銀河皇帝のスペアに転生した元社畜、地球軌道上の要塞でネトゲ三昧の隠居生活を満喫する 〜足元では超大国が滅亡級の異星遺産を巡って暗躍中ですが、主人公(ぼく)の命は絶対安全なので特等席で傍観します〜 作:パラレル・ゲーマー
首相官邸の最上階。
厚い防弾ガラスの向こう側に広がる東京の空は、いつも通りのどんよりとしたスモッグに覆われていた。ヨーロッパを毒々しく染め上げているという紫と緑の極光(オーロラ)は、物理的な光として極東の島国まで届くことはない。
だが、その光が孕む「見えない波長」は、すでに日本の領土と社会システムを、内側から静かに、そして確実に侵食し始めていた。
執務室に隣接する小会議室に集められたのは、外務省、警察庁、国土交通省、そして公安調査庁の各トップと実務担当者たちである。
矢崎総理は、デスクに積み上げられた報告書の束――ここ数日で日本全国から殺到している、理解不能なトラブルや事件のログ――を重苦しい目で見下ろしていた。
「……事態は、我々が想定していたよりも、はるかに深刻な速度で進行しているようね」
矢崎総理は、顔を上げ、円卓を囲む各省庁の官僚たちを真っ直ぐに見据えた。
数日前、日本政府はアメリカの動きに追従する形で、ヨーロッパ全域に対する「渡航中止勧告(レベル3)」を緊急発出した。表向きは「原因不明の広域通信障害および気象異常による社会的混乱」を理由としているが、その真の目的が、未知の精神干渉波から自国民を遠ざけるための『物理的な隔離』であることは、ここにいる全員が共有している。
直行便は止めた。旅行代理店のツアーもすべてキャンセルさせた。
通常であれば、これで事態は収束に向かうはずだった。自然災害やテロの危険がある国へ、わざわざ行きたがる一般人など存在しないからだ。
しかし、目の前の報告書が示している現実は、その常識を根底から覆すものだった。
「外務省および国交省、空港の状況は?」
総理の問いに、国土交通省の担当局長が、疲労の色を濃く滲ませて答えた。
「成田、羽田、ならびに関西国際空港の国際線カウンターは、現在も極めて混乱した状態が続いています」
局長は、手元の資料をめくる指を微かに震わせた。
「直行便の運休を窓口で告げられても、納得して引き返す客が異常に少ないのです。彼らはその場で泣き叫ぶか、あるいは数時間カウンターの前に立ち尽くし、『どうしても行かなければならない』と、執拗に他のルートへの振り替えを要求してきます。昨日だけでも、空港警察が出動する騒ぎが全国で五十件以上発生しました」
「ただの旅行客のクレームではない、ということね」
矢崎は、その言葉の裏にある異常性を正確に汲み取った。
「はい」
警察庁の警備局長が、重々しく引き継いだ。
「意思決定のプロセスが、通常の『旅行に行きたい』という欲求のレベルを完全に超えています。……現場の警察官からの報告によれば、彼らの行動には、説明不能な強迫観念と、異様なまでの高揚感が伴っているとのことです」
警備局長は、具体的なケースをいくつか読み上げた。
「例えば、ある美大生のケース。彼女はパスポートと財布だけを握りしめ、トランクも持たずに空港に現れました。警察が保護した際、彼女は『西の空の色を直接見ないと、私の卒業制作は永遠に完成しない。邪魔をするな』と、獣のように威嚇したそうです。
また別件では、都内の中堅企業の経営者が、『今ヨーロッパへ行けば、今後の事業展開の全てが完璧に直感できる気がするんだ』と、家族の制止を振り切って家を飛び出し、行方不明になっています。
さらに、主婦や学生といった一般層からも、『あちらに行けば、頭の中の雑音が消えて眠れる気がする』『次の新月までに、絶対に向こうにいなければいけない気がする』といった、根拠のない強烈な強迫観念を理由にした家出や失踪の相談が、全国の交番に殺到しています」
報告を聞くごとに、会議室の温度が下がっていくのが分かった。
