銀河皇帝のスペアに転生した元社畜、地球軌道上の要塞でネトゲ三昧の隠居生活を満喫する 〜足元では超大国が滅亡級の異星遺産を巡って暗躍中ですが、主人公(ぼく)の命は絶対安全なので特等席で傍観します〜   作:パラレル・ゲーマー

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第64話 日ノ本どうする会議

 島根県・出雲。

 物理的な森の空間と、超高度な情報データストリームが溶け合う、幻想的で不可解な『魂の庭』の内部。

 

「日本国内五百年のインデックスを許可します。好きに使っていいですよ」

 

 管理者の光を纏った曖昧なシルエットが消え去り、沖田室長と三神編集長、そして彼らをこの深淵へと導いた巫女や神職たちの目の前には、無数の光の粒子が明滅する広大な空間だけが残されていた。

 それは、文字通り日本という国家が過去五百年にわたって蓄積してきた、数多の偉人たちの記憶、思考、そして決断の軌跡が眠る、途方もないスケールの巨大な図書館(アーカイブ)であった。

 

 この出雲の最深部と、東京・永田町の首相官邸地下に設けられた特別会議室とは、極秘の専用量子暗号通信回線で完全にリンクされている。

 官邸地下では、矢崎総理をはじめ、官房長官、防衛省、外務省、経済産業省、そして内閣情報調査室のトップエリートたちが、固唾を呑んでモニター越しの出雲の映像を見守っていた。

 

『……それで、室長』

 スピーカーから、矢崎総理の張り詰めた声が響く。

『過去五百年の偉人に、直接助言を求めることができる。……それは理解したわ。だが、この無数の記録の中から、我々は【誰】を呼び出せばいいの?』

 

 候補は、いくらでもいる。

 明治維新を成し遂げた元勲たち。近代日本を牽引した軍人や思想家。あるいは、戦後の焼け野原から奇跡の経済復興を成し遂げた経済人たち。

 彼らの知恵も、間違いなく有用だろう。

 

 だが、沖田はモニター越しに首を横に振った。

「総理。今の日本が直面しているのは、近代の枠組みに収まるような生易しい外交危機ではありません。……世界のルールそのものが崩壊し、怪物たちが剥き出しの力で覇権を奪い合う、完全な無法地帯です」

 沖田は、冷徹な現場指揮官の目で光の海を見据えた。

「必要なのは、平時の英雄の武勇伝ではない。……国が割れ、裏切りが常態化し、強者と弱者が絶えず入れ替わった【極限の生存競争(カオス)】の中で。他国に舐められない見せ方を知り、秘密と開示を使い分け、泥を啜ってでも国を残した者の知恵です」

 

 その沖田の言葉に、傍らに立つ三神がニヤリと笑い、具体的な人物像を提示した。

 

「……まずは、【戦国】でしょうね」

 三神は、よれよれのスーツのポケットに手を突っ込んだまま、軽やかに、しかし確信を持って言った。

「狂った時代の中で、最も対照的な生き方をした、二人の男がいる。……破壊して道を作った男と、最後まで耐え抜き、生き残って国を作った男です」

 

『……!』

 官邸地下の会議室にいる全員が、三神の言葉が指し示す「二人の名前」を即座に察し、息を呑んだ。

 

「織田信長と、徳川家康か」

 沖田が、その名前を口にした。

 

「ええ」

 三神は深く頷いた。

「この二人を同時に呼ぶのが、一番面白い。……いえ、この盤面において、間違いなく一番参考になります」

 

 それを聞いた矢崎総理は、数秒の沈黙の後、小さく息を吐いた。

『……狂っているわね。現代の安全保障会議のコンサルタントに、戦国武将を指名するなんて』

 だが、彼女の声に迷いはなかった。

『いいわ。やりましょう。……管理者殿に、接続を要請してちょうだい』

 

