銀河皇帝のスペアに転生した元社畜、地球軌道上の要塞でネトゲ三昧の隠居生活を満喫する 〜足元では超大国が滅亡級の異星遺産を巡って暗躍中ですが、主人公(ぼく)の命は絶対安全なので特等席で傍観します〜   作:パラレル・ゲーマー

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第30話 日本は、自分の門を自分で閉じる

 島根県・出雲の山中で起きた、スピリチュアル系配信者グループによる強行突破と、数十人規模の「集団失神・錯乱事故」。

 その衝撃的なライブ映像がインターネットの海を駆け巡り、全国のニュース番組がこぞって特番を組み始めた夜。

 

 首相官邸の地下に位置する既存技術外事象評価セルは、これまでの「未知を慎重に検討する」という研究室のような空気から、完全に「戦時の決断」を下すための司令部(コマンドポスト)へとその様相を変えていた。

 

「現地の警察部隊は、すでに封鎖線維持能力の限界を越えています」

 沖田室長が、充血した目でメインモニターの報告を読み上げた。

「事故の映像が拡散されたことで、恐怖よりも『政府が隠す本物の超常現象がそこにある』というオカルト的な熱狂(野次馬根性)が勝り、全国から出雲を目指す不審車両が急増。……このままでは、次の夜には必ず模倣犯が出ます。島根県警のマンパワーだけでは、あの広大な山域へのゲリラ的な侵入を完全に防ぐことは不可能です」

 

 時間切れだった。

 日本政府は、もはや「波風を立てずに秘密裏に監視する」という平時の建前を、完全に捨て去る決断を迫られていた。

 

「……まずは、この事態の『法的な名目(建前)』を確定させます」

 矢崎総理は、円卓を囲む各省庁のトップたちを見回し、極めて冷徹な声で口を開いた。

「彼らが行っているのは、法律上は単なる軽犯罪法違反(立ち入り禁止区域への侵入)よ。でも、それで処理するには、被害の異常性が際立ちすぎている。これを『新興宗教の集団ヒステリー』や『未確認の毒ガス事故』として発表すれば、社会の不安と陰謀論にさらに火を注ぐことになるわ。……科学技術顧問、この現象を、国家が強権を発動してでも制圧すべき『災害』として、科学的・論理的に定義しなさい」

 

 科学技術顧問は、手元のタブレットで出雲の搬送者たちの医療データを素早くまとめ上げ、立ち上がった。

 

「はい。……今回の事象は、単なる宗教的な妄信や、集団ヒステリーの類ではありません。また、未知のウイルスや化学物質による汚染でもない」

 科学顧問は、毅然とした声で言い切った。

「失神者たちは、いかなる物理的・化学的な攻撃も受けていません。しかし、あの『境界線』を越えた瞬間に、彼らの脳の認知機能と精神の統合システムが、外部からの不可視の強烈な情報圧によって『一斉に破壊(ショート)』されました。さらに、その異常な崩壊のプロセスが、ライブ配信というデジタルネットワークを媒介して、画面の向こう側の群集の行動(模倣犯の誘発)までも連鎖的に暴走させています」

 

 科学顧問は、息を吸い込み、この全く新しい脅威に名前を与えた。

 

「これは、局所的な怪異などではありません。人間の認知機能の直接的な破壊、群集行動の暴走、そして情報拡散による二次的な社会感染を伴う……複合型の【情報災害(インフォデミック・ハザード)】です。国家が総力を挙げて対処すべき、明確な『災害』です」

 

 情報災害。

 その言葉が定義された瞬間、会議室にいた官僚たちの顔つきが変わった。

 オカルトや宗教の弾圧、思想の取り締まりではない。これは地震や台風、原発事故と同じ「国家を脅かす物理的(脳科学的)な災害」であり、国民の生命を守るために物理的な強制力を行使することへの、完璧な【大義名分】が成立したのだ。

 

「……名目は立ったわ」

 矢崎総理は、深く頷いた。

「防衛大臣」

 

「はい」

 防衛大臣が、姿勢を正した。

 

「現在の警察力では、あの山域を維持できない。……自衛隊の派遣を要請するわ」

 