スピリチュアルな妄信者やオカルトマニアだけではない。クリエイター、ビジネスマン、主婦、学生。ごく普通の社会生活を営んでいたはずの人々が、見えない糸に引かれるように、一斉に「西」を目指して暴走し始めているのだ。
「……公安の動きは」
総理は、視線を公安調査庁の担当者へと移した。
「カルト的な集団移動の兆候が確認されています」
担当者は、冷徹に報告した。
「SNS上で『新月に向けた覚醒の旅』と称し、中東や東欧を経由した陸路でのヨーロッパ入りを企てる地下ツアーが複数組織されています。我々はすでにいくつかのグループを水際で摘発・解散させましたが、彼らは犯罪集団ではなく、あくまで自発的な旅行者を自称しているため、法的拘束力を伴う引き留めには限界があります。……さらに、急激なパスポートの新規申請や、海外口座への異常な資金移動も、特定の層で急増しています」
矢崎総理は、深く息を吸い込み、組んだ両手に額を乗せた。
彼らはテロリストではない。ただ「行きたい」と願っているだけの自国民だ。しかし、彼らの脳はすでに、アカイア人の残した『完全なる調和』という毒に侵食され、本能のレベルでハッキングされている。
物理的な距離を無視して人々の精神を操り、自国から人的資源を強引に吸い上げていく見えない怪物。
「……ここから先は、もうヨーロッパ情勢への外交的な対応じゃないわ」
矢崎総理は、顔を上げ、為政者としての強烈な決意を込めて宣言した。
「これは、見えない侵略に対する『国内防衛』よ」
その一言で、会議室の空気が、平時の官僚的な報告会から、明確な防衛線の構築に向けた「戦時」のそれへと切り替わった。
「止めるべき相手(国民の衝動)の輪郭は分かったわ。でも……なぜ、一部の人間だけがそこまで強烈に西の空に引かれ、別の人間は何も感じないのか。その影響の『構造』が、まだ私たちには全く見えていない」
総理は立ち上がり、秘書官に目配せをした。
「評価セルに降りるわ。そこで、この現象の全体像をもう一度洗い直す」
***
首相官邸の地下深くに位置する、既存技術外事象評価セル。
矢崎総理が重厚な電子扉を抜けて入室すると、実務責任者である沖田室長をはじめとするスタッフたちが、巨大なメインモニターを取り囲んで白熱した議論を戦わせていた。
「総理」
沖田室長が、充血した目で振り返り、短く一礼した。
「上の会議で、現場の混乱状況は把握したわ。渡航制限を出しても、衝動を抑えきれずに西へ向かおうとする人間が後を絶たない。……我々は今、国民の精神を物理的に係留するための手段を必要としている」
総理は、一直線にモニターの前へと歩み寄った。
「それで、こちらの分析の進捗は?」
「現象の『原因』については、依然として表の科学ではお手上げの状態です。ですが……現象がもたらしている『影響の構造』について、一つ、極めて奇妙なデータが上がってきました」
沖田室長は、傍らに立つ若手分析官に合図を送った。
「はい」
分析官は、手元のコンソールを操作し、メインモニターに日本列島の巨大なマップを表示させた。
「我々は、過去数日間に全国の警察、医療機関、およびSNSから収集した膨大なデータを、一つの地図上に統合・可視化しました。……集計対象は、『原因不明の重度な睡眠障害』『精神科への急患増加』といったネガティブな報告。そして同時に、『異常な作業効率の向上』『創作活動におけるインスピレーションの爆発』といった、いわゆる『恩恵(バフ)』に関するポジティブな報告。さらに、先ほど上がでも問題になった『欧州への異常な渡航への執着』を示すデータです」
日本地図の上に、それらのデータがサーモグラフィーのようなヒートマップとして重ね合わされていく。
首都圏や京阪神といった人口密集地帯を中心に、日本全国がじわじわと赤やオレンジ色に染まっている。それは、ヨーロッパから放たれる見えない波長が、確実に日本全土を薄く覆い、人々の精神に干渉し始めていることを視覚的に証明する、恐ろしい図だった。
「人口比率で調整しても、全国的に影響の度合いはほぼ均等に広がっています。……しかし」
