銀河皇帝のスペアに転生した元社畜、地球軌道上の要塞でネトゲ三昧の隠居生活を満喫する 〜足元では超大国が滅亡級の異星遺産を巡って暗躍中ですが、主人公(ぼく)の命は絶対安全なので特等席で傍観します〜 作:パラレル・ゲーマー
島根県・出雲の深い森の中で行われた、セレスティアル・ウォッチの研修生チームによる外縁観測から一夜が明けた。
首相官邸の地下深くに位置する既存技術外事象評価セルの会議室は、早朝から息の詰まるような熱気と、それを上回る深い疲労感に包まれていた。
室内に満ちているのは、未知の現象の解明に一歩近づいたというような前向きな「成功報告」の空気ではない。むしろ、分厚い鉄扉の向こう側を覗き込んでしまったことで、自分たちの立つ足場がいかに脆弱であったかを思い知らされた、ある種の「敗北感」に近いものだった。
メインモニターには、昨夜の観測で得られた膨大なデータが、日本政府の分析官たちによって徹夜で「人間が理解できる形」に整理・翻訳され、次々と表示されている。空間の位相グラフ、別次元との接続を示す三次元モデル、そして『記憶エネルギー』と呼ばれる未知の波長の密度分布。
矢崎総理は、デスクに置かれた真新しい一次報告書の束に手を乗せたまま、重く沈んだ声で口を開いた。
「……それで。昨夜の彼ら(セレスティアル・ウォッチ)の観測から、我々日本政府が得た結論は?」
総理の短い問いに対し、実務責任者である沖田室長が、モニターの前に立ち、極めて冷徹に事実を切り出した。
「総理。昨日の観測で、我々に突きつけられた冷酷な事実は、大きく三つです」
沖田は、疲れ切った顔の科学技術顧問と、若手分析官を順に見やった。
「一つ。セレスティアル・ウォッチの技術力は、我々の想像をはるかに超えて進んでいること。二つ。出雲の『鳴動の淵』に潜む異常性は、我々の想像をはるかに超えて深く、そして強固であること。……そして三つ。我々日本という国家は、現状、そのどちらにも全く追いついていないということです」
その率直すぎる総括に、会議室の空気が一段と重くなった。だが、誰もそれを否定することはできなかった。
「科学顧問」
沖田室長が促すと、日本の表の科学界を代表する頭脳であるはずの科学技術顧問が、まるで自らの無力を懺悔するように、深く頭を下げてから話し始めた。
「……正直に申し上げます。彼らが昨夜持ち込んだ観測装備は、我々の表側の最新技術より、少なくとも数世代……いや、数十年は先を行っています。いえ、『世代』という言い方すら正確ではないかもしれません」
科学顧問は、モニターに映る『記憶エネルギー』の波形グラフを指差した。
「そもそも、観測対象の『定義』からして、我々の物理学とは全く別の学問体系に立脚しているのです。彼らは、空間の位相の揺らぎや次元の接続勾配を、あの携行用のケースに収まるレベルの装備で可視化して見せた。……さらに恐ろしいのは、『精神エネルギー』や『魂の残滓』といった、これまで完全にオカルトの領域だったものを、ノイズとして切り捨てるのではなく、極めて高い精度で数値化し、測定対象に含められる回路(センサー)を持っているということです」
科学顧問の言葉には、学問の道を究めてきた者特有の、深い絶望と羨望が入り混じっていた。
「我々の表の科学は、まだ彼らが見ている世界の『観測概念』そのものにすら、到達していません」
その敗北宣言を引き継ぐように、徹夜でデータを翻訳し続けていた若手分析官が、充血した目で前に出た。
「顧問の仰る通りです」
分析官は、タブレットを操作し、ヨーロッパの異常気象のデータと、出雲のデータを左右に並べて表示させた。
「我々は昨日まで、あの出雲の森に『何か(近づけない異常な壁が)ある』としか言えませんでした。しかし彼らは、たった数十分の外縁観測で、そこから一気に『何が、どういう構造でそこにあるか』という、核心の入り口まで到達してしまったのです」
分析官は、言葉に熱を込めた。
「単なる磁場異常や気分が悪くなる結界ではなく、別次元との『安定した接続(ゲート)』であること。そして、そのゲートの内側を流れているのが、生命を駆動する熱エネルギーではなく、膨大な『記憶や人格の残滓』であること。……彼らはオカルトを、完全に物理的な『データ』へと落とし込んでいます」
矢崎総理は、その報告を聞きながら、組んだ指先にギュッと力を込めた。
頼もしい、という感情は全く湧かなかった。むしろ、背筋を這い上がるような強烈な「恐怖」を感じていた。
それほどの魔法のような技術を持つ組織が、世界の裏側で暗躍し、覇権を握ろうとしている。その事実は、国家の主権など簡単に踏みにじられるという現実の証明だった。
「……そこまで、見えるのね」
矢崎総理は、重い息を吐き出しながら言った。
「はい。彼らの技術をもってすれば、あの森の奥底を丸裸にすることも不可能ではないように見えました」
「でも」
総理は、鋭い視線を沖田室長へと向けた。