 総理の口から直接「軍(自衛隊)」の投入が命じられたことで、会議室の空気が一気に張り詰めた。

 国内の、しかも特定の宗教的・オカルト的な事象に対して自衛隊を出動させるのは、極めて異例であり、戦後の民主主義国家としては「過剰反応」と批判されかねない重い決断だった。

 

「承知いたしました」

 防衛大臣は、一切の躊躇なく同意した。

「名目は治安出動ではなく、あくまで『災害派遣の拡張運用』として処理します。目的は武力による鎮圧ではなく、山域の物理的封鎖の支援、警察・消防・医療機関への後方支援、そして通信遮断機や監視用ドローンを用いた『二次災害(模倣犯の侵入)の防止』に限定。……最小限の非致死性装備と、最大限の統制をもって動かします」

 

「結構よ」

 

 総理の承認を受け、沖田室長が即座に具体的な現地運用プランをモニターに展開した。

 

「これより、出雲の『鳴動の淵』を中心とした指定山域を、完全な立入禁止区域(レッドゾーン)として多重封鎖します」

 沖田室長の声が、事務的に、しかし冷酷に響く。

「主要な林道だけでなく、すべての獣道に自衛隊と機動隊の検問を増設。上空はドローンとヘリによる24時間監視体制へ移行。……さらに、対象エリア内での民間電波(携帯電話・Wi-Fi)の通信を物理的に妨害(ジャミング)し、無許可での撮影および生中継行為をシステム単位で排除します。……出雲は今から、神秘的な聖地などではありません。国家が管理する【災害封鎖区域】です」

 

 出雲を閉じる。

 それは、日本という国家が、自らの内に潜む『死者のアーカイブ』という途方もない深淵から、自国民を力ずくで引き剥がすための、泥臭く、しかし確固たる意志の表明だった。

 

「……さて。国内の火の粉はこれで払うとして」

 

 矢崎総理は、デスクの上に置かれた一枚の極秘文書――アメリカ合衆国NSCから突きつけられた、『共同安全管理と警備・諜報支援の提案』――に、冷ややかな視線を落とした。

「問題は、この『善意の顔をした侵略者』への返答ね」

 

 出雲の封鎖に自衛隊を投入するほどの国家の危機。それは裏を返せば、アメリカ側が主張する「日本単独では管理不可能だろうから、我々が手伝ってやる(共同管理しよう)」という理屈を、皮肉にも裏付ける結果となってしまっている。

 ここで単に「自力でやれるから結構だ」と強弁して拒否すれば、アメリカ側の強硬派は「日本は明らかに能力の限界を超えているのに、不自然なまでに他国の介入を拒んでいる。やはりあの山には、アメリカが力ずくで押さえるべき『兵器(あるいは究極の知識)』が隠されているに違いない」という疑念を決定的な確信に変え、より強圧的な手段(主権侵害)に打って出てくるだろう。

 

「外務省」

 総理は、対外メッセージ設計のプロフェッショナルたちを見据えた。

「正面から彼らを論破しようとしたり、感情的に拒絶したりする必要はないわ。……彼らが『引かないこと(日本に執着すること)が、国際社会において自らの首を絞める(損をする)』という、政治的な【構図】を作り上げなさい」

 

 外務省の幹部が、総理の意図を即座に汲み取り、不敵な笑みを浮かべた。

「……承知いたしました。法理や力関係ではなく、世界の『世論(ダブルスタンダードへの嫌悪感)』を使って、ワシントンを縛り上げます」

 

 外務幹部は、手元の端末で素早く返答のドラフトと、裏工作のシナリオを構築し始めた。

 

「コアメッセージは至ってシンプルです。『日本は主権国家として、自国領域内の“災害”に自らの責任で対処する』。……そして、このメッセージの本当の狙いは、アメリカに直接ぶつけることではなく、その背景にある【欧州危機(ヘルメス協会の新月儀式)でのアメリカの態度】との強烈な『対比』を、世界中の外交筋に意識させることです」

 

 幹部の説明に、会議室の空気が政治的(マキャベリズム)な熱を帯びていく。

 