分析官は、モニターの一部を拡大し、レーザーポインターでその一点を指し示した。
「一点だけ、全く統計の合わない地域が存在します」
矢崎総理と沖田室長は、目を細めてその場所を凝視した。
島根県東部。出雲市およびその周辺の山域。
日本全国が異常を示す暖色に染まっている中で、そこだけが、まるでぽっかりと穴が空いたように、冷たい青色のまま静まり返っていた。
「……これは、どういうこと?」
総理が、信じられないものを見るような声で呟いた。
「データのエラーを疑い、何度も再集計を行いました。しかし、結果は同じです」
分析官は、緊張した面持ちで報告を続けた。
「出雲周辺だけ、影響を示すあらゆる数値が不自然なほど低いのです。不眠症の相談件数も、過覚醒による異常行動の報告も、全国平均を著しく下回っています。SNSにおける『西に呼ばれる』といったスピリチュアルな投稿の密度も、このエリアだけ極端に薄い」
「人口密度や、県民性の違いではないのか?」
沖田室長が、極めて常識的な疑問をぶつけた。
「いいえ。隣接する鳥取県や広島県では、全国平均と同等の影響が確認されています」
科学技術顧問が、腕を組みながら重々しく口を開いた。
「特定の地方自治体のメンタル傾向や、インターネットの普及率の差では、ここまで明確な境界線を引くことは統計学的に不可能です。……これは、ただの偶然ではあり得ません」
科学顧問は、モニターに映し出された等高線とデータの重なりを指し示した。
「出雲市内に近づくにつれて影響が薄れ、ある特定の山域……我々が『鳴動の淵』と呼称し、現在隔離監視下にある特異事象の発生地点に近づくほど、その影響はほぼゼロに近くなります」
「そして、最も重要なのはここです、総理」
分析官が、モニターにさらに二つのグラフを並べた。
一つは『頭痛や不眠』などのネガティブな報告。
もう一つは『インスピレーションや多幸感』などのポジティブな報告だ。
「この出雲周辺では、悪い影響(デバフ)だけでなく、クリエイターが歓喜しているような『良い影響(バフ)』の報告まで、異様に薄いのです」
分析官は、その意味するところの重さを噛み締めながら、慎重に結論を口にした。
「つまり、この土地が住民を『守護』しているというような、都合の良い宗教的な話ではありません。ただ、あのヨーロッパから地球全体に均等に波及しているはずの『強力な外部干渉(精神的波長)』そのものが、出雲周辺においてだけ……局所的に『減衰』、あるいは『遮断』されている可能性が高い、ということです」
会議室の空気が、完全に静まり返った。
それは、アカイア人の『完全なる調和』という、物理的な距離すら無視して人類の精神を書き換える上位テクノロジーの波動が、なぜか日本の極東に位置する一つの地方都市の山奥にだけは、一切届いていないという、圧倒的な超常の事実の提示だった。
「……出雲だけが、効いていない?」
矢崎総理は、その言葉を反芻しながら、自身の足元が根底から揺らぐような錯覚を覚えた。
ヨーロッパの異常は「原因不明」。だが、国内にはその異常を完全に弾き返す「別の異常」が存在する。
人類の科学も理屈も通用しない、神秘と神秘のぶつかり合いが、日本政府が管理する領土内でひっそりと起きていたのだ。
「なるほど。そう来ますか」
その重苦しい沈黙を破ったのは、部屋の隅でパイプ椅子にだらしなく座っていた、よれよれのスーツの男だった。
オカルト雑誌『月刊ムー』の編集長、三神。
彼は、いつも浮かべている人を食ったような薄ら笑いを完全に消し去り、その鋭い瞳でモニターのヒートマップをジッと見つめていた。彼の表情には、今この部屋で最も恐ろしい『真理』に到達した者だけが持つ、冷たい知性の光が宿っていた。
「何か、分かったの?」
矢崎総理が、三神のその微かな反応を逃さず、問い詰めた。
三神は、椅子の背もたれからゆっくりと身を起こし、両手を組んで考え込むような仕草をした。