「それだけ深く見えていて……彼らは、なお中には入らなかったのね?」
その一言が、この会議室に集められたすべてのデータの『意味』を、劇的に反転させた。
「……その通りです、総理」
沖田室長は、静かに肯いた。
「彼らの若手技術者たちは、未知への強烈な好奇心と欲望を見せていました。あのまま数メートル踏み込めば、人類史を覆すようなデータが取れたはずです。……しかし、彼らのリーダーはそれを力ずくで制止しました。上層部からの『絶対に強行突破はするな』という絶対命令を理由に」
「彼らが門前で止まったこと自体が、我々にとって最大の、そして最も恐るべきデータかもしれません」
科学顧問が、震える声で補足した。
「あれほどのオーバーテクノロジーを持ち、未知を解明することに貪欲な彼らでさえ、あの境界線を越えることを躊躇した。……つまり、『越えられない』のではなく、技術や知識がある者ほど、中へ無理やり踏み込んだ時の『代償(破滅)』があまりにも大きすぎることが、データから直感的に理解できるということです」
セレスティアル・ウォッチですら、礼儀を強いられ、沈黙して引き返す対象。
それが、出雲の『魂の庭』の持つ、絶対的な「格」だった。
「総理」
若手分析官が、少し躊躇いながらも、意を決して発言の許可を求めた。
「何?」
「……率直に申し上げて、よろしいでしょうか」
分析官は、左右に並べられたモニターのデータ――赤く燃え上がるヨーロッパの空と、青く冷たく沈み込む出雲の森――を交互に見比べながら言った。
「現在、我々の主軸は、ヨーロッパで表に噴き出している異常事態への対応にあります。連日ニュースで報じられ、社会システムが目に見えて崩壊し始めているあちらの方が、明らかに『派手』で、緊急性が高いように見えます」
分析官は、ごくりと唾を飲んだ。
「ですが……今回の観測データを相対的に比較した場合。国家を、あるいは人類を根底から揺るがす『潜在的な危険度(爆発力)』という一点においてのみ言えば……ヨーロッパよりも、この出雲に眠っているシステムの方が、遥かに上なのではないでしょうか?」
その若手分析官の爆弾発言に、会議室の空気がピタリと止まった。
沖田室長も科学顧問も、一瞬反論しようとしたが、すぐに口を噤んだ。彼ら自身も、無意識のうちにその恐るべき可能性に気づき始めていたからだ。
「……理由を言いなさい」
矢崎総理は、表情を一切崩さずに先を促した。
「ヨーロッパの異常は、確かに広域で深刻です。しかし、昨日の彼ら(セレスティアル・ウォッチ)の分析や、我々の推測を総合すると、あれはヘルメス協会という素人が、古代の危険物の『電源を無理やり入れようとして暴走気味に起動している途中』の現象です」
分析官は、出雲の青いデータを指差した。
「対して、出雲は違います。あの別次元との接続は、空間の位相の揺らぎが極端に少なく、異様なまでに『安定』していました。つまり、出雲のシステムは、暴走や事故ではなく、もうずっと昔から、何者かの手によって『正常稼働(運用)され続けている』可能性が高いのです」
ヨーロッパは、燃え上がり始めた火事。
出雲は、誰にも知られず、地中深くで静かに、完璧に稼働し続けている巨大な原子炉。
「さらに、彼らが口にした『記憶エネルギー』という概念です。……生命のエネルギーではなく、人類の膨大な記憶や情報が長期保存されているアーカイブ。もし、そのような途方もない質量の情報構造体が、何かの拍子に暴走し、あそこに溜まりきらなくなって表側の世界に決壊したとしたら……」
分析官の言葉の先にある絶望的なビジョンを、矢崎総理は即座に理解した。
「……派手に燃えて、悲鳴を上げている方ばかりに目を奪われていたけれど。誰にも気づかれず、静かに眠っている方(出雲)が、実は世界を終わらせるかもしれないもっと大きい爆弾だということ?」
総理の低い声が、冷たい地下会議室に響き渡った。
「その通りです。ヨーロッパの恩恵や汚染は確かに広域ですが、ある意味で『浅い』。しかし出雲は、一見静かですが、内部に蓄えているものがあまりにも『深すぎる』のです」
分析官は、恐怖に顔を強張らせながら結論づけた。
「……ええ、多分、そっちの理解で大きくは外れてませんよ」
その重苦しい結論に対し、これまでずっと部屋の隅で腕を組み、目を閉じていた三神編集長が、静かに、しかしよく通る声で口を開いた。
彼は、若手分析官の推論を肯定した。だが、決して「その通りだ」と全てを認め、出雲の正体(『魂の庭』という全人類のバックアップシステム)を明かすような真似はしなかった。
「ヨーロッパは、派手ですよ。空が紫色に光って、みんなが狂喜乱舞して倒れている。だから、誰の目から見ても『それは危険だ』とすぐに分かる。対処のしようもある」
三神は、ゆっくりと目を開き、矢崎総理と沖田室長を交互に見据えた。
「でもね、総理。本当に怖いもの、手を出してはいけない致命的なものってのは……たいてい、ひっそりと、死んだように静かなんです」