 沖田は、空間に漂う光の粒子に向かって、静かに、しかし明確な意思を持って呼びかけた。

「……管理者。日本国内五百年インデックスより、織田信長と、徳川家康。両名の『会議用人格モデル』の起動を要請する」

 

 すると、空間のどこからともなく、先ほどの管理者の事務的な、しかしどこか底知れない声が響いた。

 

『承知しました』

 管理者の声が、光の空間に反響する。

『ただし、事前に申し上げておきますが……完全再現された死者本人、いわゆる幽霊や降霊術の類ではありませんよ。あくまで、彼らが残した記録、言葉、判断傾向、行動履歴の莫大なデータからシステムが再構成した【人格モデル(AI)】です』

 

 官邸側の官僚たちの間に、微かな安堵と、倫理的な緊張が走る。

 死者の魂を弄んでいるわけではない、というシステム的な言い訳。だが同時に、これから自分たちが対話する相手が、ただの歴史シミュレーターの枠を超えた、出雲という特異点が弾き出す「超常の演算結果」であることを、嫌でも突きつけられる。

 

『今回は、あなたたちの精神的負荷と通信帯域を抑えるため、視覚的なシルエットは形成せず、音声のみの出力で接続します』

 管理者が、淡々と告げた。

 

『織田信長。徳川家康。……インデックスより、人格モデルを起動します』

 

 その瞬間。

 出雲の『魂の庭』の空間と、遠く離れた官邸地下の特別会議室のスピーカーに、二つの別々のノイズが走り……。

 やがて、極めてクリアな『声』が、現代の空間へと顕現した。

 

『――ほう』

 

 最初に響いたのは、豪快で、軽やかで、それでいて聞く者の腹の底を直接震わせるような、圧倒的な覇気と「楽しさ」に満ちた声だった。

 

『日ノ本が、ここまで育ったのか』

 

 声だけである。姿形はどこにもない。

 にもかかわらず、官邸地下の会議室にいた閣僚たちは、一斉に背筋を粟立たせ、まるで自分たちの座る円卓の最上座に、見えない巨大な怪物がどっかと腰を下ろしたかのような、凄まじい【圧】を感じていた。

 

『いや、愉快じゃのう』

 織田信長の人格モデルは、カラカラと、本当に楽しそうに笑った。

『わしが見た日ノ本は、まだ狭い島の中で、血と火と裏切りでドロドロに転がっておったというのに。……それがいまや、海の外の途方もない大国どもと腹を探り合い、空の外の異物まで抱えて、世界の天秤に乗っておる。

 見守った側として、こうして呼んでもらえるのは、なかなか嬉しいものよ』

 

 この信長のモデルは、自らの生きた戦国時代の「延長線上」に、現在の現代日本を正確に認識していた。

 五百年の時を経て、ここまで大きくなった国家というシステムに対して、純粋な感嘆と興味を抱いているのだ。

 

 だが、信長はすぐに、ふっと笑い声を収め、自嘲気味に言い放った。

 

『もっとも。わしは所詮、志半ばで炎に焼かれ、討たれた【敗北者】よ』

 

 その言葉の潔さに、沖田も三神も一瞬目を見張った。

 自らの死と敗北を、一ミリの未練もなく客観視している。これこそが、この男の異常なまでの合理性と冷徹さの証だった。

 

『覇を唱え、壊すことには長けておるが。……国を残す知恵なら、隣にいる狸の方に聞くのが、余程役に立つであろうな』

 

 信長のその呼びかけに呼応するように。

 今度は、もう一つのチャンネルから、全く質の違う声が響き渡った。

 

『……いやいや、殿』

 

 落ち着いた、低く、やや重い声。

 信長のような、空間を切り裂くような派手さや覇気はない。だが、聞いた瞬間に「ああ、この男は、どれほどの絶望の中でも、絶対に諦めずに耐え抜いてきたのだ」と本能で理解させられるような、恐ろしく分厚く、粘り強い声だった。