彼の脳裏には、出雲のあの山奥に広がる、人間の認識を拒絶する結界と、その奥に潜む『魂の庭』という、人類の精神の根源に直結するもう一つの絶対的な神秘の姿が、鮮明に浮かんでいた。
アカイア人の波動は、人間の個を消し去り、完全なる調和という単一のシステムへと人類を書き換えるためのプログラム。
それに対し、出雲の『魂の庭』は、人間の無意識の底にある多様性と混沌の源泉。
相反する二つの高次元のシステムが、物理空間上で衝突し、結果としてヨーロッパからの干渉波が『相殺』されているのだとしたら。
「……三神編集長」
沖田室長も、答えを促すように声を低くした。
「断定はしません。ただの推論の域を出ませんからね」
三神は、自らが到達したその恐るべき真理(『魂の庭』という名の具体的なシステム)を、あえて口には出さなかった。国家がその名を知り、安易に干渉することの危険性を、彼は本能的に理解していたからだ。
「仮に、ですよ」
三神は、あくまで「可能性の一つ」として、煙に巻くように言った。
「あのヨーロッパの空を覆うヘルメス協会の星円盤の波長が、地球上の人類の精神を『外側』から塗り潰そうとする巨大な絵の具だとして。……あの出雲の土地が、その外から来た何かを、そもそも最初から『受け付けていない』、あるいは『上書き不可能な別のプログラムで満たされている』のだとしたら……この分布の空白には、完全に納得がいきます」
三神は、それだけ言うと、再びいつもの飄々とした態度に戻って肩をすくめた。
「綺麗な神様のご加護、というお伽話ではありません。ただ、あの強力な外部の波長が、あの山域周辺でだけ完全に沈むのだとすれば……そこには、無視できない強烈な意味がある」
その言葉は、矢崎総理と沖田室長の心に、一つの強烈な可能性を植え付けた。
出雲のあの異常空間は、単なる立ち入り禁止の危険地帯ではない。あのヨーロッパの異常から日本を、あるいは世界を守るための「防波堤」になり得るのではないか。そのメカニズムを解明すれば、あの精神汚染のパンデミックを止める手段が見つかるかもしれない。
「……出雲への本格的な調査部隊の再派遣を」
科学技術顧問が、興奮を隠しきれない様子で身を乗り出した。
「あそこの磁場や空間のデータを解析すれば、ヨーロッパの干渉波を相殺するシールドの原理が分かるかもしれません!」
「待って」
矢崎総理は、科学顧問の勇み足を、冷たい声で即座に制止した。
「面白い事実ではあるわ。……でも、今私たちが向き合うべき『優先順位』は、決してそこじゃない」
総理は、出雲の不気味な空白から視線を外し、再び日本全土を覆う赤いヒートマップへと向き直った。
「あの出雲の異常を解明するには、時間がかかりすぎる。そして、我々はそのリスク(拒絶反応の強烈さ)をすでに身をもって体験している」
矢崎総理の決断は、極めて現実的で冷徹だった。
「今、最優先すべきは、出雲の謎解きではなく……この国の中で、ヨーロッパの狂気に引かれて『向かおうとする人間』を、物理的に一人でも多く引き留めることよ」
国家の最高責任者として、未知の解決策に飛びつくよりも、目の前で燃え盛る火を一つずつ消していくという、泥臭い防衛戦の選択だった。
「総理の仰る通りです」
沖田室長も、深く頷いて総理の意思を支持した。
「出雲については、前回の調査方針通り、境界線の外側からの環境観測機器の増設といった『追加観測』に留めます。内部の禁足地への強行突破はしない。それは厳守します」
その沖田の判断は、ティアナがアルファに告げた「強引に入るのだけはやめて」という警告と、完全に一致する結果を導き出していた。
人類は、自らの理性と防衛本能によって、辛うじて最悪のトリガーを引くことを回避したのだ。
「では、国内での『流出阻止』の実務対応を策定します」
沖田室長は、モニターを切り替え、具体的な実行プランを提示した。
「第一に、欧州向け出国監視のさらなる強化。直行便の運休に加え、アジアや中東を経由した第三国経由便での渡航者への厳重なスクリーニングを実施します。