三神の言葉は、単なるオカルトの知識人の解説ではなく、深い警告の響きを帯びていた。
「昨日、出雲がヨーロッパの波動を相殺しているというデータを見て、皆さんは少し安堵したはずだ。『出雲のシステムが、日本をあの狂気から守ってくれる防波堤になるかもしれない』と」
三神は、会議室のテーブルに両手をつき、身を乗り出した。
「ですが、出雲が“日本を守ってくれる便利な盾”だと思い始めたら……そこから先は、本当に危ないでしょうね。便利な道具だと思って迂闊に触れれば、ヨーロッパの比ではない、本物の底無し沼に国家ごと引きずり込まれますよ」
静かだから安全なわけではない。むしろ、その静けさの奥にこそ、触れてはならない絶対の禁忌が眠っている。
三神は、日本政府が自国の安全のために、出雲という巨大な爆弾を「利用」しようとする傲慢な考えを持たないよう、強烈なブレーキを踏んだのだ。
「……分かっているわ、三神編集長」
矢崎総理は、三神の静かな警告を正面から受け止め、深く頷いた。
彼女は、為政者として、目の前に並べられた二つの異なる「絶望」の天秤を、冷徹に見定めていた。
「ヨーロッパは、現在進行形で表に噴き出している危機。出雲は、まだ閉じているだけの、さらに巨大な危機。……どちらも、人間の手には余る怪物よ」
総理は、姿勢を正し、この既存技術外事象評価セルの今後の『新方針』を力強く宣言した。
「我々の最優先事項(主軸)は、変えないわ。引き続き、ヨーロッパで進行中の異常事態への対応と、国内からの渡航希望者(人的流出)の阻止に全力を注ぐ。……火が回っている方を放置して、地下の爆弾の信管を調べるような真似はしない」
その冷静な優先順位の維持に、沖田室長が微かに安堵の表情を見せた。
「ただし」
総理は、言葉を鋭く繋いだ。
「出雲の『扱い』は、今日この瞬間をもって完全に変える。出雲を単なる『国内の立ち入り禁止エリア(別件)』ではなく、国家の生存に関わる『別枠の国内最大級戦略特異案件』として、管理レベルを最高段階に格上げしなさい」
それは、出雲が持つ潜在的な危険性を、国家として正式に認めた瞬間だった。
「沖田室長、実務への落とし込みを」
「はっ」
沖田室長は、即座に手元のタブレットで指示系統を構築し始めた。
「欧州側については、前回の決定通り。外務・国交・警察・公安をフル稼働させ、出国阻止、別ルートの監視、そして新月に向けた国内の警戒態勢を維持します。
そして出雲側については……外縁部での受動的な環境観測のみを継続。長期的なエネルギー変動のモニタリングに留めます。内部の禁足地への不用意な刺激、および強行侵入は、いかなる理由があろうとも大統領……いえ、総理権限をもって『絶対禁止』とします。また、本日の観測データを含む出雲に関する詳細な記録と解析結果は、このセル内のごく一部の人間のみの『最高機密(トップ・シークレット)』とし、外部への漏洩を固く禁じます」
「セレスティアル・ウォッチの観測班との情報交換は?」
科学顧問が尋ねる。
「最低限の協力関係は継続しますが、こちらの手札(国内の異常者の詳細な動向など)の出しすぎには十分注意してください。彼らもまた、我々とは別の盤面で動いている組織です。完全に信用することはできません」
総理が釘を刺した。
会議室の空気が、方針が定まったことによる実務的な緊張感へと切り替わり、各担当者がそれぞれの部署へ連絡を取るために足早に散っていく。
やがて、評価セルに静寂が戻った後。
沖田室長は、メインモニターの前に一人残り、左右に並べられた二つの地図を静かに見つめ続けていた。
左側のモニターには、ヨーロッパ大陸。赤や紫の警告色が点滅し、異常な熱狂とパニックがリアルタイムのグラフとなって激しく脈打ち、悲鳴を上げている。
右側のモニターには、日本の出雲地方。周囲の喧騒を完全に遮断し、冷たい青色のまま、ただただ静かに、深い沈黙を保ち続けている。
「……燃えている火事は、誰の目にも見える。だが、地下深くに埋まった巨大な爆薬の存在は、誰にも見えない」
沖田は、疲労でかすむ目をこすりながら、誰に聞かせるでもなく独り言をこぼした。
「ヨーロッパは、分かりやすく悲鳴を上げている。だが、出雲は何も言わない。……だからこそ、我々は、この静かな方を決して忘れてはいけなかったんだ」
狂乱の中で、世界が「次の新月」へと意識を向けていく中。
日本政府だけは、その喧騒の裏側で、さらに恐ろしい深淵が静かに口を開けて待っていることに、気づき始めていた。
だが、気づいたところで、彼らにできることは、その眠れる爆弾の導火線に「絶対に触れない」ことだけだった。
世界は、どちらに転んでも破滅するかもしれない細い一本の綱の上を、熱に浮かされたように歩き続けている。
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