「ヨーロッパ全土がオーロラと精神異常のパニックに陥った際、アメリカ政府はEUに軍事的介入(治安維持部隊の派遣)を打診しました。しかしEU首脳がそれを『主権の侵害だ』と笑顔で拒否した時……アメリカはそれ以上強要することなく、すごすごと引き下がり、渡航制限をかけてヨーロッパを物理的に切り捨てた(不介入を貫いた)」

 

 幹部は、言葉に冷たい皮肉を乗せた。

 

「ならば、極東の最も重要な同盟国である日本が、同じように『自国の危機には自国で対処する』と主権の原則を主張してアメリカの支援を断った場合。……ワシントンは、EUの時と同じように、日本の主権を尊重して『手を引く』のが、国際政治における当然の筋道(シングル・スタンダード)です」

 

「……なるほど」

 沖田室長が、感心したように唸った。

「もしここで、アメリカが日本の拒否を受け入れず、『いや、日本には絶対に軍を派遣して共同管理する!』と異常なまでに執着して食い下がってきた場合。……世界中の外交筋やメディアの目には、アメリカの行動が極めて不自然で、露骨な【ダブルスタンダード(二重基準)】として映るわけですね」

 

「その通りです」

 外務幹部は頷いた。

「『なぜワシントンは、EUの主権は尊重したのに、東京にだけはそこまで執拗に介入したがるのか?』『危機管理支援の名を借りた、日本への不当な関与拡大(あるいは何か別の目的)があるのではないか?』……我々が海外の特派員クラブやシンクタンク筋に、ほんの少し“匂わせる”だけで、そのような疑念(世論)はあっという間に形成されます。……アメリカは、自らが掲げる『民主主義と主権尊重の守護者』という表の顔を守るために、自ら身動きが取れなくなるはずです」

 

 それは、弱者が強者を組み伏せるための、極めて高度で冷酷な「柔術」だった。

 アメリカの放った『善意の支援』という言葉をそのまま盾にし、彼ら自身に突き返す。

 

「……完璧ね」

 矢崎総理は、深く満足の息を吐き出し、最終的な決断を下した。

 

「アメリカの共同管理・警備支援の提案は、一切受けない。……彼らには、こう伝えなさい」

 

 総理は、姿勢を正し、言葉を一字一句、鋼鉄の重みを持たせて紡いだ。

 

「『同盟国からの、民間人保護を目的とした支援の意思には、深く感謝する。しかし、本件は日本国内における複合的な情報災害であり、現段階では、日本政府が国家の全責任をもって、自衛隊の投入を含む特別封鎖措置により対処を完遂する。よって、貴国の直接的な支援は必要としない』……と」

 

 そして、総理は小さく、しかし凄みを込めて付け加えた。

 

「EUに引いたのなら……日本にも、きっちり引いてもらうわ。日本は、自分の門は自分で閉じる」

 

 それは、ただの外交的辞令ではない。

 戦後長らく、アメリカの軍事力と政治力という巨大な「傘」の下で、ある種の従属的な安全保障を享受してきた日本という国家が。

 自らの足元に口を開けた世界の終末(出雲の深淵)を前にして、初めて、同盟国からの介入を本気で、そして力ずくで跳ね除けた瞬間だった。

 

 ***

 

 その日の午後。

 日本政府は、官房長官による緊急記者会見を開き、出雲周辺での事象を「認知機能障害を伴う複合型情報災害」として正式に指定。自衛隊の災害派遣による出雲山域の「完全封鎖」と、違法侵入者への厳罰化を国内外に向けて大々的に発表した。

 

 この強硬措置に対し、国内の世論は大きく割れた。

「ようやく国が本気で封鎖してくれた」「スピリチュアル系や迷惑系配信者のせいで、ついに自衛隊まで出動する事態になった」と政府の素早い対応を支持する声と、「たかが集団失神で軍隊(自衛隊)を国内に出すなんて過剰反応だ」「政府はあの山に不都合な何かを隠している」と反発する陰謀論が入り乱れた。

 

 しかし、海外……特に各国の外交筋や国際メディアの反応は、日本政府の思惑通り、極めて政治的な「別のレイヤー」の議論へと焦点が移っていった。

 

『日本、欧州危機に続く自国内の異常事態に対し、自国単独での強硬封鎖を選択』

『米政府の支援打診を日本が固辞か。EUに続き、同盟国からの不介入(主権行使)を鮮明に』

 