第二に、SNS上での『西に呼ばれている』といった異常な投稿の解析と、スピリチュアル系集団の大規模な移動計画の公安による徹底的なチェック。
第三に、パスポートの緊急申請や、海外への多額の不審な送金に対する、金融機関との連携による監視体制の構築。
そして第四に、渡航制限によって空港で混乱を引き起こしている人々、あるいは異常な精神的執着を見せている者たちへの、家族・医療・警察が連携した保護ネットワークの強化」
それは、日本という国家が持てる情報網と行政権力をフル稼働させた、水際での徹底抗戦の構えだった。
原因が分からずとも、止めるべき対象と、やるべき仕事は明確だ。
「派手なことはできない。根本的な解決にもならないかもしれない」
矢崎総理は、モニターに映る対応プランの数々を見つめながら、静かに、しかし決然と言い放った。
「なら、行かせないこと自体を、この国家の仕事にするのよ。……一人でも多く、あの光から自国民を遠ざける。それが、今の我々にできる最大の危機管理よ」
その言葉と共に、評価セルの会議は終了し、各省庁の担当者たちは即座に自らの持ち場へと走り出した。
日本政府は、出雲という未知の防波堤の存在に気づきながらも、あえてそれにすがることをせず、泥臭い国内防衛の実務でヨーロッパの狂気と戦うことを選んだ。
***
しかし、国家がどれほど強固な壁を築こうとも、人間の内側から湧き上がる「本能のハッキング」は、常にその隙間を縫って溢れ出ようとする。
会議の終了から数時間後。
評価セルに居残ってデータの推移を監視し続けていた沖田室長のもとに、公安の担当官から血相を変えた報告が飛び込んできた。
「……室長。事態は最悪の方向へ進みつつあります」
担当官の声は、明らかな焦燥に震えていた。
「正規ルート(空港の国際線)での出国審査を厳格化した結果……欧州への執着が特に強い者たちが、警察や家族の監視の目を完全にすり抜け、完全に『別ルート』へと流れ始めています」
「別ルートだと?」
沖田室長が、モニターから振り返った。
「はい。SNSの裏アカウントや、秘匿性の高い通信アプリを利用して、個人レベルで密航ブローカーと接触し、貨物船に隠れたり、あるいは自家用の小型船舶をチャーターして、不法に国外へ脱出しようとする動きが、東京港や横浜港などの主要港湾部で同時多発的に確認されています」
担当官は、手元のタブレットで押収した通信記録の一部を提示した。
「彼らの行動には、通常の旅行者のような計画性や、身の安全を考慮する理性が全くありません。逮捕や死のリスクを提示しても、彼らは一様に『次の新月までに西へ行かなければならない』と、焦点の合わない目で微笑みながら主張するのです。……正規ルートを物理的に塞いだことで、かえって、この異常な精神状態にある者たちの中でも、最も『純度の高い狂信者』だけが濾過(フィルタリング)され、非正規ルートへと流れ込む結果を招いています」
沖田室長は、その報告を聞きながら、重く、苦々しい溜息をついた。
国家が壁を高くすればするほど、彼らは命を懸けてその壁を登ろうとする。アカイア人の波動は、恐怖ではなく「圧倒的な安心と恩恵」を餌にして、彼らを破滅の光へと誘い込んでいる。
「……止めても、向かう者は向かう、か」
沖田は、再びメインモニターの巨大な日本地図へと視線を向けた。
日本全土が、赤い熱狂と狂気に包まれている。その中で、無数の見えない意志が、国境というルールを無視して、西の空へと引き寄せられていく。
その赤い海の中で。
ただ一か所、出雲の山域だけが、恐ろしいほどの静寂を保ち、深い青色のまま冷たく鎮座していた。
新月まで、あと二十二日。
時間はまだ残されているはずだった。だが、人間の精神の奥底では、盤面はすでに、国家の手には負えない規模で、破局へ向かって動き始めている。
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