 

 徳川家康の人格モデルは、少しだけ間を置いて、深い苦笑いを漏らした。

 

『この状況は……いくらなんでも、私でも参考になるかどうか……』

 家康は、大きなため息をついた。

『ロシアの化け物兵士に、中国の仙人。アメリカの無制限な金での殴り合い。……これはもう、戦国でも関ヶ原でもありませんな。【日ノ本どうする会議】、というところでしょう』

 

 大河ドラマのような自虐的なユーモア。

 その家康の言葉に、極度に張り詰めていた官邸地下の空気が、ほんの少しだけ、ふっと緩んだ。

 

 だが、家康の声は、すぐに極めて真剣で、冷徹な為政者の響きへと戻った。

 

『とはいえ。……国を“残す”という一点においてのみなら、話せることはあります』

 

 家康の重い言葉が、現代の政治家たちの胸に真っ直ぐに突き刺さる。

 

『勝つことより、生き残ること。……今の日本に必要なのは、まずそれでしょう』

 

「……ええ」

 矢崎総理は、マイクに向かって深く、そして真摯に頷いた。

「おっしゃる通りです。……我々は今、生き残るための道筋を完全に失いかけています」

 

 総理は、自らのプライドを捨て、過去の覇者たちに対して、現在日本が置かれている絶望的な状況を、一切の包み隠しなく説明し始めた。

 

 ロシアが軍事医療ロボットを発掘し、サイボーグ兵を量産可能になったこと。

 中国が崑崙で仙人と接触し、党幹部と長老が不老無病化して精神的覇権を宣言したこと。

 アメリカがそれに抗うため、地球外テクノロジーに対して無制限入札(闇市場の公認)を開始したこと。

 EUとヘルメス協会が、精神主義文明圏として独自の足場を固めていること。

 そして。日本国内には、この『出雲の魂の庭』と、『与那国島のシステム』という、超弩級のアーティファクトが手付かずのまま眠っていること。

 

『……なるほど』

 信長は、総理の説明を聞き終えると、実に楽しそうに笑った。

『化け物どもにぐるりと囲まれた、手札を持て余した小国か。……実に分かりやすい』

 

 一方、家康は、再び深く、重い溜息をついた。

 

『分かりやすいですが……胃が痛いですな』

 家康のぼやきが響く。

『私も晩年、腹の病には随分と悩まされましたが……今の総理の胃は、それ以上に穴だらけでしょう』

 

「……ご賢察の通りです」

 矢崎総理は、思わず苦笑した。五百年前の天下人に胃の痛みを同情される日が来るとは思わなかった。

「我々としても、正直、手詰まりなのです。……どこまで隠すべきか。どこまで見せるべきか。どこと組み、どこを牽制すべきか。

 ……その知恵を、お二人に借りたいのです」

 

「では、最初の議題に入ります」

 出雲の側から、沖田室長が冷静に議論の進行役を買って出た。

「日本には現在、二つの特異点があります。今我々がいるこの『出雲の魂の庭』と、南西の海に沈む『与那国島のシステム』です。

 どちらも極めて危険であり、極めて価値が高い。……これを、秘匿し続けるべきか、それとも世界に開示すべきか」

 

 その問いに対して。

 家康が、一秒の逡巡もなく、即答した。

 

『出雲は、絶対の秘匿継続でしょうな』

 

「……即答ですね」

 総理が、少し驚いて返す。

 

『はい』

 家康の声は、重く、断固としていた。

『魂、死者の記録、過去の偉人の知識のアーカイブ。……そのようなものは、人間の業(欲)を、あまりにも過剰に刺激します。

 それに、他国に見せても、正しく理解されにくい。……人間というものは、自分の理解の及ばない不気味なものを見せられれば、恐れて排斥するか、奪って独占するか、あるいは燃やして消し去るかのいずれかです。出雲は、到底他国と共有できる性質の代物ではない』

