグッズが並ぶ。

 美容室は、髪を染める仕事が減った代わりに、「参拝前のヘアセット(アレンジ)」や「色が変わった後の写真撮影用メイク」という新しいサービスで大繁盛。

 着物レンタル店は、派手な髪色に映える「撮影用レンタル和傘」を大量に仕入れた。

 地元の旅行会社は、『推し活参拝・日帰りバスツアー』を企画し、連日満席。

 

 神社を預かる七十代の宮司は、テレビの取材カメラを前にして、完全に困惑しきっていた。

 

「いや、あの……うちは、古くからある厳粛な神社であって。決して、こういう派手なテーマパークのようなものでは……」

 

 宮司が渋い顔をしている横で。

 氏子総代を務める地元の役員が、ホクホク顔で宮司の肩をバンバンと叩いた。

 

「何を言ってるんですか、宮司さん!

 このお賽銭と観光客の落とすお金で、長年雨漏りしてた本殿の屋根の修繕費が、全額ポンと出たんですよ! 神様も、きっとお喜びになっておられます!」

 

 宮司は、新しくピカピカになった神社の銅板屋根を見上げ、複雑な表情で「……まあ、それなら、良いのですが……」とため息をつくしかなかった。

 

 ネットの住人たちも、この「平和すぎるアーティファクトの日常化」を、心から楽しんでいた。

 

 [X(旧Twitter) / タイムライン]

 

「今日、髪染め石行ってきた! 推しの青色に染めてもらって最高! 明日の仕事前にはもう一回握って黒に戻すけどw」

「美容院代が浮くの、普通にデカい。政府が没収しなくて本当に良かったわ」

「校則で地毛証明書出せって言われたから、『アーティファクト証明書』で論破してきたったww」

「最近のアーティファクト、人が死ぬとか世界が終わるとか、マジでヘビーな話ばっかりだったから……。こういう『ちょっと日常が楽しくなる魔法』みたいなのが出ると、本当に救われる」

「これこそが、人類とアーティファクトの正しい共存の形だろ」

 

 世界を脅かす強大な力だけが、アーティファクトではない。

 地方の小さな神社にひっそりと眠る、誰も殺さず、誰も不幸にしない、ちょっとだけ日常を彩る奇跡。

 

 アーティファクトの時代は、決して絶望とパニックだけを運んでくるわけではない。

 時にはこうして、人間のしぶとさと商魂たくましさによって、見事に社会の中に「飲み込まれ、消化されていく」こともあるのだ。

 

 その日、日本中が、ほんの少しだけ明るい髪色で、笑顔に包まれていた。




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異界渡りを手に入れた無職がスローライフをするために金稼ぎする物語(作者:パラレル・ゲーマー)(オリジナル現代/冒険・バトル)

新田 創(にった はじめ)、35歳、無職。▼人間関係に疲れ果て、十数年勤めた会社を退職。都会の喧騒を離れ、実家でのんびりスローライフを送る…はずだった。▼無職初日の朝、創は異世界と現実を自由に行き来できる常識外れの能力【異界渡り】に突如として目覚める。▼恐怖と混乱も束の間、元プロジェクトマネージャーの社畜根性が、このとんでもない力を「金儲けの手段」として計算…


総合評価:2075/評価:6.91/連載:176話/更新日時:2026年02月15日(日) 19:52 小説情報


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