 EUの外交筋からも、「日本政府の自国の危機に対する主体的で毅然とした態度は、我々欧州の対応とも軌を一にするものであり、高く評価されるべきだ」といった、アメリカを暗に牽制するようなコメントがちらつき始める。

 

 この「日本は自国の主権を立派に行使している」という国際世論の空気が形成されたことで、ワシントンは完全に身動きが取れなくなった。

 

 ホワイトハウス。

 キャサリン・ヘイズ大統領は、日本政府からの『丁重だが完全な拒絶』の親書を受け取り、表向きは「同盟国である日本の主権と、彼らの自発的な危機管理能力を完全に尊重する。必要があればいつでも支援する用意がある」と、大人の対応(公式声明)を発表せざるを得なかった。

 

 しかし、その裏側――強硬派の将官たちや、セレスティアル・ウォッチの息のかかったエリートたちが集う会議室では、激しい苛立ちと舌打ちが交錯していた。

「……日本め。主権と世論を盾にして、我々の関与を完全に弾き出しやがった」

「彼らは、出雲の『本当の価値(死者のアーカイブ)』に気づき、それをアメリカから隠して独占するために、わざと自衛隊まで出して強引に蓋をしたんじゃないのか?」

「あの極東の島国は今、出雲に加えて『第二の扉(与那国)』まで抱え込んでいるという情報もある。……同盟の枠組みを無視して暴走を始めるなら、我々も『別の手段』を講じる必要があるぞ……」

 

 アメリカ中枢の暗部に、日本に対する明確な「不信」と「敵意」が芽生え始めた瞬間だった。

 

 キャサリン・ヘイズ大統領は、執務室の窓から暮れゆくワシントンの空を見つめながら、ただ一人、深く苦渋に満ちた溜息をついていた。

 彼女は、矢崎総理が自分の『裏の警告』を正しく受け取り、アメリカを切り捨てるという最善の選択をしてくれたことに、友人として深く安堵していた。だが同時に、大統領としては、自国の強硬派の不満が臨界点に達し、いつ日本に対して暴発するか分からないという、さらに重い時限爆弾を抱え込むことになってしまったのだ。

 

 ***

 

 そして、東京。

 首相官邸の地下、既存技術外事象評価セル。

 

 自衛隊の展開による出雲の完全封鎖が完了し、アメリカからの第一波の政治的圧力も無事に退けた夜。

 矢崎総理は、誰もいなくなった会議室で、沖田室長が淹れてくれた温かいコーヒーを無言で啜っていた。

 

「……見事に、押し返しましたね」

 沖田室長が、総理の背中に向かって、静かな労いの言葉をかけた。

 

「戦後ずっと……この国は、安全保障という名の傘の下で、何かあるたびにアメリカに『理解してほしい』『助けてほしい』と頼み込む側だったわ」

 総理は、コーヒーカップを両手で包み込みながら、少しだけ寂しそうに笑った。

「でも、今回は違う。……あれは外交的駆け引きでも、お願いでもない。日本という国家が、彼らに突きつけた明確な『通告(NO)』よ」

 

「……初めてですね」

 沖田室長も、その歴史的な重みを噛み締めるように言った。

「日本が、あの国からの『善意(という名の介入)』を、本気で、自らの意志で『要らない』と跳ね除けたのは」

 

「嫌われてもいいわ。強硬派に疑われ、裏で何を企まれようと」

 矢崎総理は、顔を上げ、モニターに映る出雲と与那国の地図を真っ直ぐに見据えた。

「この国の門を……あの深淵から這い出そうとする狂気から、国民を守れるのなら、それでいい」

 

 戦後初めて、日本は同盟国に対して本気のNOを突きつけた。

 出雲の森を自衛隊という国家の盾で強引に閉ざし、アメリカという巨大な獣を世論という鎖で縛り上げたこの夜。日本は、極限の危機に追い詰められたことで、逆説的に、自らの『主権』の圧倒的な重さと孤独を思い出したのだ。

 

 国家は、己の責任で門を閉じた。

 だが問題は。

 その孤立という名の代償が、水面下で起動し始めている『龍宮の扉』の脅威と合わさった時、どこまで絶望的に膨れ上がっていくかであった。

 

 




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