 

『うむ、同意じゃ』

 信長も、珍しく家康と完全に意見を一致させた。

『出雲は隠せ。……それは、城の奥の奥にある、主君の寝所であり、蔵じゃ。敵にペラペラと見せびらかすようなものではない』

 

 情報の核である出雲は、絶対に隠し通す。

 ここまでは、現代の官僚たちの想定通りの、極めてオーソドックスな安全保障の答えだった。

 

 だが。

 次に家康が口にした言葉は、官邸の常識を根底から揺さぶるものだった。

 

『一方で……与那国島は。……公開しても、よいでしょう』

 

「……は?」

 外務省の幹部が、思わず声を上げた。

 矢崎総理も、眉をひそめてマイクに顔を近づけた。

「すみません、家康公。……よく分からないです。与那国島は、高度な修復機能を持つ医療システムの可能性があります。そんなものを公開すれば、それこそ世界中から奪いに来られるのでは? ……どちらも、秘密にしておいた方が安全なのでは?」

 

 総理のその「隠していれば安全」という、現代日本の事勿れ主義の究極とも言える疑問に対し。

 家康は、極めて静かに、しかし歴戦の政治家としての冷酷な真理を突きつけた。

 

『……すべてを隠すと、相手は疑います』

 

 家康の声が、会議室の空気をピンと張り詰めさせる。

『何も持っていない(弱者だ)と思われれば、容赦なく舐められ、食い物にされる。

 しかし、何か持っていることはバレているのに、何も見せずに押し黙り続ければ……相手は、勝手に【最悪の事態】を想像し、恐怖から先制攻撃を仕掛けてきます』

 

 家康は、かつて豊臣や諸大名たちと繰り広げた、血を吐くような腹の探り合いの経験を、現代の外交戦略へと昇華して語った。

 

『ならば。……こちらが主導権を握って、相手に見せたい札を一枚だけ選び、こちらの都合のいい言葉で、わざと見せてやるのです』

 

「……」

 総理は、沈黙した。

 

『見せ札です』

 家康は、低く笑うように言った。

『同時に、それは……巨大な【ブラフ(目くらまし)】となります』

 

 家康は、与那国島を公開する「意味」を、極めて論理的に整理し始めた。

『与那国島のシステムには、医療や修復、がん治療の可能性があると聞いています。……特に、不治の病を治せる可能性というものは、現代の国際社会の指導者層に対して、非常に強い誘引力(引力)を持ちます』

 

 家康は、ふと、自身の生前の苦しみを引き合いに出した。

『私も晩年、腹の病に苦しんで死にました。今のそちらの言葉で言えば、胃の癌のようなものだったのかもしれませんな。

 ……その苦しみを治せる技術がある。そうとなれば……どれほど傲慢な権力者であっても、人は必ず耳を貸します』

 

 そして、家康は結論を提示した。

 

『与那国島を、軍事技術としてではなく、「医療と修復の技術」として、人道的な名目で一部公開するのです。

 日本は、ただ怯えて秘密を隠しているだけの国ではない。人類に資するテクノロジーを、管理しながら共有する用意がある。……世界に、そう見せるのです』

 

「……協調性のアピールにもなる、ということか」

 外務省幹部が、ハッとして呟いた。

 

『ええ』

 家康は頷く。

『ロシアのサイボーグ、中国の不老無病、アメリカの金。……それらの狂気に対する、強力な牽制にもなる。日本を、ただ狩られるだけの獲物ではなく、有用な【交渉相手】として、世界の認識を上書きできるのです』

 

 その家康の緻密な『生存のための見せ札理論』に。

 信長が、実に楽しそうに、そして極めて攻撃的な補強を加えた。

 

『うむ! 隠したことで疑心暗鬼になるくらいなら、いっそ堂々と見せつけてやった方がよい!』

 信長の声が、スピーカーをビリビリと震わせる。

 

『ただし、全部は見せるな。

 ……敵に見せるのは、刃そのものではなく、鞘(さや)と影じゃ』

 

 鞘と影。その信長らしい鋭い比喩に、沖田は息を呑んだ。

 

『“日ノ本は、何かとんでもないものを持っておる”

 “だが、その全貌は分からぬ”

 “ただし、下手に手を出して奪おうとすれば、酷い火傷(面倒なこと)になる”

 ……世界の大国どもに、そう思わせろ』

 

 信長は、弱肉強食の世界における「舐められることの危険性」を誰よりも知っていた。

『弱く見える者は、真っ先に食われる。

 だが、強く見えすぎる者は、警戒されて周囲から一斉に囲まれ、叩き潰される。

 ならば……何を持っているか正確には分からぬが、手を出すと確実に損をする。……そのくらいの不気味さ(ハッタリ)を纏うのが、一番良い』

 

 総理をはじめとする官邸の官僚たちは、二人の英傑の言葉に、完全なパラダイムシフト(発想の転換)を起こされていた。

 彼らはこれまで、未知の事象は「秘密にした方が安全だ」とばかり思い込んでいた。波風を立てず、隠れて嵐が過ぎるのを待つのが、戦後日本の生存戦略だったからだ。

 

「我々は……秘密にした方が良いとばかり、考えていました」

 矢崎総理が、素直に自らの過ちを認めるように言った。

 

『秘密は、守るべきです』

 家康が、柔らかく、だが厳しく返す。

『ですが、秘密しかない国は、誰からも信用されません。

 そして、秘密を持っているとバレている国が黙り続ければ、周囲は必ず疑い、力ずくで暴きに来る。

 ……ならば、その疑いを、こちらの都合のよい形へと【誘導】するのです』

 

『黙って隠すのも策。見せて惑わすのも策じゃ』

 信長がカラカラと笑う。

『ただ臆病に怯えて隠すだけでは、策とは言わぬぞ』

 

「……よく、分かりました」

 矢崎総理の顔つきが、迷いのない、国家指導者としての強いものへと変わった。

「では、次の議題です。……アメリカの無制限入札に対抗して、日本も『アーティファクトの探索』を、公的な国家事業として進めるべきでしょうか?」

 

『進めるべきでしょう』

 家康が即答する。

『そして、ある程度は、その探索活動を世界に開示すべきです』

 

「理由は?」と沖田が問う。

 

『日本も、この狂ったレースにちゃんと乗っている。……そう示すためです』

 家康の論理は、常に「他国からどう見られるか」を軸にしていた。

『今の世界では、探していない国は、ただ乗り遅れた【獲物】に見える。

 探しているのに何も言わない国は、【不気味な裏切り者】として疑われる。

 ならば、日本も国家事業として堂々と探索していると、表に出すのが一番安全なのです』

 

『うむ。宝探しをしていること自体は隠すな』

 信長が補強する。

『だが、何を見つけたか(成果の中核)は、死んでも隠せ。……これでよい』

 

「いやあ、実に分かりやすい」

 三神が、出雲の空間で嬉しそうに手を叩いた。

「探索事業は開示。成果の中核は秘匿。……現代風に言えば、『国家プロジェクト化による、世界への牽制と情報統制』ですね。完璧なロジックだ」

 

 ここで、信長が少しだけ声を荒げた。

 

『よいか、今の世の者ども。今の日ノ本は、よくも悪くも大人しすぎる!』

 信長の覇気が、現代の政治家たちを叱りつける。

『周りの大国どもを見てみよ。鉄の怪物、空飛ぶ仙人、金に狂った商人、怪しい祈祷師の群れぞ! その中で、ただ一人行儀よく黙っておれば、「こいつは叩いて奪っても文句を言わぬ」と思われるだけじゃ!』

 

 総理も防衛大臣も、苦い顔をして押し黙るしかない。

 

『だから、見せろ!』

 信長が吠える。

『日ノ本も探している。日ノ本も持っている。日ノ本も、対等に交渉できる。

 だが……日ノ本を侮れば、必ず痛い目を見るぞ、と。……それを、世界に知らせよ!』

 

 この信長の強烈な檄によって、会議室の空気が、完全に「守り」から「攻めの防衛」へと切り替わった。

 

「……関連して、防衛省から議題を提示します」

 防衛省の幹部が、意を決して発言した。

「この極限状況において、現行の『自衛隊』という位置づけでは、法法的にも対外的にも曖昧すぎます。……自衛隊を正式に【軍隊】へと名称変更し、軍事的な抑止力として世界にアピールすべきでしょうか?」

 

 この究極の問いに対し。

 信長は、我が意を得たりと即座に反応した。

 

『軍にすればよいではないか!』

 信長は、本当に軽く、さも当然のように言い放った。

『名と実が違えば、兵は迷う。……刀を持っているのに、「これは刀ではない、ただの棒切れじゃ」と言い張るのは、他国から見れば滑稽なだけじゃぞ!』

 

 会議室の防衛官僚たちが、信長の言葉に強く頷きかける。

 だが。

 

『――いえ。それは、今はやりすぎでしょう』

 

 家康が、極めて冷静で、重い声で、信長の意見を真っ向から止めた。

 

『ほう、狸が止めるか』

 信長が、少し面白そうに、だが剣呑な響きを含んで笑う。

 

『当然です』

 家康は、一歩も退かなかった。

『今この瞬間にそれをやれば、日本がパニックに乗じて「本格的な軍事化(再軍備)」に舵を切ったと、世界から極めて危険な形で見られます。

 中国、ロシア、アメリカ、EU。全員が猜疑心に駆られ、神経を尖らせているこの時期に……わざわざ相手を刺激して、余計な【警戒(ヘイト)】を買う必要はありません』

 

 信長は、チッ、と小さく舌打ちをして黙った。

 

『軍と呼ぶかどうかは、後回しでよいのです』

 家康は、見事な代案(実務的な解決策)を提示した。

『今は、名称の変更ではなく、中身の【危機対応能力】を整えることだけを急ぎなさい。

 情報、防諜、重要施設の警備、未知の災害対応、そして特殊事案への対処能力。……外から見て「軍事化」と騒がれないように名目を変えず、しかし中身だけを圧倒的に強くする方が、今はよほど賢い』

 

「……つまり」

 三神が、またしても見事に現代語へと翻訳する。

「『軍隊化宣言』という派手な看板は避け、あくまで『超常・地球外テクノロジーに対する、危機管理体制の強化』という名目で、実質的な権限と装備を拡充していく、ということですね」

 

「それなら、国内外への過度な刺激は抑えられます」

 沖田室長も、家康の案に強く賛同した。

 

『まどろっこしいのう!』

 信長が、苛立たしげに吐き捨てる。

 

『まどろっこしいからこそ、生き残れる時もあるのです、殿』

 家康が、穏やかに、だが絶対に譲らない響きで返す。

 

『ふん……』

 信長は、小さく鼻で笑った。

『それで天下を最後まで握りおった男が言うと、腹立たしいほど説得力があるわ』

 

 二人の英傑の、息の合った、しかし全くベクトルの違う助言の数々。

 矢崎総理は、深く感銘を受けながら、ここまでの議論をノートに書き留め、そして自らの口で【暫定方針】としてまとめ上げた。

 

「……では、日本政府の今後の暫定方針を確定させます」

 総理の声が、会議室と出雲の森に響く。

 

「出雲の『魂の庭』は、最高機密の隠し札として、秘匿を継続。

 与那国島関連技術は、がん治療などの人道目的を前面に出し、医療・修復分野を中心に『見せ札』として限定開示。

 日本もアーティファクト探索を国家事業として公表するが、成果の中核は秘匿。

 自衛隊の軍隊化・名称変更は現時点では保留とし、代わりに超常・地球外テクノロジーへの『危機対応能力』を大幅に強化。

 ……そして、アメリカ、EU、中国には、それぞれ相手別に情報開示の量を調整して牽制し、ロシアは最大の警戒対象として別扱いとする」

 

 総理は、顔を上げ、マイクに向かって確信に満ちた声で言った。

「隠すものは隠す。見せるものは見せる。

 ただ臆病に黙るのではなく、こちらの望む形で、世界に【誤解】させる。

 ……そういうことですね」

 

『はい』

 家康の声が、満足げに響く。

『誤解させる、というより……疑いの向きを、こちらで綺麗に【整えてやる】のです』

 

『よい言い方をするのう、狸め』

 信長が、愉快そうに笑った。

 

 会議の終わりが近づいていた。

 

『よいか、今の世の者よ』

 信長は、最後に、矢崎総理に向かって、天下人の覇気を込めて言った。

 

『大国どもは皆、己の力を見せびらかして狂っておる。

 ならば日ノ本も、ただ黙って震えているだけではならぬ。

 ……ただし』

 

 信長は、一拍の間を置き、戦国を生き抜いた究極の真理を、鋭い比喩で叩きつけた。

 

『火縄を見せるなら、火薬庫は隠せ』

 

 見せることの重要性と、隠すことの絶対性。その両方を、完璧に表現した一言だった。

『これを、忘れるな』

 

『……勝とうと、焦らないことです』

 信長と対照的に、家康はもっと静かに、深く、現代の政治家たちに語りかけた。

 

『いま日本が狙うべきは、世界の覇権ではありません。

 まずは、生き残ること。……生き残れば、必ず次の機会が来ます。

 その機会が来るまで。国を割らず、民を飢えさせず、敵に攻め入る口実を与えず……しかし、決して舐められない。

 ……それが、いまの日本の戦(いくさ)です』

 

「……肝に銘じます」

 矢崎総理は、目頭を熱くしながら、モニターに向かって深く頭を下げた。沖田も、官僚たちも、全員が一斉に頭を垂れた。

 

『会議用人格モデルの出力を終了します』

 管理者の事務的な声が響く。

 

『また呼べ』

 信長が、最後に豪快に笑った。

『日ノ本がこれからどう転ぶか、わしも特等席で見ておるぞ』

 

『……どうか、国を残してください』

 家康の、祈るような重い声が響く。

『それが……何よりも、難しいことなのですから』

 

 フッ、と。

 二人の英傑の音声が消え、出雲の空間も、官邸地下の会議室も、深い静寂に包まれた。

 

 残された現代日本政府の面々は、しばらくの間、誰一人として言葉を発することができなかった。

 五百年の時を超えて叩きつけられた、圧倒的なまでの「生存の知恵」。その質量に、皆が押し潰されそうになりながらも、確かな希望を見出していた。

 

「いやあ……」

 出雲の空間で、三神が小さく笑い声を漏らした。

「戦国の覇者の声を聞いて、現代の日本政府が最初にやることが『限定開示と情報統制(広報戦略)』とは。……実に、現代日本らしいですね」

 

「だが、方向ははっきりと見えた」

 沖田は、インデックスの光の海を見つめながら、力強く言った。

 

「ええ」

 官邸地下で、矢崎総理が顔を上げた。彼女の表情には、これまでの迷いは一切なかった。

 

「日本は、黙って隠れるだけの国をやめる。

 でも、馬鹿正直に全部を見せることもしない。

 ……見せ札と隠し札を使い分け、世界の盤面で、私たちのゲームを始めるわ」

 

 日本はようやく、ただ怯えるだけの沈黙を捨て、沈黙をも武器とする強かな『外交』のスタートラインに立とうとしていた。

 

 




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